タイトル:【LR】Blastマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/14 05:52

●オープニング本文


 ノースラスベガス空港内の一室に、ラウディ=ジョージ(gz0099)らプレアデスと能力者たちが集まっていた。
 先日の偵察で判明したダムの防衛能力の説明が行われるのだ。
「まず、対空迎撃レーザーです」
 スクリーンに映し出された映像と共に、クラウディア=ホーンヘイムが説明を始める。
「地上施設への攻撃のみを迎撃する、低出力のレーザーのようです。KVや戦闘機にとっては脅威となりえませんが、弾頭の破壊に関していえば十分な効果があります。前回の威力偵察で、数度の爆撃を試みましたが、五割強が迎撃されて無力化しました」
「半分は通るんなら、力押しでいいんじゃない?」
 声を上げたのはケラエノだ。
 他にも幾人かが同意を示すように頷く。
「効率が悪いのがまず一点。そして、敵迎撃装置付近にはゴーレムとタートルワームがおり、それらが壁となるのがもう一点。最後に、飽和攻撃を敢行した場合、最悪ダムに致命的な損害が発生する恐れがあるのが一点。以上の点から、力押しはお薦めいたしかねます」
「陸戦で破壊する、ってことか」
 やれやれ、とアトラスが肩を竦めた。
 ダム前面は狭く、守る側が極端に有利だ。余り、気持ちのいい話ではない。
「続いて、移動砲台です。これらは、砲台が予め備えられた砲座のいずれかにランダムに移動し、その時点で最も近い目標に砲撃を加える、といったシステムであると予想されます。いわば、自律砲台といったところでしょうか。移動先は完全にランダムと予想され、砲台を狙って破壊することは困難でしょう」
「攻撃力は?」
「被弾時のダメージは、無改造のバイパーで換算して1割程度といったところです。ある程度改造が施してあるならば、無視しても問題はないかもしれません。幸いなことに、1基辺りの命中率も高くはないようです。しかしながら、今後砲台の数が増えた場合は、何かしらの対処が必要かもしれません。尚、射程は凡そ一航空スクエアと予想されます」
 プレイオネの質問に、クラウディアは淀みなく答える。
 繊細な指を顎に絡めつつ、プレイオネは少しだけ小首を傾げた。
 もし長期戦となれば、砲台は無視できなくなるだろう。仮に損害がないにせよ、集中力は著しく散漫になるはずだ。
 同様の懸念は、どうやら他の者も抱いているらしい。
 それを察知したからでもないだろうが、クラウディアは説明を続ける。
「最後に、崖の上で発見された光学迷彩のワームです。至近を通過したにも関わらず、攻撃はおろか移動の素振りも見せなかったことを考えると、恐らくは支援用のワームであると思われます。ロシアと瀋陽で確認されたアグリッパの亜種、という見方も可能でしょう。少なくとも、我々の電子支援機と同様の位置づけであると見ています」
「具体的な能力は?」
 アステローペが問う。
 その質問にクラウディアはやや申し訳なさそうな表情をした。
「‥‥データが少ないものですから、保証はできかねますが、一定範囲内にいるワームのAIを強化するもの、と予想されます。先日交戦した際、それまでの交戦データと比較して被弾率と命中率に差があったことからの推定です」
 他には、と見回すクラウディアは、当座の質問がないことを確認すると照明の電源を入れた。
 先だっての偵察で収集されたデータは、とりあえずは以上となる。
「今後の方針だが‥‥」
 おもむろにラウディが切り出した。
「まず、敵の司令官がいないというのは、どうやら事実だ。キューブワームがいなかったことも含めて、抵抗が微弱すぎる」
 罠の可能性もあるが、と付け加えつつも男はいう。
 フーバーダムのバグア側司令官、アルゲディ(gz0224)。この強化人間は、理由は分からないが、ダムからは姿を消しているというのだ。
 その真偽を確かめる目的も、先の威力偵察には存在した。
「キューブは、少なくとも5機が配備されているはずだ。それを使ってこなかったということは、敵が本気ではない、ということだ。恐らく、まだ隠し玉もあるだろう」
 ラウディの言に、場がざわつく。
 今でも十分に厄介そうではあるのだが。
「しかし、これはチャンスでもある。当然な。したがって、UPCはダムへの攻撃開始を正式に決定した。大まかな流れは、敵航空戦力を排除した後、地上戦力を撃破、となる。その前段階として、やはりキューブと敵支援ワームの排除は避けられん。つまり‥‥」
「それをやれって?」
 ケラエノが不満げな顔で応える。
 ラウディは特に表情を変えることなく頷いた。
 貧乏くじー、と彼女は椅子の背もたれに身体を預ける。
「だがまぁ、それは今ではない。作戦開始に当たって、UPCは新たに司令官を送ってくる。そいつが到着してから、の話だ」
 差し当たっては、と男は続けた。
「明晩到着する新司令官の護衛、が任務になる」
「護衛ってか」
 アステローペが疲れたように息をつく。
「司令官着任の情報くらい、バグアは掴んでいるはずだ。そして、そいつが着任しなければ作戦は開始しない、というUPCのお役所体質もな。十中八九、狙ってくる」
「ふーん。で、誰、新司令官って」
 興味なさげにアルキオネが呟いた。
 その言葉に、ラウディは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「‥‥タヌキジジイだよ」



 雲がなければ、満月が見えるはずだった。
 宵闇の中を、五台の車列がマッカラン国際空港を目指して走っている。
 二台が先頭、一台が中央、二台が後方を固めるようなX字の陣形だ。
 いずれも物々しい軍用装甲車で、一台辺りの大きさもマイクロバス程ある。
 その様子を、ビルの上から黒い影が眺めていた。
 そして車列がその足元に達したとき、にたりと影は口元を歪め、弾丸のように飛び込む。
 ゴォン、と鈍い金属音が響き、一台の装甲車の天井が僅かに凹んだ。
 と、その上部ハッチが即座に開き、中から能力者が現れる。
「ほぉ」
 意外だ、というように影は笑った。その時、雲が途切れて月が影を照らし出す。
 それでもなお闇に溶けるような黒い衣装。それに浮かび上がる白磁の肌。間違いなく、アルゲディである。
「司令官同士、挨拶をと思っていたのだがな‥‥」
 チャリ、と右手の鉤爪を鳴らしながら、青年は引きつるように笑う。
「まぁ、こういう趣向も面白い。少しだけ付き合ってやろう」
 目の前で鋭い殺気を放つ能力者に、心底愉快だという表情を向け――アルゲディは哄笑した。

●参加者一覧

鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
ヴァイオン(ga4174
13歳・♂・PN
火絵 楓(gb0095
20歳・♀・DF
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
サンディ(gb4343
18歳・♀・AA
美紅・ラング(gb9880
13歳・♀・JG

●リプレイ本文

●月下のハイウェイ
 耳元で風が唸りをあげる。
 常人ならば立つことすら難しい走行中の車上で、ヨネモトタケシ(gb0843)は二振りの妖刀を構える。
「ご挨拶とは‥‥存外律儀ですねぇ、アルゲディさん」
「くく、これでも俺は紳士なのさ」
 応えて口元を吊り上げたのはアルゲディ(gz0224)だ。
 漆黒の衣装に身を包んだ強化人間は、問答はそれで終わりと言わんばかりに右手の鉤爪を掲げる。
 睨み合いは一瞬だった。直後、車上で天魔と爪が激突する。
「実に久々の対峙ですが‥‥まだ『温い』か味わっていただきますよ!」
「おお、こわいこわい。意外と、根に持つタイプか?」
 ギリギリと押し込まれる二刀に、黒衣の青年はおどけたような笑みを浮かべると、急に力を抜く。
 当然押し切る形でタケシは天魔を振り抜くが、それは寸前で跳躍したアルゲディの脛に傷をつけるのみに終わった。
「まぁ慌てるな。挨拶回りはしておかないとな?」
「ぬぅ!」
 背後に降り立った青年にタケシは振り向くが、その時には既に敵は隣の車両へと跳んだところだった。
「‥‥わざわざ真正面から来るとは」
「舐められたもの!」
 向かった先にいたのは、鳴神 伊織(ga0421)と遠石 一千風(ga3970)である。
 伊織のスノードロップと一千風のS−01がアルゲディへと牙を剥くが、男は空中で器用にマントを翻し、弾丸を受け止めた。
「盛大な歓迎だな、イオリ、イチカ」
「お互いに準備不足でしょう? 早々にお引取りいただきます」
 アルゲディの皮肉に伊織は皮肉で返すと、すらりと鬼蛍を抜き放つ。月光を浴びて、刀身が赤銀に輝く。
 一千風もストラスを構えると、射抜くように青年を見据えた。
 その視線を真正面から受け止めると、男は顔を愉悦に歪ませる。
「‥‥くくっ。無駄死にではなかったな、アルドラ」
「どれだけの人を弄べば‥‥貴方は神にでもなったつもりっ!?」
 最期までアルゲディを慕い、死んでいった少女。その子への言及は、酷く無機的だった。
 それが一千風の感情を逆撫でする。
 つ、とその頬を雫が伝った。
「以前のままだと思わないで」
 怜悧な呟きとともに一千風の体が低く沈み込み、弾かれたように間合いを詰める。
「参ります」
 同時に、伊織も鬼蛍を大上段から振り下ろした。
 逆巻く空気を尚切り裂いて、衝撃波がアルゲディへと向かう。
 目に見えぬ刃を迎え撃つように男は鉤爪を振り下ろし、その切っ先が真空の刃と激突した。強制的に掻き消された衝撃波はぴしりとひび割れのような音をたて、細かなカマイタチとなって青年を襲う。
 それらが全身に浅い切り傷を作るのも気にせず、アルゲディは後ろへ跳ぶ。僅かに遅れて、今まで青年がいた場所を一千風のストラスが切り裂いた。
 だが、それを予期していたように彼女はS−01で追撃する。
 同時に、別方面からの銃撃もアルゲディの着地場所へ殺到した。中央の車両に乗る火絵 楓(gb0095)と美紅・ラング(gb9880)が、援護射撃を開始したのだ。
 それらの弾丸を鉤爪で叩き落しながら、青年は一際強く車の天板を踏み抜くと、猛烈な速度で中央の車へと跳躍した。
「うがふ! ゲディちゃん、まさかあたしのメンマを横取りにきたか!」
 突風のように舞い込んだ青年に、楓がやや見当違いな言葉を浴びせる。彼女はつい先程まで食事中であった。
「バグア‥‥」
 対照的に、美紅の表情は険しい。今にも暴発しそうな感情を、必死に押し留めているようだ。
 アルゲディはそんな二人を無表情にねめつけ、無言で爪を振り払った。
 美紅を狙ったそれは、楓の灰色の槍で防がれる。
「むー、無言で攻撃とはマナーも何もあったもんじゃないね!」
「ふ‥‥これを受ける程度の技量はある、か」
 感心したように笑うと、青年は鉤爪で槍を握り締め、思い切り振り回す。
「にょわっ!?」
 その力に抗いきれず、楓の足が宙に浮いた。
(「やばっ!」)
 走行中の車から叩き落される、という直感が楓の脳裏を過ぎり、直後に嫌な浮遊感が体を包んだ。
 思わず目を閉じた彼女の体はしかし、硬いアスファルトではなく誰かの腕によって迎えられる。
「へ?」
「無事か」
 危機を察した藤村 瑠亥(ga3862)が、瞬天速でいち早く動き、楓を空中で受け止めていたのだ。
 そのままの勢いで中央車両に飛び乗って楓を下ろすと、素早くアルゲディと向き直る。
「ほう‥‥」
 強化人間は楽しげに笑い、鉤爪を鳴らした。

●過激な速さ
「見覚えがある顔だ。くく‥‥」
「前のように、容易くいけると思うな」
 短く言葉を交わし、小太刀と爪が火花を散らす。
 怒涛のように繰り出される剣閃、爪撃は互いに致命傷とならぬままに噛みあった。
「流石に速い‥‥が」
 その中で、瑠亥は確かな手応えを覚える。
(「見える、以前見えなかったものが十分に」)
 一方で、アルゲディもまた笑っていた。
「随分と腕を上げたものだ。思わぬ収穫だな‥‥」
「戯言を!」
 小太刀で爪を跳ね上げると、アルゲディは瑠亥がいた車両へと跳ぶ。それを追って、瑠亥もまた跳んだ。
 音を立てて着地した二人は、間をおかずに得物を撃ち合わせる。
 アルゲディの爪は尽く空を裂き、瑠亥の小太刀は涼やかな音を立てて打ち落とされる。
 その様は、まるで命がけの舞踏のようであった。
 そこへ、ダンスへの合いの手が加わる。カプロイアM2007によるリズムは、美紅の手によるものだ。
「美紅は戦場の振付師。さあ、美紅の思うがままに舞うがよいのである」
 高らかに謳う少女の目は、怒りに燃えている。
 先程の対峙で、強化人間は自分を無感情に薙ぎ払おうとした。
 そのことは、美紅にとっては耐え難い屈辱であった。
 弾丸の手拍子と少女の言葉に、水を差されたかの如くアルゲディは舌打ちをする。
「興が冷めた」
 そう言って思い切り小太刀を打ち払うと、青年は再び跳躍した。
 追いすがるように放たれる瑠亥のエネルギーガンをマントで防ぎ、黒い影が空を横切る。
 向かった先は、ヴァイオン(ga4174)とサンディ(gb4343)が待つ車両だ。
「さて、口直しに付き合ってもらおうか」
「‥‥まったく、余興で付き合わされる身にもなってください」
 呆れたように息をついて、ヴァイオンはハミングバードの切っ先をアルゲディへ向けた。同時に、その左目が金色に染まる。
 サンディもまた細剣の柄頭に軽く口付けをすると、瞳を紅に染める。
「降参しろ‥‥と言っても、無駄か」
 少女の言葉に、青年は肩を竦めたのみだ。
 直後、サンディは疾風のようにアルゲディへと斬り込んだ。それに合わせて、ヴァイオンも手品のようにナイフを取り出すと、続けざまに投擲する。
 飛来したナイフを纏めて打ち落とし、青年は半身を捻ってサンディの細剣を受け止めた。
 その刺突の思わぬ鋭さに、強化人間は口角を吊り上げる。
「大道芸人かと思えば、中々どうしてやるじゃあないか?」
「ほざく余裕はあるまい。我が刃、その身に刻め!」
「これも依頼だ。覚悟してくれ」
 サンディが細剣を振るうのと同時に、ヴァイオンが青年の背後からハミングバードを突き出す。
 だが、地面を舐めるほどに身を屈めたアルゲディは紙一重で二筋の剣閃をかわすと、下段から体のバネのみで脚を蹴り上げる。
 硬い爪先がカウンターで少女の鳩尾に叩き込まれ、サンディの視界が明滅し、思考に靄が掛かった。
 ヴァイオンが何かを叫んだように見え、その足元で黒い影が蠢く。
 ゆらりと立ち上がるそれに、少年は頭髪を黒に染めながら大気ごと貫く勢いで細剣を閃かせた。
 甲高い金属音で、サンディの意識に光が戻る。同時にこみ上げる嘔吐感を必死に堪え、少女は精神力で体を動かす。
 思わず裂帛の気合を喉から迸らせながら、一瞬で持ち替えたスパイラルレイピアが突き出される。手首の捻りを加えられたそれは、猛烈な回転を持って強化人間の胴を食い破らんと迫った。
 黒衣の男は、あろうことかその回転する刀身を素手で受け止める。
 飛沫く血を省みもせずレイピアを掴もうとする青年に、サンディは瞬時に武器を入れ替えた。
「狂人め‥‥!」
 天剣「ラジエル」が閃き、幻想的な光が大気を両断する。
 それでも、マントを翻して剣閃を受け流して、アルゲディは哄笑した。
「ひひははは! オードブルにしては楽しませてくれるじゃあないか! あひははは!」
 愉悦の極みだというように男は笑い、傷を負った腕を思い切り振るう。
 滴る血がヴァイオンとサンディに飛び、二人が僅かに気を逸らした隙に影は跳んだ。
「やれやれ‥‥本当に、気まぐれな御仁ですなぁ!」
 再び迫る青年を前に、タケシは吼える。
 明らかに、狂気の度が増している。どうやら、ギアが上がってきているようだ。
 空中で振るわれた爪と天魔が交錯し、火花が散る。
 それに彩られながらアルゲディが着地すると、その際を再び弾丸が彩った。
 しかし、足元で爆ぜるそれらを今度は気にする素振りもなく、青年は怖気の走る笑みを貼り付けたままタケシへと振り向き、息つく間もなく突貫する。
 二刀で押し留めるタケシだが、単純な膂力では未だにアルゲディが遥かに上を行っていた。
 赤錆のような色を浮かべた爪が徐々に押し込まれる。骨が軋み、天魔を支える両腕の感覚が薄れはじめた。
 タケシはそれでも歯を食いしばって耐えるが、劣勢は明らかだ。
 そこへ、一陣の風が舞い込む。
 瑠亥だ。
 強化人間の側面から小太刀を斬りつけ、タケシから引き剥がす。
「た、助かりましたよぉ」
「間に合ったか。だが、ヨネモトの腕力でも敵わんとはな‥‥」
 呆れたように、瑠亥は青年を睨みつける。
 アルゲディは何も言わず、壊れた人形のように首を傾け、けたけたと耳障りに笑っていた。

●突風
「もうあと少し、覚悟してもらえると助かる」
 呼びかけた一千風の声に応えるように、運転席から親指を立てた腕が突き出された。
 先程から、装甲車を駆るプレアデスの面々は上手く走らせてくれている。
 だが、それだけでは敵を追い込むには足りないのだ。
 そんな意図を汲んで、彼女の乗る装甲車は急速に左へと流れていく。その先は瑠亥とタケシが敵と相対する車両だ。
「藤村さん、ヨネモトさん!」
 伊織の声に、二人が反応する。直後、装甲車同士が接触して大きく揺れた。
 振動でアルゲディの身が傾いだその瞬間に、伊織と一千風、瑠亥とタケシは互いの車から跳び、交代する。
 その勢いのままに、二人は青年に刀と爪を振るった。男の右肩と右胸が大きく抉れ、鮮血の花が咲く。
「きひははははは! イオリ、イチカ、お前達は素晴らしいな! あっひはははは! 何とも‥‥殺しがいがある!」
「それは、やはりお互い様でしょう。ですが、あなたの首を貰い受ける場は、ここではありません」
「ああ、だが‥‥舞台のチケットは渡しておかないとなぁア!」
 抉れた右腕にもかかわらず、アルゲディは先程よりも尚激しく鉤爪を振るう。
 酷く直線的で酷く読みやすく、だがそれ以上に速く、重い。
 辛うじて受け止める鬼蛍の刀身は悲鳴をあげ、卓越した技量を持つ伊織ですら体力を強引に削られていく。
 そして、ある一瞬に伊織の防御をすり抜けた鉤爪が、彼女の左肩を食い破った。
「鳴神さん!」
「‥‥捉えました」
 一千風の声に、伊織は微かに微笑む。
 見れば、鳴鶴が青年の鳩尾に深々と突き刺さっていた。敢えて攻撃を受け、その隙に逆撃をかけたのだ。
「‥‥くく、流石に、これは痛いなァ‥‥」
 男は爪を引き抜くと間合いを取ると、ごぼりと血を吐く。
 伊織も代償は大きかったようで、忍刀を携えつつも片膝をついた。
「そこだぁ」
 痛いなどと言いつつも笑みを浮かべる青年に、唸りを上げて貫通弾が飛んだのはそのときだ。
 強弾撃も込めて放たれた弾丸は、過たず男のこめかみに食らいつかんとし、寸前で鉤爪によって掴み取られた。
「む‥‥!」
 目を見張る美紅に、アルゲディが酷く冷たい視線を送る。
「もう帰るつもりだったが‥‥気が変わった。身の程知らずを教育してやろう」
「させないっ!」
 一千風が跳び込むが、ストラスは青年のマントを切り裂くのみだ。
 男は弾丸のように中央の装甲車、美紅へ跳ぶ。
「おおっと! そうはいかにゃいのだ!」
 その爪は、再び楓によって阻まれた。
 モーリアンをもってアルゲディの突撃を受け止め、引き剥がす。
「さあ、覚悟はOKか〜い?」
 続けざまに楓は両手にはめた超機械を起動した。
 両断剣で強化された放電が巻き起こり、男の全身を包み込む。バチバチと爆ぜる音をBGMに、彼女は更に拳を突き出した。
 と、スパークを打ち払って青年の左腕が現れる。それは楓の拳を受け止めると、そのまま引き寄せた。
「にゃっ!?」
 引き寄せられた直後、楓は腹部に熱いものを感じて視線を落とす。
 鉤爪が、深々と脇腹に突き立っていた。程なく、激痛が走る。
「‥‥っ! 火絵さんを放すのである!」
 異変に気づいた美紅が銃をアルゲディに向けて乱射する。
 青年はその弾を避け、楓を置いて距離を取った。
「大丈夫であるか、火絵さん」
「むぐ‥‥い、意外と駄目かも‥‥」
 慌てて駆け寄る美紅に、楓は力なく応える。
 活性化が上手く働かない。美紅がいなければ、致命傷となっていたかもしれなかった。
「次はお前だ、小娘」
 無機的なその言葉に、少女は憎悪のこもった視線を返し‥‥視界の端に映った姿に、不敵な笑みを浮かべた。
「終わるのはお前である」
「その通りだ」
 響いた声に、アルゲディが咄嗟に振り向く。
「貴方が書いた筋書きは、絶対変えてみせる」
 その瞬間、瞬天速で間合いを詰めた瑠亥と一千風が跳びかかった。
 ストラスと疾風迅雷が閃き、三度血飛沫が舞う。
 だが、同時に二人も膝をつく。
「‥‥悪あがきを」
 忌々しげ呟く瑠亥の右腕から、鮮血が迸っている。
 一千風の左腕も、深く抉られていた。
「それも終わりだ」
 突風が舞う。
 やはり瞬天速で飛び込んできていたヴァイオンは、そのまま男の体を掴むと一気に車から飛び出す。
「ヴァイオン!」
 サンディの声が響いた。
 自分ごと、敵を装甲車から落とす。少年の最後の手段だった。
 アルゲディは引きつるように笑う。
 そして何事かをヴァイオンに囁くと、強引に脚をアスファルトにめり込ませて制動をかけ、少年を思い切り蹴り飛ばす。
 その寸前、ヴァイオンは地に着いた男の片足がひしゃげるのが見えた気がした。

「ったく、無茶するねぇ」
 そんな声にヴァイオンが目を開けると、そこは装甲車の中らしかった。
 サンディがそれに気づき、安堵したように少年の手を取る。
 あの後、間一髪でケラエノがキャッチに成功したのだという。
「空港まで後一分もない。もう少し辛抱してくれ」
「‥‥メキシコ、と言っていました」
 少年は、ぼんやりと呟く。
「え?」
「奴は、メキシコへ行く、と」
 問い返すサンディにそれだけを答え、ヴァイオンの意識は再び闇に沈んでいった。