●リプレイ本文
●さぁ
アイラインを引き、さらり、ふわりと、ファンデーション。
よっ、と立ち上がり、門鞍将司(
ga4266)は、化粧の出来栄えを眺めた。ぱちくりと眼をしばたかせ、ゼフィル・ラングレン(
ga6674)は、門鞍の反応を待つ。
「こんなところでしょうかぁ」
眼鏡を掛けなおし、のほほんと、将司が評した。
おめかしをしているのは、ゼフィルだ。ワンピースにカーデガンを羽織り、ニーソックスを穿いている。顔の化粧が薄いのは、そのままでも綺麗だから、との将司の判断。その判断に狂いは無く、ゼフィルは、男性とも思えぬほどに可愛らしかった。
「申し訳御座いませんがぁ、リカルドさんのお相手、お願いしますねぇ」
化粧道具を手際よく片付けながら、将司はかるく頭を下げた。
所変わって図書館。
ゼフィルは図書館の目立つ席に陣取り、さほど興味も無く本をめくっていた。
そんな彼女‥‥でなかった。そんな彼を、遠くからこっそり盗み見る影がある。
「あのナンパ野郎がどんな顔をするのやら‥‥」
双眼鏡のピントを合わせながら、櫛名 タケル(
ga7642)が呟いた。作戦の結果を想像すると、ニヤニヤと悪戯心がくすぐられて仕方が無い。
「ほむ‥‥リカルドさん、来ませんね」
となりでぼんやりとしているのは、赤霧・連(
ga0668)だ。今回は髪が邪魔にならぬよう、とポニーテールでの参戦。目立たぬ服を着て、図書館の隅でこっそりしている。彼女は鏡夜 深雪(
ga7707)と共に、今日一日カメラ小僧だ。
深雪自身は、今回の依頼、好奇心を満たす事にかなりのウェイトを置いている。
ひょい、と首を捻り、図書館の受付を仰ぎ見た。
司書の女性が視線に気付いて、親指を立てた。彼女もリカルドの被害者である。ついでに言えば、受付嬢にもカフェ店員にも被害者がいた。女たらしにも程がある。
当然、受付嬢が快く協力を約束してくれた為、ナンパにウンザリした女性達とは、すぐに連絡を取る事が出来た。
今回彼等が立てた作戦は、ずばり美人局作戦である。
ゼフィルが囮となってリカルドを惹き付け、カフェへ案内する。そうして案内するカフェには、リカルド粛清への協力を快諾した女性陣が待ち構えているという寸法。カフェまで協力的なのだから、準備が万端なのは言うまでもない。
――と、リカルドが表れた。
ウルフヘアに眼鏡を掛けた端整な男で、なるほど確かに、伊達に色男ではないのだろう。そのまま黙っていれば、ハンサムそうだった。がしかし、足を踏み入れるや否や、通りがけに司書の女性を口説いている。つっけんどんに応じる司書をものともせず、笑顔でペラペラと話しかけるリカルド。もはや、ナンパを義務とでも思っているかのようだ。
「来ましたね‥‥」
深雪がさっとカメラを構える。
司書に振られたリカルドが、辺りを見回し、ゼフィルに気付いたのだ。
ツカツカと歩み寄る、リカルド。
「ねぇ、君さ――」
にまりと笑ったリカルドが背を屈めた。
――掛かった!
全員かは定かではないが、多くがそう確信した。そしてその確信の通り、リカルドはゼフィルを相手に喋る喋る。出身やらを問い掛けるかと思えば外を散歩しないか、能力者になったのは何時からかな、等々。
「プ、クッ‥‥笑っちゃ可哀想なんだ。笑っちゃ‥‥」
鼻から漏れそうな息を抑え、笑いを必至に堪える櫛名。彼は双眼鏡を降ろし、きょろりと辺りを見回す。
少し離れて、連と深雪がそれぞれカメラを構え、パシャリとシャッターを切っている。覚醒して細心の注意を払っての行動で、今のところ、見付かった様子は無い。
「ふふふ‥‥シャッターチャンスです‥‥」
深雪の片目が笑う。
普段着とは違って一般的な服装に固めているが、それでも目元の包帯は、やや特徴的だ。
それでも、ここは仮にも傭兵達が集うラストホープ。多少の怪我など、怪我のうちにも入らない。目立つ理由となりはしない。
さて、ファインダーのその先。
ゼフィルも、今はゼフィル改めゼフィリアと名乗る流麗な少女。ワンピースにカーディガン、そして図書館の組み合わせは、清楚な文学少女といったところか。さもリカルドに気があるといった様子で会話に応じ、雑談を弾ませる。しかしリカルドの話術も流石なもので、ゼフィルにその気は無いのだが、なるほど、会話の内容はウィットに富み、ジョークも利いて流暢だ。
ぽんと叩けば良い音を響かせる小太鼓のようなもので、ゼフィルの言葉に応じて次から次へと言葉を並べる。
(「といっても、そろそろ誘ったほうが良いかな‥‥?」)
極力にこにこと応じつつ、ゼフィルは心の中、呟く。
「私、行ってみたいカフェがあるのですけど、一緒にどうですか?」
「喜んで。君みたいな子と同席できるんだからね。断る男なんていないさ」
エスコートしようと手を差し出し、ゼフィルの手を、ふわりととるリカルド。
その瞬間、表情が、ぴくりと動いた。
●それからそれから
「うーん‥‥」
唸る連。どうかしたのかと、深雪が顔を覗きこんだ。
「中々ベストショットが撮れないのですよ」
「確かに、なかなか上手く撮れませんね‥‥」
今まで撮影した写真を確認する二人。デジカメの画面には、リカルドの後姿や横からの写真が並び、これは!、と懲らしめられそうな写真が少ない。といっても、どういった写真であれば効果があるのか、それを考えると、中々難しいところでもある。
カフェへ向う道中にも、リカルドは笑顔を絶やさない。
実際には全く気の無いゼフィルを相手に、気前の良い話を並べ立てるばかりだ。
(「本当に優秀な情報屋さんなのでしょうか?」)
連は、思わず首を傾げた。
「大丈夫かな?」
そしてここにも、首を傾げる男が一人。
タケルの役目は写真のばら撒き。現段階では、連絡待ちのまま、遠くから双眼鏡で様子を確認しているだけだ。
「ここのカフェです」
「あぁ、この店か! ここのウェイトレスの子がかわい‥‥」
「はい?」
「い、いや、なんでもないよ! ハハハ!」
どうりでナンパを嫌がられる訳だ、と何となく納得してしまう。見境無く声を掛けているものだから、声を掛けられたほうも本気とは思えないし、そう思うと、やはり少なからずカチンとくる。
(「まぁ、とにかくこれからお説教ですしね‥‥」)
そう思い、彼はリカルドを突くのを後回しに、足を踏み入れる。
途端、背中に、何か硬い物が押し付けられた。銃だ。おそらく。
「なっ‥‥!」
「動くな」
耳元に、囁くリカルドの声がする。
「さぁて、どこの席に座ろうか?」
一言目立つ声でそう告げた後、小さな声で、彼は続ける。
「何が目的だ?」
周囲へはそんな様子を感じさせず、肩に手を置いたりして、過剰なスキンシップを図っているかのように見せかけている。だが、その眼元、手元は決して笑っていない。
それでも、ファインダー越しの連や深雪、双眼鏡を手にした櫛名には様子が解った。
腕の立つ情報屋を相手に、迂闊だったと言えばそれまで。ただとにかく、その辺りに対する配慮が足りなかったのは確かで、今となっては、ちょっとこじれたこの状態をどうやって整理するか、という問題だ。
引き金を引くのが早いか、覚醒して動くのが早いか‥‥それともこのまま種を明かすか。
息を飲むゼフィル。ふと、店の隅。何気なしにカップに口をつけている男がいる。門鞍だ。微かな、アイコンタクト。
「さ、早く話‥‥え?」
杉田鉄心(
ga7989)だ。リカルドの背後に立ち、その巨体が、彼の肩を骨が軋むぐらいに掴んでいる。‥‥と、そこへ更に、店の奥からぞろぞろと女性陣が顔を出す。何が起こったのか解らない、と言いたげなリカルド。
「驚きました。リカルドさんって、意外と鋭いんですね」
「さて、では、ワシがもっと鍛えてやろう」
ヘッドロックでも掛けんかという勢いで、彼を引き寄せる鉄心。
「え? ちょっ‥‥」
「不謹慎ですねぇ、感心しませんよぉ」
困ったような笑顔を崩さず、門鞍が奥から顔を出す。
多くの女性が、じわり、じわりとリカルドに歩み寄るが、当然、リカルドは鉄心に抑えられ、逃げるに逃げられない。
「だあぁぁぁぁっ!」
リカルドの悲鳴が、辺りに響き渡った。
●どうなった
ちーん。
鳴らしておかねばなるまい。
肩身を狭めて、リカルドが苦虫を噛み潰している。女性陣による非難の暴風雨は小一時間に及んだ。見事なまでに、彼は小一時間問い詰められたのである。二股三股は当たり前、女性と見れば見境無く声を掛けるのだから、自業自得である。それ以外の言葉が見付からないまでに、自業自得だ。
一通り女性陣にはお帰り戴き、残るは彼等傭兵とリカルドだけになった。
「あんまりだ‥‥人権蹂躙だ!」
涙を滲ませ、拳を握るリカルド。
「何と?」
「いえ、何でも無いです‥‥」
ぎょろりと睨む鉄心を前にぐうの音も出ない。
「ほむ、ところで、情報屋が凄い目立って良いんです?」
連の言葉に、リカルドがさっと表情を切り替える。
彼に言わせれば、女性なのだから当然、といった所か。
「木を隠すには森の中、ってね」
発想の転換、というものだ。友好関係がとにかく広いが為に、そのナンパが無差別であるが為に、情報源と接触するにも怪しまれぬ、というもの。
「ほむほむ、それでそれで?」
興味津々といった様子で、連が身を乗り出した。
「だからさ、情報屋が目立ってる事自体はさほど問題は無のさ」
「そうなのですか!?」
「大切なのは信頼性だね、それも、ここだけ」
肩をがたがたと揺さぶられ、やや驚き気味に、リカルドは唇に指を当てた。
つまり、その他の側面がどうであろうと、ようは仕事の信頼性が重要だと、彼は言いたいのか。
「ふぅん。じゃ、ナンパ、女好きも演技って訳っすか?」
「ふっ、それは違うよ。可愛い子が大好きなのは男として当然じゃないか!」
「それにしてもぉ、何故ぇ、罠に気付いたんでしょうかぁ?」
腑に落ちぬといった様子の門鞍は、上物の緑茶をずっとすすり、リカルドへ疑問を投げかけた。
「そりゃ、骨格だよ。手の握った感じだね」
「‥‥あれ? ばれてるの?」
綺麗な顔をきょとん、とさせるゼフィル。
リカルドは喋らず、にんまり笑って頷いた。
「まぁ、それなら、これに懲りたら、もう止めておいた方がいいっすよ。大事な人を一人だけ探しましょうよ。その方が皆幸せっす」
「うぅ、ゼフィルさんとのご褒美デートも予定してたのですけどね‥‥」
溜息混じりのタケルに、さも残念そうに肩を落とす深雪。
子供心の好奇心もあったのだが、これでは、それを満たすにはちょっと不満だ。デートの様子も隠れて撮影、ばら撒き写真に加える予定だったのだから。
「えっ、そんな予定があったの!?」
驚くリカルドに、頷く深雪。
「そうならそうと言ってくれたら良いのに!」
とても、嫌な予感。
椅子ごと、じり、と下がるゼフィル。
「ゼフィリアちゃんは可愛いから万事オッケーさ!」
「‥‥お、お断りします」
「そんな事言わずに、ね? さぁ今度は二人きりでお茶を‥‥」
「おまえと言う男はぁー!」
でれでれっと迫るリカルドの首を、鉄心が力の限りひん掴んだ。そしてそのまま、流れるようなヘッドロック。ギブとか助けてとか聞こえるが、まぁ、多分、あまり気にする必要も無い。
「だめだこいつ。早くなんとかしねえと‥‥!」
タケルは、人目も憚らず頭を抱えた。
といっても、それは笑いを堪えていたからだけど。
●こうなった
何だかんだと言いつつも、彼等の粛清には効果があった。
ここ暫く、リカルドはナンパを控えめにしているし、何より、被害女性の鬱憤が晴れた。それだけでも大きな収穫だ。
写真は本部を中心にばら撒かれ、リカルドの悪評はうなぎのぼり。
女性に声を掛けようにも、顔を見ただけで逃げられる場合もあるという話。
ただ――
午後のお昼時、報酬を受け取る為に集まった彼等の前に、リカルドがひょっこり顔を出す。
「ゼフィルちゃんいないのー?」
ゼフィルは、女性に頼まれたら嫌とは言えないが、男に頼まれたいとは思わない。気配がした段階で、壁の影に逃げ込んだ。
「なら連ちゃん、深雪ちゃん!」
「懲りないんだなぁ‥‥」
タケルの言葉に乗せて、鉄心がリカルドを外へ引きずり出す。
「性格まではぁ、治りそうにありませんねぇ‥‥」
門鞍は一人、大きく溜息をついた。
(代筆 : 御神楽)