●オープニング本文
前回のリプレイを見る「どういうつもりだ!」
研究室内に怒声が響いた。
ブリジット=イーデンは、ため息をついて片耳を塞ぎながら機器の調整を進める。
「だって、あそこで死なれても困るからさ」
「何だと‥‥?」
怒声の主、葦原光義の刺すような視線もどこ吹く風と、アルフレッド=マイヤーはさらりと言ってのける。
マイヤーはぴっと光義の脇腹を指差し、おどけたように笑う。
「余裕なんか見せて、僕があげた服を着てかないからだよ」
「何が言いたい」
苛立たしげに、光義は刀に手をかける。
ちき、と鯉口を切る音がした。
「ま、変なブラフはやめなよ。どうせ斬れないんだから」
ひらひらと手を振るマイヤーに、光義は舌打ちをする。
そんな男の周りを、ゆっくりとマイヤーが歩く。
「困るんだよね。能力者を甘く見るのは君の勝手だけどさ、それで簡単に死なれたら‥‥何ていうのかな、そう、水の泡だろう? 僕の苦労がさ」
「俺の知ったことではない」
吐き捨てるような言葉に、白衣の男はけらけらと笑った。
「はい、おしゃべりはそこまでにしてください。葦原、準備ができた。さっさと入って、傷を治してくれ」
機器の操作を終えたブリジットが二人の間に割って入り、淡々と光義に指示をする。
無言のまま、指示に従った光義がロッカーのような機械――個人用の治療ユニットだろうか――に収まる。
それを見届けてから、ブリジットはマイヤーに向き直った。
「‥‥放っておいても、強化人間の体力なら勝手に治りますが?」
「こっちの方が早いからね。それに、放っといたら勝手に戦いに行くだろうし」
なるほど、と頷きながらも、彼女はどこか不満気だ。
そんなジト目の視線に気付いたらしく、男は笑う。
「好奇心だよ。信念に従って力を得た人間が、信念に従って戦う人間と戦って‥‥どうなると思う?」
怪訝な表情になるブリジットを置いて、マイヤーはさも愉快そうな様子で踵を返し、研究室を後にした。
「‥‥貴方も大変ですね。同情はしませんが」
治療ユニットの中で静かに瞑目している光義を一瞥し、ブリジットは自らの机に戻った。
同じ頃、安曇野昇山は長い昏睡から目覚めていた。
経過が良好だったため、集中治療室から一般病室へ移された翌日のことだ。
その報を受けた警察は、即座に事情聴取を実施した。
「‥‥そうですか。光義は、能力者の方々と‥‥」
道場近くでの一件と、先日の戦い。そのことを聞いた昇山は特に驚いた様子もなく、聴取に向かった刑事たちは顔を見合わせた。
「何か、お弟子さんのことで思い当たることは?」
「‥‥あれは、こと剣の才能に関しては天性のものがありました。あの年で、私が言うのも手前味噌ですが、達人といって差し支えない腕前です。ですが、その才能ゆえに、というべきなのか‥‥理想が高い、いえ、高すぎたのでしょうな」
「高すぎた、とは」
少々長くなりますが、と前置きして老人は続ける。
「剣士というのは難儀なものでして、客観的な実力と主観的な実力には相違があるのです。まぁ、要するに他人から見れば十分に強くとも、本人にとっては十分ではない、あるいはその逆、ということが往々にしてあります。‥‥光義は、その傾向がやや強かったのですよ。あれが一生かけても辿り着けるかどうか、そんな境地を目指していたのです。それが向上心に繋がっていることから、私は楽観視しておりました。しかし、今にして思えば、それがいけなかったのでしょうな」
自嘲するような言い方をして、疲れたようなため息が零れる。
「いや、いけなかった、と私には言えないのです。‥‥あれは、自己の葛藤を人に見せる男ではありませんでした。それを知ろうともしなかった私が、光義をどう評価できましょう」
「‥‥バグアに加担する直接のきっかけとか、そういうものに心当たりは?」
刑事の質問に、昇山は少しだけ目を閉じて考え込む。
「‥‥断言はできませんが、恐らくは能力者の方々を直に目にしたのが、あるいは原因かもしれません。私にとっては心地よい刺激でしたが、年端もいかぬ若者があれだけの腕を見せれば‥‥光義にとっては、相当な焦りになったとしても、不思議はありません」
ふーむ、と刑事は唸る。
能力者は確かに強い。そして、その中でも特に精鋭とされるラストホープの能力者たちの多くは、若者である。
そうしたある種別格の、千分の一という才能と若さとに、光義が歪なライバル心を抱いた。
この仮説には、それなりに筋が通っているように、刑事たちには思えた。
「まぁ、動機はあったわけですな。‥‥いや、病み上がりのところお邪魔して、申し訳ありませんでした。またお伺いさせて頂くかも知れませんが、どうぞお大事に」
「いえいえ。お仕事、ご苦労様です」
謝して部屋を辞する刑事たちに頭を下げ、昇山は深く息を吐いた。
「光義よ‥‥。剣とは、辛き道であるな‥‥」
穏やかに晴れた外の景色を窓越しに見やり、老人は呟いた。
「調子はどうだい?」
「痛みは無い。傷跡も消えた」
マイヤーの声に、光義はそっけなく答える。
それは良かった、と笑う白衣の男を、光義は不機嫌そうに見やった。
「見舞いに来たわけでは無いだろう。用件を言え」
「話が早くて良いね。キメラを出しといた。能力者が来るはずだよ。行っといで」
「‥‥ふん。余計なことを」
踵を返して出て行こうとする光義に、マイヤーはのんびりと声をかける。
「ちゃーんと、あの服を着ていきなよ? 軽くしといたから、そこまで邪魔にならないでしょ」
男は一旦足を止めるが、結局無言で去っていく。
その態度に、マイヤーはくすくすと笑った。
「何ていうんだっけ、ああいうの。ツンデレだっけ?」
「馬鹿なことを言う暇があったら、ちょっと説明してください」
いつの間にか現れたブリジットが、マイヤーに書類を突きつける。
「何ですか? この資材と予算、私たちに割り当てられた分の半分以上ですよ?」
「ああ、それか」
鼻歌でも歌うような調子で、マイヤーは紙を受け取る。
そして、うんうんと頷きながら、さらりと言ってのけた。
「ゴーレムを強化してるんだ。エース用のを、過激にね」
「‥‥一応聞いておきます。何のためですか?」
「内緒」
けらけらと笑う男に、ブリジットは深々とため息をつくのだった。
●リプレイ本文
●三度の対峙
冬枯れの平原に、三体の虫キメラがじっと蹲っていた。
その様子を双眼鏡で観察していた狭霧 雷(
ga6900)は、レンズから目を離して言う。
「‥‥外見は、やはりこの間のキメラとそっくりですね」
「ということは‥‥」
呟いた九条院つばめ(
ga6530)に頷き返しながら、雷が言葉を続ける。
「彼が出てくる可能性は十分、ですね」
「まずは前座、か‥‥油断無く決めていきましょう」
ヨネモトタケシ(
gb0843)が気合を入れれば、九頭龍・聖華(
gb4305)もその美しい長髪を露草色に染める。
彼女を皮切りに能力者たちは覚醒すると、その歩を進めた。
八人が枯れ草を踏む音と、草原を揺らす風の音とがしばらく周囲を支配する。
ふと、ある地点を越えたところで虫キメラの触覚がぴくりと反応した。
間を置かずその甲殻を広げると、何百という蜂が一斉に飛ぶかのような羽音を立てて宙に舞う。
爆音といって差し支えない程の音にも怯まず、八人は間合いを詰めていく。
キメラもそんな外敵を警戒したのか、固まったままで動こうとはしない。
双方の距離が一呼吸で詰められるほどに迫った時、シヴァー・JS(
gb1398)が動いた。
無骨な巨大鞘から抜き放たれた天照が衝撃波を巻き起こす。一瞬で散開したキメラによってそれは避けられるが、元よりそうさせることがシヴァーの狙いであった。
ばらけた虫キメラにあわせるように、能力者たちも予定通りに散る。
「うーん、やっぱり飛ばれるのは迷惑ですねぇ」
平坂 桃香(
ga1831)はぼやきながらも、番天印を二連射する。
予め込められていた貫通弾が、一体のキメラの羽の根元を甲殻ごと貫いた。
穿たれた穴は、雷のアンチシペイターライフルによって更に広げられる。
最早飛ぶ能力を失った甲虫は、呆気なく地に落ちた。
「さて、食ろうて美味いかわからんがの、九頭龍の名において食ろうてやるぞ」
蛍火を構えた聖華が飛び掛り、強烈な一撃を羽に見舞う。既に千切れかけていた羽は、それだけでズタズタになる。
そこへ駄目押しをするかのように、フェリア(
ga9011)が国士無双を大上段から振り下ろした。
「羽虫如きが‥‥! 我が眼前、阻めると思うな‥‥!」
二対の刃を避ける術などあるはずもなく、甲虫は文字通り叩き潰された。
つばめが放ったソニックブームによって、甲虫の羽が強かに打ち付けられる。
それでも砕けない甲殻の強度は流石といったところだが、衝撃までを緩和できるわけではない。
乱れた体勢を立て直す間もあればこそ、踏み込んだタケシの刹那が甲殻の継ぎ目に滑り込む。
跳ね飛ばされた甲殻が宙を舞い、対照的に地面へと落ちるキメラをつばめの槍が捉えた。脚と脚の丁度中間を貫いた穂先が引き抜かれ、流れるようにタケシの二刀が甲虫を地面へと叩きつけた。
「重甲殻であろうと、斬れぬ自分ではありませんよぉ!」
吼えるタケシの言葉通り、刃はキメラを断ち切るだけでは飽き足らず、地面にまでその軌跡を刻んでいた。
シヴァーの振るう巨塊は、このキメラのような固い相手には至極有効だった。
打撃というものは、それで生じる衝撃を無視できる程生易しいものではないのだ。
(「固いものは、その分当たったときに衝撃が大きい、か。ま、道理ですね」)
予想外に通用する自身の武器を評すると、シヴァーはちらりとペアの御沙霧 茉静(
gb4448)を見やる。
彼の攻撃によって、キメラはバランスを保つことで精一杯となっている。そんな絶好のチャンスにも関わらず、茉静の攻撃の冴えは今一つ決め手に欠けるものだったのだ。まるで、致命傷を与えることを躊躇しているかのように。
(「私は‥‥キメラといえど、命を奪うことをしたくない‥‥!」)
不意に、よろめいたキメラの急所が、彼女の刃に吸い寄せられるように近付いた。
思わず剣を引いた茉静の背後から、弾丸が飛ぶ。雷のアンチシペイターライフルだ。
「何をしておる!」
叱咤しながら飛び込んできた聖華が、キメラの羽を斬り飛ばす。
「‥‥やれやれ」
小さくため息をついたシヴァーが、その手の巨塊を地に落ちた虫に叩きつけた。
轟音と土煙が収まる頃、唐突に声が響く。
「詰めが甘いな、能力者」
反射的に振り返った八人の視線の先には、悠然と立つ葦原光義の姿があった。
●『寡流』
「いつの間に‥‥」
「お前たちがラストホープとやらからここへ来るまで、どれだけ時間があったと思っている」
雷の言葉に、光義は呆れたように応じた。
つまり、男は八人がここへ到着したときには既にいた、ということだろうか。
「‥‥余裕のつもりですか? キメラと一緒に戦えば良かったと思うんですが」
桃香の問いに、光義は抜刀しながら答える。
「これ以上奴の助けを借りるなど、お断りなのでな」
「奴? この間言ってた、アルフレッドとか言う人ですか?」
続けられた問いには答えず、光義は刀を正眼に構える。
「やはり今は、問答は無粋なのでしょう‥‥聞きたいことは、後ほど語り合いましょう」
タケシは言いながら、二刀を構えなおす。
そして、静寂が場を支配した。
それを破ったのは、つばめだ。
低い体勢のままに踏み込み、裂帛の気合と共に槍を突き出す。狙いは脚だ。
軽くステップして突きを避けた光義を追うように、槍が横に払われる。
その時だ。
「あうっ!?」
だん、と穂先が踏み抜かれ、予想外の衝撃につばめは槍を取り落としてしまう。
生じた決定的な隙に光義が斬りかかるも、それは桃香の銃撃によって阻止された。
そこへ、更に聖華が割って入る。涼やかな音を立てて蛍火と刀がかみ合い、鍔迫り合いとなる寸前で聖華は飛び退く。
「のぅ、おぬし‥‥その力、何に使うんじゃ?」
油断無く光義を見据えながら、少女は問いかける。
「武芸者なら、強さを求めることはわからんでもないが‥‥意思の無い力は、邪を呼ぶぞ?」
それに応じるでもなく、男は刃を突き出す。
ふわりと跳んで回避した少女と入れ替わるように、タケシが撃ちかかる。
「これはどぉ捌きますかな?」
胴打ちの要領で素早く繰り出された斬撃を、光義は刀を傾けて受け流す。
しかし、タケシの攻撃は終わらない。振り返りざま、身体を捻った勢いで蹴りが光義の脚を襲った。
頑丈なブーツによって守られたタケシの脚は、それだけで凶器となりうる。
光義は咄嗟に跳んで回避するが、そこへ更に半回転したタケシが、所謂裏拳の形で刀の柄を叩き込んだ。
直撃こそ刀で防いだものの、光義は大きく吹き飛ばされて体勢を崩す。
「自信があるのは結構ですが、今回は八対一ですよ? 勝敗は明らかでしょうに」
すかさず、シヴァーが追撃に跳ぶ。
抜刀された天照は、光義の首筋ギリギリで刀によって押し留められる。
そこで無理に打ち合うことはせずに、シヴァーは巨塊で牽制しつつ間合いを取った。
「ぱっぱとアコギな真似から足を洗って、お爺ちゃんにごめんなさいを言うのです!」
シヴァーの背後から跳んだフェリアが、国士無双を思い切り振り下ろした。
傾けた刃で受け流すと、地響きを立てて巨大な刃が地面を刻む。その一刀を支点に、少女は独楽のようにもう一刀を振るった。
質量と勢いに圧され、踏みとどまった光義の足が地面にめり込んだ。
一瞬動きが止まった所を見逃さず、雷の弾丸が光義の腹部へと命中する。だが、今回の男の服は貫通を許さなかった。
怒涛のような攻撃を凌ぎきると、光義は再び正眼の構えを取り、それをゆっくりと下段へと変化させる。
「‥‥やはり、強いな。お前たちは」
透徹した声音で呟いた男に、つばめは少しだけ逡巡してから告げる。
「安曇野先生は、意識を取り戻したそうです」
「そうか」
「‥‥今の貴方の力なら、安曇野先生を確実に仕留めることだってできたはず‥‥。何故、あの時止めを刺さなかったのですか?」
沈黙が降りる。
やはり、これも答えてはくれないのだろうか。
つばめがそう歯噛みした時、光義は口を開いた。
「師は、笑ったのだ」
「‥‥笑った‥‥?」
茉静が怪訝な表情を浮かべる。
では、昇山が別の反応をしていれば、老人は命を奪われていたと、そういうことなのだろうか。
「‥‥剣で殺めるは容易い。だからこそ、己を傷つけてでも相手を生かすこと、それが己を高める道‥‥。貴方は、それを分かっていると思っていた‥‥」
震える声で、茉静は呟く。
「活人剣。言うは易しだな。で、お前はキメラ相手にそれを実践しようとした、というわけか?」
鼻で笑いながら、光義は茉静へと視線を移す。
その目を真正面から見返しながら、彼女は頷いた。
「私は、不殺を貫く」
「驕りだ。それは」
だが、男は茉静の決意を切って捨てる。
そして、下段の構えから刀を担ぐような独特の構えへと移行する。
「違うと言いたいなら、この一撃、受けてみせろ」
無言で茉静も天照と蛇剋を構える。
(「あの構えは‥‥」)
雷は、光義の構えに見覚えがあった。それは、数ヶ月前に山奥の道場で昇山が取った構えと同一のもの。
だとすれば、初見で受けきるのは不可能に近い。
慌てて二人の間へ割って入ろうとした雷に先んじて、同様に構えを看破したシヴァーが駆けた。
「寡流、天剣」
呟いた光義がバネ仕掛けのような勢いで茉静に踊りかかる。跳ね上がるように動いた光義の刀が、大上段から袈裟切りに彼女へと襲い掛かった。
恐ろしい勢いだが、その軌道は単純だ。見切った、と茉静は天照を以ってその一撃を捌こうとし――。
(「え‥‥?」)
まるでその迎撃をすり抜けるように、光義の刃が彼女の額へと迫っているのを見た。
その時、硬直した茉静の身体をシヴァーが乱暴に突き飛ばし、危ういところで彼女は難を逃れる。
「‥‥まったく、気張りすぎ、ですよ」
「シヴァーさ‥‥」
礼を言わんとした茉静は、そこで絶句する。
救出の代償は大きかった。
巨塊で軌道こそずらしたものの、光義の刃は深々とシヴァーの肩を抉っていたのだ。
「そういえば、貴方と剣を交えるのはこれが初めてですか。‥‥二度目は無しにしたいものですよ」
ニヤリと笑い、シヴァーは自身に食い込んだ刃を渾身の力で振り払う。
だが、そこまでだ。がくりと膝をついたシヴァーは、薄れゆく意識の中で誰かの泣き声を聞いた気がした。
●意地
「よくも‥‥っ!」
仲間の脱落に、聖華が激昂して切りかかる。
「他人の思いを切って捨てる。それが、お主の言う強さか!」
光義は答えない。
それを肯定と取ったか、少女の瞳が輝きを増す。
「‥‥良かろう。そこまで人を捨てたなら‥‥この場で食ろうてやる!」
一瞬で納刀すると、寸毫の間も無く居合いが放たれる。
小柄な身体を限界まで捻って繰り出された居合いは、SES機関の唸りと共に二筋の軌跡を刻んだ。
一撃目で柄頭が光義の刀を捉え、僅かに体勢を傾がせる。直後、二撃目が横薙ぎに男の脇腹を襲った。
その場で一回転する程の勢いで放たれた斬撃は、過たずに光義を捉えた。
「やったか‥‥!」
素早く間合いを取りながらも、確かな手応えに聖華は快哉の声を上げる。
「まだです!」
響いたのはタケシの声だ。それとほぼ同時に、光義も動く。
咄嗟に盾を掲げた少女の前に、タケシが飛び込んできた。金属が擦れる音が響く。
「自分にも、意地がありますのでねぇ‥‥。先日の借りは返させていただく!」
かみ合った刃を傾け、タケシは刀を受け流す。
そのまま主導権を握らんと、タケシの二刀が舞った。
縦横に動く二振りの刹那に、さしもの光義も防戦一方となる。
「破っ!」
そこを更に突き崩さんと、タケシは二刀を同時に叩きつける。
だが、それこそが光義の待ち望んだ瞬間だった。即ち、二つの剣筋が一つに集約される瞬間だ。
沈み込むように斜め前方へ駆け抜けつつ、光義はタケシの斬撃を掻い潜ってカウンターの一刀を振り払う。
「‥‥無念、ですよぉ」
倒れたタケシの背後で、光義が身体を起こす。その額には、赤い線がうっすらと走っていた。
「てやあっ!」
間をおかずに、フェリアが国士無双を振るって撃ちかかってくる。
旋風を巻き起こす巨大な刃を前に、光義は下がるどころか敢えて少女の懐へと潜り込んだ。
この至近距離では、国士無双の利点であるはずの巨大さがかえって不利となる。
碌な受けも取れずに、突き出された柄が少女の鳩尾にめり込んだ。嘔吐をこらえながら、フェリアは必死に離れていく。
それを追おうとする光義を、雷と桃香の弾丸が阻止する。更に、つばめも踏み込んできた。
「安曇野先生が笑ったのは、貴方を認めていたからです! 貴方の強さを!」
槍撃と共に、つばめは叫ぶ。
「例えどんな道を選ぼうとも、貴方自身が選んだのであればそれで良いと‥‥その想いが分からないのですか!?」
穂先と刃が絡み合い、火花を散らす。
迸る感情が、常以上につばめの槍を鋭く走らせていた。
美しい紫の槍が、雷光の如く繰り出される。その勢いは、遂に光義の刀を弾く。
その瞬間、つばめの身体が炎のようなオーラに包まれ、より研ぎ澄まされた一撃が突き出された。
「ぐ‥‥」
危うく身体を捻った光義だが、その身を守っていた服が脇腹ごと大きく抉られた。
それでも倒れず、男はカウンターの一撃をつばめへと見舞う。
少女が咄嗟に掲げた槍ごと、光義は力任せに吹き飛ばす。余りの衝撃に、つばめは受身も取れずに転がった。
その時だ。
「終わりです」
音も無く間合いを詰めていた桃香が、その手の月詠を二閃した。
それは完全に光義の意識の外だった。
前回も、そして今回も遠距離攻撃に徹していた桃香が光義の隙を窺っていたなどとは、予想もできなかったのだ。
「見事、だ」
受けることも能わず、光義の身体は深々と切り裂かれた。
刀を納めると、光義は覚束ない足取りで踵を返す。
「何処に行くつもりです?」
雷は、ライフルの照準を定めたまま声をかけた。
「‥‥生憎、まだ死ねん。俺はまだ‥‥ごふっ」
そこで激しく咳き込むと、びしゃと音を立てて血が零れた。
「光義殿‥‥貴方は、何を焦っているのですか?」
活性化で漸く回復したフェリアが、気遣わしげに言う。
答えず、男はふらふらと歩を進める。
聖華が無言で蛍火を構えるが、それを桃香が制した。
「何故止める」
「こっちも、二人危ないんです。‥‥今は、痛み分けってことで」
ちらりと見やった先では、茉静がタケシとシヴァーの応急手当をしていた。
「しかし、奴は強化人間じゃ!」
「‥‥私には、光義さんが望んで強化人間になったのかー、何て分かりませんから。それに」
「それに?」
いえ、と桃香ははぐらかすと、不満気な聖華の背中を押して茉静たちの方へ歩き出す。
(「能力者でもないのにバグアが目の前に現れた時点で、そもそも選択肢なんて無い‥‥よねぇ」)
ぼんやりとそんなことを考えた桃香の後ろで、一機のHWが飛び立っていった。