●リプレイ本文
「白鐘剣一郎だ。今回はよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしく」
出撃準備の最中、白鐘剣一郎(
ga0184)とアレクサンドラ・リイは軽く挨拶を交わす。剣一郎はこれといって表情を変えないリイをじっと見据えた。
これまでの報告書でヴィクトリアとの因縁についてはある程度把握しているが、それに触れるとすれば今回の任務中に支障を来した場合だろう。そのような事態になるのかわからないが、今は共に戦う仲間として信を置くつもりだ。
リイはそれを悟ったらしく、無言で剣一郎を見つめ返して頷く。そして骸龍『イクシオン』を暖機運転している夢守 ルキア(
gb9436)の元へと向かい、その頬に唇を寄せる。
「今回もよろしく」
「もちろん!」
ルキアは振り向き、幸運のメダルをリイに貸す。
「ツヴェルフウァロイテンは随所で使って。長期戦になるかもしれない。練力は温存で迎撃を意識して。それから、ラージフレアも」
「ん、了解」
リイが素直に応じると、ルキアは笑む。
「リィ君が狙われているってわかった。でも私は管制だから」
できることは、アドバイスとジンクス。そして、敵襲に気を配ることくらいだ。
「わかってる。‥‥ありがとう」
リイは胸元で揺れる幸運のメダルを軽く握る。
ふと黒木 敬介(
gc5024)の様子が違うことに気づく。いつもなら軽い言動を見せるというのに。
「どうした?」
「ん? どうもしないよ?」
敬介は笑みを浮かべる。
「‥‥無茶は、するなよ」
そう言って、リイは敬介の右肩を軽く叩いて自機へと向かっていく。敬介はその行動に眉を寄せる。様子が違うのはリイも同じだと言いかけて、やめた。
それに――ヴィクトリア。
恐らく彼女こそが、最も様子が違う存在だろう。
「‥‥ヴィクトリアが本気か‥‥。やなんだよな、そういうの見るのさ」
リイの背を視線で追えば、その先にあるのは明らかに対ヴィクトリア仕様としか思えない改造を施したアッシェンプッツェル。
「‥‥やなんだよな、そういうの見るのさ」
もう一度呟き、視線を逸らした。
出撃した九機は、ヴィクトリアの襲撃予測ポイントにて、その時を待っていた。雲はほとんどなく視界も良好だ。
ヴィクトリアの様子が違うであろうことは、ドッグ・ラブラード(
gb2486)も感じている。
「ゲルトの弔いか? バグアにも、そういう感情あるんだな」
だったら、なぜわかりあえないのか。S−01HSC『Garm』のコクピットで吐息を漏らす。
「どうなんだろう。バグアの感情なのか『ヴィクトリア』の感情を模倣しているのか。どちらも私にとっては違和感が大きい」
隣を飛ぶリイ機からの通信に、ドッグは頷く。
「コンサートの件もある、色々問いだそうかね、くっくっく‥‥」
錦織・長郎(
ga8268)は肩を竦め、笑う。
「白の彼を撃滅した今、混乱した軍勢を抑えようとしてるらしいが、そこを見逃す僕らでは無いね。直ちにその意図を挫こうではないかね」
そして、このオロチ『ケツァルコアトル』に仕込んだ紫のペイント弾を、再び。
「青龍ね‥‥。まぁ、名が有ろうとそうでなかろうと敵は敵ということに変わりない」
そう言うのは雷電『Bicorn』の鋼 蒼志(
ga0165)。人物としての青龍に興味はない。だが、二つ名持ちとういことは強敵に違いない。油断はできないだろう。
追儺(
gc5241)は空の果てを見据えた。未だタロスの姿は捉えられない。
「どんな相手だろうとやることは変わらない。勝ちに行く、それが俺のできるベストだ。たとえ、相手が友の死に心がかき乱されていようとな」
これは‥‥生死をかけた闘争なのだから――。
サイファーE『鬼払』は、その名の通りヴィクトリア達を払うことができるだろうか。
「油断できる相手ではありませんが、此方も腕利き揃い。気負いすぎる必要も無い、とは思うのですがね」
飯島 修司(
ga7951)はそこまで言うと、声のトーンを落とす。
「‥‥何でしょうな。この、目の前に存在する何かを見落としているような、漠とした不安は」
そのとき、レーダーに明らかなタロスの反応が入った。ジャミングの類は一切なく、あまりにも堂々としている。
「杞憂であれば、良いのですが」
修司は、そう付け加えた。
「あの中に、きっとお姉様もいるわね」
くすりと笑い、ヴィクトリアはKVにナンバリングし部下へと周知、そして――。
「ナイトフォーゲル全機無視。射程に入る前に降下、低空にて陸上部隊の支援に徹する」
その指示は、KVのコクピットにも響き渡った。
「しまった――!」
誰かが言う。すぐに全機降下、タロスを追う。
管制に入る長郎機は水空両用撮影演算システムを起動、敵機を捕捉する。
タロスは降下しながら地上への砲撃を開始、ゴーレムと対峙していたKV部隊を穿つ。
この距離、この高度から攻撃するのは危険だ。回避されれば地上に被害が出る。
――誰も、初手を放つことができない。
それを確認した青龍機、反転。急上昇し、プロトン砲を剣一郎のシュテルン・G『流星皇』へと。剣一郎機辛うじて旋回、回避。しかし右翼に第二波。装甲が僅かに抉れる。
ルキア機が管制に入る。アルゴシステム起動、各種情報を統合、先頭のタロスからナンバリングし、各データを味方と共有する。モニターを確認しつつ、目視でもその位置関係を確認した。
「青い鳥。幸福は何処にあるか――探す為に世界を回ってもいいと思うんだ」
『幸福は私の腕の中よ』
青龍機、ルキア機をロックオン。しかしその狙撃は果たされない。
「やらせん‥‥! ペガサス、エンゲージオフェンシブ。FOX3!」
一瞬早く、剣一郎機のG放電装置が電磁波を発生、微かに青龍機が躊躇する。
フォローに入ろうと上昇するタロス三機、すかさず追儺機がそれらをロック、ロヴィアタルの洗礼を。続けざまに修司機によるK−02小型ホーミングミサイル。無数のミサイルによる爆風とダメージはタロス三機を完全に足止めした。
その隙に、長郎機による指示を受け全機対応するタロスとの配置につく。この高度なら地上にも影響は出ない。地上部隊との通信も経て、対空砲火を行うようなワームがいないことも確認された。
追儺機の後ろにつき、タロス1へと向かうのは敬介のグリフォン。ちらりと青龍機を見やる。
かつて一度見たヴィクトリアは、子供の心のまま育ったような子だった。
それが今、自分のやり方を変えて単機で暴れている。
学んで変えたとは到底思えない。恐らくは精神的なプレッシャーなどが原因だろうか。もっとも、本人と話してみないことには実際にはわからないが、そんな気がした。
「もしも、俺の推測が合ってるなら」
――それは強くなったわけでも、本気になれたわけでもない。
無理をして弱さを曝け出しているだけだ。
どうにかして確かめたい。タロス1と対峙しながらそのチャンスを待つ。
「景気よく行こうぜ!」
青龍機にツングースカをばらまくドッグ機。
間髪入れず、青龍機から一筋の光が走る。鈍い衝撃が全身に伝わるが、飛べなくなるほどではない。
「さすがはプロトスクエアの一角、手強い」
剣一郎が言う。
「だがこちらも簡単に落とされるつもりは、ない!」
撃ち込むのはフィロソフィー。回避する青龍機、今度はスナイパーライフルD−02が追いすがる。
青龍機、踊るように回避。その脚部に撃ち込まれるドッグ機からのアサルトライフル。
「足回りをなんとかできりゃいいんだが‥‥」
しかし、青龍機は気に留める様子もなく収束フェザー砲を放つ。ドッグ機へと向けられるが、直前のリイ機からのレーザー砲で体勢を僅かに崩し、射線が逸れる。
『よくもやってくれたわね』
そう言ってリイ機にロックオン、ラージフレアを展開する間のなかったリイ機は砲撃をまともに喰らうが、ツヴェルフウァロイテンの発動で思ったほどダメージはない。
『‥‥嫌な感じ』
ヴィクトリアは吐き捨てた。
先ほどの分断攻撃によるダメージを最も受けていたタロス2は、回復を図っていた。
「ああ、タロスには修復機能がありましたね‥‥」
修司は眉を寄せながら、タロス2との間合いを保つ。近くの空域にHWとの交戦を続けている部隊があるが、長郎やルキアからの情報では影響はなさそうだ。
修司機はツングースカで弾幕を張る。回復しきっていない敵機の動きを封じ、畳み込むようにぶち込むエニセイ連射。敵機にはもう回復に充てるだけの燃料がない。
「墜ちましょうか」
もう一度エニセイ。タロス2の「絶命」を見届けると、修司機は他班の支援にまわるべく移動を開始した。
蒼志機は超伝導アクチュエータを発動、タロス3と対峙する。
「回復する暇は与えん」
回復しようとする敵機との距離を詰め、短距離高速型AAMによる牽制射撃を行う。すぐに敵機がプロトン砲を返すと、左翼に衝撃が走る。しかし戦えないほどではない。
そこにルキア機が入る。蒼志機の状態は良いとは言えないが、形勢は不利にはなっていない。D−013ロングレンジライフルにて後方からの狙撃を開始する。
その隙に蒼志機が体勢を立て直し、距離を取って狙いを定めた。
「螺旋の爆槍で――穿ち壊す!」
放つのは、8式螺旋弾頭ミサイル。それは正面からタロスの腹部に抉り込まれていった。
「お前はここで俺たちと戦ってもらう」
追儺機は距離を詰め、タロス1にマシンガンを撃ち込む。そのまま接近戦に持ち込むのだ。一拍遅れたタイミングで流れるのは、敬介機のプラズマリボルバー。
追儺機が敵機とすれ違い、旋回する。それまでの間に放たれていく。タロス1上方を取る追儺機。そこから再度マシンガンを撃ち、弾幕での圧力を続ける。
「いい加減‥‥墜ちろ!」
絶え間ない攻撃のせいか一切反撃をしてこないタロス1、そこに敬介機の7.65mm多連装機関砲と共にさらに厚みを増した弾幕で畳みかける。
それを「全身」に受けた敵機は、あっけなく落下していった。それを見届けることなく敬介機は大きく旋回し、青龍機の様子を窺い回線を開く。
「やっ、久しぶり。元気してた。俺だよ、俺」
顔と声は覚えられているだろう。いつかの「パンティ何色事件」の印象は強いはず。
「何を」
追儺の声。
「大丈夫、会話して気を逸らす作戦だよ」
うそぶく敬介。真意を見せるつもりはない。
『下着の色は教えないわよ』
軽く返してきたヴィクトリア。どうやら覚えているようだ。敬介は頷き、言葉を紡ぐ。
「無理、してない?」
『え?』
「誰だって、自分を貫けるほど強いわけじゃない。俺だってそうさ。‥‥でもなあ、もし無理してるならやめとけ。素直になっとけ。後悔するぜ、俺みたいにな」
『だからなに』
「例え相手が誰であれ、そういう後悔するのは見たくないんだよ」
『心配無用』
ヴィクトリアの声と衝撃が重なる。ゆるやかに落下する機体。全身が痛いのは機体に相当な衝撃を受けたからだろう。それも、複数回。
この状況では敬介の推測は、当たっているとは言い難い。だが、躊躇わずに撃ち抜いた行為には、何らかの感情があったのは確かだ。
「‥‥惜しかった、かな」
もう少し確認できればよかったが――これ以上は無理だった。
長郎はUK−10AAMを青龍機に放つと、青龍機はこちらに意識を向けた。
「さて、こういう行為をした僕を覚えてるかね」
長郎機は青龍機にペイント弾を撃ち込む。しかし回避され、ヴィクトリアからも反応はない。長郎は構わず続ける。
「自己紹介だ。錦織長郎だ、宜しく頼むね。でだ‥‥君の上位自我とも思える――ロア君はどこで指揮してるのかね? いや」
遊んでるのかね――そう言いかけた、瞬間。
『お黙りなさい』
低く短い声が響き、長郎の視界が青に染まる。
至近距離から、一撃。衝撃が全身に伝わる。さらに撃ち込まれる光線。落下していく機体。
『トドメよ』
その言葉に、死を覚悟し目を閉じる――が、一切の攻撃が来ない。目を開ければ、ルキア機とリイ機の攻撃を背に喰らい、動きを止めている青龍機があった。
青龍機はリイ機をロックオン、だがすぐに解除、後方からの攻撃に備えた。
「これなら、寂しくねぇだろ」
リイ機と共に上下から挟み込むように位置取ったのはドッグ機。
「とっておきの一発! 持って行きな!」
ブレス・ノウとアグレッシブファングを起動、スナイパーライフルRでの狙撃。兵装を狙う。
着弾し何かの破片が飛び散るが、青龍機は再度リイへのロックオンを果たす。だが、それを阻止したのはまたもや剣一郎機だった。
「勝負だ。行くぞ流星皇!」
PRMシステム・改を発動、パワーを上乗せする。スラスターライフルにてロックオン。
それより少し前、落下したはずのタロス1が射程内に躍り出て追儺機へと砲撃を放っていた。撃墜されたと見せかけて、地表近くで回復を図っていたようだ。
致命的なダメージは負わなかった追儺機は改めてタロス1を、そして蒼志機はタロス3を、修司機及びルキア機のフォローを得て最後の詰めに入る。
修司機のスナイパーライフルD−02がタロス1の腹を幾度となく撫でる。その上空から追儺機がLRM−1マシンガンをぶち込んでいく。
完全回復はできなかったのだろう。その一連の攻撃で、今度こそタロス1は沈黙した。
ルキア機がタロス3からの砲撃を上下左右に動いて辛うじてかわし、煙幕弾発射装置にて煙幕を張る。そのまま中に狙撃を開始し、敵機を翻弄する。
やがて煙幕が晴れると、タロス3は離脱しようとした。しかし――下方から突き上げるように繰り出される蒼志機からのミサイルの嵐が、敵機を不自然に上へと押し上げる。
「は、敵に背を見せるとは随分な余裕だな――!」
簡単に離脱はさせない。再度、ミサイルを放つ。
上昇するタロス3の、さらに高空にいるのは、青龍機――。
剣一郎機にロックオンされた青龍機は、蒼志機に追い込まれてすぐ背後まで迫っていたタロス3を無理矢理盾にする。
「なにを‥‥!」
剣一郎と蒼志が声を上げる。直後、放たれてしまった一撃はタロス3の腹部に抉り込み、蒼志機からねじ込まれていた螺旋の痕を深くする。そして、爆炎を上げて果ててゆく。
その爆炎に紛れるように青龍機は急上昇し、一気に射程外へ。途中、光線を数度放ち、ルキア機とリイ機を軽く抉る。女の子同士の別れの挨拶とでも言いたげに。
『じゃあ、またね』
そして背を向けて飛び去っていく、青のタロス。
「ここで勝負を着けておきたかったが‥‥」
剣一郎が呟く。
「まあ、とっととお引き取りいただけりゃ文句はねぇよ」
しかし、文句がない状況とは言い難い。二機、撃墜されてしまったのだから――ドッグは地上へと視線を移す。長郎と敬介は脱出できたようで、地上の治療班に救出されているところだ。
「‥‥君の青い鳥は、何?」
ルキアが、ヴィクトリアに問う。まだ声は届くはずだ。
『――ひみつ』
少ししてその声が全機に響いた直後、通信は切れる。
青のタロスは、蒼空の彼方へと消えていった。