●リプレイ本文
●能力者と軍人
キャンプ場周辺の森。
山、というよりは小高い丘に三方を囲まれた場所にあり、西側にはやや小さな湖が存在する。
森を挟んだ東側にキャンプ場があり、観光シーズンにはかなりの賑わいを見せる。
そんなキャンプ場の一角に、森を包囲するUPC軍部隊の司令部があった。
「失礼します」
田沼 音羽(
ga3085)が敬礼する衛兵に会釈をしながら、天幕の中へと入る。
続いて、ジェイ・ガーランド(
ga9899)もその長身をやや窮屈そうに屈めながら入口をくぐった。
二人を出迎えたのは、駐屯する部隊の隊長、ロイド=バルクホルンだ。
壮年の軍人は、穏やかな笑顔で二人に席を勧めた。
「早速で御座いますが、キメラの特徴などを教えていただけますか?」
ジェイが切り出すと、ロイドは一つ頷いて口を開く。
キメラは猫科の猛獣、虎や豹を一回り大きくしたような姿であり、敏捷で、鋭い牙や爪を用いた攻撃は軍用の装甲を切り裂くほどだという。
幸いにも部隊に死者は出なかったが、一個小隊に相当する人数が負傷したらしい。
「いかんせん数が多かったもので、こうして森に逃げ込まれてしまいました」
ロイドは不甲斐なさそうに首を振って言う。
「この周辺に一般の方々は?」
続いて音羽が尋ねる。
「おりません。周囲十キロの住民には、念のため避難勧告を出してあります」
その点は安心してください、とロイド。
音羽はほっと息を付くと、やや躊躇してからおずおずと口を開いた。
「私たちが失敗すれば重火器で掃討する、とのことですが‥‥」
それは強引すぎはしないだろうか。
言外にそんな意図を含めながら、音羽は聞かずにはいられなかった。
「‥‥ご懸念は理解します。ただ、我々にはそれしかキメラに対抗する術が無い。一般人は尚更です。森を守るのは確かに大事ですが、それ以上に一般人を危険に晒さないことこそが、我々の本義なのです」
呻くようにロイドは答える。
そう。安全が保障されてこその憩いなのだ。
そのためには、森を焼き払ってでもキメラは排さねばならない。
だが、それに納得できないのは能力者に限ったことではない。
「だからこそ、我々もあなた方に期待しているのです」
ふっと、泣きそうな笑顔でロイドは二人に言った。
●獣はいずこ
森の東側。
石動 小夜子(
ga0121)と神無月 るな(
ga9580)のペアが、UPCの部隊が見守る中森へと踏み入っていく。
流石に木々に遮られて見ることは難しいが、同様に西、南、北からも二人ずつで捜索が開始されているはずだ。
小夜子は服の裾をまくり、極力衣擦れなどの音が出ないようにしている。
るなも同様に、細心の注意を払っていた。
かさり、と足元で草が小さな音を立てる。
(「何だか、すごく張り詰めた空気ですね‥‥」)
いつの間にか浅くなっていた息を整えながら、るなは周りへと意識を戻した。
リュドレイク(
ga8720)と遠倉 雨音(
gb0338)は西側から森に入った。
木立は移動には支障が無いとは言え、やはりある程度は視界が遮られてしまう。
探査の目を駆使して端々を見回しながら、リュドレイクはその手のギュイターを握り締める。
雨音もアサルトライフルを構えなおしながら、佐倉・拓人(
ga9970)から手渡された貫通弾を取り出した。
(「人様の弾丸をお預かりした以上、有効に使わねばスナイパーの名折れでしょう」)
心中での決意も新たに、雨音は周囲を油断無く見回す。
森は不気味なほどに静寂を保っていた。
南側担当はジェイと最上 憐(
gb0002)のペアだ。
(「‥‥ん。奇襲に用心して索敵」)
憐は覚醒して周囲へ気を配る。
と、お腹がくぅと鳴ってしまった。肉型キメラ討伐、と見間違えたつけが今頃顔を出してきたらしい。
仮にそれが正しかったとして、果たして彼女はそのキメラを食べるつもりだったのだろうか。
ジェイが音に気付いたのか、憐の方へと顔を向ける。
ぶんぶんと音が出そうなほどに首を振る憐。ジェイは不思議そうな顔をしたまま周囲の警戒に戻った。
北側からは音羽と拓人ペアが行く。
周囲には目立つ茂みは確認できない。右手小指の爪が紅く染まった音羽は、少しだけ立ち止まって周囲を確認する。
拓人も同様に、樹上なども含めて警戒している。
猫科のキメラであれば、茂みだけでなく木の上にも潜伏できるはずだ。
その認識は、八人全員で共有していた。
だが、茂みはともかく木はそれなりの数がある。全てを警戒するのは中々骨だろう。
集中力が徐々に散漫になっていくことを自覚しつつも、能力者たちはゆっくりと、確実に包囲網を縮めていく。
傷が疼く。
怒りに唸り声を漏らしそうになるが、キメラはそれを抑えた。
野生の本能とでも言うべきものだろう。
同時に、僅かな気配を感じ取った。
獲物だ。
キメラはその両目に一組の人間を映すと、音も立てずに体勢を整えた。
もう少し、もう少し。
あと一歩踏み込めば、一気に飛びかかれる間合いだ。
――リュドレイクが異変に気付いたのは、まさにその時だった。
「‥‥?」
探査の目を発動させていたお陰だろう。
リュドレイクは丁度木々と茂みとが重なり合う場所、要するに身を隠すには絶好の場所から、得体の知れない感覚を察知した。
そこは森の中では少しだけ開けた場所であり、日も十分に差し込む絶好のポイントだった。
それだけに、そこの外れにある茂みは心理的な盲点になりえる。
「どうかしましたか?」
小声で話しかける雨音を手で制して、リュドレイクは懐から呼笛を取り出す。
察した雨音は、改めてアサルトライフルを構えた。
(「狙われているな‥‥」)
心中でリュドレイクは舌打ちする。
その時、一陣の風が舞った。
木々がざわりと音を立て、雄叫びと共にキメラが飛び出してくる。
とっさに突き出したギュイターが鈍い音と共に爪を受け止めたところで、リュドレイクは笛を二回吹き鳴らした。
その間にも、ギリギリとギュイターが押し込まれる。
体勢が悪い。
血のように赤いキメラの口腔が開き、爪以上に鋭い牙がその姿を覗かせる。
冷や汗がリュドレイクの背を伝った。
「させません!」
そこへ疾風の如く飛び込んできたのは小夜子だ。
蝉時雨でもってキメラを弾き飛ばすと、その勢いのままに夏落で斬りつける。
怒り狂ったようなキメラの咆哮が森に響いた。
「‥‥ん。助けに来た」
ほぼ同時に憐も駆け込んでくる。
怒りに任せて爪を振るうキメラに、自身のファングで踊りかかった。
グラップラー二人の姿が、文字通り踊るように交差する。
出血を強いられたキメラは、組し易しと見てか雨音へと突撃した。
だが、その突進は木々を抜けて現れた拓人によって阻まれる。
続けて音羽が到着し、キメラへと練成弱体をかける。
「森の中央へは無理そうですが‥‥」
呟きながら、拓人はキメラを受け止めたヴィアを勢い良く跳ね上げる。
たたらを踏んだキメラに、返す刀で流し斬りを叩き込んだ。
そこへ弾丸が殺到し、目の辺りを撃ち抜かれたキメラが絶叫する。
拓人が目を向ければ、髪を薄紫に染めたるなが立っていた。
「当たると痛いわよ〜」
更にるなが強弾撃を撃ち込む。
流石のキメラも、劣勢に踵を返そうとした時だ。
「逃がしません」
雨音のアサルトライフルがそこを狙い撃った。
うち、貫通弾を使用した一発がキメラの足を貫く。
最早キメラは虫の息だ。
「一発必中、一撃必殺‥‥食らえっ!」
仲間が交戦している間に絶好の射線を確保したジェイが、急所突き、強弾撃、影撃ちの三つを同時に発動させてライフルを撃ち込んだ。
言葉通り、その弾丸は一撃でキメラの生命の残り火を消し去る。
「恨みはありませんが‥‥成仏してください」
拓人の言葉は木々に吸い込まれて、消えた。
●守った場所の行方
無事にキメラを駆逐した能力者たちは、改めてキャンプ場に集合していた。
てきぱきと準備を進める様子を見れば、どうやらバーベキューでも始めるらしい。
発案者はジェイだ。
リュドレイクもその気だったらしく食材を持ち込んでいたが、食べ盛りの約一名の期待の眼差しを見る限り、とても足りるとは思えない。
「じゃ、ちょっと取って来ますね!」
そんな状況にめげるどころか逆に目を輝かせて、リュドレイクは湖へと向かう。
その手には釣り道具一式。足にはきちんと長靴まで履いてある。準備は万端といったところだ。
「楽しそうですねぇ」
自身も楽しそうに笑いながら、るなが言う。
「折角の機会で御座います。楽しみましょう」
ジェイが言ったところで、ロイドが登場した。
「いやいや皆さん、お疲れ様でした」
そう言いながら、能力者たちの様子を眺めてやおら顔をしかめる。
「どうかしましたか?」
小夜子がおずおずと尋ねると、ロイドはえへんと咳払いをした。
「行けませんなぁ。バーベキューでもなさるつもりですか?」
困ったような表情で、ロイドはその場の能力者たちを見回す。
やはり駄目だったのだろうか、と数人が肩を落とすが、一転してロイドは陽気に言う。
「それにしては食材が足りなさすぎますね! 少尉、すぐに準備をお手伝いしなさい!」
「はっ!」
ロイドの掛け声と共に部下が駆け足で去っていく。
能力者たちは一瞬顔を見合わせて、吹き出すように笑いあう。
音羽が一歩進み出て、ロイドに話しかけた。
「ロイドさんたちも、ご一緒に如何ですか?」
「有難いお話ですが、少々仕事が残っておりまして。我々に遠慮せず、お楽しみください」
そういって、ロイドは自らの天幕へと戻っていく。
しばらく後に、リュドレイクが意気揚々と凱旋した。
その手には大量の魚の入ったボックスが持たれている。
ほぼ同時に、ロイドの命を受けた部下数人が大量の野菜や肉を持って現れた。
「うーん、料理のしがいがありますね」
雨音がぐっと握りこぶしを作る。
世話好きな彼女は、さながらBBQ奉行を決意したようであった。
期せずしてキャンプの様相を呈した能力者たち。
ご丁寧にテントまで持ち込んだリュドレイクの入れ込みようは流石としか言えない。
そんな彼の手によってテントが設営された頃、辺りには肉の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。
「‥‥ん。食べる。いただきます」
待ちきれない様子で、憐が次々に肉と野菜をその小柄な体に詰め込んでいく。
あまりの食いっぷりに、雨音は慌ててペースを落とすように諭しているが、一向に聞く気配は無いようだ。
「改めて、お疲れ様でした。紅茶など如何ですか?」
るなが微笑んで皆に紅茶を勧めれば、小夜子も持参したお茶を振舞う。
そんな能力者たちから離れて、拓人が一人ぼんやりと座っていた。
そこへ、ジェイが焼けたばかりの肉を皿に載せ、近付いていく。
「拓人君、どうかなさいましたか? 早くしないと、憐君が全部食べてしまいますよ」
「ああ、ガーランドさん。‥‥いえ、気にしないでください」
覚醒時と通常時とのギャップに自己嫌悪している、とは言えず、拓人はお茶を濁す。
ジェイも無理に聞こうとはせず、彼の脇に持ってきた皿を置いた。
「何をお悩みになっているのかは存じませんが、拓人君は立派に仕事をこなしたと思いますよ」
「‥‥ありがとうございます」
それだけ言うと、ジェイは皆のもとへと戻っていく。
拓人も、少し考えた後、足元の皿を持って楽しげな輪に加わっていった。
「それにしても、良く食べますね」
小夜子が呆れたように言う。
「本当に‥‥」
雨音が疲れたように呟く。
二人の視線の先には、彼女らの焼く食材をもきゅもきゅと咀嚼し続ける憐の姿があった。
一体どれ程食べたのかは分からないが、用意された大量の食材の殆どが既に彼女によって消費されたことを思えば、相当な量であることは間違いない。
その傍らでは、リュドレイクが臥せっている。
無謀にも大食い競争を憐に挑み、散っていったのだ。
だが、その苦しげな表情もどこか楽しげだ。
このキャンプを一番楽しんでいるのは、恐らく彼だろう。
そんな様子を見ながら、小夜子と雨音は改めて顔を見合わせ、くすくすと笑った。
「でも、無理はしちゃ駄目ですよ」
そういいながら、音羽がリュドレイクの介抱を始める。
「無茶をしてテントで唸る羽目になっても、知りませんよ〜」
るなも相槌を打った。
「いや、面目ありません」
困ったようにリュドレイクが笑う。
ふと空を見上げれば、満点の星空が広がっていた。
思わず声を上げた彼に、皆も釣られて顔を上げる。
「綺麗ですねぇ‥‥」
「実に見事で御座いますね」
拓人とジェイが感想を漏らす。
この美しい夜空は、ここを訪れる人皆が見るに違いない。
能力者たちが守ったものは、確かに人々の安息であったのだ。