タイトル:【天地刃】二ノ太刀マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/02/14 05:16

●オープニング本文


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 ある病院の集中治療室。
 安曇野昇山は、そこで生死の境を彷徨っていた。
 規則正しい電子音のみが、老人が辛うじて生きていることを告げている。
 一つ朗報があるとするならば、傷自体の治療は成功しており、経過は良好だということだろうか。
 後は、この老人の体力と精神次第だろう。
 担当医は、昇山の様子を入念にカルテに書き入れながらそんなことを思った。
 ふと、彼は老人の口元が僅かに動いたような気がして、記入の手を止める。
(「気のせい‥‥か?」)
 連日の治療で疲れているのだろうか、と彼は少しだけ笑うと、カルテを見直してから集中治療室を後にした。



「調子はどうかな?」
 某所にあるバグア軍の基地の一角で、アルフレッド=マイヤーが一人の男に話しかけていた。
「悪くない」
 答えたのは、葦原光義。
 強化人間となり、自らの師を切り伏せた男である。
「ま、悪くても困るんだけどね」
「‥‥用があるなら、早く言え」
 不機嫌そうな視線をよこす光義に、マイヤーは怖い怖いとおどけながら言う。
「君の要望通り、手紙は出しておいたよ。乗ってくるかは向こう次第だけどね」
「そうか」
 それだけだよ、とマイヤーは笑って踵を返した。
 その姿が完全に視界から消え、気配もなくなった後、光義は腰の刀を抜き放った。
「能力者‥‥」
 呟き、構えた刀を一閃する。
 刃は文字通り空気を切り裂き、音を置き去りにして走った。
 僅かに遅れて甲高い音が響き、真正面の壁に綺麗な線が刻まれる。
「師よ、俺は強くなった。――強くなったはずだ」
 どこか自分に言い聞かせるように言葉を継ぎながら、光義は刃を鞘に納めた。
 その手が少し震えていたのは、果たして見間違えだっただろうか。
「この力が本物かどうか‥‥。試させてもらうぞ、能力者ども!」
 殊更力強く宣言してから、彼は歩き始めた。

 ブリジット=イーデンは、先日ようやく入室が解禁された研究室で、遅れた分の研究を取り戻すべく黙々と作業に取り組んでいた。
 そこへマイヤーが戻ってきたかと見るや、彼は何やら慌しく作業を始める。
 珍しくやる気を見せてくれたのだろうかと、ブリジットはほんの少しだけ頬を緩めてマイヤーの様子をうかがい、その表情を凍らせた。
「‥‥何をなさってるんです?」
 氷点下の言葉が、研究室の気温を一気に下げた。
 それを気にも留めず、マイヤーは至極当然のように答える。
「ちょっと準備をね」
「またろくでもない思い付きですか?」
 トゲを隠そうともしないブリジットに、マイヤーはけらけらと楽しそうに笑う。
「いやいや、今回は単なる保険だよ」
「その保険とやらに、試作キメラを持ち出す価値はあるのですか?」
「価値、ねぇ」
 マイヤーは少しだけ動きを止めて、宙を仰ぐ。
「少なくとも、僕は面白い」
 心底そう思っている、といった笑顔に、ブリジットは深々とため息をつくのだった。



 手紙での依頼は、少なくはない。
 この日も、メアリー=フィオール(gz0089)は何通かの手紙を受け取っていた。
 例外はあるものの、こういった形式の依頼はそう緊急ではないものが多い。
 デスクワークの休憩がてら、彼女は少しだけのんびりとその内容を確認していたのだが、ある手紙の差出人を目にした途端に表情から余裕が消えた。
「‥‥葦原光義、だと?」
 先日の依頼で、彼がバグア側の強化人間となったことは既に知らされていた。
 だが、その事は一般に周知されるはずもない。故に、悪戯の線は薄いといえた。
 同姓同名、あるいは偶然の一致という可能性も無いとは言えないのだが、そのような奇跡的な冗談などやはり滅多にはあるまい。
 彼女のその考えは、手紙の内容によって確信へと変わった。
「挑戦状、とでもいうのか」
 一読して、メアリーは眉を顰める。
 本文には日時と場所が、そして「そこで待つ」という言葉のみが簡潔に記されていた。
 その意図は定かではないが、素直に受け取るならば決闘の申し込みと取れなくもない。
「罠、か?」
 トントンと指で頭を叩きながら、メアリーは呟き、やれやれと首を振った。
「ここで私が悩んでも仕方ないか」
 苦笑しながら、コンソールを操作し始める。
 程無くして、本部に能力者への新たな依頼が表示された。

●参加者一覧

真田 一(ga0039
20歳・♂・FT
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
狭霧 雷(ga6900
27歳・♂・BM
フェリア(ga9011
10歳・♀・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
シヴァー・JS(gb1398
29歳・♂・FT
御沙霧 茉静(gb4448
19歳・♀・FC

●リプレイ本文

●対峙
 冷たい風が、能力者たちの肌を刺す。
 薄い雲に覆われた空から注ぐ日光は、八人の足元にぼんやりした影を作り出している。
(「葦原光義‥‥」)
 さくさくと枯葉を踏み分けながら、真田 一(ga0039)は強化人間となった知人のことを考えていた。
 かつて剣術談義を交わした男は、その身も心もバグアに捧げたのだろうか。
「そうであるならば‥‥」
 一の髪が白く染まり、そして瞬時に腰まで伸びて風に舞った。
 細められた紅の瞳の先には、腕組みをして瞑目している葦原光義の姿があった。

「‥‥思ったより、早かったな」
 そう呟いた光義に、シヴァー・JS(gb1398)が手にもった呼笛を見せて言う。
「ま、念のためですが、妙なものを見つけたら吹きますので。覚えといてくださいな」
 それと、と付け加えながら続ける。
「貴方のお師匠様ですが、一応経過は良好と言えるようですよ」
「手術は成功し、後はご本人の気力次第、だそうです」
 狭霧 雷(ga6900)が、シヴァーの言を引き継いで続けた。
 光義は、そうか、とだけ言って頷くのみ。
 目立った反応も見られず、シヴァーは少しだけ頭を掻いてから、素早く間合いを取った。
 入れ替わるように、フェリア(ga9011)が一歩踏み出す。
「‥‥バグアにとって、光義殿は利用するだけの道具‥‥。それに気づけないほど、貴方は堕ちてしまったんですか?」
 無言。
「‥‥振るう意味すら喪っている貴方の力は、無駄な物としか思えないですよ‥‥」
「意味、か」
 そこで微かに光義は笑うと、組んでいた腕を解く。
 身構えたフェリアの前に、ヨネモトタケシ(gb0843)が進み出た。
「その辺りは、自分も是非お聞きしたいですなぁ。何故、力を求めたのですか? そして、この決闘には何者として臨むのですか?」
 タケシの問いかけに、光義はくだらないとでも言いたげな視線を送る。
「俺は俺だ。バグアにここを弄られようとも、それは変わらん」
 とんとん、と自らの頭を叩きながら彼は言う。
 だが、その回答は重要な点をぼかしていた。
 そこを突き崩すように、やや不機嫌そうな口調で平坂 桃香(ga1831)が問う。
「強くなりたい、力を試したいってのはわかりますが‥‥その後はどうするんです? 世界最強を目指す、とかですか?」
「ふん。そういうのも、良いかもしれんな」
 誤魔化すようにあしらう男に、桃香は口を尖らせた。
 更に続けようとした彼女の機先を制して、光義は刀を抜き放つ。
「まぁ、議論をしに来たわけではあるまい? ‥‥抜け」
 男の言葉と共に、九条院つばめ(ga6530)の身体から微風が巻き起こる。
 彼女の傍らに立っていた御沙霧 茉静(gb4448)からも、白のオーラが湧き出した。
 何かを耐えるように今まで黙っていたつばめは、その瞳に強い意志を宿して槍を構えた。
「私は、もう迷いません‥‥!」

●枯れ野に剣は舞い
 音を立てて力強く踏み込んだつばめの背後から、七連の電磁波が飛んだ。
 桃香のエネルギーガンは、容赦なく光義の身体を捉えていた。
「‥‥いい覚悟だ。そうでなくてはな」
 スパークによって各所が火傷を負うにも関わらず、光義は満足気に微笑む。
 そこへ、つばめの槍が殺到した。
 空気ごと貫く勢いで突き出された穂先が、勢いをそのままに横薙ぎに回転し、反転したところで石突が更に光義へと襲い掛かる。
 一呼吸でそれを行うつばめの技量は驚嘆に値するが、それを刀で軽くいなす光義の技の冴えは異常だ。
(「やはり、私一人では‥‥!」)
 ぎりと奥歯を噛み締めながらも、つばめは素早く後退する。
 息もつかせず、茉静が飛び込んできた。
「例え卑怯と呼ばれようと構わない‥‥」
 フェンサー独特の円を描くような軌道で、天照と蛇剋が踊る。
 硬質の金属同士が奏でる擦過音が枯れ野に響く。
「卑怯? 俺は人数を指定した覚えは無い。何人で来ようが、それはお前たちの自由だ」
 諭すような光義の口調からは、どこか余裕を見せつけるような、高みからの視点が感じられた。
 茉静の天照を絡め取るような動きで刀が捻られ、体勢の乱れた彼女を強烈な蹴りが襲う。
 危うく急所を避けて受身を取った彼女を飛び越すように、一が光義へと迫った。
 月詠と天照の二刀が振るわれ、光義の刀と噛み合った瞬間に甲高い音が響く。
「この力を使っても‥‥俺は、まだ昇山老に一対一で勝てる気はしない」
 美しい白髪が闘気に逆巻き、澄んだ刃の面に凄絶な笑みを浮かべた光義の顔が映った。
 打ち払われた刃に逆らわず一は飛び退き、すかさずタケシが横合いから二刀を携えて踏み込んだ。
「そぉいえば‥‥名乗ってなかったですなぁ。自分はヨネモトタケシと申します」
 ギリギリと刃を押し込みながら、タケシは内心で冷や汗をかいた。
 全力で押し込んでいるというのに、刀は徐々にしか動かないのだ。そして光義は未だ片手であり、しかも余力を残しているように思えた。
 だが、光義の武器を押さえ込んでいる、という事実には変わりが無い。
 その隙を逃さず、一がタケシの背後から跳んだ。
「貰った‥‥二天双撃、御柱!」
 飛び越し様に、月詠と天照の二刀が光義を肩から地へと切り裂かんと唸りをあげる。
「‥‥地剣」
「うっ!?」
 ぼそっと聞えた呟きと同時に、タケシは体勢を崩した。今まで支えていた圧力が突如として消えたのだ。
 そう、光義はタケシの押し込みを逆用して、一気に身体を捻ったのである。生半可な足腰でできる技では無い。
 そしてその勢いのまま、地を薙ぐような軌道で刃を回転させて一の二刀を迎撃する。
 耳障りな衝突音が木霊し、紛うことなき火花が散った。
「ここまでは、見事と言っておこう」
「‥‥流石は昇山老の弟子。技も冴える、か」
 くるりと蜻蛉を切って間合いをとった一が、必殺の一撃を迎撃されたことに少しだけ歯噛みする。
 しかし、ここで光義を休ませる能力者ではない。
 仲間との間合いが離れ、射線を確保した雷による銃撃が光義の左肩を直撃した。
「なるほど。遠近交互に、攻め手を緩めない‥‥か」
 光義が身に着けていた胴着は、理由はわからないが以前の金属繊維のものでは無いらしい。
 肩口に開いた穴と袖口から血を滲ませながら、男は雷へと無造作に刀を振るう。
 かなりの距離があった。だが、雷は本能的に獣の皮膚を発動させながら腕をクロスさせた。
 直後、強化された腕の皮膚が食い破られ、鮮血が迸る。
「‥‥ソニックブームみたいなものですか‥‥!」
 傷口を舐めつつ、雷は更に距離を取った。
 
『やはり、不審なものは見つかりませんね。いやまぁ、木とか岩で案外死角は多いですが』
「そちらもですか‥‥。無いに越したことはないですが、ともあれ用心しておきましょう」
 了解、という言葉とともに無線が切られる。
 フェリアは、再び双眼鏡で光義の周辺を探った。
 ここは、戦闘の中心からはやや遠い場所だ。先ほどの無線の相手、シヴァーと共に、フェリアは万が一に備えて周囲の警戒に当たっていた。
 目に付く場所には、特に異変は無い。そのはずだ。
 少女は双眼鏡を片手に、視点も油断無く変えながら観察している。それは、シヴァーも同じことだった。
 シヴァーの言うとおり、ここには死角が多い。
 故に、断言ができない以上、二人は動くわけにはいかなかった。
 その間にも、光義と六人の戦いは続いている。
 六対一という状況ですら尚、光義には余裕があるように見えた。否、確実にダメージは与えられている。
 桃香の電磁波、雷の銃撃といった遠距離からの攻撃に加え、近距離からは一、つばめ、タケシ、茉静の四人が間断なく、そう、間断なく攻撃を加え続けている。
 あちこちに銃創と火傷を、そして切り傷を負いながらも、光義は笑っていたのだ。
『‥‥まったく、あの人はまだ何か隠してるんですかね? 切り札みたいなものを』
 呆れたような、シヴァーからの無線が入る。
 純粋な戦闘力というもので推し量るなら、確かに光義は強いのだろう。そして、彼自身はそれをもたらしたもの、バグアというものが光義をどう扱おうとしているのか、それも感づいている節があった。
「救えるかわからない‥‥ですけども、諦めるのは私の美学に反しやがるのですよ!」
 少女がぐっと拳を握り締めた時、戦いは一つの佳境を迎えていた。

 一と光義との数度目の鍔迫り合い。
 如何に休ませずに連携、といっても、こうして味方と密着されては多少の躊躇が生じる。
 光義は、明らかにその状況を狙ってきていた。
(「このままでは‥‥」)
 相手のペースに引き込まれることを危惧し、一は大きく光義を弾いて距離を取った。
 間合いが離れたところで弾丸と電磁波が飛び、男の足元が爆ぜる。
 図らずも、それは土埃を巻き上げて一瞬だけ光義の姿を隠した。
 次の瞬間、土煙から飛び出した光義がタケシに向かって刃を振るった。
「うっ!?」
 間一髪でそれを受け止めるも、タケシの膂力をもって尚上回る光義の力が、二刀を支える腕を痺れさせた。
 その痺れは、僅かながら反応を遅らせる。
 沈み込むような体捌きで更に踏み込んだ光義は、刀を持った腕を折り畳んでそのまま肘をタケシの胴体へと打ち込む。
 腹部に走った衝撃に踏鞴を踏んだところへ、横薙ぎに刃が襲う。
 転がるように回避して何とか致命傷を避けたタケシだが、アーマージャケットにカールセルといった重装備でなければ、あるいは危うかったかもしれない。
「‥‥今ので仕留められんか」
 感心したように、光義は呟いた。
 鮮やかとも言えた間隙の攻防に、つばめは言葉を発さずにはいられなかった。
「やはり、強い‥‥。ですが、たとえ貴方がどれだけ強くなったとしても、貴方は安曇野先生を超えることなんてできない! 安易に手に入れた力で、本当の強さなんて手に入るはずがない‥‥それが分からない貴方ではないでしょうに!」
 半ば絶叫に近いその言葉は、少女が光義へ抱いていた心情の吐露だったのだろう。
 男は、少しだけ息をつく。
「安易、か」
 それだけ言うと、光義は刀をつばめへと向ける。
 茉静はその切っ先を遮るように立ち、静かに口を開いた。
「泣いてる‥‥。貴方の剣が、罪無き者の血はもう吸いたくないと、泣いている‥‥」
「剣が泣く?」
 くつくつと喉の奥で笑いながら、光義は応える。
「一つ、教えてやろう。剣は泣かん。どんな時だろうと、泣くのは‥‥人だ」
「戯言は良い。‥‥光義、そろそろ決着といこう」
 惑わすような男の言葉を、一は切って捨てる。
「自分の力と意地をもって、必ずや崩します‥‥お任せください!」
 一の傍らに立ったタケシが、脇腹を押さえながら告げた。
 傷は痛むが、それ以上に精神が昂ぶっている。手傷を負ったことで、タケシの集中力は大きく高まっていた。
「剛力なる双撃‥‥刻ませて頂く!」
 裂帛の気合と共に踏み込んだタケシが、赤光をまとった渾身の一撃を叩き込む。
 敢えて受けた光義の身体が、その威力に僅かに傾ぐ。
「せぇあっ!」 
 畳み掛けるように、一の連撃が続いた。
 だが、それは単純な力によって防がれる。遂に両腕で刀を持った光義が、タケシの刃ごと二人の身体を振り払ったのだ。
 当然、体勢は大きく乱れる。
「私は罪無き者を守る盾。そして、この剣は貴方の心に潜む闇を貫く光明‥‥。御沙霧 茉静、参る‥‥!」
 そこへ、茉静が飛び込んでくる。
 天照のSES機関が唸りを上げて、スキルの発動を告げていた。
 瞬間、剣閃が二筋にぶれる。否、速いと形容するのも生温い程の速度で、二度振るわれた。
 体勢を崩した光義はそれでもこれを受けるが、二撃目を受けきれずに刃が大きく流れる。
「我が槍は、蒼穹に舞う飛燕の如し‥‥!」
 ドンピシャのタイミングで繰り出されたつばめのルピネススピアは、過たずに無防備な光義の脇腹へと突き刺さった。

●無粋な横槍
 ごぶ、と光義が血塊を吐き出す。
 それを気にも留めずに、男は自らの身体に突き刺さった槍を掴んだ。
「‥‥どうした。まだ俺は生きているぞ?」
「貴方は――っ!」
 ニヤリと笑って、光義は強引に槍を引き抜く。つばめの身が、その勢いで大きく後退した。
 そこへ追い討ちを掛けようとし、銃弾と電磁波がそれを阻む。
「往生際、悪いんじゃないですか?」
 相変わらず不機嫌そうに、桃香が言った。
「その傷では、最早勝ち目はありませんよ。‥‥悪いようにはしません。投降してください」
 雷は、しとどに赤く濡れた光義の胴着を見て、そう勧告する。
 当の光義は、その言葉に耳を貸す様子も無い。
「この程度、どうということは無い。むしろ、面白くなってきたところだろう?」
 あくまでも抗戦の構えを見せる光義に、六人は再び武器を構えなおし――大きく笛の音が響いた。

「まったく、楽ができると思ってたんですがね」
 笛から口を離して、シヴァーがぼやく。
 眼前には、一直線に飛んでくる巨大な虫。キメラだろう。
『おおお、こっちにも一匹来てくれやがってますよ!』
 無線が、フェリアの状況を伝えてくる。
 シヴァーは、その報告にふむと考え込んだ。
 たったの二匹、というのが解せないのだ。
「まぁ、とりあえずはお仕事お仕事、ですね」
 肩を竦めながら、シヴァーは巨塊を構える。
 そこに収まった天照に手を添えながら、飛んでくる虫へと意識を集中させる。
 しかし、居合いの間合いに入る寸前で、虫は急加速して迂回を始めた。
「何だ!?」
 無線から聞えてくる声を聞く限りは、フェリアも似た状況らしい。
 軽く舌打ちをして、シヴァーは無線に告げる。
「でかい虫キメラです。速い。申し訳ありませんが、対処願います」

「‥‥キメラだと? 邪魔をしてくれる。嫌な性格の者がいるようだな」
 無線からの連絡に、一が不快感を露にした。
 そしてそれは、光義にとってもそうだったらしい。あからさまに怒気を表情に出している。
 報告の虫は、すぐに視界に入ってきた。
 体長は二メートルもあるだろうか。図体に見合わず、異常に速い。
「まったく、こういう空気を読めない横槍なんて!」
「このタイミングは、できすぎですね‥‥」
 苛立たしげに桃香がエネルギーガンを放ち、雷もまた銃弾を見舞う。
 そうした攻撃を甲殻で弾きながら、虫は桃香たちも素通りする。
 その後ろの四人の直前で二匹の虫は左右に分かれ、呆気に取られた能力者たちを尻目に光義へと飛び掛った。
「悪趣味な‥‥! くそ、キメラ相手には‥‥ええい、アルフレッド! 貴様、よくも邪魔を!」
 がっちりと計十二本の脚で光義を捕まえた虫キメラは、光義の怨嗟の声を残してそのまま飛び去っていった。