タイトル:【CO】蒼穹の砦マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/12/31 02:59

●オープニング本文


『A mali estremi estremi rimedi.大変な病巣には思いきった処置が必要であると言う通り、我々は之を以て停戦を破棄、諸君に宣戦を布告するものとする』
 その放送が突如として無線に流れたのは、12月11日0600時の事だった。
 前線では不寝番の者達が緊張感を漂わせて周囲を警戒し、寝惚け眼だった兵も無線を耳に当てる。要塞では左官級以上の者達が1人残らず副官に叩き起こされ、有無を言わさず無線を渡された。
 アフリカで戦う多くの人類が、固唾を呑んで無線に聴き入る。
 そんな中、嗄れた――かつての忠臣が聞けばすぐにそれと判る声色で、現在のバグア・アフリカ軍総司令ピエトロ・バリウスの布告は続く。
『そも先日来、緩慢に守られてきた停戦なるものは一時的なものに過ぎず、我々の行うあらゆる活動は宇宙の摂理に基づく絶対不変のものである。然るに諸君は今以て我々を受け入れぬばかりか、あまつさえ寛容なる我々に一矢報いた事をしたり顔で誇る始末。故に我々は現時点を以て人類生誕の地を再び奪還し、むずがる子らに灸を据えてやることとしたのである』
 淡々と紡がれる言葉はともすれば右から左へ抜けそうになる。
 が、前線で聴いていた者達にはこの宣戦布告が厳然たる事実であるという証拠を早くも突きつけられる事になった。というのも、
『――諸君の健闘と、従順なる成長を祈る』
 無線が切れるより早く、南の彼方から、黒い波濤が押し寄せてきたのである‥‥。

 波濤は停戦ラインを押し込み、ラインにて防衛に当たっていた部隊は一旦の撤退を余儀なくされた。
 だが、それとほぼ同時に駆けめぐったのは、ピエトロ・バリウス要塞襲撃の報――。
 アメリカから帰還したばかりのジークルーネの搭乗員以外は、その多くの戦力が要塞へ応援に向かうことになった。
 そしてジークルーネは最前線に止まり、防衛戦を展開する。
 これ以上の、敵の流入を阻止するために。
 ラインにてバグア軍を率いているのはプロトスクエア・青龍のヴィクトリア。その周囲には精鋭と思われるタロス部隊。それらに率いられ、他のタロスやHW、CW、飛行型キメラ、そして数艦のビッグフィッシュ。
 地上にはタロスやゴーレム、レックスキャノン、タートルワームなどのワーム類と、キメラ。
 ある意味ではどちらもシンプルだ。だが、シンプルであるが故の恐ろしさはある。
「どう、動くか――」
 ウルシ・サンズ中将はジークルーネの甲板で目を細める。ジークルーネを引きずり出したのだから、それ相応の挨拶をする必要があるだろう。
「先行偵察部隊によると、空は最前線にヴィクトリア機が。その右翼には濃緑の、左翼には銀のタロスがいるようです。精鋭部隊のなかでもずば抜けて能力が高く、恐らくはヴィクトリアの側近かと」
 KV飛行隊長のヨアン・ロビンソン中尉はサンズに告げる。
「ヴィクトリアの指揮には隙がなく、統制の取れた動きを見せています。進軍速度は速く、恐らくあと十分もしないうちに交戦となるでしょう」
「――で、地上はどうなんだ」
 サンズは視線を副官の朝澄・アスナ中尉に移す。
「地上も空と共に統制の取れた動きを見せています。ただ」
「‥‥ただ?」
「ヴィクトリアが全体の指揮を執っている将であることは間違いないとしても、その命を受けて地上部隊を統制する存在がいるはずです。その存在が特定できておりません」
 アスナは黒く蠢く地平を見据えた。
「恐らく空同様、地上の最前線に在るタロス部隊にいると思うのですが」
 その言葉に、サンズは「フン」と相槌を打つ。
「あの小娘の指揮系統を崩さねぇと難しそうだな」
「――では」
 アスナとヨアンが同時に言う。
「空はヴィクトリア部隊を攪乱、陸は指揮機捜索及び撃破を目的とした部隊を編成する。それ以外は他のバグアと対峙し、押し込まれつつある停戦ライン上で踏み留まる。そして指揮系統が崩れたところで、ジークルーネで押し返す」
「ヴィクトリア撃墜はどうしますか」
「やれば死人が大量に出るだろうよ」
 サンズの即答に、ヨアンは口を噤んだ。
 ヴィクトリアが先頭にいるのは、恐らく威嚇だ。撃墜するのなら――それ相応の対価を払えという死刑宣告。そしてそれを実行するだけの「戦力」と「手段」を準備しているはずだ。
「あの狸オヤジが負け戦を仕掛けるとは思えねぇ。要塞のこともある。こちらの被害を最小限に食い止めながら、バグアの侵入を少しでも多く阻止しねぇとな」
 全てを阻止することは不可能だ。多少の流入はあるだろう。だがその流入が要塞に大きな被害を及ぼすものであってはならない。
 そのために、脅威となる指揮系統を乱す。
「それぞれの部隊の人選は一任する‥‥と、対ヴィクトリア部隊はアイツでいいか」
 サンズは言いながら、いつのまにかジークルーネと並走していた青いアッシェンプッツェルを見やる。
「準備万端じゃねぇか」
 口角を上げるサンズ。
「いいか、無茶すんじゃねぇぞ! 少しでもヴィクトリアを引き付ければそれでいい。指揮を乱せば充分だ。撃墜までは考えるな、今は――防衛だ」

「――了解」
 サンズからの通信に短く応え、アレクサンドラ・リイは前方を見据える。天と地を埋めようとするバグアの軍勢のなか、青いタロスが舞う。
 銀のタロスは恐らくヴィクトリアの従者、エドワード。
 濃緑のタロスは、かつてヴィクトリアに送り届けた強化人間――ルーク。
 どちらのタロスとも対峙した経験はない。ヴィクトリアの両翼の力がどれほどのものなのか、見当がつかない。そしてヴィクトリアのタロスも、恐らくは前に対峙したときよりも脅威は増しているはず。
 サンズからの指令はヴィクトリアを引き付け、その指揮系統を乱せというものだ。そこに、警戒すべきひとつの可能性がある。
「――ヴィクトリアが、降下した場合」
 地上で指揮系統破壊にあたる部隊にどのような影響が出るのか。撃墜するなという言葉の意味には、それも含まれるのだろう。
 タロスを撃墜しても、ヴィクトリアが生きていたら。そして、地上に降下したら。
「あまり、想像したくない‥‥な」
 嫌な緊張感が全身を襲う。
 恐らくヴィクトリアは生身でもKVと戦えるだろう。部下のタロスに乗り込む可能性もある。
 撃墜が指揮系統を乱すことには直結しない。撃墜は絶対にしてはならない。否、「ヴィクトリアの降下」そのものをさせてはならない。何が、あっても。
『面倒な妹だな』
 サンズの声がコクピットに響く。
「‥‥すみません」
『謝ってどうすんだ』
 思わず謝ると、サンズは笑い出した。それによって嫌な緊張が解ける。
「面倒な妹と、ダンスを踊ってきます」
 リイはそう言って、ジークルーネの前に躍り出る。
『派手に足を踏んでやれ』
 サンズがもう一度、笑った。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
暁・N・リトヴァク(ga6931
24歳・♂・SN
乾 幸香(ga8460
22歳・♀・AA
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
エヴリン・フィル(gc1479
17歳・♀・ER
D‐58(gc7846
16歳・♀・HD

●リプレイ本文

「リスク覚悟で先頭に立つということは、停戦ラインの突破と制圧以外に、人類側航空戦力の足止めでも兼ねているのか‥‥?」
 煉条トヲイ(ga0236)は敵陣の先頭を駆けるタロスに目を細める。
「意外と手堅い用兵‥‥。もっと我侭なお嬢様的指揮官かと思ってたんだけど、ちょっと別方面からも揺さぶりをかけなきゃかも」
 返す、ソーニャ(gb5824)。
「‥‥撃墜することなく、足止めに徹しろとは難しい注文ですね」
「――とはいえ、そのことを悟られれば敵の思う壺。相応の気概で挑まなければ、目的を果たすことは難しいぞ‥‥」
 乾 幸香(ga8460)が息を呑む気配を受け、トヲイもまた息を呑む。
「どこまでやれるか分かりませんが全力を尽くしますね」
 幸香は言いながらもその難しさを再認識する。
 雷電、ロビン『エルシアン』、イビルアイズ『バロール』、そして三機のやや後方にアッシェンプッツェル『Blue Bird』。アレクサンドラ・リイを含めた四名で、ヴィクトリア及びその両翼の足止めに回る。
 ヴィクトリア精鋭部隊にあたるのはワイバーン『ワンコ』、ロジーナ『Witch of Logic』、天『スカラムーシュ・Ω・ブースト』、スカイセイバー『スカイ・フィーニス』の四機。五機の精鋭タロス相手に、どこまでやれるか――。
「お互い満を持してという処ですかね」
 ロジーナの番場論子(gb4628)。
 強引な宣言により停戦は破られたが、既に水面下でぶつかっていた事実がある。結局のところ、ただ単に表面化したとの解釈もできるだろう。
 何にせよ、まずは停戦ラインでの激突から。ヴィクトリア――否、ピエトロ・バリウスの意図を挫けばいい。
「条約は破棄されるものとは思っていたが、案外早かったな」
 天の美具・ザム・ツバイ(gc0857)が呟く。
「停戦破棄‥‥。もとより相容れぬ存在だったのでしょうね‥‥」
 D‐58(gc7846)のスカイセイバーが美具に続く。ただ従順に任務をこなすことのみを考えている。この停戦破棄に対しても無感動だ。
「そうじゃな」
 頷く美具。年内は動かないだろうと思っていたが、敵は何を焦っているのだろうか。
 一介の傭兵には関係ないこととはいえ、気になるのも確かだ。このもやもやが、晴れることはない。
 それにしても――。
「指揮官とあろうものが最前線に立つとは、絶対の自信があるのか、バカなのか?」
 敵のセオリーとは違う対応に困惑は隠せない。しかし、少なくとも後者であることは言外に斬り捨て、最善策を講じるつもりだ。
「敵指揮官の妨害に、撃墜は禁止って本当に難しいな。空で留めなきゃ、地上で戦ってる奴らが苦戦するからな」
 暁・N・リトヴァク(ga6931)のワイバーンが並走する。地上も間もなく交戦といった状況だ。
「だからこそ手ごわい‥‥」
 暁の言葉を呑み込むように美具が言う。
「――あと五百メートルでヴィクトリア機の射程に入る」
 リイの声が静かに響く。その直後、全機一斉に砲撃を開始した。

「今年最後のアーマゲドンスプラッシュ、得と味わうがいい」
 美具機が僚機のタイミングに合わせ、ブーストとトゥオネラを前衛の三機に集中させる。三機が一斉に回避態勢に入った。
 トヲイ機は超伝導アクチュエータ起動、K−02を全放出。そこに合わせて幸香機。確実性を重視した幸香は、二セットとも同一目標且つヴィクトリアと両翼をそこに収めた。
 敵機を覆い尽くす弾幕、そこに紛れるようにブーストにてトヲイ機がエドワード機に向かっていく。
 アクチュエータを乗せた試作型リニア砲をぶちこみ、エドワード機が回避した刹那、ソードウィングで抉りにかかる。右肩を損傷した銀のタロスは一旦上昇し、反撃に転じようとするがトヲイ機は射程から外れていた。
「――貴様の相手は俺がする。青龍の従者よ、暫し遊んで貰おうか‥‥!」
 告げる、トヲイ。
『お望みならば』
 右肩のダメージを徐々に癒やし、エドワードは余裕のある声で応答する。
 一方、濃緑――ルーク機と対するのは幸香機。
 既に前衛三機に対バグアロックオンキャンセラーは使用済みだ。銀と青のタロスの位置を確認する。常にこの三機が効果範囲に入るよう、留意しなければならない。
「全力で当たっても落とせるなんて甘いことは考えてませんけど、しばらくはわたしと下手なダンスに興じて頂きますよ。美人とダンスが踊れるなんて、光栄だと思って頂かないと困りますね」
『なら、その綺麗な顔が見てみたい。キャノピーをぶち破ってやろうか』
 交差する、十式高性能長距離バルカンとプロトン砲。ルーク機は回避、幸香機は回避するも、「左頬」を掠める。キャノピーを狙っているのは明らかだ。
「簡単には顔は見せません」
 再度、長距離バルカンによる弾幕、それを追うようにUK−10AAMと8式螺旋弾頭ミサイルを。
 回避しきれない砲弾を受けながら、ルーク機もミサイルを返す。幸香は弾幕を止めない。回復能力のあるタロス、しかし少しでもダメージを蓄積させようと。
 トヲイ機と幸香機が両翼をマークしている隙に、ソーニャがアリスシステム、マイクロブースター、そしてブースト――全てを起動し、ルーク機へとフォローも兼ねた突破攻撃をかける。
 ルーク機の脇から、ヴィクトリア機による砲撃。それをバレルロールでギリギリ回避し、GP−7ミサイルポッドを射出。螺旋を描くミサイルの影に流れるエルシアン、徐々にその角度を直し――真っ直ぐに、ヴィクトリア機を目指す。再度、砲撃。ラージフレアにてさらに突破をかけた。
 フルブースト、ハーフロール。スリップで機体位置をずらし、乱れ来るミサイルの雨を紙一重での回避、後方からリイ機のミサイルが抜け、ヴィクトリア機を誘う。直後、レーザーライフルで反撃に転じるソーニャ。

 三機がマークされた隙に、精鋭対応の四機が一気に抜けていく。
「ラージフレア、展開‥‥」
 抜ける際に、D‐58機もラージフレアをばらまく。
 美具機は先の攻撃ののち、超大型対艦誘導弾「燭陰」を精鋭部隊へとぶちこんでいた。論子機が撃ち尽くしたD−04A小型ミサイルポッド、暁機が放出した84mm8連装ロケット弾ランチャー、それらが精鋭部隊の陣を崩していた。
「機動防御ならコイツと相性が良い。いける」
 暁は、迫る五機のタロスを見据える。
 マイクロブーストで距離を詰め、敵の側面へと高分子レーザー砲とストレイ・キャッツを次々に放つ。それが着弾する前に機首を上げ離脱、距離を取る。
 別方向から、ブーストにて論子機。最もダメージの大きい機体を選定、死角から強襲をかけていく。
 MM−20ミサイルポッドによる弾幕は、敵機の回避――その方向を狭めるよう誘導する。そして下方へと回避をかけたそれへと、ツングースカ。
「任務確認。これより攻撃に入ります‥‥」
 D‐58機はアサルトフォーミュラAを発動、長距離バルカンによる牽制及びフォローに入る。
 畳みかけるように、美具のトゥオネラ、K−02。その土砂降りのなか、高命中を誇るミサイルのブレンド。
 それは刺客の一撃として、精鋭部隊の急所を抉っていく。
 四機の流れる連携は、二機に致命傷を与える。回復を始める二機、それさえ追いつかないようにぶち込まれていくミサイル。
 そして二機が沈黙し、散っていく。
 そのとき、前衛で異変が起きていた。

 距離を取ってスラスターライフルでの狙撃を続けていたトヲイは、対峙する敵の様子がおかしいことに気がついた。
 時折、何かに気を取られているかのように回避に失敗する。
「一体、何に‥‥」
 ルーク機は幸香機との攻防を続けており、ヴィクトリア機はソーニャと対峙、螺旋を描く青が空に映えている。リイ機が時折双方に援護に入る以外は、おかしな様子はない。
 しかしリイ機に向けて攻撃が放たれると、動きが――鈍る。
「‥‥なんだ?」
 眉を寄せるトヲイ、そのときソーニャとヴィクトリアの会話がコクピット内に響いた。

「手堅い指揮をするんだね。でも、それじゃぁ手に入れられないよ」
『何が?』
「ねぇ、リィが欲しくはないかい? ヨリシロの記憶と感情、それをバグアはどう感じるか、興味があるんだ。それはきっと、甘く魅惑的な毒なんだろうね」
『――で?』
「毒に狂ったヨリシロを見たよ。欠けた心と記憶、焦がれる思い。きっとボクも同類。でも今手を伸ばさないと手に入れられないよ。――リィはボクがもらう。ボクが妹になる。手を取り、身を寄せ、欠けた心を埋めあう。心の傷は何かに変わり、君の居場所はなくなる」
 青のエルシアンが、二羽のブルーバードの間に入る。

『――ふざけるな!』
 唸る、エドワード。トヲイから「視線」を外し、ソーニャへと向ける。
「まさか!」
 トヲイは目を見開く。ソーニャはエドワードの動きに気づいていない。トヲイ機のライフルによる狙撃が脇腹に被弾、しかしエドワードは狙いを定め始める。
 そして――最高速度をもって、ソーニャ機へと突撃を仕掛けた。
 追う、トヲイ。

「君は記憶を奪ったバグアでヴィクトリアじゃないからね。欠けた心を引きずって狂っていけばいい。ボクを殺して邪魔をする? それとも今、リィを手に入れる? 欲しいのなら、今のうちだよ」
 ヴィクトリアからの返事はない。ソーニャは後方のリイに通信を送る。
「やぁ、リィ。作戦とはいえ、へんなこと言ってごめんね。言ったことは全部本気だから、気にしないでね」
「ん、大丈夫だ。だが‥‥ソーニャ、私の後ろにまわれ」
「‥‥え?」
「早く!」
 リイはブーストでエルシアンの前にまわりこむ。直後、プロトン砲の直撃を受けた。
「エドワード‥‥っ!?」
 ソーニャは目を疑う。銀のタロスが狂ったように攻撃を開始したのだ。半ば体当たりするように迫る。エルシアンは螺旋で回避、再度迫る銀色。
『毒に狂ったヨリシロ。そんなもの、いくらでも見てきた、いくらでも知ってる。ねぇ、私はピエトロ・バリウスの親衛隊なの。喪った友達の想いも背負っているの』
 落下していくリイ機を見下ろす。
「リィ‥‥っ!」
 リイを追うソーニャ。それをエドワードが追尾。リイ機は左翼の一部を損傷したが、辛うじて体勢を立て直した。
『ヨリシロの性格はとても好き。でもね――指揮を執れなくなるほど、引きずられたりしない。そこまで弱くないの』
 エドワードはソーニャだけを見ている。それを制止しようとしないヴィクトリア。
『ニンゲンは、弱いなぁ』
 そして、エドワードがソーニャをロックオン――。
 しかしその攻撃を放つ前にトヲイ機の狙撃を背に受け、狙いを外した。
『弱いから、お姉様を奪われると思って必死になる。可愛いわ、エドワード』

 受けたダメージなど構わず、暴走を続ける銀のタロス。
『あいつ、何してやがる!』
 ルークが気づいた。
「気を逸らしていいのですか?」
 幸香機の長距離バルカンが嫌らしく襲いかかる。
『ルーク、あなたはあなたの仕事をして』
『‥‥了解』
 ヴィクトリアの涼しい声、再度ルーク機は幸香機と向き合う。

「私のことは気にしなくていい、ソーニャ! ヴィクトリアを!」
「――わかった」
 リイに言われ、ソーニャはヴィクトリア機との対峙を再開する。まさかヴィクトリアではなく、エドワードが狂うとは。
 計算外、いや予想外――しかし、指揮系統は崩れてはいなさそうだ。若干の混乱が生じ始めている。

「な‥‥っ」
 暁が息を呑む。残る三機がエドワードを止めに、一斉に動いたのだ。
『邪魔だ、どけ!』
 進行方向にあるのは、暁機。二機がプロトン砲を同時に放ち、暁機を貫く。
 さらには、D‐58機へと。
「ドミネイター、起動‥‥」
 D‐58機はエアロダンサー改で人型に変形、ドミネイターで迎撃の態勢を取る。だが、実際はそのブースターを回避に利用した。
 砲撃をかわしたD‐58機、しかし人型から戻る前に再度砲撃に曝される。
『隙だらけだ』
 駆け抜けるタロス。墜ちてゆくD‐58機。
 しかしタロスに迫る美具機のトゥオネラ、立ちはだかるようにして論子機。論子機からペイント弾が先頭のタロスへと放たれる。この三機の指揮を執るのはその個体だ。
 少しでも、三機を攪乱しなければ。想定していた状況とは違う、だがやるしかない。
 前後からの追撃に、三機はエドワード機を止めるのを断念する。

 生じた混乱は、精鋭部隊以外にも飛び火した。
 HWの一部隊が、エドワード機の行動を地上への砲撃と勘違いし、急降下を始めたのだ。
「鳳少尉!」
 トヲイが地上に通信を送る。
 地上の鳳 俊馬のパラディンが空を見た。
 直後、地上を射程に入れたHWたちが一斉に――。
「‥‥俊馬!」
 叫ぶ、リイ。
 爆撃が、地上を焼く。倒れていく陸戦部隊のKVたち。
 しかし空を警戒していた地上の者により、HWは次々に撃墜されていく。
『‥‥二機、完全沈黙。俺も、動けない』
 全て撃墜されたのち、俊馬からの通信。そして続く言葉は――。
『だが、地上は先ほど指揮機撃破に成功した。あとは、頼む』

 幸香機に追い詰められたルーク機は離脱、ヴィクトリア機の後方につく。エドワード機はようやく暴走を止め、しかしそのときにはもう、トヲイ機から受けたダメージで飛行するのがやっとだった。
「ダンスは終わり、でしょうか?」
『残念ながら、な。もう少し踊りたかったが』
 幸香に返すルーク。恐らく、笑みを浮かべているのだろう。
 ヴィクトリアは未だソーニャとの攻防を繰り返していた。双方、損傷は目に見える。しかし――。

『ジークルーネ、全速――』

 ジークルーネからの、猛攻のサイン。
 空の指揮系統は完全に崩れたとは言い難い。しかし大きな混乱が生じている。地上は指揮機が撃破され、そちらの指揮系統は崩れ去った。
 この隙を抜けていくとの決断が下されたのだ。
 ヴィクトリアは残る精鋭部隊を引き連れて傭兵達の射程から離脱、その機首と指揮をジークルーネへと向ける。
「させぬのじゃ」
 足止め班に、美具機が合流した。次いで、論子機。暁機とD‐58機の姿はない。
「撃墜されるなか、脱出したことは確認しました」
 論子がそう報告した。
 残る六機でジークルーネの周囲に位置取り、ヴィクトリアを含む精鋭部隊を迎撃する。
 ジークルーネの猛攻の支援、そして敵軍の撤退まで粘るために。

『――攻撃、開始』

 全機にその声が響くと同時に、ジークルーネはその力を解放する。
 そして精鋭部隊に向けて六機が砲撃、再度、ヴィクトリアたちと対峙する。
 次々に墜ちてゆくワームやキメラ、駆け抜けるジークルーネ。
『‥‥潮時、かしらね』
 ヴィクトリアの、声。
『ジークルーネに華を持たせてあげましょ?』
 そして引き潮のように、一斉に停戦ラインの向こうへと退却を始めるバグア軍。全てが退却を終えるまでに、その総数の約半数はジークルーネによって撃墜された。
 そして最後にヴィクトリアはころころと笑いつつ、しかし。
『‥‥やるじゃないの』
 ――そう、呟いた。