●リプレイ本文
傭兵達を乗せた機体は、編隊を組んでアフリカの空を駆ける。
後に尾を引く幾筋もの軌跡が、青く澄んだ空に鮮やかに映えていた。
彼等が駆る機体には様々なカスタマイズが施されたものもあったが、いずれも技術的には人類側のものが使用されている。
だが、その中にひとつ。明らかに他とは異なる機体があった。
先頭を飛ぶ青いタロス、ブルーバード。
それを駆る存在は――
「エドワードさん‥‥」
その後方に付いた鐘依 透(
ga6282)が、パイロットの名を呟く。
以前、彼がイーノスと共闘していた事を報告書で知った。
彼等は仲が良かったのだろうか。
少しだけ、イーノスと似ているような雰囲気を感じる。
(大切な者を守りたくて‥‥全てを欺いて来たのかな‥‥)
イーノスもそうだった。できれば、助けたかった‥‥けれど。
と、ふいに前を行くブルーバードが速度を緩め、透のスカイセイバー「空鏡」と機首を並べた。
『‥‥その機体ですね、『双子』を見送ったのは』
通信が入る。思いがけない言葉に、透はブルーバードのコックピットを見やった。
『‥‥きっと、イーノスの復讐は成功したんだと思う。そしてユカは満足して散ったと思う』
そのパイロットは、独り言の様に呟いた。
そして、最後にはっきりと‥‥透に向けた一言を付け加える。
『‥‥ありがとう』
穏やかな‥‥穏やかすぎる、声。今度は自分の番だとでも言いたげな――
「――武運を‥‥」
透はそれだけ言って、僅かに機首を上げた。青い鳥の姿が下方に流れて、視界から消える。
(どうか、彼の戦いが報われますように――)
透は瞼に残るその姿に向けて、静かに祈りを込めた。
幸せの青い鳥は、誰の肩にその翼を休めるのだろう。
眼下にマダガスカルの島影が見え始める。
時を同じくして、レーダーに捕捉された数機のワームが敵としてスクリーンに表示された。
ティターン「ブルースカイ」と、それを取り巻く精鋭のタロスが数機。
他は全てキメラだ。
「周辺に溢れ出したキメラは飛行型が圧倒的に多い様です」
ノーヴィ・ロジーナ【字】のアルヴァイム(
ga5051)は各機に告げる。
「地上には、大型のものが散見されます。恐らくは目視の倍以上はいるかと」
情報源は管制と‥‥すぐ前を飛ぶタロスのパイロットだ。
全面的に信を置いた訳ではないが、その機体は今、友軍としてレーダーに表示されている。
軍部がそう判断した以上、疑う理由はなかった。少なくとも、これまでの所は。
『まだ機械融合はしていないようです』
そのエドワードから通信が入った。
彼と青龍の機体はいわば姉妹の様なもので、互いにリンクしている。機械融合していれば、すぐにわかるようになっていた。
「エドワード君、全て了承済みなら――」
骸龍「イクシオン」を駆る夢守 ルキア(
gb9436)が、その会話に入って来る。
「囮になって。その隙に強襲をかける」
『いくらでも、なりますよ。‥‥この命が果てても』
その声は、アッシェンプッツェルGH「Blue Bird」を駆るアレクサンドラ・リイ(gz0369)の耳にも届いている筈だった。
「‥‥覚悟、できてるんだね」
ルキアの声に、エドワードは頷く。
『ヴィクトリア様を青龍に売った瞬間から、ね』
リイを守る事は青龍との『契約』に反する。その瞬間に、体内に仕掛けられた自爆スイッチが入れられるだろう。
だが、リイ以外の者となれば話は別だ。
ただ‥‥
『私はこれの操縦に慣れていません。若干、青龍が搭乗していたときよりも弱体化していると思ってくれますか』
このタロスは青龍が搭乗してこそ、その力を最大限に発揮する。
だが、それでも‥‥盾や囮の役目は充分に果たせる筈だ。
『償いはしません。‥‥償いきれませんから。その代わりに――守り抜く』
誰にともなく、エドワードは呟く。
それを受け止めたルキアは、そっと自分の頬に触れた。
出発前、リイの唇と指先が触れた場所。言葉は交わさなかったが、そこに残る温もりが何かを伝えている。
――見届けてくれ。
そう聞こえたのは、恐らく気のせいではないだろう。
その上空で、ソーニャ(
gb5824)のロビン「エルシアン」が緩い螺旋を描いていた。
「あのときのことは、忘れない」
リイが一言だけソーニャに通信を送った。
あのときとは、いつのことなのか――ソーニャは一瞬、記憶を辿る。心当たりがないわけではないが、それ以上リイが何も言わないから問い返すことはしなかった。
空に溶けるエルシアンに、リイは眼を細める。
年齢よりも遥かに若い外見のソーニャ。彼女の本当の年齢は知らない。だが、彼女は姉のようにリイに接してくれていた。頭を撫でてくれたのはもう一年半も前のこと。時が過ぎるのは、早い。
理想の姉というのは、恐らくはあんな感じなのだろう。自分はヴィクトリアにとってどんな姉であっただろうか。
次いで、視線をイクシオンに流す。手に握るのは、ルキアから借りた幸運のメダル。
――十六で時を止めてしまった妹。その妹と同じ年頃のルキアにどれほど支えられたことか。リイはしかし、それを告げることはしない。告げる必要はないだろう。
だからこそ、彼女のセカイに自分のセカイを見届けてもらえたら。きっとそれは幸せなことだろう。そして彼女には幸せになってもらいたいと、心から願う。
「‥‥守り抜く」
誰にともなく、誰にも聞こえないように。リイもまた、呟いた。
「見届けるよ、君の‥‥君たちの、セカイ」
ふたつの想いを受け止め、イクシオンは飛ぶ。
雲ひとつない青天、そう言ってしまうのは簡単だろう。
確かに雲はひとつもない。宇宙など存在しないのではないかとさえ思うような、どこか異様な青さと突き抜ける高さ。それを背負うかのように佇む、青のティターン。
――『生前』、遺伝子工学を専攻し、アフリカに憧れていたというヴィクトリア・リイ。人類誕生の地と言われる大地に何の力も持たない少女が降り立つには、バグアの殲滅が必要だった。しかしそれを待つ『時間』が少女にはなかった。反面、『姉』にはアフリカの大地に立つチャンスがいくつも用意されていた。軍人として、能力者として、そして――青龍のヨリシロとして。
少女が、呟く。
「だが、巡り巡って今ここにいるのは、ヴィクトリアだ。なあ、ヴィクトリア。嬉しいか? 今、何を思っている?」
ふわふわの髪を弄り、笑む。この星に来て、得たヨリシロは二体。どちらもアフリカを愛していた。その肉体と記憶を持ってここで散るのは幸せなことかもしれない。
KV達との距離が徐々に縮まっていく。まだ射程には入らないが、一分もしないうちに空や地上が荒れるはずだ。
「‥‥待っていたわ。さあ、ラストダンスを踊りましょう?」
ヴィクトリアの声が、弾んだ。
マダガスカルの空に、青い鳥が舞い上がる。
どこか嬉しそうに舞うその姿には、待ち受ける結末を楽しもうという雰囲気さえあった。
「ふん、覚悟を決めたバグアか‥‥変われば変わるものだ」
堺・清四郎(
gb3564)は空に展開するティターン、そしてタロス達に視線を流す。
玉砕を選んだ者達。そっれはバグアのプライドなのか、それとも因縁か――
「数年前までこちらに多かった選択肢の光景が、敵で見られるとはな」
これまで数多くのバグアと戦い、そして散る様を見てきた。今、ここにいるバグア達もまた、その散り様を見せつけてくることだろう。
「なんにしても相手は死人だ、気を引き締めて行かんとな‥‥」
そしてタマモ「狐ヶ崎」は、滑るように低空を駆けていく。
まず目標とするのは射線を遮る邪魔なキメラ達だった。
「どうやら生きる気のある連中はあれを囮にする気か」
低空のまま全速力で突っ切り、密集地帯にK−02を全弾発射。
それに続いて、透、ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)、アルヴァイムの三機が弾幕を張る。
三機は『その場での急造の連携』を演出しつつ、ヴィクトリアを叩く機会を窺っていた。
その隙を見出すまでは、邪魔なキメラをひたすら叩く。
そうする事で、彼等がその役割に徹していると、敵に印象付ける‥‥そんな目的もあった。
「私は地上に回るから空は任せるわよ」
地上を徘徊するキメラに向けて低空からH−044短距離用AAMを放ったクレミア・ストレイカー(
gb7450)は、直後に仲間達に向けて無線を入れた。
それを受けて、アルヴァイムは一時的に戦線を離れ、その降下を支援するべく周囲の敵を排除にかかった。
「近接戦は引き受けるわ」
飛行形態から陸戦形態へ、その姿を変えた阿修羅はマダガスカルの濃密な緑の中に降り立つ。
続いてミリハナク(
gc4008)の竜牙弐型「ぎゃおちゃん」が、その巨大な二本の足で大地を踏み締めた。
そしてもう一機、奏のディスコードが降下する。
三人は暫し周囲を見渡して、敵戦力を見極めようとした。
元来この島には棲息していない大型の生物は、全てキメラだと思って良い。
だが、見た限りそれほど強力なものはいない様だ。となれば、特に連携の必要もないだろう。
それに、ミリハナクには気になる存在があった。
木々の影に見え隠れする、大型の爬虫類。
「恐竜、ですわね」
ぎゃおちゃんに似た、二足歩行の大型恐竜。数は多くないが、確かに居る。
これは遊んでやらねばなるまい。
三人は視線を交わすと、それぞれの目標に向けて散って行った。
「アフリカの平穏を取り戻す為にも、しっかりと残党退治をしないといけませんわね」
人々の害になるであろうキメラを滅ぼし、誰かが笑顔を取り戻せるように。
とは言え‥‥どうせ戦うなら趣味全開の方が楽しいに決まっている。それにきっと、楽しんだ方が戦果も上がる筈だ。
という訳で。
ぎゃおちゃんは走る。その尻尾で周囲の木々を薙ぎ倒しながら走る。
目標は前方に散開する恐竜キメラだ。
向かって来る相手は機盾「ウル」で跳ね飛ばし、そこを脚爪「ディノスライサー」を一振り。倒れた所を巨大な顎で噛み砕く。
暴れて暴れて暴れまくる、その姿はまさに暴竜。
恐竜たちを喰らい尽くした後は、残ったキメラを虱潰しに退治していった。
密集した敵にはM−181大型榴弾砲、遠距離の敵には高分子レーザー砲「ラバグルート」と、セオリー通りに武器を使い分ける。
が‥‥
「やっぱり暴れる方が楽しいですわね」
後はUNKNOWN(
ga4276)が何かを企んでいる様だから、始まったらその手伝いでもしようか――
一方のクレミアは突進して来たサイ型キメラの攻撃をかわすと、背後から押さえ込んで阿修羅の尾を突き刺す。
身体の内側から特殊な電磁パルスを送り込まれたキメラはその一撃で膝を折り、その場に崩れ落ちた。
更に体力のある敵にはクラッシュテイルを使い、クレミアは目に着いた大型キメラを片付けて行く。
しかし小型のキメラが相手では、この方法はいかにも効率が悪かった。
「ここはもう、降りた方が早いわね」
KVから降りると、拳銃「ヘリオドール」の制圧射撃で弾丸の雨を降らせる。
攻撃の合間にふと空を見上げると、木々の隙間からは無数の白い軌跡が見えた。
青龍、ヴィクトリア。プロトスクエア最後の将。
玄武――メタの時は重傷を負わされてしまい、その最期を見ることが出来なかったが‥‥
今度こそは見届けたい。
その為にも、不用意に傷を負う事がないように細心の注意を払う必要があった。
「さて、見栄を切った以上は頑張るとしましょうか。行きますよ、ディスコード」
奏はレーザーライフルを撃ちながら敵に近付いて行く。
終局が近づく世界で人は何を想い、戦うのか――この戦場でもひとつの決着が着くのだろう。
(私は最後の瞬間まで戦い続け、人の出す意思と答えを観察するとしましょう)
動きの素早い大型肉食獣タイプのキメラを射程に収め、ノワール・デヴァステイターの二丁拳銃を撃ち放つ。
数は多いが、生身なら手強い敵でもKVの前では雑魚も同然。
「その程度で私たちを倒せると? 侮られたものですね」
DFバレットファストを発動させ機動力を上げ、二丁拳銃を撃ちまくる。
基本は接近させない戦法だが、抜けられても慌てず騒がずカウンターを狙った。
左手の銃剣で攻撃を受け流し、隙が出来た所に右手の銃剣を突き刺してゼロ距離射撃。
「こういった技も持ち合わせているんです。残念でしたね」
銃撃だけが取り柄ではないのだ。
青い空に無数の白い飛跡が描かれていく。
この空に、どれほどの命が散った事だろう。
ゲルト、ラファエル、メタ――神獣の三方は突破され、指揮官バリウスと、その副官ロアも今は亡い。
「残るは青き龍ただ一人となった訳だね」
かつて行われたABA48のコンサート模様がBGMに流れる中、ヨルムンガルドを駆る錦織・長郎(
ga8268)が呟く。
ロアの最期を見取った者として、伝えたい言葉があった。
「我ながら押し付けがましい事さ、くっくっくっ‥‥」
自嘲気味の笑みを漏らしながら、長郎はいつでも再生が出来るようにボイスレコーダーをセットする。
彼女が墜ちる前に、聞かせたい。聞かせてどうなるという訳でもないが、ただ‥‥それが自分のすべき事だと、そう思った。
その視界に、青い空から染み出して来た様なティターンの姿が映る。
同じ姿を、リヴァル・クロウ(
gb2337)の目も捉えていた。
「‥‥あの停戦の日以来‥‥と言う事か」
リヴァルは回線を開き、ヴィクトリアの注意を引く。
‥‥バリウスがヨリシロになったあの日から随分と経った。
メタも、バリウスも討った。
今では残るは青龍‥‥ヴィクトリアだけ。
だが‥‥いや、だからこそ、この戦いは単なる残存勢力の掃討では済まない厳しい戦闘になるだろう。
追い詰められた彼等の強さは、リヴァル自身がよく知るところだった。
「あの時は思いもしなかった。俺自身が、君にとっての仇になる、などと」
『‥‥あぁ、あのときのラッキースケベ』
「痛いところを突いてくるな」
苦笑するリヴァル。
「‥‥停戦の日に君の前に現れた、君が最も憎むべき敵は‥‥此処にいる。‥‥決着を、つけよう」
仲間という概念を持つ彼女に、投降しろなどと言うつもりはなかった。
『ええ。ええ、そうね。メタちゃんのことは、聞いてる。‥‥忘れないであげて、彼女のこと』
「‥‥ヴィクトリア?」
まさか彼女からこんなことを言われるとは予想だにしなかった。リヴァルは眉を寄せる。
『絶対に‥‥絶対に、忘れないで』
震える、声。ヴィクトリアは自分でも何を言っているのかわからなかった。
けれど、その言葉しか出てこなかった。
「――わかっている」
だから、安心しろ――リヴァルが告げ、K−02の照準を定める。
その時、割り込んで来た声があった。
「聞こえるかね、ロア君の遺言だ、耳を傾けたまえよ」
流れて来たのは、彼女が最後に交わした言葉の数々。
「彼女は立派だった‥‥全力を持って君を打倒するのが手向けさ。色々お互い様だね」
相手には見えていないと知りつつ、長郎は肩を竦めた。
リヴァルがK−02を発射したその瞬間を狙ってブーストをかけた長郎は、その機動性を生かして多方面からMM−20ミサイルポッドの弾幕を張る。
そこに、ルキアのイクシオンが斬り込んで来た。
ルキアの後ろにはサウル・リズメリア(
gc1031)のスレイヤー「太陽王」と、レインウォーカー(
gc2524)のペインブラッド改「リストレイン」が続いていた。
「戦友の頼みに応じて、俺、登場!」
サウルが吠え、突撃なら任せておけと追い抜いて行く。
更には音桐 奏(
gc6293)のガンスリンガー改「ディスコード」、クローカ・ルイシコフ(
gc7747)のラスヴィエート「Молния」が、その周囲を固めていた。
「あなたの戦いを観察させてもらいますよ、ルキアさん。頑張ってください」
奏が声をかける。
彼にとって、ルキアはレインウォーカーを通じて知り合った共通の友人だった。
「ルキアさんのエスコートは任せましたよ、二人とも。地上の掃除は私に任せてください」
「言うじゃないか、音桐。一度言ったからにはやってみせろよ、相棒」
返事の代わりに親指を立て、奏は地上に向けて高度を下げる。
それと入れ替わる様に、クローカが滑り込んで来た。
「やっぱりお前も来たかぁ。お互い生き残ってみせるぞ、クローカ」
だが、レインウォーカーの言葉にクローカは首を振る。
「僕は敵を確実に葬る為に来たんだよ」
ただ、ルキアの要請に応える為に。生き残るのは、大前提だ。
「言ってくれるねぇ」
弟分の筈が、随分と頼もしい事を言ってくれる。
流石は戦友として信を置くだけの事はあると、レインウォーカーは仮面の下で満足げな笑みを浮かべた。
この仲間達となら、大丈夫だ。
「jokerの役割を果たしてみせるさ、ルキア。お前の舞台、整えてやるよぉ」
自分の事を最強の刃と呼んでくれる友の為に、この身を刃として振るい、道を斬り開く。そして、切り札となってみせる。
無言で頷くルキアにとっても、彼等は信頼する仲間だ。ならば、余計な言葉はいらない‥‥実行あるのみ。
「それじゃ行くぞサウル。先に言っておくけど、死ぬなよ。絶対生還がボクらのルールだぁ」
目標は濃緑のタロス、ルークだ。
「ルキアの戦いの邪魔をさせたくないんでねぇ。お前の相手はボクらだぁ」
レインウォーカーはスラスターライフルで牽制し、回避先に向けて高分子レーザー砲で追撃をかける。
「無責任な指揮官を持って大変だな!? 敗残兵ども!」
他のタロス――「息子達」には、上空から一気に急降下してきた清四郎が8.8cm高分子レーザーライフルを叩き付けた。
「勝ち慣れはしていても負け戦はしらんようだな!?」
だが、いくら攻撃されても彼等はその母、青龍の傍を離れようとはしない。
「こんなに部下に慕われていて‥‥その優しさがあれば‥‥人とバグアはきっと分かり合えるのに‥‥」
その様子を見て、透の胸には何ともやりきれない思いがこみ上げてきた。
(僕は‥‥バグアじゃなく、滅ぼし合うしかないこの現状を憎む)
だが、今の彼に出来る事は他にない。
この状況を終わらせるには、敵を滅ぼすしかないのだ。
(せめてこの戦争を、地獄を‥‥終わらせたい!)
その思いがチャンスを引き寄せたのだろうか。
青い機体がその目に飛び込んで来る。
その瞬間、彼の視界を遮るものは何もなかった。
しかも、相手はこちらに背を向けている――
「ドゥさん、アルヴァイムさん、援護をお願いします!」
そう叫ぶと、透はエアロダンサー改で素早く変形、ブーストと同時にありったけの攻撃スキルを起動させた。
「存分にどうぞ」
アルヴァイムは相手との距離に合わせてD−013ロングレンジライフル、スナイパーライフルD−02、そして電磁加速砲「ブリューナク」と、次々に撃ち込んでいく。
命中は期待していない。ただ、相手がその威力に危機感を抱いて回避行動を取るなら、そこに隙が生まれるだろう。
「折角の水差しで無粋だが‥‥失礼するぞ。アンタの相手は――この俺だっ!」
青龍を守る濃緑のタロスには、ドゥが襲いかかった。
一人で敵うとは思えないが、青龍への援護を阻止するくらいなら‥‥いや、断固阻止して見せる!
スカイセイバー「チェリスパーダ・ボーラマジーア」を空中変形させると、アサルトフォーミュラAとアグレッシブトルネード改を起動させる。
ブーストで突っ込み、タロスの上に乗る様にして真ツインブレイドを振り下ろした。
だが相手もそう簡単に上を取らせてはくれず、まるで取っ組み合いの喧嘩の如く上下がめまぐるしく入れ替わる。
そんな状態では互いに有効な攻撃を繰り出す事は難しいが、ドゥの目的はそれで達せられた。
今、青龍を守る者はいない。
青龍もまた、アルヴァイムの強襲に気を取られているかに見えた。
その機を逃さず、透は練剣「ベズワル」を振りかざして青龍に迫る。
全てを賭けた一撃。
確かな手応えを感じた。
だが、青龍は続く二撃目を盾で弾き返して反撃に転じる。
プロトン砲の光線が空鏡の肩を貫き、次いで翻ったサーベルが頭上から襲いかかった。
刹那、飛び込んで来た青い影――
「エドワードさん!?」
『エドワード‥‥』
青いタロスはハルバードでサーベルを受け流し、空鏡を背に庇う。
『‥‥覚悟はできてるようね』
スピーカーから流れるヴィクトリアの声は、笑いを含んでいた。
しかし、会話は続かない。
上空から突っ込んでくる、サウルの太陽王。
「カバーは任せろ。全力で行け、サウル!」
レインウォーカーが放電ミサイル「グランツ」で援護する中、空中変形したサウルが主兵装の機杭「白龍」を撃ち放‥‥いや、それを振りかざす。
「ヴィクトリア、一発俺に殴られろ!」
文字通り、殴るつもりだ。その銃身で。
『‥‥楽しい子ね』
くすり。ヴィクトリアが笑い、青タロスを蹴り飛ばす様にして後ろに下がる。
サウル渾身の一撃は空振りに終わった。
そして青龍は高度を上げる。上空では螺旋を描く青い翼が彼女を待っていた。
「喰らっちまった、不時着する!」
タロスとの交戦中に動力を損傷した清四郎の狐ヶ崎が戦線を離脱し、高度を下げる。
それを見て、UNKNOWNがエドワードを地上に誘った。
「エドワード、手伝ってくれ」
『何故、私に‥‥?』
「いや、タロスなら隙無く降下できるだろうと思ってね。先に降りて、降下援護を頼みたい」
それならば、地上に展開する者達に頼んだ方が良いのではないか。
しかし、言葉の裏に何か別の意図があると、そう感じさせる様な口調が気になった。
「空は――彼等を信じたまえ。お前にしかできないことがある‥‥」
返事を待たずに、艶消漆黒の無敵ロボは降下を開始する。
95mm対空砲「エニセイ」で空中の敵を薙ぎ払いつつ、UNKNOWNは清四郎の機体が向かう先に群がる敵を撃ち払っていった。
「何か面白そうなことを始めましたわね」
その様子を見て、ミリハナクが動く。上空から軌道計算のデータを送って来たアルヴァイムの指示に従い、ぎゃおちゃんは予測降下ポイントへ走った。
傷ついた獲物を待ち構えるキメラ達をその尾で薙ぎ払い、ついでに周囲の草木も薙ぎ倒して、不時着機とその護衛――と称して何かを企んでいるらしいUNKNOWN達を待ち構える。
半信半疑の心持ちながらも指示に従って降下と援護射撃を開始したエドワードの耳に、ドゥの声が聞こえた。
「まあ‥‥意地でも死にたいなら毒薬を奨めるが。何やらお宅助けようとしてる人がいるからな‥‥」
助ける? 自分を?
‥‥無駄な事を。そう思いつつも、エドワードはUNKNOWNと共に、マダガスカルの地に降り立った。
続いて清四郎が不時着し、陸戦形態へと変形した。
「なに、飛べなくなっただけだ。俺はまだ終わっちゃいない!」
援護してくれた仲間達に礼を言い、清四郎は手近なキメラの群れに突っ込んで行く。
相手に体当たりする勢いでインファイトを挑み、機刀「建御雷」と練剣「ベズワル」の二刀流で切り刻む。
「一つ、二つ、三つ、四つ! 次だ!!」
彼にはまだ、出来る事があった。
と、その時――
無敵ロボとブルーバードを煙幕が覆う。
煙の中で、黒い機体が青い鳥のハッチに手をかけた。
それを力任せにもぎ取ろうとした刹那。
『女性に乱暴は、いけませんね』
この機体はレディなのだと、開いたハッチから顔を出したエドワードが言った。
『それに‥‥まだ戦わなければ』
「それは悪かった」
だが、二十秒しかない。説明の時間が惜しかった。
笑みを返しながら、UNKNOWNは自機からタロスへと飛び移る。
そして、口元に人差し指を立て――
「静かに」
UNKNOWNはタロスに組み込まれているであろう、爆破装置の解除を試みるつもりだった。
ヴィクトリアの反応が途切れれば、爆発する可能性もあるだろう。ここからは、運と速度次第だ。
受信部を残し、爆破シークエンスの消去を試みようとする。
だが‥‥
この機体は、元々ヴィクトリアの愛機だったものだ。
自らの意思に反した破壊は想定されていない。
鳥籠に囚われているのは、エドワードの方だった。
「――今から動くな、エドワード。オペを始める。私は医師免許もないから乱暴だし、報酬も高いがね」
鋭い声、鋭い眼差し。
UNKNOWNは問答無用で服をはぎ取った。
だが、そこに見たものは――
「あなたが何をしようとしたのかは、わかりました。その気持ちだけ――いただいておきますよ」
エドワードは静かに言いながら乱れた衣服を直し、後戻りの出来ない決断のしるしをその下に隠した。
「‥‥ありがとう。そして‥‥すみませんでした」
「――謝る相手が、違うのではないかね?」
煙幕が晴れていく。
見上げた空には、ちょうど二人の頭上を横切って行くアッシェンプッツェルの姿が見えていた。
「かつて‥‥私はサーシャ様を守るためだけに、ヴィクトリア様を青龍に売った。――何も、話すことはない。話す資格は、ない」
だから、代わりに頼む――
空に向けた視線を落とし、エドワードはUNKNOWNを見据える。
「――資格がどうとか、そういう問題ではないと思うがね」
だが、その瞳に揺るがない決意を読み取ったUNKNOWNはそれ以上の言葉を交わす事なく、自機へと戻って行った。
二人は再び空へと舞い戻る。
しかし、彼等の道が交わる事は、もう二度となかった。
「‥‥助けようと思ったのだがね」
空へと戻ったUNKNOWNは、その事実を静かに告げた。
話をさせてやりたかったが、それは彼等の望む所ではないと悟った。
ならばせめて、散る前に。
「彼は――機械の体となっていた。‥‥お前のために、ね」
その想いを受け止める責任が、リイにはある。
「それが、全てだ」
『‥‥』
通信機から、返事はない。
だが、それで良い。全てを悟った時、言葉など意味を持たなくなる。
それは、彼女が事実を受け止めた証拠だった。
UNKNOWNもまた何も言わず、戦闘空域へとリイを先導する。
後方からエドワードが続いていた。
だが、リイは振り返らない。
「リィ君、波状攻撃に繋げて。無理、しないで」
「了解」
ルキアからの通信に、リイは簡潔に応えた。
だが、無茶はする――とは、敢えて口に出すまでもないだろう。
青と青、絡み合うように空を切り裂く、二つの白い軌跡。
高速で機動しながら描く、二重螺旋。
ソーニャとエルシアン、綺麗な螺旋を描く子。
彼等と一緒に飛ぶのが、ヴィクトリアは好きだった。
「ヴィクトリア」
二重螺旋を描きながら、ソーニャは一方の青い螺旋に向けて言葉を放つ。
「ボクは勝手な憧れを抱いていたんだ。憎しみ合うほどに求め合う、そんな風にボクは誰かに想われたかった」
しかし、ヴィクトリアはそんな自分よりはるかに自立し、自分自身の意志と想いで生きてきたのだと、そう悟った。
「バグアとして、プロトスクエアとして十分、存在をしめしたよ。だからせめて最後くらいは、その中の人の心を楽しんでもいいんじゃないかな」
『ええ、そうね‥‥』
楽しげな声が応える。
『徹底的に、この空を楽しんであげる。魔法の時間がいつまでも続くといいわね』
せっかくの人の心だ。
ボクとこの空を楽しもう。
刹那の永遠。
削りあう命。
魔法の時間――
「ボクは君を決して忘れない。君の生き方をボクは愛する。ボクを想って逝け――」
『愛してるわ、青の螺旋。――ソーニャとエルシアン、忘れないから』
螺旋が解け、ミサイルの軌跡が空に引かれた白い雲を掻き乱した。
ソーニャはレーザーライフルを撃ちながら、その場を離脱する。
入れ替わる様に、二機のKVが距離を詰めてきた。
「お前の切り札、jokerが勝利への道を作ってやるよぉ。さぁ、行けルキア!」
レインウォーカーが全兵装を惜しげもなく解放し、攻撃のチャンスを作る。
サウルはその攻撃の波に乗る様に、真っ正面から突っ込んで行った。
避けられても気にせず突貫。途中で味方機の方へ追い回せば良いのかと気付いたが、もう止まらない。
更に、高高度から侵入したクローカがありったけの兵装をバラ撒いて一撃離脱して行く。
「僕はヴィクトリアとは因縁も面識も無い。だから余計な思いに囚われる事なく、純粋な力となれるんだ」
その力をもって、ヴィクトリアを討つ。他の仲間とは真逆の存在として――
クローカは執拗にヒット&アウェイを繰り返し、敵の足止めを図る。
その援護を受けて、ルキアが青龍との距離を詰めた。
だが、すぐには攻撃しない。
ルキアには言いたい事があった。
嫌がらせに煙幕を張りつつ、通信を入れる。
「ヴィクトリア城で、強化人間に会った」
それはきっと、覚悟を確立させる為の言葉。
「彼は死んだ、きみに危機を知らせるタメ。きみは、愛されていた――青い鳥、見つかった?」
『ええ、見つかったわ』
静かな声が応える。
『自分が生きてきた全てが、世界の全てが、出会ったもの全てが、青い鳥だった』
この青い惑星に来る前のことも。この惑星で得た知識や感情、そして‥‥
『そう、あなたたちのことも』
今、この瞬間。青龍は幸福だった。
このまま、一分でも一秒でも長く戦っていたかった。
そのせいなのか、青龍の攻撃にはいつもの様なキレがなかった。
相手に致命傷を与える事を無意識に避けているのか。
『本当は手当たり次第、墜としてしまいたかった。でも、ずっと踊っていたい気分になったの』
ずっと、ずっと‥‥いつまでも、この空で踊り続けていたい。
だがそう思っているうちに、気付けば息子達はルークひとりを残すのみ。
それとて既に満身創痍なのが見てとれる。
そして自らも――
「そろそろ、なりふり構っていられる状況じゃなくなってきたかしら」
ぽつり、呟く。
その声は外部には聞こえない筈だった。姉妹機である、青いタロス以外には。
『機械融合、来ます!』
エドワードが叫ぶ。
それを受けてルキアが動いた。
ブーストをかけて強襲、温存しておいた8式螺旋弾頭ミサイルを放つ。
一瞬の隙を衝いた攻撃。
それをまともに喰らい、青龍は悟った。
そう、自分はこんな攻撃も避けられない程に傷付いている。
最期の時は、近い。
そう思った時、その面にゆっくりと笑みが広がっていった。
このままで良い。このまま、最期まで踊り続けよう。
青い鳥は弾かれる様に上空に舞い上がった。
そこには、もう一羽の青い小鳥の姿があった。
『もう一度、踊りましょう?』
絡み合う螺旋。サーベルが閃き、プロトン砲の光が至近距離で炸裂する。
防戦一方に追い込まれたソーニャは反撃の機会を窺うが、覚悟を決めた青龍の攻撃は苛烈を極めた。
青龍はもう手加減をしない。致命傷を与える事も躊躇わない。
『次で、終わりね』
最後の一撃。だが、突然――螺旋が引き裂かれた。
割って入ったのは、青いタロス。
『邪魔をしないで!』
切り裂かれ、撃ち抜かれる青。
その瞬間、ソーニャはエルシアンのマイクロブースターに点火、通常ブーストを併用した旋回で上を取り、レーザーライフルWR−01Cを至近距離で撃ち込んだ。
青い機体は大地に吸い込まれる様に高度を下げる。
青龍の視界の隅に、青い爆炎が映った。
あれは自分の機体から上がる炎か、それとも――
『結局、私のものにはならなかったわね』
お姉様から奪ったつもりでいたけれど。
でも、いいの。
本当に欲しかったのは‥‥
『何だったかしら』
もう、どうでもいい。
何故だか、とても満ち足りた気分だった。
このまま‥‥青い空に溶けてしまいたい。
地上に墜ちる前に。
それでも何とか体勢を立て直しながら、ティターンはゆっくりと高度を下げる。
そこに纏い付きながら、リヴァルのシュテルン・G「電影・改」はソードウィングで斬りかかっていった。
シールドは既になく、機体制御もままならない。
攻撃を受ける度に、青い炎が散った。
しかし、青い鳥はまだその翼を休めない。
濃緑のタロスを駆るルークには、その姿を見守る事しか出来なかった。
サウルの放つガトリング砲「嵐」の攻撃に合わせ、レインウォーカーはブーストを発動、ブラックハーツを併用した真雷光破を叩き込んだ。
「嗤え」
その言葉と同時に、タロスは空中に散る。
「拳で語る方が好きだな。武器よりも」
ぽつり、サウルが言葉を手向けた。
拳なら、言葉もなく散ったタロスの思いを感じる事が出来たかもしれないが‥‥
「ま、仕方ねえか」
残るは青龍ひとり――
(見届けよう。アフリカに携わった人間としてその最後を‥‥)
リヴァルは既に攻撃を止め、ただ見守っていた。
アルヴァイムが猛攻を仕掛ける中、長郎がロキ・クリークでその胴体を薙ぎ払った。
その耳に、場違いな程に明るいロアの歌声が響く。
ルキアが、ソーニャが、クローカが、透が、そしてアルヴァイムが、その最期を飾った。
『ゲルちゃん、メタちゃん、エルちゃん、ロアちゃん、そして‥‥おじさま』
ヴィクトリアは満ち足りた笑顔で友の名を呼ぶ。
『さよなら、青い鳥。さよなら、お姉様‥‥』
その声は、リイの耳に届いただろうか。
青い炎に包まれて、鳥は空に溶けていった。
「さようなら」
リヴァルが呟く。
(メタ‥‥終わったぞ‥‥)
長かったような、それともつい先日の事の様な日々。
様々な犠牲のもとに、今‥‥全てが終わった。
(――これで良いかな‥‥ペレグジア)
ドゥが心の中で呼びかける。
「サヨナラ、avis caelestis(至高の青い鳥)。死に、意味なんて必要ない、私は生きる‥‥この命、誰にも背負わせない」
ルキアが投げたクリスタルローズは、その水晶の様な花びらを青い空に散らし、消えた。
「プロトスクエア最後の将は‥‥青空に散っていったか‥‥‥‥」
同じ頃、地上では空を見上げたクレミアが、そっと呟いていた。
アフリカの空が、人類の手に戻った。
「アフリカ、オーストラリア、アメリカ‥‥日本も、東京や北海道も必ず‥‥!」
周囲の瓦礫を片付けながら怪我人の救助に追われていた清四郎も、暫しその手を休めて空を見上げる。
奏もまた、自らの観察結果を噛みしめる様に空を見上げていた。
「さあ、もう一働きしますわよ」
ミリハナクの声で、それぞれが作業に戻る。
軍の被害を少しでも抑えるように、彼等は動いていた。
「無事か!? 生きろよ、もう少しで戦争は終わるんだからな!」
負傷兵に肩を貸し、清四郎が励ましの声をかける。
長い戦いを潜り抜けて、ここまで辿り着いた軍人達。
ここまで来て、彼等に被害を出させる訳にはいかなかった。
やがて、マダガスカルの大地に全ての生き残った仲間が降り立つ。
その中に、彼の姿はなかった。
覚悟していた事だ。
妹も、恋人も‥‥もう戻る事はないと。
何年も前から、この日が来る事を知っていた。
「‥‥さよなら」
既に爆炎の名残もない空に向けて、小さく呟いてみる。
涙は出なかった。
「リィ君、泣いてもいいよ。で、沢山泣いたら、歌おう、明るい歌を」
ルキアがデタラメに明るい歌を歌う。
歌詞もメチャクチャで、音程も調子外れ。
リイは思わず噴き出し、笑い出した――つもりだった。
しかし、溢れ出したのは笑い声ではなく、大粒の涙。
「涙、受けとめるよ――」
こくん。頷いて、リイはその胸に顔を埋めた。
後から後から溢れて来る涙を、ルキアは全て受け止めてくれた。
(私はヒカリ、私は傷つかないから)
その胸に抱かれて、心の奥底に溜め込んできたもの全てを吐き出し続ける。
「ねぇリィ」
そんなリイに、ソーニャがそっと声をかけた。
「ヴィクトリアは笑って逝ったよ。妹の体を奪ったものとして苦しんで欲しかった?」
その問いに、リイは黙って首を振る。
かつては、そう考えた事もあった。でも、今は‥‥
「そうだね」
憎まないからと言って本当のヴィクトリアへの愛情が減るわけじゃない。
「二人のヴィクトリア。きっと気持ちよく寝てるよ」
ソーニャはにっこりと笑う。
「ボクたちもいっしょに寝よう」
「え‥‥?」
思いがけない言葉に、涙が止まる。
何だかおかしくなってきた。何がおかしいのか、よくわからないけれど‥‥
「‥‥ぷっ」
今度は、本当に笑いが弾ける。
おかしくて、おかしくて‥‥また、涙が止まらなくなった。
「終わった、かぁ‥‥どんな気分だ、ルキア?」
声をかけたレインウォーカーに、ルキアはただ笑みを返す。
その表情が、サウルには「センチメンタル」に見えた様で‥‥
「よしよし」
優しく頭を撫でて、ハグ。
「うん、俺って良いオトコ」
だが、瞬時に炸裂したルキアの裏拳が鼻骨に命中した。
骨、折れたんじゃないだろうか。
「それにしても、家族みてーな関係だったんだな。プロトスクエアってよ」
痛む鼻をさすりながら、サウルが呟く。
家族。もし、そうなら‥‥ヴィクトリアは見付けたのだ。
本当の家族の中では見付けられなかった、自分の居場所を。
「俺、もしかしていいこと言った?」
サウルは、もうすっかり落ち着きを取り戻したリイに笑顔で歩み寄る。
「どうかな、連絡先交換でも」
「これで、良ければ」
差し出された紙には、軍関係者なら誰でも知っている欧州軍の所在地と、所属部隊の内線番号があった――
(代筆:STANZA)