●リプレイ本文
●ダンゴムシ
ルークの部屋に六人は集まっていた。少しでもクマちゃん――いや、ハニワの情報を手に入れるためだ。だが、聞き出せた情報はハニワの足下は円形である、ということだけだった。
「キメラにパペット被せたって――阿呆じゃねえですか」
シーヴ・フェルセン(
ga5638)が冷ややかに言う。
「もういいから、早くクマちゃん助けてくれ」
ルークはベッドで布団にくるまり、ぶつぶつと呟いた。
「大人しく被せられやがったハニワも、やっぱ阿呆じゃねえですかと思うですが。同類で仲良くできりゃ世の中平和でありやがるですが、そうもいかねぇのが現実。仕方ねぇんで『クマちゃん』とかいうの、取り返しに行きやがるです」
そして畳みかけるように言う。ルークは黙りこくってしまった。
「‥‥ルーク‥‥チェスの駒で言うところの『戦車』を意とするものだけど‥‥こうも簡単に落ちたんじゃ、名が廃るというか‥‥」
紅 アリカ(
ga8708)の言葉に、ルークは更に丸まってダンゴムシのようになってしまう。中から啜り泣く声が漏れた。
「しかし、ハニワで御座いますか? 日本ならまだしも、何故イギリスで‥‥」
ジェイ・ガーランド(
ga9899)が唸る。そのとき、廊下から声が聞こえた。
「ルークの奴、ハニワにパペット被せたなんて冗談言って強がってるけど、手強い相手だったんだろうな」
どうやらこの一件をルークの冗談だと思っている者がいるようだ。人形サイズでも恐れられるあたり、キメラが凄いのか彼のネームバリューが凄いのか。ジェイは思わず苦笑してしまう。
「大切なものを取り戻したいという話に感動しました! 必ず連れ戻してきますから、安心して下さいっ!」
ドッグ・ラブラード(
gb2486)が見つめると、ダンゴムシがもぞりと動いた。
「大事な物を無くすのって、ほんと辛いもんね‥‥ボク、ルークさんに元気になって欲しいから、悪い宇宙ハニワからクマちゃんを取り返すよ!」
潮彩 ろまん(
ga3425)がそう言うと、ダンゴムシが脱皮を始めた。
「大の男が恥を耐えて頼み事♪ 一肌脱ぐのが女の役目‥‥ってね。それじゃ皆。クマちゃん奪還作戦開始よ♪」
狐月 銀子(
gb2552)が手を叩くと同時に、ダンゴムシの脱皮は完了する。いや、羽化と言うべきか。ダンゴムシは立派な大熊に生まれ変わった。ルークは色黒の巨体で、熊によく似ているのだ。ルークとクマちゃんは親子なのではないだろうかと、全員が同時に思った。
「よろしく頼む‥‥。クマちゃんは俺の大切なパートナーなんだ‥‥!」
大熊は泣き崩れた。
●妖精
現地では周辺で聞き込みを始めたが、クマちゃんの情報はなかなか得られなかった。しかし半ば諦めかけたとき、乗馬クラブで貴重な情報を得ることができた。その情報は支配人の孫からのものだ。
「ええと、ここから見えるとこ‥‥ほら、あそこ。あの切株のとこ。あの周辺に、最近クマの妖精さんが出るんだよ」
妖精さん――!
全員の目が輝いた。クマの妖精さん。それはクマちゃんに違いない。
情報は手に入った。中身がキメラである以上、いつも通り気を引き締めるべきだというのに、どこか気が抜けてしまうのはどうしてか。全員は複雑な気持ちのまま、森へと向かった。
情報にあった切株を中心に、三班に分かれて探索を開始する。シーヴと銀子、ろまんとドッグ、ジェイとアリカという組み合わせだ。
シーヴと銀子は切株から少し奥に入った場所の探索だ。
「クマ、クマ出てきやがれ。‥‥ん? ハニワと呼ばねぇとダメです?」
少し探したあと、シーヴが立ち止まって首を傾げた。見た目はクマだ。しかしその実態はハニワだ。これはシーヴだけではなく、他の誰もが首を傾げる問題でもあった。
「ややこしいよね。どっちでもいいんじゃないかなあ。クマー♪ ハニワー♪ 出てきてねー!」
そう言いながら銀子はどこか陽気に探し始める。覚醒を終え、リンドヴルムも装着した。
「あ、シーヴもしやがるです。クマ、ハニワ出てきやがれです」
シーヴも続けざまに覚醒を終える。二人がクマ、ハニワ、と呼ぶ声は、森の中に響き渡った。
ろまんとドッグは切株周辺を探索していた。同時に足跡も探す。円形の足のため、引きずっているのか、飛び跳ねているのかわからないが、どちらにしても不審な足跡になるはずだ。
「よ、よろしくお願いします‥‥!」
女性が苦手なドッグは、胃を痛めていた。覚醒していれば平気なのだが、緊張のあまりそれを忘れていたのだ。慌てて覚醒をすると、胃の痛みが消えた。
「凄いね、クマちゃん。天を突くほどの大熊に成長して、妖精さんたちが仕掛けた攻撃を軽くあしらったんだって」
ろまんがドッグの緊張など気にせず、どこか楽しげに言った。既に覚醒は済ませている。
「え? そうなんですかっ! 凄いですね、クマちゃん!」
話が妙な方向へ行きかけているが、二人とも気がつかない。そのままドッグがGooDLuckを使用して運を上げ、動くもの全てに注意を払った。
「‥‥あれか?」
そしてついに、切株によじ登ろうとする小さな物体を見つけた。すぐにろまんが退路に回り込んで逃げられないようにし、ドッグが皆へ連絡をしながら照明銃を撃った。
ジェイとアリカは、森から少し離れた場所を探索する。
「仕事でなければ、散歩に丁度いいんだがなあ」
隣を歩く恋人を見て、ジェイは微笑んだ。
「仕事が終わったら‥‥よかったら実家に来ないか? 親に紹介しないといけないだろうし」
「‥‥はい、行かせていただきます」
アリカは小さく頷き、ジェイを見上げた。
しかしそのような会話を交わしていても、決して仕事を忘れはしない。いつクマちゃんを発見してもいいように視線を周囲に走らせると、揃って覚醒を終える。そのとき、連絡が入った。
『発見、至急集合』
ドッグの声だ。照明銃も上がる。二人は急いで現場に向かった。
●つぶらな瞳
つぶらな瞳がこっちを見ている――!
それを見た者は皆、言葉を失った。
切株の上に、ちょこんと存在するクマちゃんことハニワ。そのつぶらな瞳が見つめてくる。その威力があまりにも凄すぎて、これからどうすればいいのか思考が止まってしまう。ろまんとドッグが退路を塞いでくれていたため、ハニワは転倒し、そこから動けなくなっていた。だがどう見てもそれは、転がってつぶらな瞳をあちこちに向け、わたわたともがき苦しむクマちゃんでしかなかった。
「人の幸せを脅かす悪徳キメラめ! 正義の味方が引導を渡してやるわよ!」
銀子が無駄にポーズを決めた。銀子の意気込みが伝わったのか、倒れていたはずのハニワが突然、ぽーんと飛んだ。くるくると回転し、地面の上にしゅたっと降りる。
「おー」
あちこちから歓声が上がった。
「的がちっこい上に、表面できるだけ傷つけねぇようにって――面倒くせぇです」
シーヴは味方に注意し、地面の少し上を横に薙ぎ払って転倒とダメージを狙う。攻撃を受けたハニワはよろけるが、再び飛び上がってくるくると着地し、つぶらな瞳で見上げてくる。
「喧嘩売ってるようね。ならば買うまでよ」
アリカが好戦的に笑うと、やはり転倒させるべく足下を狙った。今度もハニワは飛び上がろうとすが、それをドッグが妨害した。蛇剋をハニワの後頭部にヒットさせ、激しく地面に叩き付ける。
「裏側、見えた!」
ジェイがすかさず転がったハニワの裏側に攻撃を入れた。
「クマちゃんを人質に取ったって、ボクたちは負けないもん‥‥クマちゃんは布だから安心だけど、お前のその硬さには命取りだ!」
月詠の刃を返し、クマちゃんがボロボロにならないように細心の注意を払いながら、ろまんが斬りつけていく。そして皆との連携を崩さないように一歩下がって見ていた銀子が、竜の爪にて能力の高められた蛍火を、やはり逆刃で入れていく。ハニワが逃げようとしたのを再びドッグが妨害、そしてシーヴが動かないようにコンユンクシオで頭部を押さえつけた。
「起き上がるな‥‥ですっ!」
そしてまた全員での総攻撃だ。見た目は、完全無抵抗のクマちゃんを取り囲んで集中攻撃をしている状態だ。もしこれをルークが見たら、気絶してしまうに違いない。
「‥‥流石に今回は、少々やり辛い」
苦笑しながらジェイは、急所突きを使用しながら峰打ちでダメージを与えていく。ハニワが身をよじる。
胴体へ集中的に入れられていた攻撃はハニワへのダメージが蓄積された頃を狙って、首部分へと移動する。少しでもクマちゃんを修復しやすくするよう、首の縫い目を狙うのだ。
すでにハニワは起き上がる力をなくしていた。あとは全員が続けて一点集中すれば、難なく落ちるだろう。多少のやりにくさを最後まで残したまま、首への攻撃がなされていった。
ころり、とクマちゃんの頭部が転げ落ちる。
「ちぃとばっか、シュールでありやがるですが」
シーヴが呟いた。
「さて‥‥ハニワからクマちゃんを救出しますか。‥‥とりあえず、直せるところは直しませんか?」
全員が覚醒状態を解いた後、ジェイがクマちゃんを救出した。無事に救出されたクマちゃんは、頭部と胴体が真っ二つに分かれた状態で切株の上に置かれた。
●修復
シーヴが携帯していた裁縫セットを皆で使い、クマちゃんの修復は進められた。
「あの、な、何か手伝うことは‥‥」
ドッグがどぎまぎしながら女性陣に声をかけるが、姿の変わりつつあるクマちゃんを見て目眩を覚えた。
「ちょ、ちょっと。それはあんまりですよ!」
しかし女性陣は手を休めなかった。
「‥‥なるべくなら本来の形に戻してあげたいわね」
「うわ、可愛い♪ じゃ、あたしはここをこうして」
「ボクは折角だから、クマちゃんをもっと可愛くしてあげるんだ♪ ‥‥ほら、可愛いでしょ」
「依頼にも肌身離さず連れて行きやがるようですから、針金で縫い目を補強してやるです」
裁縫ができないジェイは、裁縫に精を出す女性陣――特にアリカ――を眺め、「女の子だなあ」と和んでいる。徐々に謎生物に変化していくクマちゃんを見ても、裁縫がわからないために、そういうものなのだと認識してしまう。そんな中、ドッグだけがハラハラしていた。
「終わったね。じゃあルークさんに届けなきゃ!」
ろまんが元気よく立ち上がる。
「大変申し訳ありませんが、私とアリカだけ少しばかり別行動させていただいてもよろしいでしょうか? すぐに合流しますゆえ」
ジェイが申し訳なさそうに言う。アリカもこくんと頷いた。
「‥‥ん? そっか、了解だよ! でもあんまり遅くならないでね」
銀子がにっこりと笑う。
「どこに行くんですか? もしかして観光ですか? でしたら私もついて行きたいです!」
ドッグが目を輝かせた。ジェイが返答に困っていると、シーヴが助け船を出す。
「ついていくと、馬に蹴られやがるです」
「‥‥あっ!」
ドッグは照れ臭そうに笑った。
●感動の再会
「来た来た♪」
ルークの部屋の前で銀子が手を振ると、ジェイとアリカがこちらへ向かって走ってきた。
「すみません、お待たせいたしました」
ジェイとアリカが到着すると、他の四人は野暮なことは訊かず、ちらりと二人の様子を窺った。二人はしっかり手を繋いでいる。どうやら色々と上手くいったようだ。
「クマちゃんを連れ戻してきました!」
ドッグがドアをノックして声をかけると、バタバタと騒々しい音と共に、勢いよく扉が開いた。
「クマちゃん! クマちゃんはどこに! 寂しかったよクマちゃん!」
現れたルークは、顔を紅潮させてクマちゃんの姿を探した。
「ツッコミ所は山ほど御座いますが、取り敢えずキメラにパペットを着せるとか何ゆえ」
「‥‥人は誰しも、どんな形であれ自分にとって大切なものはある。それを、例えどんな出来心があったとしても、簡単に手放したら駄目よ」
ジェイとアリカが少し厳しくルークに言葉を投げかける。そして二人揃って廊下の突き当たりを指差した。すると、左に折れ曲がる壁の影から、クマちゃんがひょこっと顔を出した。
『ただいまっ、僕も寂しかったよ〜』
「クマちゃんっ!」
ルークは感極まって走り出した。そして両手を広げてクマちゃんを抱きしめようとしたが、ひょいとクマちゃんの姿が消えたため、勢い余って床に激しく転倒した。
「あ、ごめん、びっくりした?」
壁の向こう側から銀子が姿を現した。手にはクマちゃんがはまっている。それを見たルークは、めそめそと泣き出した。しかし銀子は笑ったりはしなかった。どんな勇敢な人間でも、心の拠り所があるからだ。そっとクマちゃんをルークの右手にはめる。
「大切にしてくださいね、もう、手放しちゃいけませんよ!」
ドッグがルークの顔を覗き込む。少しばかり、クマちゃんに情が移りかけていた。もうこれでクマちゃんとはお別れなのかと思うと、寂しささえこみ上げる。その気持ちが通じたのか、ルークは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げて頷いた。そして、愛おしげにクマちゃんを見つめ――。
「‥‥ク、クマ‥‥ちゃん?」
絶句した。
「いっぱいパーツくっつけたよ。可愛いでしょ」
「防御力もアップしやがったです。それにしても。クマちゃんって安直過ぎじゃねぇですか、名前」
ろまんが満足げに頷き、シーヴがツッコミを入れる。クマちゃんは、あちこちにパーツをつけられ、派手な装飾を施され、針金で縫い目を補強された謎生物に仕上がっていた。
「だってクマちゃん以外に似合う名前が思いつかなかったから仕方ないだろう。それにしても、この姿は‥‥」
ぶつぶつ言いながら、謎生物クマちゃんを凝視する。そして、ふるふると震え始めた。怒っているのだろうか。いや、怒って当然だ。ここまで原型を留めない修復を施されているのだから。誰もが息を呑んでルークを見つめた。
「‥‥なんて格好いいんだ! クマちゃん! こんなにもお洒落になるなんて!」
ルークは、満面の笑みでクマちゃんを抱きしめた。
「本気ですか?」
ドッグが恐る恐る訊くと、ルークは大きく頷いた。
「ありがとう! クマちゃんを助けてくれただけじゃなく、こんなに素晴らしくしてくれるなんて!」
そしてルークは、全員と強く握手を交わしていった。
●エピローグ―ドグウ―
翌日、六人は少しルークのことが気にかかり、部屋を訪れた。しかし登場したルークを見て、全員が我が目を疑った。なんと、クマちゃんと全く同じ格好をしたルークが立っていたのだ。
「似合うだろう? 俺もクマちゃんと同じだぜ!」
そう言って、クマちゃんを抱きしめた。そのとき、噂話をしながら通り過ぎる二人連れがあった。
「なあ、知ってるか? どっかでドグウのキメラが出たらしいぜ」
――まずい。
全員が息を呑む。ルークはにやりと笑った。
「ドグウ‥‥。よし、復帰戦だ。俺が倒すぜ!」
クマちゃんのつぶらな瞳が、何かを訴えかけるようにこちらを見ていた。