●リプレイ本文
●されど軍は動かず
「あ‥‥そうだ! 街だよ! 街! 街なんだよ!」
唐突に火絵 楓(
gb0095)が声を上げ、立ち上がった。
「まだ逃げ遅れた人がいるかもしれないよ!」
「やはり、そうですかねぇ」
その声に、赤村 咲(
ga1042)が苦い表情をして頭を掻いた。
「電撃的な市街地の占領となれば‥‥可能性は大でしょう」
「逃げ遅れた人がいても、おかしくは無い‥‥ですか」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)が応じれば、痛々しく包帯を巻いた夕凪 春花(
ga3152)も痛みを堪えながら言った。
他の四人も同意見のようで、この点を確かめねば納得行かないと副官を再び呼び出すこととなった。
「正直、無辜の住民を戦闘に巻き込むのは気が重い」
副官を待つ間、榊兵衛(
ga0388)はそうこぼした。
ツィレル・トネリカリフ(
ga0217)が軽く肩を竦めながら答える。
「教えて貰えるかどうかは、軍が民間人をどうするか次第さ。‥‥ま、事実に気付いちまったんだからしょうがない」
ブリーフィングルームに戻ってきた副官の表情は、何処か諦めの様子があるように見えた。
やはり、といった顔である。
「先程の資料、住民の避難状況が記載されていなかったのですが‥‥どうなっているでしょうか?」
まず聞いたのは神無月 るな(
ga9580)だ。
その質問に、副官は少しだけ下を向く。
「いきなりの占領ってことは、逃げ遅れた人もいるよね?」
続けて鳳覚羅(
gb3095)も言う。
副官は覚悟を決めたように顔を上げた。
「二百人程が、街に留まっていると見られている」
予想はしていても、その答えに能力者たちは少しだけざわめいた。
そんな中、咲が立ち上がる。
「とにかく事実を教えて頂きたい、仮に何かを隠しているのであれば‥‥高い代償を支払う事になるかもしれません」
「街の中で避難できる場所や、住民の方の避難ルート等、教えて頂けますね?」
リゼットも、真剣な調子で副官に迫る。
彼はため息をつくと、新たに傍らのバインダーから資料を取り出した。
配られたそれは、街に設置されたシェルターの位置、万一の際の脱出ルート等が記されているものだった。
「‥‥何故、黙っていたんですか?」
「知らなければ、万一の場合でも罪を被るのは我々だけになるからだ」
春花の呟きに副官が応じた。
「そりゃ、単なる自己満足でしょう」
その言をツィレルが辛辣に評する。
副官は黙ったまま何も言わない。一つ息をついて、るなが口を開いた。
「出撃を繰り上げさせて頂きたいのですが?」
「‥‥理由を聞こう」
「住民の方はまだ残っています。私たち傭兵は、作戦より人命を尊重しますので」
深く息を吐いてから、副官は真剣な眼差しでるなを見つめた。
「却下する」
「何故です? 一般人を護るのが軍の役目ではないのですか?」
るなの言葉に、副官は首を振る。何処か呆れた様子だった。
「それで、君らだけで出撃すれば救えるのかね。護れるのかね?」
答えは無い。
「君らがLHから乗ってきたKVにも、整備は必要だ。それに、街の周辺に兵を展開する必要もある。五時間後に作戦を決行すると言うのは、何も君らの休憩時間のためだけでは無い」
砲兵の援護が無ければ、乏しい光源を頼りに夜間の作戦を実施することとなる。季節柄、既に薄暮なのだ。
仮にKVだけで先行したとしても、効果的に攻撃ができるかと言われれば、その上住民の助けになるかと言われれば、難しいと言わざるを得なかった。
それに、と副官は続ける。
「この作戦が失敗すれば、被害はその街の外にも広がる。一の犠牲をもって、十の命を助ける。我々には、そういった判断も下さねばならない時があるのだ」
助けられるなら助けていると、暗に副官は言いたいのだろう。
だが、いくら言い繕ったところで本質は変わらない。
それを意識していた兵衛は、静かに口を開いた。
「責任の所在の旨、一筆書いて頂きたい」
「‥‥無論だ」
誰もが納得した訳ではない。
それでも、副官の意見を変える程の理由をぶつけられる者はいなかった。
●燃える街
午後九時。
完全に夜の帳が下りた空を、八機のKVが飛んでいた。
α班の兵衛とるなの雷電二機を先頭に、β班、リゼットのミカガミと覚羅のディアブロが右翼後方。γ班、ツィレルのR−01改と咲のワイバーンが左翼後方。δ班、春花のウーフーと楓のディアブロが最後尾という陣形である。
地平線の彼方は赤く染まっていた。何かが燃えている様な色だ。
「‥‥まさか」
「嘘! 街が!?」
春花と楓が声を上げて間も無く、あちこちが破壊され、炎上している街が眼前に現れた。
「各機、散開しろ!」
ツィレルの通信で八機はブレイクする。
その中心を貫くように、プロトン砲の束が走った。
各班毎に散開したまま、能力者たちは間合いを詰める。
そこへ、後方に展開した砲兵から照明弾が打ち上げられた。
街の上空に人工の光が昇り、五機のHWがその姿を晒す。
ウーフーによって、すかさずそれらに番号が付与される。
「こちらSkull、ゴーレムの砲撃は気にするな。街中に逃げ込まれる前に叩くぞ」
「よし‥‥忠勝!」
真っ先に近付いた雷電二機からUK−10AAMが発射され、吸い込まれる様にHW4へと命中した。
続けて、ワイバーンからも同じくUK−10AAMが、R−01改からは8式螺旋弾頭ミサイルが被弾したHW4へ向けて発射される。
合計十二発のミサイルに耐えられる筈も無く、HW4は爆砕した。
残り四機のHWは能力者同様散開すると、二機毎のロッテを組んでそれぞれにβ、γに迫った。
一斉にフェザー砲が放たれ、リゼットのミカガミ、咲のワイバーンを襲う。
「この程度!」
「まだまだです」
ディスプレイに表示されるダメージを見ながら、リゼットはすれ違い様にガドリングを叩き込む。
そのまま旋回してHW3の後方に捻り込むと、お返しとばかりにUK−10AAM。
「アズラエル、行くよ」
彼女とロッテを組んでいた覚羅が、同様に高分子レーザーを見舞う。
だが、射線に割り込んできたHW5が攻撃を遮り、その隙にHW3は急上昇をかけた。
そこを狙い撃つ様に弾丸が飛んだ。ウーフーのスナイパーライフルD−02は正確にHW3を射抜き、失速させる。
「貰ったぁ!」
楓のディアブロがUK−10AAMをすかさず発射し、火を噴いたHW3はそのまま郊外へと墜落し、爆発した。
「出し惜しみは無しだ。全部持ってけ!」
ツィレルがHW2へと螺旋弾頭・ホーミングの両ミサイルを撃ち放つ。
白く糸を引いた三連のミサイルが、HW2へと食らいつく。
それに合わせる様に、咲も高分子レーザーを撃ち込んだ。
装甲が爆ぜ、機体を貫かれてHW2は小爆発を繰り返しながら墜落していく。地面に落ちる手前で、HW2は爆散した。
残るHWは二機。
「ふむ‥‥では、残りのHWはγ班にお任せします。お気をつけて‥‥」
頃合と見て、るなが降下を開始した。兵衛もそれに続く。
そこを狙ってHW1とHW5が左右からプロトン砲が発射し、二機の雷電の装甲を焼いた。だが、空挺KVの名は伊達ではなく、二機はそのまま問題無く着陸へと入っていった。
「それ以上は邪魔をさせないよ」
覚羅のディアブロがHW5へと肉薄し、高分子レーザーを叩き込む。
三連の光条はHW5に穴を空け、HW5は内部からの小爆発を繰り返した。
「終わりです」
そこへリゼットがUK−10AAMで駄目押しをする。
さながら花火のように、HW5は虚空へと散っていった。
その間に減速した雷電が、変形を終えて街の大通りへと降下する。
接地の寸前に軽くブースターを吹かせて衝撃を軽減するも、降下の勢いのままに二機の雷電はギャリギャリとアスファルトを削ってから止まった。
そこを襲う砲撃と弾丸の嵐。
「ぐっ!」
予想できたこととは言え、流石の集中砲火に兵衛とるなは揺さぶられる機体を保つのに精一杯となった。
だが、その衝撃もすぐに止む。
上空の春花と楓が、地上に向けてライフルやミサイルを撃ち放ったのだ。
無論当たりはしないが、敵の攻撃を一時止める程度には効果的なものだった。
即座に体勢を整え直すと、兵衛はニヤリと笑みを浮かべる。
「さあ、行こうか忠勝。我らが前に立ち塞がる敵を粉砕するために」
蜻蛉切と名づけたロンゴミニアトを構え、雷電は薄闇に立つゴーレムと対峙した。
●瓦礫、静寂
再び照明弾が打ち上げられ、街の全景が一瞬白く染まる。
火災は未だ衰えておらず、廃墟から立ち上る炎が降り立った雷電へと火の粉を降らせていた。
その様子を見ながら、リゼットは少しだけ唇を噛み、操縦桿を傾ける。
「β班、これより降下シークエンスに入ります」
「了解」
覚羅がミカガミの後に続き、二機は雷電の後方へ降りる形でのアプローチに入った。
そこを突かんと、最後のHW1が迫る。
「お前達の相手はこっちだ、喰らえっ!!」
ワイバーンがマイクロブーストで回り込み、高分子レーザーで迎撃する。
体勢を崩されたHW1の放ったプロトン砲は明後日の方向へと伸びた。
ふらつくHW1に、R−01改が残ったホーミングミサイルを斉射。マトモな回避機動も取れずに、最後のHWが叩き落された。
地上は雷電が押さえ、空も最早敵はいない。
β班の降下は、α班に比べればかなり楽に終えられた。
土ぼこりを巻き上げて停止するミカガミとディアブロ。
炎の中で、四機のKVと三機のゴーレムとがにらみ合いとなった。
真っ先に動いたのは兵衛だった。
装輪走行で一気に間合いを詰めると、ロンゴミニアトを繰り出す。
受けたのは盾を装備した剣ゴーレムだ。
ロンゴミニアトが盾に阻まれ、鈍い金属音と衝撃がコクピットに響く。
「やるな‥‥だが!」
兵衛は構わず機槍を爆裂させた。
二度目の爆発で盾が砕け、三度目で剣ゴーレムの片腕が吹き飛んだ。
だが、剣ゴーレムもその手の剣を負けじと振るい返す。
左肩関節に食い込んだ刃によって、雷電の左腕からスパークが走った。
鍔迫り合いの状況で膠着しかけた二機に向けて、るなの雷電が駆ける。
ブーストと超伝導アクチュエータの併用で一気に剣ゴーレムへと迫ると、高分子レーザーで剣を持った腕を撃ち抜いた。
泡を食って後退しようとする剣ゴーレムに、体当たりせんばかりの勢いで密着する。
「逃すとお思いですか?」
呟き、その胸部装甲に金属の筒を押し当てる。
瞬間、解き放たれた超圧縮レーザーが剣ゴーレムを貫き、そのままもつれるように倒れてゴーレムは爆発した。
一方、β班の二機は槍ゴーレムへ向かっていた。
槍ゴーレムは片手に持つガトリングを乱射してミカガミとディアブロの接近を阻もうとするが、ミカガミはヒートディフェンダーで、ディアブロは機盾「レグルス」でもってその弾丸をしのいでいた。
「その銃器、見過ごせません」
リゼットは多少の被弾を無視して間合いを詰めると、接近仕様マニューバを起動。その勢いのままにヒートディフェンダーを振るう。
灼熱の刃は、ガトリングを握る槍ゴーレムの腕を叩き切った。
「告死天使の力、見せてあげるよ」
その隙を見逃さず、覚羅は笑みを浮かべて突進する。
迎撃に突き出された槍が爆裂するが、何とかレグルスで受け流し、アグレッシブフォースを起動して試作剣雪村で槍ゴーレムをなで切る。
装甲の表面に一文字の溶断傷をつけられ、槍ゴーレムは断末魔のスパークを放つ。
「終わりです!」
リゼットは再び接近仕様マニューバを起動し、更にミカガミの腕に内蔵された雪村を一閃する。
その場で回転したミカガミの背後で、腰の部分から両断された槍ゴーレムが崩れ落ちた。
γ班の二機もまた、降下を完了していた。
上空に残ったδ班の管制によって、残る砲ゴーレムの居所へと向かう。
「やれやれ。よりによって大砲野郎相手とは」
「まぁまぁ」
ぼやくツィレルを宥めつつ、四足獣型のワイバーンを駆る咲はレーダーで目標との距離を再確認していた。
『そこから、暫く建物が途切れます』
春花の通信が入り、二人は一旦ビルの陰で機体を停止させる。
恐らくは、砲ゴーレムは息を潜めてこちらを狙っているだろう。飛び出せば、待ってましたとばかりに狙い撃ちだ。
「‥‥ボクがブーストとマイクロブーストの併用で飛び込みます。援護、頼みますよ」
「‥‥了解」
悩んでいる暇は無かった。何となれば、相手はビルごと二機を撃つだろう。
ワイバーンが一気に加速して飛び出す。砲撃が掠め、衝撃でコクピットが酷く揺れた。
ワンテンポ遅れてR−01改も飛び出し、ブーストを発動させながらガドリングを撃ち出す。
牽制には十分だ。懐に飛び込まれれば、砲ゴーレムには何も出来まい。
ワイバーンからもデルタレイが伸び、ゴーレムの肩装甲を焼く。ブーストの勢いのままに接近すると、ヒートディフェンダーを振り抜いた。音を立てて、砲ゴーレムの肩が砕ける。
R−01改もまた、ディフェンダーを振り上げて飛び込んで来ていた。最早、ゴーレムになす術は無かった。
「A地区、砲兵隊が制圧完了。D地区にキメラの反応が多数あります。掃討、お願いします」
『了解』
上空で旋回を続けながら、春花は痛む傷をそっと押さえた。
「夕凪さん、大丈夫?」
楓からの通信にウーフーの翼を振って答えると、春花は時間を確かめた。
午後十時十二分。
敵ゴーレム、及びHWを駆逐した後、郊外に展開していたUPC軍が街へと突入し、残存のキメラを叩いていた。
能力者たちも、KVという圧倒的な火力を駆使してキメラの群れを蹴散らす手伝いをしている。
街の火は、後続の兵士たちによって、徐々にではあるが沈静化してきていた。
崩壊していた多くの建物。道路に残る弾痕。そして火災。
資料に載っている以上の惨状は、能力者たちが到着する以前に新たな破壊が起こったと見るのが自然だった。
となれば、その対象は‥‥。
「‥‥無事だと良いね」
「そう、ですね‥‥」
それから二時間程で、街からバグアの勢力は完全に駆逐された。
避難民に犠牲者は出たものの、半数以上が救出されたという報告が能力者たちに伝えられたのは、八人が基地へと帰投した深夜のことだった。