タイトル:浮気の代償マスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/21 22:53

●オープニング本文


「やっと着いたわ! ほら、ジャック! とっとと鍵を開けなさいよ!」
 女は自分の別荘を嬉しそうに眺めると、金切り声で夫に命令した。
「わかってるよ、ステラ。今開けるから‥‥」
 ジャックは両手に抱えた荷物を置くと、鍵を取り出した。
 それほど大きくはない、だけれどとても水が澄み、周囲には童話の世界のような森が広がる湖。そのすぐ側に、二人の別荘はあった。
 ジャックは貿易会社の会長をしており、ステラは元秘書だ。五年前、結婚を期に秘書を辞めて会長夫人となったステラは、ジャックを顎でこき使っていた。まるで、ジャックにこき使われていた秘書時代の鬱憤を晴らすかのように。
 しかし、彼女がジャックをこき使う理由はそれだけではない。
 結婚式前日に、他の秘書との浮気が発覚したからだ。それ以来というもの、この夫婦の実権は完全にステラが握っていた。
 それでもジャックは女好きで、去年の休暇は仕事だと嘘をついて会社の受付嬢と旅行をしていた。もちろんそれも、ステラに知られて修羅場となったのは言うまでもない。
「去年は来られなかったから、今年はたっぷり休暇を楽しむわよ!」
 嫌味な笑みを浮かべ、ジャックをちらりと見た。ジャックは縮こまりながら扉の鍵を開ける。
「さ、入りましょう! まずは掃除をしなきゃね‥‥え?」
 ステラはジャックを押しのけて入ると、目を見開いて立ち尽くしてしまった。
「どうしたんだい?」
 ステラの様子に首を傾げながら、ジャックが覗き込む。そして、やはり同じように立ち尽くしてしまった。
「これは、一体――!」
 割れているガラス、倒れている家具、剥がれた壁紙、事前に人に頼んで持ち込んでおいてもらった食料や飲み物、この別荘内にある、ありとあらゆるものが足の踏み場もないほど散乱しているのだ。
「ど、泥棒かしら?」
「確認しよう」
 ジャックはステラの前に立つと、散乱する雑貨などの海を掻き分けて中に進んでいった。
 玄関ホール、リビング、ダイニングキッチン、ベッドルーム、ゲストルーム、トイレ、バス。それから納戸。
 その全てが、同じように悲惨な状態だった。
「何が起こっているんだ‥‥」
「そうだ、地下室は?」
 ステラが不安げに言う。二人は急いで地下室へと向かった。
 地下室へは玄関ホールの左手にある階段から行ける。懐中電灯を片手に降りていくと、何かがいる気配がした。がさがさと蠢く音もする。
「な、何者だ!」
 ジャックが声をひっくり返しながら懐中電灯を向けると、そこには女がいた。それも、かなりの美女だ。
「ジャックっ! あなたこんなところにも女を隠していたのね!」
 ステラはヒステリーを起こした。今にも女に掴みかかりそうな勢いだ。
「ち、違うよ、誤解だよ。俺はこんな女なんて知らない!」
「嘘! 信じないんだから! あら? まだ何か‥‥」
 ステラは目を凝らして女の横を見る。
「‥‥猫?」
 そこには、どこか虎に似た猫――らしきものが二匹いた。それにしてはひどく小さい。子猫だろうか。だが、鋭い牙が剥き出しになっている。子猫にあんな牙などあっただろうか。ステラは眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、すぐに物凄い形相になり、ジャックに掴みかかった。
「ひどい! あたしはあなたが猫アレルギーだから飼いたくても我慢してたのに! この女には猫を与えてるなんて!」
「ち、違う、誤解だ!」
「もういいわ! あんたなんか知らない! 帰る!」
 ステラはジャックに平手打ちを食らわすと、階段を駆け上り、そのままあっという間にいなくなってしまった。
「誤解なんだよう、ステラ‥‥」
 いくらジャックがそう言ったところで、前科がある以上は信じてもらえなくて当然だ。ジャックは肩を落とし、女に向き直った。
「おい、一体どういうつもりだ。君はどこから入った!」
 強い口調――ステラには決してできないが――で女を睨み付ける。すると女はステラにも負けないぐらいの金切り声を上げ、飛びかかってきた。
「う、うわあっ!」
 ジャックは慌てて女から逃れ、階段を駆け上がる。ばさばさと羽音がするので振り返ると、女が追いかけてきているではないか。その背には、羽があった。
「え? え?」
 パニックに陥っていると、今度は猫だ。猫が飛びかかってくる。
「違う! 猫なんかじゃない!」
 ジャックは気絶寸前だった。猫だと思ったそれは、ナイフプチャットというキメラだった。仕事の関係でキメラについての噂をよく聞くため、ジャックにはその猫がキメラだとすぐにわかったのだ。
「じゃあ、そっちはハーピーか!」
 血の気が下がる。そのまま気絶してしまいたい衝動に駆られた。だが、ここで倒れたら絶対に死んでしまう。
 ジャックは必死になって別荘から飛び出すと、喚きながら走った。

 少し走ったところで、ステラに追いついた。驚くステラに事情を話すと、彼女は冷ややかに笑った。
「ふん、そんな嘘、信じられないわね。本当だというなら、通報したら? で、キメラ退治してもらってよ。そうしたら信じてあげるし、許してあげるわよ。でも、どうせできっこないでしょう? いもしないキメラを退治してくれ、なんて通報」
「‥‥待ってろよ、今通報してくるからな。すぐに傭兵達がキメラを片付けてくれるからな!」
「はいはい。ああそうそう、キメラとやらがいなくなったら、ジャック、あなたが責任持って別荘の掃除をするのよ!」
 鼻息荒く言い返すジャックに、ステラはぴしゃりと言い捨てる。
「は‥‥はい‥‥」
 ジャックは項垂れ、通報するべくとぼとぼと歩き出した。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
伊佐美 希明(ga0214
21歳・♀・JG
高村・綺羅(ga2052
18歳・♀・GP
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
智久 百合歌(ga4980
25歳・♀・PN
斑鳩・八雲(ga8672
19歳・♂・AA
ジェイ・ガーランド(ga9899
24歳・♂・JG
ねいと(gb3329
12歳・♀・GP

●リプレイ本文


「ふむ、この別荘の立地は絶好‥‥となれば、キメラにとっても棲みやすい環境だったのでしょうか」
 斑鳩・八雲(ga8672)は、別荘周辺に広がる風景に目を細めた。
「今の時代にも別荘とか持って悠々と生きている人達がいるんだね‥‥。一体どうなっているんだろう? この世界は」
 でも今は仕事をこなすだけ。キメラは綺羅達の敵なんだから――高村・綺羅(ga2052)はそうひとりごちる。
「しかし、別荘でバカンスたぁ、気楽なもんさね。‥‥まっ、あたしら傭兵は、依頼された仕事をこなすだけだけどさ」
 伊佐美 希明(ga0214)が呆れ顔で言った。ジャックは複雑な表情で鍵を渡す。智久 百合歌(ga4980)が彼に歩み寄り、にっこりと微笑んだ。
「散らかさないようにしますけど――いっそのこと、盛大に掃除させるくらいで良いんじゃない? と思う私は鬼ですか?」
 べふっ! ジャックが激しくむせ返った。鬼じゃないよと誰かが言う。
「まあ、浮気云々はともかくとして。キメラは退治せねばなりますまい」
「浮気が男の甲斐性と言われた時代もあるとはいえ‥‥何ともな。ともあれ被害が広がらないよう迅速、確実に行こう」
 ジェイ・ガーランド(ga9899)と白鐘剣一郎(ga0184)はそれ以上何も言わず、ちらりとジャックを見た。その時、元気な声が響き渡った。
「傭兵になって初めてのお仕事! がんばろっ!」
 ねいと(gb3329)が気合いを入れる。頭に載っているオモチャの猫耳がピコピコ動いたように見えた。
「今回が初任務のねいとです! 日本語の平仮名三つで『ねいと』です! 宜しくです!」
 そしてぺこりと頭を下げる。ジャックもつられて頭を下げた。
「せっかくのお休みが台無しになっちゃうなんて可愛そうだもん、ボク力になるね。ジャックさんの別荘で、宇宙怪獣をやっつけるよ!」
 そして潮彩 ろまん(ga3425)がそう言うと、ジャックは再びむせ返ってしまった。


 四班に分かれ、まず庭から建物内部の様子を確認する。ジャックは庭の隅から皆を見守っていた。その時、ガレージに高級車が到着し、女性が険しい顔つきで降りてくる。ステラだ。彼女はジャックに歩み寄り、やがてこちらをじっと見つめ始めた。
「わー、足を引っ張らないように頑張るので、宜しくお願いします!」
 B班のねいとは、コンビを組む剣一郎にやや緊張気味に言った。剣一郎は「こちらこそ宜しく」と言うと、窓からベッドルームを覗き込んだ。キングサイズのベッドは、シーツや枕が切り裂かれ、アンティークのランプは床で無惨な姿に成り果てている。これは酷い、と目を逸らしかけた時、二人の視界の端を何かが通り過ぎていった。
「ナイフプチャット!」
 ねいとと剣一郎は顔を見合わせた。

 C班の綺羅と百合歌は事前に入手していた別荘の見取図を見ながら、内部の配置や間取りの確認をしていた。窓から中を覗き込み、実際の状況と敵の位置把握を徹底する。
「ふむ‥‥相当荒れてる?」
 百合歌はリビングを見て呟いた。食器などが散乱し、テーブルは破壊されている。ソファはボロボロ、絨毯には黒い染みがあちこちについており、ワインのボトルが割れて散乱していた。
「ボトルを転がして遊んでいたのかもしれないね‥‥」
 綺羅は自分の部屋に同居している子猫のキララを思い出す。百合歌が納得したように頷いた。
「なるほど?」
「そう、きっとあんな感じに‥‥あっ」
「‥‥あっ」
 二人は顔を見合わせる。ソファの脇で、ナイフプチャットがワインボトルを転がしていた。

 D班のろまんはジャックに、見かけたものについて詳しく聞いてから、建物外部の探索を始めていた。羽根のある女に、変な子猫。やはり宇宙怪獣に違いない、そう確信した。
「早く悪い宇宙怪獣やっつけて、あの二人にゆっくりお休み楽しんで貰いたいよね」
 うんうんと頷きながら、そっと窓から中の様子を確かめる。玄関ホールが見渡せた。
「こうしていると、なんか泥棒さんにでもなった気分だよね」
 ろまんは中からこちらを見ている女性に向かって、にっこりと笑顔を向ける。
「ん?」
 今の、誰? 首を傾げていると、隠密潜行を使って窓から内部を一通り確認しに行っていたジェイが戻ってきた。
「一通り見て参りました。あとは玄関ホールだけです。‥‥取り敢えず、私の見てきた範囲で御座いますが」
 ジェイは、他の班が発見したナイフプチャットのことなどを説明する。
「ハーピーはまだ見つかっておりませぬゆえ」
「中に女の人、いたよ?」
「‥‥は?」
 ジェイは玄関ホールを窓から覗き込んだ。女性がこちらを凝視している。しかも羽根があった。その女性は暫くジェイと見つめ合った後、慌てて地下室方面へと飛び去って行ってしまった。
「ハーピー、で御座いますね」
 ジェイがぽつりと呟いた。

「なるほど」
 庭を一通り調べたA班の希明は、皆からの探査情報に頷く。リビング、ベッドルーム、玄関ホールから地下。その三カ所でキメラが確認された。外で待機することになる斑鳩と希明は、どの窓がどの部屋のものなのか、見取図と合わせて再確認する。
「窓と扉以外にキメラが外へ出られそうな場所はありませんでしたから、万一の時は確実に僕達で食い止めましょう。ゲストルームの窓が割れているのを見かけました。恐らくあそこから入ったと思われます」
 斑鳩は見取図の該当する窓を指差した。
「絶好の立地といい、割れたままの窓から逃げていかないことといい、キメラにとって余程この別荘は居心地が良いんでしょうね」
「贅沢なキメラだ。了解、万一の時は確実に。でも何もなければそれで良し。私達はあくまでも保険さね」


 鍵を開け、A班以外が別荘の中に入る。
「わ、台風でも通ったかのようですねぇ?」
 ねいとが思わず声を上げた。かなり足場が悪いが、土足文化なのが幸いして靴を脱ぐ必要がないため、散乱したガラスなどで足を傷つける心配もなかった。土足で上がり込むことを内心申し訳なく思っていたろまんは安堵する。
 玄関ホールには何もいない。キメラは移動していないのかもしれない。まず、玄関ホールと各部屋などを繋ぐ扉を素早く閉めていく。
「個人的には依頼主に同情は皆無なのだけど。それはそれ、これはこれ。キメラはキメラだものね。拙い場所に入り込んだと諦めて貰いましょ」
 百合歌がどこか冷ややかな口調で言ったのを合図にするかのように、行動を開始した。

 B班はまずゲストルームを調べたが、何もいない。そしてベッドルームへ。先ほど見かけたナイフプチャットがいる可能性が高い。剣一郎とねいとは部屋に入ると素早く扉を閉め、内部の探索を始めた。
「立派な別荘ですよねー?」
 ねいとは明らかに高価そうな装飾品を見て言った。しかしどれも破壊されている。
「キメラの破壊っぷりも立派だな。ある意味見事だ」
 剣一郎は肩をすくめた。二人は慎重にテーブルやベッドの下、家具の上など、普段猫がいそうな場所にも注意を払っていく。やがて、目的の存在はドレッサーの後ろから現れると、ねいとに飛びかかってくる。ねいとが間一髪かわすと、敵は方向転換し、窓へと向かい始めた。逃げようとしているのだ。
「見た目可愛いのに、なんて凶暴っ! こら! まちなさーい!」
 ねいとが疾風脚で進路を妨害しながら斬る。脇腹をえぐられた敵は再び飛びかかってきた。ねいとは今度はかわそうとはせず、正面から斬り付ける。すると敵は、今度は別の窓へと向かった。しかしその動きを読んでいた剣一郎が先回りすると、牙を剥き出しにして飛びかかってきた。
「甘い。天都神影流・流風閃」
 剣一郎は流れるような円の動きで攻撃をかわすように、月詠を一閃させ敵を薙ぎ斬った。鋭い攻撃が入る。ひゅうっ、と牙の奥から息がもれ、ナイフプチャットは動かなくなった。

 C班はリビングに突入した。すぐに扉を閉め、閉鎖空間にする。ワインボトルを転がしていたナイフプチャットは大慌てで駆けずり回る。攻撃のタイミングを探しているようだ。キッチン側へ追い詰めるような形で二人は動き、飛びついてくる敵の攻撃をかわしていった。キッチンへの扉は閉まっていたので、そちらに逃げ込まれることもなさそうだ。攻撃をかわして追い詰めながら二人は斬り込んでいくが、足場が悪い上に素早く駆け続ける敵に、なかなか致命的なダメージを与えられない。
 綺羅は動きを止め、敵の動きに集中した。外には絶対に行かせない、仲間も守ってみせる、その思いが膨れあがる。一切言葉を発することなく、ただじっと敵が向かってくるのを待つ。百合歌は綺羅の隣に駆け寄り、同じように身構えた。そして、敵は二人めがけて飛びかかってきた。
 百合歌はメロディーを口ずさみながら、リズムに合わせて動いた。足を狙い、その側面から腹部にかけて渾身の一撃を打ち込んだ。続けざまに綺羅が瞬即撃を叩き込む。アーミーナイフを敵に突き刺してそのまま床に固定する。
「おやすみなさい、子猫ちゃん」
 言いながら、百合歌がとどめを刺した。

 D班は地下室へと向かっていた。地下への階段は、一段下りるごとに暗さを増していく。ジェイはランタンを片手に、そしてもう片方の手に小銃を構え、先に降りていく。ひどくゆっくりと、一段一段確実に。他の二班からは既にキメラ発見の連絡が入り、戦闘の音も聞こえてくる。だが焦りは禁物だ。
「ろまん君、足下にはお気をつけ下さいませ」
 こまめに振り返っては、その都度ろまんの足下を照らす。ろまんも懐中電灯を取り出し、慎重にジェイの後に続いた。
「暗いから注意しなくちゃね‥‥あっ、何か動いた」
 あと数段というところまで来た時、ろまんが声を上げて懐中電灯を動かした。奥のほうに女の顔が浮かび上がる。背中には羽根、ハーピーだ。
「宇宙怪獣覚悟!」
 ろまんは一気に駆け下りると瞬天速で距離を詰め、そのまま胸元に月詠を突き立てる。ハーピーは喚きながら飛び上がるが、それを押さえつけるように再び斬り付けると、後ろからジェイの援護射撃がくる。弾は敵の左翼に命中した。ジェイはもう一度狙いを定める。
「一発必中一撃必殺、逃がさん!」
 そして威力を上昇させた弾を、急所を狙って撃ち込んだ。ハーピーは悲鳴を上げるが、やがてそれも弱々しくなり、ついに動かなくなった。
「やったね!」
「順調に行きましたね」
 二人が頷きあっていると、後ろからねいとの歓声が上がった。
「なるほど、そういう動き方もあるんだ‥‥」
 ナイフプチャットを倒した彼女は、援護するべくここへ来ていた。そして先輩グラップラーのろまんの動きに目が釘付けになっていたのだ。ここへ来る前に、綺羅の戦闘スタイルもしっかり見てきていた。
「参考になったみたいで嬉しいよ!」
 ろまんが笑顔を浮かべた。
「では、キメラは全て撃破、ということで御座いますね」
 ジェイは頷きながら、外で待機している斑鳩と希明に連絡した。

「終わったようですね」
 斑鳩と希明は通信を受けると頷いた。常に中の様子には耳を澄ませ、油断しないように努めていた。常に遭遇や戦闘の状況は無線で連絡を取り合っていたが、ハーピー撃破の報を受け、ようやく警戒を解くことができた。軽い疲労感が二人を襲う。
 あとは、ステラだ。二人はキメラの遺体を回収し、彼女に状況を説明する。彼女は思ったよりも素直に聞き入れ、ようやくジャックを許した。
「狼少年、といった趣ですねぇ。やはり、素行の問題なのでしょうか?」
 斑鳩がジャックを見て苦笑する。ジャックは俯いた。
「‥‥『狼少年』って話、知ってるよね? ステラが信じてくれなくても仕方ないさ。身から出た錆って奴だ。これに懲りたら、もっと誠実に、奥さんを大事にするんだぜ。今のご時世、愛するべき人が生きているだけで、幸せなんだから」
 希明はジャックに説教を始めた。厳しく、そして最後はとても静かに。父と兄達の顔が心に浮かぶ。斑鳩が穏やかな眼差しを希明に向け、そのままジャックへと向ける。
「いずれにせよ、仲が良いのに越したことはありませんからね‥‥。これを機に、多少は何かが変わる、かもしれませんよ」
「はい‥‥。頑張ります。さ‥‥掃除、するか‥‥」
 ジャックは頷くと、とぼとぼと玄関に向かって歩き始めた。その時、別荘から百合歌が出てきて、ジャックに言った。
「お掃除は自業自得だと思うけど、ワインくれるなら手伝うわよ?」
 それはとても美しい笑顔で。


 全員でジャックの掃除を手伝っていた。もちろん、全員にワインが配られたのは言うまでもない。ジャックは「ありがとうございます」とひたすら低姿勢だ。
「依頼料の割には楽な仕事だったからね。これはサービスさ」
「そうですよ!」
 希明が床を拭き、ねいとが倒れた椅子を起こしながら言う。
「綺羅も、これくらいのサービスは平気だから」
 散乱する食器を集め、綺羅も頷いた。
 壮絶な状態だった別荘も、数時間後には随分と綺麗になった。
「ジャックさん、女の人と猫の対処無事に終わったから、もう安心だよ!」
 掃除が終わると、ろまんがパタパタとジャックとステラに駆け寄り、二人の仲がややこしくなるようなことを無意識に言う。あっ、と皆が息を呑むが、ステラはもう怒ったりはしなかった。
「じゃあ、和食でも作ろうか。男は単純だからさ、美味い料理を作ってやればさ、早く帰ってくるし、浮気もしないって。‥‥頑張んなよ、ステラさん」
 希明がキッチンに立ってぶっきらぼうに言うと、ステラは照れ臭そうに笑った。
「皆さん、本当にありがとうございました。これで彼女とまたやっていけそうです」
 涙目になりながら、ジャックがステラの肩を抱き寄せた。
「もう何かが変わり始めているようですね。仲良くやっていって下さいね」
 斑鳩が微笑む。
「浮気など二度と考えるんじゃないぞ。そうすれば、こんなことにもならないはずだ」
 剣一郎がびしっと言う。ジャックは「肝に銘じます」と笑った。
 その時、電話が鳴った。ジャックが電話に出ようとすると、ステラがそれを制して受話器を取り、涼やかな声で応対した。
 最初は笑顔だったステラだが、相手と話す内にどんどんその顔色を変えていく。やがて乱暴に電話を切ると、激しくジャックにつかみかかった。
「誰よ、イザベラって」
「えっ」
「こほん、『会社に電話したら別荘に行ってるって教えてくれたから電話したんだけど。あんたお手伝いさん? ジャックに代わってよ』――って言われたわぁ」
 ステラは声色を変えて早口に捲し立てた。今度はジャックの顔色が変わっていった。ぱん、と乾いた音が響く。ステラの平手打ちが炸裂した。ぱぱぱぱん。連続だ。能力者達はそれを呆れ気味に眺めていた。
「‥‥浮気など、するものでは御座いませんねえ‥‥」
 そう呟き、一人頷く彼女持ちのジェイ。
 ステラの平手打ちは、いつ果てるともなく続いていった。