●オープニング本文

　――フィンランド、ヘルシンキ某所。
　自宅でヴィリオ・ユーティライネンは、突然訪ねてきた青年と対峙していた。
「初めましてと言うべき、かな？」
「私は君のことを知らない。どこの、誰だ？」
　青年を忌々しげに睨み据え、ヴィリオは視線を逸らす。
「とぼけるのが上手い。それはあなたがこの二十年ほどのあいだに身についた自己防衛だろうか」
「何が言いたい」
「イーノスの調査報告書ならびに、ジェフリート・レスターの調査報告書を、俺が直接持ってきた」
「それはつまり、傭兵達が私のことを君に話したということか、ジェフリート？」
　青年――ジェフに鋭い眼差しを向ける。
「いや、彼等は何も言っていない」
「――考えたな」
　ヴィリオは唸る。先日、ジェフの調査を傭兵達に依頼した。その報告を待っていたのだが、まさかこのようなことになるとは。
　彼の口ぶりから察するに、傭兵達は本当に「何も言っていない」のだろう。ジェフから問われ、その答えを態度で示したに違いない。そこに持ち込んだのはジェフだ。傭兵達の様子からヴィリオの存在と調査依頼の真意に気づき、そして彼等がそれを告げようとしていることに気づき、先手を。
　――やられた。
　ヴィリオは奥歯を鳴らす。傭兵達が自分のことを告げるなら、それなりの罰を与えるつもりだった。だが、この男がそれを阻止したのだ。
「まあいい。報告書を見せてもらおう」
　煮えたぎる腸、怒りで吐き気さえ覚える。だがヴィリオは平静を装い、報告書を手に取った。

「なんだ、これは」
　ヴィリオは顔を紅潮させた。報告書には、自分が調べた以上のものは何も書いていない。
　そんなはずはない。
　そんなはずは――。
　そのとき、ジェフが一枚の写真を差し出した。それを見て、ヴィリオの顔色が変わる。
　写真に写っているのは、十歳くらいの男の子。十年以上前のものだろうか。
　その子供の顔に見覚えがあった。あれはそう、バグアが飛来して数年が過ぎたころ――。
（‥‥Valkoinen、いやMusta‥‥どちらだ）
　思考が巡る。まさかという思いと、これが出てきたことに対する驚愕と。
「‥‥どこで手に入れた」
　ヴィリオは全身で警戒する。ジェフが何をどこまで知っているのか、そしてそれが自分にとって有害なのか益となるのか、全く見当がつかないからだ。
「これが、あなたが知りたがっていた『イーノス』。俺からは、それしか言えない」
「‥‥貴様、何が目的だ」
　ヴィリオは懐の銃に手をかける。回答次第では今この場でジェフを殺したっていい。自分も能力者だ、簡単に反撃されることはないだろう。
「終わらせたいだけ、かな。‥‥双子の、全てを」
　そう言ってジェフは立ち上がる。ヴィリオから立ち上る殺気に萎縮する様子もない。
「なぜあなたが俺にユカを追えと指示を出したのか。これまでのジェミニに関する報告書を見て、そこに矛盾を感じたのは俺だけだろうか？　‥‥その真意をいずれ必ず見せてもらう」
　そしてゆっくりとヴィリオの脇を通り、無防備な背中を見せてジェフは屋敷から立ち去っていく。
　ヴィリオは銃から手を放し、大きく息を吐いてソファにもたれた。右手の平が、じっとりと濡れている。強ばった指はなかなか伸びてはくれない。
「‥‥おのれ」
　完全に、ジェフに気圧されていた。そしてカウントダウンが始まったことを悟る。
「だが、私は生き残ってみせる。イーノスもジェフもユカも、そして妻だった女も――消えてしまえばいい」
　ヴィリオにとって、彼等は自身の地位を脅かす邪魔者でしかなかった。


「機嫌が悪そうだな。去年の今頃もそうだった。原因はクリスマス、か？」」
　イーノスはぬいぐるみの中綿をむしっているユカを真上から覗き込んだ。ぼすり、ぬいぐるみが飛んでくる。
「うるさい！　ミカがいないひとりぼっちのクリスマスなんて大っ嫌いだ！」
　ユカは喚きちらし、クッションやぬいぐるみ、ティーセットなどを手当たり次第放り投げる。
　クッションを受け止め、イーノスは笑った。
「じゃあ、壊そうか」
「‥‥え？」
　思いがけない言葉に、ユカは途端にクールダウンする。
「あいつの孤児院、クリスマスパーティーやるらしいぜ」
「あいつって、イーノスの片割れの‥‥確か『ジェフ』だっけ」
「そう。お優しいシスターと、子供達と、楽しいクリスマスパーティーだ」
「‥‥楽しそう、だね。やっちゃおうか。誰かの幸せな瞬間なんて壊しちゃおう」
　ユカは呟く。自分以外の誰かが幸せになるなんて許せない。ミカを自分から奪った世界そのものが許せない。
「じゃあ、そうと決まれば」
　イーノスはおもむろにペンと便箋を用意する。
「何するの？」
「犯行予告。一方的に壊すより、いつ俺達に壊されるかわからない恐怖も与えたほうが楽しいだろ」
「いーのす、おぬしもわるよのう」
「どこで覚えた、そんなの」
　少し低い声で、悪そうに言うユカ。イーノスは眉を寄せ、彼の顔をまじまじと見つめた。
「昔、ミカと一緒にテレビで見た。‥‥ミカと、いっしょ‥‥に」
　言いかけ、ユカは言葉に詰まる。ミカとの沢山の思い出が蘇り、嫌でも視界が滲んでくる。
「泣くならあっちで泣け。お前、びーびーうるさいから」
「わかってるよっ！　イーノスってさ、でりかしーないよねっ」
　面倒そうに言うイーノスにユカは再びぬいぐるみを投げつけ、部屋から飛び出していく。
「‥‥デリカシー、ねぇ」
　くすりと笑い、イーノスは「犯行予告」を書き始めた。


　ジェフは修道院でクリスマスの飾り付けを手伝っていた。クリスマスには子供達とパーティーも予定している。
　前回、あれからヘレナに全てを話した。彼女はショックを受けたものの、全てを受け入れてくれた。未だ、ジェフに対しては戸惑いを見せてはいるが。
「‥‥ジェミニの片割れは、二年前のこの時期にマドリードで撃墜されたらしいんだ」
　クリスマスツリーを飾り付ける手を止め、ジェフが呟く。ヘレナはハッと顔を上げ、光を映さない双眸に大粒の涙を溜めた。
「クリスマスの、前に‥‥？　そんな、悲しいこと」
「ヘレナ？」
「ふたりでひとつだったのでしょう？　何をするにもずっと一緒で、互いだけが全てで、きっと‥‥クリスマスも、ふたりで過ごすはずだった。それが、叶わなくなって――」
　こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、ヘレナは続ける。
「遺されたユカは、どれほど悲しかったのかしら。どれほど泣いたのかしら。ミカが最後に想ったのは、何だったのかしら」
　ヘレナはどこまでも優しい。ジェミニのこれまでの所業を聞かされても、それでも彼等の悲しみを想う。
「‥‥ミカがいないクリスマスを、ユカはどう過ごすの‥‥。そして、『イーノス』は何を思うの‥‥」
　止まらない涙、自身の光を奪った存在をもどこか気遣うヘレナ。
　彼女の肩を抱きしめようと、ジェフが手を伸ばしたとき――シスターのひとりが、血相を変えて飛び込んできた。
「イーノスから、手紙が――！」

●参加者一覧

●リプレイ本文

　森の猟師小屋周辺は、すっかりクリスマスの装いとなっていた。
「森だから当たり前だケド‥‥樹木、多いよね。結構、幹も太い。地面は平坦だね」
　夢守　ルキア（gb9436）は飾り付けを仕上げながら、地形の確認を進める。
　天野　天魔（gc4365）は塗料と発信機を仕込んだ装置を風船につけて設置、打ち上げ花火も樹木に影響の出ない位置に置いていく。

　院でも夜のパーティーに向けて準備は進んでいた。
　事前に天魔が用意していたカーテンが全ての窓につけられ、その遮音性、遮光性に優れた布地が外界から守る壁のひとつとなる。
「どんなプレゼントをサンタクロース様は贈って頂けますのかしら？」
　Ｉｎｎｏｃｅｎｃｅ（ga8305）が、子供たちとツリーを飾り付けながら考える。英国風の伝統的なメイド服に身を包んで大人っぽく見えても、中身は子供。一緒に騒ぎながらの飾り付けだ。
「最近はいいものをくれるよ」
　年長の子供が、ちらりとジェフリート・レスターを見て笑った。

「院のほうも、順調に準備が進んでいるようです」
　無線で確認を取った新居・やすかず（ga1891）が、小銃「ルナ」にサプレッサーを装着しながら言う。
　陽は傾き、あとは犯行予告時間を待つだけだ。黒羽　拓海（gc7335）が小屋の中に隠れ、外からは見えない位置で息を潜める。
　あと一時間。イルミネーションが点灯され、クリスマスソングも響き始めた。
　やすかずが一旦森の外に出て、サンタに扮して待機する。
　ルキアは拳銃「バラキエル」にサプレッサーを装着、「子供役」として、「先生役」の終夜・無月（ga3084）と簡単に打ち合わせを済ませる。そしてイーノスたちの下見対策も兼ねて軽くはしゃいでみせる。
「ケーキ出る？」
「出ますよ」
　無月も応え、探査の眼を常時発動した上で、全感覚を研ぎ澄ませて周辺に意識を走らせた。

　院の外で身を潜める鐘依 透（ga6282）と九条院つばめ（ga6530）。ジェフは少し離れたところで待機する。
　つばめは唇をきゅっと結ぶ。
　二人の『イーノス』。そして、シスターのこと。
　前回の調査で色々と重要なことが明らかになった。その矢先に、犯行予告――。
　前とは違い、今度は戦いは避けられないはずだ。
「孤児院の方たちは何としても守らないと‥‥！」
　強い意思で森を見据えるつばめ。
　透は暗視スコープを装着し、闇の中での視界を確保する。
「今のところ‥‥空の光を遮るような影もない、かな‥‥」
　見上げ、呟く透。ここから小屋までは、走ればそれほど時間がかからない。最短経路も確認済みだ。もし空から直接、小屋へと降下しても間に合うだろう。
　あと十分。
　サンタ――やすかずが、森へとゆっくり入っていく。

　森へと入るサンタを、静かに見つめるふたつの影。
「犯行予告出してるのに目立って危険な外、しかもこの寒い時期に。ここに傭兵がいますーっていってるようなものだよね」
「まったくだ」
　そして影は笑いながら、静かにサンタを追った。

「‥‥来た！　そちらへ向かっています」
　透が無線で森へ連絡、つばめやＩｎｎｏｃｅｎｃｅ、ジェフと共に一定の距離を置いて彼等を追う。

　小屋では無線連絡を受けたルキアと無月が、外から見えるように窓の近くに立つ。
　ルキアは覚醒変化を消し、GooDLuck。クリスマスソングを無月と歌いながら、オルゴールを鳴らした。
　やすかずが小屋付近まで到着したとき、ルキアが数度索敵。無線で連絡のあったとおり、二名の追跡者。
「先生、お腹空いた！」
　ルキアのひときわ明るく、高い声。ほぼ同時に、外にいた天魔が風船と、それを目立たなくするための花火を空に放つ。
　響く轟音。二名の追跡者は特に姿を隠そうともせず堂々と現れると、花火を仰ぎ見た。
「クリスマス会場にようこそ。歓迎しよう、盛大にな」
　天魔が彼等の前に出れば、やすかずはサンタの扮装を脱ぎ、小屋や追跡者の後方から能力者たちが現れた。
「子供にはプレゼントだ」
　子供――ユカ・ユーティライネンへとラッピングしたぬいぐるみを放る天魔。
「僕のだけじゃなく、ミカのも欲しかったな」
　ユカは受け取ると、少し不服そうに口を尖らせた。
「態々ご苦労なことだ。他人が幸せなのが許せんか？」
　拓海が言う。まだ抜刀はしない。しかしいつでも抜けるように意識を研ぎ澄ます。
「僕はミカがしあわせになれればそれでよかった」
　ユカが表情を消す。
「ユカ‥‥。ここの子達にもユカと同じ子がいる‥‥。大切な片割れを失って、それでも一生懸命笑って生きてる子達だ。あの子達の楽しみ‥‥奪わないであげて欲しい」
　――そうやって人を傷つけて誰かに恨まれれば、ユカが僕らを許せないと思うようにユカを恨んだ人間もユカを許さない。誰かに恨まれている限りユカがどれだけ楽園を望んでも、ユカを恨んだ人間がそれを壊す。
　ユカからミカが奪われたように‥‥絶対にそれは繰り返される。
　透は思考を巡らせる。
「ユカ‥‥人を傷つけちゃいけないっていうのは自分の為なんだ。人に恨まれない為に‥‥幸せを邪魔されない為に。幸せを作る為に。お前が言うなと思うかもしれない。でも考えて欲しい‥‥。無邪気に人を傷つけるのは‥‥今回の行動は‥‥本当に正解かな？」
　透の静かな声。ユカは、「いみ、わかんない」と首を傾げる。
「最愛の者を亡くした時に心に穿たれる空洞が齎す空虚と絶望は共感する。そして幸せな他者と半身を奪った世界への憎悪も禍ってはいるが人として正しい感情だ。故に肯定しよう」
　ちらりと空の風船を気に掛けつつ、天魔。
「それでも院を襲うのは誤りだ。院は君と同じ心に空洞を持つ子の家だ。君は仲間を襲おうとしたのだぞ。――君が襲うべきは院で無く我々だ。君からミカを奪った我々能力者こそが君の討つべき敵だ」
　風船は止まる様子はない。空から来たのではなさそうだ。
「だから、いみわかんないってば。あ、でも最後のはわかる。お前たちは、僕の敵だ」
「――そう」
　やすかずが、静かに頷く。
「僕はミカを殺した傭兵のひとり。君の、討つべき敵だ」
　決意を込め、宣戦布告とも言える宣告。これは必要なプロセス。やすかずを敵として認識させるための――。
　だが、ユカは予想外の答えを返してきた。
「そんなこと、しってる。調べたもん、ミカがいなくなってから」
　ユカはポケットから拳銃を取り出し、銃口を向けた。
「みんな、だいきらい」
　そして発砲――直後、間合いを詰め始めるイーノス。無月は聖剣「デュランダル」を抜刀、地を蹴った。
　そのままイーノスの懐に入り込み、聖剣を急所へ――の、つもりだったが。その切っ先は、イーノスの胸に触れる前に止まる。
「やりにくいですね」
　漏らす、無月。自身の心臓手前でイーノスの剣が止まっていた。鏡写し――無月の剣がイーノスの胸を貫いた直後には自身も傷を負う可能性がある。
　後退し、森に入り込むイーノス。無月はそれを追うが、樹木が阻む。
　両断剣・絶にて樹木ごとイーノスを斬っていくが、絶大な攻撃力も樹木というクッションで軽減されてしまう。
　それを見越し、イーノスは樹木を盾にする。そして無月の攻撃を真似、剣を振る。
　そこで再度、無月は足を止めた。

　一方、牽制するかのように発砲を続けるユカに、やすかずが眉を寄せた。
　過去の報告書にある戦い方のままか、未知の戦法はないか、確認しようとしたのだが――何かが、違う。
「‥‥瞳の、色」
　ユカの瞳は赤く変化したはずだ。しかし今のユカは、そういった変化は見られない。一体どういうことなのか。
　そうしている間にも遠距離からの攻撃を続けるユカに、天魔のエネルギーキャノンが向けられる。更には木に隠れ、それを射線上に置いたルキアがユカの様子を窺っている。
　ユカは一気に間合いを詰めてきた。エネルギーキャノンを紙一重でかわし、拓海へ。
　血桜を抜刀、しかし拳銃「ヘリオドール」による射撃を先に放つ。意表を突かれたユカに、血桜を薙ぎ入れる。腕を裂かれるユカ、迅雷で離脱していた拓海は再度射程に入り込み、刹那の一閃。
　そこに天魔のエネルギーキャノン、ルキアの狙撃、さらにはやすかずの雷遁。
　足を止めたユカに、やすかずはルナによる影撃ちで脚部の急所を狙う。ユカがステップを踏み、その直後にやすかずの狙いは肩へ。
「うっとうしいなあ！」
　癇癪を起こすユカ、今度は拓海の脚爪が脇へと迫る。
　回避し、ナイフを拓海の大腿部へと。拓海は小太刀でそれを受けようとするが一瞬間に合わなかった。
「僕に触ろうとするからだよ！」
　けらけらと笑うユカ。後退し、拓海は問う。
「お前達が求める楽園とはどんなモノだ？　他人を害さなければ至れないのか？」
「ばぐあ星人がそう言ったもん」
「そうか。ならば‥‥お前達は楽園に辿り着けん」
　拓海は痛む足に力を込め、迅雷、そして刹那――居合いの、一閃。ユカはそれをナイフで受け、身を翻してイーノスのほうへと駆けていく。

「来ないのか？」
　無月へと笑むイーノス、しかし別方向から迫るつばめ。視線を移して、剣の構えを変える。
　つばめは透に軽く目配せし、やや大振りに隼風を振り上げた。誰かの動きを忠実にトレースするのならば、そこに横槍が入った場合はどうなるのか――。
　そしてトレースするイーノスの真横から、高速軌道と迅雷による透の接近、魔剣「ティルフィング」による連斬が裂く。
「調子に乗るんじゃねぇっ！」
　激昂したイーノスが剣を薙ぐ。透は回転舞による回避の後、イオフィエル。高速軌道で再度イーノスにまとわりつくと、突き出された剣を爪で受けきった。
　立ち上がったつばめが流し斬りにて脇に入る。急所突き、そして猛撃――。
「加勢するよ」
　いつしか背後に回り込んでいたユカがナイフを投擲、背を抉られた透とつばめは倒れ、そこにイーノスが迫る――が。
「だめですのっ！」
　両腕を広げ、Ｉｎｎｏｃｅｎｃｅが立ちはだかった。緊張しながらもこくんと小さく頷き、ぎゅっと目を閉じて。そして、透とつばめに練成治療を施す。
「だってだって‥‥今、クリスマス会で楽しんでいる子供たちを悲しませるということは。昔、ユカ様がミカ様と過ごしたクリスマスの思い出も壊すことになりますもの‥‥。自分はいい、他人のはだめ、というのは。いけないことですの」
　その言葉に、イーノスは首を傾げる。
「なんでここのガキが悲しんだら、ユカ達の思い出が壊れるんだよ」
「そん、な‥‥っ」
　絶句するＩｎｎｏｃｅｎｃｅ。思いが伝わらない。言葉が、届かない。
　目の前で一閃される刃に裂かれる。駆けつけたルキアが支え、治療を開始した。そこに容赦なく振り下ろされ続ける刃をジェフが受け止め、辛うじて返す。
「‥‥ねぇ、きみ達は寂しい？」
　ルキアがイーノスに問う。
　ユカもイーノスも『お互い』に依存しているようだ。ふたり、似ているからだろうか。似ているから、シアワセも許せないのだろうか。
「ジブン達のコト、嫌いだったりする？」
　私は、セカイ、全て好きだよ――そう、言い添えた。
「自分が一番可愛いんだよ、俺達はな」
「寂しくてなにがわるいの」
　イーノスとユカが同時に言う。
　その一瞬の隙を突き、無月が聖剣を構えて迫る。
「後悔しなさい‥‥」
「こうかい？　僕が後悔しているのは、ミカをひとりで行かせてしまったことだ。この手を‥‥離してしまったことだ」
　奥歯を鳴らし、震えだすユカ。
「やべぇ」
　イーノスは舌打ちし、ユカを確保にかかった。振り下ろされる無月の剣が、イーノスの背を撫でる。
「歳を取る‥‥僕だけが、ひとり‥‥、ミカ、いない‥‥」
　虚ろな瞳で呟くユカ。イーノスは強引に抱きかかえ、退避しようとする。
「離せ、僕はミカを連れ戻しに行くんだ！　ミカ！　ミカ‥‥っ！」
　必死に手を伸ばし、抵抗し――突然、糸が切れたかのように意識を失った。
「これ以上は無理か」
　イーノスはユカを抱き上げた。
「今回もユカを唆したのは貴方ですか？」
「貴方は何を‥‥いえ、貴方はユカに何をさせたいのですか？　貴方とユカが目指す『楽園』は‥‥同じものなのですか？　そして、ユカをどう思ってるんですか。大切なのか、それとも利用してるだけなのか。ユカの隣にいる貴方があの子をどう思ってるのかを率直に聞きたいです」
　透、そしてつばめが見据える。
「俺は隣にいるわけじゃない。同じ楽園を求めているわけでもない」
　返すイーノス。その言葉の意味はどこにあるのか。
「ミカを奪った俺達に許されるのはユカの絶望の捌け口に成ることだけだ。院の子供達のように空洞に負けるなという資格は無い。資格を持つのはユカの近くにいる者だけだろう」
　静かに、天魔。
「迷い子を正しく導くのは近くにいる大人の役割だというのに君は何をしている？　何が目的だ？」
「――復讐」
　そこには、凄まじい憎悪が込められている。
「楽園は‥‥誰の為のものですか？」
　透が低い声で問う。
「――ジェミニ」
　少し考えたあと、イーノスは意味深に笑む。
　――そして、ふたりは森の中へ消えていった。

　孤児院へと戻ると、シスター・ヘレナが出迎えてくれた。
「こちらには被害はなさそうですね」
　無月が周囲を確認する。
「彼等はどこに‥‥行ってしまったんでしょうか」
　やすかずもまた周囲を見渡し、ユカとイーノスの姿を捜す。
「‥‥ありがとうございました。‥‥中でゆっくり、身体を休めてください。よければ、子供達と一緒にパーティーも」
　ヘレナは穏やかに言う。
「ご一緒にクリスマス会に参加頂けたりは無理なのですかしら‥‥」
　Ｉｎｎｏｃｅｎｃｅが寂しげに呟く。しかしすぐに気を取り直した。
「で、でも。子供さんたちと楽しくくりすますぱーてーですの！」
　ミニスカサンタ服に着替えよう、子供達は楽しんでくれるだろうかと、あれこれ考える。
「そうですね‥‥。‥‥今は少しでも子供達に」
「まだ、子供達の楽しそうな声が聞こえるしね」
　つばめが透と頷きあう。嬉しそうにヘレナが笑んだ。
　拓海はヘレナの隣に立つジェフをじっと見ていた。
「双子は二人で一人、か‥‥」
　己の半身とも言える存在と闘うことを、ジェフはどう思っているのだろう。
「‥‥やるしかないって、思ってるよ」
　拓海の視線に気づき、彼は笑む。拓海は静かに頷いた。
「何にせよ、自分の意志で決めたのなら止めはしない。最後まで見届けさせてもらいます」
　その言葉に、今度はジェフが頷き返した。
「ヘレナ君」
　ルキアが歩み寄り、ヘレナの手を取る。
「この先もユカ君やイーノス君に、ココロ、残して。戦う私には、出来ないから」
　ヘレナはルキアの声に耳を傾け、「もちろんです」と手を握り返した。
「中へ入りましょう。寒いですから」
　ヘレナが皆を中へ促す。――と、天魔が天を仰ぎ見た。
「‥‥雪が、降って来たようだ」
　その言葉に皆も天を仰ぎ、舞い落ちる雪に目を細める。
　――それは、聖夜を明るく照らす無数の灯火のようだった。