●リプレイ本文
●疑惑の三人
部屋に備え付けられたスクリーンに三人の男の写真が数枚ずつ、入れ替わりに映し出される。この中の誰かが、北米バグア軍総司令官直属のトリプル・イーグルの一人、アルゲディ(gz0224)である可能性が高いという。
それぞれ名前は、ウィリアム・マクスウェル、ジョゼフ・クーロン、パーヴェル・ウィグナー。
髪型や不精ひげなどの違いを除けば、顔の造作も体型も似通っている。
「‥‥流石に、外見ではこれ以上絞れませんか」
少しだけため息をついて、鳴神 伊織(
ga0421)が呟いた。
鴉(
gb0616)は、目を閉じて少しだけ首を回す。
「同じ時期にこの三人が‥‥か。偶然にしても、出来すぎな気はしますね」
世の中には数人、同じ顔をもつ人物がいるという。
それは事実だとしても、果たして「同一年内に」「偶然」「この三人が」失踪する可能性は現実的といえるだろうか。
「んー、失踪した順序はウィリアムさん、パーヴェルさん、ジョゼフさんの順なんですね」
平坂 桃香(
ga1831)が何気なしに手元の資料を確認する。
「出身地は、ウィリアムはロス、パーヴェルはメトロポリタンX、ジョゼフはアトランタ‥‥と。見事にばらけたな」
言葉を継いだのは水円・一(
gb0495)。
現在の競合地域、もしくはバグア支配地域とほぼ完全に一致するのも偶然なのだろうか。
「ふむぅ‥‥出身大学もバラバラなのですなぁ」
資料を捲りながら、ヨネモトタケシ(
gb0843)が頬をかいた。
ウィリアムはUCLA、ジョゼフはMIT、パーヴェルはフロリダ大学と、やはりばらけている。
共通点はいずれも名門であることと、後にバグアの支配下となることだろうか。もっとも、ロサンゼルスは競合地域に留まり、現在では多少の小競り合いはあるものの奪還されているが。
「まぁ、そこから先を調べるのが今回のお仕事ですしね」
と、赤村 咲(
ga1042)が明るく言う。
(「やぎ座の角で輝く二重星と同じ名を持つ男――≪アルゲディ≫。お前は一体、誰なんだ‥‥?」)
スクリーンに浮かぶ三人の写真をじっと見据え、煉条トヲイ(
ga0236)は知らずその手に力を込めていた。
その隣で、鬼非鬼 ふー(
gb3760)が不敵に微笑む。
「名は運命を示す。貴方の因果を全て視てあげるわ、アルゲディ」
●過去を追って
ウィリアム・マクスウェル。
失踪当時はUCLAの三回生。
バグアとの戦争のどさくさで、親類縁者は散り散りとなっており、また捜査用に押収された日記などの資料も散逸してしまっていた。
それでも、大学の在籍記録から数人の関係者を割り出し、その内の二人から話を聞くことができた。
親しく付き合っていたという男性は、ウィリアムは洞察力に優れ、頭の回転が速かったと語った。
性格はとらえどころが無く、ぼんやりとしていることが多かったという。
「‥‥何か、癖のようなものは?」
「特に目立った癖は‥‥ああ、考え事を始めると止まらないというか、自分の世界に入り込んでましたね」
一の質問に彼は答えると、懐かしげに目を細めた。
(「人当たりは良かったようですなぁ」)
少なくとも、この人にとっては良き友であったのだろう、とタケシは心中で頷いてから問いを続ける。
「バグアに関しては、何か話しておりましたかな?」
「いえ、世情に疎いと言うか、そういった時事を話題にしない奴でしたから、何とも‥‥。ただ、善し悪しはともかくとして、興味は持っていたようです」
「失踪する直前で、何か変わった様子は」
一の問いに首を振って、彼はため息をついた。
「‥‥いつも通りに講義を受けて、飯を食って、別れて、その次の日から姿は見てません」
煙のように消えたのだと、男は遠い目で呟いた。
「マクスウェル君か。惜しい人材だったね」
仕事を邪魔されてやや不機嫌だった教授は、その名前を聞いた途端に態度を改めた。
顔を見合わせる一とタケシを尻目に、白髪の教授は滔々と語り続ける。
「優秀な生徒だったよ。成績こそ並だが、彼の感性は素晴らしいものだった」
たっぷり十分は語る間に、惜しい、という言葉は耳にタコができそうなほど繰り返された。
少なくとも、この老教授にとってそれだけ存在感のある生徒だったことは間違いないようだ。
彼が大きく息をついたところで、一が口を開く。
「何か、彼の顕著な業績はありますか?」
この質問は、桃香の発案によるものだ。
バグアが強化人間の素体に選んだ以上、一般人に比べて優秀である何かが必要ではないか。彼女はそう考えたのだ。
良い質問だ、と答えながら教授は一冊の本を取り出す。
「ネビュラ賞を知っているね? 彼は、その受賞候補に選ばれていたのだよ」
差し出された本を受け取りながら、タケシは生返事を返した。
その賞は、アメリカのSF文学界ではかなりの知名度を持っているのだと彼が知ったのは、少し後のことになる。
ともあれ、貴重な情報源だ。できればゆっくりと読み込みたい。
そう考えて、一は少しだけ躊躇してから切り出す。
「これは‥‥お借りしても、よろしいですか?」
「折角だ。差し上げよう。何、私は生の原稿を預かっているからね」
遠慮しなくていい、と笑う教授に複雑な笑顔を返しながら、二人はその場を後にした。
ジョゼフ・クーロン。
失踪当時は、ドロームのある子会社でKVの駆動系の研究をしていた。
その会社は現在も健在で、桃香、鴉、ふーの三人は上司であったと言う研究主任に話を聞くことができた。
「飛び級で博士号を取った程度で、他には変わったことはありませんでしたねぇ」
しれっと言ってのける主任の言葉に、三人は顔を見合わせる。
子会社とはいえ、天下のドロームの傘下で研究員を務めるには、それくらいは必須であるらしい。
「性格は、まぁ研究者ですよ。人付き合いは良くもなく、悪くもなく」
「恋人とか、想い人はいたかしら。それと、彼の情報で、声がわかるものはない?」
ふーの問いに、主任は顔をしかめて腕を組む。
「うーん、色恋沙汰は無かったと思いますよ。まぁ、仮にあったとしても人には言わんでしょうが。声は‥‥プレゼンを任せるほどの実績はまだ無かったですからねぇ‥‥。さっきも言ったとおり、好んで人と話す奴でもなかったですし」
そう、と頷くふーの隣で、桃香は首を傾げた。
話を聞く限りでは、特に大きな役割を果たしていたわけでもなく、研究も従来のものにコミットしていただけのようだ。
飛び級で博士号というものも、この界隈では特に優秀というものではないらしい。
(「となると、バグア的には強化人間にする魅力はないかも?」)
そこまで考えたところで、彼女は思考を元に戻す。丁度、鴉が次の質問をするところだった。
「研究員としての素質は、どうでした?」
主任は一つ頷いてから答える。
「根気強くて、論理的な思考ができる奴でしたからね。最低限のコミュニケーションも取れますし。とりあえず、あいつがいなくなったお陰で研究が半年は遅れましたよ」
前触れも無くいなくなったせいで、しばらく研究は大混乱だった。
そんな主任の愚痴を危ういところで制して、鴉は続ける。
「前触れも無く、と仰いましたが、もう少し具体的にお願いできますか?」
「そう言われても‥‥。こっから社員寮まで徒歩五分ですよ? その間に消えたんですから。研究は傍目にも順調だったし、本人もやる気はあったようですから、逃げたってことも考えづらい。仮にそうとしても、親御さんを早くに亡くしたとかで、何処に逃げるんだか」
そこからは半分愚痴になっていた主任の言葉に適当な相槌を打ちながら、鴉はふむと顎に手を当てた。
社員寮に住んでいたならば、ジョゼフを訪ねる者がいればすぐに知れ渡っただろう。その話が出ないとなれば、接触者がいたという線も薄いといえる。
主任の語る性格はアルゲディの狂気には程遠いような、漠然とした違和感を覚えるが、人付き合いが少なければ猫を被っていたとしても分かるまい。
(「‥‥まぁ、あの性格が洗脳によるものなら印象も違いますが、ね」)
鴉がそんなことを考えるうちに主任の愚痴は終わっていたようで、ふーがジョゼフの書いた日記のようなものはないかと聞いていた。
「それなら、業務日誌があります。該当部分のコピーをお渡ししましょう」
程なくコピーを受け取ると、まだ愚痴を言い足りなさそうな彼を置いて、三人は丁重な礼をして帰路についた。
パーヴェル・ウィグナー。
先天性の病で休学を繰り返しており、失踪当時はフロリダ大学の二回生だった。
患っていたのは呼吸器の病だったそうで、検査入院の途中で、ある日突然に病室から消えたと言う。
幸運にも彼のカルテはフロリダからサンフランシスコの病院へ移管されており、また、当時の担当だったと言う看護師の女性もそこで働いていた。
また、親類の殆どはヨーロッパに移っていたが、兄弟の一人がシアトルのある企業に勤めているという。
「大人しい患者さんで、いつも穏やかに笑っていましたね」
問題らしい問題は起こさなかった、と年配の看護師は振り返る。
「変わった癖などはありませんでしたか?」
「そうですねぇ‥‥やはり病気のせいか、友達は少なかったようですが、その代わりに」
伊織の問いに、女性はくすりと笑った。
何でも、ぬいぐるみや人形を自作しては、それで一人芝居をしていたらしい。そのお陰で、小さな子供には人気があったという。
「彼も、それを楽しんでいたようです。子供に囲まれて色々とおねだりをされて、困ったように笑っている姿を何度か見ましたよ」
「そうですか‥‥」
その答えからは、性格に後ろ暗いところは無いように思えた。
一瞬だけ、子供に囲まれて微笑むアルゲディの姿を思い浮かべてしまい、伊織は眉をひそめる。
その間に、咲が問いを重ねていた。
「お話を伺う限り、人当たりは良さそうですが‥‥恋人などはいましたか?」
「どうでしょう‥‥。家族の方以外はお見舞いにいらっしゃいませんでしたし、本人も病気のせいか、そういうことは諦めている、と話しておりましたから」
なるほど、と頷きながら、咲は腕を組む。
話を聞く限りでは、病弱な好青年、という印象しか出てこない。
「日記のようなものは残っていますか? あれば、拝見したいのですが」
トヲイの言葉に、女性は少しだけうつむいた後、立ち上がる。
しばらくしてから、その手に一冊のノートを持って彼女は戻ってきた。
「‥‥後で、お返しください」
「必ず」
恭しく受け取り、トヲイは力強く頷いた。
「弟のことは、あまり詮索しないでやってもらえませんか?」
開口一番、パーヴェルの兄という人物はそう言った。
思わず顔を見合わせた三人に、彼は一つ息をついでから続ける。
「あいつは、生まれたときから病気であんなに苦労してるのに、文句の一つも言わず、いつも笑っていました。そんな気丈で優しい奴が行方不明になったんです。‥‥あの時、母さんがどれだけ悲しんだか、あなた方にはわからないでしょう。アメリカからヨーロッパに引っ越して、ようやくその悲しみが癒えてきたところなんです。お願いします。これ以上、蒸し返さないでください」
そう言って深々と頭を下げる男性の頬を、一滴の涙が伝っていたことをトヲイは見逃さなかった。
●終末を望んだのは
「これも駄目ですか‥‥さて、後は‥‥?」
借り受けたノートを丁寧に閉じ、伊織が小さく息をついた。
パーヴェルは、どうやら完全に外れらしい。
ノートに書かれていたものは日記だったが、その内容は子供に人形を作ってあげたことや、久々に大学へ行けるのを喜ぶこと、病気のせいで親に負担を掛けていることを申し訳なく思うこと、といったものだった。
トヲイや咲も、伊織と同意見のようで、今は他の班が戻ってくるのを待っているところだ。
そこへ、桃香、鴉、ふーが帰ってきた。
「どうでした?」
早速問いかける咲に、桃香がお手上げのジェスチャーつきでふるふると首を振る。
「一番厄介なパターンですよ」
「と、言うと?」
鴉の言葉に、トヲイが聞き返す。
吐き捨てるように、ふーが呟いた。
「肯定も否定もできないのよ。グレーって奴ね。日記は日記で、事務的なことしか書いてないし」
「まぁ、とりあえずは、残ったウィリアムさんの結果待ち、ってことで」
桃香の言葉に、五人は仕方ないというように頷く。
それからしばらくして、一とタケシが戻ってきた。
その手には、一冊の本と紙袋。
六人の顔を見るなり、二人は紙袋からコピーの束を取り出して配布する。
「これは?」
「平坂の知りたがってた、顕著な功績って奴だ。ま、読んだ方が早いさ」
疲れたように答え、一は深々と椅子に腰掛ける。
タケシも同様に座りながら、呟いた。
「‥‥怖ろしい作品でしたなぁ」
いぶかしみながらも、能力者たちは配られた束に目を通し始める。
――廃虚を、一人の男が歩いていた。
男が人間なのか、別の何者なのかは分からない。
それを判別するべき人類、いや、生命そのものが存在していないかのようだ。
草木は枯れ、建物は朽ち果て、小鳥の囀る声すら聞こえない。
響くのは物悲しい風と、男の足音のみ。
世界の隅々を巡り、遂に一片の命の欠片すら残っていないことを確認すると、男は狂ったような高笑いをあげ、自刃して果てた。
「‥‥何だ、これは」
「俗に終末もの、というジャンルのSF小説‥‥題はズバリ『終末』、だそうですよぉ」
呻くような声を上げた咲に、タケシが答える。
一旦これを読み終えた後、二人は再び教授の元へ向かい、そこで作品の解説を受けた。
世界の破滅を描いた作品は多いが、これほど徹底的なまでに救いが無いものは極めて珍しい。
加えて、溢れる才能がこの物語を実に生々しく表現しきっている。読み終えた時、悲鳴にも似た感嘆の声を上げざるを得ない。
そう熱く語った教授の様子を思い出し、二人はうんざりとした顔でため息をつく。
と、桃香が読み終わったらしく、紙束を放り投げた。
「正気の沙汰じゃありませんね、これ」
「同感です。才能の無駄遣い、ですね」
鴉も苦笑しながら伸びをすれば、ふーも鼻を鳴らして首を回す。
「確かに面白いけれど、一般向けではないわね」
「‥‥ええ。虫唾の走る狂気。形こそ違えど、奴と同じ質を感じます」
伊織は瞑目して、静かに呼吸を整える。
文章から伝わる狂気が、そして何より見つけたという実感が心をざわめかせていた。
彼女と同様に、トヲイも沸き立つ感情に震える手を押さえ込み、天を仰ぐ。
「辿り着いたぞ、アルゲディ‥‥いや、ウィリアム・マクスウェル!」