タイトル:約束の花冠マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/03 03:37

●オープニング本文


 穏やかな風が、ふたりの少女の頬を撫でていく。
 村はずれにある草原は、淡い金色の絨毯が敷き詰められたように花が咲き乱れていた。風が吹く度に、その絨毯は優しく揺れる。
 晴天の草原には、何組もの家族がピクニックに訪れていた。
「リリ、何を作っているの?」
「お花で冠を作っているのよ。できあがったらあなたにあげるわ、ルル」
 同じ顔をした少女たち。ルルとリリは双子の姉妹だ。リリは大好きな姉のために、慣れない手つきで茎を編み込んでいた。少し離れたところでは両親が、笑顔でふたりを眺めていた。
「うん、楽しみにしてるわ! じゃあできあがるまでのあいだ、私があなたに花束を作ってあげる」
 ルルは満面の笑みを浮かべ、せっせと花を摘み始めた。
 産まれてから七年、ふたりはいつも一緒だった。笑うのも、泣くのも、母親に怒られるのも。近所の若者への幼い初恋も、何もかも一緒だった。離れて過ごすことなど考えられない。これからもずっと一緒にいられるのだと、ふたりは信じていた。
「リリ、もう花束ができちゃったわ。ほら、あげる」
 両手一杯に花を摘んだルルは、まだ花冠の三分の一もできていないリリの膝に、そっと花束を置いた。
「うわあ、素敵。待っててね、急いで作るから」
 リリは歓声を上げた。そして茎を編み込む手を忙しなく動かし始める。早くルルに冠をかぶせてあげたい。その一心で急ぐものの、急げば急ぐほど茎は絡まってしまい、なかなか先に進まなかった。次第にリリは涙目になっていく。
「待ってて、待ってて。ああもう、また間違えちゃった。ごめんね、ルル、待っててね」
「いいのよ、リリ。ゆっくり作って。私もゆっくり待つ‥‥から‥‥」
 笑顔のルルが、急に顔を強張らせた。リリの後方を凝視し、ガタガタと震え始める。
「どうしたの? ルル‥‥」
 ルルの異変に気付いたリリが顔を上げたとき、ルルは叫んだ。
「危ないっ! リリ!」
 同時にルルはリリを突き飛ばしていた。
 突き飛ばされて転倒したリリは何が起こったのかわからない。遠くから、両親の悲鳴が聞こえる。一瞬遅れて、耳元でルルの悲鳴が聞こえた。
 ゆっくりと起き上がる。ルルは悲鳴をあげ続けている。
「ルル! 待ってなさい、今助けるから!」
 両親が叫んで駆けつけてくる。その騒ぎを聞きつけた他の大人たちも、石や棒を手に駆けつけてきた。
 リリはそろそろと後ろを振り返る。そこにあるものを見て、声にならない叫びをあげた。
 そこには、左足をキメラに噛まれたルルの姿があった。小さめのキラーロリスだ。
 キラーロリスの牙は深く食い込んでいる。流れ落ちる血が、金色の絨毯を赤く染めていった。
 やがてルルの悲鳴は細くなり、消えた。

「ルルはどうなっちゃうの!」
 病院の廊下で、リリは叫んでいた。
「命は助かるそうよ。でも左足はもう‥‥」
 母親が目を伏せる。ルルは集中治療室に入れられ、面会謝絶となっていた。
 キラーロリスは小さなものが一頭だけだったため、駆けつけた大勢の大人たちに怯んで逃げ出してしまった。そのおかげで、ルルは一命を取りとめていたのだ。
 しかし、深く噛まれた左足は、切断せざるを得なくなっていた。
「‥‥私がもっと早く花冠を作っていたらよかったの。ううん、私が噛まれていればよかったの。ルルは私をかばって‥‥!」
 リリは首をぶんぶんと横に振って、泣きわめく。母親はただリリを抱きしめることしかできなかった。
「‥‥花冠」
 暫く泣き続けたあと、リリは母親の腕の中で呟いた。
「え?」
「花冠、作ってあげるって約束したの‥‥。作ってあげなきゃ」
 上目遣いに母親を見た。母親はゆっくりとかぶりを振る。
「駄目よ、あの草原にはキラーロリスがいるの。あれから皆で調べたら、他にもいたのよ。全部で三体。今は立ち入り禁止になっているわ。退治してもらえるよう、村から依頼を出したところよ」
「じゃあ、退治してもらったら大丈夫? また花冠作れる?」
「そうね、作れるわ。だから今は、我慢してくれる? あなたにまで何かがあったら、ルルはもっと辛い思いをしてしまうわ。‥‥お母さんも、辛い」
 それまで気丈に立っていた母親が、ついに泣き崩れた。リリにしがみつくようにして、震えている。
 どうか、どうか早くあのキメラたちをやっつけて。
 あのお花が散ってしまう前に、どうか――。
 リリは母親と一緒に泣きながら、何度も何度も祈り続けた。

●参加者一覧

佐々木優介(ga4478
38歳・♂・FT
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD
文月(gb2039
16歳・♀・DG
ライモンダ(gb2070
15歳・♀・DG
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
ヴィンセント・ライザス(gb2625
20歳・♂・ER

●リプレイ本文

●リリとの約束
 泣きはらした目で、リリはじっと見つめてきた。
「今から、お兄ちゃんたちが‥‥あそこにいたキメラを駆除して、安全にしてくるから‥‥な」
 リリや母親からやんわりと情報を聞き出していたヴィンセント・ライザス(gb2625)は、彼女たちを安心させるように言った。着込んできたスーツの襟を引っ張って姿勢を正す。しかし心の中は怒りが渦巻いていた。またひとつ生まれた悲劇に、自身も過去に友を失ったことを想い出す。たとえ卑怯な手を使おうとも、目標は徹底的に排除すると決めていた。
「悪いキメラは絶対に退治するからね」
 フィオナ・シュトリエ(gb0790)がしゃがみ込み、リリの目線で微笑んだ。フィオナもここへ来る前に調査を念入りにしてきた。だからこそ「絶対」と言えるのだ。「絶対」と言えるようになるまで、彼女は諦めずに調査を繰り返していた。リリは母親の手をぎゅっと握る。
「みんな、キメラを退治しに来てくれたの?」
 リリは驚いて目を見開いた。佐々木優介(ga4478)が頷く。
「そうだよ。みんな、だよ。俺も、家に美人だった妻と、可愛かった娘と息子がいるからね。リリちゃんが辛い思いをするのは嫌なんだ」
 リリはその言葉にきょとんとする。母親が少しの間をおいて頬を緩めた。優介は自分の言葉で彼女たちの表情が和らいだことに安堵する。家族の楽しい一時を血で染めたキラーロリスを、決して許すわけにはいかない。強い想いが膨れあがる。
 その様子を、リヴァル・クロウ(gb2337)は少し遠巻きに見ていた。できる限り彼女の心のケアをしたいと思っているのだが、小さい子供との接点がほとんどなく、うまくできるかどうか不安に感じているのだ。それでもリリのために何かをしてやりたいと思う。その思いが伝わったのか、リリはリヴァルに手を振ってくれた。
「お兄ちゃんも? お怪我してるのに?」
 今度は夜十字・信人(ga8235)を見る。信人は他の依頼を終えてすぐここへ来たため、傷が完全に癒えていなかった。しかし傷の痛みなど気にはならない。リリやルルの負った深い傷に比べれば。
「‥‥問題はない。女の子に膝枕してもらえば十秒で治る掠り傷だ」
 的外れというか、果たしてリリに意味が伝わるのかどうかすら怪しいことを言いながら、信人は腕の包帯を締め直した。
「俺は夜十字‥‥一山幾らの傭兵だ。よっちーとでも呼ぶと良い。親しみを込めて」
 そして真顔で淡々とリリに説明する。リリは少しだけ笑顔になった。
「よっちー、ね。ええと、ヴィンセントさん、フィオナさん、優介さん、リヴァルさん、よっちー、それから‥‥」
「文月です、リリさん。私たちを信じて待っていて下さいね。大丈夫、もう怖いことなんてありませんから」
「ライモンダよ。リリちゃん、花冠は私にまかせて! 森育ちだからそういう遊びは沢山知ってるの。終わったら一緒に作ろう」
「翡焔だ。キラーロリスを必ず倒してくる。リリがルルと約束したように、あたしもリリに約束する」
 文月(gb2039)とライモンダ(gb2070)、そして翡焔・東雲(gb2615)が揃って手を差し出す。リリが三人の手を握った。
「文月さん、ライモンダさん、翡焔さん。みんなのお名前覚えたわ。みんな大切なお友達よ。‥‥お願い、お怪我しないでね」

●キラーロリス
 覚醒を済ませた一同は、草原の手前で身を潜めていた。ドラグーンの二人は既にリンドヴルムを装着している。
 今回、初参加の者や戦闘経験の浅い者が多かった。しかしそれを補っても余りある想いが彼らにはあった。リリのため、誰もがひとつとなっている。事前調査にも余念がなかった。それが経験の少なさをもカバーすることになる。
 キラーロリスはリスのような姿のキメラで、鋭い前歯が特徴だ。リリやその家族、そして目撃者の話によると、常に三体で行動しているという。ルルが噛まれたときも、近くに他の二体がいたらしい。一体見つければ、あとの二体もすぐ見つかるに違いない。時折、草原周辺の小動物も襲われているとの情報もあった。
「バグアって平気で生態系を無視した敵を送り込んでくるから嫌いよ。それでもこの世界に生み落とされた命、せめて私たちが倒すことで、土に還ることができるといいな」
 ライモンダが呟いた。彼女は故郷で『森の貴婦人』と呼ばれる巫女姫だけあって、傷ついた動物を見かける度に目を伏せていた。
「キラーロリス発見」
 双眼鏡を覗いていた優介が、前方にキラーロリスを発見する。ただちに他のメンバーへ位置を知らせた。そして囮となる優介、翡焔、文月、フィオナが間隔をあけて並び、草原に足を踏み入れる。中央に大型担当の優介と翡焔、その左右に小型担当の文月とフィオナだ。横からの奇襲にも警戒を強める。四人が草原に入ってすぐ、大型がこちらへ向けて移動し始めた。
「近くに小さいのもいる」
 探査の眼を発動させていたフィオナが、花の動きに注目した。左側から風が吹いている。風で花も揺れているが、先ほど優介が確認した場所周辺に二カ所、違う動きをする花たちがあった。そしてそれは波打つように、徐々にこちらへと向かってきている。フィオナは文月と視線を交わした。
「では、頑張っていきましょうか」
 文月が頷いた。それに呼応するように、優介と翡焔も互いに呼吸を合わせる。四人は一気にキラーロリスとの距離を詰めた。

 先手必勝を発動して先手を取ることに成功した優介が、
「動き回られると厄介なんでなっ!」
 と、イアリスを一気に突き出し、キラーロリスの右後ろ足を貫く。翡焔がそれに続いた。優介の動作から流れるように翡焔の攻撃へと移る様は、攻撃する人間が変わったとは思えない滑らかさだ。キラーロリスが足の痛みで反射的に上体を起こした瞬間を、翡焔は見逃さなかった。
「ここかあっ!」
 流し斬りで一閃した刀が、キラーロリスの側面に入った。リリに辛い思いをさせた存在へ、百倍もの痛みを返したい。その想いから生じる攻撃に躊躇いはなかった。
 優介の先制攻撃から一呼吸おいて突進した信人は、リヴァルと共に合流した。
「道化師はさっさと退場だ。‥‥決めるぞ、戦友」
 両断剣による赤い光を帯びたメタルナックルが、真っ直ぐ両前足にぶつけられる。キラーロリスはその場に転倒しかけたが、その直前にリヴァルの豪破斬撃が側面――先ほど翡焔が攻撃を入れた部位に入る。一瞬、体が浮いたキラーロリスは、崩れるように倒れていった。

 文月は小型の片方と交戦していた。花を散らさないよう、派手な攻撃を今はまだ避けている。ヴィンセントも隠密潜行で身を潜め、状況を見守っていた。
 文月が突き主体の攻撃を続け、ヴィンセントが逃げるようとするキラーロリスに威嚇射撃をする。そんな状況が少し続いたあと、文月が竜の鱗を発動させてゆっくりと動く。その罠にはまったキラーロリスは、文月の左足に噛みついた。
 文月は噛みついたキラーロリスを掴んで足から引きはがし、そのまま上方へ向けて思い切りぶん投げた。
 竜の翼で落下地点に回り込み、頭上に落下してくるキラーロリスを竜の爪で全力で斬り上げる。再びキラーロリスが舞い上がった。そしてヴィンセントが目標をキラーロリスに定め、一気に奇襲を仕掛ける。突如現れたヴィンセントに、キラーロリスは驚いて目を見開いた。
「隠れるのはお前らだけではない‥‥」
 言いながら、スコーピオンを連続で撃ち込んだ。ヴィンセントの攻撃が当たる度にキラーロリスの体が宙に舞う。
 三度、舞った。キラーロリスは口を大きく開けて落下し、地面に叩き付けられた。

 残る一体と交戦するのはフィオナとライモンダだ。
 フィオナに近づくキラーロリスを後方から目視で確認したライモンダは、合流するべく駆けだした。すでにフィオナがイアリスでの攻撃を始めている。
 フィオナは花への被害を減らすため、突きを主体にして攻撃を繰り出していた。その突きは確実にキラーロリスへとダメージを与えていく。キラーロリスの反撃も、自身障壁で防いでいく。
「風が、大地が、あなたの動きが見えるわ」
 フィオナと合流したライモンダは、タイミングを見計らって竜の瞳を発動させ、しっかりと狙いを定めた。竜の爪により力の増した重い攻撃が、キラーロリスの腹部を襲う。
「この草原からいなくなってもらうよ」
 もうキラーロリスに反撃する力はない。最後の一撃をフィオナが繰り出した。イアリスが喉に突き立てられる。ひゅお、と乾いた音がキラーロリスの喉から漏れ、そして動かなくなった。

●金色の草原
 戦闘による花の被害は最小限に食い止められた。荒れた場所もそれほど目立たない。それでも戦闘の跡をリリに見せないように、丁寧に後始末をしておいた。
 花に囲まれたリリに、ライモンダが最も一般的な花冠の作り方を教えている。指示に従い、数本の花を束にしたものを、軸に巻き付けていく小さな手。最後の処理として、重なる部分に花を結びつけるのが少し難しいが、それも頑張ってやり遂げた。
「うわあ、宝石みたい!」
「ここにお花が沢山つくから、本当に宝石がついてるみたいでしょ? これならどんなお花でも作ることができるから、ルルちゃんが元気になったらまた一緒に作ってみて。ここまで二人で来るのが大変だったら、リリちゃんが摘んでいってあげればいいんだよ」
 ライモンダはリリの頭をそっと撫でた。
 翡焔が草原とリリの様子を見て、普段からは考えられない笑顔を浮かべた。
「‥‥よかった‥‥」
 手元には花冠‥‥らしきもの。指導するライモンダを覗き見ながら、こっそり自分も作っていたのだが、大失敗に終わっていた。それを見つけたリリが首を傾げる。
「それなあに?」
「え‥‥っ」
 翡焔は顔を真っ赤にして俯いた。慌てて花冠を後ろに隠す。
「あっ、翡焔さんも作ったのね! 可愛い! ふわふわっとして、とても優しい!」
 強引に後ろを覗き込んだリリは、歓声を上げた。翡焔は思わず顔を上げる。この失敗作を可愛いと、そして優しいと言ってくれたことが嬉しかった。そっとリリに差し出すと、嬉しそうに受け取ってくれた。
 暫くしてリリは不意に顔をあげ、草原を駆けだした。草原から離れたところにいる文月を見つけたのだ。
「これで、あの子の心の傷が少しでも和らげばいいのですが‥‥」
 文月は駆けてくるリリを見て呟いた。
 自分が他の能力者よりも能力が劣ることに、文月は若干のコンプレックスを抱いていた。だからこそ今回の作戦が成功に終わり、草原も無事だったことが嬉しい。自分はキラーロリスを倒した。リリも笑っている。それなのに草原に入っていけない。そんな自分がもどかしくさえあった。
「文月さんも一緒に作ろう! そうだ、これあげる!」
 駆け寄ったリリが、作ったばかりの花冠を文月に差し出した。
「でもこれ、ルルにあげるんでしょう?」
「また作るから大丈夫。最初に作ったのは、文月さんに! ね?」
 リリの笑顔が、文月を包み込む。文月は小さく頷くと花冠を受け取り、リリと共に草原へと入っていった。そのとき文月とリリは、手際よく花冠を作っている信人の姿に気がついた。
「花冠ならば任せてもらおう。子供の頃にモテたくてよく作った」
 信人はそう言って翡焔の隣でテキパキと花冠を作成している。翡焔がそれをまじまじと見つめていた。
「進呈しよう。お姉さん想いの素敵な君に」
 そして信人は微笑んで、完成した花冠をリリの頭にそっと乗せた。
「じゃあ、お礼に」
 リリは信人の袖を引っ張ると、自分の膝を指差す。信人は首を傾げた。
「女の子に膝枕してもらうと、十秒でお怪我が治るんでしょう?」
 ああ、と信人は声を漏らして再び微笑むと、小さな膝に頭を乗せた。少女の小さな膝は、これ以上ないほどに温かかった。
 リリは皆と楽しそうに花冠を作っていた。それでも時折、自分を責めているような、苦痛の表情を浮かべる。それを見た優介とリヴァルが側に来た。
「事故や怪我で足を無くしてしまっても、義足という道具をつければ歩けるようになることが多いんだよ。ルルちゃんも、きっと歩けるようになる。そうしたら今度は二人一緒にここに来るといい。そのときは、ライモンダお姉ちゃんに教えてもらった花冠の作りかた、ルルちゃんに教えてあげるんだよ?」
 優介は花を摘み、簡単な髪飾りを作った。そしてそれをリリの右耳の上に飾る。同じものをリヴァルも作り、不器用に言った。
「生きていれば、どうとでもなる。死んでしまってはそれもかなわないがね。冠とは祝福のためのものだ。だからこそ、言うべきではないのかね」
「祝福‥‥」
 リリが呟いた。リヴァルが頷く。
「生きていてくれてありがとう、と」
 そして髪飾りをリリの左耳の上に飾った。

●約束の花冠
 面会謝絶が解除されたルルの病室では、リリが緊張の面持ちで俯いていた。手には綺麗に仕上がった花冠。ルルにそれを渡さなければならないのに、勇気が出ないようだ。ルルが少し戸惑った顔でリリを見ている。
 そのとき、フィオナがルルに近づいた。花で作った小さな指輪を渡す。
「みんなルルのことが大好きなんだよ。だから、キメラ退治も頑張ることができたんだ。ルルも、頑張ったね」
 ルルは指輪を受け取り、微笑んで頷いた。
「‥‥それから、リリ」
 そしてフィオナはぎゅっとリリを抱きしめ、耳元で囁いた。
「リリも‥‥とっても頑張ったね」
「う‥‥」
 リリはフィオナの腕の中で、大きな瞳いっぱいに涙をためた。
「ルル、お兄ちゃんにも仲がよかった友達がいたんだ。キメラに襲われてね‥‥お兄ちゃんを助けるために、その友達は食われたんだ‥‥」
 ヴィンセントがゆっくりと歩み出て、ルルの手を握る。
「リリちゃんには、まだやり直せるチャンスがある。ルルちゃんはまだ生きているだろう? 死んだら生き返れないけど、科学が進めば‥‥足を再生できる技術があるかもしれない。命を失わなければ、希望は常にある。それだけは覚えておいてくれ」
 そう言うと、リリをフィオナから受け取り、そっと背中を押してルルの側へと行かせた。
「‥‥昔、その友達に作り方を教えてもらったお守りがあるんだ。‥‥はい」
 そして花と枝で編んだ十字架を、二人に手渡す。リリはそれをじっと見ていた。やがて意を決したように顔を上げると、自分の作った花冠をそっとルルの前に差し出した。
「ルル‥‥待たせちゃって、ごめんね」
 震える手で、ルルの頭に乗せる。宝石のように輝く花冠が、ルルにとても似合っていた。
「ありがとう、リリ」
 ルルがリリの手を握る。リリはそのままルルに抱きついた。そして――。
「生きていてくれて、ありがとう。‥‥大好きよ」
 二人同時に、囁いた。
 病室の窓からは草原が見える。金色の絨毯が優しく揺れていた。


   了