●リプレイ本文
――『ミスUPC in 欧阿方面軍決定戦 2011』
ミスだけではなく、ミスター部門も開催されたこのコンテストは、「何事もなく」結果発表を迎えていた。
ミス部門はミリハナク(
gc4008)、ミスター部門は立花 零次(
gc6227)がそれぞれに優勝を飾り、このまま閉会式へと向かうはずだった。
「ん? スタッフの様子がおかしいですね‥‥」
零次はステージ裏が俄に騒がしくなったことに気づき、眉を寄せる。大型モニタではABA48と名乗るアイドル達がコンサート中継を開始していた。しかし、出場者である彼はコンサートの予定など聞いていない。
明らかに何かがおかしい。スタッフの中には、武器を手に飛び出していく能力者もいる。
「ミスコンの結果が出たところでの襲撃とは無粋ですわね」
ミリハナクは零次の隣に立ち、モニタを見上げる。
「我々も行くべきでしょうね」
零次が言うと、ミリハナクも頷く。
「‥‥少しお仕置きしてあげますわ」
そして二人は、会場を飛び出した。零次は愛機のシュテルン・G『夜桜』で、ミリハナクは高速艇で。
――じゃあ最初の曲始めるぞ☆ まずはウォーミングアップでスローテンポな曲からっ。徐々にテンポあげてくよー! よかったら一緒に踊ってね☆
ロアの言葉を合図とするかのように、要塞から次々に出撃を開始する。
スタッフとして動いていたユナ・カワサキは、同様にイベント支援に来ていたオペレーター達と共に管制室へと走っていく。その途中で、高速艇へと向かうUNKNOWN(
ga4276)とすれ違った。
「まあ、少し散歩をしてこよう。ユナ、冷えたビールを用意しておいてくれ」
UNKNOWNはすれ違いざまにそう言って、いつもの足取りで去ってゆく。
「しっかり冷やしておきますね!」
ユナが声を張り上げると、UNKNOWNは背を向けたまま軽く手を振った。
海風は三人のステージ衣装を撫でつける。
衣装は純白で、ゴシック感溢れるミニ丈のウェディングドレスをアレンジしたものだ。
デコルテを強調するように肩を出し、胸元のデザインはコルセット風。しかし、背中は大きく開いている。
腰から胸にかけてきゅっと絞り上げるリボンの色は、ロアは赤、メタは黒、ヴィクトリアは青。メタについては、絞り上げるのが厳しく――はちきれている。一応、胸は隠れているが。
すらりと伸びた脚、左脚にはそれぞれの色でレースのガーターリボン。
左手にブーケ、薬指には四つ葉のクローバーのプラチナリング。ネックレスはシンプルにハートのトップをつけて。
ピアスもハート型で、ルビー、オニキス、トパーズをあしらっている。髪はゆるく巻いてふんわりと。ティアラも忘れない。
背中には、赤、黒、青の、小さな翼。ウェストの後ろにはやはり色違いのベルベットのリボン。スカート部分より長く、ダンスのたびに緩やかに跳ね上がった。
ロアは声を張り上げる。
「ボクらもみんなを楽しませてあげるから、みんなもボクらを楽しませてくれなきゃ駄目だぞ☆」
それは、能力者達へのメッセージ。
『録画、ですか』
「一人、追っかけている子がいましてね」
ユナの声がコクピットに響く。ドッグ・ラブラード(
gb2486)は離陸準備を進めながら頷く。ユナがすぐに確認を取って回答を返す。
『既に録画は開始しているそうです。ドッグさんからご要望があったこともお伝えしました』
「感謝します」
ドッグは短く告げると覚醒、呼吸を整えてS−01HSC『Garm』を離陸させた。
「‥‥にしても、ヴィクトリアさんは何やってんだか」
苦笑が、空に消えていく。
「ヴィクトリア‥‥久しぶりにだけど、今日は挨拶できないね」
ドッグ機よりやや高空を抜けるのはソーニャ(
gb5824)のロビン『エルシアン』。出撃前にちらりと見たモニタ、ヴィクトリア達の姿。
「お友達もいたんだね。迷惑この上ないけど」
「とんだプレミアムイベントというべきかね」
錦織・長郎(
ga8268)のオロチ『ケツァルコアトル』が併走する。
「裏で手を回してとはご苦労なことだね。付き合わされる僕らとしては、余計な余興にはご遠慮願いたいところだが」
しかし現実は差し迫っている状況だ。ならば真っ直ぐに『アリーナ席』に駆けつける。
もっとも、その「アリーナ席」はABA48の「親衛隊」によって埋め尽くされているだろう。まるで「ぽっと出のファンは前に出てくるな」とでも言うかのように。
「くっくっくっ‥‥余興用にペイントバルカンを仕込んでおいたのだが、こういう形で役に立つとはね」
長郎は軽く肩を竦めて笑う。アリーナ席が、彼を待っている。
もう何曲歌ったことか。思いのほか早く、要塞からの援軍が到着し始めた。ロアは長い前奏にあわせて軽くステップを刻みながら、広げた両腕を手招きするように前に流して空を斬る。
「みんなー! ウォーミングアップは終わりだよ☆ これからが本番、一気に盛り上がっちゃおう!」
BFの全ての射出口が開いていく。密集するHWやCWに絡みつくように放たれるのは飛行型のキメラ達。
眼下には、チュニジアとリビアの国境である大地。リビア側から流入するキメラは、途切れることなく続く。
長郎機はやや前方で戦域管制を果たす。
戦闘開始と共に水空両用撮影演算システムのカメラを起動、敵群のナンバリングを開始。
密集度、侵攻方向、それらを分析し、対峙するに適したKVへと振り分けて通知していく。BFと、その周囲に固まっていると思われる精鋭機等については大きな動きはない。
三分間に一度、システムを使用し、軍側との戦力調整も執り行う。
「あのステージにあがっている個体‥‥」
シュテルン・G『電影』を駆るリヴァル・クロウ(
gb2337)は言葉を漏らし、出撃前にモニタでちらりと見たアイドル達の姿を思い出す。
そこにいた、胸の大きな少女。それは紛れもなく――。
「――メタ」
以前、メタと交戦したことがある。そのときの光景は目を閉じれば鮮明に蘇る。‥‥手の平にも。まあ、それは別として。
「このタイミングで仕掛けてくるとは、やってくれる」
ぎり、と奥歯を鳴らす。
嫌らしいタイミング、そしてこの敵陣の配置。
手を伸ばしても届かない――メタ。
「だが‥‥今は俺にできることをするまでだ」
葛藤と衝動をぐっと噛み殺し、リヴァルは須佐 武流(
ga1461)のシラヌイ改とアルヴァイム(
ga5051)のノーヴィ・ロジーナbis【字】を視界に入れる。三機は既に攻撃を開始していた。
「バグアがアイドル‥‥か」
武流はシートに軽く背を押しつける。
「三人の外見が、その年代のようですしね」
アルヴァイムがさらりと言葉を返す。
「このやり方といい、悪趣味なワナだこと。‥‥調子に乗ってんじゃねぇぞ」
――ちょっとだけ、調子に乗ったっていいでしょう?
武流が唸った直後に流れた歌詞は挑発としか思えない。しかしそのタイミングで、里見・さやか(
ga0153)のミカガミA型「秋水」からの通信が全機に入る。
「‥‥必要に応じて、手心を加えたほうがいいでしょう」
こちらがあまりに優勢に事を進めすぎた場合、敵がどのように出るかわからない。逆に更なる力をぶつけてこないとも言い切れないだろう。
挑発に乗らず、誰もが冷静になる必要がある。複数の機体から「了解」と届き、さやかは小さく頷いた。
「それにしても‥‥」
通信を切って、眉を寄せる。
「‥‥息抜きに行こうとしてたのに、何で戦闘に巻き込まれるんだろ‥‥」
実はさやかは、東京戦線に出張中の身だ。その最中に、このアフリカでコンテストがあると聞き、息抜きとして予備機で遠路はるばる来たところだったのだ。
ぐすん。涙で視界が滲む。しかし泣いてはいられない。
軽く両目を擦り、前方を見据えてバルカンを射出した。気の遠くなるような、オレンジの空。
その果てで、両腕を広げるのはロア。
空の全てと、要塞から来る人類と。
それらを抱き留めるかのように。
しかし、この両腕は――全てを薙ぎ払う、ただそれだけだ。
ブーケを持つ手を前に突き出し、腰にもう片方の手を当ててストップ。直後、翼竜など大型の飛行キメラ達が動きを見せる。
それらは背に陸生タイプのキメラを乗せ、そのまま急降下。地表すれすれに滑り込むと、背上のキメラを降ろして再び上昇する。
「おーおー盛りだくさん盛りだくさん‥‥最高の戦場じゃねえか。まさに俺向きだな」
湊 獅子鷹(
gc0233)はキメラの海と雨に目を細める。波間に揺れるのは、能力者やKV達。地上での無線は使えるようだ。周囲のKV達にも大きな影響は見られない。CW達は空のKVへとその照準を向けているのか。
二刀小太刀「兜玖和形」を鞘から抜き、柄のカブトムシを手の平に収める獅子鷹。
「次々に斬ってやるからよ、かかって来いや!」
獅子鷹の二刀小太刀が薙ぎ払われる。かかってこいと言いながらも、敵が攻撃態勢に入る前には斬りつけている。時にはKVさえも盾に、時にはキメラの屍さえも壁にして。
「‥‥流石はバグアと言ったところですかね」
そう言うのはソウマ(
gc0505)。バグア側の作戦の狡猾さを目の当たりにし、さすがのソウマも言葉とは裏腹に苦い顔をしていた。だが、すぐに不敵な微笑へと変わる。
「ですが、そう簡単に成功するとは思わないでくださいよ。それなりの代償、きっちりと払って貰いますからね」
そのためにできること、それは――治療だ。
味方戦力の低下を防ぐことで、戦況を有利にする。ソウマは到着までに把握した敵の総力及び地理情報、味方戦力の配置情報などを、実際の戦場と比べていく。
そして救護班と無線で連絡を取り、自身が治療に入るべきポイントへと移動する。
「コンサートを潰せないのは気にくわないけど、これだけ沢山のキメラを殺させてくれるってとこには感謝ですね‥‥」
モココ(
gc7076)は呟く。これから、能力者となって最初の仕事が始まる。だが、身の丈に合った戦い方をするつもりだ。持ってきたコーヒー牛乳は、終了後に飲めるといいのだが。
モココ同様、これが初任務となるのは朧月 翼(
gc7348)とクラフト・J・アルビス(
gc7360)。
「やってやるぜぇ〜」
朧月は強く息を吐き、緊張を押し隠す。それとは対照的に苛々しているのは寝起きのクラフト。
「なんで入隊早々の戦闘がこれなんだよ」
能力者になっていきなり放り込まれたハードな戦場。だがその一方で、名前を上げるチャンスだという思いもある。半ば寝ぼけ眼だが、海風が運ぶ血の臭いに一気に目が覚めた。
溜息を漏らしながら、シュテルン・Gにて生身部隊に随伴するのは住吉(
gc6879)。
風呂にも入れず、食事も食べられず、さらには事前準備もできないこの状況が面倒ではあるが、しかし「コンサート」終了までの戦域の確保はしなければならない。
最前線のラインを築く部隊、その奥に向けて十式高性能長距離バルカン。支援砲台として、住吉機は狙撃を続ける。
「ふむ‥‥面白い作戦ですね‥‥」
BEATRICE(
gc6758)は小さく頷く。
「一気に本陣の撃破は不可能‥‥ならば‥‥守り通しましょう‥‥」
ロングボウII『ミサイルキャリア』は一歩、前進する。
続くのは、メルセス・アン(
gc6380)のパラディン『ナイツ・オブ・ゲヘナ(零番)』。
共に前進する二機。その上空を抜けていくのは二人と同じ小隊に属するドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)のスカイセイバー『ドラペニ MK−II』だ。メルセスは目視でそれを確認すると、愛機を戦闘態勢に。
「これより先は、入場制限エリアだ。整理券をお持ちでない方々のご入場は‥‥ご遠慮願うっ!」
ガシャッ!
心地よい音を立て、機槍「ゲルヒルデ」を構える。
同時に、BEATRICE機が真スラスターライフルを。
そして二機は初撃を繰り出していく。
「元プロデューサーとしては‥‥このイベントも『成功』で収めたい所だけど、ね」
柳凪 蓮夢(
gb8883)のシラヌイS2型『紅弁慶』は、飛来するキメラへとマルコキアスの洗礼を浴びせる。
展開する弾幕、しかしその幕が散るのを見届けることなく、次の群れへと悪魔の抱擁を。
「皮肉な仕事だけど、まあ悪くない舞台だぁ。思う存分愉しむとしようかぁ」
ペインブラッド『リストレイン』のレインウォーカー(
gc2524)はキメラが密集しているポイント――もちろん、その射程内に他機や生身の人間がいないことを確認して、狙う。
「纏めて蹴散らす。巻き込まれたくなかったらボクの前にでるなよぉ」
ブラックハーツ発動、直後に展開するフォトニック・クラスター。
そしてレインウォーカーは周囲の動向へと意識を飛ばした。自機に隙が生じることは始めから計算しているが、果たして対処しきれるだろうか。
頭上から降下を仕掛けるキメラ、そこに吸い込まれるのは関城 翼(
gc7102)のアンジェリカによるホーミングミサイル。難を逃れたレインウォーカー機は次のポイントへの移動を開始した。
「遊びに来てこのような迷惑極まりないサプライズを受けるとは‥‥最悪です」
風見 遥(
gc6866)は呟く。
アンジェリカ『MORNING STAR』の名とは正反対の、これから夜へと向かう空に向けられるフィロソフィー。先ほどの関城同様、後方からの援護射撃を開始する。
「‥‥撃てば何かしらに当たりそうな数ですね。きりが無さそうです」
「なんにせよ、敵を倒すことに変わりはないさね。変な制約があるだけだ」
リック・オルコット(
gc4548)のグロームが、足下に潜り込んできた小型のキメラをナックル・フットコートで踏みつぶす。これが生身の体なら足裏に嫌な感触が伝わることだろうが、車の後輪が何かに乗り上げたような、そんな衝撃だけがリックに軽く伝わった。
ドゥは高度を保ち、愛機を駆る。
「日本、インドと来て、今度はコンテスト見に飛んで来たけど‥‥」
――気がつけば、戦陣の中だ
「まあ今は目の前の客を歓迎しよう‥‥!」
高空よりアサルトフォーミュラA、B共にGP−02Sミサイルポッド、攻撃時に生じる一瞬の隙に、三百六十度あらゆる方角から何らかの敵意が降り注ぐ。
スナイパーライフルRでの追撃はしかし、一瞬の頭痛に阻まれる。嫌らしくも、CWは編み目のように編隊を組んでゆるりと迫る。
「させませんよ」
受け止めるのは零次機によるCSP−1ガトリング砲。
その隙に旋回、さらに高空へと移動したドゥ機、CWの射程から僅かに抜ける。すぐさまAA及びスナイパーライフルRによる狙撃、交差するように零次機からのガトリング砲。
「CW多すぎ、しかたない先にやるか」
ソーニャ機もバルカンでCWの処理を開始する。
「コンサート終了まで守りきればいいんだね」
しかし、なぜバグアのコンサートをバグアが壊そうとして、それを自分たちが守るのか。ソーニャは軽く肩を竦める。
「まぁいいや、その分ボクも楽しませてもらうからね」
常に起動されているアリスシステム、進行を妨げる敵機は螺旋でかわす。
編み目が崩れると、そこから顔を出すHW。さやか機の牽制によるバルカン、さらに追撃するホーミングミサイル、即反転離脱。照準をさやか機へと向けたHWの横っ面に入る、零次機とドゥ機の砲撃。
燻る黒煙が爆炎に変わる。
獅子鷹は援護要請を受けたエリアへと斬り込んでいく。視界の端、UNKNOWNとミリハナクが入った。
彼等がいるエリアはキメラの数が他より多く、それに対しての人員は圧倒的に少ない。KV部隊が先行していたが、対応仕切れないほどに撃ち溢されたキメラが溢れかえっていた。数だけを見れば不利だが――。
「‥‥あの二人は俺より確実に強いから無視!」
躊躇うことなくそう判断し、獅子鷹は目の前のキメラへと小太刀を薙ぎ入れていく。実際、彼等は笑みを崩すことなくキメラを斃していた。
左に揺れるのはワインレッドのドレス。右に揺れるのは黒のコート。
ミリハナクはミスコンの衣装のまま炎斧「インフェルノ」を振るったと思えば、シエルクラインに持ち替えての牽制弾幕。
「ミスコンのテーマ通り、私と共に戦う方は無事生きて帰れるように戦い、キメラの撃破をしますわね」
コンテストに参加していただけあって、陸戦部隊の兵士達の中には彼女の顔を知る者も多かった。時折アイコンタクトを取り、彼女の言葉に従うように動きを合わせる。
「‥‥恐竜が、いますわね」
遠方で尾を一閃させている巨体の群れに気づき、頬を緩めた。耳に届いていたUNKNOWNのブルースが途切れる。
「少し、まずいか?」
その視線の先は、やはり恐竜達。尾に薙ぎ払われていく兵士達は後を絶たない。KVの攻撃も入れにくい状態だ。
ゆらり、と、UNKNOWNが前進する。エネルギーキャノンを軽く抱えて。
「‥‥次はあそこですね」
軽く滲む汗を手で拭い、ソウマは負傷者の多い激戦ポイントを見定める。隠密潜行と瞬天即で迅速に移動を開始する。
戦闘の脇を、そして敵の死角を確実に縫うように。
影から影へと移動する、魔猫のように。
練成治療を負傷した兵士に施し、ソウマは士気を上げるように不敵な微笑を浮かべる。
「あんなふざけたことをしてくれたバグアに、僕達の底力を見せつけてやりましょう」
その言葉に、治療を終えた兵士は頷いて戦線復帰。ソウマは次の負傷者へと治療を開始した。
「降下できるポイントが‥‥ない」
ミサイルポッドが弾切れとなったドゥは、陸戦を展開するメルセス達と合流すべく降下ポイントを探すが、二機がいる最前線に着陸できそうなスペースはなかった。
KVと、生身の人間と、キメラと。それらが混在して駆けめぐる地表。目測を誤れば、味方を巻き込むのは見えていた。
仕方ない――ドゥは眉を寄せ、着陸できるポイントまで後退する。途中、追いすがるHWもいたが、それは蓮夢機とリック機による地上からの援護で阻止された。
変形、着陸を果たしたドゥ機はすぐさまメルセス達との合流を図る。
「援護します」
二機のやや後ろ斜め横に立つ。
ゲルヒルデを繰り出し、キメラの進行を抑え込むメルセス機。BEATRICE機は機刀「新月」にて次々にキメラを薙ぎ払う。
「接近戦は‥‥苦手なのですけどね‥‥」
それでも、新月を振るう「手」を休めはしない。
二機の攻撃の合間を縫うように、ドゥ機からの援護射撃が入る。前線のキメラ達は、その頭を削られながらもなおも進んでいく。
朧月はひたすらにキメラを攻撃しつつ、これほどの数と対峙することの消耗に驚きを隠しきれなかった。
「刀が、重い‥‥。それでもわたくしは、戦う」
刀を振るう腕が痺れる。それでも豪破斬撃を乗せて敵を斬る。何体か倒し、退かせたキメラも多い。もちろん、危険がないとは言えないが、それは常に他の能力者やKV達がフォローしてくれた。
「よう、支援はいるかい?」
リック機が朧月のいるポイントに滑り込んでくる。そしてファランクス・ソウルを手近なキメラに。
PCB−01ガトリング砲を放つ際には、朧月に空薬莢が当たらないように充分注意した。変化する戦況だからこそ、そういった広い視野が求められる。
「報酬のためにも、多く倒さないとね」
大物の相手をできないのは、まあ仕方がない。自分では実力が足りないのもわかっている。ならば、少しでも他人より多く倒し、報酬を多くもらうために頑張るだけだ。
もちろん――怪我も、しないように。
「それにしても――ドンパチやってるのに歌える神経が恐ろしいね」
空で揺らぎなく歌い続ける三人。そこにミサイルなどが届かないようにギリギリの射程を保ち、続けられる空戦。
要塞でコンサート中継を見ている者達は、きっと今も何も知らない。
爆炎が晴れてゆく空に、青のロビンが螺旋を描く。
ソーニャのエルシアンだ。
「ABA48ですか、素直じゃないねぇ。一緒に楽しみたかったら、ワームなんかまかないで、仲間にいれてって言えばいいのに」
まぁ、おかげでボクもエルシアンと踊れるんだけどね――くすりと笑み、しかし眼差しは進行方向を埋め尽くすHWへと向けられる。
「Let Dance、ビートのきいた曲を頼むよ」
――そして、コンサートは最後の曲を迎える。
「楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃうよねー。でも、みんなの中にはとっても長く感じた人たちもいるんじゃないかな?」
ロアの皮肉めいた言葉が響く。
「とても名残惜しいけど、次が最後の曲。ボクが一番気に入っている曲なんだ☆ みんな、最後までしっかり聴いてねー!」
最後の曲――これでやっと終わるのか。あと数分。だが、まだ気を抜くことはできない。
ロアが軽くステップを踏むと、最後の曲の前奏が始まった。
再度、エルシアンのバレルロール。
「あははは‥‥っ!」
楽しげなソーニャの声が響く。螺旋の次はループ、スリップターン、続けられるダンスは曲のリズムにぴたりと合っている。
高度を取るインメルマンターン、そしてダブルスプリットS。
「派手にやらせてもらうけど、仕事もきっちりやるよ」
そして再度螺旋に身を委ねつつロックオン。
「ミサイル、シュート」
螺旋の端で、爆ぜるCW。
散りゆくCWを抜けてくるHWの陣は、これまでに展開していたHW達より高機動のようだ。
「精鋭機っぽいかな、よろしく!」
ソーニャは精鋭対応班に通信を送る。
アルヴァイム機、武流機、リヴァル機が機首を向けた。さらにはドッグ機も待機。
「まぁ、白は健全だなぁ‥‥」
呟くドッグ。
『白ってなんのことっ!』
突如として通信に割り込むヴィクトリア。「だ、駄目だべ!」とヴィクトリアを止めに入るのはメタ。前奏でよかったと言うべきか。
「気にするな」
とりあえず応答し、ドッグは隊の中央に位置を取る。両翼、どちらのフォローにも動けるように。
左翼にアルヴァイム機、右翼に武流機、中央にリヴァル機。
アルヴァイムはこれまでの交戦記録及び損耗による後退の分布の変遷を収集していた。精鋭と思われる敵機は他にもあるはずだ。その所在や進路予測、救援先の選定の判断材料とし、迅速に分析していく。
コンサート終了まであとわずか。BFが撤退を開始した場合には深追いは得策ではないだろう。安全圏での掃討も視野に入れる。
あと、数分。
管制を務める長郎機への連絡と共に、全機への通信を開始する。その間にも迫るHW。
ロアの歌声が、響く。
好きだって 伝えるだけ
だけど何故か逃げちゃう
怖くない 怖くないのに
嘘みたいに伝えられない
コンサート終了は地上のキメラ達も感じ取っているのか、攻撃が激化する。特に顕著なのが大型のキメラであり、最前線に躍り出てぶつかってくる。
「図体のデカイヤツらは我らに任せておけ、それ以外は貴公らにお任せする」
メルセスが周囲の兵士達を下がらせ、ゲルヒルデを構え直す。
「来るのですか‥‥? ‥‥なら‥‥ここが‥‥死線となるでしょう‥‥」
BEATRICEはファランクス・ソウルのリロードを。
「あと数分、凌がないと」
ドゥがちらりと空を見る。
そして押し寄せる壁と迎撃するKVがラインを作り上げた。
練力には限りがある。瞬天速を利用してのヒット&アウェイにも限界があった。
それでもモココは駆ける。対応できる限りのキメラを、一体でも多く斃すために。
できれば、一般兵達への支援にもまわりたかったが、さすがにそこまでする余裕はなく、眼前のキメラに対処するので精一杯だった。
「フフッ、こんな大物と殺しあえるなんて‥‥傭兵になって正解ですね‥‥」
身の丈数メートルはあろうかという、恐竜。それを見上げ、モココは笑む。しかし力量を見誤るようなことはない。これと対峙するわけには、いかない。
ギリギリの間合いを保ち、笛を鳴らす。それに反応するように前足を薙ぐ敵、かわしきれず爪が脚部を抉る。少しでも傷を相手に負わせたいが、力の差は大きい。
そのとき、モココの真横を走り抜ける衝撃波。それは恐竜の腹部に命中し、敵の動きを阻んだ。
「もう大丈夫ですわ」
ワインレッドのドレスが揺れる。インフェルノを軽く振り上げて笑む、ミリハナク。そこにソウマが合流した。
「悪い予感がしたから来たんですが‥‥貴方は運が良い」
悪戯っぽく片目を閉じ、微笑を浮かべる。そしてミリハナクから引き継ぎ、練成治療。そのとき、恐竜が尾を薙いだ。息を呑むモココ、しかし「‥‥無駄ですよ」とソウマはモココを抱えて軽く脇に飛ぶ。
「あぁ、僕はキョウ運ですから」
今回は凶ではなく、強へと傾いたようだ。
空振りの尾を再び振り下ろそうとした恐竜は、ミリハナクの両断剣・絶によって引き裂かれていった。
KVから離れた位置で弱めのキメラに対応していたクラフトは愚痴をこぼしていた。
「くそっ、こっちは初めてだってのに」
もちろん、キメラはそんなことお構いなしだ。クラフトは距離を取りながら、隙をついてはメタルナックルを入れる。
しかし、敵が弱いということもあるだろうが、戦いながらコツはつかめてきた。
「今だったら、行ける‥‥かも?」
やや前方、今までのものより強いと思われるキメラ達がいる。
危険なようだったら、退避すればいい。クラフトは意を決して足を踏み出す。
しかしキメラは、クラフトの攻撃を難なくかわす。攻撃が命中しても、ダメージは小さい。
無理はできない。逃げるか――クラフトは閃光手榴弾を取り出そうとするが、その隙さえ敵は与えてくれなかった。その合間に、足下に迫るのは大蛇。クラフトに巻きつこうとしているのだ。
しかしそれにクラフトが気づいたときには回避のしようがなかった。半ば覚悟を決めて目を閉じる。
しかし、いつまで経っても絞められる気配はなかった。
「‥‥え?」
恐る恐る目を開けると、そこにはエネルギーキャノンを担いだUNKNOWNと、ぴくりとも動かなくなった大蛇。彼はクラフトに練成治療を施すと、「隙間を作る、押し込むといい」と囁いた。
ブルースを口ずさみ、独特なステップとリズムでキメラの中に入っていく。迫る牙や爪は半歩ずらして避け、帽子を押さえて進む。
クラフトはすぐにUNKNOWNが作り上げた隙間へと入る。
振り返らず、UNKNOWNは歩いていく。まるで都会の夜を歩くように。時折、狙撃を交えながら。次のポイントを支援するために。
「ほら、行くぜ!」
見送るクラフトの背を軽く叩くのは獅子鷹。二刀小太刀を軽く振り、先導するようにキメラの中に押し込んでいく。
「さあ! さあ! さあ! ブッ千切れろ! クソキメラ共が」
その声と共に裂かれていくキメラ達。クラフトもその流れに乗るように攻撃を開始しながら、獅子鷹の体が傷だらけであることに気がついた。
「ま、あちこちの支援してたり、援護の特攻入れてるからな」
獅子鷹はさらりと言うと、傷をものともせずに戦い続けた。
他の子にもモテて
満更じゃない顔しちゃってる
その脛蹴飛ばし 後で涙目
その歌詞と共に、HWが十機ほど降下を始めた。蓮夢機は降下ポイントへ救援に向かう。
デモンズ・オブ・ラウンドでキメラをまとめて薙ぎ払いながら、時にはデモンズを盾として。
滑り込み、空へと制圧射撃。それを阻止せんと動くキメラには練機刀「白桜舞」の洗礼を。周囲で負傷度の高いものを発見すれば、直ちに練成治療も行った。
「仮にも弁慶の名を冠しているんでね‥‥そう簡単に、突破させる訳にはいかないな」
この状況下、多少の無茶は辞さないつもりだ。
だが、無茶と無理の見極めはシビアに行う。意地を張り、ひとりで無理をすれば、それだけ離脱の可能性が高くなる。
それはそのまま、仲間への負担が大きくなることを意味するのだ。
そのくらいなら、そんな意地など投げ捨ててしまえばいい。
――そんなモノよりも‥‥仲間の無事のほうが、今の私には大切なのだから。
撃ち漏らしたHW、そこに吸い込まれていくのは住吉機によるPRMシステム・改を乗せた対空砲火。
「コンサート会場は敵も味方も満員御礼商売繁盛で大盛況ですね〜」
住吉機は空への砲撃を続ける。一撃喰らえば離脱するHW達。この周辺の戦力の意識が空に向いた隙を突いて、大型のキメラがKVを突き倒すべく突撃を開始した。
しかし、蓮夢機も住吉機もそれに動じない。援護のために接近する、レインウォーカー機に気づいているからだ。
「さぁ、また戦場に行くとしようかぁ、相棒」
その言葉と共に、補給から戻ったレインウォーカー機が滑り込んだ。負傷重体大破は覚悟の上。それでも必ず生きて帰る。その強い意思が、彼を、そして愛機を動かす。
練鎌リビティナを主軸にした攻撃が、キメラの足を止める。飛行型には3.2cm高分子レーザー砲を。
そして翼竜の翼を回避、そのまま頭上にある腹へと練爪「セクメト」を抉り込ませる。
「嗤え」
呟き、セクメトの爪を翼竜の腹から翼へと移動させていく。嗤い声にはほど遠く――しかし、極めて近い、翼竜の悲鳴が響き渡った。
そして遥機も援護に出る。
後方からフィロソフィーで狙撃、それに気づいたキメラが数体向かうが、遥は冷静に対処する。
「‥‥エンハンサー起動、生憎私にこの距離は致命的です」
練剣「白雪」を構え、流れるように一閃。一体を切り伏せ、すぐに次の一体。
遥機が裁ききれない個体には、関城機が当たった。
シールドスピアを突き出し、仕留めていく。決して無理はせず、サポートに徹する。
「死ななければ、次があります」
次もまたこうして戦い、生きて帰るために。
そして、関城機のスピアは静かに敵を捉え続ける。
「ありがとう、助かったよ」
HWが全機空へと戻っていくと、蓮夢は周囲のKVに声をかけ――しかし、すぐに表情を引き締めた。
「っと‥‥どうやらあちらも苦戦気味か‥‥斬り込んで突破口を開く! 援護を頼む!!」
その声が終わる前に、住吉機がキメラへと強化型ショルダーキャノンをぶち込む。
そこにいたKV達は、次へと照準を定めた。
嫌な子じゃないよ 素直になれないだけ
近づきたいのに 言い訳しちゃう
悪い癖なの
バルカンによる牽制からミサイル射出、その流れと離脱。
さやか機は安定した動きを続ける。BFの位置に変化はない。時折、誘うような機動を見せるHWは、「コンサート会場」への流れ弾を誘導しようとしているのか。
「CWが減ってきましたね‥‥」
さやかが気づく。もっとも、BF周辺のCWが夥しい数であるのは変わりがないが、戦闘の続く空域では確実にその数を減らしつつある。
時にはHWと対峙しながらも、嫌らしく精神攻撃を続けてくるCWの数を優先的に削ぎ続けてきた長郎や零次も同様のことを感じていた。
「それでもまだ、脅威となる数ではありますね‥‥」
零次機は旋回し、ガトリング砲を放つ。最後まで気を抜くことはできない。この付近のCWを減らすことは、同じ空域で精鋭機と交戦を開始する味方機への援護にもなるはずだ。
「花束を渡す時間も近い‥‥か」
BFを視界の端に入れて口角を上げつつ、長郎も弾幕を展開し始めた。
その目を見るだけで 胸のどこかで高鳴るの
教えたいから ちょっと作戦 練っちゃいましょう
精鋭機とは言っても他のHWより優れているというだけであって、どうやら極端に強いというほどではなさそうだ。
「最も早く対応可能な者が、初動対応を」
アルヴァイムの声が響く。最初に動いたのは、下方から突き上げるように上昇を仕掛けてきたHW。真っ直ぐにドッグ機を狙う。
ドッグ機は機体スキルを全て使い、対峙する。
UK−11AAMで敵機の装甲を削りにかかった。回避に失敗したHWはその左後部に損傷、そこをスナイパーライフルRにて狙撃。黒煙を上げて離脱していくHWの脇を抜けて迫る光線に気づき、ドッグ機は辛うじて回避する。
先ほどの機体より動きがいい。なるほどと頷き、ドッグはバルカンでの牽制を選ぶ。
「まともにやり合うのは俺にゃ、荷が重いんでな」
その言葉に応じるかのように、リヴァル機が滑り込んでツングースかをぶち込んでいく。
左翼ではアルヴァイム機が、眼前の敵機へと十式高性能長距離バルカンを。まずは牽制。
そして52mm対空砲「ギアツィント」。
中距離戦に持ち込み、敵の出方を見る。こちらの攻撃を回避しようとはするが、機体性能の差は歴然であり、反撃する間もなく沈んでゆくHW。アルヴァイム機は次の敵へと照準を合わせる。
右翼の武流機はHWとBFとの位置関係を気にかける。このままの射線、果てにはBF。回避されれば、危険だ。太陽の位置は――。
「西‥‥もうほとんど沈みかけているか」
視界は微かに暗い。しかし目視による各機の配置が見えないほどではない。敵味方の方角は全て把握できる。
曲は、後奏に入った。少し長めの印象がある。終了まであと数十秒か。
武流機は超伝導アクチュエータとブーストをかけHWに急接近、エナジーウィング、抜けて旋回。再度ブースト、ソードウィング。
合間に遠方から援護射撃を入れようとするHWには、ショルダーレーザーキャノン。それに続くように、ドッグ機がロングレンジライフルで援護に入った。
「ちょっと離れてるが‥‥俺の相手もしてくれるよなぁ!?」
その挑発に敵機が乗る。武流はそれを見届け、眼前のHWに集中。同時に敵機が体勢を整え攻撃に転じ始めるが、再び武流機が迫る。
飛燕とディノスケイルを駆使した極めて立体的な機動に、敵機は翻弄され始める。
ツングースカで墜ちないHWに、リヴァル機はソードウィングによる追撃を図る。それを察し、離脱にかかる敵機。追いすがるリヴァル機、再度のツングースカ。時折、援護射撃が他のKVから入る。それらは別のHWの足止めを果たす。
「あと一撃で墜ちろ‥‥っ!」
リヴァルが引き金を引こうとした、瞬間。
――曲が、終わった。
「みんなー! 今日はどうもありがとー!」
ロアの弾む声が響く。
同時に全ての敵が攻撃を停止し、引き潮のように引いていく。
「悪くない舞台だったけど、次の主役はボクらだ。次回公演にこうご期待、なんてねぇ」
そう言うのはレインウォーカー。それと対照的な言葉を漏らすのは遥。
「‥‥流石に疲れました。こんなに酷いコンサートは初めてです」
どちらの言葉も、深い。
「時間切れ‥‥お疲れ様と言うべきでしょうか‥‥お互いに‥‥」
BEATRICEが呟く。
「‥‥あの飛行船だけを入場させたらどうなるのだろうな‥‥」
メルセスはBFを見上げ、眉を寄せた。果たして――どのような戦況となったのだろうか。
「機会があれば顔合わせできるかな? お茶目なお嬢さん達」
ドゥもまた、BFを見上げる。決して他意はないが――。
「終わ‥‥った‥‥?」
モココは空と地平を見つめ、キメラの血溜まりの中に仰向けに寝転がった。コーヒー牛乳を飲む体力は残っていない。帰還してから飲むしかなさそうだ。
同様にして、隣に倒れ込んだのはクラフト。やはり初戦での疲労度は凄まじい。
「帰る頃に誰か起こしてー‥‥」
そのまま、眠ってしまう。だが、起こされても起きないだろう。
朧月は念のために周辺を探索し、戦闘を続けようとするキメラがいないことを確認して軍の人間に伝えていく。
空では、KV達が去りゆくワームやBFをじっと見送っていた。
中継は終わったようだ。もうABA48の声は聞こえない。
リヴァルは小さく頷き、回線を開いた。
『次はこのように行くとは思わないことだ』
開かれた回線、そこから耳に響く声にメタは一瞬硬直した。瞬きせずに中空を見つめるメタは、やがてその頬を赤く染める。
「あ゛ーっ!! そん声はあん時のせぐはら、‥‥、もごもご‥‥」
「だめーっ!!」
ヘッドマイクの電源はまだ入ったままだ。今度はヴィクトリアが大慌てでメタの口を塞ぎ、電源をオフにする。
聞き覚えがある、声。それは、かつて自分の胸を鷲掴みにした男、リヴァル――。
「来てただか、せぐはら‥‥っ!」
そうと知っていれば、ぶち墜としてやっただ――!
わなわなと打ち震えるメタを、ヴィクトリアが更に宥める。
「お、落ち着いて、メタちゃん‥‥っ」
そのとき、一機のKVが離脱し、ブーストでBFへと迫り始めた。メタとヴィクトリアもすぐに平静を取り戻して静かにそれを見据え、ロアはブーケに軽く口づけをして、笑みを浮かべる。
その直後、常にBFの側に控えていたワーム達が一斉に壁を造り上げる。
「当たらずともいい、花束を渡すことができればね――!」
そう、長郎だ。
「親衛隊」達が体を張ってガードし、ステージを隠す。
それでも、隙間を縫ってこの花束を――!
バルカンの射程に到達すると、長郎機は照準を合わせる。しかし、CW達が一斉に妨害、射出されたペイント弾はHWの壁にぶつかって激しく散る。
紫のそれは、薔薇の花弁のようだ。うまくいけば見事な花が咲いたであろう。
そのまま、壁の一部が長郎機に群がり、海へと叩き落とすようにそのボディをぶつけ始める。
「まあ、この花弁だけでも充分綺麗かな。コンサートも終わったあとだし、その程度で許してあげるよ☆」
ロアは朗らかに笑い、海に墜ちてゆく長郎機を眺める。そしておもむろに、メタとヴィクトリアと共にブーケを高々と掲げ――ブーケトス。
夕陽に照らされた三つのブーケが、ふわりと空に舞う。
「さぁ、モロッコへ行こうか!」
そして、BFは西へと去っていく。
その名の通り、陽の沈む国へと向かって――。