タイトル:【S】アクラブマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/27 13:18

●オープニング本文


「あれ?」
 ビッグフィッシュ艦内の研究室で、アルフレッド=マイヤーがふと声を上げた。
 何事か、と彼の助手であるブリジット=イーデンが作業の手を止める。
 その表情が心なしか煩わしそうであるのは、UPCによるフーバーダム侵攻への対処を考えねばならないからだろう。
 ダム防衛司令官のアルゲディ(gz0224)は、どうやらメキシコのバグア軍と合流しているらしい。
 その目的が何なのか、何故このタイミングで中米なのか、などは今更聞く気も起きはしない。ろくでもないことには違いないだろうが。
「‥‥まぁ、間に合うかな?」
「何がです?」
 一人納得するように頷いたマイヤーに、ブリジットは疲れたように問う。
 この男の見積もりを信用できるほど、彼女は浅い仲ではなかった。
「ああ、ダムには関係ないんだ。別件でね。とりあえず、日本かな、今は」
「関係あるなしは、具体的なことをお聞きするまで納得しかねます」
「えー‥‥」
 心底嫌そうな声を上げるマイヤーだったが、ブリジットの冷たい視線に肩を落とすと、乱雑なデスクを掻き回して一枚のディスクを取り出す。
 放られたディスクを受け取り、そのラベルを見て白衣の女は形の良い眉を顰めた。
「これは、ご自身で失敗作と」
「あの時点では、ね」
 意味深な笑みを浮かべる男に、ブリジットは怪訝な表情を返す。
「要するに、エネルギーが足りなかったのさ。動けても、戦えない。そんなの、意味無いだろう?」
「はい。根本的な設計ミス、と仰ってましたね」
「そーなんだ。最高のキメラ、の予定だったんだけどねぇ。機械化するのも、妙に癪だったし」
 非合理的だ、とブリジットは思った。
 外部にジェネレーターと装甲をつければ解決する問題ではあったのだ。
 ただ、それはマイヤーの主義ではなかったのだろう。もっとも、そこまでするならばワームと何が違うのか、という話でもある。
「それで、その失敗作がどうかしたのですか?」
「格好の餌を見つけたみたいなんだ。動いてるってさ」
「‥‥凍結、ではなかったのですか」
「そのつもりだったし、実際にあれ以来手を加えてない。生存本能って奴かな? 怖いねぇ」
 半死半生のキメラが、その本能でエネルギーを感知して動き出したのだ。
 マイヤーは、どうやらそう言いたいらしい。
 ブリジットはそれで納得したわけではなかったが、現在の急務であるダム防衛には問題がないと判断し、それ以上の追及を避けた。
 ついでに言えば、このときの男の笑顔は確実に何かを隠している表情であって、大概が手遅れだということを理解していたからでもある。



 ゆっくりと、何かが地表を這いずっていた。
 甲殻のように見えるそれは、羽化したての甲虫のように薄い。
 眼前に掲げられた一対の鋏もまた、小枝が折れるか折れないかといったような印象だ。
 それを、いや、それらを発見したUPCの哨戒部隊は、司令部に「サソリキメラの群れ」と伝えた。
 緩々と進むサソリキメラの先には、エイジア学園都市がある。
 一匹たりとも、侵入を許すわけにはいかなかった。
 KV隊による爆撃が敢行されることとなったが、それまでにこのキメラ群を足止めする必要がある。
 UPCは即刻、ULTへと連絡を取った。

「キメラの群れが大阪に接近している?」
 メアリー=フィオール(gz0089)は首を傾げた。
 大阪は日本の暫定首都であり、数々の重要施設が存在する。エイジア学園都市もその一つだが、それだけにUPCの防衛体制も強固だ。
 今回の依頼も、鉄橋を叩いて渡る、万が一にも万が一を防ぐ、といった保険の保険のようなものだろう。
「効果は見込めない、というのはバグアも承知しているはずだがな‥‥」
 そもそも、本気でバグアが大阪に侵攻するのであれば、規模がこの程度であるはずがない。
 単なる治安撹乱目的、としても余りにお粗末だ。
「万一侵入したとして、何をするつもりだ? 嫌がらせか? ‥‥まぁ、考えても仕方ないか」
 ふぅ、と息をついて、メアリーはすぐさま本部に依頼を回した。
 妙な予感はあるが、それは解決してから考えればいいだろう。本当に、ただの嫌がらせかもしれないのだから。

●参加者一覧

鷹司 小雛(ga1008
18歳・♀・AA
ミンティア・タブレット(ga6672
18歳・♀・ER
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
高日 菘(ga8906
20歳・♀・EP
冴城 アスカ(gb4188
28歳・♀・PN
浅川 聖次(gb4658
24歳・♂・DG
瀬上 結月(gb8413
18歳・♀・FC
紅月 風斗(gb9076
18歳・♂・FT

●リプレイ本文

●黒い川
「うわぁ」
 その光景を見て、思わずといったように声を上げたのは高日 菘(ga8906)だ。
 キメラの大群、というよりは最早黒い川のようなものを前にすれば、無理もない。
「もんすごい数や‥‥こんなにどこから出てきたんやろねー?」
「ほんと、ドコで発生したんだろーネ」
 ラウル・カミーユ(ga7242)が肩を竦めた。
 これは呆れるよりは感心してしまいそうだ、と冴城 アスカ(gb4188)は思う。
「‥‥バグアも、よくコレだけ揃えたわねぇ」
 苦笑しながら呟くと、瀬上 結月(gb8413)が応じる。
「単体は小さくて可愛いのに、ここまでくると気持ち悪いこと極まりないです」
「可愛い‥‥?」
 ぶつくさと文句を言う少女に、アスカは別の意味で苦笑した。
「ま、想像以上に多いが、突破できるもんならやってみるんだな」
 自信ありげにニヤリと笑って、紅月 風斗(gb9076)が言う。
 その言葉を受けて、菘も胸を張った。
「数だけで押し切れるわけないやん、なぁ?」
「ええ、確実に成功させましょう」
 浅川 聖次(gb4658)がゆっくりと頷く。
 こうしている間にも群れは移動しているが、随分とゆっくりに見えた。
 それは何か、キメラの目的の不明瞭さも含め、不気味にも見える。
「キメラの群れ‥‥意味があるのかしらね? 無い方が楽だけど」
 超機械を起動しつつ、ミンティア・タブレット(ga6672)が訝しげに言う。
「嫌がらせにしても、もう少し適任はいるでしょうしね。‥‥まあ、仕事内容は変わりませんわ」
 月詠を抜きながら応じたのは鷹司 小雛(ga1008)だ。
 彼女の言は正しい。
 敵の思惑がどうであれ、今は目の前に迫るキメラを足止めする。それで十分だ。
 八人はそれぞれに覚醒すると、黒い川のほとりへと駆けた。

 雨のように銃弾が降り注ぎ、先頭を行くサソリキメラが動きを止めた。
 ラウルによる制圧射撃が始まったのだ。
 これは楽に終わるかもしれない、と幾人かは思ったが、後続のキメラの動きに気を引き締め直す。
 動きを止めたキメラを乗り越えるようにして、群れそのものは速さを減じながらも動きを止めなかったのだ。
「次から次に乗り越えて‥‥話に違わずスゴイ数だネー」
「思った以上に厄介そうですね。本当に進むしか能がないのかな」
 結月が放ったブラッディローズの散弾が、動きの止まったキメラをばらばらにする。
 すぐ近くで爆ぜた仲間に僅かでも反応することなく、他のサソリは淡々と進み続けていた。
 ある種、異様な姿だ。生物的でない、機械のような反応だった。
「‥‥こちらを完全に無視するわけはない、と思ってましたけれど」
「眼中にない、ということでしょうか」
 口元に手を当てて首を傾げる小雛に、聖次も目を細めてザドキエルを構え直す。
「何としても大阪、エイジア学園都市に行きたいってこと?」
 菘も長い茶髪をたなびかせながら、どこか困惑しているようだ。
 愚直に目的地を目指す、というのは確かにそうなのだろうが、そこに知性があるとはとても思えなかった。
「バグアが指示してるってよりは、野生化したキメラが本能に従ってるって感じだな」
 ふむ、と風斗が思うところを述べる。
 実際に、体系だった作戦の一環というよりは、彼の言の方が余程納得いくように思える。
 ただ、その本能を刺激する理由まではわからないのだが。
「そーゆーのは後でいいヨー! とりあえず、止めないとネ!」
「同感。制圧射撃で止まらないなら、そろそろ出番よね」
 サブマシンガンの銃声に負けじと声を張り上げたラウルに、アスカが金銀の二挺拳銃を携えて一歩踏み出す。
 それにあわせてミンティア、菘、風斗も得物をサソリの群れへと向けた。

●単純な敵には単純な策を
 小雛は月詠を振るいながら、その腕の時計が鳴るのを聞いた。
 一分ごとに鳴るように設定したアラームである。これはその最初の音だ。つまり、あと四分を稼がねばならない。
「‥‥ギリギリ、ですかしら?」
 不意に身体を沈み込ませ、地を這うように月詠を薙ぎ払う。数体のサソリが切り刻まれた。
「足元気をつけて。結構足場悪いから」
「ええ、わかっておりますわ」
 菘の言葉に微笑を返しながら、小雛は優雅に立ち上がる。
 冬の原野は、能力者が少し力を入れて踏み込めばすぐに悲鳴を上げた。
 事実、先ほどから辺りに舞う土ぼこりは確実に増えている。もっとも、湿地などよりは遥かにマシなのだが。
「あぁ、面倒くさい‥‥まとめて潰してあげるわ!」
 撃ち漏らしたキメラは徐々に増え始め、その先団は確実に能力者へと近づいていた。
 アスカは拳銃での掃討に見切りをつけると、素早く脚甲を身につけ、サソリの群れへと切り込んでいく。
「この数は厄介ですね‥‥」
 少しだけ疲れたように笑いながら、聖次は槍を振るっている。
 AU−KV、ミカエルのパワーと装甲は主の奮闘を良く支えていた。だが、手数の不足は如何ともし難い。
 ラウルの辺りまではサソリは接近しきってはいなかったが、それも時間の問題だろう。
 そんなジリ貧になりそうな状況で、ミンティアはある作戦を思いつく。
「ちょっといい? 敵の様子から考えると、横長の溝でも掘れば、それだけで足止めできるんじゃないかしら?」
「‥‥単純な作戦ですけど、敵も単純そうだし」
「効果はあるかもしれない」
 援護射撃を続けていた結月と風斗が頷く。
「んー、面白そうだネ。全開で一分は抑えられるケド、平気?」 
 ラウルも乗り気のようだった。幸い、当初の予定よりも制圧射撃は少なくて済んでいる。練力もまだ持つだろう。
 時間は稼いでみせる、という彼に、ミンティアは不敵に笑って見せた。
「こんなこともあろうかと、スコップを借りておいたの」
「‥‥ご都合主義ですね」
「サイエンティストの本懐、か」
 苦笑する菘と風斗に構わず、ミンティアはスコップを取り出す。
 それを渡された結月と風斗、そして菘は顔を見合わせながらも、早速地面を掘り出したミンティアの後に続いた。
「よーし、これ以上はストーップ! 皆、一分気合入れてネ!」
「何か作戦? オーケイ、任せて!」
 二体のサソリを蹴散らしながら、アスカがグッと親指を立てた。
 再び制圧射撃の弾雨が降り注ぐ。
 小雛は動きを止めたサソリには目もくれず、その後ろの動くものに月詠を突き刺した。
「少しばかり、効率を上げましょうか」
 妖艶な笑みを零しながら、彼女はエネルギーガンからスパークを迸らせる。
 仲間の体を乗り越えようとしていたサソリが一体、それで消し炭となった。

 覚醒した能力者の体力は、一般的に非力と言われるサイエンティストでさえ、常人の数倍を誇る。
 ある程度の深さと幅の、全長二十メートル程度の溝を掘る。能力者四人にかかれば、一分あれば何とかなる作業であった。
「よし、できたな」
「完成よ。一旦下がって!」
 ミンティアの声にラウルがまず下がり、次いでサソリの群れの中で奮闘していた三人が離脱を始める。
 その瞬間、僅かに気が緩んだせいか、アスカは唐突に集中が乱れるのを自覚した。以前に受けた依頼中の一件で、彼女の覚醒は不安定となっていたのだ。
「クッ‥‥! このタイミングで‥‥」
 足元がふらつき、折り悪く踏みつけたサソリによって体勢が崩れる。
 倒れる、と覚悟したとき、彼女は聖次によって支えられていた。
「平気ですか? 少しだけつかまっていてください」
 竜の翼で咄嗟に駆け寄った彼は、アスカを支えたまま黒い川を抜ける。
「あ、ありがと」
「いえ、そんな」
 礼を言うアスカにかえって恐縮したように頭を下げ、聖次は槍を構え直した。
「お礼を言うのはこちらです。守りたい大切なもののために、仲間と共に戦う‥‥危うく忘れてしまう所でした」
「仲間‥‥か。そうね」
 言葉を交わす二人の視線の先で、サソリの群れの先頭集団がゆっくりと溝に入り込んでいく。
 迂回する様子は見えなかった。
「わざわざ自分から入り込むとは、所詮は虫だな」
 風斗は呆れたように笑い、レーヴァテインを携えて溝の中へと飛び降りた。
 着地と同時に振るわれた魔剣が、紅蓮の炎と共に死を撒き散らす。
 狭い溝だ。外す方が難しい。
 彼に続くように、小雛と聖次が降り立つ。
 月詠とザドキエルの煌きが魔剣の炎に加わり、溝の底は正に地獄の窯といった様相を呈した。
 その死の暴風を辛うじて抜けても、溝を登りきるまでに弾丸と電磁波の制裁が待ち構えていた。
 溝の縁で待ち構えるミンティア、ラウル、菘、アスカ、結月の五人による的確な追撃。
 それを掻い潜って這い出るキメラは、最後まで出ることはなかった。

●疑問だけが残る
 溝の底がサソリの死骸で埋め尽くされ始めたころ、結月の持っていたタイマーが鳴り始めた。
「そろそろ時間ですね。――ヤツらと心中は御免だ‥‥タイプじゃないもん」
 残りが三十秒ということを伝えた後、ボソッと小さく少女は呟く。
 ちなみに、彼女は本当は爆撃開始前に信号弾を発射してもらいたかったのだが、流石にUPCもそこまで親切ではなかった。
 ともあれ、五分というリミットを考えればそろそろ動き出すべきだろう。
「オッケー。そろそろ下がり始めましょうか」
 掌中の拳銃を一斉射すると、アスカが答える。
「聞こえました? もう放っといても、穴から這い出すので一苦労ですよ、そいつら」
 菘は確認するように近接戦闘組へと声をかけた。
 その声に応じるように、三人は同時に高く跳躍して溝を抜け出す。
「虫の悲哀、ですわね」
 ふわりと着地した小雛が、着物の裾を払いながら淡々と呟く。
「ほんと、そーだネ」
 無感情に応じながら、ラウルは駄目押しのように弾丸をばら撒いた。
 それにあわせて番天印を叩き込み、菘が一つ息をつく。
「弱かったけど、本当に厄介な数‥‥」
「戦いは数って感じね」
 ミンティアも疲れたように髪をかきあげた。
 と、幾人かがセットしたアラームが同時に鳴り響く。時間だ。
「撤収だヨー!」
 ラウルの声で、八人は脱兎の如く駆け始めた。
 十数秒後、空を見上げながら走っていた菘の目に光点が映った。
 それらは見る間に大きくなり、やや遅れて甲高いエンジン音が耳に飛び込んでくる。
「爆撃部隊!」
 正に大編隊というのが相応しい様相に、菘は思わず声を上げた。
「後は頼んだわよ!」
 アスカも軽く敬礼を向け、ちらりと後方を振り返る。
 キメラの群れは、どうやら溝をようやく抜け出したようだったが、それも無駄に終わるだろう。
「もう少し離れた方がよさそう。ダッシュ」
 ぽつりと呟いた結月が加速する。負けじと他の者も速度を上げた。
 と、ラウルの持つトランシーバーに無線が入る。
『こちらUPC爆撃部隊だ。君らを視認した。もう少し先にくぼ地がある。そこまで行けば安全だ』
「リョーカイ! 派手にやっちゃってネ! ――皆、もー少しいけば安全地帯があるみたいだヨ!」
 エンジン音に負けないように返答してから、彼はその情報を伝える。
 その直後、彼らの頭上を何機ものKVが通過していった。
「あった、アレですね!」
 聖次がまずそのくぼ地を見つけ、竜の翼でその傍へと駆け寄る。
 七人は彼を目印にラストスパートをかけると、一気にそこへと飛び込んだ。
 息を整えながら身を潜めていると、しばらくして轟音と地響きとが届いた。
 菘が顔だけを出して様子を伺うと、つい一分ほど前まで彼女らがいた場所が赤く燃え上がっている。
「おー。こりゃ一溜まりもないやろなー、あのキメラじゃ」
 ゴーグルを叩く土ぼこりに目を細めながら、少女が感慨深げに頷いたところで、再び無線が入った。
『――こちら爆撃部隊。爆撃終了だ。君らもご苦労だったな。しばらくしたら基地から迎えが行くはずだ。帰ってきたら、一杯奢るよ』
「それはいいネ。何なら、サソリの唐揚でも作ろうかナ?」
『ははは! ビールのつまみにはいいかもしれんな。じゃ、また後で会おう。通信終わり』
 通信が終わるのとほぼ同時に、KV隊がまた彼らの頭上を飛び去っていった。
 そのうちの一機が翼を振っていたところを見ると、そのパイロットが無線の主だったようだ。
「んー、なんだかモグラたたきみたいで、ちょっと楽しかったのは私だけかな‥‥?」
「それは‥‥独特な感想だな?」
 立ち上がりながらそう呟いた結月に、隣の風斗は困ったように笑った。


 基地へと向かう車の中で、小雛はサソリの死骸を入れた容器を見つめていた。
 あの後、アスカの提案で生き残りがいないか調べるついでに、念のため確保しておいたのだ。もっとも、一番原型を留めていたものでも、半分以上が炭化していたのだが。
「気になる?」
「ええ。倒されることが前提だったとすれば、何か仕掛けてあるかもしれませんし」
 ミンティアの問いに答えながらも、小雛は違和感を覚えていた。
「‥‥何が目的だったのかしらねえ」
 どこか自問するようなミンティアの声に、小雛は小さく首を振るしかなかった。


 
「間に合ったー」
 ビッグフィッシュ内の研究室で、アルフレッド=マイヤーが机の上に身を投げ出していた。
 と、部屋の扉が静かに開く。入ってきたのは彼の助手、ブリジット=イーデンだ。
「姿が見えないと思えば、何をなさっているのです?」
 言外に、ダムにUPCが迫っているというのに、というニュアンスを込める彼女に、マイヤーは机の上の何かの装置を指差した。
「これは?」
「‥‥誘導装置」
 それだけを言う男に、ブリジットはため息をついて装置へと視線を移した。
 確かに、何かしらの誘導電波を発するものであるようだ。だが、果たして何のために?
「これで、一体何を‥‥マイヤー様?」
 反応のないマイヤーに近づいた彼女は、そこで彼が寝息を立てていることに気づいた。
 よく見れば、目の下には濃い隈ができている。
 頭痛を抑えるように額に手を当てて、ブリジットは嘆息する。そして男の肩に上着をかけると、部屋を後にした。
「‥‥アンタ‥‥レス」
 そんな男の寝言が、真っ暗な研究室に少しだけ響いた。