●リプレイ本文
●理想と現実
機能性とデザインを両立した、という触れ込みの建造物の中を能力者たちは歩く。
目指すは、研究所の主であるジェーン・ブラケットの部屋である。
「‥‥おお、あれはもしや、去年の論文で有効性が実証された装置では‥‥」
「目敏いな」
自らを問題児と自覚するマーガレット・ラランド(
ga6439)が、最新鋭の設備に目を見張る。
苦笑して、フィリップ=アベル(gz0093)は歩みを止めかけた彼女を促した。
残念ながら、今回は研究所の見学が目的ではない。如何にラストホープの能力者とはいえ、最先端の研究施設をおいそれと見回らせる程、ドロームも甘くはなかった。
ともあれ、入口から五分程歩いたところで、九人は所長室へと辿り着いた。
「ようこそ。当研究所で所長を務めている、ジェーン・ブラケットです」
扉を開けて入った能力者たちを、ジェーンは笑顔で出迎えた。
実際に対面して改めて緊張したのか、藤宮紅緒(
ga5157)はあわあわとお辞儀をする。
「‥‥あ、え、えと‥‥藤宮紅緒です。‥‥あんまり知識が無いモノで‥‥頓珍漢な事言うかもしれませんが‥‥」
「私も余り兵器に詳しいわけではありませんが、どうぞ宜しくお願い致します」
楓華(
ga4514)も、紅緒に合わせて礼をする。
初々しいその様子にジェーンはくすりと笑ってから、能力者たちに席を勧めた。
品の良いカップに注がれたコーヒーを少しだけ味わってから、九十九 嵐導(
ga0051)がまず口火を切った。
「とりあえず、兵装に余り馴染みがないと言う話‥‥。俺なりに、現在店で流通しているデータを簡単に纏めてみた」
「助かります」
気にするな、と身振りで示すと、嵐導は鞄から紙を取り出して机に広げた。
まずは、陸戦でも空戦でも使える銃器タイプの兵装である。
高分子レーザーに代表される、カートリッジでエネルギーを供給するタイプが一つ。
もう一つは、帯電粒子加速砲のように機体の動力と直結させて高エネルギーを実現するものだ。
次に、空戦でのみ使用される航空兵装。
現在は試作型G放電装置のみがショップに置かれているが、これは敵機の周囲に放電現象を起こして攻撃するものである。
最後に陸上で使用される近・中距離兵装。
高濃度圧縮レーザーを使用する試作剣「雪村」と、導体にビームを流すことで攻撃するウェイフアクスなどがその代表だろう。
「‥‥取り回しの良い火器が不足気味、でしょうか?」
嵐導の纏めたデータを眺め、ジェーンはぽつりと呟いた。
「ショップ以外の品は省いてあるから一概には言えんが‥‥」
少しだけ鼻の頭をかきながら、嵐導が続ける。
「リロードが可能で、且つ長射程の銃器が増えればありがたいと考える」
「賛成ですわ」
おっとりとした微笑を浮かべながら、クラリッサ・メディスン(
ga0853)が首肯した。
「現在の主流は、3.2cm高分子レーザー砲だと思いますが‥‥射程が若干短いのが難点ですわね。射程を延ばすために機体動力を回す、といった措置が施された改良型も存在しますが、結果的に燃費が悪くなり、長期戦に向かないなど戦場を選ぶ兵装になっていますわ」
「そうですねぇ。錬力消費を抑えるか無くして、射程を延ばしたものが欲しいです」
平坂 桃香(
ga1831)も、うんうんと頷いている。
「錬力の消費が少ない、というのは大きな利点ですね」
「個人的に‥‥少々重量があっても‥‥欲しい、です‥‥」
楓華と紅緒も、高分子レーザーの改良は望むものであったようだ。
特に紅緒は、口調こそ穏やかだが、目がキラキラと輝いている。かなりの期待を抱いていると見える。
砕牙 九郎(
ga7366)もまた、改良案を持ってきたようである。
「とりあえず、武器にはまず汎用性と、できる限りの継戦能力、あとは命中精度が必要だと思うんだよな。そんなわけで、こんな案はどうだろ?」
彼が提示したのは、高分子レーザーを元として射程と命中を向上させた、いわばロングレンジレーザーライフルといったものだった。
「射程‥‥高出力化が必要ですね。命中は機械精度の分野ですので、私どもではカバーするにも限界はありますが‥‥」
ジェーンは熱心にメモを取り、能力者の意見を実現するためにどういった研究が必要であるかを纏めていた。
レーザーに関しては一通り意見が出尽くしたようで、皆が休憩がてらにやや温くなったコーヒーをすする。
ふと、思い出したように桃香が声を上げた。
「そういえば、空戦専用の兵器はG放電の二種しかないんですけれど‥‥もう少しバリエーションが欲しいですよね」
「ですわね。命中はあそこまで高くなくてもよいので、もう少し威力と、後は弾数ですかしら?」
クラリッサの同意に桃香も、それです、とぴっと指を立てた。
「‥‥放電の範囲を集中すれば、威力の向上は可能、か」
今まで黙っていたフィリップが呟く。
「装弾数を賄うには、コンデンサの効率化‥‥それは私たちの出番ね」
ジェーンは、再び忙しなくメモを取った。
「研究所の性格を考えれば、帯電粒子加速砲の改良やその発展版なんかも開発できるんじゃないか?」
私たちの出番、という言葉で研究所の研究対象を思い出した嵐導がそう提案する。
なるほど、とジェーンは頷いた。
量産型M−12帯電粒子加速砲などは強力な兵装ではあるが、まだ改良の余地は十分にあるように思えた。
「帯電粒子加速砲の改良もいいけど、それだけじゃつまらない‥‥わよね?」
そこでニヤリと笑みを浮かべて、鯨井昼寝(
ga0488)は身を乗り出した。
●机上の空論?
「粒子加速兵器のデメリットは、何といってもデカいことよね。兵装だけで完結させようとしても、どうしても使い勝手が悪くなってしまう‥‥」
昼寝はもったいぶるようにそこで言葉を切ると、一旦コーヒーで口を湿らせた。
「そこで、発想の転換よ。兵装だけじゃなくて、機体そのものに加速器を組み込めば‥‥例えば、KVを巨大なリングが取り囲むような感じでね」
話しながら、彼女はテーブルの上の紙にさらさらとイメージ図を書いていく。
その姿は後光を背負ったような、あるいは天女の羽衣を纏ったようなものにも見えた。
「整備性は落ちるが‥‥そうか、機体表層に循環式のバイパスを‥‥」
フィリップは何かインスピレーションを受けたのか、ぶつぶつと呟き始める。
それには構わず、昼寝は更に持論を展開した。
「このリング自体が光の刃と化して、武器になるの。そうね、知覚版のソードウィング、っていうのが近いかしら?」
「‥‥加速器から得られるエネルギーで、機体、いえリングの表面を一時的にコーティングする訳ですね」
興味深そうに何度も頷きながら、ジェーンは細かくメモを取っていく。
強度や構造の問題は容易に予想できるものの、その発想自体は非常に価値のあるものに思えたのだ。
兵装の運用主体としてのKVではなく、兵装の一部としてKVを見る。
あるいは、彼女のアイデアはコロンブスの卵となるかもしれなかった。
そんな昼寝の意見に触発されたか、他の者も次々と腹案を披露していく。
楓華は、陸空で使用でき、陸戦時には射程が二倍となる弓形の銃器と、地雷式の知覚爆弾を提案した。
フィリップが自分の世界に没頭していてその問題を諭すことができなかったため、ジェーンはそれを丁寧にメモしていたのだが、どちらも技術的な障壁は大きい。
まず、KV用の弓は元々機構が複雑なため、それを更に複雑にする武器は実現が難しい。仮に実現できたとしても、重量と値段が嵩む上に大した能力は期待できないだろう。
地雷式の知覚爆弾であるが、SES兵器はその性質上、時間経過と共にその威力を大幅に減じてしまう。つまり、設置式の兵器とは決定的に相性が悪いと言う問題があるのだ。
ただ、もう一つ彼女が提案した新式の通信法の開発、というものは一考に価する可能性があった。
バグアのジャミングの影響を受け難い通信の研究は、あるいはジャミング中和研究の進展にもつながるかもしれない。
紅緒がおどおどと提案したのは、自機を中心とした範囲攻撃武器、そして知覚版ミサイルだった。
「‥‥MSIのペインブラッドだったか? 似たようなシステムを搭載していたな」
不意に現実に帰還したフィリップが、他社の機体はあまり引き合いに出したくないが、と前置きをして、以前に耳にした情報を口にする。
出力制御、及びエネルギー消費の問題さえクリアすれば実現は可能に思えるが、その二つが実に難しいのだろう。
知覚版ミサイルに関しては、炸薬の代わりに圧縮粒子を充填すればとりあえずは形になるはずだ。
ただし、高威力を期するには長い研究が必要となると思われた。
「もし、実現するなら‥‥名前は‥‥例えば、錬ミサ‥‥やっぱり、何でもないです‥‥」
名称に関しては、焦って決める必要も無いだろう。
マーガレットは素粒子物理学にも明るいらしく、最先端のミューオンを利用したアイデアをいくつも用意していた。
「ミューオンを利用して、核融合炉の超軽量化が可能です。帯電粒子加速砲や、KVの予備動力にも最適かと」
と、自信満々に提案したは良いのだが、ジェーンの反応はイマイチであった。
何故ならば、核融合炉は未だに理論段階であり、仮に開発できたとしてもコストの問題でKVレベルの兵器に使えるとは考えられなかったからだ。
彼女の他の提案、ミューオンレーダーやミューオン冷却砲に関しても、やはり理論上は可能であっても、コスト面で実現は無理だと判断されてしまった。
といっても、ミューオンの研究自体が打ち切られる訳ではない。あるいは、いつの日かこれらのアイデアが日の目を見る時が訪れる、かもしれなかった。
「空戦で使える広範囲兵器が欲しいんだってばよ」
そういって九郎が提案したのは、いわば知覚版グレネードランチャーといったものだった。
先程の知覚版ミサイルと同様、試作するだけならば問題は無いかもしれないが、実用となると問題は大きいだろう。
また、同様に提案された広範囲攻撃兵器としてのビームバズーカも、フィリップの駄目出しを受けてしまった。
前方20〜30メートルを纏めて攻撃できるビーム、という兵器はKVには荷が勝ちすぎるのだ。
それこそ、ユニヴァースナイト並みの出力が必要となってしまうだろう。
気を取り直すように九郎が提案した近接兵器は、腕部に内蔵した装置によってインパクトと同時にエネルギーを解放してダメージを与える、というものだった。
「‥‥ブリッツ・インパクトに似ているな」
フィリップの指摘に、九郎は苦笑いを零すのだった。
近接兵器に関しては、桃香にも含むところがあったようだ。
彼女が提案したのは高威力・高命中の陸戦兵器。
桃香自身は、知覚版機槍「グングニル」といったものをイメージしていたようである。
陸戦の知覚兵器には雪村という高威力兵装があるが、それとの差異を図るには高い命中と射程である、という彼女の視点は正しいだろう。
兵器の原型をグングニルに限る必要は無いだろうが、雪村とは別の使用法を持つ陸戦兵器があれば戦闘の幅も広がる。
それは、能力者の可能性を広げることにも繋がるのではないか、とフィリップは考えた。
変り種としては、嵐導の意見があっただろう。
彼はKV兵装ではなく、拠点防衛用の砲台や戦艦の主砲として運用できる大砲を考えてはどうか、と提案したのだ。
先のグラナダ戦役でバグアが使用した拡散砲を見て、人類側にあれがあればかなり有利になるのでは、と考えたらしい。
楓華も、こうした大規模な兵器には関心を抱いていたようで、ゆくゆくは宇宙を見据えた兵器も必要だ、と言葉を添えていた。
(「宇宙、か‥‥」)
思いがけず聞いたその言葉に、ジェーンは自らの研究意義を再確認するのだった。
●理想を現実に
能力者たちの意見を聞いてから、早数日が経過していた。
『お偉いさんを納得させるんだったら、やっぱりドロームのマシンで威力発揮できなきゃ嘘よね』
昼寝の帰り際の言葉を思い出し、所長室のジェーンはくすりと笑う。
確かに、ドロームにはアンジェリカという知覚特化のKVがある。
そうしたことを考えれば、知覚兵装の開発というのはある意味恵まれた環境にあるのかもしれない。
ともあれ、当面の研究課題は定まっていた。
レーザー兵器の高出力化と高効率化。
能力者からの要望を整理すると、まず第一に求められているのは長射程で低消費の知覚兵器だ。
それを実現するには、一見相反するようなこの二つが課題、とされたのである。
しかし、ジェーン自身はそれ程悲観的ではなかった。
出力を高めることと、エネルギーの変換効率を上げることはほぼ直結することだからだ。
更にそれは、コストパフォーマンスの向上にも繋がるはずだった。
基礎計算をある程度終え、コーヒーのおかわりを注ごうとジェーンが立ち上がったとき、部屋の扉がノックされた。
どうぞ、という彼女の言葉の後に入ってきたのはフィリップだ。
「クルメタルに先を越されたぞ」
言うなり、彼はクルメタルが公開した8.8cm高分子レーザーライフルのカタログデータをテーブルに広げる。
長射程、高命中を兼ね備えたそれは、まさに彼女らが目指さんとした兵器に見えた。
「大口径化で、彼らは問題を解決したらしいな」
「‥‥なら、私たちはまだ負けた訳では無いわ」
ジェーンは不敵に笑うと、今まで取り組んでいた計算をフィリップに見せる。
それを見たフィリップの目が細められた。
「‥‥この分なら、もう大丈夫そうだな。俺もそろそろ、本業に戻らせてもらおう」
「結局、一週間以上も引き止めてしまったわね。ありがとう」
「礼を言うなら、無事に成果をあげた後にしてくれ。‥‥期待しているぞ」
「任せて」
技術者は互いに握手を交わすと、それぞれの戦場へと戻っていったのだった。
彼らの理想は、果たして現実に通用するのだろうか。
その成否は、遠くない将来に証明されるだろう。