タイトル:剣聖マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/12 01:16

●オープニング本文


 凛と張り詰めた空気が、道場内に満ちている。
 そこには壮年の男性が一人、微動だにせず鈍く輝く刀(恐らく竹光だろう)を青眼に構えていた。
 板張りの床に、ぽたりと一滴の汗が落ちる。
「‥‥気が乱れているぞ」
「は‥‥」
 道場の奥に備えられた神棚、その前で老人が瞑想している。
 年の頃は七十辺り、だろうか。
 粟立つ心を指摘された男性は、目を閉じて大きく息を吐く。
 再び目を開けた時、その視線に迷いは感じられなかった。
 一瞬の後、朝の空気を切り裂く甲高い音が道場内に響いた。

 老人の名前は、安曇野昇山。
 念流から分派した小さな流派――『寡流』と老人は称している――の道場の師範であり、その筋では名の通った人物である。
 老いて尚冴え渡る剣技は、正に神業の域に達していると言えよう。
 剣聖、と呼ぶ向きもあるが、老人は笑ってそれを否定している。
 もう一人の男性の名前は、葦原光義という。
 老人の唯一の弟子にして、『寡流』の後継者と目されている人物である。
 師をも超える稀代の剣士となるに足る天賦の才と、弛まぬ努力。
 その腕は既に、師をおいて他には相手になる剣士はいないと言われている程だ。
 二人は、どちらも能力者ではない。
 だが、眉唾物の話ではあるのだが、ある時小型のキメラが道場を襲ったが、それを苦も無く追い払ったのだとする噂がある。
 真偽は定かではないが、少なくともその与太話が真実味を帯びる程には、老人と男性の腕は卓越しているということだろう。

「師匠」
「何だね」
 二人が座して瞑想している時、ふと光義が昇山に声をかけた。
「能力者の技を見たことはおありですか?」
「ははは。こんな辺鄙な山の中に居ては、噂程度にしか聞いたことはないね」
 穏やかに笑う老人。
 光義は、それを聞いてじっと考え込んでいる様だった。
「‥‥気になるかね」
「はい」
 そうか、と老人は頷くと、静かに立ち上がった。
 何事かと、光義もまた立ち上がる。
「世界は激変した。能力者の登場も、その一つだ」
 老人の言葉に、光義は頷く。
「彼らの技はどの程度練られているのか。それは私にも分からない。だが、一つ道を窮めんとする者なれば、それで済ませるわけにもいくまいよ」
「では」
 子供のような笑顔で、老人は光義へと向き直った。
 光義もまた、期待に胸を躍らせる表情をしている。
「是非とも、手合わせを願おうではないか」



「――と、言うわけで、『寡流』という流派の剣術道場からの依頼だ」
 メアリー=フィオール(gz0089)が、集まった能力者たちへと説明している。
「要するに、稽古の相手をしてもらいたい、ということだな。向こうは刃引きの刀を使うそうだが、君らの獲物は何でも構わない、とのことだ。‥‥例えそれが銃器でも、な」
 最後の補足に、ざわりと場がどよめいた。
 余程腕に自信があるのか、あるいは‥‥。
「君らの懸念は分かる。だが、その心配は無用の様だ。そこの師範は、何でも剣聖と呼ばれる程の使い手らしい」
 ジャパニーズブレイドマスター、か。
 メアリーはそう言って微笑む。その顔が少しだけ残念そうなのは、あるいは自分の目でその姿を見てみたかったからかもしれない。
 ともあれ、依頼を引き受けた能力者たちは踵を返そうとし、そこで彼女に呼び止められた。
「そうだ。念のため言っておくが、覚醒は厳禁だぞ? いくら剣聖とはいえ、相手は一般人だからな。覚醒できなければ、SES兵器もただの武器だ。肝に銘じておいてくれ」
 分かっているよ、と能力者たちは笑い、改めて依頼へと出発するのだった。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
狭霧 雷(ga6900
27歳・♂・BM
サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
シヴァー・JS(gb1398
29歳・♂・FT
常世・阿頼耶(gb2835
17歳・♀・HD

●リプレイ本文

●剣聖
 山奥に佇む、決して大きいとは言えない道場。
 この場に十名の人間が集まるのは、果たしていつ以来なのだろうか。
(「わたくしの道場で刀を取ってから合流する予定だったのですが‥‥」)
 試合場を区切る掠れた白線の外側で、シヴァー・JS(gb1398)は心中少しだけため息をつく。
 ちらりと見やった先には、サヴィーネ=シュルツ(ga7445)。
 視線を受けて察したのか、彼女は気にするなとばかりに笑いかける。
「‥‥今回稽古のお相手をさせて頂く、ULTの傭兵です。どうぞお手柔らかに」
 その表情で肩の力を抜くと、シヴァーは改めて目前に立つ老人、安曇野昇山へと一礼した。
「こちらこそ」
 柔和な表情で昇山は答えると、一礼して試合場へと足を踏み入れる。
 同様にシヴァーも進み出ると、中央で二名は対峙した。
「参ります」
 構えたと見るや、シヴァーは鞘に入れたままの蛍火で打ちかかる。
 斬撃では無く、打撃。
 その一撃一撃は重く、当たったならば骨まで砕かれてしまうだろうと思われた。
 だが、受ける昇山は何処か余裕を見せつつも、見事に猛撃を捌いてみせる。
(「流石は‥‥。しかし、その余裕が命取りです!」)
 昇山は自ら攻めようとはしていなかった。
 受動的とも言える姿勢を崩さんと、シヴァーは鞘に秘めたその刃を一気に解き放つ。
「なっ!?」
 神速の抜刀はしかし、抜き撃つ寸前に昇山の刀によって叩き落されていた。
「速く、鋭い太刀筋ですが‥‥貴方は気配をもう少し隠せると思いますよ」
「‥‥ご助言、感謝します」
 抜刀にはそれなりの体勢が必要となる。
 更には、狙い済ます気配は隠そうと思って隠せるものではない。
 乱戦ならばともかく、一対一でその気配は致命的なものだったのだ。

 二番手で試合場へと向かったのは榊兵衛(ga0388)だ。
「榊流古槍術継承者、榊兵衛と申します。達人と名高き安曇野昇山先生とこうして立ち会う機会を得られるとは望外の喜び。本日は宜しくお願いを致します」
「いやいや、こちらがお願いする立場なのですが‥‥」
 深々と礼をする兵衛に、老人は少しだけ困った様に笑った。
 ともかくも、中央にて構えを取る二人。
(「ほう」)
 昇山は、兵衛の構えを見て心中で感嘆した。
 次の瞬間、恐ろしい勢いで穂先が突き出される。
 槍の間合いは、刀と比べて段違いだ。兵衛はその利を活かしたまま、息つく間も与えずに槍を突き、払い、切りつける。
 防戦一方となる昇山だが、一際大きく槍を打ち払ったかと見た瞬間、裂帛の気合を込めて間合いを詰めんとする。
「っ!?」
 兵衛は応じて、槍の間合いを保とうと飛びのき――その目を疑った。
 老人は詰め寄るどころか、逆に自ら後方へと下がっていたのだ。
(「気圧されたか!」)
 軽く舌打ちをし、兵衛は再び昇山へと踏み込む。
 雄叫びと共に突き出された槍は、踏み込んだ勢いと共に昇山を貫かんとする。
 迫る穂先を最小限の動きでかわすと、老人はその柄を片手で無造作に掴み、ぐいと引っ張った。
 なまじ良過ぎた勢いのままに兵衛は体勢を崩し、気が付けばその喉に刃が宛がわれていた。
「駆け引きのご経験は、まだまだの様ですな」
「‥‥精進させて頂きましょう」
 快活に笑う昇山に、兵衛は瞑目して頭を下げたのだった。

「よろしくお願いします!」
 元気良く挨拶をして、常世・阿頼耶(gb2835)が試合場へと入る。
 その手には、最近始めたという薙刀。
 経験が浅い割には堂に入った構えを見せる彼女に、昇山は少しだけ微笑む。
 老人は少しだけ手加減をしようかと迷い、結局は止めた。少女の真摯な瞳に対する裏切りの様に思えたからだ。
 自然、勝負は一瞬で決する事となる。
 阿頼耶が振るった薙刀は昇山によっていなされ、長い獲物に振り回された少女の眼前で刃がぴたりと止まった。
「筋は中々。後は、自らの振るう武器を知る事でしょう」
「はい! ありがとうございました!」
 負けて尚笑顔の阿頼耶。
 その元気の良さだけではなく、きちんと礼節を守ろうとする姿勢も昇山には快く思えた。

 幅広の、自らの身長程もある刃、八卦大刀を振るって、サヴィーネは昇山に打ち込んでいく。
 走圏と呼ばれる独特の歩法は、日本には無い技術だ。少女の身には勝ちすぎる程の練達振りは、彼女の師の厳しさを物語っているともいえよう。
「日本のサムライとは一度戦ってみたいと思っていた」
 そう話していたサヴィーネは昇山との稽古を楽しみにする反面、老人と師を重ね合わせたのか、若干の恐れも持っている様だった。
 昇山自身は、滅多に無い他国の武術との手合わせに至極楽しそうではある。
 大刀が風車の様に回転し、左右から逆袈裟に都合四閃。
 刃の暴風をいなすと、老人は返礼とばかりに喉元へ突きを見舞い、その突きを刃で受けた少女がそのまま刀に沿う様に大刀を滑らせる。
 鍔で押し留めた昇山だが、密着した間合いを好機と少女は彼のわき腹へと寸剄を繰り出す。
 しかし、鍔迫り合いの形で片手となった隙を老人が見逃す筈も無く、体を捻って力のベクトルをずらし、サヴィーネの姿勢を崩した。
 踏鞴を踏んだ彼女の延髄に、冷たい感覚。
「その年でこれ程の腕前とは、末恐ろしいですな」
「私など‥‥まだまだです」
 目指す先は遠い、とサヴィーネは改めて実感した。

●寡流
「強くなる為にはどうすればいいんでしょう」
 白熱した稽古も一息つき、休憩にと能力者たちが持ち寄った菓子と共にお茶が入れられていた。
 何気ない会話の最中、阿頼耶がふと前述の疑問を口にしたのだ。
「それは‥‥やはり安曇野さんにですね」
 平坂 桃香(ga1831)が、やや期待するような目で老人を見やる。
 ふむ、と少しだけ考えてから、昇山は口を開いた。
「まずは、こうありたい、という理想を持つ事でしょう。それが見えたならば、後は道程を一つずつ登っていく、と」
 陳腐な物言いで恐縮ですが、と老人は笑う。
「重要なのは、焦らない事です。理想とは遠いもので、その距離ばかりが目に付いてしまいがちですが‥‥」
 歩んだ過程という物は、確実に身に付いているのだから。
 まるで孫に物語でも聞かせるような調子で、昇山は阿頼耶に語る。
 その様子に、九条院つばめ(ga6530)は自らの師でもある祖父との違いを感じていた。
 所作の隙の無さは共通しているが、物腰や性格の違いというものは確かにあるのだろう。
「それにしても、年若いお嬢さん方が多いものですな」
 桃香につばめ、サヴィーネや阿頼耶を見渡して、眼福眼福、と老人は冗談めかして笑った。
「俺が言えた義理では無いが、能力者は若いものが多い気がするな」
 真田 一(ga0039)は、そう軽口を返す。
 若い力か、と呟いて、昇山は嬉しげに微笑む。
「光義、お前も負けていられないな」
「は」
 それまで静かに話を聞いていた葦原光義が、重々しく首肯する。
 再び場が引き締まってきたのを見透かしたか、桃香はすいと立ち上がった。
「さて、じゃあそろそろ私の番ですかね。‥‥葦原さん、お願いします」
「師匠?」
 彼女の申し出に光義は、少々の困惑とそれ以上の期待の眼差しを昇山へと向けた。
 老人は笑顔で頷く。
「お手柔らかに」
 男は嬉々として傍らの刀を掴み、立ち上がった。

 軽快なフットワークで光義を翻弄する桃香を褒めるべきなのか。
 あるいは、ゴム弾とは言え銃撃を避けて間合いを詰めた光義を褒めるべきなのか。
「信じたくなっちゃいますね」
「何を、でしょう」
「キメラを退治したという噂です」
 機械剣を短刀の様に扱いながら、桃香は光義の斬撃をかわし続けている。
 先程まで見ていた昇山を柔とすれば、光義の剣は剛と言えるだろう。
「キメラでは無いが、冬眠明けのヒグマを退けた事ならある、と聞いた」
「‥‥真実味があって怖いですよ、それ」
 軽口を交わしつつも、お互いに攻撃の手は緩めない。
 カウンター気味に撃ち出される銃弾を光義が紙一重で見切れば、彼の剛剣を桃香は大きく動いて回避する。
 結局、勝負を分けたのは獲物の差だった。
 近距離の戦いでは、機械剣のスイッチを切ったままでは如何ともし難かった。
「ちゃんと相手ができたか、少し不安ですね」
「‥‥いや、これ以上無い相手だった」
 自らの反省点を考えているのか、それきり何事かを呟きだす男に、桃香は少しだけ安堵した様に笑った。

 入れ替わるように試合場へ入ったのは、昇山と一だ。
 変わらず刃引きの刀を正眼に構える老人を見据え、一は月詠と天照の二刀を抜き放ち、切っ先を下げて自然体で構える。
「‥‥二刀流剣士。真田一‥‥」
「寡流、安曇野昇山」
 名乗れば、応じて老人も返答する。
 青年の構えに何を思ったか、昇山は刀を担ぐように構えを変形させる。八双の構えに見えなくも無い、独特の型だ。
 攻撃的と見える構えに、一は内心おやと思う。
 今までは、どちらかと言えば相手の動きを受け、捌いた所で畳み掛ける様な、いわばカウンター使いの印象を持っていたからだ。
(「引き出しが多い、という事か」)
 ならば、後の先を取るまで。そう腹を括ると、毛程の気配も見逃すまいと気を張り詰めさせる。
 睨み合いは、唐突に終わった。
 跳ね上がるように動いた昇山の太刀が、大上段から袈裟切りに一へと襲い掛かる。
 一刀両断の気迫に満ちた斬撃は、それ故に軌道は単純だ。
 見切った、と一は勝利を確信する。
 天照で以ってその一撃を捌き、月詠でがら空きの左上段から勝負を決める。紛う事無き勝利のイメージのままに、青年の体は動いた。
 一の太刀で昇山の刃を受けた時、彼の腕は迎撃が空を切った事を知る。
 ‥‥次の瞬間には、一の額すれすれで刃が止まっていた。

「‥‥見えなかった」
 一礼して壁際へ下がった一は、無念そうに唇を噛んだ。
 そんな青年に、兵衛が声を掛ける。
「安曇野先生の太刀筋だが、あれは対峙して見えるものでは無い。少なくとも、初見ではな」
「同感です。振り下ろされた刀が、途中で一度跳ねてから再びあなたへ向かいました。‥‥大技です」
 呆れた様な口調で、シヴァーも言う。
 対照的に、感心したような表情でしきりに頷いているのは狭霧 雷(ga6900)だった。
「寡流、変幻自在な技の数々‥‥。見事です」
 ただ感心するだけではなく、雷は目前で立ち回る者の動きを頭に叩き込もうと必死だった。
 彼の独学の闘法は、他者の技を理解し、自身に合う様再構成する事から始まると言う。
「見る事もまた、戦いか」
 雷の様子に、一も気を取り直して試合場へと目を移す。
 そこでは、つばめと昇山の戦いが始まっていた。

「九条院つばめ、当家伝来の槍術でお相手します――いざ!」
 紅色の槍を構えるつばめの表情が何処か高揚している様に見えるのは、見間違いでは無いだろう。彼女もまた、武人であった。
 穂先が突き出されたと見るや横薙ぎに払う様に槍は軌道を変え、少女は手元で反転した槍の石突でもって再び強烈な突きを繰り出す。
 自らの丈程もある紅槍を縦横無尽に操るその実力は、彼女の培った経験に裏打ちされた確固たるものだろう。
 だが、経験という意味では昇山程の人物も早々いるものでは無かった。
 刀対槍。優劣は明らかだ。
 故に昇山が達した結論は、槍の間合いを如何に殺すかと言う事だった。
 ふと、老人の気が散漫になる。
「(この一撃は、強風を切り裂いて飛ぶ一羽の燕の如く――!)そこです!」
 鋭敏にそれを感じ取ったつばめは、必殺の気合を込めて槍を振るう。
(「飛燕、か」)
 少女の名前と鳥とを重ね、昇山は一瞬だけ口元を綻ばせると、揺らいだ気配のままに右足を踏み出す。
 そのまま半身になり紙一重で槍をかわすと、右腕で刀をつばめの小手部分にぴたりと当てる。
「‥‥噂以上でした。完敗、です‥‥」
「お若いながら、実に強かった。十年後が楽しみですね」
 そう言って労う昇山の目は、つばめだけではなく、その場にいる全員に向けられていた。

 青白い手甲を確かめる様にさすり、雷は目の前に立つ老人を改めて見据えた。
 我流というにもおこがましい。そう自嘲する彼の動きは、その実見事なものだった。
 剣道三倍段という言葉がある通り、無手で武装した者を相手取るのは容易な事ではない。
 昇山の剣閃を(手甲があるとはいえ)捌けただけでも、練達振りは明らかだろう。
 水を意識しているという体捌きは、受け流すという一点に置いて抜きん出ていると言って良い。
(「だが‥‥」)
 何かが足りない、と昇山は思う。
 対する雷は、受ける事に手一杯である現状に少しの焦りを抱いていた。
 昇山の動きは雲を掴むかの様で、一朝一夕には予測できない。
 次第に増大する焦りは動きを阻害し、それが更なる焦燥へと繋がる悪循環。
 結果は明らかだった。
「他流の技を糧とし、独自の技へと昇華なさろうとしている」
「仰る通りです」
 やはり、と昇山は頷く。
「それを悪いとは申しません。ただ、その中心を支える幹を据えるべきでは、と私は思いますよ」 
 年を取ると説教臭くなっていけませんね、と老人は笑った。

●胎動
「思った通り、良い景色だな‥‥」
 一が星明りに浮かぶ山々の紅葉を見やり、呟く。
 あれから雷とサヴィーネ、阿頼耶は昇山の指導で鍛錬に励んだり、兵衛とつばめは槍使い同士の手合わせをしたり、一と光義は剣術談義に興じたり、それを桃香が脇で楽しげに拝聴したりと、それぞれに思い思いの時間を過ごした。
 今は、つばめ特製の寄せ鍋を全員で賞味した後の、下山の途中である。
「んー、やっぱり武勇伝ってのは聞いてて楽しいものですね」
 食事の際に聞いた若き日の昇山の話を思い出して、桃香も満足気だ。
「他にも、一杯お話が聞けました!」
 強くなる為には、という疑問が氷解した訳ではないが、阿頼耶は少しだけ光明が見えた気がしていた。
 間近で見た『剣聖』の姿は、ある意味では強さの理想だったかも知れない。
「支える幹、か」
「八卦掌ならば、私が教えますよ?」
「何でしたら、わたくしの道場に入門しては如何です?」
 ふと呟いた雷に、サヴィーネは悪戯っぽい笑みを浮かべ、シヴァーは自らの流派の売り込みを計る。
 あはは、と引きつった様に苦笑して誤魔化す雷。
 そんな様子を笑顔で眺めつつ、つばめが兵衛へと声をかけた。
「十年後、またお相手して頂きたいですね」
「再戦の時まで鍛錬あるのみ、だな」
「うわぁ! 星が綺麗ですよ!」
 阿頼耶の歓声で皆が空を見上げる。
 寒気に凛と澄んだ夜空は、独特の透明感がある。
 あの星々の様に、彼ら、彼女らが輝く時は‥‥遠くないだろう。



 夜の森に、空を切る音が響いていた。
 光義だ。
 何時から素振りを始めたのか、晩秋だと言うのに湯気がたつ程に汗をかいている。
 がさり、と彼の目の前に人影が現れた。
「葦原光義さん、ですね」
「‥‥何者だ」
「僕は――」
 唐突に一陣の風が巻き起こり、木々がざわめく。
 冬の嵐が、訪れようとしていた。