タイトル:其は好奇心故にマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/20 23:32

●オープニング本文


「ん? ‥‥手紙での依頼、か」
 ある日、メアリー=フィオール(gz0089)は一通の手紙を受け取った。
 差出人は、ある研究所の研究主任、とある。
「研究所、か。新兵器でも開発したか? にしては、聞かない名前だが」
 言いながら何気なしに開封して、書いてある中身を確認する。

『 拝啓

  晩秋の侯、能力者の皆様におかれましては、如何お過ごしでしょうか。
  我々一同、幸いにも健康に日々を送っております。

  さて、この度お手紙を差し上げたのは他でもなく、皆様にご依頼したい事があるからです。
  この度、我々は新兵器を開発いたしました。
  といっても、既存のものを参考にしたものですので、目新しいものではございません。
  それはさて置き、是非とも皆様にその性能を試して頂きたく、厚かましくもご依頼の筆を取らせて頂いた次第です。
  新兵器の名称は「人型君一号」と申します。
  試験の日取りは、今週の日曜日。場所は前線に程近い、第52補給基地駐機場を予定しております。
  その際は、私と助手も出席させて頂きます。
  尚、皆様のご列席が叶わずとも試験自体は執り行わせて頂きますので、予めご了承ください。

  季節の変わり目となり、体調を崩しやすい時期となっております。
  皆様も、どうぞご自愛くださいますよう、お願い申し上げます。

                                     敬具 

                          バグアのしがない研究員より 』

「悪戯か」
 最後の一文に眉をひそめ、メアリーはため息をつく。
 職業上、こういった悪質な悪戯はたまに見かけることがあった。
 酷いものでは、ゾディアックを名乗る電話が掛かってきたことすらある。(もっとも、それは牡羊座を名乗る男性からであったが)
 だが、本人は悪戯のつもりであろうとも、この情勢下でのそれは紛うことなく犯罪である。
 メアリーは呆れたような表情で手紙を保安部へ回そうとし、ふと手を止めた。
「‥‥何故、補給基地だと知っているんだ?」
 差出人が一般人であるならば、基地の名称はともかくとして、用途まで分かるはずが無い。
 平時であれば、余程の軍事マニアなら知っているかもしれないが、今は違うのだ。
 前線を支える要である補給基地は、それ故に情報統制も整っている。
 軍の関係者であれば知っているだろうが、そういった立場の人間が出す手紙は検閲されるのが常識だ。
「ただの偶然、か?」
 とんとん、とメアリーは指先でこめかみを軽く叩く。
 偶然にしては、と思う。
 やけに丁寧な文体もそうだが、どこか人を小ばかにしたような妙な雰囲気があったのだ。
 俗に言えば、違和感を覚えた、ということになる。
「‥‥何も無ければそれで良し、か」
 結局、彼女は自らの勘を信じることにした。



 日曜日。
 朝早くから、補給基地の駐機場へ能力者たちが集まっていた。
「君らも苦労しているんだな」
 彼らに声をかけたのは、この基地の守備隊長であるガーランド大尉だ。
 以前にバグアの襲撃を受けてからある程度の兵力増強は行われたのだが、後方の基地を強化するにも限度はある。
 虎の子のKVを配置するわけにも行かず、何とか一個小隊程度が増員されたに過ぎない。
 故に、傭兵としての能力者の存在はUPC軍としても重要視しているのだが、上層部の一部からは単なる便利屋として思われている節が無いではない。
 閑話休題。
「悪戯の犯行予告とはいえ、無視するわけにもいかない内容ではな‥‥」
 ある程度戦力の整った基地を名指しされていたのならともかく、ここでは限界がある。
 もしも本当にバグアの言う新兵器――十中八九キメラだろうが――が現れたならば、補給活動に支障が出かねない。
 それは、危ういバランスの上に立っている前線の均衡を崩すことにも繋がるかもしれないのだ。
「まぁ、苦労はお互い様だよ」
 能力者の一人が、ガーランドへ笑って言う。
 それを聞き、大尉もまた笑った。
 その時、一台のトラックが基地へと近付いてくるのが見えた。
 トラックは、基地の手前にある兵士の検問を見て速度を落とし、次の瞬間けたたましい音を立てて急加速するとフェンスを突き破って駐機場へと突入してきた。
「な、何事だっ!?」
 ガーランドは咄嗟にアサルトライフルを構え、無線で指示を出す。
 その間にもトラックは駐機場へ突っ込んでくると、能力者たちの十メートル程手前で急ブレーキをかけて停止した。
 タイヤの焼ける臭いが一瞬広がり、それが収まるくらいでトラックの扉が開いた。
 思い思いに覚醒し、武器を構える能力者たち。
「や、これはこれは。お集まり頂いて恐悦ですよ」
 降り立ったのは、やけに大きなサングラスで目を隠した白衣の男性と、同じく白衣で仮面のようなもので顔を隠した女性。
「何者だ。所属と氏名を名乗れ。場合によってはこのまま拘束し、憲兵に引き渡す」
 ガーランドの威圧的な言葉に、白衣の男性はあからさまに怖がって見せ、両手を上げる。
「ああ、待ってください。検問を突破したのは、非常事態だったものですから。ええ、私はしがない研究員なのですよ。上の命令で仕方なくやったことなのです」
「所属と氏名を名乗れ、と言った筈だ。三度目は無いぞ」
 底冷えするような声音に、男は破顔した。
「大変失礼しました! 私は、あなた方の敵です」
「‥‥何だと?」
 一瞬だけ呆気に取られたガーランドの隙を見逃さず、白衣の女性が手元のボタンを押す。
 機械音を立てて、トラックの荷台が開き始めた。
 同時に、男が女を抱えて跳躍する。一気に十メートルは飛んだだろうか。人間離れした脚力だ。
「バグアか!」
「はい、ストップストップ。私は、あなた方と今戦うつもりは無いんですよ。私は、ね」
 武器を向ける能力者たちに、男はニヤリと笑ってみせる。
「皆さんの相手は、そこにいます」
 そう言って指し示した先は、開きつつある荷台。
「私‥‥ああ、もう畏まる必要も無いかな? 僕の作った新兵器、人型君一号が、ね」
 がこん、と音がして、荷台が開ききる。
 そこから現れたのは、虚ろな目と、対照的に酷く発達した筋肉をもった人間が二人。
 その手には、鉄の塊と言って差し支えない程に巨大な剣が一振り。
 人型のキメラ、なのだろう。
「ガーランドさんは下がって、守備隊を纏めておいてください。あの二人を逃がさないように」
「‥‥了解した」
 能力者たちはガーランドが後退したのを確認すると、改めてキメラと間合いを取る。
 ふと、キメラの片方が口を開いた。
『た‥‥す‥‥け‥‥て‥‥』
「っ!? ま、まさか」
 幾人かが、愕然とした表情をする。
 動きが硬直したその時を見計らったように、キメラは鉄塊を叩き付けた。

「相変わらず悪趣味ですね。後、いい加減下ろしてください」
「あいた」
 抱えていた女性から引っ叩かれ、男は彼女を地面に下ろした。

●参加者一覧

木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
M2(ga8024
20歳・♂・AA
鴉(gb0616
22歳・♂・PN
フィオナ・シュトリエ(gb0790
19歳・♀・GD
JOKER(gb1735
23歳・♂・DF
ヴィンセント・ライザス(gb2625
20歳・♂・ER
鳳覚羅(gb3095
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

●バグア
「バグアの研究員のおじさんとおばさん、せめて名前を聞かせてくれないかな?」
 ノトスを構えなおし、鳳覚羅(gb3095)が研究員の二人へと声をかけた。
「おば‥‥」
 その呼び方に、ぴしりと固まる仮面の女性。
 対してサングラスの男は、さも可笑しそうに腹を抱えて笑っていた。
 二秒後、その脇腹に女性の拳がめり込んで男は悶絶することとなる。
「げほっ‥‥あー、名前だっけ? 僕はアルフレッド=マイヤー。彼女はブリジット=イーデン。そうそう、彼女におばさんなんて言っちゃ駄目だよ。君と大差は無いんだからね」
 脇腹をさすりながら、男は、マイヤーはのんびりと自己紹介をした。
「まぁ、僕らの事なんかどうでも良いだろう? 君らはまず、目の前のキメラを倒さないとね」
 キメラという単語に僅かに力を込め、男は実に楽しそうな笑顔を浮かべた。

「こン、ど腐れとっとが‥‥!!」
 マイヤーの笑う姿が目に入り、北柴 航三郎(ga4410)は思わず怒気を露にする。
「落ち着くんだ。相手の思う壺だよ」
 木場・純平(ga3277)が、そんな航三郎の肩をぽんと叩く。
 そして、異形の人型キメラをちらりと見やり、少しだけ悲しそうな顔をする。
「ふむ‥‥。人間をベースに、意識をそのまま残しているんでしょうか?」
 同じ様にキメラを観察していたJOKER(gb1735)が呟いた。
「御託はいいですよ。さっさと終わらせましょう」
 言うが早いか、鴉(gb0616)が瞬天速で一体のキメラに突っ込んでいく。
 慌てて航三郎が練成弱体を対象に掛けるのと、鴉が蝉時雨でその左腿を切りつけるのはほぼ同時だった。
『いたい‥‥しにたくない‥‥』
 傷から赤黒い液体を流しつつ、キメラが呻く。果たして、それは残った意識故なのだろうか。
(「‥‥どうやって教えたんでしょう」) 
 その言葉に鴉が覚えた感情は、単なる疑問であった。
 思考の途中も、体は動き続ける。返す刀でもう一度腿を切り裂き、その勢いで身を翻すと反対の手に持ったフリージアで両の踝を打ち抜いた。
 姿勢を崩したキメラは、それでも巨大な剣を振りかざして叩きつけようとする。
『たすけて』
 だが、鉄塊が振り下ろされた時には既に鴉の姿はそこには無く、轟音と共にコンクリートが破砕されたのみだった。
 そこへ純平が飛び込んでくる。
 唸りを上げて迫る大剣を見事なステップで回避すると、レスリング様式の低空タックルでキメラの懐へと潜り込んだ。
 腿と踝とに大きな傷を負ったキメラは、それだけで大きく体勢を崩し、音を立てて仰向けに倒れてしまう。
「すまんが、動けない様にさせてもらう」
 そのまま滑る様に左足を抱え、強引にアキレス腱固めの形へと持っていこうとする。
 だが、そこを見計らったかの様にもう一体のキメラが大剣を振り上げて迫ってきた。
 関節技という姿勢から回避に移れない純平を救ったのは、M2(ga8024)だ。
 横合いから殴りつける様に襲い掛かったアンチシペイターライフルの弾丸によって、キメラは動きを止めた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かった」
 その間に体勢を立て直した純平は、一足飛びに後退して間合いを取る。
「次は俺の番だ‥‥この大鎌でその命苦しまない様に刈り取ってあげるからさ」
 入れ替わりに覚羅は一気に踏み込むと、赤く輝いたノトスを振るう。
 起き上がることもままならず、キメラは切り刻まれた。
「恨むなら恨め‥‥『You are not Guilty』」
 息を殺して死角に回り込んでいたヴィンセント・ライザス(gb2625)が、トドメとばかりに真デヴァステイターを放つ。
『いたい‥‥』
 遂に起き上がれぬまま、一体のキメラは息絶えた。 

●悪趣味
「首尾は?」
 フィオナ・シュトリエ(gb0790)の問に、ヴィンセントは軽く頷いた。
「ガーランド氏には、守備隊を纏めて退路を断ってもらう様頼んでおいた。ヘリも、何とかしてくれるそうだ」
「おっけー。じゃあ、あたしらは自分たちの仕事をきっちりとやろうか」
 得体の知れない研究員を逃がすまいと、能力者たちは守備隊を率いるガーランドに何かと頼みをしていた。
 以前能力者に助けられた事のある大尉は、それらの要望は出来る限り叶えると約束してくれたという。
「自爆、という線も捨て切れません」
 動かなくなったキメラ、まだ動くキメラ、そしてそれらを運搬したトラックと順に視線を移しながら、航三郎はごくりとつばを飲み込んだ。
 もしも本当に爆発するとすれば、彼らのいる位置は危険だ。
 だが、危険域に居るのは研究員の二人も同じ。まだ大丈夫、のはずだ。
「うう、もう嫌だぁ‥‥」
 航三郎は耐え切れないとばかりに膝をつき、頭を抱えて蹲る。
 戦いを嫌がるそぶりを見せれば、あの二人にも隙が見える筈。
 そう考えた上での演技だが、半分は実感だ。
「本当に‥‥嫌になりますねぇ」
 JOKERもまた、残った一体のキメラと油断無く距離を取りながら、ほんの少しだけ大げさに肩を落としてみせる。
 気付かれない様に視線だけ動かして、二人の様子を探って見る。
 相変わらず動かないままに、能力者とキメラの双方に注目している様に見えた。
「たとえ人が改造されたキメラだとしても、元に戻す事はできないから‥‥倒すしか」
 イアリスを構えたフィオナが、ヴィンセントの援護射撃を受けて踏み込んで行く。
 同様にJOKERも動いた。
 キメラは大剣を振り上げてその攻撃を受ける。
『たすけて‥‥』
 力任せに二人の剣を打ち払うと、刃を反転させて撃ちつけて来る。
 金属同士がぶつかり合う音が響き、雪花で大剣を受け止めたJOKERの足がみしりと地面にめり込んだ。

「おー、思ったより力が強いねぇ」
 今にも口笛を吹きそうな調子で、マイヤーが手を叩いた。
 その隙を見逃す筈も無く、純平と鴉が動く。
 僅かに先行していた純平の逞しい腕が伸ばされ、男の白衣を掴んだと見えた瞬間、その口がニヤリと歪められた。
 直後、純平の体が弾かれる様に吹き飛んだ。
 後ろから迫っていた鴉が、辛くもその体を受け止める。
「いけないなぁ。セコンドに手を出すのはルール違反だよ?」
 そう言って笑うマイヤーの白衣の袖から、激しくスパークを発するスタンガンの様なものが覗いていた。
「‥‥一つ、聞いて良いですか」
 鴉が純平に肩を貸して起き上がらせながら、無表情に言った。
 どうぞ、と手で促すマイヤーに、鴉は顎でキメラを指し示しながら続ける。
「アレ、どうやって作るんです?」
 その質問に、ブリジットがため息をついた様に見えた。
「えーと、まずは捕まえた人間を培養槽に入れてからあああああ!?」
 得意げに語り始めたマイヤーを電磁波の渦が襲う。
 航三郎のスパークマシンだ。
 外部からの過電流によって、男の袖口から見えていたスタンガンが火を噴いた。
「‥‥あー、これ自信作だったのに。ビリビリ君」
 多少焼け焦げた白衣を払いながら、微塵も未練を感じさせない様子でマイヤーはスタンガンを放り投げた。
 かしゃん、と音を立てて壊れた機械が鴉の足元に転がる。
「キメラもそうですが、そのネーミングセンスは酷いですね」
 いつの間にか現れたJOKERが言う。
 見れば、赤いオーラに包まれたフィオナがキメラを一刀の下に叩き伏せたところだった。
 いたい、と呟いて事切れたキメラに彼女は少しだけ瞑目すると、きっとメイヤーたちにその刃を向ける。
「さぁ、残るはあんたたちだけだよ! こんな事する外道には相応の報いを受けてもらわないとね」
「その通りだ。しかし、このキメラも筋力強化しかできていない‥‥。作ったお前さんの程度が知れるというものだ。もう少しマシなものを作りたまえ」
 やれやれと首を振りながら、ヴィンセントも挑発する。
「言われてますよ」
「あっはっは。いやぁ、こりゃぐぅの音も出ないって奴かな?」
 だが、明らかに劣勢の状況や挑発を意に介するでもなく、二人は余裕を崩さない。
 その様子に能力者たちも『まだ隠し玉があるのでは』と思わずにはいられなかった。

 膠着しかけた状況を打ち破ったのは、M2だ。
「はったりです!」
 そう叫ぶや否や、彼はアンチシペイターライフルを撃ち放つ。
 ギリギリで反応したマイヤーは辛くもその弾丸を避けるも、白衣の右脇が大きく裂けてしまった。
 裂け目から、何かの装置らしき物体が零れ落ちる。
 すぐにそれを拾おうとしたマイヤーだが、先んじてM2のライフルが装置を弾き飛ばした。
「年貢の納め時じゃあないか?」
 不敵な笑みを浮かべて、覚羅が一歩を踏み出す。
 あわせる様に鴉、そして電撃から立ち直った純平が散開して二人を囲む。
 困った様に頭をかきながら、マイヤーはブリジットに話しかけた。
「どうする? 彼らはどうも、僕らをどうにかしたいみたいだ」
「何を今更」
 この期に及んでも軽口を叩けるのは、まだ何か隠しているのか、それとも虚勢か。
 虚勢だろう、と全員が思っている。
 それでも、先程純平を迎撃したこと。つい先程、白衣の下から奇妙な装置が落ちたこと。
 その二つの事実によって、八人はもう一歩を踏み込めずにいた。
 もしかしたら、という疑念が少しでもあれば、人は容易には動けないのだ。
(「守備隊の展開終了まで、後‥‥」)
 ちらりと、航三郎が手元の時計で時間を確認する。
 いつの間にか持久戦の様相を呈した戦場では、秒針の動きでさえ酷く遅く感じられた。
「良い事を教えてあげよう」
 唐突に、マイヤーが話し始める。
「君らが倒したキメラが、言葉を発していただろう? アレはね、別に意識が残ってるわけじゃあ無いんだ。ただ、攻撃をする時と攻撃を受けた時にああやって言う様にプログラムしただけ」
 良く出来た仕掛けだったろう? と、まるで子供が玩具を自慢するかの様な調子でマイヤーは語った。
 鴉とJOKERは特に動じた様子も無かったが、マイヤーの趣味の悪さはこの際どうでも良いか、と無視を決め込んでいた純平でさえ苦虫を噛み潰した様な表情を見せる。
 他の顔ぶれは不快を隠そうともせず、特に航三郎などは怒りに声を出すのも忘れる程だ。
 火に油を注ぐという行為に他ならない発言であるが、当の本人は八人の顔をぐるりと見渡して満足気に頷いている。
 不可解な男の隣で、ブリジットはため息をついて首を振るのみだった。

●苦渋
『こちら守備隊、ガーランドだ。狙撃兵の配置は完了した。ヘリも間も無く発進する』
 若干のノイズと共に、大尉からの連絡が入る。
 守備隊からの狙撃があれば、相手の体勢は崩れるはずだ。
 そこを能力者が八人がかりで抑えることは、十分に可能に思えた。
 少しだけ二人から視線を外し、覚羅はトラックが突入してきた経路を守備隊が封鎖していることを確認した。
 と、乾いた音が響き、トラックのタイヤが間抜けな音を立てて萎んだ。
「足は無くなったぞ? どうするね」
 最後通牒だ、といった調子で純平が尋ねる。
「どうもこうも」
 あくまでも余裕を崩さない男の態度に、ヴィンセントは少しだけ呆れた様な顔をすると、展開していた守備隊に身振りで合図をした。
 乾いた音が、今度は連続して響く。
 銃撃を受けた研究員が体勢を崩し、それを受けて純平と鴉を先頭に能力者が突っ込む、筈だった。
「‥‥馬鹿な!」
 体勢を崩すどころか無傷の二人を見て、思わずヴィンセントが呻く。
 彼だけではなく、予想外の事態に大なり小なり他の者もショックは受けている様だった。
 すると、マイヤーは少し残念そうに口を開いた。
「もしかして君ら、僕らが一般兵に全く注意を払わないとでも?」
「この基地のこの場所を選んだ以上、狙撃ポイントと射線の割り出し程度、造作もありません」
 要するに、例え狙撃があったとしてもギリギリ当たらない場所を二人は選び、立っていた。
 狙撃されるが、当たらない。それを分かっていれば、隙など見せる筈が無いのだ‥‥と。
 ブリジットの淡々とした説明に、M2は少しだけ歯噛みをする。
 この説明に穴があるのは分かる。
 しかし、それを指摘した所で何かが変わる訳ではないのだ。
 現実として二人は無傷であり、能力者たちは機を逸した。それを認めた上でどうするのかが、今求められている。
「‥‥そこの怪しい科学者が包囲されている、という事実は変わっていません。狙撃が駄目なら、力尽くで抑えれば良いだけの事です」
 フォルトゥナ・マヨールーの照準をぴたりとマイヤーの額に向けつつ、JOKERが言った。
「そうだね。まだ、あたしたちが有利なんだ」
 フィオナも真デヴァステイターを構える。
 ヘリコプターのエンジンとローター音が大きくなり、能力者の後方の倉庫の向こうから姿を現したのはその時だった。
「覚悟しなさい!」
 二人の頭上を抑えたヘリの爆音に負けじと航三郎が声を張り上げる。
 突入のタイミングを見計らっていた鴉は、何故か男が笑った様に見え――。

 ――突如、虚空からの閃光がヘリを貫いた。

 テールローターを撃ち抜かれたヘリは、途端に姿勢を崩してあらぬ方向へと飛んで行く。
 慌てた様に宙を仰いだ能力者の目に入ったのは、不自然に歪んだ空間だった。
「光学‥‥迷彩‥‥!?」
 鴉が絶句する。
 FRとは比較するのもおこがましい精度ではあったが、それは確かに光学迷彩のHWだった。
「前線は何を!」
「この辺りへの配備はまだ少ないんだ、これ。だから、多分レーダーの誤認って思ったんじゃないかな」
 今頃スクランブルだろうけどね、とマイヤーは笑う。
 その間にもHWは着陸し、そのハッチを開こうとしていた。
「っ‥‥逃がすか!」
「動くと、撃つよ」
 感情の無い声に、能力者たちは足を止める。
 迷彩に隠れてはっきりとは見えないが、HWの砲塔が自分たちにその照準を合わせているのだと、本能が警報をかき鳴らしていた。
 生身でHWと戦うなど、自殺行為も良い所だ。
「時間稼ぎをしたかったのは、あなた方だけではありません」
 ふと、ブリジットが言った。
 悔しげな表情を浮かべる能力者を置いて、二人は悠々とHWへと乗り込む。
 その機体が浮き上がったと見た瞬間、残されたトラックとキメラが炎上し、スタンガンと装置が爆発した。
「チャフ、か」
 爆発と共に散らばった薄い金属片を見て、JOKERが無感動に漏らす。
 HWは一瞬のうちに最高速まで加速して、飛び去ってしまっていた。



 如何な仕組みなのか、燃え上がったキメラは一分と持たずに白い灰と化していた。
 その亡骸のあった場所に跪き、航三郎は手を合わせる。
「堪えてつかあさい‥‥仇は取るから‥‥」
 目の端に光るものを浮かべて祈る彼の後ろで、覚羅は血が滲む程に手を握り締めていた。
「恨んでくれて良いよ。助けることができなかったんだからさ‥‥」
 呟きは、灰と共に風に散っていった。