タイトル:百花繚乱・事始マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/15 01:52

●オープニング本文


 まずは一輪の花が咲いた。
 何の変哲も無い、ただの花だ。
 儚げに揺れる黄色い花弁が風に揺れ、それに誘われるように一輪、また一輪。
 気が付いたときには、辺り一面が花で覆われていた。
 色も種類も様々なそれは、さながらカラフルな絨毯のように広がっていた。

 一面に花が咲くそこは、元々は郊外にある草原だ。
 花は咲かない訳ではないが、それもまばらにぽつぽつと点在する程度だった。
 無論人が訪れることなど殆ど無く、野鳥や虫が時折遊びに来るような場所だったのだ。
 だがそれは既に一変した。
 今こそが我らが季節とばかりに咲き誇る花々は、まず数々の虫を自らの蜜へ誘う。
 次に、その虫たちは野鳥を呼び寄せる。
 草原がさながら生物の楽園と化すのには、それ程時間はかからなかった。
 そして、色取り取りに咲く花の存在を知れば、遠からず人間もその輪に加わるだろう。



「調査、ですか?」
 メアリー=フィオール(gz0089)はULTに訪れた女性と話していた。
 彼女が差し出した名刺はとある市役所のもので、重役と言って問題ない肩書きが記されていた。
「市郊外の草原で、花が異常繁殖をしております。‥‥ご存知で?」
「噂程度には」
 女性の問いに、メアリーはそういえば、と思い出した。
 何でも、普段は花など目立たない場所に、ある日を境に突如として花畑が出来たのだとか。
「ただの花ならば問題は無いのですが」
 そう言って、女性は一つため息をつき、一枚の写真を取り出す。
「‥‥これは?」
「調査に向かった職員が撮ったものです」
 それには鳥が写っていた。
 死体の、である。
「獣医の見解では、衰弱死だろう、とのことです」
「衰弱死‥‥」
 メアリーは写真をまじまじと見つめる。
「見つかったのはその鳥だけではありません。他に、職員が見つけたものだけで十は下りません」
「まさか、それら全ても?」
 女性はこくりと頷く。
 自然の状態で、生物が一度に十匹以上も衰弱死をするものだろうか。
 そこは極寒の地でも、熱砂の砂漠でも無いのだ。
 まず、ありえまい。
「最近、花畑の噂が民間にもかなり浸透してきています。人々がそこを訪れるのも時間の問題でしょう」
「その前に、ということですね」

 程なくして、能力者たちに向けて新たな依頼が表示された。

●参加者一覧

メアリー・エッセンバル(ga0194
28歳・♀・GP
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
煉威(ga7589
20歳・♂・SN
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD
嵐 一人(gb1968
18歳・♂・HD
神崎 信司(gb2273
16歳・♂・DG

●リプレイ本文

●花は風に揺れる
 元草原、現花畑。
 それだけならば何の問題も無い。
 この異変が吉事か凶事かを見定めるため、八人の能力者がラストホープより派遣された。

「あれ、かぁ。‥‥はっ!? お、思わず見惚れちゃった」
 街道の脇へと車を止め、四人の能力者がそこから降り立つ。
 すぐに細道の先に問題の花畑を見つけたたメアリー・エッセンバル(ga0194)は、華麗に咲き誇る花々に一瞬目を奪われ、照れたように微笑んだ。
 視界は十分に開けているとは言い難いが、それでも見事な咲きっぷりを堪能できる。
「何も無ければ、本当に美しい光景だと思います」
 夏 炎西(ga4178)もまた、目を細める。
 ガーデンの名を関する小隊に名を連ねる二人にとっては、あるいはこの依頼は特別な思いがあるのかもしれない。ましてやメアリーはその隊長であり、代々庭師を務める家系でもあった。
 ここにはいないが、ガーデンに所属する者ならば神崎 信司(gb2273)もそうだ。彼は今、市内に聞き込みへ回っている。
「確かに、綺麗な場所じゃないか。ここで本当に鳥が死んでたって? ‥‥そうは見えないぜ」
 呟いたのは嵐 一人(gb1968)だ。
 ドラグーンである彼の傍らには、バイク形態のAU‐KVが控えている。
「こ、今度は謝りに行かないですっ‥‥」
 同じくドラグーンであるヨグ=ニグラス(gb1949)は、密かに気合を入れ直している。
 以前の依頼で、オペレーターのメアリー=フィオール(gz0089)に少々かっこ悪いところを見せた、と誤解しているらしく、本人は名誉挽回のチャンスと意気込んでいるようだ。
 ともあれ、四者四様の反応を見せた花畑事前調査隊の四人は、思い出したように懐からマスクを取り出す。
 花粉症用のマスクだが、何も準備しないよりは余程マシだろう。
 メアリーと炎西は加えてゴーグルも装備している。外見は少々怪しいが、幸いここには彼ら以外の人影は見えない。
 その上で、各自思い思いに花畑の調査を開始する。
 ヨグはその場にとどまり、双眼鏡で上空を観察している。野鳥の群れがいないか、いればその様子はどうであるかを確かめたかったようだが、覗いた先は蒼穹の空が広がるばかりである。
「わー、お空が綺麗なのですよぅ‥‥」
 青と白のコントラストに、目的を忘れてしばし見入る。
 一人は街道から花畑へと続くわき道を歩きながら、足元や左右の林へと目を凝らしていた。
 生物の死骸や、不自然に荒れた場所が無いかを探すためであるが、今のところは見当たらない。
 まだ距離があるからだろうか。ともあれ、彼は歩みを進める。
 その間に、メアリーと炎西は花畑の手前まで迫っていた。といっても、踏み込みはしない。
「どうです?」
 双眼鏡を覗くメアリーに、炎西が聞いた。
「変、だと思う。この辺りの土地に生える花しか無いけれど‥‥季節がバラバラ」
 そういってメアリーは双眼鏡から目を離し、かがみ込んで足元の土を検分し始める。
 代わって炎西が双眼鏡での観察を始めた。
「至って穏やかなものですが‥‥」
 野鳥や虫の様子を見る彼の目には、一見して平穏な光景しか入らない。
 ただ、何か違和感を感じる。
 その原因を掴みかねて、炎西は首をひねった。

 一方、市内では残りの四人が聞き込み調査に回っていた。
 シエラ・フルフレンド(ga5622)は道を行く通行人に声をかける。
 これでそろそろ十人目であるが、回答は芳しいものとはいえなかった。
 曰く、「よく分からない」。
 街道を仕事で毎日通るという市民も、特に変わったことは無かった、と言う。
「お花畑に行ったりはしなかったんですか〜?」
「やっぱり、ちょっと遠いからねぇ。行きたいとは思うんだけど」
 答えた男性は笑いながらその場を辞す。
 確かに、現場は市内からはやや遠い。能力者たちには市が公用車を融通してくれたが、それでも二十分ほどはかかるのだ。
 カーブや高低差の多い山がちの道であることも、足が向きにくい原因だろう。
 信司が聞き込みに回った先でも、答えはシエラのそれとほぼ同じであった。
「思ったより、市内は平穏なんだなぁ‥‥」
 バイク形態のAU‐KVに体を寄りかからせながら、そんなことを呟く。
 ただ、花畑のことを聞くと市民は少しだけ嬉しそうに見えた。
 こんな時代だからこそ、花という存在は心のオアシスになっているのかもしれない。咲いた原因が何であれ、である。
 せめてバグアの仕業ではないように。信司はそんなことを考えつつ、再びバイクを発進させた。
 同じころ、煉威(ga7589)とフィオナ・シュトリエ(gb0790)は市役所にいた。
 先日調査に向かった職員に、詳しく話を聞くためだ。  
 目新しい情報は特に得られなかったが、草原が花畑と化したのは、早くても一週間前だろうということだった。
「その前後で、何か変わったことは?」
 フィオナが重ねて聞くが、職員は申し訳なさそうに首を振るのみだ。
「結局、大した収穫は無しかぁ」
 市役所を出たところで、煉威はやや落胆したようにため息をついた。
 異変が起こってからまだ日が浅いためか、市民からの情報といったものも特に無かったのだ。
「ま、ぼやいても仕方ないよ。他を当たってみよう」
 そう笑いながら、フィオナは愛車であるファミラーゼへ向かう。
 煉威もまた、恋人のシエラから借りたナイフの感触を確かめるように握りなおすと、気を取り直して朱塗りのスポーツカーの助手席へと向かった。

●風は香を運ぶ
 本格的に花畑を調査する前に、各々が事前の調査を終えた八人は一旦集合した。
 街道の脇は少しだけ開けており、全員が座って休憩できるほどの広さがあった。
「休憩しましょ〜っ」
 準備の良いシエラはピクニックシートのみならず、お茶とお菓子までも用意していた。趣味で喫茶店の店長をしているだけあって、その手際は実にそつが無い。
 報告会と言う名のお茶会は、調査でやや疲れた能力者たちの気力を十分に癒したようだ。
 図らずも花畑の景色と花の香りがその一助になっているのは、彼らにとっては皮肉かもしれない。
「やっぱりおかしいんだろ? ここは」
 ふと、一人が問う。
「季節外れの花が咲くのはそう珍しい話じゃないの。でも、ここまでの規模となるとね‥‥」
 メアリーが花畑の方へ視線を移しながら答える。
 そこでは、今の時期には本来咲くはずの無い花まで満開となっている。
 そう、まるで無理やり開花させられたかのように。
「ま、入ってみれば分かるって!」
 沈みかけた雰囲気を鼓舞するように、煉威が勢いよく立ち上がる。
「がんばるですよ!」
 つられてヨグも立ち上がった。
 これからが本番だ。

 市内の調査に回っていた四人も、花畑に入る前にマスクを身につけた。
 ここで、彼らは再び二手に分かれる。
 実際に中に入って調査する組と、その外側から全体を警戒する組だ。
 フィオナは花畑の外でやや高くなっている場所に陣取ると、探査の目を発動させて油断無く見渡す。
 覚醒によって銀のメッシュが入った髪が風に舞った。
 異変は、今のところ見えない。
 一人と信司のドラグーンペアもまた、外から中に入ったメンバーを見守っていた。
 彼らの傍らには、いつでも装着できるようにAU‐KVが控えている。
 じっと花畑を見据える一人。
 一方、信司は震えそうになる手を抑えながら、小さく深呼吸する。
 初めての依頼で、いよいよその本番を迎えるのだ。緊張するのは無理も無いだろう。
 外側を固める最後の一人は煉威であったが、その姿はいつの間にか消えている。
 どうやらすぐに退屈になり、周囲の林の探索へと自主的に切り替えたようだった。
(「どーも人為的な気がするからなァ‥‥何か痕跡が残ってるかもしれないぜ!」)
 だが、踏み込んだ藪の中は予想以上に深い。
 難儀しながらも進む彼の目論見は、果たして報われるのだろうか。

「花を傷つけないで‥‥ってのは、私からもお願い」
 花畑に実際に踏み込むメアリーは、同じ組の炎西、シエラ、ヨグの前で改めて確認した。
「でも、もし花やここ全体がキメラだった場合は‥‥次回徹底的に懲らしめるわよっ!」
 花、いや植物にかける情熱においては、彼女は一際強い。
 そんな熱意に押されるように、三人も力強くうなずいた。
 メアリーとヨグ、炎西とシエラがそれぞれにペアを組み、花畑に入って行く。
 メアリーは入ってすぐにかがみ込むと、サンプルとして手近な花を根ごと回収する。
「普通の花、ね。特におかしいところは‥‥」
「ボクが周りを見てるですよっ」
 サンプルを見ながら呟く彼女を護るように、パワードスーツを身につけたヨグが周囲を警戒する。
 幼い外見から一転して精悍な鎧をまとった彼は、AU‐KVの使用を前提としたドラグーンというクラスを端的に現しているようにも見える。
 サンプルを回収し終えたメアリーは、ヨグに合図すると再び歩みを進める。
 炎西、シエラペアは、シエラがハリセンでそっと掻き分ける道を進んでいた。
 小鳥や虫などの死骸を探す二人は、足元を注視しながら慎重に探索している。
「うーん、虫は普通に飛んでいるようですね〜?」
 シエラがはてなと首をかしげる。
「ええ‥‥」
 炎西もまた思案顔だ。
 先刻、確かに彼は違和感を感じたのだ。
 今は平穏に見えても、きっと何かがあるに違いない、と二人は気を引き締めなおす。

●咲くは一輪の悪意
 その異変は、あまりにも静かに進行していた。
 慎重を期して探索する能力者をして、容易には気づかせないほど静かに、である。

 ある一線を境に花の量が増加していることに、外で様子を見ていたフィオナがまず気付いた。
 探査の目のお陰だろう。次いで、一人が気付く。
 だが、それが何を意味しているかまでは分からなかった。
 そして、そのラインのうちに炎西とシエラが入り込む。
(「念のため知らせておくか‥‥?」)
 一人は腰のトランシーバーに手を当て、少しだけ逡巡した。
「‥‥!」
 ほぼ同時に、炎西が違和感の正体を察知した。
 虫がいない。
 先程まで周りを飛び交っていた虫が、突如として見えなくなった。
 あわてて振り返った彼の目に留まったのは、ふらふらと力を無くして落ちていく蝶。
「逃げてください!」
 声を張り上げた彼の体から、一気に力が抜ける。
 がくりと膝をついた炎西。
「炎西さん!?」
 慌てて駆け寄ろうとするシエラもまた、かくんと体勢を崩した。
「まずい! 神崎!」
「は、はいっ!」
 一人が叫ぶと同時にAU‐KVを身に纏う。
 一瞬遅れて信司も続いた。
 パワードスーツがSESの唸りを上げ、脚部から電流が迸る。
「駆けろリンドヴルム!」
 竜の翼を発動させたドラグーン二人は、一気に炎西とシエラの元へと辿り着く。
 間をおかずに二人を抱えると、再び竜の翼で花畑の外へと脱出する。
 炎西とシエラの異変を察したメアリーとヨグは、瞬天速と竜の翼でやはり脱出していた。
「何があったの!?」
 力なく座り込む二人の姿に、メアリーは慌てて駆け寄る。
 炎西は苦笑しながら、大丈夫ですよ、と手で示す。
「‥‥生気を吸われた感じです。力が、急に‥‥」
「ごめん、ちょっと花の咲き方が変だとは気付いたんだけど、間に合わなかった」
 フィオナが申し訳なさそうにうつむく。
「大丈夫ですよ〜。これくらいなら、すぐに良くなります」
 そう言ってシエラは笑う。
 確かに、彼女の顔色はすでに良くなってきている。
 おそらく、一度に吸収する生気の量はそれ程多くは無いのだろう。
「正確な位置さえつかめれば、攻撃もできるのですが‥‥」
 信司が花畑を見やって嘆息する。
 今の一件で、大まかな位置は分かった。だが、それでも絞りきれたとは言い難い。
「あ、あれ? レンイさんはどこですか?」
 ふと、シエラが慌てたような声を出した。
「え? さっきはちゃんとその辺に‥‥」
 フィオナも周囲を見渡すが、いない。
 まさか。
 七人が嫌な予感を脳裏によぎらせた時、藪の中から体中を泥だらけにした煉威が登場した。
「ふぃー、参ったぜ! 予想以上に深い林ん中でさァ」
「レンイさんー!」
「おわっ!? な、何だどうした!?」
 泣きつくシエラに、訳が分からないといった様子の煉威。
 呆れながらも、全員がほっと胸をなでおろした。



「――で、林の中にも花が咲いていた、と」
 調査を終え、報告に来たメアリーとヨグ、炎西をメアリー=フィオールが迎えていた。
 同じ名前なので、少々紛らわしい。
「ええ。でも、咲いていた花は全て本物のはずよ」
 あの後、フィオナが危険ラインの内側へランダムに数回射撃をした。が、FFの輝きは認められなかった。
 つまり、花は本物と見て良いはずだ。
「林の中まで花が咲いていた、ということは‥‥まて、航空写真が来た」
 煉威の気まぐれによって、林の中にも花が広がっていることが判明した。
 それはどういうことなのか。
 フィオールは手元に転送された、花畑の航空写真を見せる。
「君が倒れたのがここ、花の咲き方が増えるのがこのライン、林のこの辺りまで花が咲いている‥‥」
「この形は‥‥」
 炎西が気付いた。
 林にさえぎられて現地では気付けなかったが、花の咲く範囲はほぼ円を描いていたのだ。
 そして、おそらくはその中心に「原因」がいる。
「やっぱり、キメラです?」
「多分」
 ヨグの疑問に、実際に攻撃を受けた炎西が頷く。
「花を異常繁殖させることで、生物を誘き寄せて生気を奪う‥‥。まぁ、目的はそんなものだろう」
「お花をそんなことに利用するなんて‥‥!」
 フィオールの予想に、メアリーは悔しげに唇を噛んだ。
 その肩をぽんと叩きながら、フィオールは口を開く
「ともあれ、異常は確認された。改めて、その解決が依頼されるだろう」
「ああ、一人さんが市民の立ち入りを制限して欲しい、と」
 炎西が仲間の要望を伝えると、わかっているさ、とフィオールも頷く。
 これで、市民に犠牲が出ることも無いだろう。
「これにて、調査は終了だ。よくやってくれた」

「そういえば、君はドラグーンだったな?」
「そうですよ」
 思い出したように、フィオールはヨグへと向き直った。
「先日読んだ本の中で、君のクラスとイメージの合う名を見つけた。良ければ、君に伝えよう」
 目を輝かせる彼に、フィオールは少しだけ微笑む。
「それは――」

「あんな姿を見せた後で何なのですが‥‥」
 帰り際、炎西がメアリーを呼び止めた。
 何かと首をかしげる彼女に、炎西は二着の浴衣を手渡す。
「当たったので貰ったのですが、女性用でしたので‥‥よろしければ、貰ってください」
「わあ、綺麗な紅葉と紫陽花の模様! ありがとうございます!」
 晴れやかに笑う隊長に、炎西もほっとしたように微笑んだ。



 ぽとり、とまた虫が落ちる。
 風も無い中で、一輪の花がざわりと動く。
 地に落ちた虫に根が絡みつき、地中へと引きずり込んだ。
 しばらく後、花畑に残るのは穏やかな静寂――。