タイトル:Songマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/23 06:26

●オープニング本文


「馬鹿にするな! 僕にだってプライドはある!」
 歌詞が書かれた紙を投げつけ、僕は恋人のドミニクを怒鳴りつけた。
 何かのパーティー帰りだというドミニクは、ドレス姿のまま眉を寄せ、首を振る。それから僕達は言い争いを始めた。
「私はそんなつもりじゃ‥‥。ただ、どうしてもあなたの作った曲で歌いたいだけよ、ルネ」
「バイトしなきゃ生活できないような売れないピアニストの作った曲を、君のような売れているシンガーが? 君の詩と声に曲を提供したい作曲家ならいくらでもいるだろう。それに、君だって作曲できるじゃないか」
「あなたの曲じゃなきゃいやなのよ」
「どうして。‥‥じゃあ、仮に曲を作ったとしよう。もしそれが売れたら、僕は自信を無くすだろう。君が歌えばどんな曲でも売れるのだから、僕の実力なんて関係ないしね。‥‥もし売れなかったら、僕は二度とピアノを弾くこともできなければ曲を作ることもできなくなるだろう。どちらにしても、僕のピアニストとしての未来はない」
「どうして!」
「僕達の関係は周囲に知られている。そんな状況で僕が曲を作ってみろ。どこの誰にも、僕の売名行為に見えるだろう。そんなつもりはなくてもね。売れようが売れまいが、世間は僕をどう見るだろうね」
「‥‥どうして理解してくれないの。私は‥‥」
「理解したくもない。君がそこまで無神経だとは思わなかった」
「‥‥この詩、私が書いたものじゃないのよ」
「え?」
「どうしてもこの詩を歌いたかった。あなたの曲で。だから私、この詩を書いた詩人にずっと交渉を続けてた。何年も、何年も。やっと‥‥許可が出たというのに」
「なぜ、そんな。この詩にどうしてそこまで‥‥」
「忘れてしまったの?」
 ドミニクは絶望的な表情を浮かべると、床に落ちていた紙を拾い上げた。
「‥‥私、この詩であなたの曲を歌うことが夢だったのに」
 ぽつりと言うと、涙を浮かべて彼女は部屋から飛び出していった。
 ――それきり、ドミニクから連絡はない。
 彼女が僕の部屋に忘れていったバラのコサージュだけが、いつまでもテーブルの上にあるだけだ。

「ここでもバラ、か‥‥」
 僕はドミニクとの会話を思い返しながら、その教会を眺めていた。
 そこで行われているのは、ある資産家女性の葬儀。参列者は皆、バラの花を手に持っている。そのバラを手配したのは僕がバイトをする花屋で、配達をしたのは自分だ。
 まだ関係者以外誰もいない教会のなか、印象的だったのは隅にひっそりと置かれたグランドピアノ。話によれば、あるピアニストが愛用していたものだという。それをわざわざ、この葬儀のために持ち込んだのだという。
 僕もピアニストを目指しているから、そのピアノがどれほどの価値を持つものかわかる。余程高名なピアニストが使っていたのだろう。
 丹念に調律していたのは、若い男性。ピアニストの孫だという。資産家女性との関係は知らないけれど、バラを用意させたのもその男性だという話だ。
 ――本当は、マリーのバラ園の花を使いたかったけれど、シーズンも終わっていたから数が足りなかったんです。
 彼は少し寂しそうにそう言った。マリーというのは、資産家女性の名前のようだ。咲き残っていたバラは綺麗な花束にされて、柩に横たわるマリーが抱きしめていた。
 そのバラは傭兵達が守ってくれたとも言っていたが、その意味も詳細も訊くつもりはない。だけれど、バラの香りが溢れる教会は――とても、幸福そうだった。葬儀なのに、なぜだろう。
 静かに、静かに、時間は過ぎる。
 マリーとの別れを惜しむ人々は後を絶たず、故人の人望が窺えた。
「‥‥あ、れ? この曲‥‥」
 それは、教会のなかから風に乗って聞こえてくる。ピアノの、凛とした――音色。
 あのグランドピアノだろう。弾いているのは、恐らくあの男性。
 マリーの好きだった曲とか、そういったものなのだろう。初めて聴く曲。だが、どこか聞き覚えがあった。正確には、旋律のクセとでも言うべきか。
「先生の、クセ‥‥」
 それは、かつて師事していたピアニストのクセ。亡くなって随分経つが、師の教えは今も生きている。師の作った曲は全て知っているはずだというのに、この曲は知らない。
「どういうことだ‥‥?」
 そういえば、師はピアニストとして成功する前、売れない歌手と組んで場末のクラブを点々としていたと言っていた。そのときに作った曲なのだろう。
「君は僕と少し似た境遇だね」と、笑っていた師。もっとも、僕の恋人はとても売れているシンガーだけれども。
 全神経を耳に集中して、音を拾う。頭の中に楽譜が浮かび上がっていく。そのうちに、歌声が重なり始めた。僕は少しでも近くでこの曲を聴こうと、教会の中の様子を知ろうと、慌てて駆けだした。
 教会のなか、参列者達がゆるりと歌う。ピアノに合わせて。
 そして、歌いながらバラを柩の中に入れていく。そのたびに、故人が嬉しそうに笑うように見える。
「こんな葬儀‥‥見たことがない‥‥」
 聖歌を歌うわけでもなく、よく知った流れとも違う。
 これは――故人のためだけに考えられたものだ。
 でも、わかることはただひとつ。
 故人と師は、何らかの繋がりがあったのだろう。そしてこの曲は師がかつて故人に作った曲。歌っていたのは、恐らく故人――。
「そういう、ことなのか‥‥?」
 こんな、こんなにも胸を打つラブソング。
 師が作った曲のなかで、恐らく最も人の心を打つであろう旋律。
「僕も、こんな曲を作りたい‥‥」
 気がつけば、彼女が持ってきた詩につけるべき旋律が浮かんできていた。

 できあがった曲は、どこか古い旋律。
 五線譜に書き込んでいくうちに、僕は思い出していた。
 子供の頃、二人で行った図書館。
 そこで見つけた一冊の詩集――。
 二人とも、ある詩がとても気に入って、毎日毎日図書館に通った。それから二人で少ない小遣いを出し合って詩集を買って、毎日のように互いの家で眺めていた。
 あの詩集は今、ドミニクの元にあるはずだ。
 ――私、将来絶対に歌手になって、この詩を歌うわ。
 ――じゃあ僕は、絶対にピアニストになって、この詩に曲をつけるよ。
 小さな子供の夢。僕はいつしか忘れてしまっていたけれど、彼女はそれを大切に抱いていた。
「‥‥ごめんな、ドミニク」
 早くこの曲を彼女に渡したい。そして、謝りたい。
 確か彼女は今、プロモーションビデオ撮影のロケで高原のほうに行っているはずだ。数日で帰ってくる。帰ってきたらすぐにこの曲を渡そう。
 しかし、悪夢を告げるベルがけたたましく鳴り響く。
 それは――彼女がロケに向かった高原に、多数の鳥形キメラが出現したことを告げる電話のベル。
「助けに行かないと‥‥っ」
 僕は考えるより早く楽譜とコサージュを握りしめ、部屋を飛び出していた。
 自分にはキメラと戦う力などないというのに。
 ただ、ただ――ドミニクを助けたい、その一心で。

●参加者一覧

アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
澄野・絣(gb3855
20歳・♀・JG
シルヴィーナ(gc5551
12歳・♀・AA
フィリス・ランティール(gc6701
16歳・♀・HA
早矢・ブランシュ(gc7166
17歳・♀・ST
葵杉 翔哉(gc7726
17歳・♂・GP

●リプレイ本文

 高原は、緑の絨毯を敷き詰めたように同じ色の下草が続いていた。
「バグアという輩は、ほんに無粋よのう」
 秘色(ga8202)が吐息を漏らす。
「歌うたいの撮影くらい、そっとしておいても良かろうに」
 このあたりは都会の喧噪から遠く離れている。ここでの撮影は、大層気持ちのいいものだっただろうに――。
 そのまま視線を流し、周囲を確認する。他に避難し遅れた者や、新たに訪れた者はいなさそうだ。
「小さい頃の夢‥‥ここで潰しちゃうわけにもいかないよね」
 フィリス・ランティール(gc6701)はCDを見つめた。それは、人々が避難しているホテルに立ち寄った際に会ったドミニクのもの。
 CDは緊急連絡用という名目でドミニクに無線機を渡した際、マネージャーがルネの説得に使ってくれとこっそり貸してくれたのだ。
 マネージャーはルネが現場に向かっていることを知っているらしい。ただ、ドミニクには伏せているようだが。
「事情が何にせよ。危険な場所に一般人を置いとくワケにはいかねぇやね」
 アンドレアス・ラーセン(ga6523)が、周囲を見渡した。
 視界に入る範囲には、キメラとルネの姿はない。
「そう遠くへ行っていないと‥‥いいのですが‥‥」
 澄野・絣(gb3855)が無線に耳を傾ける。少し奥を進む保護班からは見つかったという連絡はない。
「無事だと‥‥いいが」
 大神 直人(gb1865)は軽く眉を寄せ、空を仰ぎ見た

 木立へと少し入った遊歩道を、三台のバイクが進んでいた。
「わふ‥‥二人に曲を届けるのですか‥‥。Song messengeですね!」
 シルヴィーナ(gc5551)は目を細める。
 歌を届ける死神というのも素敵かもしれない。二人のために頑張らなくては――。
「ルネさんと、ドミニクさん‥‥些細な、すれ違い‥‥。‥‥何とかして二人を‥‥無事に、会わせてあげたいなー」
 そう言う葵杉 翔哉(gc7726)に、早矢・ブランシュ(gc7166)は同意するかのように小さく頷いた。
「‥‥早く、見つけましょう」
 早矢が呟く。
 そのとき、木立の向こうから不規則な羽音が聞こえてきた。三人は歩を早める。
 そして木立を抜けて開けた平原に出た瞬間、その光景は目に飛び込んできた。
 空を旋回する数十の鳥達。そのうちの数羽が、何かを挑発するように降下しては上昇を繰り返していた。
 その降下ポイントにいるのは、明らかに一般人と思われる男性――ルネ。
 傷を負っている様子はない。完全な挑発と威嚇だけのようだ。
「ルネさん、発見しました! キメラもここにいます!」
 早矢が無線連絡を送る。ほぼ同時に、シルヴィーナはドリフトでルネの前に滑り込む。そして、降下してくる先頭の鳥へと小銃「ブラッディローズ」による狙撃。命中はせずとも、鳥達の陣形を崩す。
 直後、翔哉もルネと鳥達の間に瞬天速で割り込み、エーデルワイスの爪で牽制。それに続く、早矢の超機械「ビスクドール」による電磁波。
 それを受けた鳥達は一旦上空へ戻って旋回を繰り返し、じっと地上の様子を窺い始めた。
 その隙にルネはそこから逃げだそうとした――高原のさらに奥へと。
「待ってください! 此方の安全確保に来ました‥‥!」
「僕はドミニクを捜しているんです。邪魔しないでください」
 早矢の言葉に、ルネは訝しげに立ち止まる。
「‥‥ルネさん、ドミニクさんはー‥‥ちゃんと無事、だよー‥‥」
 翔哉の微笑にルネは一瞬だけ気を緩め、「どういうことですか?」と眉を寄せた。早矢が説明する。
 自分たちは依頼を受けてここに来ている傭兵であること。
 ドミニクを含めたスタッフは、全員ホテルに避難済みであること。
 そして、ルネにもそこに避難して欲しいということ。
「連絡手段もありますから。大丈夫です。何かあっても、すぐ対応できますから」
 早矢はじっとルネを見つめる。そこに、自分の思いの丈を全て乗せて。
 ――誰かのために何もできなかったなんて、多分、一生後悔すると思うから。
 そのとき、残る五人もこの場所に到着した。ルネはちらりと彼等とキメラを見て、少し迷うように言う。
「ホテルにいるのは、本当にドミニクなんですよね?」
「‥‥この人、だったよ」
 フィリスが歩み寄り、そっとCDを差し出した。
「‥‥では、本当に」
 ルネの言葉に、早矢と翔哉が頷いた。
「‥‥行きましょう?」
「で、でも」
 ルネが早矢のバイクの後ろに跨るのを、一瞬だけ躊躇う。
 そのとき、秘色が真っ直ぐにルネを見据えて言い放つ。
「何をぐずぐずしておる。おぬしが此処に居るということは、曲を持ってきたのであろう? さっさと届けに行かぬかえ」
「――っ、は、はいっ!」
 秘色の優しさと厳しさの入り交じった眼差しにルネは弾かれるように顔を上げ、迷いを断ち切って早矢のバイクに飛び乗った。そして早矢と翔哉のバイクはスタートを切る。
 直後、キメラ達は徐々に高度を下げ始めた。一気に攻勢に出るつもりなのかもしれない。
「人を襲う、斯様な習性を組み込まれた哀れな存在よ。次の生は今生とは違うと良いのう――さて、参ろうか」
「――Its Showtime!!」
 秘色がSMG「ターミネーター」を構え、バイクから降りたシルヴィーナのブラッディローズが散弾を吐き出す。
 鳥達を散開させないように誘導射撃を続ける秘色。その弾幕は確実に逃走路を断つ。
 遠ざかっていくバイクの音を聞きながら、アンドレアスは全員へ支援を飛ばしやすいように、やや後方に下がった。そして皆に練成強化を。
「‥‥俺が後ろに控えてて味方倒れさせたら名折れだっつの」
 口角を上げ、エネルギーガンを持つ手に力を込めた。
「墜ちてもらおうか」
 直人の小銃「WM−79」が急所を狙う。確実に射程に引きつけ、引き金を引く。
 眉間に銃弾を喰らった鳥は半ば惰性でそのまま降下を続け、再びの銃弾によって重力に身を任せていく。
「眠って、くれるかな」
 鳥の密度が低い場所に位置取ったフィリスは、射程内に入った鳥へと子守唄を歌う。バランスを崩す鳥、すかさず超機械「マーシナリー」の電磁波をぶつけるが、その刺激で鳥が目覚めてしまった。
 すぐに体勢を立て直し、フィリスへと急降下。フィリスは疾風にて回避にかかる。そして距離を取り、再度攻撃態勢を整えた。
「飛ぶのが厄介ね」
 絣が鳥の動きを目で追った。行動の自由度は圧倒的に彼等に分がある。しかしそれくらいで不利になるような一同ではなかった。
「私が援護するわ。好きに動いて頂戴」
 絣は矢筒「雪柳」から矢を長弓「桜姫」に番えつつ狙撃眼で射程を伸ばすと、即射にて次々に鳥を狙い撃つ。前衛の攻撃が確実に当たるように、鳥の動きを牽制しながら。
 確実に撃墜されていく鳥達、しかし数が減っているようには見えない。
「うあ、増えやがった‥‥こういう映画あったよな‥‥」
 軽く肩を竦めるアンドレアス。しかしその表情に焦りはない。

「こんなバイク、見たことない‥‥」
 早矢にしっかりしがみつき、ルネは言う。
「超実用重視無骨バイク――こういうのに愛着を持つって、サイエンティストだからでしょうか。‥‥護送のためですよ? し、私情なんて入ってませんよ?」
 早矢は後続の翔哉にばれていないか内心で気にしつつ、わたわたする。
「お好きなんですね。僕も、好きです。ピアノが‥‥そして」
 それに続く言葉を、ルネは飲み込む。早矢も、何も言わない。
 ――決意したのなら、大丈夫だって信じたいから。
 バックミラーに、鳥が二羽写り込む。戦闘班が逃がしたとは思えない。恐らくこの鳥達は別の場所にいたのだろう。
「しっかり掴まっていてください」
 早矢は言うと、鳥との距離を常に射程ぎりぎりに保つ。
 翔哉はバイクを急停止させ、フォルトゥナ・マヨールーで翼へと狙撃。
 飛び散る羽根と、体勢を崩す鳥。上空を抜けるもう片方の鳥を意識にいれつつ狙撃を繰り返す。
 早矢もバイクを停止させる。若干の余裕を見、リズムを刻むように指を降り始めた。
 そして、力を宿して「飛ばす」。翔哉の武器に、練成強化を。
 今の自分は躊躇わない。
「‥‥強い、から」
 呟き、眼前の敵を見据える。そしてビスクドールで電磁波を展開、飛来する鳥を包み込む。直後、対峙していた鳥を墜とした翔哉による援護射撃が入った。
「こっちからもー‥‥挟み撃ちだよ‥‥鳥さん‥‥」
「ありがとう!」
 早矢は短くそう告げると、再び電磁波を鳥へと絡みつかせた。

 追いかけてきた鳥は二羽だけで、その後バイクは順調にホテルへと到着した。
「ルネさんー‥‥ここにドミニクさんは居るよー‥‥」
 翔哉がルネをホテルの中に誘導する。早矢は無線機を連絡用にルネに渡した。
「ここ、に」
 息を呑み、立ちつくすルネ。これからどうするのかは、彼次第だ。
 二人はルネから離れ、静かにホテルをあとにする。そして、再び高原へとバイクを走らせる。

 鳥達は粗方墜ちた。残るはあと十数羽。傭兵達も最後の詰めにかかる。
 皆、かすり傷程度で、それぞれに必要な治療は施している。
「滞空高度は、確実に下がってきてる、か」
 アンドレアスが呟く。ここからは接近戦となりそうだ。
 覚悟を決めたのだろう、鳥達はなりふり構わず傭兵達へと突撃を開始した。
「面倒くせぇ。纏めてローストチキンになっちまえよ」
 発動する電波増強、エネルギーガンが幾度となくその力を放つ。
「――食いたくは、ねぇけどな」
 ぼたぼたと墜ちてくるそれを見届け、アンドレアスは次の鳥へと照準を定めた。
「来るがよい――!」
 秘色は蛍火を鞘から抜き放つ。迫るは、大型の鳥。
 周囲との距離は充分、下段に構えた刀身がソニックブームと両断剣を乗せて逆袈裟に斬り上げられる。秘色は続けざまに、後方から迫る鳥へと同様の迎撃を仕掛けた。
「無駄じゃぞ?」
 その言葉が終わる前に、二羽の鳥が墜ちる。
「そう、無駄だ!」
 直人が秘色に続くように言えば、彼の持つ月詠が一瞬の軌跡を描く。豪破斬撃と刹那を発動した、重く速いカウンター。
 そこから逃れる術はなく、鳥は真っ直ぐ地表に吸い込まれていく。
「居心地がいいのかもしれないけど、そもそもキメラの居場所なんてないんだから‥‥!」
 フィリスの子守唄で眠りに落ちていく鳥。電磁波は鳥を包み、一瞬目覚めるものの体勢を整えることができないまま地に激突する。
「さて、ちょっと大技いくわよ」
 絣が上空を見据える。
 そこには、最も大きな個体がじっと滞空していた。それだけが攻撃を出さず、様子を見ている。恐らくは鳥達のボスだろう。しかし、絣の射程内にいる。
 絣は死点射を発動、矢を四本番え射る。
 吸い込まれていく四本の矢は、鳥の腹部に命中。そのまま鳥は高度を下げ始めるが、しかしかぎ爪はシルヴィーナを狙う。
 シルヴィーナは大鎌を構え、それを待ち受ける。
「Catch this!」
 ぶん、と重い音とともに振り上げられる大鎌、それは鳥の羽翼を絡め取り、そのままシルヴィーナは鎌を地に叩き付けた。
 鈍い反応と共に、鎌が右翼ごと地に突き刺さる。そして小銃をその頭に向け――。
「Checkmate!」
 銃声が、響いた。

 ルネを送り届けた二人が戻ったときには、戦闘は終わっていた。
 しかしまだどこかに残っている可能性はある。全員で周辺を探索、キメラの残党がいないかを確認する。
「一掃、までは無理でもさ。ちょっとでも安全が続く方がいいだろ」
 その場凌ぎの能力者じゃ辛ぇからな――アンドレアスはそう言い添えた。

 キメラの残党の気配はどこにもなく、一同は高原をあとにしてホテルへと向かった。
 中に入ると、静かに響くのはロビーに置かれたピアノの音。ルネだ。やや離れた場所から、じっと見つめているのはドミニク。どうやら、二人は再会したものの言葉すら交わせずにいるようだ。
「無事に‥‥会えて、良かった‥‥」
 まずは再会できたことに胸を撫で下ろす翔哉。
「あんなに必死なんですから、大丈夫ですよね?」
 うまく行くことを願うばかりの早矢は、彼等を隠れ見て笑みを漏らす。
 そのとき、シルヴィーナがすたすたとルネに歩み寄った。
 直後、響き渡るのは、ぱん、という乾いた音。ピアノの音が途切れる。
「‥‥気持ちはわかりますですが、もう少し考えて行動してくださいです。あなたにもしものことがあったら、どうするつもりだったのですか?」
「無謀な行動は、沢山の人を哀しませます。‥‥わかりますね?」
 シルヴィーナに続いて直人もまた、歩み寄って諭す。ルネは神妙な面持ちで頷いた。
 しかし、まだドミニクとの距離が縮まる気配はない。
「売れてる、売れてない、がてめぇの音の価値か?」
 ロビーの椅子に座ったアンドレアスは、どこか共感を覚えるルネに対して背を向けたままひとりごちる。
「歌い手の知名度を借りてでも、大勢に自分の音を聞かせてやるんだとは考えねぇのか? 自分の音にはそんだけの価値があるんだと信じられねぇのか? つまんねぇ発想だな」
 その言葉にルネはハッとした。
「‥‥なーんてな。ま、そゆ時期もあらぁね。プライドと自信喪失ってのはいつでも厄介なシロモノだ」
 背を向けたまま、どこか素っ気なく軽く手を振るアンドレアス。ルネは静かに首肯する。
「幼き日の約束じゃと聞いた。其れを思い出せたは、何処かで覚えておったということじゃろうて。‥‥二人の約束の歌、良ければ聴かせてはくれぬかの?」
 秘色が穏やかな声をかける。
「ルネさんが作った曲をドミニクさんが歌うのを聴きたいな」
 フィリスも言う。
 ルネはそっとドミニクに視線を移した。
「‥‥ん。大丈夫、何度も聞いて覚えたわ。‥‥すぐにでも、歌えるわ」
 そしてドミニクは笑顔を浮かべ、ピアノに――ルネに、歩み寄る。

 ホテルのロビーに、ピアノの旋律と透き通った歌声が響き渡る。
 いつしか宿泊客達も集まり始め、静かに耳を傾け始めた。
「‥‥ああ。こりゃ、いい曲だ」
 アンドレアスが満足げに頷く。
「よかった‥‥」
「二人とも、幸せそうだねー‥‥」
 早矢と翔哉が頬を緩める。
 メロディーを把握したフィリスは、そっと口ずさんでみる。
「優しい愛の歌、想いが溢れておる。この曲の前なれば言葉なくとも互いの想いは伝わろうて。わしも愛しき者らが胸に浮かんだわい‥‥」
 秘色は大切な存在のことを思い出し、瞬きを繰り返す。
「‥‥では、そろそろ帰りましょうか‥‥」
 耳に余韻と旋律を残し、絣が皆を促す。まずは直人が応じた。二人の邪魔をするのは無粋だと思ったのだろう。
 次いで、シルヴィーナ。離れながら、遠くから見守りながら。そして皆は静かにホテルをあとにする。
 ルネのピアノの音と、ドミニクの歌声は、ホテルを出てからも耳に届く。
 何度も何度も、同じ曲を繰り返して。
 雲ひとつない空は、静かにその歌声を吸い上げていく。
 そしてようやく終わりを迎える、二人の歌。
 これは二人のアドリブだろうか。最後の歌詞が、少しだけ変わっていた。

 ――ありがとう、と。