●リプレイ本文
●それはまるでコールタールを塗りこんだような
暗い、というよりは黒い。
建物に入った能力者たちの第一印象は、それであった。
(「ヘドロみたいな黒さ、だな。どの道、こういう暗いのは好きになれねぇが‥‥」)
ユウ・エメルスン(
ga7691)は、懐中電灯を片手にそんなことを考える。
今はまだ玄関が開いているので、内部の暗さはより際立っているようにも見えた。
「‥‥ほ、ホントにお、お化けじゃないんですよね?」
おどおどと確認をするのは緋桜 咲希(
gb5515)だ。
能力者だからといって、メンタルまで超人であるわけではない。その意味では、少女の態度は至極一般的なものだろう。
それ以上に、建物にホラー映画の愛好者ならば思わず相好を崩してしまうだろう雰囲気が充満していた、ということもあるのだが。
「安心しなよ。お化けにフォースフィールドなんて洒落たもの、あるわけ無いでしょ?」
「そ、そうですよね」
苦笑したように諭すアズメリア・カンス(
ga8233)に、咲希はことのほか力強く頷く。
「まぁ、咲希ちゃんがそう思うのも無理ないかもな」
ヒューイ・焔(
ga8434)がそう言って笑う。
腰に下げた提灯の電源を入れながら、彼は呆れたような感心したような様子で周囲を見回す。
「夏が近い時季にこんなもん用意するなんて‥‥なかなかキてるよ、敵さんも」
「ええ。本当に、何も見えませんね‥‥」
同意を示したのはセレスタ・レネンティア(
gb1731)。
目を細めても、明かりの範囲以外はまるで様子が窺えない。静かに腰のランタンを灯し、一歩前進する。
「バグア式のホラーアトラクションってとこでしょうか。ごめん被りたいですね」
AU−KVを装着した皓祇(
gb4143)が、低い駆動音と共にゆっくりと暗闇に歩を進めていく。
彼とセレスタを先頭に、アズメリアとヴィンセント・ライザス(
gb2625)が続いた。
次いで咲希、ヒューイの順で能力者たちは進み、最後尾をユウが固めた。
上から見れば、Yの字を書くような陣形となっている。この形を保ったまま、ゆっくりと部屋の隅々を照らし、最初の部屋に異常が無いことを確認してから、七人は次の部屋の扉を開いた。
そして、その姿が完全に扉の向こう側へ消えると、玄関は音も無く閉ざされた。
●からくり
ランタンに提灯、懐中電灯とバリエーションに富んだ、二桁に迫る光源のお陰で、探索自体は順調に進んだ。
分厚いコンクリート壁の影響か、建物の中はひんやりとした空気に満ちている。
勿論風も無く、澱んだ空気だ。
「うひゃぁ!?」
突然、咲希が悲鳴を上げた。
何事かと武器を構える能力者たちだが、向けられた懐中電灯が悲鳴の原因を照らすと、息をついて構えを解く。
それは、壁一面に染み付いた、赤黒い模様。
先ほどから鼻につく臭いからして、恐らくは犠牲者たちの血であるのだろう。
「‥‥鋭利な何かを持っているのは、間違い無さそうだな」
ヴィンセントが呟き、染みを少しだけ指でなぞる。
最低限のキメラの情報は得ていたが、それでも伝聞にすぎない。
実際にどのような行動を取り、どのような攻撃をしてくるのかは推測するしかなかった。
だが、こうした状況を見れば、少なくとも近接戦闘を挑んでくることはやはり間違いないだろう。
「この建物があることを前提にしてるって感じだな」
「建物とセットでキメラを運用、か? 随分と趣味的だな」
ヒューイの言葉に、ユウが呆れたように笑った。
この想像が事実とすれば、作成者には「実用的」という観念がすっぽりと抜け落ちている、としか思えないからだ。
「でも、確かに厄介ですよ」
皓祇の言葉に、アズメリアも頷く。
「言ってみれば、屋内戦専用のキメラね。多分、相手が120%の力を発揮できるようなセッティングよ、この建物」
「正体不明な上に神出鬼没、更に敵のホームグラウンド‥‥注意してし足りない、ということはなさそうですね」
セレスタが、自らに言い聞かせるように言う。
「案外、本体は大したことないのかもな。仕掛けでカバーしてるって線もある」
ユウの指摘ももっともだ。
いずれにせよ、警戒するに越したことはことはないだろう。
それは、アズメリアがそろそろ両手の指では余るほどの部屋のマッピングを、地図に書き記していたときだ。
ペンを持つ手を止め、彼女は視線だけを左右に走らせる。
そして、その気配に気付いた他の仲間も動きを止めた。
「‥‥おいでなすったみたいだ」
ヒューイが番天印を静かに抜き、ちらりと込めた弾丸を確認する。
先ほどまでとは打って変わって、沈滞した空気の中に僅かに違和感が混じっていた。殺気が、と言い換えてもいい。
「どこから来る‥‥?」
暗視スコープを通して油断無く辺りを睥睨しながら、ヴィンセントがS−01の引き金に指をかける。
と、空気が頬を微かに撫でた。
空間と空間が繋がったことで起こる、ごく小さな気圧の変化。それに伴う流れだ。
「そこ!」
間髪を入れず、アズメリアが血桜で斬り込む。
同時に彼女のランタンとウォーキングライトで、現れたキメラが照らし出された。
青白い肌に白いワンピース。情報通りに、女性型のキメラのようだ。
光源に煌めいた刃が、ざっくりとそのワンピースを切り裂く。やや遅れて、赤黒い液体がその服を汚した。
「ひぃ、気持ち悪い!」
「確かに、不気味な容姿ですね‥‥」
思わず叫んだ咲希に、セレスタが追従する。
空洞のように黒い眼窩から零れる赤い色と、何よりもその薄気味悪い笑み。
神経を逆撫でするようなビジュアルという意味では、実にホラーであった。
そんな感覚を振り払うように咲希はハンドガンを構え、引き金を引く。
「‥‥あ、あれ? 弾が出ない?」
「緋桜さん、セーフティかかってます」
「うわっ!? ええと、ここがこれで、あれ? あれ?」
セレスタの助言で少女は慌てて銃をチェックする。
しかし、扱いなれていないことに加えてこの暗さだ。光源があるとはいえ、手元は見づらい。
その姿に少しだけ微笑んでから、セレスタは剣を構えた。
「近付かせません」
先ほどの斬撃から体勢を立て直しつつあるキメラに、彼女は一息で間合いを詰めるとその両刃の剣を突き出す。
さしたる抵抗も無く、鈍色の刀身がずぶりと刺さった。
「こいつ、痛みは感じないのか?」
それら二人の攻撃によって深手を負ったにも関わらず、ゆっくりと足を踏み出すキメラに、ユウが舌打ちをする。
一歩進むごとに床を叩く流血の音が耳障りだ。
「ますますホラーだね。ゾンビ映画みたいだ」
笑いながら、ヒューイが踏み込む。
首筋から赤いオーラが勢い良く噴出し、その手に握られた機械剣が圧縮レーザーを解き放った。
鮮やかな光の軌跡を描いたそれは、不気味な笑みを浮かべたキメラの首をあっさりと刈り落とす。
「‥‥ふーん、やせ我慢が得意みたいだな?」
あっけない結末に苦笑するヒューイの後ろで、ヴィンセントが暗視スコープを外していた。
「どうしました?」
「キメラの体温と、室温はほぼ同じようだ。赤外線式のこれでは、逆に不利になる」
問うた皓祇に、淡々とヴィンセントは淡々と答える。
この細かい小細工に、彼は覚えがあるような気がしていた。
だが、今はそれを思い出す時間はないだろう。そう結論付けると、ヴィンセントはキメラが出現した場所を調べるアズメリアに声をかけた。
「どうかね?」
「ほんの少しだけ、動いた跡がある。隠し扉、ね」
「やはり、そういうことか」
目に見える扉とは別の位置にあるそれは、恐らくは全ての部屋に備えられているのだろう。
そして、一本道である可視のルートは違い、部屋と部屋を自由に行き来ができるもののはずだ。
「開きそうか?」
ユウの言葉に、アズメリアはお手上げだというように首を振る。
どれどれ、と近付いた皓祇が思い切り押してみるが、いくらパワードスーツが唸りを上げても開く気配は微塵も無い。
「どういう仕組みなんでしょうか‥‥」
「うーん‥‥」
セレスタと咲希が首を捻るが、結論が出よう筈もない。
「まぁ、謎解きは私らの仕事じゃないわ。ここで重要なのは、敵は自由にこの建物の中を移動できるだろう、ってことよ」
と、アズメリアが指摘する。
それはつまり、交戦のイニシアチブは相手が握っている、ということだ。
勿論、それには相手がこちらの動きを把握している、という前提が必要ではある。
「さっきの奴を見る限り、そこまで賢くはなさそうだ。残りは三体か四体か、とにかくこの分じゃ、虱潰しになりそうだな‥‥」
気だるげなユウのその言葉に、セレスタは時計を確認する。
建物に入ってから、そろそろ十五分が経過しようとしていた。
●光と闇の境目
「陣形を崩さないように迎撃を‥‥!」
セレスタの声が響く。
偶然か、あるいは敵がそれを狙っていたのかは不明だが、探索中の能力者たちは図らずも挟撃を受ける形に陥ってしまった。
数は四。乱戦だ。
「ああくそ、面倒だな!」
けたけたと笑い、あるいは何事かを呟きながら両腕を振るうキメラに、ユウが悪態をつく。
禍々しい爪を振るって迫るこのキメラの姿は、正直良い心地はしない。
膂力云々という情報は正確だったようで、先ほどそれを正面から受け止めた雲隠を持つ腕は未だに痺れている。それでも、きっちりと紅蓮衝撃でもってお返しをしてある辺り、ユウも流石だ。
ともあれ、あの力で組みつかれれば、彼とて振りほどくのは一苦労だろう。それを理解するが故の、面倒、発言である。
「これで打ち止めってことを祈るよ!」
ヒューイもまた、別のキメラ相手にハミングバードを振るっていた。
細身の剣が舞うたびに、赤黒い液体が飛び散る。その切れ味、太刀筋ともに足止めには十分すぎる。
その剣閃で生じた隙を、咲希の風舞がつく。鎖によって操られる短剣は、戦いに慣れぬ少女にも思いのほか扱いやすいようだった。
「このっ! このっ! さっさと倒れちゃえ!」
瞳を真紅に染めた少女は、先ほどまでのうろたえようが嘘のように、激しく刃を振るう。
「咲希ちゃん!」
「は、はい!」
ヒューイの声で、咲希は風舞を納めた。
それと同時に、再び圧縮レーザーが満身創痍のキメラを焼き切る。
崩れ落ちたキメラを見届けると、二人はユウの方へと走った。
「わたしを抜けるものならやってみなさい!」
三体目を相手に、皓祇が吼える。
キメラの鋭い爪を掻い潜りながら近付くと、リンドヴルムのパワーで強力な蹴りを見舞った。
AU−KVのパワーと質量で弾き飛ばされたキメラを踏みつけると、皓祇はその装輪を思い切り回転させる。
FFが輝いてダメージこそ軽減されるものの、それでもキメラは苦悶の声を上げる。
「成仏させてあげます。ここから解かれなさい」
トドメとばかりに、皓祇はブレーメンを起動した。
強力な電磁波が一瞬室内を照らし、キメラは倒れたまま絶叫する。
それでも息絶えず、ふらふらと立ち上がったところへ、皓祇と入れ替わるようにヴィンセントが接近した。
「その程度でビビると、本気で思っていたのかね?」
嘲るような言葉と共に、ロケット砲の砲身でキメラを強かに殴りつける。
「Say Ahh」
そのまま、砲口をキメラの口にねじ込むように突きつけ――爆発と共にキメラの首から上が消え去った。
「おお、派手ねぇ」
その光景を横目で見ながら、アズメリアは一体を抑え込んでいた。
既に、この暗闇にも目は慣れた。
部屋自体の構造は、どこも似通っている。
そうである以上、最早彼女にとってこの空間は、単に薄暗いだけで何の障害ともならない。
目を細めて、ユウたちがキメラを屠ったことを確認すると、アズメリアは目の前の敵に視線を戻す。
「さ、この怪談はここで終わりよ」
美しい朱色の刃が閃き、最後のキメラは声もあげられずにその身を両断された。
「陽の光が眩しいですね‥‥」
一時間ぶりに浴びる太陽の光を受けて、セレスタは大きく背伸びをした。
あれから、キメラと遭遇することはなかった。
少なくとも、脅威となる敵は排除した、と断言して良いだろう。
「うーん」
だというのに、アズメリアの表情は冴えなかった。
理由は、彼女の作ったマップにある。
「気になるかね」
「そりゃ、ね」
ヴィンセントの問いに、アズメリアは肩を竦めてみせる。
外観では、建物には更に上階があるように見える。
だが、今回の探索では階段は見つからなかったのだ。
「案外、そこまで考えてなかったんじゃねぇか?」
「ありうるかも。低予算製作、とかね」
ユウの言葉に、ヒューイが笑って頷いた。
「とりあえず建物を用意したはいいけど、二階以上にかけるお金がなかったってことですか」
「‥‥な、何か共感しちゃうかも」
お金やら何やらで苦労するのは、バグアも同じだということなのだろうか。
その仮定に皓祇は苦笑し、咲希は奇妙な親近感を覚える。
「どうだっていいさ。何はともあれ、仕事は果たしたんだ。後は、別の奴らが頑張ることだろ」
建物の環境は好きではなかったようで、ユウはぶっきらぼうにそう言うと歩き出した。
長居は無用、ということだろう。
そうでなくとも、夏のロサンゼルスの日差しは強い。
「光も、当たりすぎれば毒、ですか」
呟いて、セレスタはベレー帽を被りなおす。
ふと視線を足元に落とせば、くっきりとした影が地面に映っていた。
「‥‥」
「‥‥」
気まずい、と、珍しくアルフレッド=マイヤーは思っていた。
意気込みと使い込んだ予算とは裏腹に、キメラは呆気なく能力者に駆逐されてしまったのだ。
無論、そのデータは得られたとは言え、費用対効果で見れば思い切り赤字である。
にも関わらず、ブリジット=イーデンはおめおめと帰ってきた彼に対して、何のアクションも起こさない。
勇気を振り絞って声をかけても、平然とそれは無視された。
まるで、彼がそこにいないかのように彼女は振舞っている。
それは予想以上に精神的なダメージを与えるものだった。
結局、マイヤーはそれこそ地面に這い蹲るような勢いで謝り倒し、今後の働きで反省を証明する、という条件でお許しを得た。
そのことが、今後どのような影響を及ぼすのか。それは未だに不明である。