タイトル:【LR】滑走路の少女マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/04/02 04:02

●オープニング本文


 ラスベガスから離れること、東に数十キロ。
 フーバーダムはそこにある。
 そのダム湖であるミード湖の水面に、バグアの大型輸送艦、ビッグフィッシュが静かに停泊していた。
 その中を、年の頃十七程度の少女が走っている。どうやら、艦橋を目指しているらしい。
 辿り着いた場所には、ゴシック調の黒いスーツとマントを身に付けた青年の姿があった。
 北米バグア軍総司令官、リリア・ベルナール(gz0203)の親衛隊であるトリプル・イーグル。その一人である、アルゲディだ。
「アルゲディ様! バークレーが動いたそうですよ!」
「ああ、聞いている」
 少女が告げた情報は、現在進行中のUPCによるロシアでの作戦のことだ。
「これでまた人間が一杯死にますねー。うーん、百万くらい減ってくれると、少しは清々すると思うんですけど」
 明るい口調で、少女はえげつないことを言ってのける。
「ふ‥‥そこまで被害を出すような能無しでは、俺が困るだろう? アルドラ」
 青年は珍しく微笑んで、少女――アルドラというらしい――の頭に軽く手を置いた。
 予期せぬその行動にアルドラは頬を赤く染めると、わたわたと狼狽しながら努めてしたり気に言う。
「で、ですよね。やっぱり、多少は歯応えが無いと駆除するのもつまらないですよね!」
「そういうことだ」
 アルゲディは手を離すと、そのまま正面を指し示す。
 それに連動するように、二人の眼前にラスベガスの映像が浮かび上がった。
 見る限り、戦闘中であるらしい。
 ふと、アルドラが声を上げる。
「あれ? もうこんなところまで押し込まれたんですか? キメラは一杯出しといたんですけど‥‥」
「能力者の援護があるようだな。‥‥十人か。良い動きだ」
 青年の指摘どおり、ラスベガス市街に進攻したUPC軍は、まず能力者にキメラを集めさせ、その後に正規軍が纏めて駆逐する、という方法を採っていた。
 能力者も、全てのキメラを集めなければならないわけではない。多少の打ち漏らしならば、正規軍でカバーできる。
 双方にとって、最小限の労力で高い戦果を求められる戦法だった。
「能力者だけでやった方が、早いんじゃないですか?」
 アルドラが素朴な疑問を呟く。
 無言のまま青年は指先で画面を示すと、映像がズームアウトしていき、ラスベガスの全景を映し出した。
「この広さをカバーできるほどの能力者を投入できるならば、無論そうしているだろうさ」
「あ、なるほどー。別に大型キメラがいるわけじゃないですもんね」
 つまるところ、UPCにとって最大の問題は、ラスベガス市街に蔓延るキメラの数であった。
 正規軍だけでは手に余り、かといって能力者だけでは効率が悪すぎる。
 それを解決するための、言ってしまえば単なる折衷案ではあるが、効果は大きかった。
「‥‥UPCにも、まだ賢い指揮官がいるようだな。それとも、入れ知恵か?」
 いずれにせよ、面白くなってきた。
 そう呟くと、アルゲディは映像を消し、歩き出す。
「やっぱり、あの空港ですか?」
 その後を追いながら、少女が問う。
「奴らの狙いなど見え透いている。お前は滑走路で適当に潰してこい。俺は管制塔に行く」
「はい!」
 嬉々として返事をすると、少女は駆け出した。



 ラスベガスには、三つの主要な空港がある。
 一つは、マッカラン国際空港。その名の通り巨大な空港であり、往時には空港内のカジノで楽しむ人々も多かったという。
 もう一つは、ネリス空軍基地。厳密には空港ではないが、規模ではマッカランに匹敵する。しかしながら、元々未整備であった部分も多く、バグア侵攻により放棄された現在では重要度はさほど高くない。
 三つ目が、ノースラスベガス空港である。いわば国内線用の空港であり、規模では上記二つに及ばない。
 しかし、現時点での人類側勢力圏に最も近く、軍用機が発着するには十分な滑走路を持ち、また規模的にも守備の負担がそこまで大きくならない、という三つの点から、UPCはラスベガス奪還の初期目標としてここを選定した。
 空港を取り戻し、橋頭堡とするわけである。

 周辺のキメラ掃討が終わり、いよいよ空港への突入が開始されようとしている。
 滑走路の制圧にはUPCが当たり、管制塔には能力者を先鋒として突入させる。
 その計画をもう一度確認しながら、ラウディ=ジョージ(gz0099)はプレアデスと、この作戦のために依頼を出したラストホープからの能力者たちとを交えて最後のミーティングを行っていた。
「作戦の骨子は、要するに俺たちが急所を押さえれば良い、ということだ。管制塔からレーダーを再起動すれば、正規軍のKV隊が滑走路に強行着陸する。キメラなど、それで片付く」
 逆を言えば、とラウディは続ける。
「俺たちがレーダーを回復できなければ、KV隊は上空警戒を続けねばならん。いつHWが飛んでくるとも知れんのだからな。だが、バグアの妨害電波があるとはいえ、レーダーさえ使えれば一旦地上に降りてもスクランブルがかけられる。常に一隊を上空に上げておく、などといった贅沢はできん以上、これは必須条件だ。ここまでは理解したな?」
 頷く面々を見渡しながら、ラウディは再び口を開こうとして、連続する銃声がそれを遮った。

 時は多少遡る。
 正規軍部隊の間では、ここまでの戦闘から楽観論が広がっていた。
 となれば、功を争う者たちも出てくる。
 要するに、自分たちだけで空港を制圧した、という勲章が欲しくなったのだ。
 相手がキメラだけなら、十分に可能性はある。
 その甘い誘惑を断ち切れなかったいくつかの小隊が、先行してしまった。

「何だよ‥‥何なんだよキメラの癖に! 畜生‥‥畜生!」
 アサルトライフルを軽々と避けながら、小型の獅子のようなキメラが兵士に踊りかかる。
 断末魔の呻きすら漏らせずに、その兵士は喉を食い千切られて絶命した。
 死屍累々、という表現がぴったりであろう。
 十五体ほどのキメラと、その周りに散らばる人間だったもの。
 その中心に、少女がニコニコと笑いながら立っていた。
「キメラなら、何とかなると思っちゃったんだ? 残念だったねー。お疲れ様!」
 笑顔のままに死体に話しかけると、アルドラは手を軽く振った。
 弾かれるように大人しくしていたキメラが動き出し、ご馳走にありついた。

「馬鹿どもが‥‥!」
 滑走路と管制塔の脅威を速やかに排除せよ、との命令がラウディたちの下へと届けられた。
 部下の不始末を棚に上げての言い草に、ラウディはあからさまに舌打ちをする。
 そこへ、更に悪い知らせが飛び込む。
 周囲からキメラの群れが接近しつつある、というのだ。数は不明。少なくとも、正規軍だけで対処できる数では無いという。
「‥‥プレアデスでキメラを抑える。お前たちは空港へ向かえ」
 逡巡する暇は残されていない。
 ラストホープの能力者たちは即座に頷くと、空港へと走り出した。

●参加者一覧

鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
皐月 八日(ga5334
21歳・♂・SN
ハルトマン(ga6603
14歳・♀・JG
美海(ga7630
13歳・♀・HD
ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
天龍寺・修羅(ga8894
20歳・♂・DF
鬼非鬼 ふー(gb3760
14歳・♀・JG
柊 沙雪(gb4452
18歳・♀・PN

●リプレイ本文

●逃げも隠れもできない
 果たして、それは自信の表れだったのだろうか。
 キメラを従えた少女、アルドラは、滑走路のど真ん中でのんびりとくつろいでいた。
 遮蔽物は無い。少なくとも、SES兵器の射程圏内には、身を隠す場所は無かった。
 それは、逆を言えば彼女にとっても十分に不利といえることだ。
 分かってやっているとすれば、中々の自信家だろう。
 そこから予想できる実力を想像して、鷹司 小雛(ga1008)は望美と名づけた月詠をかき抱いた。
「わたくし、強化人間と戦うのは初めてですの‥‥うふふ、胸が高鳴りますわ」
 対照的に、ユウ・エメルスン(ga7691)などは不機嫌そうな表情だ。
 依頼達成への単なる障害、としか映らないのかもしれない。
 美海(ga7630)や鬼非鬼 ふー(gb3760)に至っては、それ以前に周囲の状況が気に食わないようである。
 彼女らは瓦礫や遮蔽物に紛れて戦うつもりだったのであるが、それが前述通り見当たらないためだ。
 もっとも、戦場を選べるわけでは無い以上、その辺りは妥協せざるを得ない。
「‥‥各自、予定通りに行きましょうか」
 多少不穏な空気を感じつつも、努めて冷静に皐月 八日(ga5334)が言う。
 ハルトマン(ga6603)とふーがその言葉でやや本隊から離れ、じりじりと間合いを詰めていく。
 残る六人も、各々が武器を構えて前進をはじめる
 そんな能力者たちを眺めながら、少女は楽しげに笑っていた。

 距離を詰めるにつれて、先走った兵士たちの惨状が目と鼻を突く。
(「彼らにも家族はあったろうに‥‥」)
 少しだけ目を伏せながら、天龍寺・修羅(ga8894)はそんなことを考える。
 太陽の下で、猛獣に囲まれた少女が血と死体とを絨毯に笑う、という構図は退廃的に過ぎた。
「‥‥あまり調子に乗ってもらっては困りますね」
 修羅の隣で、柊 沙雪(gb4452)がぽつりと呟いた。
 その言葉に振り向いた修羅に軽く首を振ると、沙雪は小さく息を吐く。
 既に、アルドラとの距離は五十を切っている。その周りに付き従う獣の唸り声は、むしろうるさいほどだ。
 ふと、少女がその腕を挙げ、無造作に振り下ろす。
 弾かれたように、小さな獅子が能力者へと走り出した。

●能力者の自信、少女の慢心
 ほぼ同時に、八日のスコーピオンとユウのS−01が火を吹く。
 赤い花が咲き、先頭を走っていたキメラの数体がその進路をずらす。
 ばらけたターゲットを追い、照準が一瞬ぶれた。
 そこへ、一気に飛び込んできた二体の獣が牙を剥く。
「させませんわ」
 滑り込んだ小雛がクライトガードを掲げ、その攻撃を軽々といなす。
 お返しとばかりに閃いた望美が一体の獅子の脚を切り飛ばし、返す刀でその首すらも切って捨てた。
「げ、何よあいつ‥‥面倒な奴がいるなぁ」
 一瞬の決着にアルドラは不満気に口を尖らせ、指揮をするような手振りでキメラに指示を与える。
 応じて、都合三体のキメラが小雛へと跳びかかった。
 この数では流石に捌くのが手一杯か、彼女の動きはそこで縫いとめられる。
「面倒な‥‥!」
 カバーに入ろうとしたユウにも、二体が跳んだ。
 すかさずイアリスを取り出したものの、左右から次々に襲い来る牙をいなすことで余裕がなくなる。
 八日と修羅にはそれぞれ一体が迫る。
「こ‥‥の‥‥!」
 蛍火でその牙を受け止めた修羅だが、経験が少ない故か一対一でも即座に撃退、というわけにはいかないようだ。
 近接戦闘には不慣れである八日にも同じことが言える。
(「やはり、こちらの先鋒を潰したことで調子付いているようだ。挑発‥‥かかるか?」)
 別働隊のハルトマンとふーをちらりと見やり、八日は雲隠を振るう。毛皮を掠めた刃が赤い線を描いた。
 二人がやや苦戦しつつも善戦する中、美海は二体のキメラを前に少々苦しんでいた。
 というのも、彼女が扱う国士無双は余りに大きすぎ、このキメラのような小型で懐に跳びこんで来る敵とは相性が悪いのだ。
 大振りを避け、刺突に徹することで隙を最小限に留めてはいるものの、お互いに決定打に欠ける状況である。
「むむむ‥‥! 血の滲む訓練が無駄でないと、証明するのであります!」
 以前の依頼での不覚を恥じ、山篭りまでしたという彼女は焦れることなく機会を伺う。それは、間もなく報われることとなる。
 沙雪にも二体の獅子が向かっていた。
 その波状攻撃を二刀で受け流しながら、彼女は巧みなステップで間合いを取り、キメラに追撃の隙を与えない。
 逆に、キメラはじわりじわりとその表皮を血で汚していく。
 全体で見れば、六人は優位に戦闘を進めている。計十二体のキメラを引き受け、アルドラの周囲に残るキメラは三体。
 本陣の守りは薄い、と断言してよかった。

 遮蔽物の無い開けた場所で、標的に気付かれずに動く。
 本来であれば、それは酷く難しい行動だ。
 群衆の中というわけでもなく、宵闇に紛れるというわけでもないのである 
 戦闘が始まるまで、ハルトマンとふーはそのことを最も心配していた。
 だが、結果的に見ればそれは杞憂だったと言えるだろう。
 傍目にも一目瞭然なほどに、アルドラは目の前の六対十二、いや十一の戦いに没頭していた。
 標的の気が逸れているならば、後は相手の視界から消えるだけで良い。
 二十秒ほどで、二人のスナイパーは所定の位置へつくことができた。
「‥‥キメラなんて従えないと戦えないような小生意気なガキには、躾が必要のようね」
 にやりと呟いて、ふーはスナイパーライフルを構える。
 アルドラを中心としたほぼ反対側に、Barrett M184の照準を合わせるハルトマンの姿があった。
 引き金が引かれ、銃口が火を吹く。
 アルドラは、胴体と頭にハンマーで思い切り殴られたような衝撃を食らい、僅かに遅れて銃声を聞いた。
 突然の衝撃に頭が真っ白になり、瞬間的に目の前にいなかった二人の能力者の仕業であると結論付ける。
 口の端とこめかみから血を流しながら幽鬼の如く立ち上がると、彼女は目の前をなぎ払うように腕を振るった。
 気遣うように寄り添っていたキメラが、その直後二手に分かれて走り出す。
 ハルトマンに二体、ふーに一体。
 自らに迫るキメラを見て、ハルトマンが声を上げた。
「最後のぬいぐるみまで棄てる気? やる気あるの?」
「――」
 応じて、何事かをアルドラが小さく呟く。
 距離の影響で聞こえなかったが、おそらくは呪詛のようなものだろう。
 しかし、その直後から少女の表情が見る間に明るくなっていく。
「‥‥そうだよねー。不意打ちしなきゃ、私も倒せないくらい軟弱なんだもんね。仕方ないよねー」
「何を妙な納得‥‥っ!」
 聞こえてきた身勝手な論法に反論する暇もあればこそ、突っ込んできた二体のキメラの牙を銃身で受け止める。 狙撃用の銃では、流石に身動きが取りづらい。
 舌打ちをしつつハルトマンはふーの様子を見る。やはり、スナイパーライフルという得物では多少やり辛そうで、取り出したアーミーナイフで応戦している。
「あらあら、いじましい自己弁護ですわねぇ」
 その様子を見つつ、小雛は計四体目のキメラの命を刈り取る。
 個体の能力はやはり大したことは無い。
 当初こそ数に押されたが、それも慣れれば大したことは無かった。
 盾で受け、カウンターで切り捨てる。その繰り返しだ。
 もう少し滾るかと思ったが、それ程でもなかったことに彼女は少しだけ残念そうな表情になる。
「都合のいいように解釈する。だからガキは嫌いなんだ」
 ユウもまた最後の獅子にイアリスを突き立て、吐き捨てた。駄目押しとばかりに、S−01の銃弾がキメラの首を撃ち貫く。
「‥‥まぁ、挑発もここまで来ると意味は無かったようですが」
 八日の言葉どおり、スナイパー二人の静かな戦いの最中にこちらの大勢は決していた。
 雲隠でキメラの脚を掻っ切り、そのまま喉元へスコーピオンをあてがって連射する。そこでまた一体のキメラが減った。
 軽やかなステップでキメラを翻弄していた沙雪も、いい加減に勝負を決する判断を下したようだ。
 流れるように二刀を舞わせて、二体のキメラをなで斬りにする。それだけで、傷ついていたキメラは動かなくなった。
 血糊をパッと振り払い、彼女はアルドラを見やる。
「やはり、問題はあの子ですか」
「‥‥俺たちでも多少はてこずる。一般兵には、荷が重かったのだな」
 少々息を上がらせながら、修羅がフォルトゥナ・マヨールーをキメラの眉間に撃ち込んだ。
 連携さえ取らせれば、そこらのキメラでも十分な脅威になりうる。
 そんなことを再確認しつつ、男はそれを学ぶのに払った犠牲の多さに唇をかみ締めた。
「だからこそ!」
 ずん、と小さく地響きが鳴る。
 キメラを重ねて両断した国士無双がゆっくりと持ち上げられ、美海がその切っ先をアルドラへと向けた。
「ここで倒してしまうであります!」
「同感だ。迷惑なガキはさっさと退場してもらうに限る」
 ユウの言葉に頷いて、八日がスコーピオンをリロードする。
「‥‥とりあえず、残りのキメラを片しましょうか」
 沙雪の言葉で、六人はそれぞれにハルトマンとふーの元へと走り出す。
 その時、管制塔の上階の窓が一瞬光ったのを、小雛だけが確認していた。

●空港制圧完了
 幕切れとしてはあっけない方だろう。
 元より、能力者に対しては数のみが頼りだったキメラである。
 あっさりと三体のキメラは屠られ、能力者たちはアルドラを半円状に囲む位置にいた。
「貴女の可愛い可愛いペットたちはもういないわよ? 泣くの? 死ぬの?」
 嘲るようなふーの言葉に、アルドラは不機嫌そうに答える。
「あんたみたいなガキじゃあるまいし、そんなことで泣くはず無いでしょ? 馬鹿なの? 死ねばいいのに」
 無言で銃口を向けたふーを、笑いながら小雛が抑えた。
「まぁまぁ、子供のやることでしょう? 寛大に、ね」
「‥‥そう! あんたのせいよ! このメロン女!」
 唐突に、アルドラは声を荒げた。
 小雛を指差して、悔しげに身をよじる。
「あんたに余計にキメラを使わなければ、もう少し粘れたのに‥‥!」
「‥‥メロン?」
 かくりと首を傾げる美海に、ハルトマンがそっと耳打ちする。
 ぽんと手を打った少女は、どこか自慢げに科を作る小雛に羨望の眼差しを送った。
 どこかコントのようなやり取りにため息をついて、沙雪が静かに二刀を構えなおす。
 その姿が掻き消えたかと思うと、瞬きの間にアルドラの喉元と胸に刃が迫っていた。
「ちょ‥‥!」
 突然の出来事に足をもつれさせてアルドラは転ぶが、結局それが彼女を刃から救った。
 そのまま転がるように間合いを取り、少女は息を荒くして身構える。武器らしい武器は、どうやら持っていないらしい。
(「‥‥素人?」)
(「素人の動きですわねぇ」)
 沙雪と小雛は、同じ結論を抱く。
 この少女は、直接戦闘においては素人同然だ、と。曲がりなりにも沙雪に反応できた辺りを見れば、駆け出しの能力者程度の身体能力は持っているのかもしれない。
 今ならば倒せる。だが、ここで倒してしまうべきだろうか。
 事前に意見の一致を見なかったその点で、能力者たちは目配せをしあう。
(「確かに、素人同然だし馬鹿な子だ‥‥。だが、放って置くと今後の脅威になりかねない相手だ」)
 その中で、八日がスコーピオンの照準をアルドラへと合わせる。
 それを見てハルトマンもハルバードを取り出し、美海もまた国士無双を構え直した。
「な、何よ、やるっていうの?」
「抜けば魂散る、氷の刃。お前の命はこの美海が貰ったであります!」
 じりじりとあとずさるアルドラを前に、美海が、だん、と見得を切る。
 アルドラは逃がそう、と決めていたふーは、この場をどう収めたものかと思案し――ぞわりとした寒気を感じてばっと振り向いた。
「そいつの命は俺のものだ。勝手に貰われては、困るな」
 いつの間にか近づいて来ていた青年が、引きずるような笑いを漏らしながらそう言った。
「アルゲディ様!」
「‥‥あれが」
 アルドラの歓喜の声に、小雛の目がすっと細められた。
 ゴシック調の黒いスーツは、良く見れば至る所が破れ、生地自体も赤黒く染まっている。
 返り血もあるだろうが、その大部分が自身の出血によるものだと彼女にはわかった。
「面倒な奴が増えたな‥‥」
「やるしか、ないのか?」
 ユウと修羅がそれぞれにイアリスと蛍火を構える中、アルゲディは悠々とアルドラに近づいていく。
「帰るぞ、アルドラ」
「はい!」
(「‥‥あの子は、アルドラというのか」)
 剥き出しの殺気の中で冷や汗をかきながら、八日は少女の名を記憶に留める。
 そんな彼の隣で、沙雪が一歩踏み出した。
「‥‥大人しく捕まってくれる気は、ありませんよね?」
「生憎と、今日はもう満足したのでな。雑魚を食って、折角の後味を台無しにする気は無い‥‥」
 不快な笑い声を立てながら、アルゲディが答える。
 その返答に眉をひそめながら、小雛が口を開いた。
「雑魚、といわれるほど弱くは無いつもりですが。貴方の方こそ、その傷でわたくしの相手がまともに務まりまして?」
「‥‥っこのメロン女! アルゲディ様を侮辱する気!?」
 一瞬で激昂して飛び出しかけたアルドラを手で制しながら、青年はにやりと口元を歪める。
「くく‥‥そうだな。お前となら楽しめそうだ。だが、今は興が乗らん」
 言ってから踵を返し、アルゲディは歩いていく。
 その後を不承不承といった様子で追いながら、アルドラは振り向いてハルトマンとふー、沙雪を順々に指差して叫ぶ。
「あんたとあんた、最後にあんた! 次は容赦しないからね!」
 正に捨て台詞、といったものを残して、少女は今度こそ青年の後について駆け出した。

 強化人間の姿が砂塵に紛れて消える頃、ようやく能力者たちの肩からも力が抜けた。
「ふぅ‥‥どうやら無事に済みそうですね」
 かなり緊張していたらしい沙雪がため息をつけば、対照的に小雛は消化不良といった表情を見せる。
 もしかしたら、本当にこの場でアルゲディと一戦交えたかったのかもしれなかった。
「何にせよ、あいつがいなくなったんなら管制塔も無事‥‥なのか?」
「うー‥‥美海にできることは、今は信じるのみであります」
 ユウの懸念に美海が自信なさげに答えるが、程なくしてそれは明らかとなった。
 KV隊が、着陸のアプローチを取り始めたのだ。
 慌てて滑走路脇に退避する能力者の後ろで、音を立ててKVが着陸していく。
 その半数程度は即座に変形すると、周囲のキメラ掃討へと向かっていった。
 急激に慌しさを増した空港で、修羅は一人無念の死を遂げた者たちの所にいた。
 辛うじて原型を保っているドッグタグを丁寧に回収し、男は黙祷を捧げる。
 その長い髪を、降り立つKVの吹き上げる風が大きく揺らしていた。