タイトル:【奪還】Lake Victoriaマスター:佐伯ますみ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/18 05:50

●オープニング本文



 ――ヴィクトリア湖。
 それは、白ナイルの源流として存在し、世界第三位の面積を誇る巨大な湖だ。
 ケニア、ウガンダ、タンザニアに跨っており、周囲をグレート・リフト・バレーに囲まれ、約三千にも及ぶ島さえある。
 途方もなく、大きな、大きな、湖。
 その湖の、小さな、小さな、島。
 そこに――その城は存在した。


 アフリカに進攻していた人類は、マダガスカル飛行要塞『ジョーカー』、そしてピエトロ・バリウスに迫っていた。
 だが、主要な地点が人類の手に戻ったアフリカ本土においても未だバグアは存在し、静かに、ときには煩く、人類へとちょっかいをかけるものもいれば、マダガスカルを目指して移動するものもいる。
 どちらも早急な対処が必要であり、衝突は免れず、本土でのバグアとの戦闘はそこかしこで行われていた。
 そんななか――これまでその気配すらなかった存在が、突如として目を覚ました。
「ヴィクトリア湖方面から、大量のキメラが四散しています!」
 その報告がもたらされると、湖の名に誰もが反応する。
 同じ名を、聞いたことがある。
 バリウスの親衛隊であるプロトスクエア・青龍のヴィクトリア――。
 嫌な名だ。このタイミングでということは、偶然ではないはず。
 キメラだけではなく、複数の有人ワームも確認されている。それらはヴィクトリア湖に比較的近いポイントの人類拠点を叩き始めていた。
 これまで、ヴィクトリア湖については触れることがなかった。近くまで来ることはあったが、何らかのバグア施設が確認されたことはなく、ここからの攻撃等も一切なかった。まさか、ここにきてというのが軍部の素直な感想でもある。
 やがて偵察部隊によって、ヴィクトリア湖のひとつの島に青い城が存在することが明らかとなった。
 島全体を青く染めるようなその城は、上空からでは湖面の色に紛れて判別がし辛く、また広大な面積を誇るというだけあってなおさら発見されにくい状況だったようだ。「城主」がそれを計算に入れていたのは間違いないだろう。
 偵察部隊が持ち帰った情報は、もうひとつあった。
 バグアの兵器「アニヒレーター」、それにそっくりな兵器が城周辺に配置されているということだ。
 大きさは実際のアニヒレーターより小さいが、姿はよく似ている。レプリカだとしても、威力は想像したくはない。
 アニヒレーター、それはかつての大規模作戦の際、モロッコの先端、ジブラルタル海峡に近いポイントにあったバグアの砲台で、反射鏡で射出方向を変える強力なレーザーだ。そして二号機とも言えるものは、アルジェリアの首都、アルジェに。これは【RAL】作戦において対処された。
 それに似た存在が、複数基ある。
 まだ起動している様子はなく、ただ空を仰ぎ見ているだけの状態だという。
 それがいつ発射されるのか、そして射程はどれほどなのか、わからないことが多い。
 そして対処をどうするのか、城に乗り込むのか、その前にもう少し情報が欲しい――軍はかけずり回る。
 ヴィクトリア湖から放たれるキメラやワームへの対応は順調に進み、軍が優勢に立ってはいるが、しかしアニヒレーターもどきの存在が恐怖心を煽る。
 そうこうしているうちに、撃墜したワームからひとりの強化人間を拘束した。
 傷は深く、やがて息絶えるであろう彼は、「最期にいいこと教えてやるよ」と口を開く。
「あれは、アニヒレーターのレプリカ。威力も射程も本物ほどではない。――いわゆる、時限爆弾だよ」
 時限爆弾、その言葉に軍の士官たちは顔を見合わせる。
 一体、誰がセットしたのか。しかしそれを問うのは愚問だろう。
「お前等が城に突入すればすぐに起動し、一時間で発射される。じゃあ突入しなければいいかと言えばそうではなく、もしバリウス様が斃れた場合は、その三日後には問答無用で起動する。やはり起動から発射までは一時間かかる」
 どう転んでも、起動するということらしい。
 もっとも、バリウス様が斃れることなど決してあってはならないが――と、彼は独りごちる。
 士官のひとりが「止める方法はないのか」と問うと、彼は少し呼吸を整えてから答えた。
「城のどこかに制御装置がある。それを管理している強化人間が、常に装置の傍にいる。ヤツが止めるためのパスワードを知っている」
「強化人間、だと?」
「そう、強化人間だ」
 彼は頷くと、「もういいだろう、勘弁してくれ」と苦笑し、口を閉ざす。
「まだだ、まだ訊きたいことは沢山ある! 強化人間はどんなヤツだ! 城内はどうなっている! 他にキメラや強化人間はいるのか!」
 士官が必死に問うが、しかし彼はもう口を開くことはない。やがて瞼さえも閉じ――永遠に沈黙する。
 それ以上は情報が得られない。これだけで城へと乗り込み、レプリカを止めなければならない。
 もたもたしている猶予はなく、すぐにでも作戦を練り上げて実行に移す必要がある。
「‥‥厄介なものを‥‥」
 士官たちは城主と思われる存在の顔を思い出し、頬を引き攣らせた。



 空は、青い。
 そして、湖面も。
 ――その青を吸収したかのような城は、静かに、静かに、佇んでいる。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
レガシー・ドリーム(gc6514
15歳・♂・ST
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG
ヴァナシェ(gc8002
21歳・♀・DF

●リプレイ本文

「今回の任務は砲台の発射の停止か。時間制限が厳しいけど、まあ、やるしかないよな」
 ヴァナシェ(gc8002)は徐々に顔を出しつつある太陽に眼を細めた。
「うん、制限時間付き。もたもたしてる時間はないよね!!」
 エレナ・ミッシェル(gc7490)が頷く。
「お肌の調子よーし、唇よーし」
 急いでメイクを直しているのはレガシー・ドリーム(gc6514)。唇に薄く紅をさし、気合いを入れた。肌の調子がいいと、任務もうまくいきそうな気がしてくる。
 そのとき、夢守 ルキア(gb9436)が思わず声を上げた。
「え‥‥っ」
 夜明け前の暗いうちから、城の外観や造り、見張りの有無を確認していたルキア。
 いわゆるキープと言われる中央の塔が確認できる。周囲にはアニヒレーター・レプリカ。空が白み始めるにつれてはっきりしてくる、その全容。
 ――城の一角、格納庫と思われるスペース。そこにある、青いタロス。
「ヴィクトリア君のだ‥‥。ここに保管されてたんだ」
 こうして外観などを確認しなければ気付かなかったことだ。
「‥‥アレが動かなきゃいいケド」
 ルキアは念のため、タロスがあることを皆と軍に告げる。
「動かないことを祈りたいな」
 頷くのは宵藍(gb4961)。それから、と言葉を続ける。
「アニヒレーター・レプリカ‥‥威力が分からんわ、複数あるわで、起動させたら拙いよな」
 だが、パスワードを知っている強化人間が制御装置の傍にいるというのは好都合だ。
「しっかり聞き出して停止させようぜ。‥‥どんな手でも使ってな」
 宵藍はレプリカに視線を投げた。
「んじゃ僕達はアニヒ停止頑張ろーカ。素直にパス喋ってはくれナイだろーし、手間かかるだろーケド」
 ラウル・カミーユ(ga7242)は小銃「シエルクライン」 にサプレッサーを装着。
 そして、夜が――明ける。
 皆は時間を確認し、二班に分かれて城への突入を開始した。
 ドクター・ウェスト(ga0241)の背に、ルキアが言葉を投げる。
「デューク君、暴走しちゃだめだよ。ちゃーんと、帰ってきてね」
「わかっている、わかっているね〜」
 ドクターは面倒そうに言うと、そそくさとA班のあとに続いていく。
 ルキアもドクターがこの様子なら大丈夫だろうと思い、自身も背を向けてB班のあとを追う。
「‥‥ふー」
 ルキアから離れた途端に、溜息を漏らすドクター。
 彼女のことは少し苦手だ。暴走を止めてもらったことがある。いつも釘を刺される。だから――と言いつつも、ドクターは彼女の言葉を耳に留めていた。


「まずは司令室の制圧、だったネ」
 A班、ラウルが城内を見渡す。
 そうだね、と宵藍も頷く。司令室に監視カメラのモニターでもあれば、装置捜索にも役立ちそうだからというその案に、成る程とさえ思う。
「司令室は中央の塔が怪しいかな。心臓部らしいし」
 そこに何かがあると考えるのは妥当だ。果たして司令室か、それとも制御装置か。
「もう装置は動き始めているだろうから、時間との勝負か」
 ヴァナシェが言う。突入してから二分が経過していた。
「無線、通じるみたいだね〜」
 ドクターが無線機に耳を寄せた。B班のルキアから『デューク君っ!』と応答があり、「うぉあ〜〜」と頭を抱える。
 直後、進行方向からキメラが雪崩れ込んできた。皆は必要以上の戦闘を避けるべく、踵を返して駆ける。時間制限がある以上、目的を最優先したい。
「ちっ、バグアはすべて倒しておきたいのだがね〜」
 舌打ちするドクター。しかしそう言っている間にも、窓から別のキメラが飛び込んでくる。そのとき、レプリカが一瞬だけ視界に入った。
「爆撃でもして破壊してしまえばよいのだがね〜」
 だが今は、レプリカよりも窓からの捕食者。
「けっひゃっひゃ、我が輩はドクター・ウェストだ〜!」
 半ばやけくそに叫び、高笑いと共にキメラを振り切っていく。
「あそこ、隠れられそうだ!」
 ヴァナシェが壁に開いた狭いスペースを見つけた。四人はそこに転がり込むと、息を殺して追っ手のキメラをやりすごす。
 そのとき、ラウルが奥に扉があることに気がついた。
 狭いスペース、その奥にある扉。鍵はかかっておらず、中に人の気配もない。そっと開けて覗くと、そこには夥しい数のモニターがあった。
「監視カメラの映像カナ。じゃあここが司令室‥‥?」
 それにしては誰もいないし、狭い。ラウルは画像をじっと見る。
「城内を網羅しているようだな。でもこの部屋がない」
 宵藍が言う。
「この部屋を監視している部屋もあるんじゃないかね〜? ほら、そこにB班が映ってる」
 あるモニターを指さして、ドクター。そのとき、B班から通信が入った。

「こっちも、監視カメラのモニターばかりの部屋、見つけた!」
 ルキアはA班に告げる。
「でも、ここにたどり着けたのが不思議で」
 そう言うのは、エレナ。レガシーがうんうんと頷く。

 ――時間を少し遡る。
 B班の三人はA班とは別方向へと進んでいた。
「まずは監視カメラとかを制御してそうな司令室みたいなとこを目指すんだよね。やっぱありそうなのは頂上かなー?」
 エレナはルキアのマッピングを確認しながら、唸る。そこが見つかれば、制御装置の場所と強化人間の場所を確認し、パスワードを聞き出して――。
「順調に行くといいなー」
 レガシーも地図を覗き込んだ。
(時間との勝負なんだよねー)
 若干の焦りを生まないように、反芻する。できれば達成までは交戦も控えたい。少しでも速く辿りつかなければ。
「でも、広いね。キメラはA班に向かっていったからこっちは静かだし」
 方位磁石を見つめながら、ルキア。
 ひとつずつ確認していく部屋は、どれもバグアらしくないものだった。中世の城そのものと言ってもいい。
 ――と、三人の視界の端を、何かが横切る。
「今の、強化人間‥‥っ」
 エレナが、その消えた先を指さした。戦闘は回避したい。だが、聞き出したいことがある。
 制御装置の場所、数、サイボーグ化されているか否か――。
 三人は頷き合い、強化人間を追った。

「ずっと逃げられてて」
 レガシーが溜息を漏らす。
「ずっと追いかけてて」
 エレナが、額の汗を拭う。
「最後に消えた部屋が、ここだったんだ」
 ルキアが、戸惑いながら言う。まるで誘導されたようで気持ちが悪い――そう思う。
「とにかく、双方の映像を確認してみない? なにかわかるかも!」
 気を取り直して、エレナ。そして両班は画像の確認を開始する。

「モニターの下のは、恐らく階層と方角、そして部屋番号だろう」
 宵藍がB班の情報と照らし合わせて頷く。
「ここが三階北の三。そちらが二階南の五」
 レガシーがルキアの地図に書き込む。
 数十のモニターを、複数の目で確実に追っていく。そのなかにひとつだけ強化人間がおり、窓からアニヒレーターが見える部屋があった。
 監視カメラの遠隔操作もここから可能そうで、ヴァナシェとエレナがそれぞれに角度を変えていく。
「この部屋から全部、確認できるネ」
「アニヒレーター、五基!」
 ラウルと、ルキア。雰囲気からして、そこが司令室でもあるようだ。
「間違いないみたいだね〜。で、場所は?」
 ドクターがモニターの下の文字を確認する。
 ――キープの、三階。
「頂上じゃなかったけど、ある意味で正解? わかりやすくていいねー」
 エレナが笑った。直後、ルキアが発見する。この部屋だけにある、モニターを。
 そこに映っていたのは、青いタロス。
「もしかして、アレを見つけたからここに誘導された‥‥?」
 まさかね――B班の三人は顔を見合わせた。

 ほどなくして両班は、キープで合流する。問題の部屋、そこに到着するまでに執拗にキメラに追いかけられながら。
「ここは我が輩に任せて、とっととパスワード聞き出してきてくれるかね〜」
 ドクターは皆に背を向け、追いすがるキメラと対峙する。
 強化人間に対して手加減はできないだろう。だから、強化人間との戦闘は仲間に任せ――自分は。
 足元から、憎悪の曼珠沙華が咲く。発動する電波増強、そしてエネルギーガンと機械剣αをキメラへと。
 響くのはキメラの悲鳴、そしてドクターの高笑い。
 それらに背を任せ、皆は制御装置のある部屋へと飛び込んだ。

 その部屋で、強化人間の男は理解できないとでも言うように、能力者達を睨み据えた。
「出会ったばかりで悪いけど、君の知っていることを話してもらうよ」
 そう告げるのは、ヴァナシェ。しかし男は答えることなく右腕を薙ぎ払った。
 直後、床に雷が走る。
「いたーい! なにするのー!」
 レガシーが涙目で足首を押さえながら、練成弱体を男に飛ばす。そして電波増幅――超機械「ビスクドール」の電撃で返す。
「話ぐらいしてくれてもいいのにー」
 エレナも足首を軽くさすり、機を探る。男も弱い電撃を繰り返す。
 それと入れ違うように、ヴァナシェのソニックブーム。間合いを詰め、大腿部へとクラウ・ソラスの重い刃が入る。そのまま流れるように利き腕へと刃を撫でつけた。
「あと二十分か」
 宵藍が残り時刻を確認し、迅雷で男の懐に入り込む。そして一歩踏み込むと、月詠を一閃――が、寸でのところでかわされる。
 そこにラウルのシエルクラインとエレナの洋弓「ルドベキア」からの援護射撃が男の四肢に入っていく。
「腱を切って‥‥!」
 レガシーが言うと、ラウルからの虚を突く狙撃がアキレス腱へと抉り込む。続けざまに宵藍が再度迅雷。今度こそ踏み込んでの逆袈裟――続く威力の底上げをした刃が男の利き足を潰す。サイボーグ化はされていないようだ。
 床に押し倒された男は、宵藍によって後ろ手に手錠をかけられ、肩に切っ先を突き立てられた。その真横に、ラウルの弾が撃ち込まれる。
「俺もあまり甚振りたくはないけどさ?」
「そろそろ喋りたくなっタ?」
 宵藍と、ラウル。
「パスワード、教えてくれないかな。それから‥‥君、自爆はしないよね?」
 ヴァナシェが顔を覗き込む。回答によっては、男の命を奪う必要もなくなるだろう。
 しかし男は無言で抵抗を試みるだけだ。そこにルキアの呪歌による拘束が加わる。
「ね、教えて?」
 こしょり。軽く首筋をくすぐる。だが男は無反応だ。それならば――。
「眼球、爪と肉の間、指の間。何処を抉って欲しい?」
 ルキアがそう言う隣で、エレナが苦無とアサシンダガーを彼の指に押し当てる。
「言えば殺さないよ?」
「何をされても言わん!」
「でも、お仲間は違ったヨ。お城の秘密ポロポロ喋っちゃうなんテ、口が軽いとゆーか、危機管理出来てナイよねー。もしかしタラ拷問受けたのカモだケド」
 ラウルが笑むと、男は目を見開いた。
「そんな馬鹿な! 我々は拷問には屈したりしない。話すくらいなら、自害する!」
 しかし言いながらも、男は抵抗をやめてしまう。
 能力者達がここにいて、明らかにレプリカの秘密を知っている様子から、嘘ではないことを理解したようだ。
「‥‥まさか、裏切り者がいるのか」
 男は視線を彷徨わせた。
 ルキアはそんな男を観察する。これまで、ヴィクトリアの部下は忠誠心の強い者達が多かった。男も例に漏れずといったところか。
(ピエトロ君が死んで、ヴィクトリア君は一人)
 彼女がジョーカーにいたという情報はない。
 そうなると――殉死は、しそうにない。否、そうされると困る。
「ヴィクトリア君と、正面から対決したいんだ。だから、此処の罠は邪魔なワケ。彼女との舞台を、整えてくれない?」
 真っ直ぐに男を見据えるルキア。
「では‥‥お前達の言うことが本当なら、訊かせてくれ」
 その言葉に、皆は頷く。
「この部屋に来るまでに、無線は通じたか? 強化人間とは何人遭遇した?」
「無線は通じた。強化人間は一人見かけたらしい」
 ヴァナシェが答える。男は「そうか」と小さく呟き、何かを考え始めた。
「‥‥どういうことだ」
 宵藍が眉を寄せる。レプリカの秘密を語ったものがいた、それを知った途端のこの反応。
「‥‥そうだ、青タロス見たよ」
 ルキアが思い出して言うと、男は弾かれるように顔を上げた。
「そんなはずはない! あれは地下深くに隠してあるはず‥‥っ」
「でも、外にあったよ」
「‥‥、‥‥そうか、わかった。‥‥いいか、よく聞け。パスワードは一度しか言わない」
 男が息を吐いて言葉を紡ぐ。
「だが先に言っておく。これはヴィクトリア様を裏切る行為ではない。裏切り者を――ヴィクトリア様に報せるための、行為だ。お前達が貴重な情報をくれたから、逆に俺はレプリカを止めるほうに賭ける」
「どいうこと?」
 レガシーが問う。
「いずれ、わかる。――いいか、パスワードは‥‥」

「コチラは終わっているね〜。パスワードは聞き出せたかね〜」
 先見の目を発動し、状況を確認。そしてキメラの死体の転がる中、エネルギーガンと機械剣を持ってゆるりとドクターは振り返った。
「止まった、よ」
 ルキアが装置のモニタに表示された停止のサインを確認し、告げる。
「強化人間はどうしたのかね〜?」
 ドクターは床に伏している男に目をやる。彼はぴくりとも動かない。
「‥‥パスワードを喋ったら、自害した」
 ヴァナシェが言う。見る限り、男の顔色から毒を含んだことが窺える。
「レプリカを止めるほうに賭ける、って言ってた‥‥」
 レガシーが呟く。
「残念だ、この手で殺したかったがね〜」
 ドクターはそう言いながら、皆に治療を施していく。
 もうここでするべきことはない。治療を追えた皆は、城からの脱出を開始する。
「貴重な情報をくれたから、か‥‥。もし、レプリカを知った経緯とか言わなかったら、どうなってたのかなー?」
 外に向かう途中で、エレナが言う。恐らくは、殺さない程度にもっと痛めつけたはずだ。男も激しく抵抗し、皆も深い傷を負ったかもしれない。
「タロスの話も、驚いてた。誰かがあの場所に移動させたとしたら、一体誰が‥‥」
 ルキアが考え込む。そのとき、窓の外が騒然とし始めた。
「どうしたんダロ? 軍が騒いでるネ」
 窓から身を乗り出すラウル。その目と鼻の先を――。
「‥‥っ、タロスっ!?」
 皆が同時に、叫ぶ。ラウルは一気に上昇していく青いタロスを見上げる。
「ど、どうして動き出したの!?」
 レガシーが慌てふためく。まさかここが攻撃されるのでは――。
 しかし、様子がおかしかった。
「軍のKVが攻撃しないね。それに、タロスも」
 宵藍が気付く。それどころか、タロスがどこかに誘導するような動きを見せている。
「どういうこと?」
 ヴァナシェが無線で外にいる軍に通信を送る。返ってきたのは、まさかの言葉。
『タロスのパイロットと思われる男から通信で、ついてこいと。青龍の居場所を教える、と――。信憑性は低いが、しかし放置はできない』
 そして疑心暗鬼のKVを引き連れ、空を駆けていくタロス。
「あのタロスが向かう方角って――」
 誰かが気付き、言う。
 その方角の先にあるもの、それは。

 ――マダガスカル。