●リプレイ本文
●時は来たれり
天気は快晴! とはいかなかったが、雪で遊ぶにはかえって良い日和かもしれない。
薄曇の空を見上げながら、赤村 咲(
ga1042)はそんなことを思った。
現在の時刻は八時を少し回ったところ。
幼稚園が開くのとほぼ同時に、八人の能力者たちは本日の舞台へと姿を現していた。
「今日はよろしくお願いしますわ」
出迎えに現れた園長先生に、イサベル・デ・ルカス(
gb4651)がにっこりと笑ってお辞儀をする。
そんな挨拶もそこそこに、比企岩十郎(
ga4886)とドリル(
gb2538)は道具を借り受けると物凄い勢いで雪を集めはじめた。
遅れまいと、咲も一礼してスコップを借り受けると二人に続く。
園舎の裏や隅に吹き溜まった雪、更には道路に積もった雪までもが見る間に幼稚園の庭へと集まっていく。
「む‥‥」
「ほう‥‥」
「いやいや‥‥」
三人ともが、互いに集める雪の量を観察して目を光らせた。
一体何が三人をそこまで駆り立てたかは知る由も無いが、ドリルが先程までとは別の意味で素晴らしい肉体に変化したかと思えば、岩十郎も雄雄しい獅子の獣人と化していた。
咲もまた、その瞳を緋に染めていたのだが、生憎とそれを外から窺うことはできなかった。
ともあれ、覚醒した能力者三人は先程にも増して雪を集めていくのだった。余談ではあるが、雪かきの手間が減った、とご近所からはご好評だったようである。
「これは‥‥楽しみですねっ」
目の前に集められた雪を楽しそうに眺めながら、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)が微笑む。
「スコップとバケツで、よくまァやったもんだねぇ」
この量を確保するために払われた労力を考えて、黒桐白夜(
gb1936)は苦笑する。
「いやぁ、ついついムキになってしまいました」
そんな評価に笑いながら、プラスチック製のソリを持って咲が歩いてきた。
赤、青、黄色の三つのソリは、白い雪の上で実に鮮やかに見える。
これらのソリは、現在岩十郎、ドリル、イサベルの三人が鋭意製作中のスロープにて遊ばれる予定だ。
「こらー咲ちゃん、お話は後々!」
冗談めかせて怒って見せたイサベルに、咲は殊更慌てたようにスロープ製作班へと戻っていく。
「さて、では私たちも準備をしておきましょう!」
「よし。じゃあ、まずはこの木枠の中にだね‥‥」
レーゲンと白夜のサイエンティスト二人組は、果たして何を作っているのだろうか。
時折目を落としている設計図らしき紙に、何故か見え隠れするマイナスドライバーから察するに、少なくとも無駄に、いや、実に手の込んだものを作ろうとしているのは確かだろう。
時を同じくして、天・明星(
ga2984)とヨグ=ニグラス(
gb1949)の二人が園舎から出てくる。
「んと、手伝ってもらってありがとうございました!」
「いえいえ、お役に立てたなら何よりですよ」
ぴょこんと頭を下げるヨグに、照れ臭そうに明星が頭をかいた。
この二人も、どうやら何かを仕込んできたようである。満足気な笑顔を見る限り、準備は万端なのだろう。
ふと、明星が入口へと目を向けて、少しだけ驚いたような顔をする。
「あ、あれは園児の子じゃないかな?」
「おお!? ま、まだ九時にもなってないですのに!」
慌てたように振り返ったヨグの目に、雪道をスキップで――よくも滑らないものだと感心してしまうが――意気揚々と行進する子供たちの姿が入ってきた。
●そして、白銀の‥‥
楽しいことを目前にした子供ほど、バイタリティに溢れる存在も早々無いだろう。
十時を待たず、なし崩し的に雪遊びは開始されてしまった。
レーゲンと白夜は、子供たちを伴って雪像作りの真っ最中である。
先程の準備はそのためのものであったようで、木枠によって固められた雪が徐々に削り出されていく様子に、手伝う子供たちも目を輝かせている。
「おっと、手はあんまり出しすぎない。当たると痛いぞ?」
好奇心の余り、不用意に雪を削るスコップへと手を近付けた子供に、白夜がやんわりと制止をかけた。
照れ笑いを浮かべるその子の頭を軽く撫でながら、彼は全体の形を観察する。
「これ、何を作っているかわかる?」
レーゲンが左右の子供に問いかける。
「おにんぎょう!」
「おしろ!」
返ってきた答えは、当たらずとも遠からず、といったところだろうか。
レーゲンはちらりと白夜と視線を交し合うと、手袋を外してマイナスドライバーを取り出す。
「正解は‥‥今からお姉ちゃんが作るから、もう少し待っててね!」
白夜によって固められた雪は、どちらかと言えば氷像というのが的確にも思える。
マイナスドライバーに削られた破片が彼女の手に落ち、その指先が赤くなるまでそう時間はかからなかった。
そんな指先を時々ポケットで暖めながら、少しずつ、確実にディテールを明らかにしていく。
そして遂に――。
「完成、だね」
いつの間にか握り締めていた手を緩めながら、白夜がホッと息をつく。
「わあい、可愛く出来ましたっ!」
完成、という言葉と同時に腕にすがり付いてきた子供たちと一緒になって、レーゲンはきゃっきゃとはしゃぐ。
出来上がったのは、スーパーデフォルメのウーフー雪像であった。
咲とイサベルは、スロープでソリに興じる子供たちと混ざって、というよりも混ぜられていた。
赤のソリに咲が乗り、その膝に子供が一人。
同様に黄色のソリにはイサベルと子供が乗っていた。
「れでぃー、ごー!」
スターターを買って出た男児の合図で、二つのソリがスロープを下っていく。
三つあるはずのソリなのだが、赤の咲号と黄色のイサベル号がダントツの人気であり、哀れ青のソリはスロープに立てかけられたままとなっていた。
人気の秘訣は、むしろ滑った後にある。
「よし、じゃあしっかり捕まってるんだよ?」
「落ちないように、ね」
元気良く返事をした子供を乗せたまま、咲とイサベルがソリの先端に付いた紐を引っ張って、スロープを登っていく。
ソリ登り、とでもいうのだろうか。
少し前に、何とはなしに子供の乗ったソリをスロープ上まで引っ張り上げたのだが、それがいたく園児のハートを刺激したらしい。
我も我もとリクエストが相次ぎ、気が付けばこの状況であった。
「まさか、こんな楽しみ方があるとは思いませんでした」
「子供は遊びの天才、だからね」
苦笑する咲に、イサベルは心底愉快そうな表情で周りの子供を見やる。
二人のソリ業務は、今しばらく続きそうであった。
ごろごろと少年が雪玉に、もとい、雪玉が少年に転がされている。
「こんなもんですかね」
特大の雪玉からひょこと顔をのぞかせたのはヨグだ。
「ええと、ここからどうやって作るんですか?」
明星が、自分の肩ほどにもなろうかという雪玉をみて、若干引きつった笑顔を浮かべる。
どうやら、彼らはかまくらを作ろうとしているようだ。
「んと、ここから固めて、入口を掘るです!」
「なるほど‥‥?」
ヨグの説明にうなずいた明星は、何かの気配を感じて後ろを振り返る。
と、雪の入ったバケツを大量に抱えた岩十郎が近付いてきていた。
「かまくらを作ると聞いたんでな」
言いながら、持ってきた雪をざっと撒くと、その上を叩いて固め始める。
「本当は、雪もブロック状に切り出してやるのが良いんだろうが‥‥」
当初は本格志向だったようだが、子供のために楽な方法を取ることにしたらしい。
見よう見まねで、あちこちで雪を叩く音が鳴りはじめる。
「んと、この上に雪玉を乗せるんですね!」
「そういうことだ」
では、とヨグが土台の上に玉を転がせると、明星がぺたぺたとその表面を叩いて補強する。
これ以上転がらないように、根元にも雪をかけて固めれば、あとは中を掘るだけだ。
「動かないと寒くていかんな。俺が掘ろう」
手馴れた様子で入口を掘り始める岩十郎。
ヨグと明星、そして子供たちがその様子をワクワクして見守る中、岩十郎の体がほぼ納まったところで、唐突に彼の動きが止まった。
「どうかしましたか?」
問う明星に、申し訳無さそうな声が返ってくる。
「すまん、つっかえた」
「あー‥‥」
何故か納得したようなヨグの声を最後まで聞くことなく、どさりと音を立ててかまくらが潰れた。
「が、がんじゅーろー!?」
驚いて子供が声を上げた直後、ぼこりと雪の中から獣人化した岩十郎が頭を出した。
「雪中の獅子。似合わんな」
「‥‥結構余裕そうですね」
「とりあえず、比企さんを助け出したらかまくらリベンジです!」
岩十郎の手を取って雪から引っ張り出しながら、ヨグが宣言する。
その言葉どおり、次に作られたかまくらは無事に完成したのだった。
要領を得た三人と子供たちによるかまくら建設ブームが一段落した頃、ドリルが園舎から姿を現した。
「みんな、シチューができたよー」
●寒くても、温かい
「雪なのに温かいなんて、不思議です」
ねー、と隣の女の子と笑いあいながら、レーゲンがかまくらの中でシチューを楽しんでいる。
かまくらにシチューというのもミスマッチに思えなくもないが、こういうものは楽しんだ者勝ちである。
故に、ここでお手製のプリンを誇らしげに配っているヨグに関しても、何の問題も無い。
「んと、ちょっと工夫して温かいプリンを作ったですよ! 牛乳プリンです!」
配られたプリンの味にレーゲンが幸せの笑みを浮かべれば、彼女もまたおやつを用意していたことを思い出す。
それを取りに園舎へ入るのと入れ違いに、明星が手に包みと魔法瓶とを提げて出て来た。
「子供たちと食べようと思って、胡麻団子とお茶を用意してきたんですよ」
「おお、胡麻団子ですか」
ヨグが反応するのとほぼ同時に、子供たちも明星を取り囲む。
「甘いものなら、こちらにもありますよー」
そこへ、レーゲンが戻ってきた。
漂う甘い香りは小豆のものである。そう、彼女はお汁粉を準備していたのだ。
「あ、ガトーショコラもありますからねっ」
甘いものは正義です、と密かに拳を握るレーゲンの周りにも、早くも子供たちが集結し始めていた。
「シチューにプリン、胡麻団子。お汁粉にガトーショコラまでとは‥‥期待以上だな」
うんうん、とかまくらの中で満足気に頷く白夜
その隣のかまくらでは、岩十郎が熱々のシチューをすすっていた。
「生き返る」
万感の想いがこもった台詞だったそうである。
雪を使った遊び、といわれてほぼ万人が思い浮かべるものの一つは、やはり雪合戦だろう。
無論、能力者たちにぬかりは無い。
幼稚園児向けのルールまで考えてくるという徹底振りは、期待の高さの裏返しともいえる。
その時間が、刻一刻と迫っていた。
「じゃあ、雪合戦を始める前に、おにーさんとおねーさんからのお願いだよ。ちゃんと聞いてね!」
集まった園児を前に、イサベルが口に手を当てて呼びかける。
内容は以下のようなものである。
○勝敗の基準
・雪玉を当てられたらフィールドの外へ離脱
・1人につき1点。能力者は当て放題(得点無・離脱無)
・先に10点を取ったチームの勝ち
・審判は能力者が行う
○能力者のハンデ
・利き手でのスロー禁止
・10秒毎にしか投げれない
・重りをつける
○子供達用のルール
・顔を狙うのはダメ
・硬い物を雪玉に入れるのもダメ
・当てられた子はフィールド外へ
・フィールド外の子は相手チームを雪玉で妨害できる
「わかったかなー?」
イサベルの確認に返事をする間もあればこそ、園児たちは我先にとフィールドへ突進していく。
やれやれ、と苦笑しながら能力者たちもその後を追った。
ドリルの手によって防御用の雪壁が築かれたフィールドは、子供用といっても中々の迫力を備えていた。
広さこそ大したことは無いが、その分激戦が予想される。
「じゃ、用意‥‥はじめ!」
白夜の号令で、次々に雪玉が宙を飛び交い始めた。
尚、能力者での参加は、明星と白夜とを除く六名である。
具体的には、咲・レーゲン・ヨグと、岩十郎・ドリル・イサベルといった具合に分かれている。
そして、開始早々に能力者たちは自らの誤算を知ることとなった。
「は、速いでわぷっ!」
「ヨグくぺっ!?」
ヨグ、レーゲンが相次いで被弾。投げたのは、正真正銘園児である。
そう、こと遊びに関しては子供のスペックは並外れているのだ。
「こ、これは油断しているとすぐに当てられっと」
咲がすんでのところで雪玉をかわす。
そこで、ちょっとした違和感に気付いた。
こちら側が放つ雪玉に比べて、向こう側が投げてくる雪玉の数が多く思えたのだ。
能力者は10秒毎にしか投げられない以上、差が出ているとすれば子供の方である。
しかし、子供の数はどちらも同じなのだ。
「一体どうしてっ!?」
考える間もあらばこそ、咲被弾。
その答えは、ドリルの行動にあった。
彼女は一切の攻撃も防御も無視して、ひたすらに雪玉を作り続けていたのだ。
故に、子供たちはドリルの作る雪玉を次から次へと投げるだけで良い。
そして、投げないのだから利き手がどうの10秒がどうのというルールも関係がなかったのだ。
「いやー、ドリルちゃんのお陰でうちが優勢みたいよ?」
雪まみれになりながら、イサベルが防御壁の後ろへと戻ってくる。
「見事だな。作戦勝ち、というやつだ」
「‥‥ありがとう」
岩十郎の言葉に、ドリルは少しだけ照れたようにうつむいた。
「で、岩十郎ちゃんも少しは働きなさいな。雪被った量、明らかに私より少ないわよ?」
「いや、我輩は南の方の生き物なんじゃよ」
「言い訳無用!」
一喝されて、岩十郎は前線へと引きずられていく。
「やれやれ、元気だねぇ」
その様子を審判席から眺めながら、白夜は肩を竦めた。
第一戦は、ドリルの活躍で彼女のチームの勝利に終わった。
だが、次以降はどちらもその戦法を取り入れたため、中々の好勝負が続くこととなった。
その頃、明星は雪合戦に加わらない子供たちと、雪兎や雪だるまなどを作って遊んでいた。
それらが園舎のベランダ一杯に並んだ頃、ようやく長い戦いに終止符が打たれる。
中には、終わった途端に能力者に抱きついて寝息を立て始める子供まで居た。
結局、親御さんが迎えに来るまでお昼寝タイムとなってしまった。
「全力で遊べるって、凄いことですよね」
穏やかな子供たちの寝顔を見つめて、明星が呟いた。
そうね、と頷きながら、イサベルはそっと一人の子供の頬にキスをする。
起こさないようにそっと扉を開けつつ、明星は振り返って最後の挨拶をした。
「‥‥また、遊びましょうね。再見」
返答は、健康的な寝息だった。
後日、昼食や雪合戦の様子を写した写真が、ULTへと届けられた。
園児たちからの、たくさんの手紙も一緒だったそうである。