●リプレイ本文
●影
ルート15、そして515。
ラスベガス市街のほぼ中央で交わるこの道路は、都市のいわば大動脈だ。
その結節点であるジャンクションに向けて、八人の能力者が歩みを進めていた。
「‥‥不在だからこその攻勢、と聞いていましたが」
砂漠の街特有の強い日差しを盾扇で遮りながら、鳴神 伊織(
ga0421)が呟いた。
「まぁ、何の対策もなしに留守にはしないってことでしょう」
「妙なところで抜け目がありませんなぁ」
平坂 桃香(
ga1831)が言えば、ヨネモトタケシ(
gb0843)も応じる。
「――はい。では、周辺掃討、頼みます。お互いやれる事をやりましょう」
と、赤村 咲(
ga1042)が無線から口を離し、軽く息をついた。
今まで通信していた相手は、ラウディ=ジョージ(gz0099)だ。
一見静かに見えるラスベガス市街だが、その実、未だにキメラの大群が潜んでいる。
それらが能力者たちの邪魔とならないように遠ざけるのが、今回のラウディと彼の率いる能力者集団、プレアデスの仕事であった。
「もしも、途中でキメラが沸いて出たら」
ニヤリと鬼非鬼 ふー(
gb3760)が笑う。
「たっぷりとジョージに嫌味を言ってあげるわ」
「ついでに、追加報酬も頂きましょうか」
その様子を想像でもしたのか、小さく笑いながら宗太郎=シルエイト(
ga4261)が同意した。
「ハンバーガーでも奢ってもらいましょう」
「軽くかわされそうな気もしますがなぁ」
苦笑するタケシに、ふーがちっちっと指を振ってみせる。
そんなどこか和やかな雰囲気が漂う中で、鴉(
gb0616)は一人考えに耽っていた。
「どうかしました?」
それに気付いた遠石 一千風(
ga3970)が声をかける。
「ああ、いえ‥‥何でもありませんよ」
「そう‥‥ですか」
不思議そうな顔をする一千風に笑顔を返して、鴉は視線を前に向けた。
気付けば、ジャンクションのすぐ近くにまで到達していた。
一人の青年が、アスファルトの上で佇んでいた。
漆黒のマントとゴシック調のスーツが、照りつける太陽の下で強烈な違和感を放っている。
どこか茫洋としたその顔がふと横に向けられ、彼の口元が三日月状に歪んだ。
「‥‥違いますね」
その様子を見て、伊織が断言する。
「良く似せてるとは思いますが、ね」
やれやれと肩を竦めて、鴉も言う。
「実物を見たことありませんけど、そんなに違うもんですか」
言いながら、桃香が瑠璃瓶を構えた。
うーん、と少しだけ考えてから、タケシが答える。
「何と言いますか、かの御仁はもう少しこう‥‥」
「粘つくような殺気があるんです」
一千風が言葉を継ぎ、大鎌をゆらりと構えなおす。
「まぁ、特徴的なんですな。一度会えば、二度とは忘れませんよぉ」
「そんなもんですかね。ま、確かめる手間が省けたのは、良い事ですが」
「よくない!」
唐突に声が響く。
見れば、青年の背後から一人の少女が姿を現していた。
少女だけではない。二メートルはあろうかという灰色の狼が一体と、やはり二メートルほどの甲虫が三匹。
「あの子は‥‥?」
『アルドラよ。やっぱりいたのね、芋虫ちゃん』
無線からふーの声が届いた。
その名前に、能力者たちは以前の報告を思い出す。
確か、アルゲディに付き従う強化人間だ。その少女は、彼らの目の前でご立腹である。
「こんなにすぐばれたら、影武者の意味がないじゃない! もう少し戸惑うとか、こう、あるでしょ?」
「‥‥」
『気にしないで。彼女、アホの子みたいだから』
身振り手振りを交えて熱弁するアルドラに、思わず能力者たちは顔を見合わせ、ふーの説明で得心したように頷いた。
そうとは知らず、一人盛り上がった少女は不意にその腕を振り下ろす。
「ああもう! やっちゃえ!」
●悪意
腕が振り下ろされたのと同時に、青年と狼が能力者へ向けて突っ込んでくる。
その足元を、弾雨が抉った。
咲のドローム製SMGが猛烈な勢いで弾丸を撃ち出したのだ。
だが、それは赤い障壁に阻まれ、青年と狼の双方にダメージを与えない。
「‥‥キメラ、か」
少しだけ疲れたように呟いて、咲は即座にSESをオンにする。
最初の射撃は、あえてSESを切っていた。
荒業ではあったが、青年がキメラであるのか、それとも洗脳されただけであるのかを見分けるのに、最も手っ取り早い方法を彼は採ったのだ。
二度目以降の斉射で、ようやく二体のキメラの進攻が鈍る。
「狼は任せな!」
と、宗太郎がエクスプロードごと体当たりするように狼へと突っ込んでいく。
「吹っ飛びやがれ‥‥穿光二式!」
捻るように突き出された穂先が、突撃の衝撃と相まって強かに狼を弾き飛ばした。
一方、ふーは物陰からアルドラを狙おうとし、舌打ちをする。
「邪魔ね、あの虫」
言葉どおり、三匹の甲虫キメラはその甲殻をアルドラを覆うように広げていた。
試しに撃ち込んだ弾丸は、呆気なく弾かれる。堅い。
それを横目で確認した桃香は、内心でため息をついた。
(「あれ、前にも見ましたねぇ。面倒なことで」)
「っと、そんなことよりも」
意識を戻すため殊更に声を上げると、桃香は瑠璃瓶の照準を定める。
そして、よく通る声で目の前の青年に声をかけた。
「ジョゼフ・クーロンとパーヴェル・ウィグナー、あなたはどっちです?」
「最近キメラ造ってないなぁ」
「何です、藪から棒に」
机に突っ伏しながら、アルフレッド=マイヤーが呻くように呟く。
冷淡なブリジット=イーデンの反応に、彼はがばっと身を起こした。
「またああいうのが造りたいんだ!」
「指示語は具体的にお願いします」
「ほら、前に造ったろ? 何とか言う人の影武者キメラ」
くるくると指を回すマイヤーに、ブリジットは軽くため息をつく。
「今の上司の名前くらい、覚えておいてください」
「えーと、なんだっけ、ああ、思い出した」
ぽんと手を叩いて、男はすっきりとした表情を見せる。
「アルゲディだ」
「‥‥」
青年の動きが止まった。
訝しげに、彼と対峙する能力者も動きを止める。
「‥‥かあさん‥‥」
「え?」
「母さん‥‥?」
思いがけず聞えた言葉に、タケシと一千風が反応する。
「ここは‥‥ぼくは‥‥なんで‥‥」
「ま、まさか意識が!」
戸惑ったような声音に、タケシが思わず近寄ろうとする。
「駄目です!」
それを押し留めたのは鴉だった。
直後、タケシの目の前を何かが掠めた。青年の腕から生えた、異形の爪だ。
あのまま近寄っていたら、最悪の場合目に傷を負っていたかもしれない。
「な‥‥!?」
「この人、きっとそういう風にプログラムされてるんです。前にそんなことを言ってたバグアの科学者がいましたから」
「名前に反応する、ってことですか」
鴉の説明に、趣味が悪いですね、と呟いて桃香が瑠璃瓶を発砲する。
銃声とともに、青年の肩口が弾けた。
「あははははは! かあさん! ぼくは! あははははは!」
ダメージを気にもせず、青年は高笑いしながら再び突っ込んでくる。
「こういう所はそっくり、ですか」
顔をしかめて、伊織がその突撃を受け止める。
ぎりぎりと押し込むその力は、キメラとしては驚異的ではあったが、本物には程遠い。
造作もなく打ち払われ、青年がたたらを踏んだところへ一千風が背後から急襲する。
「‥‥ごめんなさい!」
本人の意思とは反する形で、影武者として利用されている。
そのことに対する同情の念と、キメラという助けようのない状況に、思わず謝罪の言葉が漏れた。
それとともに振るわれた大鎌が、青年の脚を深々と切り裂く。
(「許してくれ、とは言いません」)
体勢が崩れたところへ、鴉が静かに忍び寄る。
音もなく突き出された蝉時雨は、過たずに両肩を刺し貫いた。
だらりと垂れ下がった腕が、筋を断ち切ったことを伝える。
それでも止まらず、青年は身体を回転させて無理矢理に腕を振るった。
独楽のように回転する異形の爪を、タケシは踏み込んで受け止める。メタルガントレットが軋み、腕が悲鳴を上げた。
「なんの‥‥まだまだ!」
活性化で持ちこたえ、回転を完全に止めると、タケシは蛍火と血桜を振りかぶる。
「我流‥‥烈双刃!」
渾身の力で叩きつけられた二刀が、青年の身体を切り裂いた。
どっと噴出した血が、アスファルトに音を立てて降り注ぐ。
「かあ‥‥さん‥‥」
「もう、お眠りなさい。――灼雷」
赤い輝きを纏った伊織の一撃が、青年の命を刈り取った。
●せめて、安らかに
轟音とともに、青年の声が聞えなくなる。
狼と対峙しながらそれに気付いた宗太郎は、悔しそうに目を閉じた。
「‥‥悪ぃ」
「よそ見してる暇はないでしょ、おにーさん」
アルドラの声と同時に、狼が咆哮をあげる。
反射的に槍を構えなおしながら、宗太郎は油断なく狼と、その背後の少女とを見据えた。
もっとも、アルドラの姿は虫の甲殻に隠れて見えないのだが。
『今、鬼非鬼さんがアルドラの背後に回っている。もう少し』
咲の声に後ろ手で返事を返し、宗太郎はじりじりと間合いを詰める。
咲からの援護射撃があるとはいえ、実質は一対一だ。普通のキメラならば圧倒できるほどの使い手である宗太郎だが、この狼はどうやら普通ではないらしい。
『あの狼、何度か現れてるようだ。アルドラやアルゲディ専用の特注、かも』
「血統書つきのペットか。羨ましいぜ」
軽口を叩きながらも、宗太郎は切り込む隙を窺っている。
だが、それは狼も同様のようで、お互いに牽制しあっている状況だ。
(「何か、転機になるものがあれば‥‥」)
乾ききった唇を舌で湿しながら、少しずつ焦りが生じてきた時だった。
甲高い音が連続して響き、虫の甲殻が僅かに傾いだ。
桃香の番天印だ。
「げ、貫通弾ですよ? 堅いにも程ってもんが」
うんざりしたような顔で文句を言う彼女の脇を、禍々しいほどに青白い光を纏った伊織が駆け抜ける。
「灼雷――衝」
呟くような言葉と同時に鬼蛍が恐ろしい勢いで振り抜かれ、逆巻いた空気が虫へと殺到する。
ぎちぎちと耳障りな鳴き声をあげながら、一匹の虫が吹き飛んだ。
「嘘!? 何なのよその女!」
「よそ見してる暇はないでしょ? お馬鹿さぁん」
「ふぎゃ!?」
密かに回り込んでいたふーが散弾銃を発砲し、それを背中に受けたアルドラはつんのめるように地面に倒れ込む。
慌てたようなアルドラのその声に、ぴくりと狼の耳が反応した。
「隙あり‥‥穿て、一式だぁ!」
その一瞬の間隙を突いて、宗太郎がエクスプロードの穂先を密着させ、寸勁の要領で叩き込む。
規格外の衝撃に、口の端に泡を吹きながらも、狼はお返しとばかりに鋭い爪を振るう。
「へ、そんな攻撃‥‥しまった!」
悠々と回避するものの、その際に突き刺さった槍が抜けてしまった。
同時に狼は身を翻すと、疾風の如き勢いで倒れたアルドラを咥え、そのまま走り去ろうとする。
「逃すか!」
その背に向けて銃弾や衝撃波が襲い掛かる。
しかし、それらは飛び上がった虫が甲殻を盾に割り込み、殆どが命中することはなかった。
「ああ、もう邪魔なんですよ」
「こいつら、あの時の‥‥!」
進路上にさながら障害物のように立ち塞がった虫に、桃香と一千風、鴉の瞬天速も本領を発揮できない。
自ら攻撃することはせず、ひたすらに能力者の妨害に努める虫キメラ。
それは、一千風や鴉にとっても因縁のある相手であった。
「同じ轍は‥‥」
「踏まない!」
蝉時雨が貫通弾で生じたヒビへとするりと入り込み、大鎌が継ぎ目をなぞるように甲殻を刈り取る。
一瞬で急所を切り裂かれた虫は、小さく呻くように鳴いてから絶命した。
ほぼ同時に、桃香と伊織の手によって最後の一匹も排除された。
「相変わらず‥‥引き際を心得るキメラ、か」
それでも、二匹の虫キメラが稼いだ時間の間に、狼は何処ともなく姿を消していた。
こういう時に、市街地という環境は有利に働く。一旦道路を離れてしまえば、身を隠す場所には事欠かないのだ。
「結局、この人は誰だったんでしょうか」
「パーヴェルさんじゃないですかね。お母さん、とか言ってましたし」
倒れた青年から少し離れた場所で、一千風と桃香が話していた。
アルドラと狼キメラこそ逃したものの、影武者の排除という依頼の目的は達成している。
そこで、とりあえずはプレアデスと合流しよう、ということになったのだ。
「合流には、もう少しかかるそうです」
通信を終えた咲が、そう伝える。
やはりというべきか、中々苦戦しているらしい。
「数が多いでしょうからなぁ」
苦労をしのぶようにタケシが宙を仰ぐと、多少言い辛そうに咲が付け加える。
「ええと、その‥‥何でも、ラウディさんが藪を突付いて蛇を出したとか何とか」
「‥‥あの方は」
一転して脱力するタケシ。
「まぁ、結局盛大な横槍はなかったから良いようなものの、ジョージにも困ったものだわ」
「全く。やっぱり、ハンバーガーでも奢らせましょうか」
ふーと宗太郎が肩を竦めあう。
そんなやり取りから少しだけ距離を置いて、伊織が倒れた青年をじっと見つめていた。
「‥‥野晒しにするのは、気が進みませんか」
「‥‥ええ。元は、何の関係もなかった方ですし」
せめて、何か布でもかけてあげたい。
そう言いたげな伊織に、鴉は頷いて同意を示してから口を開く。
「気持ちは分かりますけど、念には念を、ってことです。‥‥もう少しだけ、辛抱してもらいましょう」
「そーですよ」
と、桃香が近付いてくる。
「何か嫌な予感がするんです。前にもあったんですよ、終わったらドカン! みたいなのが」
「‥‥赤村さんが言ってたような、金属探知機でもあれば多少は違ったでしょうけど」
気遣わしげな声で、一千風が言う。
何とはなしに、そこで皆の会話が途切れた。
その時だ。
カメラのストロボのような光が青年の身体から発し、同時に白い炎がその身を包んだ。
「こ、これは‥‥」
「あー、やっぱり」
桃香と鴉には、その光景に見覚えがあった。
そしてその記憶の通り、程無くその場には白い灰のみが残された。
「‥‥でも、これで良かったのかもしれない」
風で空へと舞い上がっていく灰を見つめながら、一千風が呟いた。
その言葉に、ふーが怪訝な顔で振り返る。
「これで、ゆっくりと休めるから」
遺体がサンプルとして回収され、貴重な研究資料となるよりは、こうして風に消えていく方が、死者にとっては幸せではないか。
そう言いたいのだろう。
「‥‥イチカはロマンチストね」
「そう、かな」
「そうよ」
くすくすと笑うふーに、多少納得できないような表情を見せる一千風。
ようやく穏やかな空気が戻る中、伊織は鋭い瞳をフーバーダムの方向へと向けていた。
(「侭ならない事も多いですが‥‥」)
「いずれ、必ず」
元凶たる存在を脳裏に浮かべ、彼女は決然と呟いた。