●リプレイ本文
低く垂れ込める雲、舞う雪は機体を濡らすほどではない。
三沢基地を出立した八機は、間もなく函館に到着する。
この後、函館山から海岸線沿いに函館湾方面へ北上、西側から進むA班と、東側の函館空港から函館を横断し、函館競馬場や五稜郭方面へと進むB班に分かれ、函館要塞の偵察を行うことになる。
「ラナさん、よろしくねー。銀子さんは、気をつけて」
B班の黒木 敬介(
gc5024)は、同班のラナ・ヴェクサー(
gc1748)とA班の狐月 銀子(
gb2552)に声を掛ける。
「気をつけて、はいいけど。彼女とあたしとで態度違わない?」
銀子が少し突っ込んでみる。
「そりゃ、誰しも恋人友人ただの知り合いって、対応変えるでしょ? 彼女が俺の何って話でもないけど、なんだと思う?」
「それをあたしに訊いてどうするの」
「どうするんだろう、ね」
敬介はくすりと笑う。実際のところ、なんでもない普通の友人だ。
ラナと比べてどちらが大事というわけではないが、彼女を含め心根が真っ直ぐな存在には罪悪感が強くなる。軽薄な外面を取り繕えない。
「何の話をしてるんですか‥‥」
少し間をおいて、ラナ。「ラナさんと俺のこれからについてかなー」と敬介が軽く返す。
「これから‥‥。そうですね‥‥函館空港に向かうことになります‥‥ね」
そのラナの回答に、銀子は思わず吹き出した。
「そろそろ、ですね。互いに無事で‥‥函館山で合流しましょう」
B班の周防 誠(
ga7131)が告げ、A班とB班はそれぞれに分かれて偵察を開始した。
函館山方面へ、A班は順調に進む。まだバグアの動きはない。
セラ・インフィールド(
ga1889)は過ぎ去った時を振り返る。
今も耳に残る、リリアン・ドースンの声。かつての戦いの記憶。
「まさかまた北海道に関わる日が来ようとは考えてもいませんでした。思う所は色々とありますが‥‥今は任務の成功に全力を尽くしましょう」
自身に言い聞かせるように言い、シュテルン・G『ミモザ』を駆る。
「情勢に左右されて放棄された北の地。奪還を望むために、まずは目前に設立された函館要塞の偵察ですね」
グローム『Белая вдова』の番場論子(
gb4628)。「如何に効率的に情報を得るのが大切ですね」と続け、微かに溜息をついた。
現地の地図にて、大方の重要箇所には見当をつけておいた。しかし――。
「青函トンネルの情報を三沢基地で集めたのですが‥‥」
「何かわかりましたか?」
流 星之丞(
ga1928)が問う。論子はやや躊躇い、言葉を紡ぐ。
「半ば水没したまま放置されていて、北海道側の出口には‥‥数年前にバグアが作った、某未来研究所研究員と某伯爵に似た像が放置されているそうです」
その二体が、まるでティーンズ誌の表紙のように絡んでいるらしい。想像すると怪しくてたまらないが、もう害はないらしい。青函トンネルはスルーして大丈夫そうだ。
星之丞は骸龍の操縦桿を強く握る。北海道を奪還する糸口にするためにも、力になりたい。そして人々を巻き込まない形での平和、それを掴める日を目指せたなら――。
その強い思いを抱きつつ、しかしふと脳裏を過ぎるのは。
「‥‥あのバーガーは、今でも食べられるのかな?」
かつて有名だったご当地バーガー。今はもう食べられないが、思わず浮かんでしまった思考に苦笑する。
そしてまだ通信の届くB班へと告げた。
「むしろ気をつけるべきは、五稜郭跡ではなく横のタワーかなとも。‥‥変形‥‥いえ、なんでもないです。‥‥皆さん、お気を付けて」
五稜郭を調べられないのは残念だが――。
「私が東京急行ごっこやるなんてねえ」
元空自パイロット、本来はやられる側だが――サイファーE『レイナ・デ・ラ・グルージャ』の神楽 菖蒲(
gb8448)は笑う。
そして菖蒲はオウガ.st『SilverFox』と、そのパイロットを気に掛ける。
白に覆い尽くされた大地に生きる者達の「思いを知る者」。
少将さん。疑念は不信を生んで、謝罪は信頼を生むわ! 次は笑って逢いたいものね――。
そう告げたのが、最後だった。
石狩共和国の独立後に北海道へ行ったときには、もう「終わって」いた。
あの頃の自分は、人類を裏切るなと釘を刺したのだろう。怒りも、感じていたはず。
ただ――。
「‥‥彼等は人類である前に、故郷を護ろうとしたんだ」
銀子は掠れた声を漏らす。
そも、味方ではないから敵だなどと、滑稽だ。
その呟きに菖蒲が言葉を重ねてくる。
「私は政治や宗教なんざ知らない。それが人類なら助ける」
そして一息つき。
「彼らが望まなければ撃ってくる。その時は撃ち返すだけよ」
静かに、告げた。銀子の能力に全幅の信頼を寄せるからこそ、その思いを受けた上で菖蒲は言う。二番機位置に銀子を置くのも、その信頼の表れだ。
「此処を護るってことはさ、そこに住んで守ってきた人も含まれるわよね」
銀子は、どのような介入があれど自分の敵はバグア軍だけなのだと告げる。
「‥‥ま、今回やることは変わらないんだけどね」
それでも、共に飛ぶ親友には伝えておきたい思いだ。サイファーのキャノピーの向こうで菖蒲が軽く手を挙げたように見えた。
それから――もう姿は見えないが、B班には誠がいる。
銀子は彼と幾度となく戦場を共にし、能力は折り紙付きだ。直近の依頼においても、同じ目的で足を運んでいた。
親近感を抱く彼もまた、北海道を知っている。
同じ班には同様にセラ。他にも皆、この地を知る知らないに関わらず、何らかの感情を抱くだろう。
大西四郎少将は既に亡く、誰に向かって言う言葉なのかはわからない。
だが――。
「あたしは、違う意味を込めてあの地に向かおう」
見えてきた陸地を見据え、銀色の狐は駆け抜ける。
一分一秒でも早く戦いを終わらせる。今はそれが最良の策と信じて。
「笑って、逢うために」
A班は周囲警戒方向を分担し、互いの死角を補う様に進む。
「空港上空に差し掛かりますね」
「北海道は‥‥本当に久しぶりです」
論子に頷く誠。骸龍の高感度カメラにて、函館空港を撮影していく。
「さて鬼が出るか、何が出るか‥‥」
誠機を中心にし、ラナのサイファー『βアギュセラ』は先頭を行く。
以前、仕事で助けてくれた誠。その実力は当然ながら信頼している。今度は自分がその彼の機体を護るのだ。
この北海道という土地に縁はない。ただ、人間やバグアの思惑が濃く絡み合うこの場所で、自分が何を尽くすことができるのか――。
「‥‥三年か」
呟くのは、誠機の横について護衛に入るフェンリルの敬介。
「長いのか短いのか。生き残った人は何を思ってたんだろうね」
ラナ同様、この土地に縁もない。そして思うところは余りない。だが、同じ国籍の地域が独立したことには、少し心穏やかではなかった。
もし自分が同じ境遇ならば、同じように振る舞ったかもしれない。
「――恨みや怒りでも、納得はできるよ」
「それは同情ですか‥‥?」
問う、ラナ。
「そんなところかな」
少し考え、敬介。
滑走路の状態は悪くなく、等間隔に対空砲が設置されている。管制塔周辺にはゴーレムが配備され、彼等はじっとこちらを見据えている。
「何もしてこないのが不気味ですね。こちらの出方を窺っているのか、敢えて動かないことで戦力を見せないようにしているのか‥‥」
苦笑する誠。
「機体隠すなら‥‥この近くか?」
ラナは空港の設備を記録していく。
元から空港にあった設備は残っており、バグアによって流用されている。格納庫についてはワーム用に新たに設置されていた。
滑走路で待機しているワームは、HWやゴーレム。格納庫の中にはタロスなどもいるかもしれない。ここにステアーが着陸していた状況からも考えると、この空港に存在するワームはどれもある程度の強化が施されている可能性がある。
空港周辺にはバグアの居住区のような建造物が乱立している。周辺に積雪はあるが、空港設備はその影響を受けていない。
そして得た情報を誠機に流し、空港の調査を終えたB班は五稜郭へと機首を向けた。
タイミングを合わせ、ブースト。少しでも時間の短縮を図りながら函館山へと向かったA班は、山中の拠点や発電所、道路といったインフラ関係を確認していた。
函館の街を一望でき、明治時代には要塞地帯であった函館山。バグアはここも利用しているようだ。
「アグリッパはなさそうね」
菖蒲が目を細める。
「敵です。皆さん、気をつけてください」
ふいに、星之丞。監視するかのように、函館山から離陸した数機のHWが高高度から見下ろしていた。護衛に徹するべく、星之丞機のやや上空をキープする銀子機。しかし敵は攻撃を加えてこない。こちらの動きを見ているのか。
山の周囲、離着陸できそうな場所を探し、セラ機は垂直離着陸を試みようとする。しかし、その瞬間に積雪が震えた。
「着陸はしないほうがいいわ」
すぐに菖蒲が止める。直後、地中から対空砲が顔を見せ火を噴いた。セラ機が咄嗟に回避すると、対空砲は地中にに消えていく。
「観光に来ただけでそんなに嫌わなくてもいいじゃないの」
菖蒲が眉を寄せ、セラが頷く。
「対空砲の反応もいいですし、かなりの数が埋まっていそうですね。発着場も多い‥‥。規模はかなりのものかと」
函館山はバグアの建造物が目立つ。通常の格納庫よりも巨大なものが点在し、キメラプラントらしき施設もある。調べられなかったが、地中からの対空砲があることから地下にも何かがあるだろう。
有事となればここから相当数の戦力が吐き出されるに違いない。
そして函館港西側から侵入し、星之丞機は港や国道などの現状を撮影していく。国道は使っていないようだ。港はバグアの施設と思われるものが海中から顔を出している。
菖蒲機はサイファーの大推力を活かしての急降下。ソナーブイを落としてすぐにそのエリアから抜ける。海中に地下施設へのアクセスルートが構築されていないか――。
「‥‥ありそう、ね」
口角を上げる。函館山や港周辺は、地下施設が広範囲に渡っているようだ。この一帯と空港が函館要塞の両翼に違いない。
函館駅周辺などには怪しいところはない。情報を纏めながら、星之丞は呟く。
「人々を巻き込まない形での奪還、そのためのキーを僕は見つけたい‥‥戦いは、覚悟を決めた僕達でやればいいものなんだから」
その言葉に、銀子が続いた。
「‥‥このまま基地だけ潰して終わる‥‥なら楽なのにね」
B班は函館競馬場を通過するが、そこには特に何もなく、五稜郭までの途中、目立つ施設や対空砲のようなものはなかった。
論子機がIRST調査を行ったが、激しい温度差の箇所もない。市内の特に被害を及ぼさないエリアに低空接近、地殻変化計測器を投下。特に異変はなく、大きな施設のない場所ではキメラプラント以外目立った存在がないことも確認した。
やがて五稜郭に接近したB班は、それ以上の調査ができなくなってしまう。
「これは‥‥かなりきっついね。ラナさん、大丈夫?」
敬介が眉間に皺を寄せる。
「‥‥大丈夫とは、言いにくいですね‥‥。ジャミングも激しいですし‥‥。どれほどの数の‥‥キューブワームがいるのでしょうか」
目視できる限りのそれを、ラナがざっと数える。激しい頭痛に、目を開けているのも辛いが――百は下らないだろう。
「これ以上は近づくなという警告のようですね」
誠機の逆探知機能も働かなくなっている。かなり危険な状態だ。無理して進めば、敵機の襲撃に気づく前に撃墜される。
遠方の五稜郭は静かに佇んでいた。タワーは破壊されてしまったのか存在しない。これほどの数のキューブワームが周囲にあることを考えると、あそこが要塞の要と考えてよさそうだ。
五稜郭から上空に数機のタロスが上がってきた。敬介機とラナ機、そして論子機が誠機を護るように若干前に出る。しかし、攻撃を仕掛けてくるわけではなかった。じっとこちらを見据えて威圧感を放つ。
「降下して地殻変動装置を設置したかったですが、難しそうですね?」
論子が誠に問う。
「対空砲はないですが‥‥この状況は危険です」
地上にもゴーレムたちが待機し始めていた。それに――誠の目は、何かを捉えている。
五稜郭の「壁」に――何かが、微かに見えた。
それを捉えているのは、誠だけではない。論子も、敬介も、そしてラナも。
あれは恐らく――。
「――メイズリフレクターの城壁」
B班は五稜郭に背を向け、函館山へと向かった。
函館港から戻ったA班と合流、互いの情報を確認する。A班は赤レンガ倉庫も確認していたが、そこにも何もなかった。
このまま再度山を抜け、津軽海峡で誠機と論子機、そして敬介機がソナーを投下。菖蒲機が函館港で得た情報とも照らし合わせ、港内以外に海中には特に施設はないことを確認する。もっとも、マンタワームなどは確認されたが。
全機が函館から離れ始めると、A班を追尾していたHWは函館山に消えていく。
「どうして彼等は攻撃してこなかったんでしょうか。いつでも‥‥撃墜しようと思えばできたでしょうに」
誠が言う。キューブワームによる頭痛は消えているが、それによる疲労感だけが残っている。
「特に隠密行動をしていたわけでもないので‥‥適宜迎撃に出てくると思ったのですが」
セラが見ている自機のレーダーには、追尾する敵の姿はもうどこにもない。
「まさか無傷で帰ることになろうとはね」
菖蒲が皮肉気に言う。
「必要といえる情報は得られましたが‥‥それを彼等はどう感じているのか」
情報を確認し、星之丞。
「何も感じていないかもしれないし、焦っているのかもしれないし」
敬介がメイズリフレクターの城壁を思い出し、苦笑する。
「ならば‥‥後者のほうがいいですね‥‥」
ふぅ、とラナが吐息を漏らす。
果たしてどちらであるのか――それは恐らく、函館攻略にかかるときに明らかになるのだろう。
今は得た情報を持ち帰る。それだけだ。
「三沢基地に戻りましょう。――何れ又です」
論子は函館――北海道へと一旦の別れを告げる。そして全機、振り返ることなく三沢へと向かっていく。
最後尾、銀狐が駆ける。
「一分一秒でも早く戦いを終わらせる。‥‥笑って、逢うために」
もう一度決意を新たにするように、銀子が呟いた。
――これは能力者達の知るところではないが、函館上空に現れたKVを確認したバグアは、その数の少なさに却って警戒を強めていた。
八機同時に行動していたなら迎撃しただろう。二機くらいずつに分散していた場合も、速やかに撃墜を目指しただろう。だが、四機ずつの二班。戦力が分散しながらも速やかな撃墜は不可能という状況が却って不気味で、ここで下手に攻撃に出ることは得策ではないと踏んだのだ。
そして、得も言われぬ焦りを抱いたまま決してKVには手を出さず、リリアン・ドースンへと要求する。
近日中の戦力増強を願う、と――。