●リプレイ本文
●ラスベガス
ネバダ州でも最大級の繁栄を誇っていたギャンブルシティ。
かつての活気が嘘のように、遠目に見るその姿はゴーストタウンそのものだ。
「‥‥眠らない街とまで言われてたのに、今はそんな風には思えないね」
鷲羽・栗花落(
gb4249)がぽつりとこぼしたのも無理はない。
今の街には、人の代わりにキメラが棲むのだ。
「富と贅を尽くした賭博の街も、今やキメラで一杯‥‥か」
その様子を想像したか、赤村 咲(
ga1042)がうんざりしたように肩を竦めた。
他の者の反応も似通っていたが、そんな中で鬼非鬼 ふー(
gb3760)は不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「素敵な街ね」
と、そこへプレアデスの面々が合流する。
「プレアデス、弐番艦以来か。心強いじゃないか」
かつて見た無鉄砲とも言えるその戦いぶりを思い出し、寿 源次(
ga3427)は軽く手を振って挨拶する。
それに手を挙げて応えながら、ラウディ=ジョージ(gz0099)とクラウディア=ホーンヘイムが八人へと近付いてきた。
「揃っているようだな。クラウディア」
「はい」
ラウディの言葉で、クラウディアはそれぞれに地図と航空写真、咲には記録機器も手渡していく。
サルファ(
ga9419)は地図と写真とを渡されたとき、おずおずと彼女に話しかけた。
「よく、彼が許しましたね。貴女の同行を」
「‥‥私は、あの方ほど皆様を信用しておりませんので」
冷たく言い放つクラウディアに、サルファは悲しげに目を伏せる。
そして、ラウディもそうなのだろうか、とその視線を向ける。
そこには、ちょうど話しかけようとしたヨネモトタケシ(
gb0843)の姿もあった。
「復帰‥‥おめでとぉございます。今度こそ不覚は取りません」
「精々期待させてもらおう。まぁ、頑張ることだ」
相変わらずの不遜な態度にやや安心したタケシと入れ替わるように、源次が顔を出す。
「先のオタワへの輸送任務では世話になった。今回も尽力させてもらおう」
「弐番艦か。アレの活躍も聞いている。お互い、苦労の甲斐があったな?」
ニヤリと笑うラウディに、源次もまた笑い返す。
その光景を見ながら、クラウディアが言った。
「あの方は、怪我のことなど気にもしていません。無論、その原因となったことも。ですが、私にとっては別です。それが八つ当たりとは分かっていますが、だからといって納得できるほど、私は人格者ではありません」
そこまで一息に言ってから、少々お喋りが過ぎました、と一礼して他の者へ資料を渡しに行った。
当事者よりも、その周囲の人間の方が物事には過敏に反応しがち、ということはままある。クラウディアも、そうなのだろう。
サルファは無言のままに彼女を見送り、意を決したようにラウディへと歩み寄った。
「怪我の方は大丈夫、なのでしょうね。貴方がここにいるということは」
「ああ、能力者になった者の特権だ。便利な身体で重宝している」
どう反応したものかと苦笑を返すサルファ。
そんなやり取りを遠目に見ながら、城田二三男(
gb0620)は配られた資料に目を落とす。
気にならないわけではないが、今は目の前の仕事に集中するべきだ。そう考えたのだ。
他方、煉条トヲイ(
ga0236)はラスベガスの市街を眺めながら物思いに耽っていた。
「‥‥彼女なら、俺たちの動きは読んでいるはずだが」
先日、思いがけず接触したバグア側の司令官を思い出し、トヲイは警戒感を強める。
事実としてこの地方には北米バグア軍親衛隊、トリプル・イーグルの一人が派遣されていたのだが、この時点では人類側には伝わっていない。
ともあれ、プレアデスとの打ち合わせを終え、ラストホープの能力者八人はラスベガスの威力偵察へと赴いた。
●異形の住民
街は異様だった。
「うはぁ‥‥」
栗花落が、思わず、といったように声を出してしまう。
我が物顔で道路を歩く、あるいは建物の壁面に張り付く、もしくは空を飛ぶ多種多様のキメラの群れ。
虫型、猛獣型、ハーピーのような飛行タイプにスライムと、双眼鏡でざっと除いた限りでもそれだけ把握できる。
「まるで、キメラの博覧会だな」
目に付いたキメラの種類をメモしながら、源次も呆れたように呟く。
救いであることは、戦闘態勢に入っていない状態では、一定の地域における密度はそう高くないということだろうか。
屋外でこれでは、屋内の様子は推して知るべしだろう。
「‥‥やれやれだ。屋外でこれでは、先が思いやられるな」
「とはいえ、やらないわけにも行かない‥‥と」
「傭兵の悲しいところだ」
トヲイと咲が会話を終えるのと同時に、空気が震えた。
正規軍の航空部隊が、都市の上空へと到達したのだ。
キメラたちが慌しく騒ぎはじめ、何故かある方面へと移動しはじめる。
どうやら、航空部隊に合わせてプレアデスが突入を開始したらしい。
「‥‥絶好調のようだな」
「チャンスですなぁ。利用させていただきましょう」
二三男の呟きに頷きつつ、タケシが機に乗じることを促す。
好機を逃す能力者たちではない。
素早く移動を開始すると、キメラの混乱で生じた死角を確保する。
そこからは、咲とふーのスナイパー二人組が先頭を行き、徐々に街中へと浸透していく。
別方面で暴れるラウディたちのお陰か、侵入前よりは格段にキメラの密度は薄くなっている。
小数ながら目障りなキメラも残ってはいたが、それはふーの大型散弾銃によって文字通り散っていった。
かなり無茶な改造をしたサプレッサーに、少女の身長ほどもある散弾銃という組み合わせは中々見ごたえのある光景だ。
(「数は多いけど、一匹一匹は大したことないようね」)
手応えのないキメラに少しだけ拍子抜けをしつつも、ふーは警戒を怠ることなく物陰から物陰へと移動していく。
記録映像を撮影しながら、というハンデを背負いながらもその動きについていく咲も、賞賛に値するだろう。
能力者たちが偵察を命じられた範囲は広かったが、今回指定された地域は見晴らしも良い。
実際に偵察が必要なのは、凡そ半分程度である。特に、ルート95が斜めに横切る北西部分、今回の偵察地域のほぼ四分の一にあたる部分は砂漠であった。
また、その南部も建築物はまばらである。
要するに、きちんとした偵察が必要な範囲は半分ほど、ということになる。
それをプレアデスと分担した五キロ四方。能力者であれば、一日で終えられる範囲だ。
「‥‥UPCも、それ程考えていないわけではないか」
当初よりは狭いといっても、休みなしに偵察を続けられるわけではない。
二度目の休憩中に、地図上に気付いたことを書き込みながら咲が呟いた。
「無能でも困りますよ」
サルファが笑えば、違いない、と咲も頭をかく。
そこへ、ふーが戻ってきた。周囲を警戒していたらしい。
「この先に、狼みたいなキメラが固まってる場所があるわ。数は、両手に少し余るくらい」
「やり過ごすのは?」
トヲイの言葉に、少女は首を振る。
「無理ね。思いっきり、私たちの予定ルート上よ」
「‥‥なら、潰すのみだ」
ハンマーをさすりながら、二三男がニヤリと笑う。
大きな戦闘が無いのは、偵察という意味では好ましいのだが、その分神経も張り詰める。
適当な空気の抜き所という意味では、おあつらえ向きと言うことだろう。
それは他の者にとっても同じことのようで、めいめいが自分の武器を改めてチェックしなおしている。
「よし、行くぞ!」
トヲイの合図で、能力者たちはキメラの群れとの戦闘に突入した。
咲のスナイパーライフルと、サルファの魔創の弓がほぼ同時に一体の狼キメラに着弾する。
突然の攻撃に、目に見えてキメラが混乱する。
そこへ、ふーのスラッグショットと源次の超機械とが続けて炸裂。
「一匹ヤったわ」
少女の声とほぼ同時に、前衛の四人が群れへと突っ込んだ。
右目を金色に輝かせたトヲイが、シュナイザーを振るう。
鮮血が舞い、あっと言う間に狼キメラは息絶えた。
「‥‥脆いな」
「手強いよりはマシですよぉ!」
男の呟きに応じながら、タケシもまた二刀を閃かせる。
赤い輝きを切り裂いた二振りの刹那は、易々とキメラの命を刈り取った。
間を置かず、轟音が響く。
二三男のハンマーがキメラを叩き潰したのだ。
「てやぁっ!」
軽やかにハミングバードを操る栗花落が、くるりと回転した勢いで強力な一撃をお見舞いする。
銀に輝く腕が美しい残像を残し、細剣は過たずにキメラの首を刺し貫いた。
三十秒も持たずに、キメラは全滅する。
「‥‥敵さん、どうも数だけのようだな」
「楽といえば楽ですが、どうも気になりますね」
源次がメモを取りながら呟けば、覚醒を解いたサルファが戸惑い気味に答える。
その違和感はトヲイも抱いていたようで、なにやら考え込んでいた。
「うーん、本隊じゃないのは確かですよね」
栗花落も、細剣の汚れを拭いながら疑問顔だ。
だが、ここで考えても答えが出ないというのも事実であった。
消化不良の思いを抱いたまま、八人は次の区画へと移動していく。
●風
時折大きくなる甲高いエンジン音が、都市の上空は未だ安全であることを教えてくれていた。
ふと空を見上げた咲の目に入った機体は、当初来たものとは別のものであった。途中で任務を引き継いだのだろう。
(「こんなに持ってくる必要は無かったかな?」)
先ほどの戦闘以来、大きな戦いはまたお預けとなっている。
そんな現状に、いくつもの武器を携帯してきたサルファは、心中で少しだけ笑う。
とはいえ、準備と警戒はするに越したことはない。
ましてや、今回は敵地の真っ只中である。
先行する咲とふーの手信号を受けつつ、周囲の観察と警戒を怠らない源次を筆頭に、その姿勢は八人の共通のものだったといえよう。
結果だけを見れば、傍受を恐れて無線まで制限したのは些かやりすぎだったにせよ、それも大した問題ではない。
もっとも、戦闘が少ない理由の一つには、必要以上に暴れているプレアデスの存在もあるのだが。
『戦闘の勘を取り戻すには、実戦が一番だろう』
一旦合流して情報を交換したとき、ラウディはさも当然といわんばかりにそう語っていた。
彼に付き合うプレアデスの苦労を思って、八人は顔を見合わせて苦笑するしかなかった。閑話休題。
日が傾き、辺りの光景が朱に染まり始めた頃、能力者たちは最後の区画へと入っていた。
(「‥‥誰かいる」)
ふーが制止の合図を出し、八人は歩みを止める。
見れば、交差点のど真ん中で、時代錯誤の黒いゴシック調のスーツを着た青年が立っていた。
手には槍のような武器。まとったマントが風にはためき、目に痛いほどに真紅の裏地が踊る。
明らかに、常人ではなかった。
双眼鏡で確認するトヲイは、知らずのうちに溜まった唾を嚥下する。
その時、双眼鏡越しに青年と視線が合った。瞬間、口元を三日月に曲げた青年が、ゆっくりと歩き出す。
「‥‥来るぞ」
呟いて、トヲイはシュナイザーを構える。
能力者たちが戦闘用に陣を組み終えた辺りで、青年が目の前にまで到達した。
彼は値踏みするように八人を見回すと、トヲイにその視線を固定した。
「お前だな」
気分が悪くなるような笑みを顔に貼り付けたままそう呟くと、青年は前触れもなく槍を突き出す。
耳障りな音がして、トヲイのシュナイザーと槍が噛み合った。
「挨拶も無しなんて、躾がなってないな!」
サルファがラグナ・ヴェルデを抜き放って踊りかかる。
それを後ろに飛んで回避すると、青年はくつくつと不愉快に笑った。
神経を逆撫でするような笑い声に、タケシが二刀を持って答える。
「この双撃‥‥生温くは無いですよぉ!」
大気ごと両断する勢いで迫った刃はしかし、無造作に振るわれた槍によって防がれてしまった。
「ああ、生温くはない。‥‥単に温いがな」
「ぬぅ‥‥!」
「ヨネモト氏、伏せろ!」
源次が声を上げ、タケシが身を屈めたところで超機械の電磁波が迸る。
盛大なスパークが散るが、それも青年のマントを多少焦がしただけに終わった。
「名乗れ、強化人間」
底冷えする声でトヲイが告げれば、青年は殊更芝居がかった調子でおどけてみせる。
「これはこれは‥‥。俺の名はアルゲディ。まぁ、この後すぐ死ぬお前らに言っても仕方あるまいが、な」
「死ぬのはあんたよ」
吐き捨てるようなふーの言葉と同時に、スラッグショットがアルゲディへと撃ち放たれた。
巨大な弾丸が当たれば、さしもの強化人間といえどダメージは免れまい。
そう、当たれば、であった。
恐ろしい速度で槍が閃き、迫ったショットシェルを叩き落したのだ。
「良い殺気だ。殺すのが惜しいな」
心地よさ気に目を閉じ、アルゲディはすいと首を傾ける。直後、今まで眉間のあった場所を弾丸が通り過ぎた。
咲のスナイパーライフルだ。
「‥‥その油断」
「命取りです!」
二三男と栗花落が同時に踏み込む。
ハンマーを片腕で、細剣を槍で受けた青年だが、当然胴ががら空きとなる。
「貫く!」
その無防備な腹部を、トヲイのシュナイザーが抉った。
だが、アルゲディが漏らしたのは苦痛の声でも呻きでもなく――。
「‥‥は、あっははははははあ! けはっくひはははははは!」
哄笑。
傷口からあふれ出る血をものともせず、青年は強引に三人の身体を振りほどく。
「良いな‥‥。その殺気とこの痛み。良いぞ‥‥実に良い」
「何だ、こいつ‥‥」
異様な迫力に圧され、八人は思わず後ずさる。
「気が変わった。お前たちは苦しんで死ね。その舞台は用意してやろう」
満足気に言い放つと、アルゲディは背を向ける。
「‥‥逃すか!」
慌てて追撃をかけようとする能力者たちの前に、突如としてキメラの群れが割り込んできた。
つい先ほど蹴散らした狼キメラと同じ種類だったが、その時とは打って変わって統率の取れた動きを見せる。
「くそ、邪魔を‥‥」
強さこそ大したことはないのだが、足止めには十分すぎるほどだ。
結局、キメラを始末したときには青年の姿は最早見えなかった。
「‥‥奴が、指揮官か」
サルファの悔しげな呟きは、上空を飛ぶ航空部隊のエンジン音にかき消された。
偵察は成功と言って良い。
分布するキメラの種類、量、戦力。大まかな概要は十分につかめた。
この情報を元に、UPCは作戦計画の詰めに入るだろう。
風は吹き始めた。
だが、その色は未だ定まってはいない。
それが希望の風であるのか、それとも嵐の予兆なのか、結論を導くには更なる時が必要である。