●リプレイ本文
国境沿いの拠点に到着した一行は、拠点内で移動の疲れを癒していた。
「大規模の露払いってところか。怪しい強化人間もいるみたいだし、警戒しとくに越したことは無いな」
そう言いながら、ネオ・グランデ(
gc2626)と夢守 ルキア(
gb9436)は情報収集を開始した。
「敵って、いつもは何処から現れる?」
「これといって決まった場所はないよ。どこからでも来る」
外で警備に当たっていた兵士は、蟻地獄対策になる少し長めの棒をルキアに渡す。
ルキアは頷き、拠点の周囲を見渡した。地中に潜むキメラがいる以上、どこでも死角になり得そうだ。無線を調整しながら、兵士に向き直る。
「戦況が厳しいときは、援軍ってお願いできる?」
「ああ、大丈夫だ」
そのとき、外部から物資輸送車両が到着した。その人員なども交えてさらに聞き込みを続ける。
「目立った共通点はないか‥‥」
ネオが呟く。
キメラや強化人間の出現地域や時間についての目立った共通点はない。ヴィクトリアやエドワードも目撃されていない。また、強化人間はフードで顔を隠しているという。
ミスティア・フォレスト(
gc7030)は周辺地図と交戦記録を精査していた。
先ほどルキアが得た情報も含め、強化人間目撃地点を地図に書き込む。非番時に当番部隊へ同行できるように調整も始めた。
「観察対象が何か‥‥程度でも掴めれば‥‥」
それが空振りとなっても、土地勘や戦闘予習にはなるだろう。
「変わった変化って言うと、ユダかな? 陽動トカ、この拠点や場所を襲うに見せかけてーって」
ルキアが思考を巡らせていると、輸送車両の整備を終えた女性兵士が声をかけてきた。
「ここからもう少し西で、単機飛行するシュテルンを見たわよ」
その言葉に、ドッグ・ラブラード(
gb2486)、ジャック・ジェリア(
gc0672)、黒木 敬介(
gc5024)がハッとする。
「記憶にありますね、シュテルン」
「確か通信班長だったよな」
「あれから、彼がどうなったのかは知らないけどさ」
三人が口々に言う。かつてこの拠点がヴィクトリアに占拠された際、内通者のKVがシュテルンだった。だとすると、ヴィクトリア絡みの強化人間であることは間違いない。ユダに関する陽動の線はなさそうだ。
「揃ったか。来てくれてありがとう」
リイが皆の元へ合流する。しかし彼女の声は低く、眉間には深い皺が刻まれ、やや落ち着きもなかった。
「や、リィさん久しぶり。元気してた?」
「背が伸びたな、お前」
敬介と顔を合わせたリイは、微かに目を丸くする。
少し見ない間に日焼けし、身長は五センチほど伸びただろうか。先ほど、到着するや否や女性兵士を軽く口説いていたのを見かけたから、落ち着いたように見えてナンパ野郎なのは変わってなさそうだが。
「‥‥てか、テンション低いね」
「べ、べつに、低くなんか」
「軍人さんが調子悪くしてたらダメだぜ。はははは」
敬介はリイの背中を叩き、笑い飛ばすが――。
「‥‥きゃっ」
小さな悲鳴と共に、リイは体をびくつかせてしゃがみこんでしまった。
初めて聞く悲鳴に、リイを知る者達は一瞬だけ耳を疑う。
「‥‥すまん、つい‥‥その、ヤツが来たかと」
「ヤツ?」
ルキアが首を傾げる。
「えっと‥‥どうしたんですか? リィさん妙に怯えているようですが‥‥」
立ち上がってからずっと肩で息をしているリイに、ドッグが心配そうに問う。
「ヤツ‥‥ウスバカゲロウの幼虫が怖い。それだけ‥‥だ」
遠回しな言い方をするリイ。「蟻地獄」と口にするのも嫌というのが滲み出ている。
「な、なにかあれば言ってくださいね?」
ドッグが慌ててそう言った瞬間、リイの目が据わった。
「じゃあ今言う。私が引きずり込まれそうになったらお前を身代わりにする。いいな?」
「い、生け贄ですか!? リィさん、目が据わってますよ‥‥?」
かなりテンパっているに違いない。ドッグは苦笑する。
「さて、軍曹さんが妙に可愛い所を見せてるのは良いんだが大丈夫なのかね?」
ジャックは敬介にこそりと話しかける。
「でも不安になってるのならそれを解消してあげないと」
などと適当な理由をつけて、敬介はリイに再度歩み寄った。
「なんか妙に可愛いね。どう? 今晩俺と」
爽やかに笑いつつも、前線で不安になっている状態を狙う敬介。イケメンは何をしても許されると思っている。
「だが断る」
しかしリイはすっぱりと断りを入れた。
「そっか、残念」
敬介は断られれば綺麗に諦める。リイが冷静さを取り戻したようだからよしとしよう。これがずっと持続すればいいのだが。
「事情は判りませんが‥‥リイ殿の動揺を面白がられるのは癪です」
無表情の保持をフォローしなければ――ミスティアは言う。
「確かにな。‥‥さて、何を企んでるやら」
頷くのはネオ。強化人間がリイに関係する可能性は否定できない。
「何か心当たりは?」
ネオが問えば、リイは小さく首を振った。
「俺も時間外に警戒を続けてみるけど、なんなんだろうね。何とかする必要があるのか、話し合いができそうなのか」
ジャックが眉を寄せると、リイが呟く。
「‥‥蟻地獄が怖いのは知られたくない」
ヴィクトリア達は、その事実を知らないのだから。
「‥‥それを確認するためかもしれないな」
ネオが言うと、誰もが同意の沈黙を返した。
夜明けまではまだ遠い。キメラの襲撃も、まだなかった。
空のペットボトルにワインと砂糖を入れた、害虫駆除ボトルを軽く振るミスティア。着衣の防塵や防虫対策は、現地部隊を参考にして行っていた。挙動リスクの軽減は確実に果たされるだろう。万一のためのロープも装着済みだ。
非番時に当番部隊に同行してみたが、強化人間は現れていない。現れるでしょうか、とミスティアは呟く。
リイはドッグと繋がっているロープの強度を何度も確かめている。
「蟻地獄、結構キュートだと思うんですけども‥‥」
ぽつり。思わずドッグは呟いてしまう。
「ど、どこが――!」
「落ち着こうよ、軍曹さん」
蟻地獄対策として棒で地面を叩きながら、軽く宥めるジャック。リイはすぐに我に返って、またロープを確認し始めた。
空から、コウモリのようなキメラが飛来する。数は少ない。
接近するそれをジャックのスコールが包み込む。
足下の砂が盛り上がり、小さな蛇や甲虫が顔を出した。それを片っ端から潰すのはドッグのステュムの爪。地中から顔を出したキメラ達はかなり脆弱なようで、簡単に潰れてしまう。
ミスティアは軽くランタンを掲げて徘徊し、闇に紛れているキメラを探す。獣独特の匂いが鼻腔を衝く。すぐにスズランでその主である個体の足止めにかかり、AAがそれを仕留める。
――と、ミスティアはリイの様子がおかしいことに気づいた。
がちがちと歯を鳴らして震えているのだ。なんとか無表情に戻したいとミスティアは考えるが、ここまで怯えていては難しい。ドッグやジャックも気づき、警戒を強める。
一見すれば変化も何もない地表に、リイは何かを見ていた。ジャックが棒で地面を叩き、HNのバイブレーションセンサーも併せ、ひとつのポイントを絞り出した。
ぼこり、大きく凹む地表。ジャックはすぐに飛び退り、SN達と共に一斉射撃、蟻地獄を地中に埋め去る。
戦闘動作や震動が誘引する連鎖の可能性を考えたミスティアは、すぐさまバイブレーションセンサーを発動する。
「‥‥もう一体、います」
その言葉の直後、リイの真後ろで地面が凹んだ。
「いや‥‥っ」
緊張していたリイ、一瞬だけ動きが遅れた。左脚が滑り、落下しかける――が、ドッグが迅雷で駆けつけ、リイを引きずり上げた。
「‥‥、ドッグ!」
「リィさんの言った通り、か」
ドッグはそう言いながら、すり鉢の底に墜ちてゆく。
しかしドッグが蟻地獄に捕まる前に、ジャックが制圧射撃と四肢挫きを撃ち込み、蟻地獄の行動を制限する。そこに追い打ちをかけるのはミスティアの呪歌。
「お前さんはな‥‥捕まえたんじゃなく‥‥捕まったんだよ!」
底に到達したドッグは蟻地獄の顎を蹴り上げ、そして莫邪宝剣で急所を抉った。
「すぐ引き上げる!」
ジャックがロープを引っ張り、ドッグを引き上げる。
すり鉢からドッグの全身が抜け出た直後、次々にすり鉢が出現した。
キメラもまだそこらを跋扈しているというのに。ミスティアは吐息を漏らし、ボトルを投げつける。蟻地獄が気を取られ、一瞬だけ動きを止めた。
「リィさん、無理しないでくださいよ」
震えるリイにドッグが言う。リイが涙目で頷くと、そこに緊急対応として待機していた敬介が駆けつける。震えているリイと、砂まみれのドッグを見て事態を察した。リイが完全に使い物にならないのは明らかだ。
「助かる、いけるか?」
「ん、いける」
獅子牡丹を軽く振り、敬介はジャックに頷き返した。
「やー、やっぱアフリカいいですねー」
明け方の戦闘の疲れを癒すべく、拠点内の物陰にべったり座り、積み上げられた資材に背を預けるドッグ。
隣には、一緒に休憩に入っていたリイの姿があった。リイは頷き、ぼんやりと空を仰ぎ見る。
「何もできなくて‥‥すまない。助けてくれてありがとう」
リイがぽつりと言うと、ドッグは笑顔で首を振った。
「そういえば、リィさんってどんなお子さんだったんですか?」
「‥‥どう、って?」
「結構、可愛いとこもあったんでしょうね」
今までのリイからは子供らしい姿は想像できないが、今日の様子を見る限りでは――。
ドッグはリイの回答に期待した。
どんなことでもいい、昔の話を聞きたい。ヴィクトリアやエドワードとの話も。
それは、辛いものかもしれないが――きっと、本当は美しいもの。
捨ててしまってはいけないものだから。
ポケットに手を入れ、ウジダの瓦礫の奥から見つけたリイのロケットを握りしめる。
暫くして、リイは小さく頷いた。
「典型的なお嬢様だったよ。でも‥‥父に反発して、十五で家を出て軍に入った。まあ、節目ごとには帰省しているけどね。家を出なかったらエドと結婚して、子供もいたかもしれないな」
「結婚‥‥」
「二十歳のときに婚約した。でも、何年も前に婚約解消したよ。今は未練も何もないけれど」
「解消?」
「私が軍で忙しくしている間に、ヴィクに惚れたんだと。その少し後にバグアの襲撃を受けた」
「そう、でしたか」
それから少し流れる、沈黙。
「お前と‥‥こんなにゆっくり話すのは、初めてだな」
一呼吸おいて、リイはドッグの顔を見据える。軽く話したことで、少しすっきりしたような気がした。
「先に戻るよ。‥‥また機会があったら、話そう」
そしてリイは立ち上がると、拠点建物へと戻っていく。ドッグはその背を見送り、手の中のロケットを握り直した。
「‥‥返せなかった、な」
リイとの会話中、ずっと迷っていた。だが、結局渡せなかった。リイもドッグが持っていることは知っている。知っているのに、特に催促することもない。
そしてこのまま――今回も返せないまま、彼女と別れるのだろう。
「いつか‥‥」
返せる日は、来るのだろうか。
ドッグは、リイの背を見送り続けた。
二日目。昼間のうちに強化人間が出現したという報はない。
「実働時間が夜間なのが難点と言えば難点だな」
ネオは薄明かりの灯るライトを手に、スナイパーと共に歩哨に回る。視覚だけでなく、聴覚や触覚なども研ぎ澄まし、周囲に意識を走らせていく。
「怖かったら、後ろに下がって銃で援護して」
ルキアはリイにそう告げる。苦手なものは仕方がない。初日の戦闘のことも、ちゃんと聞いている。
リイは後ろに下がろうとしたがすぐに引き返し、地面を棒で突いているルキアの後ろからその頬に唇を寄せた。
「いつもの、おまじない」
「うん、ありがと!」
軽く振り返ってルキアは笑み、リイは頷いて後ろに下がった。
救助用にストリングセットをロープ状に編んでおいたネオは、首を動かさずに視線だけを横にずらす。
「‥‥いる」
ここから百メートルも離れていないポイントに立っている強化人間。フードはしておらず、顔が露わになっている。
棒で地面を軽く叩きながら移動していた敬介は、双眼鏡で顔を確認した。
やはり、「通信班長」だ。
顔や視線の向きを見ると、真っ直ぐにリイを見ていた。その表情に嫌なものを感じる。
「‥‥歓喜?」
これで助かるといった、そんな喜びに満ちた表情を強化人間は浮かべていた。
直後――遠方から、次々にすり鉢が出現する。HNの索敵も間に合わないほどに。同時に出現するキメラ群。
「目標発見‥‥近接格闘師、ネオ・グランデ、推して参る」
冷静に、ネオがシュバルツクローを足下の蛇へと抉り込む。それが合図となるかのように、すり鉢の底から一斉に蟻地獄が顔を出した。
「残像斬お願い!」
ルキアはPNに指示を出しながら練成超強化。PNは反射的に残像を発生させる。
「やりたかったダケだよ。鳥は羽を撃つからトドメはお願い!」
そしてエネルギーガンを空に放つ。背後のリイは震えて動けない。
小銃で獣を対処していた敬介は、腰に結んだロープが後ろに引っ張られるのを感じた。ロープの先にいた女性兵士がすり鉢に落下しかけているのだ。
「すぐ行くから」
躊躇うことなく迅雷で駆けつけ、引き上げるだけでいいところをちゃっかり抱き上げて救助。女性兵士に怪我がないことを確認すると、再び獣へと照準を戻した。
ほぼ同時に、ネオもすり鉢からHNを引きずり上げていた。その直後に感じる足下の振動に、HNを抱えて退避する。すり鉢は、一向に減る様子がない。
未だ笑みを浮かべる強化人間はしかし、リイに気を取られるあまりに気づかなかった。
ルキアが接近していたことに。
PNと共に戦闘していくうちに、強化人間の近くまで接近していたのだ。
ルキアは戦闘を続けながら言う。
「ねぇ、蟻地獄が引きずりこんで食べるのは何でだと思う?」
その言葉に、強化人間は表情を強ばらせる。
「弱いからだよ、逃がさないように食べる、その力が欲しい、どこにも行かないように――」
もっとも、ルキアの考えであり、経験ではあるのだが。
しかしその言葉に、強化人間は打ち震える。
「俺はヴィクトリア様の元に戻る。アレクサンドラを次のヨリシロとして献上して、もう一度――」
ぽつりと漏らした言葉。直後、背を向けて走り去る。
「今の言葉、なに。まさか――」
ルキアは去っていく姿を視線で追いながら、眉を寄せた。
そのとき、尋常ではない蟻地獄の数に拠点から援軍が到着する。ドッグやジャック、ミスティアといった初日のメンバーもいる。
「もう大丈夫だよ、リィさん」
敬介がリイに声をかける。リイは緊張がピークに達していたのか、その場で意識を失ってしまった。
ジャックが戦闘に参加し、ミスティアとドッグはリイを介抱して拠点へと運んていく。
少しずつ、すり鉢が消えていく。
――空が、白み始めた。