●リプレイ本文
●怪奇! 異形のカカシ!
陰鬱な、という表現がぴったりの曇天であった。
「‥‥ここ、というか、この辺りみたいだね」
鯨井起太(
ga0984)がふむと指を顎に当てた。
中々雰囲気があるじゃないか、と呟きが聞こえたのは恐らく空耳ではあるまい。
「うっわ‥‥だだっ広いわね。この中から探すのかぁ‥‥」
見渡す限りの背の高い枯れ草やらに、月島 瑠璃(
gb8001)がうんざりしたような声を上げる。
「農家の生まれとしては‥‥このような土地を見るのは少々悲しいですね‥‥」
一方でベラルーシ・リャホフ(
gc0049)は、少しだけ目を伏せた。
管理するものもいない荒れた土地。
能力者になるまでは、裕福とは決して言えなかった。それでも、農業に従事できていただけ自分は幸せだったのかもしれない。
彼女はそう思ったのだ。
「最近までバグアの支配地域だったようだしな。何が潜んでいてもおかしくはないが‥‥」
十字架の大剣を背負った夜十字・信人(
ga8235)が、やれやれと息をついた。
「四肢を切断され、カカシのように、か。それにしても、生臭い風だ」
冬だというのに、荒野を吹き抜ける風はねっとりとまとわりつくようだった。
そんな風に、寝ぼけた人が見間違えた歌を散らせながら、大河・剣(
ga5065)が僅かに憂いたように呟く。
「お化けなんて嘘さ‥‥ああ、何か帰りたくなってきた」
ホラーな雰囲気と猟奇的な被害者という点によって、剣はどうも原因をそちらだと思ってしまったようだ。
そう思ってしまうのも無理はないのだが、今回に関して言えばそれは杞憂である。程なく彼女も悟るだろう。
「ふっ、相手が何であろうとこの事件‥‥必ず解決してみせる! 探偵の名にかけてっ!」
ぐっと拳を握ったのは雨霧 零(
ga4508)だ。
姿かたちは自称探偵の名に恥じず、中々堂に入っている。自信に満ちた態度も、どこか風格が感じられないでもない。
だが、そんな姿は割とすぐに消え去った。何故なら、零は起太の姿を見るやあからさまに表情を崩したからだ。
「似合ってるだろう?」
その表情を勘違いしたか、起太はやはり自信ありげに胸を張ってみせる。
彼の格好は、実に農家風であった。変装をして、捜査をやりやすくする算段であるようだ。
ともあれ、この時点で零の我慢は限界に達した。
屈み込んでぺしぺしと地面を叩きながら、くつくつと愉快な笑い声を漏らしている。似合いすぎるのも問題、ということだろうか。
「あ、雨霧殿、大丈夫でござるか?」
そんな彼女に声をかけたのは兼定 一刀(
gb9921)である。今回、零とペアを組んで行動することになっている。
髷も結うという本格的なサムライの彼は、相方を大事にするタイプであった。
そんな一刀に支えられて零は立ち上がるが、起太はというと特に気分を害した様子もなく、改めて周囲を窺っている。大人だ。
と、同様に辺りを見渡していた山科 明理(
ga7324)が、畑の中の一点を指した。
「あれ、でしょうか」
その声に釣られるように七人は目を向け、幾人かが息を呑む。
遠めには十字架状の木の棒にしか見えないが、よくよく見ればそれには何かが括りつけられていた。
四肢を断たれた被害者の身体、である。
「何たる非道‥‥!」
一刀が憤怒の声を漏らした。
状況は確かに聞いていたが、改めて目にすれば怒りは再燃する。
奥歯を噛み締めて激発を封じ、男はゆっくりと息を吐いた。まずは、哀れな犠牲者の元へ行かねばならない。
一気に張り詰めた空気の中、八人は静かに歩き始めた。
「切り口がある程度原型を保っている。鋭利な鎌か、鋏か‥‥凶器の類は持っているようだな」
犠牲者の恐怖に見開かれた瞳をそっと閉じながら、信人がそう分析する。
「鳥の死体を括りつけて鳥除けにするカカシもありますが‥‥。もしかすると、人間除けのカカシなのかもしれませんね」
「侵入者への警告、か。あるいは百舌みたいな習性か? 何にしても、悪趣味なB級ホラーだ」
リャホフの言葉に、信人は首を振った。
ふと、その目が犠牲者の首元に留まる。奇跡的に、ペンダントが残っていたのだ。
信人の視線に気づいた明理が、そっとペンダントを取り上げる。
「‥‥農業組合の記念品、のようですね。アラン・スミシー‥‥?」
「被害者も農家、か。やっぱり気になったのかしら」
周囲の草を刈り取りながら、瑠璃が呟く。
「にしても、何でこんなとこにきて草刈なんてやってんのよー‥‥」
僅かに手を止めて嘆く少女の後ろで、剣が周囲に油断無く視線を走らせながら応じた。
「そりゃ、念のためだろ。‥‥にしても趣味の悪ぃカカシだな。これじゃ虫がよりついちまうぜ」
ふん、と強がる彼女だが、先ほどからその目は犠牲者を捉えていない。
見ればどうしても、超常的な犯人を連想してしまいそうなのだ。
「‥‥お化けじゃない、大丈夫、お化けとかじゃ‥‥」
小さく言い聞かせるように呟く剣の隣から、奇妙な笑い声が聞こえた。
思わずビクッと振り向けば、零が何やら腕を組んで胸をそらしている。
「ふっふっふ‥‥これ程までに残酷な手口、そして現場は競合地域‥‥。つまり敵は‥‥キメラだねっ!」
剣が文句を言おうとした矢先、零がドドンとそんなことを宣言した。
一瞬、静寂が訪れる。
「いや、だから僕たちに依頼が回ってきたんだろ?」
「さあ皆、凶悪なキメラを倒してしまおうじゃないか!」
起太の冷静な突っ込みは、残念ながら届かなかった。
●恐怖! 強襲のカカシ!
起太と明理、零と一刀、剣と信人、瑠璃とリャホフの四組に分かれた能力者たちは、広大な農園の中へと散らばっていく。
「どこに潜んでいるか分かりませんからね。気をつけて進みましょう」
「ああ。‥‥にしても、向こうは賑やかだね」
極力静かにという方針の起太・明理の二人は、右手方向、零と一刀がいる辺りから聞こえる声に少しだけ苦笑した。
「それにしても、こう草が多いと埒があかないね。‥‥おお、名案を思いついたよ!」
「おお、何でござるか?」
零がぽんと手を叩き、ざっくざっくと進行方向の草を刈っていた一刀が何気なしに聞く。
それに答えず、零は彼の背中に手をかけた。
「雨霧殿!?」
「はっはっは! 名づけて肩車作戦! この農園を見渡してやろうじゃないか!」
「肩!? い、いや待たれよ、拙者は男で雨霧殿は女性! それは世間的に少々問題が――」
「うむ! 思ったとおりいい見晴らしだよ!」
一刀のささやかな抵抗の間に、よじよじと登った零は目的を達成したようである。
唐突に顔の脇から現れた二本の脚に慌てつつも、ゴーゴーとはしゃぐ零に、一刀は諦めたように盛大なため息をついた。
「‥‥キメラとすれば、向こうからお出迎えにくるのでしょうけど」
そんな騒ぎを華麗にスルーしながら、リャホフがふと呟く。
先ほどの犠牲者の付近の様子から見て、数体の敵がいることは間違いなかった。刈り取られた草の根元は、何かで突き固められたようになっていたからだ。
「あれ、足跡なのかしらね? だったら一本足なのかしら」
瑠璃がその呟きに応じるように腕を振る。鎖で繋がった直刀が、その度に彼女らの周りの草を刈っていく。
どうであれ、特徴的な外見をもつらしいことは予想がついた。
また、一人に対して多数で襲い掛かるような卑怯な敵であることも、だ。
「だが、犠牲者の立ち位置は今から逆転だ。生かしてはおかんぞ」
少し離れた場所で、十字架の大剣を担ぎながら信人が宣言する。
明らかにそうと分かる程に神経を張り詰めさせ、五感をフル活用して男は周囲の気配を探っていた。
と、その警戒網に僅かな違和感が混じる。
背中越しに後ろの剣へ合図を送ると、二人は慎重にそちらへと方向を変えた。零と一刀がいる方向だ。
妙な気配に気づいた零が、おもむろに一刀の肩から下りたのはそのすぐ後だ。
理由を問おうとして、男も異変に気づく。
ざわざわと不気味に鳴る枯れ草の中から、怖気の走る気配が漂ってきていた。
「‥‥先手必勝でござる!」
一刀はその得物、九字兼定を居合いの要領で抜き打った。
そして、剣閃によって開けた視界の中に、不気味な容貌のカカシが顔を出す。
数は二、いや繁みの中の気配も入れれば三だろうか。あるいは、まだ潜んでいるかもしれない。
「犯人は――お前だ!」
びしぃっとポーズを決めてから、零が現れたカカシにザフィエルを突きつける。
突きつけられた指揮棒によって電磁波が生じると同時に、デヴァステイターの弾丸が上空へと踊った。開幕の号砲だ。
スパークが弾ける中、それでもカカシは突っ込んでくる。
鋭い鎌が電光を反射しながら閃いた。
それを刀の峰で受け止め、一刀が修羅の如く吼える。
「拙者、おぬしらを討ち果たすに何の躊躇いも覚えられぬ!」
返す刃で、鎌を持つカカシの腕が切り裂かれる。
名状し難い声を上げて飛び退いたカカシの脇の草むらから、突如として強烈なスパークが迸る。
その閃光は過たずカカシの頭に食らいつくと、有無を言わさず吹き飛ばした。
「おっと、挨拶にしてはやりすぎたかな?」
そう言って、起太がエネルギーガン片手に現れる。
その銃が淡い輝きを放っているのを見る限り、後から現れた明理が練成強化を施していたに違いあるまい。
「挨拶がいる相手にも思えんがな」
そんな声とともに竜巻の如く大剣が振るわれ、一体のカカシを草ごと薙ぎ払った。
信人だ。
「‥‥さんっざん怖がらせてくれたじゃねえか。ぶっ潰す!」
その背後から、剣が方天画戟を思い切り突き出した。
犯人であるカカシのビジュアルは不気味以外の何者でもなかったが、彼女の価値観で言えばあれはお化けではないらしい。
お化けでない以上、怖がる必要もない。反撃の時間であった。
方天画戟を辛くも受け止めたカカシの鎌は、音を立てて砕け散る。
二人の少女が雑草を切り開いてやってきたのは、その時だった。
「お次は、あんたの四肢も切り落としてあげるわよ。一本足だから、三肢かしら?」
挑発的な言葉を投げかけたのは瑠璃だ。
美しい金髪と双剣とをくるくると回転させながら、踊るようにカカシの周囲を巡る。
言葉どおり、カカシの手足はズタズタに切り裂かれた。
「全く情けない‥‥鎌とは、こう扱うのです」
リャホフは呆れたようにいいながら、無慈悲にノトスを振るう。
農家出身というのは伊達ではない。実に手馴れた鎌捌きで、カカシの首は切り落とされた。
●安堵! 祈りのカカシ!
あっという間に二体の仲間を失ったカカシは、耳障りな咆哮をあげる。
それに応じるように、周囲から急速に何かが近づいてくる気配があった。
「おっと、早速クライマックスのようだね。でも、残念ながら山科君と僕はカップルじゃない」
「はい。‥‥えっ?」
自信たっぷりに宣言する起太に思わず追随してしまい、明理は怪訝な顔をする。
いわゆるホラー的なやられ役のお約束は踏んでいない、ということなのだが、まぁ咄嗟には理解できないかもしれない。
さておき、近づくざわめきに信人は軽く息をつくと、大剣を担ぐように構える。
「このようなクルードな真似は趣味ではないが」
と、赤光を纏ったクルシフィクスが猛烈な勢いで振りぬかれた。
大気が断裂し、前方の枯れ草が盛大に舞い散る。凡そ、三十メートルは視界が開けただろうか。
その中に、近づきつつあった気配――カカシの姿は見事に現れていた。
「ナイスだ、夜十字君」
間髪を入れず、起太のエネルギーガンが閃光を巻き起こす。
「はっはっは! 援護は任せろー!」
零のザフィエルもバリバリと音を立ててスパークを撒き散らした。
藁が焦げるような臭いが辺りに立ち込めるが、それでも繊維を、いや戦意を喪失しないカカシは流石と言ったところか。
電磁波で赤熱しかけた鎌を振りかざして、次々と突っ込んでくる。
「しつっこい! とっととくたばっちまいな!」
剣の身体が一回転し、それによって凄まじい遠心力を得た方天画戟が一体のカカシをばらばらにした。
瑠璃の双剣がくるくると舞い踊り、リャホフの大鎌がカカシを文字通り刈り取っていく。
「隙ありでござるぅぁぁぁああ!!」
怒涛のような能力者の攻撃に怯んだカカシに、一刀が再び九字兼定を抜き放つ。
明理の練成強化で淡く輝いた刃が、赤い障壁を切り裂いてカカシを両断した。
「トドメ、にしてはオーバーキルかな?」
軽口を叩きながら、起太が駄目押しのエネルギーガンを放つ。
既に動かないカカシだったものは、それで完全に消し炭と化した。
「‥‥終わりましたよ、アランさん」
丁寧に遺体を遺体袋へ入れながら、明理がそっと語りかける。
「何の慰めにもならぬでござろうが、仇は討ったでござるよ」
一刀も屈み込むと、手を合わせて拝む。
そんな男の肩を、起太がぽんと叩いた。
「弔いには十分さ。きっとね」
「あれ、起太君、さっきまでいなかったのに」
零が不思議そうに声をかける。
実は、つい先ほどまで彼は一人で農園内を見回っていたのだ。もちろん武器は持ったまま。
何をしていたかというと、古ぼけたカカシやら、要するに取り逃がした敵がいないかを確認していたらしい。
「倒したはずの敵が、何てお約束はぶっ潰しておいたよ」
さらりと言ってのける起太に、零は悪戯っぽい笑いを返した。
「それはそうと、ベル君」
「何です?」
零は起太からリャホフへと向き直った。
少女は先ほどから、何かを組み立てている。
「それは何だい?」
「カカシ、です。ここの守り神と、慰霊の意味も込めて‥‥」
本来のカカシは害鳥除けであると同時に、そういった呪術的な意味もあると彼女は言う。
なるほど、と頷きながら零はリャホフお手製のカカシをつんつんと突っつく。
「本当に農家出身なのねぇ。さしずめ、バトルファーマーってところかしら」
「あら、褒めても何も出ませんよ」
感心したように瑠璃が言うと、リャホフはくすくすと笑った。
そんな様子を穏やかに見守りながら、明理はふと呟く。
「この農園が、早く元通りになると良いですね‥‥」
「なるとも!」
零が身を乗り出すように応じた。
起太もうんうんと頷いている。
「何せ、この私が参加したのだからね」
「何と言っても、僕が参加したからね」
同時に言ってのけた二人はニヤリと視線を交わしあい、ハイタッチをする。案外、いいコンビかもしれない。
「お疲れ」
「ああ」
農園脇の道路でタバコを吸っていた信人に、剣が手を挙げた。
お互いに何を言うでもなく、ぼんやりと空を見上げる。
短くなったタバコを離すと、男はそれを携帯灰皿に詰め込みながらロザリオを握った。
ふと見れば、剣も手を合わせて瞑目していた。
「お、晴れてきたな」
信人の言葉に、彼女は目を開ける。
「‥‥やっと終わったって感じだ」
剣の呟きに、同感だ、と信人は笑った。