タイトル:【CO】華と散るマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/27 03:43

●オープニング本文



 ――アフリカ某所。
 静かに揺れる湖面を見つめながら、プロトスクエア青龍・ヴィクトリアは部下からの報告に耳を傾けていた。
 既に崩壊した停戦ライン、そこから千キロほどの位置にあるスーダンのジュバという都市。そこが、人類によって陥落寸前だというのだ。他に、コンゴのキンシャサやカヘンバへの侵攻も耳に入ってきている。
 だが、少女は眉一つ動かさない。主であるピエトロ・バリウスが宣戦布告をしたことで、当然のように人類が雪崩れ込んでくるのは予測がついていた。
 ヴィクトリアはそれを静観している。
 かつて人類側が展開した作戦時には、その姿を自ら見せにいくことが多かった。しかし今はやや離れたところから見据えている。とは言え、宣戦布告時には停戦ラインへの出撃を果たしてはいるが――。
「ジュバは陥落するんだろうなぁ」
 ヴィクトリアは平然と言ってのけ、微かに笑む。陥落することを特にどうとも思っていないようだ。
「しかし、あそこはここからかなり近い。落とされればきっと軍は拠点を築くでしょう。そうなるとここにも――」
「だから、なに? だったら迎え撃つだけでしょ」
 部下の言葉を、ヴィクトリアは軽くあしらう。
「もし陥落しなければ、あそこを預かる彼女を褒めてあげればいいだけ。‥‥まあ、八割方陥落すると思ってるけど。‥‥私、敵の力を過小評価も過大評価もするつもりはないもの。それは、実際にこれまで人間と戦ってきて、実感したこと」
 喪ったものの大きさを考えながら、ゆるりと言葉を紡ぐ。
 それにジュバは内陸ということもあり、ガードの緩い場所だ。要塞があるわけでもない。ここを陥落できないようであれば、それこそ人類はアフリカバグアの敵ではないだろう。あそこを預かるヨリシロの女も、それは理解しているはずだ。
 ――あの女はきっと、華々しく散ることを選ぶ。
 それはヴィクトリアにとって好きな部類の性格だ。そういう存在が散ってしまうのは惜しいが、手助けをするつもりはない。これはあの街の攻防のことであり、手を出すことは彼女のプライドを引き裂くだけだろう。
「それより、あの子の調整は終わったの?」
 ヴィクトリアは湖面から視線を離し、部下に向き直る。
「はい。もういつでも飛べます」
 部下が頷くと、ヴィクトリアは静かに口角を上げて格納庫へと向かっていく。
 格納庫で待っていたのは、青のタロス・ブルーバード。
 そしてもう一機――。
「‥‥あぁ、綺麗よ‥‥ブルースカイ」
 ヴィクトリアはうっとりとそのボディに指を這わせる。青く滑らかな質感、ブルーバードによく似た姿。しかし、ブルーバードよりも遥かに性能の高い機体。
 ――ティターン。
「ごめんなさいね、ブルーバード。おじさまのため、アフリカのために‥‥私にはもっと力が必要なの。ゲルちゃんやエルちゃんのためにも、私は‥‥斃れるわけにはいかないの」
 タロスにそっと頬を寄せ、「時々、お空のお散歩に行こうね」と囁きかける。
「ちょっと試運転してくるわ。帰ってくる頃にはジュバが陥落してそうね」
 そう言ってヴィクトリアはティターン・ブルースカイへと搭乗し、ゆるりと飛び立っていった。


 ピエトロ・バリウスによる宣戦布告後、人類はその歩を停戦ライン以南へと進めていた。
 大陸から、大西洋から。じわじわと、バグアの領域に足を踏み入れていく。
 じわじわと、しかしその勢いは強く、これから本格的にバグアへの反撃をするのだということを物語っていた。
 それを示すかのように、コンゴにおけるキンシャサ及びカヘンバへの侵攻作戦とほぼ時を同じくして、スーダン南部にあるジュバへの侵攻作戦も開始されていた。ここを制圧、奪還したあとは、今後の拠点のひとつとする予定だ。
 このスーダン付近は友軍によってある程度のバグア掃討が済んでいる。軍はジュバに北側から押し込み、その両翼を広げて街を抱擁するに至っていた。
 ジュバは内陸部で警戒が弱かったのか、要塞化はされていない。ワームの類もほとんどないが、逆に強化人間の姿が多くみられ、彼等はサイボーグ化されている。やはり機械の部位を持つキメラも街を根城にしており、元の住民たちの姿はどこにもない。
 街は、緊張の色に覆い尽くされていた。緊張しているのは人類側ではなく、この街を支配する者達。街の南端にある塔に彼等はおり、そこから眼下の様子を見つめていた。
 既に街の北部は人類側が制圧しており、その波が塔まで到達するのも時間の問題だ。しかし、塔にいる者達は動こうとはしない。今なら逃げることができるだろうに。
「‥‥逃げるつもりはないということか?」
 指揮官が双眼鏡で塔を見上げて呟く。最上階の窓から見下ろす女は艶然として、軽く手招きをする。
 ――あがっておいで、アタシが相手になってやるよ。
 薄紫のルージュで彩られた唇が動く。
 だが、逃げるのはアタシの性に合わない。負け戦とわかっていても、真正面からぶつかって果てる方がいい。そう言わんばかりの表情で、ただじっと見下ろしている。
 ここまで攻め入る際に、強化人間達から聞き出した情報によれば、街を支配するのはヨリシロの女であり、その側近として二名のサイボーグ強化人間がいるらしい。
 円柱形の塔は極端に高いと言うわけではなく、直径約十五メートル、地上四十メートルほどのものだ。内部にはエレベーターと階段で繋がる五層のフロア。その最上階に女がいる。だが、そこまでのフロアには当然のようにキメラが放たれているだろう。
 上まで駆け抜けるには、キメラの歓迎を受けなければならない。
 支配者を打ち倒すには、二名のサイボーグと対峙しなければならない。
「精鋭部隊を編成して乗り込むしかない、か」
 指揮官は呟き、ざっと周囲を見渡して次々に指名していく。能力者軍人、そして傭兵。
 二部隊編成で、能力者軍人はキメラを対処、そして傭兵たちはその隙に最上階を目指すことになった。

 未だ、女は手招きをする。
「華々しく散るほうがいい。たとえ誰もアタシのことを知らなくても、記憶に残らなくても。無様な姿は、嫌いさね」
 ここに攻め入ってきた人間達の勢いは激しく、強い。そんな強い相手に斃されるなら、それもいいだろう。
 ここで無様に逃げ出してどこかで前線に放り込まれるより、自分が支配した街で果てるほうがいい。それは部下である男達も同様だ。
「こんなことなら、どちらかと良い関係にでもなっておけばよかったかねぇ」
 くすくすと男達を見る。いい男だ、アタシ好みの――。
「さあ、早くここまでおいで。アタシはどこにも行かないからさ――」
 そして女は髪をかき上げ、窓から入る風に目を細めた。

●参加者一覧

狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
鳳 勇(gc4096
24歳・♂・GD
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
ユメ=L=ブルックリン(gc4492
21歳・♀・GP
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
フェイル・イクス(gc7628
22歳・♀・DF

●リプレイ本文

 赤道に近いここは気温が高く、誰もが武器を持つ手に汗が滲む。
「今回は宜しくお願いします、なのさねっ」
 塔に入る全ての者達に挨拶をするリズィー・ヴェクサー(gc6599)に、狐月 銀子(gb2552)は、目を細めた。
 この地で見せるリズィーの想いは、量ることができないほど強い。そんな彼女を「守ってあげる」なんて失礼にあたるだろう。
 ただ、力になってあげたいという想いは抱く。
 助けて貰った恩もある。ただ、その恩によるものだけではない。
「君の目指す道はきっと、どんな道より険しいわよ。あたしは‥‥素敵だと思うけどね」
 その声はリズィーに届く。
 リズィーは超機械「ビスクドール」のメリッサを抱き締め、信頼の意を込めて銀子に微笑んだ。
 ――そして一同は塔へと。階段で上を目指す
「軍人の方々には申し訳ないが、露払いは頼むとしようか。その代わり、しっかりと頭を潰してくるからな」
 鳳 勇(gc4096)が言う。
「出来る限り力を温存したい。‥‥しかし、たどり着くのが遅れるというのはナンセンスだからな」
 軍人達は了解しキメラと対峙、勇も小銃「S−02」に持ち替えて援護を。
「ベテランの皆さんに敵わなくとも、これでも能力者の端くれです。倒せずとも陽動ぐらいは遣り遂げて見せましょう」
 小銃「S−01」で援護しながら、フェイル・イクス(gc7628)。
「頑張って、メリッサ!」
 リズィーは後方から、キメラへと電撃を飛ばす。
「サイボーグ、が、いる、らしい‥‥?」
 罠などに警戒しながら、キメラを潰して進むユメ=L=ブルックリン(gc4492)。
 ――私も、いっそ、サイボーグ、の、方が、よかった、かも‥‥。
 一瞬だけ、義肢が疼いた気がする。
「皆さーん、お仕事頑張って下さいねー」
 ジョシュア・キルストン(gc4215)は、軍人達に手を振る。
「役割分担って知ってますか? 皆さんはザコの相手でもしていて下さい。ヤバそうな相手はこっちで何とかしますから♪」
 変わらない調子の相棒に、那月 ケイ(gc4469)は軽く息を吐く。
「俺達は俺達のやるべきことをやろう」
「もちろんですよ♪ 早くお目当ての女性に会いに行きませんとね」
 二人は頷き合い、先を急ぐ。各フロアごとに回復を交え、時には援護に入りながら。
 四階ではケイの指示でガーディアン達が仁王咆哮、キメラ達が彼等に向かっていき階段への道が開ける。
「順調に、アフリカ開放へと向かっています‥‥ね」
 御鑑 藍(gc1485)は実感の呟きを漏らす。軍人にエレベーターに倒したキメラを詰めて五階に向かう操作を願いながら。
「互いの幸運を‥‥!」
 そしてリズィーが軍人達に告げ、勇が先頭で盾を構え、皆は階段で五階へと向かった。

 静かに五階へと足を踏み入れる。状況を先見の目で皆に伝達するリズィー。
 女は嬉しそうに笑みを浮かべ、能力者達の到着を待っていた。
「動じないんだな、この状況でも」
 ケイは息を呑む。
「逃げる気はない様ですね。引く位ならココで‥‥という方なのかな? バグアには比較的にその傾向、プライドの逆さ‥‥なのか、それとも潔さ‥‥なのかもしれませんね」
 藍が言う。ケイは頷き、思考する。
 ――同じ状況で、俺はあんなに堂々としていられるだろうか‥‥?
 あんなにも、静かで堂々と――。
 つらつらと巡らせていると、その思考を吹き飛ばすように相棒の声。
「お招き感謝します。念のため確認しますが、戦うんですよね?」
 まずは挨拶を投げるジョシュア。恐らく、相手がいきなり襲ってくることはないだろう。
「もちろんさね。でも、戦う前に言っておきたいことがある」
 女は頷きながら口を開く。
「警戒してるだろうけど、アタシは限界突破とかは使わない。拍子抜けしたとか思われてもいいさね。でも、アタシは最期くらい自分の力だけで勝負したい」
 饒舌に、フロアに響く声。
「それを使うバグアを否定するわけじゃない。ただ‥‥アタシのヨリシロとなったこの女は、そうやって最期までアタシと戦ったんだ。だから、アタシもね」
 どこか愛おしげに、自分の身体を抱き締める。
「これがアタシの誇り。そして、この街を最期まで護るのが――アタシの使命」
 そこまで言い終えると、銀子が一歩前に出た。
「誇り、使命? アンタの掲げる物の下に列ねた名を示しなさい」
 凛として、言う。
 司令としての役目、それとも彼女自身の意地――?
 ただ、堂々とした姿に覚悟は伝わる。
 ――決して、矛を引けとは言えない相手であると。
「互いの正義を賭け合う相手に、アンタ‥‥呼ばわりじゃ、ね?」
 銀子は笑む。
「――グロリア・ローゼンバーグ」
「覚えたわ、グロリア。あたしは、銀子。狐月 銀子」
 素直に名乗ったグロリアへと、銀子も名乗り、応える。
 それが戦う者の最低限の礼儀――。
「銀子、ね。アタシの『命』に、その名を刻ませてもらった。アタシの名も、アンタに刻んでくれるかい?」
 グロリアは銀子の心臓付近を指さす。
 銀子はじっとグロリアを見つめる。
 名を問うたのは、自らが奪い、終わらせる命を忘れぬように。
 ――刻むわ、グロリア。
 銀子の眼差しがそう語る。
 そして、グロリアの後ろに控えていた男達が――前に、出た。
 その刹那、リズィーがメリッサの電磁波を長髪の男へと向ける。誘われたと理解した男は、迷わずリズィーのほうへ。再度、メリッサ。男は防御態勢に入る。
 長髪の男には、藍、勇、リズィー。
 短髪の男には、銀子、ユメ、フェイル。
 それぞれが、静かに対峙する。
「アタシはアンタ達だね」
 グロリアはジョシュアとケイを見て、右手に持った鞭で床を弾く。
「そうですか。女性とは戦いたくなかったのですが、残念です」
 ジョシュアはケイを見る。駆け出しの頃からの、相棒。互いの呼吸はよくわかっている。
 グロリアは自分と相棒だけで倒せる相手ではないだろう。時間が稼げればいい。
「いつも通り、お互い死なない程度に無茶と行きましょうか」
「もちろんだ。――行くぜ、相棒ッ」
 頷くケイ、その声は仁王咆哮と共に。

「こういう状況だ、逃がしはしない。ここで朽ち果てるその運命、嘆くなよ」
 自身障壁を発動、勇は長髪の男の正面に躍り出る。驟雨を一閃、男の肩口を掠めていく。
 男は上体を反らして逃れ、次の手を待つ。
「接近戦が得意な様ですね‥‥」
 藍は男の視点を、視線を、追う。
 男は勇の脇腹へと膝を入れるが、それをスキュータムが受け止めた。直後、藍の影から遊撃のメリッサ。男が舌打ちすると、リズィーは機械の陰に隠れた。
「逃げるが勝ちなのよ〜」
 んべ、と軽く舌を出すリズィー。男は苛立ちを見せる。そこに再度、勇の驟雨。
 その一瞬のタイミングを見計らい、藍が死角から間合いに入り込む。鋭刃を乗せた翠閃が肩を裂く。
 リズィーは周囲をざっと見る。男達が自爆を計らないか、短髪の射線がどこへ向くか。今のところ、不利な状況はなさそうだ。

 高速機動を連続で使用し、ジョシュアはグロリアの間合いで立ち回る。
 首に絡みつこうとする鞭を回転舞で飛び退れば、足下を絡め取ろうと追いすがる。ギリギリの間合いを保ち、回避し続ける。攻撃に転じる隙はない。
 グロリアは鞭を持たぬ手で剣を一閃、ケイが割り込んでプロテクトシールドで受ける。
「ちょこまかと面倒臭い男達だねぇ」
 グロリアが呆れる。
「お嫌いですか?」
「面倒なことが嫌いなだけさね」
 肩を竦めるジョシュア、けらけらと笑うグロリア。

 竜の翼で駆け、跳躍する銀子。グロリアや長髪の射程から外れ、もう一度の竜の翼。短髪の男の後方へと抜けた。
 阻止しようとする男へと、フェイルの小銃「S−01」による銃弾。
 銀子と同時に駆ける、ユメ。竜の翼と瞬天速による接近に、男は迷いを見せた。
 機械拳「クルセイド」が男の腹部へとねじ込まれる。前のめりになった男は、無理矢理にユメへと銃を向ける。
 だが間合いを詰めてきていたフェイルの銃弾が左臑を弾く。
「無理に奇をてらうのは二流です。本当の強者は確実なことを着実にこなしてきます。だからこそ厄介で手強いのです。さあ、あなたはどんな声で鳴いてくれるのかしら?」
 両手のS−01と共に舞う。男は「鳴いてなどやらねぇ」と、フェイルの右の銃口へと薬莢をねじ込んだ。フェイルは微かに眉を寄せ、再度支援に徹するために数歩下がる。
 男は銃をユメへと向ければ、ユメが左腕を銃口付近に押し出す。手足が吹っ飛ぶくらいは構わない。
 ユメの左腕を掠める銃弾、クルメタルP−56を向けるユメ。至近距離からの発砲は、男の硬質な鎖骨を削る。それをじっと観察し、問う。
「サイボーグって、どんな、感じ‥‥?」
「お前も似たようなもんだろ」
 からかうように笑う男。ユメは男を凝視する。
 そして男は再度銃口を向けるが、そこに竜の咆哮を乗せたクルセイド――。
 男の肋骨が崩れる。追い打ちをかけるように、フェイルの銃弾が二発。
 そして――ユメが、地を蹴った。
 男はダメージを気にせずにユメへと銃口を向ける。
 一瞬、ユメは思考する。
 残りの練力では、限界突破と先手必勝の双方を使うことはできない。
 この状況では、先手を取らないと敵の銃に抱かれてしまう。
 そして――先手を取ったユメは、義手を男の顔面に押しつける。
「私も、いっそ、貴方達、みたいに、なれば、よか‥‥った‥‥!」
 ――たった一度の銃声。
「‥‥生きてるねぇ、お前」
 男が意味深に言いながら倒れてゆく。彼がまっすぐに見ているのは、ユメのぎらつく左目だった。

 生体部分を狙ったメリッサの電撃に、長髪は苛立ちを隠せなかった。さらにはやたらと掠めていく勇の刃、その脇から出される藍の一閃。
 苛立ちは攻撃を狂わせる。左脚での回し蹴りは、弾き落としを発動した勇に左へ受け流される。
 空振りの左脚、がら空きになった脇腹に今度は勇の右脚が。SESを装備しない脚がダメージを与えるとは思えないが、冷静さを失っていた相手には充分だ。男は咄嗟に回避し、体勢を崩す。
「こちらも仲間の援護に行かなければいけないのだ。そろそろ倒れて貰わないと、困るんでね!」
 勇がそう言った瞬間、男の視界に翠閃の切っ先。
 鋭刃が確実に喉を捉え――。
「‥‥どれほど強くても、ここに攻撃が入ったら‥‥」
 そっと瞼を伏せる藍、倒れる男。
 しかし、刃は喉の奥、微かな機械部で止まっていた。こんなところまで――藍は思う。
 男は声にならない声で告げる。
「――お前等になら、倒されても悔いはない」

 そして全員と対峙するグロリアは、本当に嬉しそうに鞭を振るう。
 射程は三メートル、後方からユメやフェイルが放つ弾丸を弾き返すように空を切る。
 迅雷でその下をくぐり抜け、ジョシュア。二刀小太刀「瑶林瓊樹」を下段から撫でつける。反転、グロリア。ジョシュアは飛び退るが、もう一度しなる鞭。今度はケイ。盾で絡め取るように前に出て、グロリアの行動を一瞬送らせる。
 グロリアは鞭を投げ捨て、壁に掛けてあった巨大な槍に持ち替えた。突進、腰を落として薙ぎ払う。二度、三度。
 深く抉られて膝を突く者達、治療に入るケイとリズィー。目を付けたグロリアは槍先を流し、治療を阻止しようとする。だが、最初に狙われたリズィーに槍先は届かない。
 竜の翼で入った銀子が、それを腹で受け止めていた。エネルギーガンを手にし、トリガーを。槍ごと、グロリアは後退。リズィーが銀子を癒す。
 ユメとフェイルの援護射撃が槍の柄をなぞるように駆ける。左肩に連続で着弾、グロリアは槍を右手で旋回させ、間合いに入り込めないようにする。その槍先を盾で撫で抑えるように勇とケイが接近、一瞬だけ槍が上に弾かれた瞬間にケイが掲げた盾がグロリアの視界を塞ぎ――そこが起点となる。
 ケイという死角から、ジョシュアの瑶林瓊樹。次いで銀子の拳が腰骨を穿つ。
 両脇から――勇と藍。
「一撃でも構わない、ここで突き込む!」
 その勇の声に反応したグロリア、反射的に槍を突き出すが盾に弾き返される。
「チェェェェストォォォ!」
 そして勇はグロリアの胸へと紅蓮衝撃――驟雨。
 さらに続く、藍の真燕貫突――翠閃の二連撃。
 雨のように散る赤い華と、グロリアが浮かべる笑み。
 乾いた音を立てて槍が落ち、倒れるグロリアは満足げに笑う。
 そのとき――嫌な機械音が塔に響き渡る。
「なに‥‥?」
 フェイルが眉を寄せた。見ると、部屋の隅で短髪が機械に寄りかかって力尽きていた。
「あの馬鹿‥‥最期の力を振り絞って、塔の爆破を‥‥」
 グロリアが掠れる声で言う。このままでは一分ほどで爆発してしまう。
 リズィーが反射的に駆ける。メリッサを抱き締めて。
「お願い、メリッサ‥‥っ!」
 放つ電磁波は、機械を狂わせる。這ってそれを見に来たグロリアは「三分に延びたよ」と安堵の息を漏らし――微笑んだ。
「すぐ、お逃げ‥‥全員、生きて塔から出るんだ」
 直後、機械から爆炎が上がる。爆風に吹き飛ばされたリズィー、その手からメリッサが離れる。
「‥‥あっ」
 しかし爆炎の向こうのメリッサに手は届かない。ここから逃げなければならない。
 銀子が疲労の強いユメを背負い、リズィーの手を引っ張り、駆け出す。続いてフェイル、藍、勇、ケイ、そしてジョシュア。
 リズィーが無線で軍人達に退避を告げ、皆は駆け下りる。
「細かいことはどうでもいいですが、死人は出したくありません。特に女性と子供はね。軍人さんも死なないように自己責任で逃げて下さい。他人を護れる程の立場ではないものでして」
 三階で、ジョシュアは突然のことに混乱している軍人達に告げていく。彼等はハッとし、階段を駆け下りる。
 そして全員が塔から出て離れた直後――激しい爆音が塔を覆い尽くした。

 崩れ始める塔、立ち上る炎。
 それを見上げ、呟くのはケイ。
「不利な状況でも一歩も退かない、か。‥‥まさか敵に対して格好いいと思う日が来るとはね」
 最期の最期まで、退こうとしなかったグロリア。ジョシュアが「そうですねぇ」と隣で頷く
「其方は無事でしたかにゃ?」
 気丈にも、リズィーは軍人達の安否を確認していた。誰もが無事であり、こう終わるのが一番だと思おうとしていた。
「あたしも無事」
 銀子が軽くリズィーの頭を撫でた。互いに今後の傭兵稼業の健闘を祈りながらも――どこか心はここにない。
「‥‥彼女も燃えてしまうんですね」
「あのまま、あの場所で」
 藍とフェイルが最上階を見つめる。
「サイボーグ、達、も‥‥燃える‥‥?」
 ユメが自分の腕を撫で、言う。
 彼等は燃え尽きていく。散る火花は、文字通りの華だ。
「‥‥なにか、落ちてくる」
 勇がなにかに気付いた。それは崩れかけた最上階の窓から、こちらに向かって落ちてくる。
 それを見て、咄嗟に手を出すのは――リズィー。
「メリッサ‥‥っ!」
 ――抱き留めたメリッサ。彼女を護るように巻かれていたのは、グロリアの鞭だった。