●リプレイ本文
●迎撃
ニューギニア島UPC軍基地。
大規模なレーダー施設を擁するここは、東南アジア防空網の一角をなす要所だ。
その急所、レーダーを目指してキメラは木々を縫って低空を飛ぶ。
やけに細長い身体、言うなればミサイルに手足と羽根を取って付けたような異形のキメラは、上空を飛べば対空砲の餌食となることを分かっているかのようだった。
海岸の防衛線は決して薄くない。最前線を支えるこの基地に所属する部隊は、いずれも精鋭揃いだ。このミサイルキメラ五体を除いて浸透を許さない事実が、それを証明している。
そして、部隊の後ろにはラストホープからの能力者部隊が控えている。
隙は無い。
一つの不安があるとすれば‥‥このキメラの能力が未知数であることだろう。
「うひゃあ、いい眺めだぜ!」
ルクシーレ(
ga2830)が、小高い丘の上にあるレーダー施設のフェンスの上で、気分良さそうに胸を反らせた。
本当ならばレーダーアンテナの上に登りたかったのだが、流石にそれは禁止とされたのである。
尚、レーダーの形状についての描写も、軍事機密ということで差し止められている。
ともあれ、足場としては良好とは決して居えないフェンスの上で、ルクシーレは満足げに笑っている。バランス感覚は、流石グラップラーというところだろう。
その姿に苦笑しながら、ケイ・リヒャルト(
ga0598)とヨグ=ニグラス(
gb1949)はレーダー周辺の地理と地図を見比べて、東南東から迫るというキメラへの迎撃策を練っている。
「二人が居てくれたら心強いわ」
嬉しそうな様子でケイとヨグに声をかけたのは、二人の友人であるナレイン・フェルド(
ga0506)。
三人が和やかな雰囲気を見せたのも束の間、即座に気を引き締めなおす。
この場に集った八人が選んだ防衛方法、それは三段構えの布陣であった。
前衛にナレインと九条・縁(
ga8248)。中衛には月森 花(
ga0053)、ケイ、ヨグ。そして最後の守りとなる後衛がルクシーレ、八神零(
ga7992)、天(
ga9852)だ。
それぞれに配置につく能力者たちに、ルクシーレが警告を飛ばす。
「皆、強力なレーダー波は電子レンジみたいなもんだからな! 気をつけろよ!」
「むぅ‥‥噂に聞く電子レンジの猫か」
「知っているのか縁?」
思わず反応した縁に、天が聞き返す。
実際には、レーダー波の通常出力はそこまで強くは無い。もっとも、最大出力で発振し続ければ、あるいは悪影響もあるかもしれない。
そんなやり取りの最中、双眼鏡で前方を監視していた花が林の中に高速で移動する影を発見した。
間違いない。キメラだ。
「来ます‥‥。ケイさん、ヨグさん、準備は‥‥いいですか?」
金色の瞳と仄かに光る両腕が、彼女が覚醒したことを示している。
ケイとヨグは小さく頷くと、それぞれの武器を構える。
「飛行キメラは好きではないけど‥‥必ず守り通すわ‥‥!」
前衛でキメラを押し留める壁となるべく、ナレインは気合を入れなおす。
縁もまた、全身から黄金のオーラを放出しつつ林を見据える。
「‥‥来たか」
ぽつりと、天の背後に文字通り影のように立っていた零が呟いた。
瞬間、木々の隙間から信じ難い速度でキメラが飛び出してきた。
●誤算
「速い‥‥っ!?」
花が呻く。
彼女のドローム製SMGが勢い良く弾丸をばら撒くが、距離もあってかキメラは易々とその弾幕を潜り抜ける。
続いて、ケイのスコーピオンとS−01、ヨグの燈火による弾頭矢の射撃が降り注ぐ。
弾頭矢が爆ぜて小規模な爆発を起こした。
「やったですっ!」
「まだよっ!」
歓声を上げるヨグだが、ケイはすぐさま銃を構え直す。
その言葉どおり、爆煙を抜けてキメラは姿を現す。無傷だ。尋常な身のこなしではない。
弾幕とはいえ、人数が少なすぎる。全員でタイミングを合わせて一斉にでもなければ、素早いキメラの動きを制限することは難しいだろう。
「お前たちは、地を這いずるのがお似合いだよ」
煙から出たところを狙い撃ったのは花だ。視界が悪かったのか、キメラの動きが多少直線的になったところを見事に撃ち抜く。
羽根を破壊されたキメラは、奇怪な叫び声をあげながら尚も前に進もうとする。
「一匹も逃がさない‥‥」
その身体へ、花がトドメの銃撃を送り届ける。まずは一体撃破。
だが、その間にも残りが次々とレーダーへと迫っていた。
最短距離を進むつもりなのか、キメラは前衛の二人へと急激に距離を詰める。
「こんなに速いってな何の冗談だ! ああチクショー! やってやるよ!」
縁が悪態をつきながらもエネルギーガンを撃ち放ち、ついでS−01で銃撃を開始する。
だが怒涛のような電磁波も、空気を貫く弾丸もキメラを掠りさえしない。
「ザコキャラが! テメエラ纏めて死んで俺の経験値になれー!」
怒髪天を衝いたかのような調子で、縁はクロムブレイドを抜き放つ。言葉の勢いとは裏腹に、その目は至極冷静だ。
コンパクトに振りぬかれた刃は空気を逆巻き、真空の刃を造り上げる。
空間を切り裂いた刃は線の動きでキメラに殺到し、避け切れなかったキメラの足を一本切り落とした。
だが、そんなことなど構いもしないかのようにキメラは飛び続ける。
「一つの目的のみを遂行するようにプログラムされたキメラなのね‥‥。可哀想な命‥‥」
ナレインは、その秀麗な面差しを一瞬翳らせるが、かといって手加減をするわけにもいかない。
その脚に仕込まれた刹那の爪を閃かせ、自らの脇を通り抜けようとする手負いのキメラを叩き落した。
衝撃に悶えるキメラ。そこへ流れるような踵落しが炸裂し、その命を刈り取った。残りは三体。
生き残った生体ミサイル達は、仲間の屍――そういった認識があるのかは疑問だが――を気にも留めず前衛を突破した。
「一つの事しか頭に無いのね? 慌てん坊サン達」
不敵に笑いながら、ケイが一瞬で狙いを定めて両腕の銃を撃ち込む。
その弾丸を踊るようにキメラは回避していくが、そう何時までも避けきれるものではない。遂にはその弾丸がキメラの羽根を食い破った。
「鉛の飴玉、お味はいかが?」
「ケイ姉様、流石ですっ!」
薙刀に持ち替えていたヨグが、身に纏ったAU−KVを淡く光らせ、そして各所からスパークを発しながら地に落ちたキメラへと一気に飛び掛る。
「龍の刃、その身に味わえ! ‥‥です!」
パワードスーツはその恐ろしいまでの力を解放し、キメラを紙の如く両断した。残りは二体。
「くっ、ここまでとは‥‥」
後衛まで一呼吸で迫らんとするキメラの速度に、天は焦りを隠せない。
「だが、俺たちが最終防衛ラインだ‥‥抜かせるわけにはいかない!」
「ここを奪われる訳にはいかない‥‥。影縛り、奴らに見せてやろう」
「ああ。零、俺の背中はお前に預けた!」
漆黒に染まった髪をなびかせ、天は両の手に壱式を構える。
その姿にぴったりと寄り添うように、零も黒い炎を纏わせた月詠とアラスカ454とを構えた。
キメラが迫る。その姿を追うかのように味方の射線が時折混じるが、誤射を恐れてか思うように狙えていない。
「まだだ‥‥もっと近くに来い、来い‥‥来いっ!!!」
鼓動が高鳴る。心臓がまるで頭の中にあるかのように、大きく聞える。
キメラが迫る。迫る。キメラの鼻先が、手を伸ばせば触れそうなほどに近くになる。
瞬間、世界から音が消えたように天は錯覚した。
自分の息遣いだけが聞える。キメラはやけにゆっくりと自分の横を通り抜けるように見え――。
「ここを通行止めだ。他を当たれ」
アラスカ454の爆音にも似た銃声が、彼の世界に音を取り戻させた。
天の姿をなぞるように動いた零は、キメラからは全くの死角となっていた場所から絶妙なタイミングで射撃した。
タイミングは必中。威力は申し分無し。
だが、驚くべきことにキメラはその突出した反射神経のみで弾丸を回避して見せた。
「馬鹿なっ!」
有り得ない、と零は思わず呻く。
そう、意思を持つキメラであるならば、死角からの攻撃は確かに有効だ。
だが、意識を持たず、単に攻撃された瞬間に反応して回避する。そんなプログラム通りの行動しか取らないキメラだったとしたら?
影縛り。彼らの想定では、不意打ちを受けたキメラは少なからず動揺を見せる‥‥筈だった。
「くっ‥‥抜かせはしないと言ったはずだ!」
一体目に続いて脇を抜けようとしたキメラに、天は叫んで素早く壱式を繰り出す。
しかし、想定外の事態に僅かに呼吸が乱れたのか、突き出された細刃をすり抜けるようにして、キメラは天を突破する。
一瞬で自らの剣の届かぬ距離まで移動したキメラに、天は悔しげな視線を送るしか出来なかった。
「目障りだ‥‥!」
零は一瞬でアラスカ454を月詠と持ち替えると、赤いオーラを纏って二本の月詠で空を裂く。
断裂した大気は、逆巻く衝撃波となってキメラを背後から襲った。その背に十字の傷跡をつけ、一体が地面と激突して息絶える。
残りは一体。
レーダー施設は‥‥もう目の前だ。
キメラと能力者たちが干戈を交えて、まだ十秒と経っていなかった。
●苦渋
レーダーに迫るミサイルキメラを追って、ナレインが目にも留まらぬ速度で駆ける。
その様は疾風という表現すら生ぬるい。
「銃が上手くない事ぐらい、自分でわかってる‥‥だからっ!」
S−01でキメラの羽根へと狙いを定める。
小刻みに揺れるその翼を十分に狙うには、余りにも時間が少なすぎた。
撃ち出されたその弾丸は、無常にもキメラの胴体を掠めて地に弾痕を穿っていく。
遂にキメラは、レーダー前方のフェンスを突き破った。
「そうは思うようにやらせねぇんだよ!」
と、ルクシーレがそのキメラとレーダー施設との合間に瞬天速で割って入る。
彼は後衛の中でもレーダーに張り付き、文字通り最後の壁として待機していたのである。
「正面からとは良い度胸だぜ! 串刺しにしてやらぁ!」
両手にバスタードソードを構え、駆け込んだ勢いをそのままにキメラを串刺しにせんと踏み込む。
その刃がキメラに突き立つ寸前、ルクシーレはキメラの無機質な顔が醜く――まるで嘲笑するかのように――歪んで見えた。
轟音。
「ぐはっ!!」
爆風に吹き飛ばされ、ルクシーレはその身をレーダー施設の壁に叩き付けられる。
「自爆だと‥‥!」
猛烈な爆発と衝撃波に顔を庇いながら、零が奥歯に力を込める。
辺りに立ち込める爆煙。
キメラに突き破られたフェンスは、その姿を更にひしゃげさせている。その威力は、あるいは本当に小型のミサイルに匹敵するかもしれなかった。
「ルクシーレさん!」
花の悲痛な叫びが響く。
あの爆発を間近で受けて無事なはずが無い。だが、この煙では中の様子は見えない。
そこへ、押し出された空気が舞い戻るように風が沸き立った。
土埃が流され、爆心地の様子が明らかとなる。
「――っ!」
ナレインが息を呑んだ。
小さなクレーターが出来ている。そして、壁にもたれるようにして倒れているルクシーレの姿。
花、ナレイン、ケイの三人は慌てたように彼に近付く。
「ルクシーレさん! 返事をしてください!」
花に肩を揺すられ、覚醒の証であった仮面のような皮膚が、ルクシーレの顔からぱらぱらと落ちる。
ケイは冷静に脈を取ると、ほっと息をつく。
「‥‥大丈夫。息はあるし、脈もあるわ」
その言葉に、花とナレインが胸を撫で下ろした。
命に別状は無さそうだが、その傷はあまりにも痛々しい。露出した肌は、所々が爆風で飛んだ小石やキメラの破片で抉られており、火傷も負ってしまっている。
「急いで、基地の救護室へ運びましょう。‥‥それと、レーダー施設のことも伝えなければいけないわ」
ナレインが傷に触らないよう、そっとルクシーレを抱え上げる。
見上げたレーダーは、爆発の余波を受けて各所にダメージを負っているのだと、素人目にもわかるほどだった。
だが、基部や構造自体は、致命的な損傷は見受けられない。
ルクシーレが、図らずも至近距離で爆発を受け止めたためだろう。
「‥‥チックショー! 卑怯だろうが! 正々堂々と戦えってんだ!」
縁がやり切れない思いをクロムブレイドに託して、地面に叩きつける。
鈍い音と共に突き立った刃に、天の苦渋に満ちた表情が映った。
「レーダーしか眼中にない‥‥それをわかっていながら‥‥っ!」
救護室へ向かうナレインとルクシーレ。そして司令室へと向かう花とケイ。
四人を見つめながら、ヨグはAU−KVの装着を解除した。その目は、潤んだように輝いている。
「称号負けしないように‥‥もっと、もっと頑張るですよ!!」
自らの不甲斐なさを逆に糧として、誓い新たにする少年。
いや、それはこの場に居る全員がそうなのだろう。
「この借りは、必ず決戦の地で返してやる。待っていろ、バグアめ‥‥!」
零もまたその鋭い瞳に静かな闘志を燃やし、彼方に居るであろう敵を見据えた。
大規模作戦はまだ始まったばかり。
リベンジの機会は、きっと訪れるだろう。
某所にて。
「え? 作戦は成功、レーダーに損害を与えた? ああそう。そりゃおめでとう。それだけ? はいはい」
一人の科学者然とした男が、興味無さげに通信を終える。
その背後から、助手と思しき女性が近付いてきた。
「何です?」
「前に無理矢理持ってった、生きてるミサイル君二号がね、どこぞのレーダーに被害を与えたんだって」
「はぁ。あんな失敗作でも役に立つものですね」
失敗作は酷いなぁ、と男はケラケラと笑う。
「プログラムされた行動しか取らないキメラなど、意味がありません」
「キメラは生体兵器。余計な事なんかさせない方が、軍事には使いやすいのさ」
「相変わらず理屈だけはご立派ですね」
一体どちらが偉いのだろうか。
傍若無人な女性にも、むしろ男は愉しげであった。
ニューギニア島を守備するUPC軍は、レーダー施設の出力低下によってその防空網が一時的に弱体化してしまった。
そのカバーのため、当面は基地守備隊を増強せざるを得ないという。
インド方面の苦戦が報じられる中、基地司令は苦虫を噛み潰したように呟いた。
「バグアめ‥‥。この基地を攻めることすら陽動のうちか? 味な真似を‥‥!」
それが事実であっても、レーダーが不調となってしまった以上は守りを疎かには出来ない。
バグア豪州軍の本拠地は、目と鼻の先にあるのだ。
インドへの援軍の規模は、多少なりとも縮小することとなるだろう。
激戦となるだろうインド戦線を思い、基地司令は思わずその足を踏み鳴らした。