●リプレイ本文
一同が通されたのは、孤児院のレクリエーションルーム。
ここで職員や子供達を待つ。その間に皆は警護準備を進めていた。
この孤児院はイーノスが育った孤児院とは姉妹園だ。距離も離れていないから、頻繁に行き来がある。ジェフリート・レスターによれば、イーノスもよくここに来ていたらしい。
「アフリカに続いて、か。今回の件で、また何か見えて来ることを願おう」
そう言うのは、皆より遅れて部屋に来た黒羽 拓海(
gc7335)。彼は先に孤児院の中を見て回っていたのだ。その様子を皆に告げるべく、孤児院の見取り図を広げる。
「過去、子供達は自分で窓から出ていったとしか思えないらしい」
見取り図には子供達の部屋と、子供達を匿う職員の部屋、そして侵入経路となりそうなポイントに印がつけられている。
「該当の少年達のいる部屋はここ、ユカが覗くとすれば‥‥今日」
拓海が居室に丸をつける。
「じゃあ、今日は次の日に覗く部屋の子供と入れ替えてもらって‥‥明日、職員の部屋に移ってもらえばいいですね」
新居・やすかず(
ga1891)が頷く。
どのように警戒をし、子供達を守るか。皆は見取り図の隅々まで確認する。
「孤児院だからかなぁ、みんなが動きやすい造りになってるみたい。何かあった時に逃げやすいっていうか」
ユウ・ターナー(
gc2715)が「ほら」と指さしたのは、全室に繋がるベランダ。
「ユカが逃げるのも容易そうですね」
鐘依 透(
ga6282)が印をつける。
「孤児院や周辺に被害が出る事態だけは、絶対に回避しましょう。先走った行動も取らないように‥‥」
九条院つばめ(
ga6530)が言う。皆は頷き、無線からは外で待機しているUNKNOWN(
ga4276)の『了解』という声。
その時、院長が職員や子供達を連れて部屋に来た。その中に対象となる三人もいる。
そして皆はそれぞれに名乗り、子供達との交流や職員への聞き込みを始めた。
名前や血縁、人種、双子の可能性や、兄弟の有無。性格などの客観的な評価や、入所の経緯、境遇、親との関係――そして、エミタ適性。
「色々訊いてしまって‥‥申し訳ありません」
透が頭を下げる。職員は笑顔で首を振った。
「必要な情報はいくらでも提供いたします。子供達のためですから」
そして、雑談混じりに情報を提供していく。
まず三人の名を聞き、誰もが頷いた。容易に出身国が予想できてしまう。そう――明らかに、フィンランド。
職員の話によれば、子供達の両親はフィンランド国籍だという。この孤児院の院長自身がフィンランドの出身で、故国の孤児を引き取ることがあるらしい。
「‥‥それから、彼等には双子の兄弟がいました」
いました――過去形。
何らかの理由で、両親と兄弟を失った子供達。彼等は片割れを失ったことで、激しい情緒不安定に陥っていたという。フィンランドから引き取っている子供は、皆そういう境遇だ。
「私自身が‥‥バグアの襲撃で双子の弟を亡くしました。その時の喪失感は筆舌に尽くしがたい。ですから、同じような環境の子供をケアしたいと考えたのです」
院長は静かに語る。
「イーノスのいた修道院の孤児院も‥‥同じような境遇の子を引き取っていました。もっとも、この国の子供が主でしたが。確かイーノスも双子でした」
「‥‥え?」
思わず声を上げるジェフ。初耳だと呟く。
「子供達は誰もが優しくて思いやりのある子です。ここに来た時は絶望に落ちていましたが‥‥ゆっくりと、立ち直りました。傭兵になりたいと言っている子もいます。自分が助けてもらったことが大きかったのでしょう」
「それは、つまり」
職員の言葉に、誰もが息を呑む。
「彼等には、エミタ適性が認められています」
ただ、双子揃ってなのかどうかは、片割れが死亡しているためわからないが――。
双子――ジェミニ。
室内を覗いて回る、ユカ。
そしてイーノスとの関わりのある孤児院で以前攫われた子供たち。
「彼等の目的は一体‥‥?」
つばめが思わず言葉を漏らす。
「‥‥イーノスは、双子座の欠けた部分を他のもので補おうと、ミカの代わりをあてがおうとしているのでしょうか?」
そう言うのは、やすかず。
「ミカの死を乗り越えさせるため、ミカとユカは違う人間であると言うことを認識させるため、とも考えられなくはありませんが」
果たして、前者か後者か――。
大人達の話が一段落するのを見計らい、子供達が駆け寄ってきた。
「明後日までいるんでしょ? ご飯とか一緒に食べよう。傭兵のお仕事のこと聞かせてほしいな」
少年のひとりが皆に笑いかける。
「ね、その髪、どれくらい時間かけて伸ばしたの?」
別の少年がつばめとユウに問う。この孤児院にここまで長い髪の女の子はいないらしい。
子供達は皆を兄姉のように慕って話しかける。どうやら窮屈な思いはしていなさそうだ。少しの触れ合いの後、自然と彼等への聞き取りに入ることができた。
彼等は兄弟のことを覚えている。職員達から聞かされた話とほぼ同じことを、子供なりの言葉で語ってくれた。だが、連れ去られた時のことはやはり覚えていないという。
金髪の子供がひとりいるだけで、容姿や体格、仕草などには目立つ共通点はない。だが、一緒に遊んでいた透が言う。
「相手に合わせるのが、上手ですね」
子供達は、相手にうまく合わせて行動する。相手を不快にさせないような気遣いとは違う。相手を、無意識のうちに真似るのだ。
「‥‥あ‥‥」
恋人の言葉に、ハッとするつばめ。相手と合わせるという行動で思い出すのは、かつて対峙したイーノスの行動――。
その時、少年がつばめの袖を引っ張った。ちょうど、家族の話――それも、双子の弟の――を聞かされていたところだったのだ。
「お話、続けていいかな? 僕、弟が死んじゃった時‥‥捜したんだよ。毎日‥‥毎日。‥‥『ぼくは、どこ』‥‥って。捜したんだ」
その言葉に誰もが悟る。
この子達は、紛れもなく「双子」なのだと――。
「ねぇ、ジェフおにーちゃん」
「ん?」
双眼鏡で孤児院周辺のチェックを始めたユウは、ジェフに問う。
「ジェフおにーちゃんのことや、ヘレナさんのこと、孤児院のこと‥‥イーノスは覚えているのかな」
イーノスは既に記憶のない強化人間であったり、ヨリシロであったりする可能性もある。ジェフはふわりと笑む。
「‥‥俺のことなら、わかるだろうな。イーノスと名乗っているなら」
ユウはジェフの返答に一瞬だけ違和感を抱き、首を傾げた。しかしジェフは笑みを浮かべたまま、ユウの双眼鏡を借りて周囲を見渡した。
「さて、何が出てくるのかな? 見させて貰おう、か」
UNKNOWNは薄闇の中、行動を開始する。無線で皆に「外から注意する」と告げ、隠密潜行と探査の眼を発動する。
子供達を連れ去った時の痕跡はないか。経路になりそうな点はないか。施設周囲を散策しながら、視線を走らせる。
「何も、なさそうだね」
では、建屋はどうか――監視できる点はないだろうか。
周囲の建築物は背の低い住宅ばかりで、監視に向くものはない。
「では‥‥どこ、から」
煙草に火を点ける。イーノスは、どこから子供達を見ていた。ユカはどこから現れる。立ち上る紫煙の行き先を、目で追った。
「‥‥ふむ」
だとしたら、誰の目にも留まらないだろう。それにしては大胆な――そして、方法は。
煙草を携帯灰皿に押しつけ、UNKNOWNは施設の隅にある樹木に登った。ここからなら周囲がよく見渡せる。
光反射に気をつけながら、双眼鏡で一同が集まっている部屋と子供達を確認する。
「――そういえば、ジェミニが攫われたのはいくつの時だったか?」
あの子供達よりは、上だったと思うが――なぜ、あの年頃の子供達を狙うのか。
夜の帳が下り、消灯の時間を迎えた。子供達は既に眠りにつき施設は静かだ。
誰もが息を呑み、時間が過ぎるのを待つ。
問題の時刻――ひたひたと、ベランダを誰かが歩く音。
足音が止まるのは、順番通りの部屋。
そして。
――ぼくは、どこ‥‥?
その少年は、紛れもなくユカ・ユーティライネンだった。
ユカは静かに現れ、そして静かに消えていった。消えたあと、UNKNOWNが無線で告げる。
『突然、ベランダに現れたよ。そして‥‥消えた』
外から見ていた彼の言葉に、誰もが眉を寄せる。
「見間違いということはない、ですね?」
ジェフが問うと、UNKNOWNは即答。
『ない、ね。夜とは言え視界も良好。ただ、今日は新月の前日で少し暗いがね』
その報告に、皆がハッとする。
「新月‥‥、空――!」
もし、空から来るのであれば、それはどのような手段なのだろう。
ファームライドの光学迷彩か、巨大な鳥形キメラか、それとも全く別の方法か――。
翌日、今度は子供達に職員の部屋へと移ってもらった。
該当の部屋、ベッドには囮のユウ。少しだけ、頭を出して寝たふりをする。透とつばめは武器を部屋の中に隠して、窓辺から見えない位置で待機。
少年達が眠る部屋で待機するのは拓海とやすかず、そしてジェフ。
「後催眠をかけられていないといいが」
拓海が声を潜める。子供達が何らかのきっかけ――それこそユカの声で――後催眠が発動して暴れたりしないとも言い切れない。
「その時は、傷つけないように取り押さえましょう」
やすかずが言う。
時間が、過ぎていく。
誰もが全神経を集中させ、少しの物音も聞き逃すまいとする。
ひたひたと、ベランダを歩く音。
『子供の部屋だ』
ごく小さな音量で、UNKNOWN。
そして――足音が、止まった。
――ぼくは、どこ‥‥?
囁くような声、そして派手に割られるガラス。割れたガラスを靴で踏みつけ、ユカが部屋の中に侵入する。
そんな彼の前に、つばめが歩み出た。
「‥‥ユカ。ここに『ぼく』はいませんよ。いえ、ここだけではなく、世界のどこにも。
仮に『ぼく』そっくりの子を見つけたとしても‥‥貴方は、失ったものの大きさを改めて実感するだけです。それでも‥‥まだ『ぼく』を、探すのですか?」
静かに語るつばめに、ユカは首を傾げる。
「そこに‥‥ぼくが、いるよ?」
しかし、ゆるりと起き上がるのは、ユウ。
「ユカ‥‥此処にはもう一人のユカは居ないんだよ‥‥ごめんね」
「でも、イーノスが」
ユカがそう言った瞬間、空からグラウンドに何者かが降り立った。駆ける、UNKNOWN。
「子供は、巻き込むな」
立ち塞がり、相手――イーノスを見据える。
じり、と足を地に這わせるイーノス、静かに移動を開始するUNKNOWN。
右へと見せかけ、ふわりと左へ。繊細にフェイントをかけてイーノスの出方を窺う。
イーノスは、無言で同じ動きをする。
探り合いの、気配だけの「戦闘」はしかし、数十秒で終わりを告げた。
「イーノスっ! このうそつきっ!」
響き渡るのは、ベランダに出たユカの声。その直後、イーノスは何かを掴んで空に舞い上がり、ユカのいるベランダへと飛び移った。
ユカを追ってベランダに出た透とつばめが、遭遇したイーノスに言う。
「手出しはやめてお帰り願えませんか? 子供が寝ていますし‥‥。子供を巻き込むやり方、それはイーノス・ラムゼイの本心ですか?」
「それに、ここで派手にやりあえばこの孤児院も、ただではすまないのですよ?」
しかしイーノスは「俺には関係のないことだ」と一蹴。
「別の部屋を探そう」
そしてユカを抱きかかえて手すりから身を乗り出し、二階へ。
「こちらに来ている?」
職員の部屋、拓海が眉を寄せた。すぐにやすかずとジェフが子供達を別の部屋に移動させる。
その直後、イーノスとユカが窓の外に現れた。拓海が出る。
「ここにお前の求めるモノはない。他を当たるんだな。それに、ここで戦えば少年達にも危険が及ぶ。態々探しているのに‥‥いいのか?」
「‥‥ちっ」
思わず舌打ちするイーノス。
やすかずとジェフは、移動した部屋で子供達の様子を観察する。
「‥‥ぼくは、ここだよ」
突如として、ひとりの子供が呟いた。そして残りの二人も。駆けつけた職員が慌てて口を塞ぐ。
「‥‥やはり」
ジェフが頬を引き攣らせた。
離れた部屋での出来事に、イーノスは気づかない。忌々しげに顔を歪めたまま、ユカに何やら説明し――。
「‥‥今回は、諦める」
そう言って再びユカを抱えると、やはり何かを掴んで空に舞い上がり始めた。
「お前は‥‥何を求めている?」
見上げ、拓海が問う。
「――楽園」
イーノスとユカが同時に答え、そして彼等は空へと消えていく。
「‥‥また、会おうね」
三階のベランダから、ユウがぽつりと呟いた。
翌朝、皆は子供達が起きる前にと、割れたガラスを片付けていた。
「イーノスは相当の手練れのようだね。私の動きを真似されたよ」
UNKNOWNがジェフに言うと、ジェフは神妙な面持ちで静かに頷いた。
「やはり後催眠をかけられていたようですし‥‥まだ今後も子供達は狙われる可能性がありそうですね」
やすかずは子供達の様子を思い出す。後催眠の発動は一度限りだといいのだが――。
「楽園、か」
拓海が彼等の言葉を反芻し、意味を考える。そこに何を求めているのか――謎が、深くなっていく。
ユウは回想していた。それは、フィンランドでのユカの姿。
「ユカ‥‥まだあの寂しい目をしているのかなぁ‥‥」
昨夜のユカの目は、暗くてよく見えなかった。もしまだ同じ目をしているのなら――。
「そうだよね‥‥ユウだって同じ立場なら哀しくて哀しくて堪らない。ユカ。きっとキミも哀しいんだよね。哀しくて‥‥寂しい‥‥」
記憶の中のユカは静かに雪の街へと消えていく。あの悲しげな目で。
「そんな目をしないで‥‥ユカ‥‥」
震える声を漏らすユウ。その背を、つばめが「大丈夫ですか‥‥?」と優しく撫でた。
ユウが何を思い出しているのか、つばめには容易に想像がつく。ひとりの、ジェミニ。その姿は全てのものを刺し貫くように痛々しい。
ユウを宥める恋人の姿を見て、透は目を細める。
イーノスは、随分と聞いた話から変わってしまったように思う。本当にそれが本人であればの話だが。
そして――。
(ジェミニの夢‥‥血を流すような犠牲が必要だとは思えなかった‥‥)
過去、彼等に関する報告書にあった記述。
二人だけの家で、二人だけで――。
その夢のためには、本当にこれまでの犠牲が必要だったのだろうか。
(大人が締め付けたから‥‥二人がその脅威を脱する為にバグアになったなら‥‥そして利用され、恨まれ、片割れを失い‥‥永遠に叶わなくなったなら‥‥)
だとすれば――。
「ユカは何を恨み‥‥何を望めば良いんだろう‥‥」
自分はユカとどう接したい? どうしたい?
――恨める相手では‥‥ない。
そして片付けが終わり、何事もなかったように孤児院はいつもの「朝」を迎える。
起床の鐘が、涼やかに鳴り響いた。