●リプレイ本文
●薄氷
能力者たちが地下水道を通り抜けて街へと入った時には、既に辺りは薄暗くなっていた。
そこに六人の仲間を待機させ、アルヴァイム(
ga5051)とシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)の二人は二手に分かれ、それぞれにシェルターへと向かう。
致命的な時間のロスを避けるために、プレアデスがどちらへ向かったのかを確かめる。
結局のところその行動に余り意味は無いと、最後まで誰も気付けなかった。
八人の能力者は、そもそもラウディ=ジョージ(gz0099)がプレアデスとは別行動を取り、もう一方のシェルター周辺で近付くキメラを排除している、という情報すら見落としていた。
何の見込みも無く、ラウディが危険な行動をする可能性は低い。ラストホープの能力者が後から来るであろうことを知っていたからこそ、彼は一方のシェルターの警護を行っていたのだ。
であれば、時間が最も重要となるこの救出作戦において、後続の部隊へ指針を残さない筈は無い。
地下水道出口の壁には「R」の文字がついた矢印が記されていたが、折りしも夕暮れ時であり、加えて灯火に気を使っていた能力者たちは、それに気付けなかった。
時刻は、そろそろ午後六時半に差し掛かる頃だろうか。
ちらりと時計を見たアルヴァイムは、自らの時間感覚がまだ狂っていないこと確認した。
息を殺してキメラをやり過ごしたのは、先程で何度目になるだろう。
1mに満たない小型の虫キメラは、時折何かを探すように触角を動かしてはいたが、隠密潜行の力もあって今のところは問題は無いようだった。
自らの呼吸音すら耳を突くような錯覚に、アルヴァイムは長い髪を押さえて静かに息を吐く。
出掛けに用意してもらった地図(これで多少の時間はロスしたのだが)を取り出し、方位磁石も合わせて現在位置を確認して、内心でため息をついた。
(「思った以上に進めていない‥‥」)
時間を考えれば、そろそろシェルター手前まで到達していなければならなかったのだが、これには二つ程理由がある。
一つは、ここまで進んできたルートの問題だ。
遮蔽物が多く、路地の狭い区域を優先して進んできた訳だが、これは見つかり難い反面、非常に進み辛いものでもある。ただし、時間で安全を買うという意味では悪い選択肢ではない。
もう一つは、一人であるが故の限界だった。
はっきり言って、人間の視界は狭い。それは能力者とてそうそう変わりは無い。一般人に比べれば桁外れに鋭い五感を駆使すると言っても、結局は視覚を用いないことには安心できないのだ。加えて、この任務は見つかれば成功の可能性はぐんと下がってしまう。自然、周囲の確認は神経質にならざるを得ない。
せめてもう一人が居れば、互いに背後を監視しあうことでかなりの負担軽減、引いては時間短縮に繋がっただろう。
(「今更、だな」)
物音に身を屈めて暗闇に目を凝らしながら、アルヴァイムはそんなことを考えていた。
ここまで来れば、もうやるしかないのだ。
この状況は、シンにとっても殆ど変わることは無い。
いや、強いて言えばキメラの分布はまばらな様に思えた。ただし、それはアルヴァイムと比べれば、である。当事者にはその事は分からない。
その理由は、漸く彼がシェルターに辿り着いた時に明らかとなった。
「‥‥誰も、いない」
簡単な欺瞞カバーを潜って扉を開けた彼の目の前には、無人の空間が広がるばかりだった。
しかし、よくよく見ればゴミや置き去りにされたシートなどが見え、少し前までここには人がいたことを物語っていた。
ならば、ここの人々はプレアデスによって避難誘導されたのだろう。
シンはそう安堵すると、スリープさせていたノートパソコンを起動し、時刻を確認する。
午後六時三十七分。
時間を考えれば、全員がここを引き払ったのは少し前だろう。
ともあれ、当たりはこちらではない。それを確認すると、シンは再び外へと向かった。
HWやゴーレムの接近を感知するのは、実はそれ程難しいことでは無いようだ。
最上 憐(
gb0002)は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
ゴーレムはどうやら無造作に歩いて移動しているらしく、地響きを感じたら身を隠せば良いという程度だ。
空を飛ぶHWは難しく思われたが、何故か光っている機体もあるので、注意していれば発見するのは容易だった。
といっても、憐をはじめ六人が待機している地下水道の出口はバグアの哨戒範囲外らしく、それ程警戒する必要も無かったのだが。
「‥‥我々の丁度後ろに、基地があったようですねぇ」
地図を見ながら、ヨネモトタケシ(
gb0843)が小さく呟いた。
(「基地‥‥か」)
そこで失われただろう多くの命を思い、ロジャー・ハイマン(
ga7073)は暗い空を見上げた。
現在時刻は、午後六時四十二分。
ちらりと腕時計で確認したセラ・インフィールド(
ga1889)は、仲間に知られぬよう、ほんの少しだけ息をついた。
体が軋んでいる。
重体の身を押してここまで来たは良いが、はっきり言ってそれは無謀だ。本来なら、絶対安静でもおかしくは無いのである。
住民の不安を思って外したギプスや包帯もまた、彼の容体悪化に拍車をかけていた。
「‥‥どうした?」
城田二三男(
gb0620)が声を掛ける。
何でもありませんよ、とセラは笑って見せ再び時計に目を落とす。
じっと無線に耳を傾けていたサルファ(
ga9419)が、アルヴァイムからの通信を受け取ったのはその時だった。
●亀裂
時間が無い。
事はそれに尽きただろう。
小さく唇を噛んで通信を終えたアルヴァイムの後ろには、埃だらけのスーツを身に付けたラウディがいた。
その背後には、不安げに二人を見詰める避難民の人々が座っている。
「‥‥今から私の仲間が来ます。もう暫くお待ちください」
努めて冷静を装い、穏やかに告げるアルヴァイム。その言葉に、安堵のざわめきが広がった。
ラウディは彼の肩を叩くと、外へと誘う。
「この辺りのキメラは潰しておいた。ゴーレムもHWも、暫くは来るまい」
だから、今なら話して良いということなのだろうか。
アルヴァイムは、少しだけ躊躇してから口を開く。
「‥‥何も、言わないのですか」
「依頼文は良く確認しろ、とでも言って欲しいのかね? 生憎、俺は同じ事を二度も言うつもりは無い」
まぁ、一度目は君に言った訳では無いがな、とラウディは笑う。
「それに、今言ったところで何も変わらん。悔いるのは全部終わってからにしろ」
そう言うと、ラウディは薄闇の中へと姿を消した。付近にまたキメラが寄ってこないか、巡回に向かったのだ。
アルヴァイムは再び覚醒すると、隠密潜行を発動させて異常が無いかを見張り始めた。
午後七時二十七分。
シェルターに八人の能力者が集まった。通信から四十五分。この時間で七人が何事も無く移動できたのは、幸運と言う他は無い。
しかし、街への攻撃が開始されるまで、既に残りは一時間と半。
時間との戦いが、大きく能力者の精神に圧し掛かる。
避難民に攻撃のことを告げるわけには行かない。
パニックに陥る恐れがあったし、万一そうなればラウディを含めても九人の能力者では、百に近い人々を押し留めることなど不可能だからだ。
そういった状況で、ラウディが前もって避難民に避難の心得等を教えていたのは、八人にとって幸いだっただろう。
急く心を何とか押し込めながら、彼らはAとBの二つの班、そしてそれらを先導する班とに別れ、避難民を伴って行動を開始した。
だが、一度に全員を、という訳には行かない。
各班に二十人ずつの四十人が限界だ。これならば、三往復で済む。
脱出口までの距離は凡そ1.5km。最悪、九時までに最後のグループが脱出口へ到着できていれば、最悪の事態は免れられる。とすれば、一往復に必要な時間は単純計算で三十六分と言ったところか。
(「‥‥これはキツイな」)
サルファは少しだけ表情を歪める。
能力者だけならば良い。だが、一般人を護衛しつつでは、何と言っても往路が問題だ。
ならば、復路を出来る限り早く戻る必要がある。
「道は同じ、なら、動き回っているHWやゴーレムに気をつけさえすれば、二回目以降は時間を短縮できる、筈ですよ」
「確かに‥‥一度目の往路がネック、ですねぇ」
ロジャーとタケシは慎重に歩を進めながら、小声で交し合う。
こうした救助・救出を専門にしていると自任するロジャーは、この任務への意気込みは高い様であった。
だが、そんな彼らB班の先頭を行くセラの状態も気遣えないようでは、その想いは単なる思い込みに等しい。
誰一人として、重体のセラを気遣う余裕が無かった。
そして、それが取り返しのつかないミスへの呼び水となってしまう事に、今は誰も気付いていなかった。
アルヴァイムとシンが先行し、安全な道を探る。
A班、サルファと憐、二三男が護衛する人々がそこを通り、その後方から更にB班のセラ、ロジャー、タケシが率いる一団が続いた。
音も無く、真デヴァステイターの十二連の弾丸と番天印の四連の弾丸がキメラを穿った。
サプレッサーを装着し直し、先行する二人は改めて周囲を探る。異常無しと判断し、手振りで後続を促した。
(「今のところは。順調。かな」)
幼い外見とは裏腹に、憐は歴戦の兵士の如く油断無く目を光らせていた。
ついついとサルファの腕を突付き、お互いに頷き合う。サルファもまた、二三男の肩を叩いて視線を交わした。
二三男はちらりと避難民を見やり、この街を攻撃すると決定した軍に対して静かに憤りを燃やす。つと、彼の頬を赤い涙が伝った。
午後七時五十四分。
最初のグループが脱出口へと到達する。ここから先は、能力者の先導が無くとも問題は無い。
万が一中にキメラが入り込んでいたとしても、プレアデスが先行している以上は駆逐された後の筈だ。
午後八時九分。
第二陣が出発する。
今回は、もう少し時間を早められる筈だ。ならば、多少の遅れは問題無い。
そう信じて、八人の能力者は往路を急ぐ。シェルターに残る人数は二十人。最後の段階では、往路でも多少は急げるという見込みもあった。
変わらずシェルター周囲を警戒しながら、ラウディはそんな能力者たちをじっと見据える。
(「無茶をするものだ」)
彼の懸念は重体のセラにあった。
その本人はといえば、歯を食いしばって、という表現が正に相応しい程に体力を消耗していた。
普段とは能力の差が著しく開きすぎている。そのギャップと、時間が無いという焦燥が彼の消耗を加速させていた。
――故に、B班に近付いたキメラを発見することが、僅かに遅れてしまったのだ。
●崩壊
(「――っ!」)
不意に、セラの目にこちらに向かうキメラの姿が入った。
もう少し早く気付けていれば、やり過ごすこともできただろう。
が、この距離は不味い。
倒さねばという焦りとは裏腹に、体は動いてはくれなかった。弓に矢を番えた時点で、彼の息は上がってしまっていた。
歯噛みするセラの脇を、銀色の光が通り過ぎる。
ロジャーの投げたアーミーナイフだ。
しかし、それは外れる。元々投擲用では無い上に、今は夜間なのだ。結果として、キメラがこちらに気付くのをそれは早めただけだった。
己の迂闊さを呪う間もあればこそ、遂にキメラは完全にB班を発見した。
(「やめろ‥‥!?」)
思わず手を伸ばしたロジャーを置いて、タケシが駆ける。
キメラがその甲殻を広げ、鈴虫が鳴く様な体勢を取る。
その懐にタケシが飛び込み、錬力を全開にして蛍火を叩きつけた。
‥‥後一手が、足りなかった。
けたたましい金切り音が響く。形とは似ても似つかない、キメラの鳴き声だった。
張り詰めていた緊張がぷつんと切れ、人々が叫んだ。
タケシは咆哮して、キメラに蛍火を突き刺した。
B班に率いられていた人々はパニックを起こした。
突然の異音と叫びに動揺していたA班の人々もまた、その様子に連鎖反応を起こす。
そして、地響きが近付いてくる。空にもまた、光る航跡が集い始めていた。
ぎちぎちと耳障りな鳴き声をあげながら、多数のキメラも姿を見せる。
シェルターに残った人々も、尋常で無い様子に不安が爆発し、外へ飛び出していた。
ラウディが必死に制止したが止まる筈も無く、群衆は我先にと脱出口へ走り始めた。
そこから先の八人の記憶は、スライドショーの様に妙に断片的であった。
ゴーレムの放った大口径の砲が建物を崩した。ロジャーと憐は瞬天速で降り注ぐ瓦礫から人々を助けたが、十数人がその下敷きとなった。
キメラが次々と押し寄せ、逃げ回る人々を襲った。アルヴァイムとシンが弾幕を張り、サルファがその群れに突入して刃を振るったが焼け石に水であった。
飛来したHWが低空を唸りをあげて駆け、フェザー砲を撒き散らした。その盾にならんと立ったセラのバックラーは一瞬にして燃え尽き、ただでさえ無理を続けた彼はそこで意識を失った。
槍とガトリングを構えるゴーレムが、手当たり次第に破壊の嵐を吹き荒らした。凶悪な弾丸から人々を守ろうとして、二三男とタケシが深手を負った。
剣と盾とを構えたゴーレムが、逃げ惑う人々を踏み潰さんと迫ってきた。その進路上で倒れ伏したままのセラを助けようとグラップラーが走るが、ガトリングとフェザー砲がそれを許さなかった。
轟音と共に土煙が巻き起こり、少ししてその中から人影が現れた。間一髪で、ラウディがセラを救出していたのだ。
スーツを血と泥とで汚しながらも、ラウディは何事かを叫んだ。
気が付けば、九人を除いて立っている者は居なくなっていた。
踵を返し、脇目も振らずに走った。
呻きが漏れ、涙が零れ、恐怖と不甲斐なさと悲しさで体の中心が燃えるようだった。
キメラが纏わりつき、フェザー砲が体を掠め、ガトリングが道を抉り、大口径砲が行く手の建物を崩した。
不思議と、痛みは感じなかった。
そして、九人が脱出口へと間一髪潜り込んだ直後、入口は瓦礫によって完全に塞がれた。
午後九時五十五分。
脱出口を抜けた能力者たちは、呆然と街の方を振り向く。
赤く染まった夜空の中、KVが旋回しているのが見えた。
その時、誰かが倒れる音がした。
抱えていたセラと共に、ラウディが崩れ落ちたのだ。
「‥‥ラウディ、さん‥‥?」
サルファが、ぽつりと呼びかける。
その声に返答は返って来ず、倒れたラウディの下で血溜りが静かに広がっていくのみだった。
『報告
避難民二百余名中六十名が死亡
セラ・インフィールド
アルヴァイム
ロジャー・ハイマン
サルファ
最上 憐
城田二三男
ヨネモトタケシ
シン・ブラウ・シュッツ:いずれも重体
ラウディ=ジョージ:一命は取り留めるも未だ意識不明
以上』