●リプレイ本文
●バグア
「バグアの研究員のおじさんとおばさん、せめて名前を聞かせてくれないかな?」
ノトスを構えなおし、鳳覚羅(
gb3095)が研究員の二人へと声をかけた。
「おば‥‥」
その呼び方に、ぴしりと固まる仮面の女性。
対してサングラスの男は、さも可笑しそうに腹を抱えて笑っていた。
二秒後、その脇腹に女性の拳がめり込んで男は悶絶することとなる。
「げほっ‥‥あー、名前だっけ? 僕はアルフレッド=マイヤー。彼女はブリジット=イーデン。そうそう、彼女におばさんなんて言っちゃ駄目だよ。君と大差は無いんだからね」
脇腹をさすりながら、男は、マイヤーはのんびりと自己紹介をした。
「まぁ、僕らの事なんかどうでも良いだろう? 君らはまず、目の前のキメラを倒さないとね」
キメラという単語に僅かに力を込め、男は実に楽しそうな笑顔を浮かべた。
「こン、ど腐れとっとが‥‥!!」
マイヤーの笑う姿が目に入り、北柴 航三郎(
ga4410)は思わず怒気を露にする。
「落ち着くんだ。相手の思う壺だよ」
木場・純平(
ga3277)が、そんな航三郎の肩をぽんと叩く。
そして、異形の人型キメラをちらりと見やり、少しだけ悲しそうな顔をする。
「ふむ‥‥。人間をベースに、意識をそのまま残しているんでしょうか?」
同じ様にキメラを観察していたJOKER(
gb1735)が呟いた。
「御託はいいですよ。さっさと終わらせましょう」
言うが早いか、鴉(
gb0616)が瞬天速で一体のキメラに突っ込んでいく。
慌てて航三郎が練成弱体を対象に掛けるのと、鴉が蝉時雨でその左腿を切りつけるのはほぼ同時だった。
『いたい‥‥しにたくない‥‥』
傷から赤黒い液体を流しつつ、キメラが呻く。果たして、それは残った意識故なのだろうか。
(「‥‥どうやって教えたんでしょう」)
その言葉に鴉が覚えた感情は、単なる疑問であった。
思考の途中も、体は動き続ける。返す刀でもう一度腿を切り裂き、その勢いで身を翻すと反対の手に持ったフリージアで両の踝を打ち抜いた。
姿勢を崩したキメラは、それでも巨大な剣を振りかざして叩きつけようとする。
『たすけて』
だが、鉄塊が振り下ろされた時には既に鴉の姿はそこには無く、轟音と共にコンクリートが破砕されたのみだった。
そこへ純平が飛び込んでくる。
唸りを上げて迫る大剣を見事なステップで回避すると、レスリング様式の低空タックルでキメラの懐へと潜り込んだ。
腿と踝とに大きな傷を負ったキメラは、それだけで大きく体勢を崩し、音を立てて仰向けに倒れてしまう。
「すまんが、動けない様にさせてもらう」
そのまま滑る様に左足を抱え、強引にアキレス腱固めの形へと持っていこうとする。
だが、そこを見計らったかの様にもう一体のキメラが大剣を振り上げて迫ってきた。
関節技という姿勢から回避に移れない純平を救ったのは、M2(
ga8024)だ。
横合いから殴りつける様に襲い掛かったアンチシペイターライフルの弾丸によって、キメラは動きを止めた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、助かった」
その間に体勢を立て直した純平は、一足飛びに後退して間合いを取る。
「次は俺の番だ‥‥この大鎌でその命苦しまない様に刈り取ってあげるからさ」
入れ替わりに覚羅は一気に踏み込むと、赤く輝いたノトスを振るう。
起き上がることもままならず、キメラは切り刻まれた。
「恨むなら恨め‥‥『You are not Guilty』」
息を殺して死角に回り込んでいたヴィンセント・ライザス(
gb2625)が、トドメとばかりに真デヴァステイターを放つ。
『いたい‥‥』
遂に起き上がれぬまま、一体のキメラは息絶えた。
●悪趣味
「首尾は?」
フィオナ・シュトリエ(
gb0790)の問に、ヴィンセントは軽く頷いた。
「ガーランド氏には、守備隊を纏めて退路を断ってもらう様頼んでおいた。ヘリも、何とかしてくれるそうだ」
「おっけー。じゃあ、あたしらは自分たちの仕事をきっちりとやろうか」
得体の知れない研究員を逃がすまいと、能力者たちは守備隊を率いるガーランドに何かと頼みをしていた。
以前能力者に助けられた事のある大尉は、それらの要望は出来る限り叶えると約束してくれたという。
「自爆、という線も捨て切れません」
動かなくなったキメラ、まだ動くキメラ、そしてそれらを運搬したトラックと順に視線を移しながら、航三郎はごくりとつばを飲み込んだ。
もしも本当に爆発するとすれば、彼らのいる位置は危険だ。
だが、危険域に居るのは研究員の二人も同じ。まだ大丈夫、のはずだ。
「うう、もう嫌だぁ‥‥」
航三郎は耐え切れないとばかりに膝をつき、頭を抱えて蹲る。
戦いを嫌がるそぶりを見せれば、あの二人にも隙が見える筈。
そう考えた上での演技だが、半分は実感だ。
「本当に‥‥嫌になりますねぇ」
JOKERもまた、残った一体のキメラと油断無く距離を取りながら、ほんの少しだけ大げさに肩を落としてみせる。
気付かれない様に視線だけ動かして、二人の様子を探って見る。
相変わらず動かないままに、能力者とキメラの双方に注目している様に見えた。
「たとえ人が改造されたキメラだとしても、元に戻す事はできないから‥‥倒すしか」
イアリスを構えたフィオナが、ヴィンセントの援護射撃を受けて踏み込んで行く。
同様にJOKERも動いた。
キメラは大剣を振り上げてその攻撃を受ける。
『たすけて‥‥』
力任せに二人の剣を打ち払うと、刃を反転させて撃ちつけて来る。
金属同士がぶつかり合う音が響き、雪花で大剣を受け止めたJOKERの足がみしりと地面にめり込んだ。
「おー、思ったより力が強いねぇ」
今にも口笛を吹きそうな調子で、マイヤーが手を叩いた。
その隙を見逃す筈も無く、純平と鴉が動く。
僅かに先行していた純平の逞しい腕が伸ばされ、男の白衣を掴んだと見えた瞬間、その口がニヤリと歪められた。
直後、純平の体が弾かれる様に吹き飛んだ。
後ろから迫っていた鴉が、辛くもその体を受け止める。
「いけないなぁ。セコンドに手を出すのはルール違反だよ?」
そう言って笑うマイヤーの白衣の袖から、激しくスパークを発するスタンガンの様なものが覗いていた。
「‥‥一つ、聞いて良いですか」
鴉が純平に肩を貸して起き上がらせながら、無表情に言った。
どうぞ、と手で促すマイヤーに、鴉は顎でキメラを指し示しながら続ける。
「アレ、どうやって作るんです?」
その質問に、ブリジットがため息をついた様に見えた。
「えーと、まずは捕まえた人間を培養槽に入れてからあああああ!?」
得意げに語り始めたマイヤーを電磁波の渦が襲う。
航三郎のスパークマシンだ。
外部からの過電流によって、男の袖口から見えていたスタンガンが火を噴いた。
「‥‥あー、これ自信作だったのに。ビリビリ君」
多少焼け焦げた白衣を払いながら、微塵も未練を感じさせない様子でマイヤーはスタンガンを放り投げた。
かしゃん、と音を立てて壊れた機械が鴉の足元に転がる。
「キメラもそうですが、そのネーミングセンスは酷いですね」
いつの間にか現れたJOKERが言う。
見れば、赤いオーラに包まれたフィオナがキメラを一刀の下に叩き伏せたところだった。
いたい、と呟いて事切れたキメラに彼女は少しだけ瞑目すると、きっとメイヤーたちにその刃を向ける。
「さぁ、残るはあんたたちだけだよ! こんな事する外道には相応の報いを受けてもらわないとね」
「その通りだ。しかし、このキメラも筋力強化しかできていない‥‥。作ったお前さんの程度が知れるというものだ。もう少しマシなものを作りたまえ」
やれやれと首を振りながら、ヴィンセントも挑発する。
「言われてますよ」
「あっはっは。いやぁ、こりゃぐぅの音も出ないって奴かな?」
だが、明らかに劣勢の状況や挑発を意に介するでもなく、二人は余裕を崩さない。
その様子に能力者たちも『まだ隠し玉があるのでは』と思わずにはいられなかった。
膠着しかけた状況を打ち破ったのは、M2だ。
「はったりです!」
そう叫ぶや否や、彼はアンチシペイターライフルを撃ち放つ。
ギリギリで反応したマイヤーは辛くもその弾丸を避けるも、白衣の右脇が大きく裂けてしまった。
裂け目から、何かの装置らしき物体が零れ落ちる。
すぐにそれを拾おうとしたマイヤーだが、先んじてM2のライフルが装置を弾き飛ばした。
「年貢の納め時じゃあないか?」
不敵な笑みを浮かべて、覚羅が一歩を踏み出す。
あわせる様に鴉、そして電撃から立ち直った純平が散開して二人を囲む。
困った様に頭をかきながら、マイヤーはブリジットに話しかけた。
「どうする? 彼らはどうも、僕らをどうにかしたいみたいだ」
「何を今更」
この期に及んでも軽口を叩けるのは、まだ何か隠しているのか、それとも虚勢か。
虚勢だろう、と全員が思っている。
それでも、先程純平を迎撃したこと。つい先程、白衣の下から奇妙な装置が落ちたこと。
その二つの事実によって、八人はもう一歩を踏み込めずにいた。
もしかしたら、という疑念が少しでもあれば、人は容易には動けないのだ。
(「守備隊の展開終了まで、後‥‥」)
ちらりと、航三郎が手元の時計で時間を確認する。
いつの間にか持久戦の様相を呈した戦場では、秒針の動きでさえ酷く遅く感じられた。
「良い事を教えてあげよう」
唐突に、マイヤーが話し始める。
「君らが倒したキメラが、言葉を発していただろう? アレはね、別に意識が残ってるわけじゃあ無いんだ。ただ、攻撃をする時と攻撃を受けた時にああやって言う様にプログラムしただけ」
良く出来た仕掛けだったろう? と、まるで子供が玩具を自慢するかの様な調子でマイヤーは語った。
鴉とJOKERは特に動じた様子も無かったが、マイヤーの趣味の悪さはこの際どうでも良いか、と無視を決め込んでいた純平でさえ苦虫を噛み潰した様な表情を見せる。
他の顔ぶれは不快を隠そうともせず、特に航三郎などは怒りに声を出すのも忘れる程だ。
火に油を注ぐという行為に他ならない発言であるが、当の本人は八人の顔をぐるりと見渡して満足気に頷いている。
不可解な男の隣で、ブリジットはため息をついて首を振るのみだった。
●苦渋
『こちら守備隊、ガーランドだ。狙撃兵の配置は完了した。ヘリも間も無く発進する』
若干のノイズと共に、大尉からの連絡が入る。
守備隊からの狙撃があれば、相手の体勢は崩れるはずだ。
そこを能力者が八人がかりで抑えることは、十分に可能に思えた。
少しだけ二人から視線を外し、覚羅はトラックが突入してきた経路を守備隊が封鎖していることを確認した。
と、乾いた音が響き、トラックのタイヤが間抜けな音を立てて萎んだ。
「足は無くなったぞ? どうするね」
最後通牒だ、といった調子で純平が尋ねる。
「どうもこうも」
あくまでも余裕を崩さない男の態度に、ヴィンセントは少しだけ呆れた様な顔をすると、展開していた守備隊に身振りで合図をした。
乾いた音が、今度は連続して響く。
銃撃を受けた研究員が体勢を崩し、それを受けて純平と鴉を先頭に能力者が突っ込む、筈だった。
「‥‥馬鹿な!」
体勢を崩すどころか無傷の二人を見て、思わずヴィンセントが呻く。
彼だけではなく、予想外の事態に大なり小なり他の者もショックは受けている様だった。
すると、マイヤーは少し残念そうに口を開いた。
「もしかして君ら、僕らが一般兵に全く注意を払わないとでも?」
「この基地のこの場所を選んだ以上、狙撃ポイントと射線の割り出し程度、造作もありません」
要するに、例え狙撃があったとしてもギリギリ当たらない場所を二人は選び、立っていた。
狙撃されるが、当たらない。それを分かっていれば、隙など見せる筈が無いのだ‥‥と。
ブリジットの淡々とした説明に、M2は少しだけ歯噛みをする。
この説明に穴があるのは分かる。
しかし、それを指摘した所で何かが変わる訳ではないのだ。
現実として二人は無傷であり、能力者たちは機を逸した。それを認めた上でどうするのかが、今求められている。
「‥‥そこの怪しい科学者が包囲されている、という事実は変わっていません。狙撃が駄目なら、力尽くで抑えれば良いだけの事です」
フォルトゥナ・マヨールーの照準をぴたりとマイヤーの額に向けつつ、JOKERが言った。
「そうだね。まだ、あたしたちが有利なんだ」
フィオナも真デヴァステイターを構える。
ヘリコプターのエンジンとローター音が大きくなり、能力者の後方の倉庫の向こうから姿を現したのはその時だった。
「覚悟しなさい!」
二人の頭上を抑えたヘリの爆音に負けじと航三郎が声を張り上げる。
突入のタイミングを見計らっていた鴉は、何故か男が笑った様に見え――。
――突如、虚空からの閃光がヘリを貫いた。
テールローターを撃ち抜かれたヘリは、途端に姿勢を崩してあらぬ方向へと飛んで行く。
慌てた様に宙を仰いだ能力者の目に入ったのは、不自然に歪んだ空間だった。
「光学‥‥迷彩‥‥!?」
鴉が絶句する。
FRとは比較するのもおこがましい精度ではあったが、それは確かに光学迷彩のHWだった。
「前線は何を!」
「この辺りへの配備はまだ少ないんだ、これ。だから、多分レーダーの誤認って思ったんじゃないかな」
今頃スクランブルだろうけどね、とマイヤーは笑う。
その間にもHWは着陸し、そのハッチを開こうとしていた。
「っ‥‥逃がすか!」
「動くと、撃つよ」
感情の無い声に、能力者たちは足を止める。
迷彩に隠れてはっきりとは見えないが、HWの砲塔が自分たちにその照準を合わせているのだと、本能が警報をかき鳴らしていた。
生身でHWと戦うなど、自殺行為も良い所だ。
「時間稼ぎをしたかったのは、あなた方だけではありません」
ふと、ブリジットが言った。
悔しげな表情を浮かべる能力者を置いて、二人は悠々とHWへと乗り込む。
その機体が浮き上がったと見た瞬間、残されたトラックとキメラが炎上し、スタンガンと装置が爆発した。
「チャフ、か」
爆発と共に散らばった薄い金属片を見て、JOKERが無感動に漏らす。
HWは一瞬のうちに最高速まで加速して、飛び去ってしまっていた。
如何な仕組みなのか、燃え上がったキメラは一分と持たずに白い灰と化していた。
その亡骸のあった場所に跪き、航三郎は手を合わせる。
「堪えてつかあさい‥‥仇は取るから‥‥」
目の端に光るものを浮かべて祈る彼の後ろで、覚羅は血が滲む程に手を握り締めていた。
「恨んでくれて良いよ。助けることができなかったんだからさ‥‥」
呟きは、灰と共に風に散っていった。