タイトル:【LA】要塞都市計画マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/22 09:40

●オープニング本文


●発端
 バグアの侵入を抑えきれず、長く治安の悪化に悩まされてきた都市――ロサンゼルス。
 『ハリウッド奪還作戦』にて平和を取り戻したかに見えた後も、『極東ロシア戦線』『シェイド討伐戦』と大規模作戦が発令される度に戦場となり、頻繁に避難を強いられる一般市民の間では、厭戦感情が高まっていた。
 戦闘が起きる度に経済活動が停止し、産業は見る間に減衰。市民の生活が脅かされつつあるのだ。
 観光客を誘致し、産業を活性化させ、停滞したロサンゼルス経済を建て直さなくてはならない。

 だが、ユニヴァースナイト弐番艦とアーバイン橋頭堡の防衛能力に頼る現在のロサンゼルスでは、いつまた戦場と化しても不思議ではない。
 そんな不安が漂う中、市民感情を爆発寸前まで追い込んだのが、『シェイド討伐戦』後にステアーのパーツを巡って起きた、バグアとULT傭兵による市街戦である。
 市民からの陳情と現地の混乱を聞いた現アメリカ大統領ジョナサン・エメリッヒは、『五大湖解放戦』『極東ロシア戦線』『シェイド討伐戦』の総指揮を執ったUPC北中央軍中将ヴェレッタ・オリム(gz0162)に対し、ロサンゼルスの防衛機能向上を要求。
 市街に被害を出すことも覚悟で『シェイド討伐戦』を敢行した上、シェイドの撃墜に失敗したUPC軍の立場は悪い。軍上層部は渋々ながら大統領の要求を呑み、『ロサンゼルス要塞都市化計画』を承認したのであった。

●意外な余波
 フィリップ=アベル(gz0093)が珍しくぼんやりとしていた、ある日のこと。
 研究室に一本の電話が掛かってきた。
『聞いてないわよっ!』
「‥‥」
 開口一番、耳元で怒鳴られた甲高い声に、フィリップは耳を抑える。
「あー‥‥ジェーンか。すまないが、用件は正確に頼む」
 キーンと残る耳鳴りに顔をしかめながら、男は電話の相手、ジェーン・ブラケットにゆっくりと応答した。
 彼女は日本の大阪にあるエイジア学園都市内の、素粒子物理学研究所の所長を務める女性だ。
 ドローム時代のフィリップの同僚であり、彼が現在開発中の新型KV『サイファー』に関してもかなりの助力を得ている。
『人に散々武器を作らせといて、一向に採用する様子も見せないのはもう慣れたわよ。でもねぇ‥‥その上でロサンゼルスの要塞化にも協力しろ、なんてどの口が言うのよ! 本業の研究に集中させないつもり!?』
 受話器を耳から離して聞きながら、フィリップはそういえばと思い出した。
 最近表舞台に現れだしたアメリカ大統領の要請でロサンゼルスは現在着々と再建されているが、それは瀋陽を上回るほどの要塞都市としてだ、という話をリカルド・マトゥラーナ(gz0245)から聞いていたのだ。
 回想の合間にも延々と続くジェーンの愚痴をやんわりと遮り、フィリップは問う。
「話は大体分かった。だが、何故君が協力する必要があるんだ?」
『それよ。何か、私たちがこの間提出した研究結果が、お偉いさんの目に留まったみたいで‥‥』
 聞かせてくれ、という男の言葉に、彼女は説明を始める。
 要点を述べれば、要塞都市ロサンゼルス防衛兵器として、巨大荷電粒子砲の設置を目指すというものだった。
『あくまで仮定の話だけど、完成すればそりゃ凄いと思うわよ? 理論上は弾切れなんて起こらないし、弾速は亜光速なんだから撃てば当たるわけだし‥‥狙うまでが大変な戦闘機とかには、効果は薄いと思うけど』
「大型の目標にはほぼ必中、か」
 確かに凄いな、とフィリップは苦笑した。完成すれば、の話だが。
 とはいえ、現実はそこまで単純ではないだろう。
 そもそも、それだけの大出力兵器を運用する電力をどう確保するのか。その目処すら立ってはいない。
『まぁ、荷電粒子砲を使わなくたって、要塞都市なんか大食いだから、エネルギー確保の問題はあったみたいだけどね』
「どの道、発電所の建造は必須だったわけだ」
『そう。だから、この計画に付随したエネルギー供給施設のプラン、多分そっちが関心の的だったんだと思う』
 まぁそうだろう、とフィリップは心中で頷いた。
 いくらなんでも、ドロームの上層部はそこまで夢見がちではあるまい。もしも実現したならば僥倖、程度の考えだろう。
『私だって、理論の有効性が認められたわけだから、嬉しくないんじゃないけど‥‥だからって、急にロサンゼルスで陣頭指揮を執れ、よ? 研究所はどーするのよ!』
「ま、そんな都合は上には関係ないからな‥‥。逆に考えればいい。理論を実践できる場が与えられたと、そう考えるんだ。不名誉なあだ名を返上する機会だ、とな」
『う‥‥』
 ジェーンの研究室時代のあだ名は、デスク・プランナー。要するに、机上の空論しか言わない、という意味だ。
 ある程度の実績を上げ、研究所の所長になった今でも、彼女をそう揶揄する者はそれなりに存在する。
 急にしゅんとしたジェーンに、フィリップは苦笑した。
「で、その発電所はどんなものなんだ?」
『ふ‥‥ふふふ‥‥。いいの? 説明すると長くなるわよぉ?』
 男が返答する前に、彼女は滔々と語り始めた。
 同時に、フィリップは思い出す。
 ジェーンは、こうした平和産業への応用こそを望んで素粒子物理学を志したのだ、と。



 数日後、ロサンゼルスにジェーンの姿があった。
 先日の電話の後、早速計画に取り掛かった彼女は研究所を副所長にしばし預け、一路西海岸へと飛んだわけである。
 再建作業が進む市内の一角で、ジェーンは能力者たちと合流した。
 あらかじめ出された依頼を引き受けていた彼らは、そこで改めて説明を受ける。
 今回の依頼内容は、簡単にいえばボディーガードだ。
 発電所の建設予定地を視察に向かうジェーンを護衛し、予定地に作業の邪魔となる存在、要するに野良キメラがいればそれを排除する。
「しかしまぁ、発電所ねぇ」
 能力者の一人が呟いた。本当に必要なのか、といった雰囲気だ。
「雇用対策も含めてるんでしょ。案外、重機代わりに駆り出されたりしてね」
「KVの平和利用ってか。そういや、そんな装備もあったっけな」
 ロサンゼルスは正規軍も多く、治安状態は大規模作戦直後に比べればかなり上向いている。
 どこかのんびりした空気の中、能力者たちはジェーンとともにゆっくりと目的地へと向かっていった。

●参加者一覧

御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
比企岩十郎(ga4886
30歳・♂・BM
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
ジャック・クレメンツ(gb8922
42歳・♂・SN

●リプレイ本文

●ロサンゼルス
 温かい日和になりそうだな、と朧 幸乃(ga3078)は空を見上げた。
 耳を澄ませば、あちこちから建設作業の音が聞こえてくる。
 以前の激戦を思えば、こういった形の活気があるのは悪いことではない。
「百地悠季よ、今回はよろしくお願いします」
 百地・悠季(ga8270)が、改めてジェーン・ブラケットに一礼をする。
 慌てたように礼を返しながら、彼女は僅かに気遣わしげに言った。
「距離が少しありますけど、よろしかった?」
「構わないさ。十キロや二十キロ歩くわけではないだろう?」
 ジャック・クレメンツ(gb8922)が、やや冗談めかして答える。
 今回の彼らの任務はジェーンの護衛だ。できる限りその要望には応えるのも、まあ仕事のうちである。
「ところで、視察はどちらへ? この辺りからだと、海沿いなんでしょうけれど」
 鷹司 小雛(ga1008)が尋ねた。
 ジェーンは少しだけ周囲を見回し、南西の方を指差す。
「建設予定地は、ローリングヒルズよ。ここからなら歩いて一時間、ってとこかしら」
「ふむ、車を出した方が良かったのではないかな?」
 四キロか五キロか、と推定して比企岩十郎(ga4886)が言う。
 なんとなれば、彼は近くにジーザリオを待機させてあるらしかった。それに元々、車で目的地まで、という意見も出ていたのである。
 ジェーンは、少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「ごめんなさい。折角だから、きちんと辺りの環境を見ておきたくて」
「なるほど」
 頷く岩十郎の脇から、橘川 海(gb4179)がひょっこりと顔を出す。
「気にしないでください! 体力はある方ですからっ」
 きゅっとガッツポーズをしてみせる少女に、ジェーンはありがとうと微笑んだ。
 実際、能力者にとって五キロ程度は、その気になれば三十分とかからない距離だ。無論、実力によってそれは短くなる。
 例えば、今回の参加者の一人、御山・アキラ(ga0532)が本気を出せば五分を切るだろう。
「ま、少し前の失態を挽回したいからな。これ以上しくじるつもりは無い。任せてくれ」
 そのアキラが、やはり気にするなというように言う。
「とりあえず今からなら、お昼前にはつけますよ」
 守原有希(ga8582)の言葉に皆も頷く。
 そして、アキラと小雛、岩十郎、海の四人は先行して安全を確保するため、勢い良く駆け出した。

 再び歩き始めてすぐに、ジャックが口を開く。
「ああ、ドクター、怪我したくなかったら俺たちの指示には従ってくれよ。でないと、安全は保証しかねる」
 もっとも、と男は続けた。
「今の所は大丈夫そうだがな」
 市街の様子は、至って平穏に見えた。
 どうやらこの辺りの残敵掃討は完了したものらしく、所々に欠伸交じりの歩哨が立っているのみである。
 そんな僅かな軍事色を除けば、復興真っ只中の街、という活気が漂っていた。
「再建計画‥‥ですか‥‥」
 ぽつりと幸乃が呟く。
 再建。要塞都市。軍の支配する街。
 ロサンゼルス出身の彼女にとって、それは余り好ましい情景ではなかった。
 良くも悪くも、軍がいることによる影響というのは確実に存在する。
 それによって、いつか住民の不満が爆発するのではないか。幸乃の懸念は、決して的外れなものではない。
「‥‥聞いた話だけど、この辺りは純粋な復興計画のようよ。軍事的というか、まあ要塞計画の枢要は、アーバイン地区が中心みたい」
 そんな彼女の声に、何かを感じ取ったのだろうか。
 ジェーンが、おもむろに口を開いた。
「だから‥‥安心してっていうのは違うのかな。とにかく、この街を単なる前線基地だ、なんて思ってる人の方が珍しいってこと」
「確かに、これ以上軍の都合でこの街の人を振り回すってのは、どうにもナンセンスね」
 傍らにいた悠季が苦笑した。
 LAの経緯を考えれば、自身に僅かな罪悪感を覚えないではない。
 だからこそ、この依頼に参加したというものもあるのだ。
「如何せん、今は世界中でドンパチやっている。軍の都合が優先されがちというのは、仕方ない面はあるさ」
「ええ‥‥。でも、仕方ないで済ませるのも、無責任ですから」
 ジャックの諭すような言葉に、有希が神妙に答える。
「私の発電所が、その責任を少しでも果たせるように努力しないとね」
 噛み締めるように、ジェーンが言った。
 この計画に、彼女のような人が少しでも参加しているのなら。幸乃はまた空を見上げる。
 あるいは、自らの心配は杞憂に終わるかもしれない。
(「どうしてるかな‥‥皆‥‥」)
 幸乃はふと、スラムの人々を思い出していた。

●発電所への道程
 一足先に進んでいた四人は、順調に進路の安全を確保していた。
 元より、キメラがうようよとしているわけではない。
 少なくともこの辺りでは、市街戦の後に野生化した少数のキメラが監視の目を逃れて僅かに散在している、といった程度であるようだ。
「まぁ、それでも後腐れの元ですし‥‥『麗華』の試し切りに、サクっとやられていただけます?」
 目の前で威嚇の唸りを上げる小型の狼キメラに、小雛は微笑みかける。
 直後、閃いた月詠が、温かいバターを切るようにキメラの首を切り落とした。
「‥‥そちらも終わったようだな、鷹司」
「あら、御山様。如何でした?」
「二匹いた。近くにはもういないだろう」
 SMGをリロードしつつ、アキラは淡々と答える。
 にしても、と小雛は周囲を見渡した。
「随分と閑静な場所ですのね」
「確か、高級住宅地のようなものだったらしい」
「‥‥そんな所に発電所なんか立てて、平気なんでしょうか」
 素朴な疑問にアキラは肩を竦め、小雛自身も苦笑する。
 そういうことは、自分たちが考えることではないのかもしれない。そう思ったのだ。
「ま、見晴らしが良いのは助かりますわね」
「同感だ」
 少なくとも、今はキメラを見つけやすいこの状況はラッキーだ。
 そう結論して、二人は先へ進む。
 一方、岩十郎と海もまた、ペアの形で動いていた。
 ミカエルに乗る海がやや先行しつつ広範囲をカバーし、岩十郎がその漏れを防いでいくような形である。
「そうら、飛べい」
 獣突を付加された棍棒が、勢い良く狼キメラを突き飛ばした。
 それは丁度もう一体に激突し、併せて二体が地面の上に伸びる。
 そこへ、ミカエルを纏った海が流れるように突っ込み、棍棒を貫かんばかりの速さで繰り出した。
「はっ!」
 鋭い呼気と共に赤い蝶が舞い、キメラは動かなくなる。
「あと一匹。スライムはどこいった?」
 呟いた岩十郎は、やや離れた所を必死で逃げようとしているその姿を見つける。
 間髪を入れず瞬速縮地で間合いを詰めると、スライムを地面とつなぎ止めるように棍を叩き込んだ。
「‥‥手応えは悪いな、やっぱり」
「トドメ、いきまーすっ!」
 ぐにぐにと悶えるスライムに、竜の翼で駆け寄った海が小手に仕込んだ超機械を突き立てる。
 パシンと乾いた破裂音が鳴り、蝶の残像が消えるのとほぼ同時にスライムも力を失った。
 それを確認すると、海はミカエルをバイク形態に戻す。
「狼とスライム、か。何というか、珍しいな」
「そうですね。雑然としてます」
 どこか興味深げに呟く岩十郎に、海も少しだけ首を傾げた。
 最低限の群を保てないほどに、この辺りのキメラは少数ということなのだろうか。
「ま、考えるのは後だな。差し当たっての不安要素、取り除いておこう」
「はいっ!」
 再びミカエルに跨り、海は岩十郎の先へと進み出た。
 そこでふと思い出し、少女は無線機を取り出す。
「やっほー、悠季。そっちの様子はどうー?」

 ジェーンらは、その頃ようやくローリングヒルズに入った所だった。
 先行組のお陰か、ここまでは何事も無い行路である。
 何くれと談笑しながら進んでいたとき、海からの無線が入った。
「あら、海。ええ、こっちは問題ないわ。平和そのものね」
『良かった。あ、ってことはずっとお話してるんじゃない? 所長さん、案外話すと止まらないタイプだったりして』
 実は現在進行形で、ジェーンが語っている最中だったりするのだが、そのことには触れずに悠季は応対する。
 ちなみに、今の聞き役は有希である。
「や、海と良い勝負よ」
『ちょ! それどういうことかなっ!?』
 言葉通りよ、と付け加えるのは友情に免じてしないことにして、悠季は適当にあしらいつつ無線を切る。
 丁度、ジェーンの語りも一段落したようだった。
「えー‥‥つまり、建設するのは太陽光と燃料電池、あとは火力発電の複合型ということなんですね」
「そうね。火力っていっても、説明したとおり化石燃料方式じゃなくって‥‥」
「ああ、はい、分かってますよ。マグネシウム還元型という奴なんですよね」
 ずずいと身を乗り出すジェーンに辟易としながら、有希が何とか会話を纏めようとしている。
 彼女の言う火力発電は、海中にほぼ無尽蔵に存在する酸化マグネシウムをマグネシウムに還元し、その過程で発生する水素を燃焼させることで電力を得るというタイプのものである。
 従来の化石燃料型と違い、その反応によって発生するのはほぼ水のみであるため、環境への負荷は極めて小さい、らしい。
「‥‥でも、それは素粒子物理学とどう関係が‥‥?」
 熱弁を聞いていた幸乃が、ふと疑問を漏らす。
「えーと‥‥太陽光励起レーザーによってマグネシウムは還元するんだけど、そのレーザーの発振素子の基礎技術は、粒子加速砲の基幹部と同一なのよ。要するに応用分野ってことね。太陽光発電のセル技術と燃料電池も、乱暴に纏めちゃうとそれと同じことなの」
 流石にホワイトボードに計算式を書くわけにも行かなかったのか、それに対するジェーンの説明は大雑把ではあった。
 ただ、あまり専門的に解説されたとしても、理解できる者の方が少なかったであろうが。
「しかし」
 ふと、ジャックがタバコを吹かしながら声を上げた。
「俺はまた原発かと思ってたんだがな」
「SES機関のお陰で、通常の発電方式でも十分になったのよ。何より、万が一攻撃されたときの危険性が、ね」
 男はなるほどと頷く。どちらかといえば、危険性、というものに説得力を感じたようだ。
 ともあれ、その意味でもSESのもたらした恩恵は非常に大きいものであろう。
 現に、今回のこの発電所にも最新のSES理論がふんだんに応用されており、現在のものよりも更に高効率の発電を行えると期待されていた。
「この発電所で、LAの電力不足が解決するとよかですね」
 有希は自身の故郷である長崎とここを重ね合わせたようで、どこか遠い目をして呟いた。
「経緯はどうあれ、結果オーライになるといいわよね」
「‥‥そうね。戦争が終われば、この発電所は一般市民のために電力を供給する。ええ、そのために頑張らないと」
 微笑んだ悠季に、ジェーンは自分に言い聞かせるように言う。
「でも‥‥この辺りは高級住宅地だったと思うんですが‥‥」
 住民の反応を気にするように、幸乃が少しだけ表情を曇らせた。
 近隣に大規模な発電所ができるとあれば、少なからず反対はあるだろう。
「最近までごたごたしていたでしょう? だから、ここの人は半数くらいサンフランシスコとかに引っ越したみたいなの。もちろん残ってる人もいるけれど、補助金と低公害施設ってことで納得してもらった、って聞いているわ」
「意外ね。行政なんてどこもカツカツだと思ってたけど」
 ジェーンの説明に、悠季がおどけたように応える。
 実際、予算が潤沢というわけではないだろう。それでも必要だった、という理解が正しいのかもしれなかった。

●潮風の丘
 正午になる少し前、九人は予定地に集まっていた。
「一応、Dr.ブラケットが来る前に周囲も見回っておいた。少なくとも、目の届く範囲には何もいないな」
「ありがとう。助かります」
 先に到着していたアキラから話を聞きながら、ジェーンは改めて周囲を見回す。
 潮風は季節柄多少冷たかったが、晴天と合わさって随分と良い立地に思える所だった。
「‥‥とりあえず、中に入って休憩にしませんか?」
 プレハブを指して、有希がそう提案する。
 一緒に取り出したのは、どうやらお弁当の類であるらしい。
 お昼時である。皆、二つ返事で了承した。

 新米のご飯に鶏の照焼、風呂吹き大根という豪華な有希お手製の弁当を前に、九人はしばしの休息を取る。
「しかし、LA全域を賄う発電所か。さぞかしでかそうだな」
「そうね‥‥大体一キロ四方ってとこかしら」
 岩十郎の問いに、ジェーンが少し考えてから答えた。
 と、その数字にジャックが思わずというように笑う。
「そいつぁ剛毅だ。直接視察するだけはあるんだな」
「随分大掛かりな事業になるのですわね。いえ、でも目的を考えたら当然なのでしょうか」
 小雛もまた、どこか苦笑するように言う。
「それで、完成はいつになりそうなの?」
 悠季が口元を拭いながら、ジェーンを見やった。
 うーん、と少し考えてから、彼女は口を開く。
「あくまで予定だけど、来年の春頃を目処にしているわ」
「わっ、これだけ大規模な工事にしては、随分早いんですね!」
 驚いたように海が身を乗り出した。
 半年かからず、というのは確かに異例の早さかもしれない。
「それだけ本腰を入れている‥‥ということでしょうか‥‥」
 幸乃の声に、そうだろうな、とアキラが頷く。
 脅威が迫っている、というよりは、少しでも早く安心を得たい、ということなのだろう。
 それは軍事的な意味だけでなくて、ロサンゼルスに住む人々にとって重要なことであるはずだ。
(「少なくとも‥‥これ以上外からの脅威に怯えずに済むように‥‥」)
 幸乃はそっと目を閉じた。

 プレハブから出ると、先程よりは潮風が冷たくないように感じられた。
「さて、もう一仕事ですわね。この間は迷惑をかけてしまいましたから、その分はきちんとお返ししないと」
「うむ。我輩達は、この街の不安を全て取り除き損ねたからな」
 ころころと笑う小雛に、岩十郎が重々しく同意する。
「では、当面の安全を確保するとしよう。食後の運動がてら、な」
 アキラはそう言うと、軽やかなステップで離れていく。その後を、小雛と岩十郎も追った。
「うちも、少々お手伝いばしてきます。‥‥他人事と思えんとですから」
「ああ、行ってこい。護衛は任された」
 有希の言葉に、ジャックは笑ってタバコに火をつける。
 そんな四人を見送りながら、海はジェーンに話しかけた。
「所長さんの作る発電所は、この戦いの後、何でもない家庭の、何気ない夕食の風景を照らす光になるんです。‥‥そんな幸せを灯す発明にして下さい。ここは‥‥私たちが荒らしてしまった街だから」
 どこか悲しげな海の肩を、悠季がそっと抱く。
 その様子に、幸乃もそっと目を伏せた。
「‥‥ええ、任せて」
 真摯な想いに、ジェーンはしっかりと頷いた。