●リプレイ本文
●暴君の花
果たして「咲く」という表現がキメラに適当なのか。それは分からないが、ブルームは「咲いて」いる。
「大人しく自分だけで咲いていれば、まだ可愛げもあるものを‥‥」
偽りの楽園を見据えて、メアリー・エッセンバル(
ga0194)はぎりっと奥歯に力を込める。
手近な樹上に陣取り、双眼鏡を用いて花畑を観察している。その手には、航空写真を元に作成された地図。
メアリーと同様に樹上に位置する篠原 悠(
ga1826)が作成したそれは、ブルームの位置を割り出すための必需品であった。
「もしも繁殖なんかされたら、手がつけられへん様になるやんね」
悠はそう呟き、地図と現場の様子とを見比べる。
違いは、今のところ見当たらない。
ナレイン・フェルド(
ga0506)と夏 炎西(
ga4178)がそれぞれにメアリーと悠の護衛を務める中、少しでも確実な情報を集めるべく二人の静かな戦いは続く。
一方、終夜・無月(
ga3084)は先ほど炎西と共に捕まえた昆虫に糸を結わえていた。
運良く捕獲できたそれは、中々に見事なカブトムシだ。
ドクター・ウェスト(
ga0241)、九条院つばめ(
ga6530)、立浪 光佑(
gb2422)と共にブルームを駆逐する役目を負った無月。
彼は、最悪の場合はその虫の命をもって少しでも生気吸収の範囲を知り、ブルームの位置を割り出そうとしていた。
(「地球の生命を、これ以上キメラの好きにさせたくはないのだがね〜‥‥」)
ウェストは心中でそうは思うものの、自分たちの失敗がフレア弾使用に繋がる以上、成功率を上げるためのその作戦には何も言うことが出来なかった。
常のような彼の高笑いが聞えないのは、あるいはそういった良心の欠片の影響なのかもしれない。
珍しく胸元のロザリオを弄りながら、ウェストは少しだけ天を仰いだ。
ブルームを根絶やしにするためには、まずは位置を知らねばならない。
だが、敵はどのような形であるのか? 大きさはどの程度か? 攻撃範囲は? 生気吸収以外の特殊能力は? ブルームはそもそも一体だけなのか?
はっきりとした情報は、驚くほど少ない。
「正体不明のキメラ‥‥。捉えどころが無くて、不気味です‥‥」
そうポツリと呟いたつばめの心境は、能力者たちの総意かもしれない。
「かといって、フレア弾はゴメンですね。熱いの、苦手ですし」
不安そうなその声に、少々おどけて言ったのは光佑だ。
場の空気が、多少和やかに変わる。
「焦土には、したくありませんね」
炎西は、周囲の様子を油断無く窺いながらそう応じる。
キメラさえいなければ、この花畑は住民の憩いの場となれる所だ。
なればこそ、失敗するわけには行かない。
目に見えない敵と、失敗は許されないというプレッシャー。
二つの圧力が、じりじりと八人の集中力を削いでいく。
花の量が多くなっている場所。そこを発見するのは比較的容易であった。
(「とすると、中心は‥‥」)
航空写真と照らし合わせながら、悠はじっと花畑を見据える。
虫の多寡と、花の異常増殖ラインは確かに重なっているように見えた。
メアリーもまた、それらを確認している。
ブルームの居場所は、推定通りならばそこである、という予測はたったのだ。
では、何が彼女らの判断を邪魔しているのか。
二人のいる木は、事前に想定していた程高くは無いものの、全体を見るには十分だ。
だが、林の中までは見ることは出来ない。
もしも、そこに別のブルームがいたなら?
それを判断するためには、情報が足りなすぎた。
「‥‥危険な賭けになるけど、でも、これ以上は迷っていられない‥‥!」
メアリーは無線機を取り出す。
『目に見える範囲でのブルームは、一体のみである』。その決断は、果たして吉と出るか凶と出るか。
「予測地点は、7のGです」
応じて、悠も無線を通して伝える。
地図を十メートル毎に区切り、縦を1〜13、横をA〜Mと番号付け、位置情報を手早く伝えられるようにしていたのだ。
それを受けて、駆逐班が動き出す。
花畑に侵入した彼らを見て、ナレインと炎西はいつでも動けるように体勢を整えた。
「‥‥大丈夫。絶対に助けてあげるからね」
だから安心して、とナレインは言う。
グラップラーの瞬天速は、生気吸収に倒れた仲間を救い出すには最良の手段の一つだ。
彼女、いや彼らが後方に控えているという事実は、駆逐班にとって大きなアドバンテージと言える。
そして、駆逐班の四人は花の異常増殖ラインへと迫って行った。
●悪意を植えた者
ウェスト、無月、つばめ、光佑の四人は、危険ラインギリギリで一旦停止する。
危険という認識があればこそ、その境界の内側は異常だった。
「‥‥ふん、命の気配が見えないねぇ〜?」
うっすらと目を光らせたウェストが、腹立ち気に言う。
「現実離れしている‥‥いや、しすぎている‥‥」
無月も訝しげに呟く。
花しか存在を許されない場所。
ある意味では聖域のようなそこは、命ある者にとっては強烈な違和感を伴う領域だった。
「ふん、かくれんぼは上手なようだな!」
光佑の強がりも、ここでは空しく響いた。
「‥‥でも、それもここまでです」
ふぅ、と息を吐き出し、つばめは長弓に弾頭矢を番える。その髪が微風に揺れ、構える腕には幾何学模様が浮かび上がっていた。
同じ頃、悠もまたガルダに弾頭矢を番え、花畑の中心を狙う。
『弾頭矢、撃ち込みます。みんな、気ぃ付けてや?』
無線からその声が流れた一瞬の後、矢が駆逐班の上空を通過する。
それに合わせて、つばめもまた矢を放った。
二つの弾頭矢がタイミングと場所を僅かにずらして、花畑の中心付近に着弾する。
腹に響くような爆発音が巻き起こり、花と土とを吹き飛ばす。
その中に光る、赤い輝き。
「いた!」
そう叫んだのは誰だったか。
上部を覆う土を弾き飛ばされ、ブルームはその正体――巨大な球根のような物体だ――を地上に露出していた。
「‥‥何よ、アレ‥‥?」
あまりの異相に、ナレインは言葉を詰まらせる。
その球根は、五メートルはあろうかという巨体に各所から根のような触手を生えさせ、何よりその表面に走る皺は、まるで醜怪な人面のようであった。
その触手がうねり、巨体をやや浮かび上がらせる。
「趣味の悪い造形だ‥‥」
吐き捨てるような無月の言葉は、そのキメラの外見を端的に表しているといえる。
「植物キメラか、はたまた植物に擬態するキメラか‥‥まだわからないねぇ〜?」
けひゃひゃ、と愉快そうにウェストが笑う。科学者としての好奇心が良心に勝ったのだろうか。
「ブルームの正体見たり狂い花‥‥たあっ!」
紅色の美しい槍を赤く輝いたつばめが一気に間合いを詰め、ブルームに突き立てる。
予想外に硬いキメラの外殻の合間を縫うかのようなその一撃は、地面とブルームとを繋ぎとめた。
きりきりと音を立てるイグニートを、つばめは強引に押さえ込む。このままブルームを抑え込む腹か。
「狙うには苦労しない‥‥な‥‥」
無月は大股で踏み込むと、体を一気に捻り、ばねの要領で月詠を抜刀した。
音速を遥かに超えた剣速は大気を引き千切り、ソニックブームを発生させる。
見えない刃がブルームの触手を寸断し、喘ぐ本体を弾痕が穿った。
赤い輝きを纏ってフォルトゥナ・マヨールーを構える無月の背後から、風を切って矢が飛んだ。
悠のガルダから放たれた矢が、駆逐班の足元に迫っていた触手を縫いとめる。
「‥‥お痛はめー、やで?」
不敵に笑う悠は、高所という利を活かして射程ギリギリの敵を上手く狙撃していた。
彼女の腕が無ければ、まず当たらない距離だろう。
「さて、アレは移動するかね〜?」
いつの間にか後方へ下がり、駆逐班の武器へ練成強化を施していたウェストが、おもむろにエネルギーガンを取り出す。
己に電波増幅を施した超機械は、さながら稲妻の如く飛び、ブルームの巨体を焼く。
「移動なんかさせるもんかっ!」
光佑がS−01を撃ち放つ。
だが、本体に当たった銃弾は硬殻に阻まれ、有効打とはなっていない。
軽く舌打ちして飛び出すと、赤く輝かせた蛇剋を振り上げて地に叩きつける。
両断剣を付与した一撃で土が抉れ、潜んでいた触手の一つが弾けとんだ。
猛攻と呼んで差し支えない攻撃にも、ブルームは耐える。
と、球根の皺が歪んだかと見えた瞬間、周囲の空気がざわめいた。
「しまっ‥‥!?」
無月が呻いた時には遅い。
体から一気に力が抜ける感覚に、ブルームに近付いていた三人は体勢を崩す。
「今助太刀に行くわっ!」
彼らの意識が朦朧としかけた時、ナレインの声が響いた。
瞬天速で生命吸収の範囲外から一気に入り込んだナレインと炎西が、三人を助け出す。
「傷が‥‥!?」
安全圏に脱出した後、キメラを振り返って絶句したのは炎西だ。
やはりというべきなのか、生命力を吸収したブルームはその体の傷を癒していた。
縫い止められた槍も、今にも地面から外れてしまいそうである。
「長期戦は望ましくなさそうね‥‥」
木から降りるのに手間取ったメアリーが、六人と合流して呟く。
「何、次で決めてしまえば良いのだよ〜」
けひゃひゃと笑うウェストに、無月、つばめ、光佑の三人が同意して頷く。
仕切り直し、能力者たちは再びブルームの領域へと突入する。
まず、ナレインが一気に間合いを詰め、その麗美な蹴撃を繰り出す。
ブーツに仕込まれた刹那の爪が、淡く光りながら球根の表面を削る。
「んもう‥‥堅いわ、ねっ!」
思うように通らない攻撃に、ナレインは苛立たしげに脚を振りぬく。
その軌跡は偶然にも、キメラの硬殻の隙間を直撃したようだ。
「あらやだ、大当たり?」
身悶えるブルームに妖しげな流し目を送って、駄目押しとばかりに蹴り上げる。
そこへ、炎西の放ったS−01の銃弾が殺到する。
「あなたの好きにはさせません!」
四連の弾丸が球根の表面を穿ち、先ほどの無月が穿った弾痕と相まってヒビを生じさせる。
続いてメアリーが瞬天速でキメラの懐へと飛び込んだ。
その手に構えたファングを振りかぶると、一気に打ち下ろす。
「これは無理矢理咲かされたお花たちの分! これは命を失った生き物たちの分! これは生気を吸われた皆の分! そしてこれは私の怒りの分だっ!」
豪打四閃。
ヒビがファングによって抉られ、遂に甲高い音を立てて割れ飛ぶ。最後の拳が、硬殻に守られていたブルームの本体へ痛撃を与えた。
攻撃の後にメアリーがブルームをすり抜けると、その後を追う様につばめが駆け込む。
「私の槍‥‥返してもらいますっ!」
気合一閃、キメラに突き立ったままのイグニートを握りしめ、それを抜き取る。
返す刀で力任せに紅槍を振るい、硬殻を更に砕いた。
「頭を下げろっ!」
響いたその声に、つばめがとっさに身を伏せる。
その上を見えない斬撃が通り抜けた。
隠されたキメラの内部に牙を立てたのは、紛うことなく無月のソニックブームである。
声が出せるならば絶叫しているであろうブルームは、その巨体を大きく震えさせた。
苦し紛れに残った触手を振り回すも、それは次々に矢で縫い止められる。
「ふふん、うちがいる限りはそんなことはさせへんよ?」
弓に矢を番えながら、悠は鋭い眼光を見せる。
「けひゃひゃ、良い感じに仕上がってきたね〜」
笑いながらウェストがエネルギーガンを撃ち放つ。
小規模な落雷でも起こったかのような電磁波の爆発がブルームの外殻を吹き飛ばし、致命的な損傷を与えた。
「厄介な敵だったよ、おまえはっ!」
光佑が、赤く輝いた蛇剋を硬殻の内部に突き立てる。
ビクンとブルームは硬直すると、萎れる様に地面に倒れ伏す。そして、そのまま動かなくなった。
同時刻、某所にて。
「ありゃ、やられちゃったよ?」
一人の科学者然とした男が、モニターから消えた光点を見て呟いた。
「能力者の仕業でしょう」
後ろで、助手のような女性が興味無さげに応じる。
「自信作だったんだけどねぇ、花咲かせる君一号」
「ネーミングセンス最悪ですね」
突っ込みにけらけらと笑いながら、男は手元のボタンを押す。
ブルームの骸が突然燃え上がり、一瞬で灰になったのはその時だった。
●慈愛を植える者たち
「な、何だったの‥‥?」
突然灰と化したブルームに、ナレインは驚きを隠せない様子だ。
他のものも、しばし呆然と灰を見つめる。
ふと一陣の風が吹き、その灰が吹き散らされた。
「‥‥それにしても、派手にやってしまったようだね〜」
いち早く気を取り直したウェストが、周囲の惨状を見て笑う。
つられて、無月と炎西、光佑も顔を見合わせて苦笑した。
ブルームがいた地点を中心に、土は抉られ、花は踏み荒らされ、戦いの傷跡が生々しく残っている。
「よしっ!」
ぱん、とメアリーが手を打ち鳴らした。
「きちんと修繕していきましょう!」
庭師の血が騒ぐのか、彼女の目はやる気に満ちている。
ナレイン、悠、つばめの女性三人(?)組もまた、その提案には至極乗り気のようだった。
残された男性陣も手伝わないわけには行かない‥‥のであるが、ウェストは一人土を掘り返している。
「‥‥デューク、何を‥‥?」
「キメラの根でも残っていないか、とね〜。貴重なサンプルなのだよ〜」
ちなみに、彼がシャベル代わりに使っているのは血桜だ。コレクターが見れば泣き出しそうだ。
そんなマッドサイエンティストを放ったまま、七人はそれぞれに作業を開始する。
「その花はこの辺りで、あ、ちょっと待って、今腐葉土を鋤きこんでるから」
メアリーの指示で、テキパキと能力者たちは花畑を修繕していく。
「ねーメアリーちゃん? この種は何処に植えれば良いかしら?」
ナレインが取り出した種(最初に有名なお菓子を取り出してしまったのは内緒である)を見て、メアリーが少しだけ考え込む。
種を持ってきたのはナレインだけではなく、無月と悠もである。
特に悠は、四季それぞれに咲く花の種を持ってくるという力の入れようであった。
「キメラがいなくなったここが、街の人たちの憩いの場所になればええねぇ」
悠の呟きに、炎西が笑顔で頷いた。
その手の上には、序盤に捕まえたカブトムシが動いている。
「‥‥無事でよかった」
そっと地面に下ろせば、慌てたように茂みの中へと消えていく。
林の中に咲いていた、否、咲かされていた花々も、メアリーの主導で日の当たる場所へと移しかえられている。
抉れた土は丁寧に直され――熱心に掘り返していたウェストは、根が一向に見つからなかったことで魂が抜けたようになっている――花たちは命の残滓を懸命に咲かそうとしている。
「‥‥ブルームも、お花たちと共存できたなら良かったのに、ね」
「花を咲かせる‥‥その能力だけだったなら、本当に素晴らしい‥‥」
ナレインと無月の呟きが、穏やかに咲く花々の中へと消えていった。