●リプレイ本文
●長い道程
大西洋上を空母が往く。
その甲板には、総計十六機ものKVが並んでいる。
うち八機は、陽動としてジョージア州沿岸部へと攻撃を仕掛ける。
フロリダに存在するバグア軍の目を引きつけ、残った八機――本命の偵察部隊を敵の本拠地へと潜り込ませるためだ。
八機の陽動部隊が次々と発艦していく中、ヒューイ・焔(
ga8434)は愛機・ハヤブサの中でふと呟いた。
「いや〜しっかしなんだな‥‥、知り合いが多いとほんと安心できる」
「同感です‥‥」
微かに微笑んで同意を示したのは、ミカガミに乗る終夜・無月(
ga3084)だ。
彼らの様に余裕を見せる者も少なくは無いが、逆の者もいる。白雪(
gb2228)がそうだろう。
「シン君に誘われた初めてのKV依頼が、こんなに危険そうな依頼だったなんて思っても見なかったわ」
彼女の岩龍の脇に駐機されているシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)のアンジェリカ、そのコクピットをちらりと見やりながら呟く。
その間にも、手元のマニュアルは手早くめくられている。
「‥‥今までKVなんて乗った事なかったもんね。操縦方法、ちゃんと覚えてる? ‥‥うん、だから今マニュアル読んでるのよね」
自問自答の様な会話は酷く不自然に見えるが、白雪にとっては自らの内の姉と対話する日常の光景であった。
もっとも、能力者であればエミタAIに最低限のことは入力されているので、必要とあらばほぼ無意識に動かせるのであるが、こういうものは気持ちの問題でもあるのだろう。
「さーて、麗しのエミタ嬢は何処‥‥?」
赤崎羽矢子(
gb2140)が不敵に笑った時、艦橋から発艦の許可が出た。
大西洋の制海権は不安定だ。故に、アメリカ東海岸に近寄ることは難しい。
また、カリブの島々やバミューダ諸島なども制圧された状況では、カリブ海を抜けてフロリダ半島へ近寄ることも出来なかった。
片道千五百kmの長距離偵察。
往復で三千kmの距離は、KVの巡航速度で考えれば凡そ四時間の道程だ。
機体によっては、それだけで大半の燃料を使い果たしてしまう。足並みを揃えねばならない以上、ブーストなどは論外と言えた。
そんなシビアな状況を改めて認識するには、往路の二時間は十分に長い時間である。
「敵地のど真ん中での偵察‥‥こ、怖くないと言えば嘘になります、けど‥‥。が、頑張らなきゃ‥‥!」
ウーフーを駆る菱美 雫(
ga7479)は進路を確認しながら、萎えかけた心を奮い立たせる。
ふと、彼女の前を飛ぶ雷電から通信が入った。近伊 蒔(
ga3161)だ。
「大丈夫さ。俺はあんたを絶対守る。それに、仲間だっているんだ」
力強い言葉に、雫は肩の力が抜けていくのを感じた。
自然と頬が緩む様にも思える。年下の少女に励まされる自分、という構図が少しだけ愉快だった。
「心強いバディで羨ましいねぇ」
「護衛を任された以上、羽矢子さんは俺が責任を持ってお守りしますよ」
冗談めかして羽矢子が言えば、心得たとばかりにリュドレイク(
ga8720)が応じる。
R−01改とバイパー改、既存の機体のバージョンアップ同士というのが影響しているのかは不明だが、この二人も中々息の合ったところを見せている。
「‥‥シン君。援護よろしく。こちらは出来るだけ多くの情報を得るようにするから」
「任せろ」
シンと白雪もまた、相棒を確認する様に通信する。
覚醒しているシンの口調は無機質だが、それでも気持ちは通じ合うものだ。
KV経験の少ない白雪にとっては、それだけでも荷が軽くなる思いだった。
そんな会話を聞きながらも、先頭を往く無月は油断無く周囲に視線を走らせ、レーダーの確認も怠らない。
「‥‥異常なし。そちらは?」
「こちらもなし。平和なもんだ」
無月の定時報告に、最後尾を固めるヒューイが答える。
このまま何事も無く、メトロポリタンXへと辿り着けるのではないか。
何処までも続く青い空と深く澄み渡るカリブの海原に、八人の能力者は何処かそんな思いを抱いてしまっていた。
●Welcome to Florida
ノイズ交じりの通信が、陽動部隊の攻撃開始を告げる。
時折聞える爆音は、果たして敵のものか味方のものか。
水平線にフロリダ半島の地を視認した時から、偵察部隊の八機は高度をかなり落としている。波飛沫が機体に掛かるのでは、と思われる程だ。
陽動の成果かどうか、海岸にも目立った敵は見当たらない。
そのままの高度を保ちながら、八機は編隊を崩さずに半島へと上陸する。
丘陵や森林を縫いながら、脇目も振らずに目的地を目指す。
「今の所は‥‥気付かれてない、みたい‥‥?」
(「でも、静か過ぎやしないか‥‥?」)
蒔の感じた一抹の不安は、全員が抱いていた。
いくら何でも不自然な程に静かではないだろうか、と。
だが、陽動部隊がフロリダ半島の付け根へと攻撃を仕掛け、自分たちは低空を飛んでレーダーを誤魔化している。
この静けさに説明付けが出来るのであれば、それは決して不自然ではない。
‥‥既に敵地に入っている。短距離とはいえ、無線通信は控えるべきだ。
故に、誰もがその疑問を口に出しては言えず、希望的観測によって自らを納得させるしかできなかった。
そして、その報いを受ける時は着実に迫っていたのである。
時は多少遡る。
フロリダ半島のバグア軍は、洋上から近付いてくる「何か」の存在を感知していた。
その正体は程無く知られることとなる。
「やっと来たか‥‥」
報告を受けて、青年がにたりと口元を歪めた。
透き通る程に白い肌と、血のように赤い瞳。造形自体は秀麗といって差し支えないその容貌は、身に着けている衣服と相まって古の吸血鬼を髣髴とさせる。
彼はおもむろに立ち上がり、仕える主の下へと向かう。
出撃の許可を得るためだ。
「下がっていなさい、と伝えた筈ですが?」
にべも無い言葉が返ってくる。
しかし、一礼したまま姿勢を崩さない青年に、彼の主‥‥バグア北米軍の総司令官は呆れた様にため息をついた。
「彼らは既に網に掛かっています。それとも、他に考えがあるとでも言うのですか?」
青年は笑みを貼り付けたままに顔を上げる。
その表情をじっと見つめ、総司令官は諦めたのか目を閉じた。
「好きになさい」
「御意」
芝居がかった動作で踵を返すと、青年は足取りも軽やかに格納庫へと向かう。
一機のHWへと乗り込むと、そのコクピットこそが故郷であるかの様に深く息を吸い込み、吐き出す。
見開かれた目には、間も無く始まるであろう光景への喜悦が覗いていた。
八機のKVは、漸くフロリダ半島の中央部に差しかかろうかという所だった。
と、唐突に丘陵地帯が開ける。
「あそこが‥‥、メトロポリタンX、か?」
見えた街並みに、ヒューイが思わず呟いた。
残念ながら、目の前に広がるのはメトロポリタンXではない。
その手前にあるレイクランドだ。
「ともあれ、ここまで来れば‥‥っ!?」
一瞬安堵しかけたリュドレイクを、頭痛が襲う。
「この痛みは‥‥!」
余りの激痛に顔をしかめながらも、無月は周囲を確認する。
いつの間にか、八機は無数のCWに包囲されていた。
「一体何処に!」
「‥‥待ち伏せされた、か」
歯噛みする羽矢子と対照的に、シンは冷静に地上を見下ろしていた。
そこには次々に発光して浮かび上がるCWの群れ。レーダーは、すぐにホワイトアウトして使い物にならなくなった。
「撤退ですっ!」
半ば絶叫する様に雫が言う。
「悔しいけど‥‥今は、とにかく逃げないと‥‥。せっかく手に入れた情報‥‥持ち帰れなければ、意味がない‥‥っ!」
フロリダに入った時から、搭載していたカメラは自動でシャッターを切っている。「シェイドの情報」としては不十分かもしれないが、彼女の言葉通り、偵察部隊に求められているのは何よりも生還することだ。
ウーフーと岩龍の重複したアンチジャミングすら意に介さない程のCWの数は、はっきり言って太刀打ちのしようが無い。
敵の本拠地である、という認識はしていた。
だが、その認識が甘かったということを、八人は今更ながらに痛感していたのだった。
雫と白雪の電子戦機二機が方向を変え、最短距離でフロリダ半島を離れるコースへと機首を向ける。
それをカバーするために無月とヒューイのミカガミとハヤブサが、それぞれにK−01小型ホーミングミサイルと127mm2連装ロケット弾ランチャーとをCW向かって撃ち放つ。
蒔の雷電が撃ち出すヘビーガトリングは破壊の奔流となってCWを食い破り、シンのアンジェリカによるレーザーは減退しつつもダメージを与えていく。
狭い空域に密集していた立方体は、鮮やかな爆発の花と共に次々と砕け散っていった。
しかし、それ以上の数がまだまだ控えている。焼け石に水だ。
「畜生っ! 数が多すぎるぜ!」
蒔は悪態をつきながらも攻撃の手は休めない。いや、休めることが出来ない。
「うぁ、やばっ‥‥、なんか来たぞ!?」
湧き出てくる敵に対処するので精一杯の中、ヒューイが急速に接近する敵を発見できたのは幸運と言う他は無い。
そんな彼のハヤブサをめがけて、上空から一機のHWが超音速で突っ込んで来たのだ。
反射的に操縦桿を傾け、ヒューイはすんでの所で回避する。
HWは機体側面から鈍く輝く刃を覗かせながら地表すれすれで反転すると、再び上昇して緩やかに停止した。
明らかに無人機の動きではない。
それを直感した羽矢子は、停止したその隙を狙って短距離高速型AAMを発射する。
当たるかと思われたミサイルは、引き寄せられる様に近付いてきたCWによって阻まれてしまった。
舌打ちしつつ、彼女はオープンで無線に呼びかける。
「アンタなんかに用は無いのよ! 相手して欲しかったらエミタ・スチムソンのシェイドくらい連れて来なさい! それとも、彼女は奥で震えてるのかしら?」
ちらりと後方を確認する。先に離脱を開始した雫と白雪の二機は、無事に戦線から離れつつあった。
後を追う様に、二人とロッテを組む蒔とシンも後退に入っている。
『エミタに、シェイド。例えその駒が手元にあったとしても、それを何故お前たち如きに?』
如き、の部分を強調した、あからさまな挑発がHWから返ってきた。
『鶏を割くのに牛刀を持ち出す愚か者は‥‥生憎とバグアには居ない‥‥』
言葉の端々に噛み殺した様な笑いを忍ばせていたそのパイロットは、堪え切れなくなったか、遂に狂った様に哄笑した。
「癪に障る‥‥っ!」
「‥‥落ち着け。敵が油断しているなら、今の内にあなたも下がるんだ」
無月に促され、羽矢子も方向を転換する。
会話の間に、数機のHWが増援として現れ始めていた。遠からず、大規模な編隊も出現するだろう。
今離脱しなければ、二度と飛べなくなってしまうのだ。
「あたしの名は赤崎羽矢子、覚えてなさい!」
『ハヤコ‥‥か。ならばお前たちも覚えておけ。俺の名は、アルゲディ』
名を告げるのと、HWからプロトン砲の閃光が放たれたのとは、ほぼ同時だった。
●得たモノ
空母へと着艦した時、八機のKVはほぼ満身創痍と言って良い状態だった。
特に、殿を務めた無月とヒューイは、パイロットまで深手を負う程の損傷を受けていた。
「ここまで飛べたこと事態、奇跡に近い」
とは、整備員の言葉である。
担架で艦の医務室へと運ばれる重体の二人を見送りながら、リュドレイクは所々の装甲が爆ぜ割れた愛機をさすった。
殿の二機は、度重なる改造を施した機体だった。
それにも関わらず、墜とされた。
「‥‥遊ばれたんだ。俺たちは」
悔しげに蒔が呟く。
「あのアルゲディって奴、わざと狙いを散らしてたな」
撤退戦での戦闘を思い出し、羽矢子は思いっきり舌打ちをした。
シンと白雪は重体とまでは行かずとも、疲労によってかなり元気が無い様に見えた。
そんな二人に水を手渡しながら、雫が小さく、しかしはっきりと言う。
「例えそうだとしても、今回の勝負は私たちの勝ちです」
雫のウーフーと羽矢子のバイパー、そして白雪の岩龍は損傷を負いながらも無事だった。
それは確かに「情報を持ち帰ることに成功した」という事である。
その事実だけが、沈みかけた六人の心を何とか支えていた。
「何故逃がしたのです?」
「今、UPCが下手に萎縮しても‥‥面白くありませんので」
頭を下げたまま、青年――アルゲディは悪びれもせずに言う。
「‥‥考えは分かった。だが、暫くお前から機体の使用権を取り上げる。別命あるまでは、キメラの指揮を執れ」
「御意‥‥」
部屋から、青年以外の気配が消え去る。
アルゲディは姿勢を正すと、小さく「面白くなってきたな」と呟いた。
『今にして思えば、何故ブリーフィングの時に「必ずしもシェイドを発見する必要は無い」と伝えなかったのだろうと、そればかりを考えてしまう。
偵察に向かった能力者たちは、シェイドの姿を求めて敵陣の只中へと入っていった。
その勇気は、称賛されるべきだ。
しかし、それを実行するには余りにも部隊は小規模に過ぎたのだ。
敵は、質・量共に我々よりも上だ。
唯一対抗できる知略を疎かにしては、バグアへの勝ち目など無くなってしまうだろう。
それを今、教訓として得ることが出来た。
決して無駄にしてはならない。
結果として、一人の死者も無くフロリダ半島内の情報が得られたことは、僥倖以外の何者でもないのだから。
――エーベルハルト中尉の手記より』