タイトル:【HD】静寂の雪マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/14 04:12

●オープニング本文


●ゆらぎ
 静寂がゆらぐ。
 紅い魔女は少し不機嫌そうに、髪をくるくると弄ぶ。
 小さな、小さな――喩えるなら不整脈。
 これくらいなら人間であれば誰でもありそうな、命に関わるものではないちょっとした動悸。
 それが、この島の一部で時々発生する。
 もっとも、それを自分が感じたわけでもないし誰かから聞いたわけでもない。
 直感。
 それとも、第六感。
 ――魔女は、魔女であるが故に言う。
「そんな非科学的なこと」

●海に吸い込まれていく雪
 石狩中立政権――石狩共和国。
 それは北海道の石狩平野周辺に存在する、独立した中立政権だ。
 かつてUPC日本軍北部方面隊における三沢の司令部は北海道の放棄を決定。その後、北海道軍は叛乱を起こしUPCの指揮下を離脱した。
 北海道の陸上部隊は地元出身者が多くを占めており、戦いの動機も故郷や家族を守るためが殆どであり、UPCの上層部に強い反感を抱いていた。
 箱田武揚CEOと、戦死した大西四郎少将によって、石狩平野を中心とする一帯は独立国として宣言されるに至る。だが、そこに至るまでに大きな喪失もあった。決して楽ではない凍てついた道を、北海道の人々を守るために箱田たちは進んだのだ。
 その本拠である苫小牧の港で、箱田は護衛もつけずに冬の海を見つめていた。
 北海道の大地はどこまでも白い。中立だとかバグアだとか、そういったものを分け隔て無く覆い尽くす雪。それが、海にも吸い込まれていく。傘は重く、軽く振ればどさりと雪が落ちる。
 中立政権として独立を宣言してから三年、それから今まである意味では「静か」だった。完全に何もなかったというわけではない。だが、独立する前よりは遥かに安定した生活を手に入れていたと言えよう。
 しかし、リリアン・ドースンのあの一言――。

「すきにしてみたら?」

 その言葉がしこりのように残る。リリアンが「はい、おしまい」と言えばこの中立国は一瞬で消え去ってしまうのではないか、そう感じている者もいるはずだ。
 独立からの三年のあいだ、バグアや親バグアの者達と絶妙なバランスを保ってやってきたように思う。UPC軍の介入がなかったことも、ある意味で幸いしたのだろう。
 だが、いつまでもこのままでいられないことはわかっている。
 本土では、東京が奪還されたと聞く。そして世界各地で奪還に向けた動きがあるらしい。
 さらに人類は宇宙に行き、その情勢を聞けばまだ年端のいかない子供でも、世界が何らかの「終幕」へと向かっていることは容易に想像がつくだろう。
 そのとき、この石狩共和国はどこへ向かえばいいのか。
 人類が勝利するにしても、バグアが勝利するにしても、このままでいられるわけがない。
 どちらかが勝利してから決めるのでは遅いだろう。かといって、ここで何らかの行動を起こすのは懸命ではない。
 ――そう、表立って、は。
 時折、共和国の上空をステアーが駆け抜ける。護衛というには物々しい、ティターンやタロスを伴って。
 向かう先は、函館要塞。建設中だった要塞は、この三年の間に完成したという。もっとも、どのような設備になっているのか箱田は知らない。
 函館に何をしに行くのか。あのリリアンのことだから、恐らくは視察を兼ねた散歩のようなものだろうが。
 だが箱田の耳にも入っている世界情勢は、当然のようにリリアンの耳にも入っているはずだ。
 旭川を本拠として、大人しく北海道の生活を満喫していたとはいえ、あの少女はステアーを駆る強大なバグア。
 この世界情勢を受けて、動かないほうが不自然ではないだろうか。そして、かつてこの北海道を捨てたUPC日本軍北部方面隊も、また。
 この情勢下、もし自分がリリアンならどうする。
 箱田は静かに考える。
「――迎撃準備、あるいは出撃」
 無意識に言葉が出た。
 同様のことはUPCも当然考えているだろう。いつか、北海道奪還に向けて動きを見せそうだ。それは恐らく、近い将来。
 北海道は、そして石狩共和国は、岐路に立たされているのかもしれない。

●三沢基地
 UPC日本軍北部方面隊三沢基地では、連日のように上層部が額を突き合わせていた。
 かつて放棄し、撤退した北海道。
 あの土地をどうするべきか。
 情勢は動く。確実にバグアを追い詰めるべく。宇宙へと、その翼を広げて。
 あの紅い魔女がこれまでほとんど北海道から出てこなかったことは、有り難くもあり恐ろしくもある。
 いつかあの大地を離れるとき、真っ先に狙われるのは――本土。
 世界情勢を知らないリリアンではないはずだ。彼女が北海道を離れてからでは遅いだろう。
 北部方面隊はこの三年の間に海上から函館要塞の完成を確認、観測を続けていた。しかし要塞がどのような規模なのかはわからない。
 ただ、ここ数ヶ月、ステアーが定期的に旧函館空港に離着陸する姿が確認されている。伴っているのは、ティターンやタロスといった強力なワーム。側近クラスのバグアが搭乗しているに違いない。
 脅威となる敵機が本土側の海沿いに飛来するようになったということは、否が応でも緊張は高まっていく。
 出撃準備をしているのか、あるいは迎撃か。
 早急に、函館要塞の全容を確認しておく必要がありそうだ。幸い、リリアンが飛来する間隔はわかっている。あの魔女が旭川に帰ったあとを狙うのが一番だろう。
 懸念すべきは石狩中立政権。この偵察によって何らかの影響を与えてしまうかもしれない。
 軍からの行動であるため、バグアが彼等に制裁を加えるようなことはないだろう。だが、確実に小さな動きがあるはずだ。
 UPCと北海道の人々との間に生じた軋轢、失われた信頼。その深い溝が消えることはないだろう。それでも、いつかは再びあの大地を踏む必要があった。
 考えなければならないことは山積みだが、ぐずぐすしてはいられない。一旦動き出してしまえば、一気に奪還に向けて行動しないと、中立政権を最悪の形で巻き込んでしまうだろう。
 あそこにいる、罪もない人々。彼等を守りながらの北海道奪還。
 果たしてあの国が、箱田が、住民が、UPC軍を受け入れるかどうかはわからない。だがこちらが動き出すであろうことは、箱田も予測を立てているはずだ。動くなら今しかない。否、動かなければならない。
 そこまで、世界は動いてしまっている。
 そしてUPC日本軍北部方面隊が重い腰を上げる。
 目標は、函館。
 そこに建設された、函館要塞の全貌を明らかにすること。
 全貌とまではいかなくとも、少しでもいい、その規模がわかれば。
 いきなり軍の偵察部隊ばかりが行くのは、中立政権の感情を逆撫でするかもしれない。そこで、ワンクッション置くべく傭兵たちの力を借りることにした。

 半ば宣戦布告に近い、要塞偵察。
 ――それは、北海道奪還への第一歩となる。

●参加者一覧

セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
番場論子(gb4628
28歳・♀・HD
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
黒木 敬介(gc5024
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 低く垂れ込める雲、舞う雪は機体を濡らすほどではない。
 三沢基地を出立した八機は、間もなく函館に到着する。
 この後、函館山から海岸線沿いに函館湾方面へ北上、西側から進むA班と、東側の函館空港から函館を横断し、函館競馬場や五稜郭方面へと進むB班に分かれ、函館要塞の偵察を行うことになる。
「ラナさん、よろしくねー。銀子さんは、気をつけて」
 B班の黒木 敬介(gc5024)は、同班のラナ・ヴェクサー(gc1748)とA班の狐月 銀子(gb2552)に声を掛ける。
「気をつけて、はいいけど。彼女とあたしとで態度違わない?」
 銀子が少し突っ込んでみる。
「そりゃ、誰しも恋人友人ただの知り合いって、対応変えるでしょ? 彼女が俺の何って話でもないけど、なんだと思う?」
「それをあたしに訊いてどうするの」
「どうするんだろう、ね」
 敬介はくすりと笑う。実際のところ、なんでもない普通の友人だ。
 ラナと比べてどちらが大事というわけではないが、彼女を含め心根が真っ直ぐな存在には罪悪感が強くなる。軽薄な外面を取り繕えない。
「何の話をしてるんですか‥‥」
 少し間をおいて、ラナ。「ラナさんと俺のこれからについてかなー」と敬介が軽く返す。
「これから‥‥。そうですね‥‥函館空港に向かうことになります‥‥ね」
 そのラナの回答に、銀子は思わず吹き出した。
「そろそろ、ですね。互いに無事で‥‥函館山で合流しましょう」
 B班の周防 誠(ga7131)が告げ、A班とB班はそれぞれに分かれて偵察を開始した。

 函館山方面へ、A班は順調に進む。まだバグアの動きはない。
 セラ・インフィールド(ga1889)は過ぎ去った時を振り返る。
 今も耳に残る、リリアン・ドースンの声。かつての戦いの記憶。
「まさかまた北海道に関わる日が来ようとは考えてもいませんでした。思う所は色々とありますが‥‥今は任務の成功に全力を尽くしましょう」
 自身に言い聞かせるように言い、シュテルン・G『ミモザ』を駆る。
「情勢に左右されて放棄された北の地。奪還を望むために、まずは目前に設立された函館要塞の偵察ですね」
 グローム『Белая вдова』の番場論子(gb4628)。「如何に効率的に情報を得るのが大切ですね」と続け、微かに溜息をついた。
 現地の地図にて、大方の重要箇所には見当をつけておいた。しかし――。
「青函トンネルの情報を三沢基地で集めたのですが‥‥」
「何かわかりましたか?」
 流 星之丞(ga1928)が問う。論子はやや躊躇い、言葉を紡ぐ。
「半ば水没したまま放置されていて、北海道側の出口には‥‥数年前にバグアが作った、某未来研究所研究員と某伯爵に似た像が放置されているそうです」
 その二体が、まるでティーンズ誌の表紙のように絡んでいるらしい。想像すると怪しくてたまらないが、もう害はないらしい。青函トンネルはスルーして大丈夫そうだ。
 星之丞は骸龍の操縦桿を強く握る。北海道を奪還する糸口にするためにも、力になりたい。そして人々を巻き込まない形での平和、それを掴める日を目指せたなら――。
 その強い思いを抱きつつ、しかしふと脳裏を過ぎるのは。
「‥‥あのバーガーは、今でも食べられるのかな?」
 かつて有名だったご当地バーガー。今はもう食べられないが、思わず浮かんでしまった思考に苦笑する。
 そしてまだ通信の届くB班へと告げた。
「むしろ気をつけるべきは、五稜郭跡ではなく横のタワーかなとも。‥‥変形‥‥いえ、なんでもないです。‥‥皆さん、お気を付けて」
 五稜郭を調べられないのは残念だが――。
「私が東京急行ごっこやるなんてねえ」
 元空自パイロット、本来はやられる側だが――サイファーE『レイナ・デ・ラ・グルージャ』の神楽 菖蒲(gb8448)は笑う。
 そして菖蒲はオウガ.st『SilverFox』と、そのパイロットを気に掛ける。
 白に覆い尽くされた大地に生きる者達の「思いを知る者」。

 少将さん。疑念は不信を生んで、謝罪は信頼を生むわ! 次は笑って逢いたいものね――。

 そう告げたのが、最後だった。
 石狩共和国の独立後に北海道へ行ったときには、もう「終わって」いた。
 あの頃の自分は、人類を裏切るなと釘を刺したのだろう。怒りも、感じていたはず。
 ただ――。
「‥‥彼等は人類である前に、故郷を護ろうとしたんだ」
 銀子は掠れた声を漏らす。
 そも、味方ではないから敵だなどと、滑稽だ。
 その呟きに菖蒲が言葉を重ねてくる。
「私は政治や宗教なんざ知らない。それが人類なら助ける」
 そして一息つき。
「彼らが望まなければ撃ってくる。その時は撃ち返すだけよ」
 静かに、告げた。銀子の能力に全幅の信頼を寄せるからこそ、その思いを受けた上で菖蒲は言う。二番機位置に銀子を置くのも、その信頼の表れだ。
「此処を護るってことはさ、そこに住んで守ってきた人も含まれるわよね」
 銀子は、どのような介入があれど自分の敵はバグア軍だけなのだと告げる。
「‥‥ま、今回やることは変わらないんだけどね」
 それでも、共に飛ぶ親友には伝えておきたい思いだ。サイファーのキャノピーの向こうで菖蒲が軽く手を挙げたように見えた。
 それから――もう姿は見えないが、B班には誠がいる。
 銀子は彼と幾度となく戦場を共にし、能力は折り紙付きだ。直近の依頼においても、同じ目的で足を運んでいた。
 親近感を抱く彼もまた、北海道を知っている。
 同じ班には同様にセラ。他にも皆、この地を知る知らないに関わらず、何らかの感情を抱くだろう。
 大西四郎少将は既に亡く、誰に向かって言う言葉なのかはわからない。
 だが――。
「あたしは、違う意味を込めてあの地に向かおう」
 見えてきた陸地を見据え、銀色の狐は駆け抜ける。
 一分一秒でも早く戦いを終わらせる。今はそれが最良の策と信じて。
「笑って、逢うために」

 A班は周囲警戒方向を分担し、互いの死角を補う様に進む。
「空港上空に差し掛かりますね」
「北海道は‥‥本当に久しぶりです」
 論子に頷く誠。骸龍の高感度カメラにて、函館空港を撮影していく。
「さて鬼が出るか、何が出るか‥‥」
 誠機を中心にし、ラナのサイファー『βアギュセラ』は先頭を行く。
 以前、仕事で助けてくれた誠。その実力は当然ながら信頼している。今度は自分がその彼の機体を護るのだ。
 この北海道という土地に縁はない。ただ、人間やバグアの思惑が濃く絡み合うこの場所で、自分が何を尽くすことができるのか――。
「‥‥三年か」
 呟くのは、誠機の横について護衛に入るフェンリルの敬介。
「長いのか短いのか。生き残った人は何を思ってたんだろうね」
 ラナ同様、この土地に縁もない。そして思うところは余りない。だが、同じ国籍の地域が独立したことには、少し心穏やかではなかった。
 もし自分が同じ境遇ならば、同じように振る舞ったかもしれない。
「――恨みや怒りでも、納得はできるよ」
「それは同情ですか‥‥?」
 問う、ラナ。
「そんなところかな」
 少し考え、敬介。
 滑走路の状態は悪くなく、等間隔に対空砲が設置されている。管制塔周辺にはゴーレムが配備され、彼等はじっとこちらを見据えている。
「何もしてこないのが不気味ですね。こちらの出方を窺っているのか、敢えて動かないことで戦力を見せないようにしているのか‥‥」
 苦笑する誠。
「機体隠すなら‥‥この近くか?」
 ラナは空港の設備を記録していく。
 元から空港にあった設備は残っており、バグアによって流用されている。格納庫についてはワーム用に新たに設置されていた。
 滑走路で待機しているワームは、HWやゴーレム。格納庫の中にはタロスなどもいるかもしれない。ここにステアーが着陸していた状況からも考えると、この空港に存在するワームはどれもある程度の強化が施されている可能性がある。
 空港周辺にはバグアの居住区のような建造物が乱立している。周辺に積雪はあるが、空港設備はその影響を受けていない。
 そして得た情報を誠機に流し、空港の調査を終えたB班は五稜郭へと機首を向けた。

 タイミングを合わせ、ブースト。少しでも時間の短縮を図りながら函館山へと向かったA班は、山中の拠点や発電所、道路といったインフラ関係を確認していた。
 函館の街を一望でき、明治時代には要塞地帯であった函館山。バグアはここも利用しているようだ。
「アグリッパはなさそうね」
 菖蒲が目を細める。
「敵です。皆さん、気をつけてください」
 ふいに、星之丞。監視するかのように、函館山から離陸した数機のHWが高高度から見下ろしていた。護衛に徹するべく、星之丞機のやや上空をキープする銀子機。しかし敵は攻撃を加えてこない。こちらの動きを見ているのか。
 山の周囲、離着陸できそうな場所を探し、セラ機は垂直離着陸を試みようとする。しかし、その瞬間に積雪が震えた。
「着陸はしないほうがいいわ」
 すぐに菖蒲が止める。直後、地中から対空砲が顔を見せ火を噴いた。セラ機が咄嗟に回避すると、対空砲は地中にに消えていく。
「観光に来ただけでそんなに嫌わなくてもいいじゃないの」
 菖蒲が眉を寄せ、セラが頷く。
「対空砲の反応もいいですし、かなりの数が埋まっていそうですね。発着場も多い‥‥。規模はかなりのものかと」
 函館山はバグアの建造物が目立つ。通常の格納庫よりも巨大なものが点在し、キメラプラントらしき施設もある。調べられなかったが、地中からの対空砲があることから地下にも何かがあるだろう。
 有事となればここから相当数の戦力が吐き出されるに違いない。
 そして函館港西側から侵入し、星之丞機は港や国道などの現状を撮影していく。国道は使っていないようだ。港はバグアの施設と思われるものが海中から顔を出している。
 菖蒲機はサイファーの大推力を活かしての急降下。ソナーブイを落としてすぐにそのエリアから抜ける。海中に地下施設へのアクセスルートが構築されていないか――。
「‥‥ありそう、ね」
 口角を上げる。函館山や港周辺は、地下施設が広範囲に渡っているようだ。この一帯と空港が函館要塞の両翼に違いない。
 函館駅周辺などには怪しいところはない。情報を纏めながら、星之丞は呟く。
「人々を巻き込まない形での奪還、そのためのキーを僕は見つけたい‥‥戦いは、覚悟を決めた僕達でやればいいものなんだから」
 その言葉に、銀子が続いた。
「‥‥このまま基地だけ潰して終わる‥‥なら楽なのにね」

 B班は函館競馬場を通過するが、そこには特に何もなく、五稜郭までの途中、目立つ施設や対空砲のようなものはなかった。
 論子機がIRST調査を行ったが、激しい温度差の箇所もない。市内の特に被害を及ぼさないエリアに低空接近、地殻変化計測器を投下。特に異変はなく、大きな施設のない場所ではキメラプラント以外目立った存在がないことも確認した。
 やがて五稜郭に接近したB班は、それ以上の調査ができなくなってしまう。
「これは‥‥かなりきっついね。ラナさん、大丈夫?」
 敬介が眉間に皺を寄せる。
「‥‥大丈夫とは、言いにくいですね‥‥。ジャミングも激しいですし‥‥。どれほどの数の‥‥キューブワームがいるのでしょうか」
 目視できる限りのそれを、ラナがざっと数える。激しい頭痛に、目を開けているのも辛いが――百は下らないだろう。
「これ以上は近づくなという警告のようですね」
 誠機の逆探知機能も働かなくなっている。かなり危険な状態だ。無理して進めば、敵機の襲撃に気づく前に撃墜される。
 遠方の五稜郭は静かに佇んでいた。タワーは破壊されてしまったのか存在しない。これほどの数のキューブワームが周囲にあることを考えると、あそこが要塞の要と考えてよさそうだ。
 五稜郭から上空に数機のタロスが上がってきた。敬介機とラナ機、そして論子機が誠機を護るように若干前に出る。しかし、攻撃を仕掛けてくるわけではなかった。じっとこちらを見据えて威圧感を放つ。
「降下して地殻変動装置を設置したかったですが、難しそうですね?」
 論子が誠に問う。
「対空砲はないですが‥‥この状況は危険です」
 地上にもゴーレムたちが待機し始めていた。それに――誠の目は、何かを捉えている。
 五稜郭の「壁」に――何かが、微かに見えた。
 それを捉えているのは、誠だけではない。論子も、敬介も、そしてラナも。
 あれは恐らく――。
「――メイズリフレクターの城壁」

 B班は五稜郭に背を向け、函館山へと向かった。
 函館港から戻ったA班と合流、互いの情報を確認する。A班は赤レンガ倉庫も確認していたが、そこにも何もなかった。
 このまま再度山を抜け、津軽海峡で誠機と論子機、そして敬介機がソナーを投下。菖蒲機が函館港で得た情報とも照らし合わせ、港内以外に海中には特に施設はないことを確認する。もっとも、マンタワームなどは確認されたが。
 全機が函館から離れ始めると、A班を追尾していたHWは函館山に消えていく。
「どうして彼等は攻撃してこなかったんでしょうか。いつでも‥‥撃墜しようと思えばできたでしょうに」
 誠が言う。キューブワームによる頭痛は消えているが、それによる疲労感だけが残っている。
「特に隠密行動をしていたわけでもないので‥‥適宜迎撃に出てくると思ったのですが」
 セラが見ている自機のレーダーには、追尾する敵の姿はもうどこにもない。
「まさか無傷で帰ることになろうとはね」
 菖蒲が皮肉気に言う。
「必要といえる情報は得られましたが‥‥それを彼等はどう感じているのか」
 情報を確認し、星之丞。
「何も感じていないかもしれないし、焦っているのかもしれないし」
 敬介がメイズリフレクターの城壁を思い出し、苦笑する。
「ならば‥‥後者のほうがいいですね‥‥」
 ふぅ、とラナが吐息を漏らす。
 果たしてどちらであるのか――それは恐らく、函館攻略にかかるときに明らかになるのだろう。
 今は得た情報を持ち帰る。それだけだ。
「三沢基地に戻りましょう。――何れ又です」
 論子は函館――北海道へと一旦の別れを告げる。そして全機、振り返ることなく三沢へと向かっていく。
 最後尾、銀狐が駆ける。
「一分一秒でも早く戦いを終わらせる。‥‥笑って、逢うために」
 もう一度決意を新たにするように、銀子が呟いた。

 ――これは能力者達の知るところではないが、函館上空に現れたKVを確認したバグアは、その数の少なさに却って警戒を強めていた。
 八機同時に行動していたなら迎撃しただろう。二機くらいずつに分散していた場合も、速やかに撃墜を目指しただろう。だが、四機ずつの二班。戦力が分散しながらも速やかな撃墜は不可能という状況が却って不気味で、ここで下手に攻撃に出ることは得策ではないと踏んだのだ。
 そして、得も言われぬ焦りを抱いたまま決してKVには手を出さず、リリアン・ドースンへと要求する。
 近日中の戦力増強を願う、と――。