タイトル:漆黒はうすマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/01 06:54

●オープニング本文


「よし、できた」
 深夜の研究室にて、数体のキメラを前にアルフレッド=マイヤーが満足気に微笑む。
 彼がこうやって笑うのは、大抵別の誰かにとっての不運であった。恐らく、これもそうなるだろう。
「‥‥隠れて何をしているかと思えば」
 扉の開く音に続いて、声が響いた。
 マイヤーの助手である、ブリジット=イーデンが入ってきたのだ。
「要塞工事が遅れている、とアルドラさんから苦情を言われたばかりでしょう」
「言わせときなって。ノルマ分は、やってるさ」
 そんなことか、と笑いながら男は振り返る。
「気がかりを残したまま、心ここにあらずで工事したって意味無いだろう?」
「物は言いよう、ですね」
 軽くため息をついて、ブリジットはマイヤーの隣まで進み出る。
 そこで、大きな試験管のようなものの中に浮かんでいるキメラを見上げ、彼女はまたため息をついた。
 造形というか、モチーフというのか、ともあれそのキメラは、簡単に言えばとても趣味的だった。
「‥‥ジャパニーズホラーでも見たのですか?」
「見ーたーよー‥‥」
 幽霊のようなポーズを取って、おどろおどろしく男は答えてみせる。
 確か、去年の同じ時期にも似たようなキメラを造っていたな、と彼女は益体もない回想をした。
 そんな淡い思考を打ち破るように、マイヤーはブリジットにとって衝撃的な発言をする。
「驚いちゃいけない。なんとこのキメラ、専用の建物とセットで運用するんだ!」
「‥‥は?」
「いやー、このアイデアを思いついたときは、我ながら自分の脳みそを褒め称えたくなったね!」
「お喜びのところ申し訳ありませんが、つかぬ事を聞きます」
「何でも聞いてくれ!」
 子供のように自画自賛してはしゃぐ男に、底冷えする声で女は問う。
「その予算と資材、どこから?」
「それそれ! 流石に厳しいかと思ってたら、いつの間にか予備のが揃っててねー。いやぁ、これも日頃の行いかな?」
 冗談めかして言うマイヤーには、にこやかに笑うブリジットの表情が見えなかったようだ。
 彼女が晴れやかに笑うときは、大抵マイヤーにとっての不運である。
「――それは予備ではなくて、今後のワーム強化に使用するために私が必死であちこちを回って工面して、節約に節約を重ねて用意したものです」
「‥‥あ、れー?」
 リリア・ベルナール(gz0203)、アルゲディ(gz0224)、アルドラ、フーバーダムに来る以前に世話になった日本のバグア基地司令官等々、彼女が駆け回った人々の名前が次々と紡ぎ出される。
 それに比例するように、マイヤーの背中を流れる冷や汗も増えていった。
「ちょ、ちょっと用事を思い出した」
「帰ってきたら三倍増しです」
 やけに上機嫌なブリジットの声に、何が、と聞く勇気は男には残っていなかった。
 マイヤーはキメラの入った容器をそそくさと、常の彼からは想像もできないほど迅速にトレーラーに運び込むと、脱兎の如く基地から逃げ、いや、出発したのであった。



 ロサンゼルス近郊の競合地域付近。
 最近、そこにまつわる妙な噂が流れていた。
 曰く、『変な建物がある』。
 形は幅五十、奥行き三十メートルほどの直方体。
 外壁は分厚いコンクリートらしく、正面の玄関以外には入口はおろか窓も無い。そのため、何階建てかは正確にはわからないが、凡そ三階か四階程度の高さ。
 そんなものがあるだけでも十分に奇妙な話だが、噂には続きがある。
 曰く、『そこに入って、生きて帰ってきた奴はいない』。
 既に夏の気配も色濃い。
 怪談話に興じたがる人々の考えも、致し方ないことだろう。
 そんな噂話に釣られたのか、二組のカップルが件の建物を訪れてしまった。
「本当にあったんだ」
「うわ、中真っ暗じゃん! 持ってきて良かったぜ」
 感心するように目を輝かせる女を前に、男はやたらと張り切って懐中電灯を取り出す。
 時刻は午後一時頃。真昼にも関わらず、建物の中は墨汁で満たしたかのように暗い。
 虚勢なのか、怖いもの見たさ故の好奇心なのか、四人の男女はきゃいきゃいと声を上げながら建物の中へと入っていく。
 その姿が消えてしばらく後、玄関はゆっくりと、音も無く閉ざされた。

「‥‥何か、変な建物だな」
「そうだね。廊下は無くて、部屋同士が繋がってて」
 椅子とテーブルのみが置かれた簡素な部屋は、二つの扉を持っていた。
 玄関を入ってすぐの部屋をAとすれば、そこにはBに続く扉が、それを抜けたBにはCへ続く扉が、という具合だ。
 要するに、進路自体は一本道である。
「不便じゃねーのかねぇ」
「見たところ電気も通ってないし、何かのイベント用に作ったけど、ってとこじゃないか?」
 なるほど、とその意見に皆が頷いたときだ。
 かたん、と音が響いた。
 慌てて男が懐中電灯を向けると、そこには白いワンピースを着た、何かが立っていた。
「ひっ‥‥!?」
 悲鳴を上げかけた口を押さえ、男はゆっくりと明かりを動かしていく。
 彼の背後で、三人もまた必死で悲鳴をこらえていた。
 だが、それもすぐに崩壊する。
 明かりに照らされたその顔は、青白く、真っ黒の眼窩から赤い液体を垂らし、気味の悪い笑みを浮かべた女のものだったからだ。
 形容し難い絶叫を上げて、四人は元来た道を駆け戻る。
 一本道でよかった、と思う反面、まどろっこしいほどにくねる進路に苛立つ。
 荒い息をつきながら、最後尾を走る男が背後を振り返る。
 追ってくる気配は無い。
 ホッと一息をついて首を戻したところで、彼は前を行く女が足を止めたことに気付き、慌ててブレーキをかける。
「き、急に止まるな!」
 危ないじゃないか、と続けようとした声は、しかし続かなかった。
 何故なら、目の前のガールフレンドの首が、ありえない角度で曲がっていることに気付いてしまったからだ。
「つかまえたあ」
 ガチガチと歯を鳴らしながら、そんな声が聞こえたと思った瞬間、彼の意識は闇に消えた。

 相次ぐ行方不明者に、遂に警察も動いた。
 だが、例の建物に突入した警官隊は、多大な犠牲を払って撤退することとなる。
 そうして得られた情報は三つ。
 一つは、建物内は部屋同士が連なる一本道であり、塗りつぶしたように真っ暗なこと。
 もう一つは、犯人はキメラであること。
 最後は、キメラは、一本道のはずの建物内で何度となく警官隊の先回りをし、また忽然と姿を消すこともあったこと。それはまるで、自由に壁をすり抜けられるかのように。
 ことがここに至るにあたり、警察は対処を能力者に任せる決断をする。
 程無く、ラストホープへ新たな依頼が表示されることとなった。

●参加者一覧

ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
ヴィンセント・ライザス(gb2625
20歳・♂・ER
皓祇(gb4143
24歳・♂・DG
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
緋桜 咲希(gb5515
17歳・♀・FC

●リプレイ本文

●それはまるでコールタールを塗りこんだような
 暗い、というよりは黒い。
 建物に入った能力者たちの第一印象は、それであった。
(「ヘドロみたいな黒さ、だな。どの道、こういう暗いのは好きになれねぇが‥‥」)
 ユウ・エメルスン(ga7691)は、懐中電灯を片手にそんなことを考える。
 今はまだ玄関が開いているので、内部の暗さはより際立っているようにも見えた。
「‥‥ほ、ホントにお、お化けじゃないんですよね?」
 おどおどと確認をするのは緋桜 咲希(gb5515)だ。
 能力者だからといって、メンタルまで超人であるわけではない。その意味では、少女の態度は至極一般的なものだろう。
 それ以上に、建物にホラー映画の愛好者ならば思わず相好を崩してしまうだろう雰囲気が充満していた、ということもあるのだが。
「安心しなよ。お化けにフォースフィールドなんて洒落たもの、あるわけ無いでしょ?」
「そ、そうですよね」
 苦笑したように諭すアズメリア・カンス(ga8233)に、咲希はことのほか力強く頷く。
「まぁ、咲希ちゃんがそう思うのも無理ないかもな」
 ヒューイ・焔(ga8434)がそう言って笑う。
 腰に下げた提灯の電源を入れながら、彼は呆れたような感心したような様子で周囲を見回す。
「夏が近い時季にこんなもん用意するなんて‥‥なかなかキてるよ、敵さんも」
「ええ。本当に、何も見えませんね‥‥」
 同意を示したのはセレスタ・レネンティア(gb1731)。
 目を細めても、明かりの範囲以外はまるで様子が窺えない。静かに腰のランタンを灯し、一歩前進する。
「バグア式のホラーアトラクションってとこでしょうか。ごめん被りたいですね」
 AU−KVを装着した皓祇(gb4143)が、低い駆動音と共にゆっくりと暗闇に歩を進めていく。
 彼とセレスタを先頭に、アズメリアとヴィンセント・ライザス(gb2625)が続いた。
 次いで咲希、ヒューイの順で能力者たちは進み、最後尾をユウが固めた。
 上から見れば、Yの字を書くような陣形となっている。この形を保ったまま、ゆっくりと部屋の隅々を照らし、最初の部屋に異常が無いことを確認してから、七人は次の部屋の扉を開いた。

 そして、その姿が完全に扉の向こう側へ消えると、玄関は音も無く閉ざされた。

●からくり
 ランタンに提灯、懐中電灯とバリエーションに富んだ、二桁に迫る光源のお陰で、探索自体は順調に進んだ。
 分厚いコンクリート壁の影響か、建物の中はひんやりとした空気に満ちている。
 勿論風も無く、澱んだ空気だ。
「うひゃぁ!?」
 突然、咲希が悲鳴を上げた。
 何事かと武器を構える能力者たちだが、向けられた懐中電灯が悲鳴の原因を照らすと、息をついて構えを解く。
 それは、壁一面に染み付いた、赤黒い模様。
 先ほどから鼻につく臭いからして、恐らくは犠牲者たちの血であるのだろう。
「‥‥鋭利な何かを持っているのは、間違い無さそうだな」
 ヴィンセントが呟き、染みを少しだけ指でなぞる。
 最低限のキメラの情報は得ていたが、それでも伝聞にすぎない。
 実際にどのような行動を取り、どのような攻撃をしてくるのかは推測するしかなかった。
 だが、こうした状況を見れば、少なくとも近接戦闘を挑んでくることはやはり間違いないだろう。
「この建物があることを前提にしてるって感じだな」
「建物とセットでキメラを運用、か? 随分と趣味的だな」
 ヒューイの言葉に、ユウが呆れたように笑った。
 この想像が事実とすれば、作成者には「実用的」という観念がすっぽりと抜け落ちている、としか思えないからだ。
「でも、確かに厄介ですよ」
 皓祇の言葉に、アズメリアも頷く。
「言ってみれば、屋内戦専用のキメラね。多分、相手が120%の力を発揮できるようなセッティングよ、この建物」
「正体不明な上に神出鬼没、更に敵のホームグラウンド‥‥注意してし足りない、ということはなさそうですね」
 セレスタが、自らに言い聞かせるように言う。
「案外、本体は大したことないのかもな。仕掛けでカバーしてるって線もある」
 ユウの指摘ももっともだ。
 いずれにせよ、警戒するに越したことはことはないだろう。

 それは、アズメリアがそろそろ両手の指では余るほどの部屋のマッピングを、地図に書き記していたときだ。
 ペンを持つ手を止め、彼女は視線だけを左右に走らせる。
 そして、その気配に気付いた他の仲間も動きを止めた。
「‥‥おいでなすったみたいだ」
 ヒューイが番天印を静かに抜き、ちらりと込めた弾丸を確認する。
 先ほどまでとは打って変わって、沈滞した空気の中に僅かに違和感が混じっていた。殺気が、と言い換えてもいい。
「どこから来る‥‥?」
 暗視スコープを通して油断無く辺りを睥睨しながら、ヴィンセントがS−01の引き金に指をかける。
 と、空気が頬を微かに撫でた。
 空間と空間が繋がったことで起こる、ごく小さな気圧の変化。それに伴う流れだ。
「そこ!」
 間髪を入れず、アズメリアが血桜で斬り込む。
 同時に彼女のランタンとウォーキングライトで、現れたキメラが照らし出された。
 青白い肌に白いワンピース。情報通りに、女性型のキメラのようだ。
 光源に煌めいた刃が、ざっくりとそのワンピースを切り裂く。やや遅れて、赤黒い液体がその服を汚した。
「ひぃ、気持ち悪い!」
「確かに、不気味な容姿ですね‥‥」
 思わず叫んだ咲希に、セレスタが追従する。
 空洞のように黒い眼窩から零れる赤い色と、何よりもその薄気味悪い笑み。
 神経を逆撫でするようなビジュアルという意味では、実にホラーであった。
 そんな感覚を振り払うように咲希はハンドガンを構え、引き金を引く。
「‥‥あ、あれ? 弾が出ない?」
「緋桜さん、セーフティかかってます」
「うわっ!? ええと、ここがこれで、あれ? あれ?」
 セレスタの助言で少女は慌てて銃をチェックする。
 しかし、扱いなれていないことに加えてこの暗さだ。光源があるとはいえ、手元は見づらい。
 その姿に少しだけ微笑んでから、セレスタは剣を構えた。
「近付かせません」
 先ほどの斬撃から体勢を立て直しつつあるキメラに、彼女は一息で間合いを詰めるとその両刃の剣を突き出す。
 さしたる抵抗も無く、鈍色の刀身がずぶりと刺さった。
「こいつ、痛みは感じないのか?」
 それら二人の攻撃によって深手を負ったにも関わらず、ゆっくりと足を踏み出すキメラに、ユウが舌打ちをする。
 一歩進むごとに床を叩く流血の音が耳障りだ。
「ますますホラーだね。ゾンビ映画みたいだ」
 笑いながら、ヒューイが踏み込む。
 首筋から赤いオーラが勢い良く噴出し、その手に握られた機械剣が圧縮レーザーを解き放った。
 鮮やかな光の軌跡を描いたそれは、不気味な笑みを浮かべたキメラの首をあっさりと刈り落とす。
「‥‥ふーん、やせ我慢が得意みたいだな?」
 あっけない結末に苦笑するヒューイの後ろで、ヴィンセントが暗視スコープを外していた。
「どうしました?」
「キメラの体温と、室温はほぼ同じようだ。赤外線式のこれでは、逆に不利になる」
 問うた皓祇に、淡々とヴィンセントは淡々と答える。
 この細かい小細工に、彼は覚えがあるような気がしていた。
 だが、今はそれを思い出す時間はないだろう。そう結論付けると、ヴィンセントはキメラが出現した場所を調べるアズメリアに声をかけた。
「どうかね?」
「ほんの少しだけ、動いた跡がある。隠し扉、ね」
「やはり、そういうことか」
 目に見える扉とは別の位置にあるそれは、恐らくは全ての部屋に備えられているのだろう。
 そして、一本道である可視のルートは違い、部屋と部屋を自由に行き来ができるもののはずだ。
「開きそうか?」
 ユウの言葉に、アズメリアはお手上げだというように首を振る。
 どれどれ、と近付いた皓祇が思い切り押してみるが、いくらパワードスーツが唸りを上げても開く気配は微塵も無い。
「どういう仕組みなんでしょうか‥‥」
「うーん‥‥」
 セレスタと咲希が首を捻るが、結論が出よう筈もない。
「まぁ、謎解きは私らの仕事じゃないわ。ここで重要なのは、敵は自由にこの建物の中を移動できるだろう、ってことよ」
 と、アズメリアが指摘する。
 それはつまり、交戦のイニシアチブは相手が握っている、ということだ。
 勿論、それには相手がこちらの動きを把握している、という前提が必要ではある。
「さっきの奴を見る限り、そこまで賢くはなさそうだ。残りは三体か四体か、とにかくこの分じゃ、虱潰しになりそうだな‥‥」
 気だるげなユウのその言葉に、セレスタは時計を確認する。
 建物に入ってから、そろそろ十五分が経過しようとしていた。

●光と闇の境目
「陣形を崩さないように迎撃を‥‥!」
 セレスタの声が響く。
 偶然か、あるいは敵がそれを狙っていたのかは不明だが、探索中の能力者たちは図らずも挟撃を受ける形に陥ってしまった。
 数は四。乱戦だ。
「ああくそ、面倒だな!」
 けたけたと笑い、あるいは何事かを呟きながら両腕を振るうキメラに、ユウが悪態をつく。
 禍々しい爪を振るって迫るこのキメラの姿は、正直良い心地はしない。
 膂力云々という情報は正確だったようで、先ほどそれを正面から受け止めた雲隠を持つ腕は未だに痺れている。それでも、きっちりと紅蓮衝撃でもってお返しをしてある辺り、ユウも流石だ。
 ともあれ、あの力で組みつかれれば、彼とて振りほどくのは一苦労だろう。それを理解するが故の、面倒、発言である。
「これで打ち止めってことを祈るよ!」
 ヒューイもまた、別のキメラ相手にハミングバードを振るっていた。
 細身の剣が舞うたびに、赤黒い液体が飛び散る。その切れ味、太刀筋ともに足止めには十分すぎる。
 その剣閃で生じた隙を、咲希の風舞がつく。鎖によって操られる短剣は、戦いに慣れぬ少女にも思いのほか扱いやすいようだった。
「このっ! このっ! さっさと倒れちゃえ!」
 瞳を真紅に染めた少女は、先ほどまでのうろたえようが嘘のように、激しく刃を振るう。
「咲希ちゃん!」
「は、はい!」
 ヒューイの声で、咲希は風舞を納めた。
 それと同時に、再び圧縮レーザーが満身創痍のキメラを焼き切る。
 崩れ落ちたキメラを見届けると、二人はユウの方へと走った。
「わたしを抜けるものならやってみなさい!」
 三体目を相手に、皓祇が吼える。
 キメラの鋭い爪を掻い潜りながら近付くと、リンドヴルムのパワーで強力な蹴りを見舞った。
 AU−KVのパワーと質量で弾き飛ばされたキメラを踏みつけると、皓祇はその装輪を思い切り回転させる。
 FFが輝いてダメージこそ軽減されるものの、それでもキメラは苦悶の声を上げる。
「成仏させてあげます。ここから解かれなさい」
 トドメとばかりに、皓祇はブレーメンを起動した。
 強力な電磁波が一瞬室内を照らし、キメラは倒れたまま絶叫する。
 それでも息絶えず、ふらふらと立ち上がったところへ、皓祇と入れ替わるようにヴィンセントが接近した。
「その程度でビビると、本気で思っていたのかね?」
 嘲るような言葉と共に、ロケット砲の砲身でキメラを強かに殴りつける。
「Say Ahh」
 そのまま、砲口をキメラの口にねじ込むように突きつけ――爆発と共にキメラの首から上が消え去った。
「おお、派手ねぇ」
 その光景を横目で見ながら、アズメリアは一体を抑え込んでいた。
 既に、この暗闇にも目は慣れた。
 部屋自体の構造は、どこも似通っている。
 そうである以上、最早彼女にとってこの空間は、単に薄暗いだけで何の障害ともならない。
 目を細めて、ユウたちがキメラを屠ったことを確認すると、アズメリアは目の前の敵に視線を戻す。
「さ、この怪談はここで終わりよ」
 美しい朱色の刃が閃き、最後のキメラは声もあげられずにその身を両断された。



「陽の光が眩しいですね‥‥」
 一時間ぶりに浴びる太陽の光を受けて、セレスタは大きく背伸びをした。
 あれから、キメラと遭遇することはなかった。
 少なくとも、脅威となる敵は排除した、と断言して良いだろう。
「うーん」
 だというのに、アズメリアの表情は冴えなかった。
 理由は、彼女の作ったマップにある。
「気になるかね」
「そりゃ、ね」
 ヴィンセントの問いに、アズメリアは肩を竦めてみせる。
 外観では、建物には更に上階があるように見える。
 だが、今回の探索では階段は見つからなかったのだ。
「案外、そこまで考えてなかったんじゃねぇか?」
「ありうるかも。低予算製作、とかね」
 ユウの言葉に、ヒューイが笑って頷いた。
「とりあえず建物を用意したはいいけど、二階以上にかけるお金がなかったってことですか」
「‥‥な、何か共感しちゃうかも」
 お金やら何やらで苦労するのは、バグアも同じだということなのだろうか。
 その仮定に皓祇は苦笑し、咲希は奇妙な親近感を覚える。
「どうだっていいさ。何はともあれ、仕事は果たしたんだ。後は、別の奴らが頑張ることだろ」
 建物の環境は好きではなかったようで、ユウはぶっきらぼうにそう言うと歩き出した。
 長居は無用、ということだろう。
 そうでなくとも、夏のロサンゼルスの日差しは強い。
「光も、当たりすぎれば毒、ですか」
 呟いて、セレスタはベレー帽を被りなおす。
 ふと視線を足元に落とせば、くっきりとした影が地面に映っていた。



「‥‥」
「‥‥」
 気まずい、と、珍しくアルフレッド=マイヤーは思っていた。
 意気込みと使い込んだ予算とは裏腹に、キメラは呆気なく能力者に駆逐されてしまったのだ。
 無論、そのデータは得られたとは言え、費用対効果で見れば思い切り赤字である。
 にも関わらず、ブリジット=イーデンはおめおめと帰ってきた彼に対して、何のアクションも起こさない。
 勇気を振り絞って声をかけても、平然とそれは無視された。
 まるで、彼がそこにいないかのように彼女は振舞っている。
 それは予想以上に精神的なダメージを与えるものだった。
 結局、マイヤーはそれこそ地面に這い蹲るような勢いで謝り倒し、今後の働きで反省を証明する、という条件でお許しを得た。
 そのことが、今後どのような影響を及ぼすのか。それは未だに不明である。