●リプレイ本文
「これでいいか?」
「ほっぺちゅー! 勝利のオマジナイ、ありがと!」
アレクサンドラ・リイは唇をそっと離す。嬉しそうに笑うのは、夢守 ルキア(
gb9436)だ。
「まあ、これなら問題ない」
UNKNOWN(
ga4276)は空港の状態を見渡しながら、K−111改『UNKNOWN』に搭乗する。
ウジダの空港は充分に拠点として機能していた。先の空港攻略戦における損傷はほとんどない。この様子なら、空港が改めて襲撃されることもないだろう。
離陸するUNKNOWN機に続くように、ルキアの骸龍『イクシオン』も空へと向かう。飯島 修司(
ga7951)も搭乗準備を始めた。
「前は余りお役に立てませんでしたからね。お詫びも兼ねて、気合いを入れていきますよ」
「いや、充分に助けてもらった。ありがとう。その後、傷は?」
「この通り、元気ですよ」
修司はリイへと軽く手を振り、ディアブロに搭乗していく。そして、静かに離陸する。
KV達が空に吸い込まれていく様を、リイはじっと見送っていた。
物理特化三、知覚特化二、電子戦機一という編成の十隊が、ルキア機と管制連携を遂げる。
「――黒がいいと思うものは右方向、紫は左方向、白と思う者は中央から、だ」
KV達を誘導するのは、UNKNOWNの真面目な声。右に三、左に三、中央に四。何の色なのかは、敢えて書かないが。
「功労者には、軍曹のちゅーがあるらしい、ぞ。だが、一人で走る者や僚機と協力し合わない者は、縛られるらしい」
男性パイロットのみに伝えられる通信には、どよめきが返ってくる。
「じゃあ、まず大型ワームトカ探そうか。倒せる分はそこで倒しちゃって。指揮官クラスは、ラージフレアと照明弾撃ってお知らせね!」
ルキアの言葉に、全隊が円を描き始める。
「夢見が悪かったものでしてね。少々、鬱憤晴らしに付き合って頂きますよ?」
敵機の最も多い空域へと吶喊をかける修司機が空を裂く音は、まるで鬨の声だ。後方に続くKV達はワゴン・ホイールで死角を打ち消しながら狙撃を開始した。
「あの娘さんは何を考えているのか」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)は、ヴィクトリアの気配がない街に言葉を投げかける。犬――エドワードをここに置いて、どこで何をしているのだろう。
「まずはエドワードを捜しますか。舵取りがいなくなれば後は有象無象と同じでしょう」
二条 更紗(
gb1862)は言う。だが、そこかしこに「指揮」を取っている強化人間がいるのが若干気にかかる。
杠葉 凛生(
gb6638)は、これから進もうとする方角をじっと見据える。
かつてこの街がどのような様相だったのか想像すらつかない。だが、ともすれば友もここにいたのかもしれない。
このような「故郷」を目にする友――ムーグ・リード(
gc0402)の胸中を計り知ることはできなかった。だからこそ、凛生の胸中にはバグアへの憎悪と、アフリカ解放への想いが強まっていく。
「荒涼‥‥コレモ、今ノ、アフリカ‥‥」
呟くムーグ。人の鼓動が一切見当たらない瓦礫の連なりに、地獄という言葉が相応しい景色に、悔恨と怒りで胸を灼く熱き吐息が震える。
「‥‥始メ、マショウ」
「さて、と。それじゃあ、頑張ろうかな。やっぱり、やるからには絶対に解放しないとね」
ムーグに呼応するようにジン・レイカー(
gb5813)が頷き、空を仰ぐ。既に空戦部隊は戦闘を開始していた。
円を崩そうと、上空から翼を畳んだ翼竜達がKV達へと「墜落」し、ルキア機と行動する一隊は翻弄する。そこに、HWの編隊までもが絡みつく。
「UNセンセ、修司君、ワーム発見! 私が囮になるから、ヨロシク」
ルキアはそう告げ、振り切るようにブーストをかけた。隊列を離れたルキア機に敵の意識が向く。
急上昇、急降下、高度を変化させて敵を回避するルキア機。墜落してくるキメラ達の衝撃に機体がぶれるが、耐えきった。直後、HW群へと降り注ぐUNKNOWN機のK−02。それを免れた敵機には、修司機が「置いた」、D−02がのめり込む。
「‥‥足りませんな。これでは足りませんな」
五機撃墜し、修司が呟く。そしてまた、狙撃する。上方にあるUNKNOWN機は翼でキメラを裂き、ワームを抉り、風のように駆け抜ける。
群れは分散し、連携するより先に砲撃を一斉に四方へと放つ。しかしKV達はラージフレアを展開して待ち構えた。
陸戦班はエドを捜して駆ける。
獅子キメラは実際のライオンより二回りほど大きい。凛生の探査の眼による警戒で、これまで強襲は回避できている。
「数が‥‥多い」
更紗は閃光手榴弾を用意した。進行方向には「人間」があまりにも多い。
放たれた閃光手榴弾が、不意を突く。強化人間達は視界を奪われながらも次の行動に移り、それ以外の存在は完全に立ちつくしてしまう。
「ここ、お任せできますかね?」
ドッグが同行している十五名ほどの部隊に願えば、彼等はすぐに「保護」を開始した。そして再び、先へと進む。
死角の多い瓦礫の街は、作戦開始前の調査と大きく異なる様子はない。拠点的な建物もなく、大きな罠や爆発物が仕掛けられている気配もない。キメラ達は順調に斃され、制圧の過程で設定された安全区域には、保護した者達を向かわせる。
「何もなさすぎるし、順調すぎるな」
ジンが言う。
「拠点がないというのも解せない」
凛生が頷く。
「‥‥この街そのものが罠かもしれんな」
そして、リイが呟いた。
ここはアルジェリアとの国境に近い。まだモロッコの奥には何があるかわからない。ここで人類側の勢力を少しでも削ろうというのか。
「‥‥『彼』ヲ‥‥ココ、デ、殺シテ‥‥良い、ノ、デショウ、カ」
ムーグは隣にいる凛生に問う。
エドは倒すべき敵のひとりであり、リイ姉妹に関係の深い人物だ。必要なのは鉄の覚悟だけだということも理解している。
「‥‥それが人とバグアの運命だ」
凛生は静かに言う。全てを掴むことなどできやしない。真に守りたいものは、ひとつだけなのだ。
「好きにすればいい」
リイが言葉を紡ぐ。ムーグはハッとし、眉を寄せた。
「私ニハ、貴女、ガ‥‥ワカラ、ナイ」
――リイは力を求めた。その結果は、先日の『妹』達との一幕。在りし日に未練があるのではないだろうか。
しかし一切の未練が灰燼に帰した自分には、わからない。
「‥‥貴女ニ、彼ガ」
殺せるのか――。
揺さぶられるくらいなら、自分が。
ムーグの目はそう語る。それは凛生も同じようで、じっと二人を見守っている。
上辺は平静に見えるが、リイに不安定さを感じているのは事実だ。エドが強化人間であったならば、彼女は躊躇なく戦うことができるのだろうか。
だが、その懸念はリイの言葉で一蹴される。
「愚問だな」
リイは妹の写真が入ったロケットを外すと、そこらへと投げ捨ててしまった。
「‥‥リイ、サン」
「私は未練も何も抱いてはいない。誰に何と思われようとも」
リイがそう告げた時、凛生が何かに反応する。それに応じ、ドッグが混元傘を開いて駆けだした。
積まれた瓦礫を駆け上がり、向こう側へとダイブ。
「これでも喰らいな!」
そして放つ、錬成弱体。しかし回避されてしまう。
「一筋縄じゃあいかんよな」
「当然ですとも」
苦笑するドッグ、見覚えのある笑顔。
「エドワード!」
ドッグの後を追ってきた者達が叫び、直後、息を呑んだ。
エドは体長五メートルほどの巨大な獅子に護衛されており、周囲にもほぼ同サイズの獅子が数体と、強化人間達が待機していた。ドッグは一旦後退し、エドを見据える。
「どうも、あんたもヴィクトリアさんも嫌いになれなくてね。‥‥お引き取り願えないかい?」
無駄だとはわかってはいる。当然のように、エドは首を横に振った。
敵の数が多い。気がつけば獅子たちが周囲を取り囲み始め、強化人間と共に攻撃のタイミングを計り始めた。
「圧倒的ニ、不利‥‥DEATH」
ムーグは応援要請の照明銃を空へと放つ。
「私に対する策が薄かったようですね。私も‥‥甘く見られたものです」
エドワードが、笑みを消した。
ワーム群も、キメラ群も、確実にその数は減少していた。殲滅にはまだ時間がかかるだろうが、人類側が優勢であることは確かだ。
照明弾が東方で放たれる。同時に座標がルキア機に伝えられ、アルゴスシステムで情報を統合し、僚機へと通達される。そのままルキア機、UNKNOWN機、修司機は問題の座標へと。
そして三機はほぼ同時に――赤黒いタロスと遭遇した。
修司が状況を確認する。街からも空港からも離れているようだ。タロスは行動を開始しようとしないところから、イーノスに間違いないだろう。
「吸血鬼は鏡に映らないそうですが、悪魔はどうなんでしょうね? ‥‥とりあえず、検証してみましょうか」
ルキア機のD−013、修司機のD−02がほぼ同時に放たれる。果たして敵機はどう動くのか。
タロスはD−013を右肩で受け止め、敢えて外されたD−02を静かに見送る。そしてフェザー砲を、二度。ルキア機の下方を抜け、修司機の右翼を掠める。
「似て非なる攻撃だ」
UNKNOWNが冷静に判断する。同様の攻撃を返してくるが、ダメージを与える相手を選定しているようだ。必要であれば回避もするだろう。
「‥‥お前は、何色が好きかね?」
その言葉が終わる前に高空から放たれるエニセイ、再度、今度は正面から修司機のD−02。交差するのはやはりフェザー砲で、回避する二機の動きを見極める。
他部隊が、ブーストでタロスの背後を取った。しかしそれは敵側も同じで、徐々にHW達が集まりつつある。
「ん、数で圧そうか」
ルキア機が後衛から放つD−013は、死角を突いてタロスの腹部に着弾、若干体勢を崩したタロスへと雪崩れ込む僚機の砲撃。だが、それらを受け止めるのはHW群だ。
タロスはその隙にダメージからの回復を図る。
「弱点もわかりにくいなぁ」
ルキアが溜息を漏らす。嫌になるほど淡々とした戦闘に必要なのは、根気と燃料だろう。
「しかしそろそろ、尽きる頃でしょう」
パニッシュメント・フォースを乗せた修司機のエニセイが、タロスへとぶち込まれていく。この一撃で落ちなくとも、回復に燃料を消費するはずだ。先ほどからの回復回数を見る限りでは――。
「そろそろ燃料切れ、かね」
頷くUNKNOWN。その言葉の通りに、タロスはゆるやかに退避を図る。そこに追いすがろうとKV達が動くが、タロスの盾になるようにHW群の壁が滑り込む。
直後、タロスは加速すると、他の空域にいるワームやキメラ達を従えて飛び去っていく。
「空を放棄したようですね」
修司機が目を細め、その方角を見やる。
「じゃあ、目の前の壁だけどうにかしよっか」
ルキアが言うと、壁が一気に迫ってきた。
「まあ、それほど時間はかからんだろう」
UNKNOWNは修司、ルキアと共に愛機をHW群へと滑り込ませた。
「蒼炎にその身を焦がし燃え尽きろ」
更紗が龍の翼で間合いを詰め、ユビルスにて強化人間を突く。一人、また一人と、垣根のように連なる敵へと。回避する敵にジンが獅子牡丹を側面から入れれば、敵は再び更紗の眼前へ。そこに、再び突きが入る。
援護に入る獅子に体勢を変えたジンの逆袈裟斬り、だが獅子の爪もジンを抉る。それを活性化で癒しながらジンは獅子牡丹を振るう。リイも刀身を滑らせて攻撃の手を休めない。
エドまで、遠い。獅子は牙を容赦なく剥き、強化人間の刃がそこに追従する。
ドッグの錬成治療がなければ、応援が着く前に何人かは戦闘不能になっていただろう。どうにか強化人間を二人と獅子を三体、戦闘不能にした時、応援の部隊が駆けつけた。
応援の者達が獅子や強化人間達と対峙するのを確認すると、皆はエドに視線を向ける。
「あんたが指揮官か? ‥‥なら、お相手願おうか」
ジンが言う。
「溜まった鬱憤、その首討ち取ることで晴らせてもらう」
盾を構えた更紗が、低い姿勢で駆ける。
「委細構わず突貫、刺し、穿ち、貫け!」
猛火の赤龍を乗せたユビルスが、下段から突き上げるようにしてエドの腹部へと吸い込まれていく――が、エドはその柄を掴んで横に滑り、回避。更紗の脇を抜けたジンの刃さえも。
「ひはっ、やるねぇ。じゃ、これでどうだッ!」
ジンはすぐにソニックブームを乗せた袈裟斬り、逆袈裟斬りと連続で入れる。
左肩を抉られたエドは動じない。その時、右脇にムーグが入り込んだ。
「おや、あなたですか」
エドが笑む。その隙に背後に凛生が回り、ジンが抉った左肩にケルベロスで一発。さらに撃ち込もうとした時、エドが振り返る。
「撃っても構いませんが、彼女に当たりますよ?」
「はな、せ‥‥っ」
更紗だ。柄を掴んだ直後、更紗の腕をも掴んでいたのだ。その様子に、凛生は動けない。
だがムーグにとっては好機となった。混元傘でエドを上方へと突き上げ、限界を超えた力を放つケルベロスで骨盤を狙撃する。その衝撃で、更紗は解放された。
「‥‥祈リト、別れハ、要りマス、カ」
地に落ちたエドワードに再び銃口を向けるムーグ。血を流すエドはしかし、短刀を舞わせて立ち上がる。短刀はムーグの左胸近くに埋まり、背後にいる凛生へと重い回り蹴りを放つ。ケルベロスを奪うと、凛生の利き足へ一発撃ち込んで捨てる。
「その身体で動けるのか‥‥っ」
構えるジンと更紗とリイ、しかし彼等にも回し蹴りは薙ぎ入れられ、後方へと吹き飛ばされた。すぐにドッグが動く。ジンは自分で回復をしている。一瞬でも遅れれば致命傷になるのはムーグ。ドッグはまず彼へと治療を開始した。
「ヴィクトリア様がいないと、自由でいい」
エドはくつくつと笑いながら、倒れている者達を見下ろす。その時、空に展開していたワームやキメラ達が一斉に退却を始めた。
「‥‥空は、負けたのか」
エドは空を仰ぐ。イーノスのタロスは生きている。これ以上の戦闘は不利だと判断し、敗北を認めたのだろう。KV達が次々にスペースを見つけては着陸し、陸戦部隊の援護にまわる。
「この状況、この傷で、続けるのはきつい‥‥か。仕方ありません、この街は差し上げましょう。ですが、納得のいかない部下達が勝手にここを攻撃するかもしれませんが」
地上は――まだ、完全制圧させないという意味の言葉を残して、エドは速やかに部隊を連れて去っていく。
それから少しして空戦班が駆けつけた時、皆の応急的な治療は終わっていた。ドッグの早い治療で誰もが重体を免れたが――しかし、その表情は重い。
「なにがあったの、リイ君」
ルキアが問う。しかしリイは首を横に振るだけだ。
「‥‥エドワード、ですか」
修司は戦闘の悲惨さを窺わせる血痕に眉を寄せる。
「さて、次はどうする? リィ」
UNKNOWNは愛機の冷蔵庫から持ってきた冷えた飲み物を、リイの頬に押しつける。
「再戦‥‥だろう。次こそは、完全なるウジダ攻略を」
――まだ、ウジダの空を手に入れただけにすぎなかった。