タイトル:【お節】ヤツガシーラマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/21 02:13

●オープニング本文


●それはオセチに違いない
 UPC本部食堂――それは、軍人、事務職員、傭兵たちのみならず、広く一般にも利用されている、一種の社員食堂である。
 そんな食堂の秩序を守り、纏め上げている人物――それが、飯田 よし江(gz0138)であった。

「いえ、ですから、無理です!」
「無理や無理やってアンタ、上に言うてもおれへんのに、やってみなわからへんやないの!」
 先生だって走り回っちゃう師走のある日、ヒョウ柄のセーターに身を包んだよし江は、UPC本部内の経理の姉さんに詰め寄っていた。
「傭兵の子らだって、今年は戦い通しやったやないの。労ってあげなアカン!」
 迫るヒョウ。タジタジで身を引く経理の姉さん。
「まあ落ち着きなさい。何の騒ぎですか」
 その様子に、偶々通り掛かったハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将が、何事かと仲裁に入った。
「ブラット准将! はあ‥‥実は、ULTに依頼を出そう思てるんですけど、承認が下りへんのです」
「依頼? どのような依頼ですかな?」
「それが、オセチの食材集めなんですわ」
 准将を前にして、少しずつ事情を話し始めるよし江。
 戦い赴く度、傷ついて戻ってくる軍人や傭兵たちに、せめて新年くらいは明るい気持ちで迎えてほしいと、食堂でオセチを出したいのだということ。
 そして、折角作るなら、皆で協力し合って各地の食材を集め、豪華なオセチにしたいのだということも。
「なるほど。偶には、そのような催しも良いかもしれませんな。兵の士気も上がる事でしょう」
 ブラット准将は、根気良くよし江の話を聞き終えると、一つ頷いてそう口にした。
「えっ‥‥ほな‥‥!」
「わかりました。私が承認し、ULTに食材集めの依頼を出しましょう。企画書を回してください」
「ありがとうございます!」

 こうして、ブラット准将の承認のもと、UPC本部食堂より、ULTに新たな依頼がもたらされたのであった。
 『オセチの食材募集。正月グッズ提供歓迎!』

●それは本当にオセチなのか
「エビフライ‥‥だと‥‥?」
「え? 入ってないの?」
「‥‥揚げ物はどうだろうなぁ」
 同僚と会話しつつ、メアリー=フィオール(gz0089)は少しだけため息をついた。
 メアリー自身、オセチ料理は見たことも食べたことも無い。
 日本の伝統料理というのだから、それは和食が中心なのだろうという考えを持っている程度だ。
 故に、メアリーと違って「年末年始は彼氏と過ごすのよっ☆」等と言う同僚のオセチ像について、具体的に反論することは出来なかった。
「メアリー君」
「はい?」
 昼休みだと言うのに、空気を読まずに上司が話しかけてきた。
 内心では舌打ちをしながらも、メアリーは謹んで営業スマイルを浮かべて応対する。
「確か、君は年末年始は予定が無かったね? 他の皆は予定があるんだ。と言うわけで、よろしく」
「‥‥はい?」
 反論する隙を与えず、用は果たしたとばかりに上司は去っていく。
「メアリー、予定、無いんだ‥‥」
「‥‥」
 先程までとは打って変わって、妙に同情的で余所余所しい同僚の言葉が冷たく響いた。 

●それがオセチだと言うのか
「日本には、オセチなる文化があるらしい」
「はぁ」
 珍しく研究室以外の場所で、アルフレッド=マイヤーは彼の助手ブリジット=イーデンと話していた。
 何のことは無い。
 以前、無断で試作段階の光学迷彩型HWを持ち出した罪により、暫く研究室への出入りを禁じられているだけの話である。
 そういう訳で暇を持て余しているマイヤーは、好奇心に従って色々としているうちに「オセチ」へと辿り着いたようである。
「オセチには何でも、触ると痒くなる物体が使用されているらしいよ」
「‥‥」
 サトイモのことなのだろうか、と彼よりは余程日本に詳しいブリジットは思った。
 オセチにサトイモというと、きっとヤツガシラのことだろう、とも思った。彼女の知識はかなりローカルかも知れない。
「これを使用すれば、面白いキメラが造れると思わないかね?」
「思いません」
「そうか! じゃあ早速出発だ!」
「‥‥」
 何処へ行くと言うのだろうか。
 そもそも、キメラを造れる施設は現在使えない。
 そう指摘したところ、彼から返ってきた言葉は「材料集めくらい大丈夫だって!」であった。
「始末書、今度は手伝いませんからね」
 ため息をついてそれだけ言うと、ブリジットは仕方なくという風にマイヤーの後をついて行ったのだった。

●それはきっとオセチなのだ
「サトイモが盗まれている?」
「ええ。おせち料理に使用するので大量の在庫が必要なのですが、夜毎に少なくなっているのです」
 依頼人によれば、倉庫には屈強なガードマンを幾人も配置したのだが、何故か全員が睡魔に襲われてしまって盗人を防げないのだと言う。
 これはきっと、普通の盗難事件ではない。
 そう判断して、ULTへと依頼することにしたのだそうだ。
「我々が保管しているのは、サトイモの中でもヤツガシラというものなのですが、これはラストホープの食堂さんにもご提供することになっております。これ以上盗まれると、それも難しくなってしまうのです」
「承りました。それで、報酬の件ですが‥‥」
 メアリーがそう切り出すと、依頼人は少しだけ恥ずかしそうに笑う。
「私どもも経営が苦しいので、余り多くは出せないのです‥‥。代わり、といっては何ですが、ヤツガシラの一部をお分けいたしますし、煮付けのお味見程度もして頂けると思います」
「十分ですよ」
 にこりと笑ったメアリーに、依頼人はホッとした表情で礼をする。
 依頼人が去った後で、ふと彼女はUPC本部食堂から頼まれていた依頼を思い出した。
「‥‥丁度いいな」
 呟いて、メアリーは依頼の詳細にちょちょいと何事かを付け足す。

 そして、能力者たちに新しい依頼が公開された。
 その下の方には、以下の文が加えられていた。
『頂いたヤツガシラは、UPC本部食堂にお渡しするように。 by メアリー=フィオール』

●参加者一覧

北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
フェイス(gb2501
35歳・♂・SN
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG

●リプレイ本文

●ヤツガシラを守るのだ
 野菜卸業者からの依頼で、ヤツガシラを盗む不届き者を懲らしめに出発した七人の能力者。
 その出発に際して、ヨグ=ニグラス(gb1949)はオペレーターであるメアリー=フィオール(gz0089)を訪ねたのであるが、残念ながらすれ違いに終わってしまった。
 そのため、少年はメアリーの同僚に伝言をお願いする。
「メアリー姉様に食べ物貰ってくるので、待っててくださいまし!」
 職場の気温がさっと下がった気がしたが、その原因はヨグには結局分からずじまいであった。
 はてな顔の少年が高速移動艇に乗った頃、メアリーが戻ってくる。
「メアリー? あんな子供に頼るくらい厳しいなら、一言相談してくれたって‥‥」
「は?」
「そんなんだから良い人もできないのよ! もっと自分を大切にしなくちゃ!」
「よく分からんが、余計なお世話だ!」
 顔で怒って心で泣くメアリーであった。閑話休題。

 冬の日暮れは早い。
 既に太陽は地平線へと完全に没し、その残り火も徐々に闇へと変わりつつあった。
 急激に下がっていく気温の中、アンジェラ・ディック(gb3967)の吐く息が白く立ち上った。
 日中の守原有希(ga8582)の聞き込みで、犯人は一般人ではないという見方は更に強くなっている。
 倉庫の警備を担当した警備員たちは、いずれも経験豊富な歴戦の猛者である。
 それこそ、一日や二日不眠不休で警備に当たるなど朝飯前、というプロだった。
 そんな彼らをして、あっさりと眠らせる犯人。
 現場には残留の薬物反応も検出されず、少なくとも人類の犯行ではないと警察でも判断していた。
 とすれば、相手は少なくとも親バグア派である。
 その情報を思い出して、フェイス(gb2501)は呆れたように呟く。
「それにしても‥‥何故ヤツガシラなんでしょうねぇ。気にしちゃいけないのかも知れませんが」
「バグアにも食糧難なんてあるのだろうか‥‥」
 その呟きにクリス・フレイシア(gb2547)が応じた。
 仮に食料の確保に難があったとして、わざわざヤツガシラを狙う意味は何だろうか。
 不意にこたつでお節を食べるバグアの様子を想像して、クリスは失笑を漏らす。
「理由はどうあれ、農家の苦労を無にする輩‥‥許せません」
 有希は、農家の方々の努力の結晶たる作物を掠め取る犯人に、静かな闘志を燃やしていた。
 と、先行して倉庫の様子を見てきた北柴 航三郎(ga4410)、ヨグ、白雪(gb2228)の三人が戻ってくる。
「怪しいものは見当たりませんね。今の内に配置につきましょう」
「んと、AU−KVは倉庫の中に入れといたです。ついでに、クリスさんに頼まれた物も置いといたですよ」
 にっこりと報告するヨグに、クリスはぽんぽんと頭を撫でて礼を言う。
「こんばんはフェイスさん。いい夜ね」
「ええ。実に寒くなりそうだ」
 白雪とフェイスが言葉を交わすと、それに合わせて白く呼気が舞う。
 雲一つ無い空を見る限り、今夜はフェイスの言うとおりに冷え込みそうだ。
 だというのに、特に防寒着を着る様子も無い白雪は、傍目には寒々しく見えてしまう。
 もっとも、本人は余り気にしてはいないようだ。
「そうだ、良かったらお茶飲まれますか?」
 何故ならば、彼女がそういってフェイスに差し出したお茶は、程よく冷えていたのだから。

●犯人をおびき出すのだ
 航三郎、有希、ヨグの三人が倉庫正面に立ち、フェイスが裏口の警備に当たる。
 残る白雪、クリス、アンジェラの三人は思い思いの位置へ身を伏せると、じっと息を殺して周囲に意識を飛ばした。
 要するに、警備に当たる四人を囮とし、いつものように現れるはずの犯人を捕まえようという計画だった。
 そのために航三郎は警備会社から腕章を借り、四人はそれを身につけている。
 とりあえず、コートを着て警備に当たっている航三郎、有希、フェイスはそれで警備員に見えなくもないのだが、白衣のヨグは少々浮いていると言わざるを得なかった。
 まぁ、それを言えば少年が近衛兵よろしく正面入口で薙刀を構えて直立不動、という時点でかなり浮いているという話ではあるのだが。
(「‥‥見れば見るほど妙な光景ね」)
 アンジェラは時折ウォッカを舐めて体を温めつつ、そんなことを考えた。
「これに引っかかるとすれば、余程の間抜けか、あるいは馬鹿か‥‥」
 別の場所に陣取っていたクリスも、やれやれと苦笑する。

 ところが、相手は間抜けで馬鹿であった。
「ふふふ。今日も懲りずに警備員を配置とは、無駄な努力をするものだね」
「‥‥」
 あからさまに怪しいサングラスと、それに劣らず場違いな白衣を闇に翻し、バグア軍の科学者であるところのアルフレッド=マイヤーはニヤリと笑みを浮かべた。
 その後ろには、呆れたような様子で――実際に呆れているのだが、仮面に隠れて素顔は窺えない――ため息をつくブリジット=イーデンの姿があった。
 天才と何とやらは紙一重と言うが、どうやらこの人は紙一重の方であるらしい。
 ブリジットはぼんやりとそんなことを考え、遠い目をする。
 そんな自らの助手の苦悩を顧みることなく、マイヤーは懐から妙な機械を取り出した。
「さぁ、今日もめくるめく睡眠の世界へ誘って差し上げようじゃないか!」
 キューブワームの技術を応用した、と彼が言い張るこの機械は、特殊な音波を発して人間を睡眠状態にしてしまうという無駄に高度なシロモノであった。気まぐれで作ったために、試作品のこれっきりなのだという。
 恐るべし、バグア脅威のメカニズム。
 その睡眠誘導マシンが、マイヤーの手によって今夜も起動された。

 最初に異変に気付いたのはフェイスだった。
「‥‥ん?」
 ほんの少しだけ目の奥が重くなるような、眠気の前兆を感じる。
 一般人であったなら、当に眠ってしまっていただろう。
 しかし、能力者は一般人に比べて桁外れの抵抗力を持っている。加えて、準備の良い彼らは事前に寝だめもしてあった。
 そのため、誰一人として眠ってしまうことはなかったのである。
『‥‥待った。そのまま、眠ったふりをして欲しい』
 犯人が近付いてきたと知って動き出そうとした四人を制するように、アンジェラが無線に呼びかける。
 クリスが、すぐにその意図を察した。
『釣るならきちんと釣り針を飲み込んでから‥‥か』
『‥‥なるほど』
 感心したように白雪が言う。
 警備担当の四人は役割柄応答はできなかったものの、見事な演技力でふらふらと崩れ落ちた。
 その直後、クリスの目に倉庫へ近付いてくる二人組の姿が映った。
 程無く、白雪とアンジェラもそれに気付く。
 細く、小さく呼吸をして、白い息も漏らさぬように。細心の注意を払って潜む三人に気付くことなく、二人組は倉庫にのんびりと歩み寄っていた。
「んー、今日も効果覿面だねぇ」
 片割れの男、マイヤーが満足気に頷く。
 もう一人女性、ブリジットの方は何処か呆れているようにも見えるが、あるいは渋々付き合っているのかもしれない、と観察していた白雪は推量する。
 ともあれ、男は意気揚々と正面の扉に近寄り、小型の端末を取り出して瞬く間に電子ロックを解除した。
 鈍い金属音を立てて、扉が開いていく。
 二人が中に入ったところで、航三郎、有希、ヨグの三人は素早く立ち上がって壁際に身を寄せる。
 やがて、ヤツガシラ入りと思われるケースを持ったマイヤーと、その後に続いてブリジットが外に出てきた。
 二人の顔を見たとき、思わず航三郎が叫ぶ。
「なあっ!? 貴様ら、こぎゃんとこで何ばしょっとかー!?」
「おお!?」
「!」
 突然の声に慌てたマイヤーは、それでもケースは落とさずに一気に跳躍して間合いを取る。ブリジットもそれに続いた。
 どうにも、逃げ足だけは速いようである。
「‥‥君は確か」
「あのときの能力者、ですか」
 全てを悟ったように、彼女は大きく白い息を吐き出す。
 マイヤーは勿体つけてケースを下ろすと、何事かを言おうとして、連続した銃声によって遮られた。
 クリスとアンジェラの放った計五発の弾丸が彼の足元に次々と襲い掛かり、漫画のようにマイヤーは足踏みをする。
「ワタシの銃撃を避けるとは‥‥」
「距離のせいか? それとも夜間だから? いや‥‥」
 必中を期した二人のスナイパーは、次こそはと意を新たにしてスコープを覗き込む。
 一方のマイヤーは、突然の銃撃に息をあがらせながらも再び何かを言おうとしたが、今度は物陰から飛び出した白雪がそれを許さなかった。
 懐から取り出した漆黒の哭刀『八咫』 を、無音のままに投擲する。
 風を切って飛んだ刃は、マイヤーのズボンの裾をすっぱりと裂いてから地面に突き立った。
「‥‥って、人が何かを言おうとするときは邪魔をしちゃ駄目だよ! そういう不文律は守ってもらわないと困る!」
 何かのお約束を主張するかのように、少しだけ涙目で漸くマイヤーは声を出した。
 その背後から、隠密潜行によって音も無く近付いていたフェイスが巨大ハリセンを景気の良い音と共にお見舞いする。
「‥‥む。私は何故ハリセンを。これが大阪の魔力ですか」
 ボケにはハリセン。これもまた何かのお約束である。
 折角気付かれずに接近できていたのだが、まぁこれは仕方の無いことなのだろう。
 そう自分を納得させて、フェイスは二人から離れて改めてバロックを構える。

 マイヤーはといえば、わなわなと体を震わせていた。どうにも、怒ったようである。
「ええい君たち! 遂に僕を怒らせてしまったようだね!」
「‥‥安い感情ですね」
 ぼそっと呟いたブリジットには気付かず、マイヤーは懐から睡眠誘導マシンを取り出す。
「この眠らせ君の最大出力なら、いくら能力者といえばばばばばばば」
 仮にも戦いの最中に口上を始めたマイヤーに、航三郎は容赦なく超機械γでの電磁波を発生させた。
 強力な電流は、もちろんのことマイヤーが持っていた妙なメカにも及び、呆気なくそれは黒煙を上げて小さく爆発した。
「のおおお!?」
「皆でやっちゃって! 袋だフクロ!」
 絶望の叫びを上げるマイヤーに、航三郎は更に練成弱体をかける。
「ばり痛か目に会うて貰う!」
 隙だらけの男に、有希が蝉時雨と刀を手に飛び込んだ。刃が赤く輝き、剣閃が都合二度。
 避けることも叶わず、マイヤーは慌てて盾のような物を取り出して身を守る。
「ちょ、ちょっと待っ」
「次は僕の番です!」
 いつの間にかリンドヴルムを装着したヨグが、プリン色のパワードスーツを駆って接近していた。
 薙刀を構える腕にスパークが走り、強力な一撃が盾ごとマイヤーを吹き飛ばした。
 二、三メートルほど転がって、マイヤーはよろよろと立ち上がる。
 ブリジットはと言えば、更にその五メートル程後方に退避していた。マイヤーを助ける気は更々無いようだ。
「あのね、一対‥‥七? これは流石に酷いんじゃぁ」
「御託は無用。大人しくお縄につきなさい!」
 慎重に間合いを詰めながら、フェイスがバロックを突きつける。
 反対方向に回った白雪は、哭刀『八咫』を回収しながら思いついたように声をかけた。
「ちょっと聞いてみてもいい? ‥‥このお芋、何に使うの?」
「良くぞ聞いてくれた! このサトイモなるものは触ると痒みを生じさせると言う! それを利用して、僕は新たなキメラを開発するのだ!」
 誇らしげに宣言するマイヤーだが、はっきり言って反応は芳しくなかった。
 特に有希などは、かえって火に油を注がれたようだった。
「命を頂く者は確り貰うのが責務! そいば破壊の為に捻じ曲げる、許してたまるか!」
 裂帛の気合で踏み込むも、それは突然広がった白煙に遮られた。
 ブリジットの声のみが響く。
「とりあえず、ここで博士を捕まえられても困りますので‥‥」
「むむむ」
「何がむむむですか。帰りますよ」
 白煙がゆらりと揺れ、足音と共に気配が遠ざかっていく。
 やや遅れて、煙から五人の能力者が脱出した。
「く、ケースは持って行かれましたか‥‥」
 遠ざかるマイヤーがしっかりとケースを抱えているのを見て、フェイスは呻いた。
 だが、楽しげなクリスの声が無線に響く。
『いや‥‥こうも見事に引っかかるとは思わなかったな。彼が持ってったのは、僕が用意したダミーだよ』
 その言葉にほっと息をつくと、フェイスは漸く肩の力を抜く。
 そして倉庫の壁に寄りかかると、少しだけ笑みを浮かべながら、仕事後の一服を楽しんだ。
 たっぷりと吸い込んだ煙を吐き出すと、ふと彼は白雪が不思議そうな顔をしているのに気付いた。
「どうかしましたか?」
「いえ‥‥白雪とも話してたのですが、お芋くらい買えばいいのにな、と」
「‥‥もっともな指摘ですね」
 流石の能力者も、そんなお粗末なバグアには苦笑するしかなかった。
 しかし、バグアがキメラの材料をスーパーで買い求める、という構図は想像しづらいものではあった。
 
 クリスお手製のブービートラップでマイヤーが酷い目にあうのは、それから暫く後の話になる。

●お芋を持ち帰ったのだ
 業者からのお礼としてヤツガシラを十ケース程と、その煮付けを振舞われた能力者たち。
 寒い中を過ごした七人にとっては、湯気の立つ熱々の煮付けは正に絶品であった。
「うん、思ったよりも美味しいわね」
 腹の足しになれば、程度に考えていたアンジェラも、予想外の美味しさに満足気である。
 素朴な味わいは、まさに日本の味といったところだろうか。
「ヤツガシラ‥‥里芋はいいですね。煮物にも、雑煮にも‥‥」
「ええ。これでお正月がきますね」
 有希と航三郎が笑顔で語り合い、白雪とフェイスもお節を先取りと舌鼓を打っていた。
 ヨグなどは、この味をプリンに活かせないかと知恵を絞っているようだったが、クリスに笑いながら否定されて少々ムキになっているようだ。 
 ともあれ、頂いたヤツガシラはUPC本部食堂へきちんと納められ、お節のバリエーションもまた一つ広がったことになる。
 依頼は大成功と言えよう。

 翌日、メアリーの元へ食堂のプレゼントが届けられた。
 食堂のおばちゃんが渡してくれたものだが、曰く「可愛い子から渡してくれって頼まれたんや!」だそうである。
 珍しいこともあるものだ、と何気なく箱を開けると、中身は実に美味しそうなブッシュドノエル。
 甘いもの好きなメアリーにとっては、素晴らしい贈り物であった。
 更にその日の夜、仕事尽くめのメアリーを気遣って、クリスが彼女を酒に誘った。
 友人の誘いを断るはずも無く、彼女はお気に入りの店にクリスを案内し、久々に良い酒を楽しめたということである。

 プレゼントの出所や、クリスとの逢引(?)を目撃されたことで、次の日からメアリーは同僚からしつこく追及されることになるのだが、それはまた別のお話。