●リプレイ本文
●『強化人間』
ドローム製SMGの照準を定めながら、赤村 咲(
ga1042)は考えていた。
(「民衆が求めるもの‥‥?」)
その逡巡を断ち切るように、鋭い鞘走りの音が響く。
鳴神 伊織(
ga0421)が鬼蛍を抜き放ったのだ。
「結果‥‥と言いましたね」
漆黒の刀身が、揺らめくように光を反射する。
「気にしても詮無きことです。誰もが、できることしかできないのですから」
「そうさ。その上で最善を尽くす。結果は、望みうる結果は、きっとそこに着いてくる」
伊織の言葉を赤崎羽矢子(
gb2140)が引き継いだ。
アルゲディ(gz0224)は、2人の言を心地よさ気に聞きながら、くつくつと喉の奥で笑っていた。
その態度に米本 剛(
gb0843)は少しだけ憤りながら、問い返す。
「我々の未来が見通せるとでも? そこまで単純なモノですかな、人とは」
「我々、人‥‥か」
不意に青年は笑いを止めると、底冷えするような声音で呟く。
「お前には、以前語ってやったはずだがなァ。極限状態の人間が、どれだけ即物的かを」
「それは‥‥!」
「全ての人間が、そうある訳ではない」
決然と、煉条トヲイ(
ga0236)が答えた。
「‥‥人は、そこまで弱くありません‥‥」
終夜・無月(
ga3084)もまた、冷静に切り返す。
だが、それらの声にアルゲディは再び笑い始めた。
「くく、強者の理屈という奴だな、『能力者』」
能力者。
その言葉を殊更強調した物言いに、幾人かが眉を顰める。
「俺たちは人ではない、とでも言いたげですね」
やれやれ、とソード(
ga6675)は苦笑して肩を竦めた。
「好き好んで戦場に立つ。一般人ではあるまいよ。立場も、思考も、な」
「それをゲディちゃんが言うのかにゃー‥‥」
呆れたように呟いたのは、火絵 楓(
gb0095)だ。
それが聞こえなかったのか、あるいは聞こえていて無視しているのかは分からないが、青年は尚も続ける。
「どれだけの人間が、戦場の現実を知っていると思う? サンフランシスコとロスの住民に、どれだけの意識の差があると? 兵士と民間人ではどうだ? キメラの犠牲者の数と、キメラの保護を叫ぶ者の数を知っているか? そして‥‥」
そこまでを一気に述べると、アルゲディは少しだけ間をおき、自らの胸に手を当てる。
「‥‥俺たちのような、『元人間』候補がどれだけいると思う?」
「何が、言いたい」
苦虫を噛み潰したように、咲が言う。
引きずるような笑い声のみが、その返答だった。
「貴様が‥‥」
ふと、トヲイが呻くように声を上げる。
「貴様が真に望んでいるのは、本当に絶望なのか‥‥?」
「判断は任せよう、トヲイ」
「‥‥アルゲディ、何のためにこんなことを?」
真意を語るようでいて、結局煙に巻くような言動を繰り返す青年に、羽矢子はそう問わずにはいられなかった。
それは今に始まったことではない。先の戦闘でも、いや、彼女が初めて青年と相見えた時でさえ、まるで自分達を試しているように思えた。
何か目的があるのか、それとも。
「ふ、お前たちには過不足なく演じてもらう必要があった。それだけさ」
「言ってくれますなぁ」
鍛えてやったのだとも取れる言い様に、剛は怒るよりも先に呆れる。
それは羽矢子も同様のようで、彼女は一瞬だけ苦笑すると、ハミングバードを構え直す。
「演じる、ね。自分の生死も物語の一部って訳? ‥‥いいよ、付き合ったげようじゃない」
「ええ。その上で、決着をつけることにしましょう」
伊織もまた、羽矢子に同意して刃を軽やかに振るう。
風を切る音が、開演の合図となった。
トヲイと無月が、一気に間合いを詰める。
シュナイザーが真正面からアルゲディへと突き出され、明鏡止水が大上段から打ち下ろされる。
鉤爪がシュナイザーと噛み合い、大剣は蛮刀で受け止められた
「1年前のあの日から、アルゲディ‥‥貴様はこの日を――終わりの時を、終焉の日を見据えて生きてきたということか」
ぎちぎちと擦れる耳障りな金属音が鳴る中で、トヲイはアルゲディへと射抜くような視線を送る。
2対1、それもラストホープでもトップレベルのファイターである2人の攻撃を受け止めたにも関わらず、目の前の青年は涼しげだった。
それが見せかけの余裕でないことは、噛み合った爪が微動だにしないことからもはっきりしている。
「少し、違うな」
ニヤリとアルゲディは笑い、無造作に両腕を振るう。
それだけで呆気なく2人を引き剥がすと、青年はくつくつと笑った。
「強化人間になったその日から、だ」
「お二方、脇へ!」
アスファルトも砕けよとばかりに踏み込んだ剛が、二刀の天魔を振りかぶって突進する。
自らの体格と重装甲も相まった突貫は、並外れた勢いでアルゲディへとぶつかった。
「ほう、開き直ったか」
「自分には、やはりこれが性に合っておりましてねぇ!」
蛮刀でそれを受けたアルゲディが、感心したように呟く。
あっさりと受け止めたように見えたその攻撃はしかし、青年の足元の路面にヒビを刻んでいる。生半可な威力ではない。
肉厚の蛮刀でなければ、あるいは受け切れていなかったかもしれなかった。それを察するが故に、青年は笑う。
「くくく‥‥そうだ。そうでなくては困る」
楽しげに言いながら、アルゲディは不意に右腕を後頭部にかざした。直後、甲高い音が響く。
瞬速縮地で3人の反対側へいち早く回った羽矢子が、細剣を繰り出していたのだ。
「呆れた。後ろに目でもついてんの?」
「否定できないところが怖い! でも、腕は2本しかないのは確認済みだよっ!」
羽矢子同様、回り込んでいた楓が続いて踊りかかる。
「舞え! ハピネス・ラビリンス!!」
Red・Of・Papillonが、主の命を受けて放電する。
至近距離からの電撃は見事にアルゲディの全身を包むが、アルゲディは脚力のみで強引に体を回転させると、はためいたマントが僅かな余韻を残して電磁波を掻き消した。その勢いで、剛と羽矢子もまた振り払われる。
「‥‥どちらが大道芸か、分かったものではありませんなぁ」
「生憎と、多芸でな」
剛の皮肉に皮肉で返す間に、アルゲディは一点を見つめていた。
その先には、やはり迂回して挟撃を狙っていた伊織の姿があった。
「こちらの狙いを敢えて見逃す、と?」
黒刃が唸る。
蛮刀と鬼蛍が、空中で目まぐるしく火花を散らした。互いの剣閃は、最早光の軌跡にしか映らない。
「演出は、多い方が盛り上がるだろう?」
一際鋭い音と共に、2人は鍔迫り合いに移行する。
「程度によるでしょう。――その命、必ず頂戴します」
「やってみろ、イオリ」
申し合わせたように互いに押し合うと、伊織は軽く飛んで間合いを取った。
アルゲディの前後から弾丸が殺到したのは、その時だ。
咲とソード、2人のスナイパーは、やや後方から援護射撃に徹する構えであるようだった。
青年は体を捻ってマントを翻してその尽くを払いのけるも、それで踏み込むタイミングを逃したか、低く笑うのみで攻撃に移る様子は見えない。
「‥‥貴様は、死ぬことを分かっていながら強化人間になったのか?」
間合いを計りながら、トヲイは口を開いた。
「今更の質問だな。単なる駒として死ぬか、ヨリシロとなって死ぬか‥‥。強化人間とは、そういうものだ」
「‥‥あんた、それで納得してるっての?」
あっさりと言ってのけたアルゲディに、羽矢子はどこか不機嫌そうに問いを重ねた。
「人である以上、いずれは死ぬ。それが多少早くなるだけの話だ。引き換えに得る力の代償としては、悪くないと思うがね」
「そんなものが、力ですか‥‥」
「能力者がエミタを埋め込むことと、どれ程の差がある?」
吐き棄てるように言った無月への返答は、その場にいる全員を一瞬だけ絶句させる。
「しかし、我々は少なくとも自分の意思で‥‥!」
「俺も、そうだ」
にたり、と笑ったアルゲディに、剛はしまったと臍を噛む。
「バグアに、強化人間という力に夢の可能性を見た。理由など、他に必要か?」
「悪夢、の間違いでしょう」
伊織はそう切り返す。
「そして、それは今日で終わりです」
「‥‥そうだ。貴様の望み通り、全身全霊を以って応えてやろう!」
トヲイが再び切り込む。
それに合わせるように伊織が踏み込み、シュナイザーと鬼蛍がそれぞれ鉤爪と蛮刀と交錯する。
2人の攻撃が終われば、息もつかせず無月と羽矢子が、その後は剛と楓が、と怒涛のような能力者たちの波状攻撃が始まった。
どうしても生ずる僅かな隙も、咲とソードの弾丸が埋めていく。
激しい攻撃の嵐の中にあって尚、アルゲディは愉快気に笑っていた。
●狂気の果て
幾合目かの打ち合いで大剣と蛮刀が噛み合い、無月は至近からアルゲディと睨み合う。
「‥‥俺にとって貴方は、エミタとの間にいつも現れる邪魔者‥‥」
豪力発現を行っているにもかかわらず、寸毫も押し込めない刃に内心で僅かに驚愕しつつも、彼は続ける。
「1年と半年前‥‥フロリダで初めて会った時も‥‥続いたロスでもね‥‥」
「フロリダは認めよう。ロスも、確かにそうだな」
「だからこそ、貴方はここで終わりです‥‥」
楽しげに答える青年に、無月は一旦大きく剣を叩きつけると間合いを取った。
「フロリダなら、あたしも借りがあるね!」
羽矢子が代わるように跳び込み、細剣が閃く。
迎撃の蛮刀と涼やかな音を響き散らせるその様は、銘であるハミングバードに恥じない優雅な光景だ。
「後悔させてあげるよ、あの時落としておけば、ってね!」
「威勢が良いな」
口元を愉悦に歪めるアルゲディに、羽矢子は思惑が上手くいったことを感じた。
この男は、強い。
その確信故に、彼女は敵の狂気に踏み込む道を選んだ。虎穴に入らずんば虎児を得ず、ということだろう。
思惑通り、青年の動きはギアを上げたように、一段と精度と速度を上げた。
無理をせずに後退する羽矢子と入れ替わりに、剛が撃ち込む。
「ぬぅ!」
二刀の天魔が、さながら鉄塊に斬りつけたような感触を伝えてくる。
それでも押し込もうと力を込めた腕は、逆に押し返され、見る間に蛮刀の刃が剛の目の前へと迫ってきた。
「そこまでなのだ!」
楓の放った電撃が、その苦境から剛を救う。
アルゲディの背中で弾けた電磁波はダメージこそ期待できなかったが、青年の意識をずらすには十分だ。
怖気の走る笑みを顔に貼り付けたまま、男は振り向き様に蛮刀を楓へと叩きつけるように振るう。
鈍い音がして、蛮刀の峰が防御に掲げられた楓の膝に激突した。
「〜っ!?」
声にならない悲鳴を上げて、彼女は慌てて退がる。
(「やっぱり一撃、一撃が重い!!」)
活性化を行っても、体の芯に残る衝撃は容易に消えそうにはなかった。
戦闘の様子を、湖中のHW内で1人の男が観察していた。
アルフレッド=マイヤー。バグアの科学者だ。
「‥‥こりゃ驚いた。アスレード‥‥までは流石にいかないか。でも、並のゾディアックよりは‥‥」
興味深そうに、マイヤーはそう呟く。
「いくらプロトタイプでも、ただの強化人間がねぇ‥‥。実戦経験が長いから、かな」
得られるデータを数値化しながら、白衣の男はうんうんと頷いている。
だが、唐突にその動きをぴたりと止めると、彼は一転して物憂げにため息をついた。
「あー‥‥。言い訳、どうしよ」
羽矢子は少し後悔しそうになり、慌ててその思考を追い出した。
あれから徐々に高ぶっていったアルゲディの狂気は、今やトップギアに入っているようだ。
哄笑して叩きつけられる蛮刀と鉤爪は、受け損なえば腕ごと千切れかねない威力にまでなっている。
(「もう、あたしじゃまともに打ち合えない――でも!」)
敵の全力、その狂気の果てにこそ打倒の鍵がある。そう信じて、羽矢子は細剣を握る手に力を込めた。
今は、伊織とトヲイが連携してアルゲディと切り結んでいる。
シュナイザーが鬼蛍の斬撃を掻い潜って迫り、爪撃が襲う間に刃は翻ってもう一度閃く。それでも、トヲイの連撃を蛮刀で叩き落した青年は、鉤爪で伊織の刃をあろうことか掴み止めた。
「捉えたぞ‥‥」
地面の底から響くような声でそう告げると、アルゲディは下段から蛮刀を振り上げる。
咄嗟に掲げられた伊織のプロテクトシールドがそれを受け止めるが、合金越しに伝わる衝撃は骨の髄まで痺れさせる。
(「この盾でも、長くは保ちませんか‥‥」)
頑丈さが売りのはずの盾が、まるで玩具扱い。
その事実が、伊織の思考を逆に冷静にさせていた。
手首を返して鬼蛍を敵の手から引き抜くと、そのまま側面に流れるように踏み込みながら、斬りつける。
自然、それを受けたアルゲディの意識は側面へも注がれた。それを見逃すトヲイではない。
「たぁっ!」
気合と共に繰り出されたシュナイザーが、先にも増した勢いで迫る。
心臓を狙った突きは鉤爪に迎撃されたものの、気にせずに攻撃を繰り出し続ける。蛮刀を伊織が抑えている今が、畳み掛ける好機と見えたのだ。
火花が舞い、鈍く重い激突音が木霊する。
「チャンス‥‥!」
思わずというように、ソードは快哉の声を上げる。
好機を得ていたのは、彼と咲も同じであった。
トヲイと伊織が左右から攻撃する形になり、更にそれでアルゲディの体が開いたことで、その正面と背後には狙撃におあつらえ向きの隙が生じていたのだ。
「落ち着け‥‥焦らず、正確に」
咲は息を鋭く吐いて、止める。
SMGから貫通弾が撃ち出されたのは、その僅かに後だ。
その弾がアルゲディの背中に着弾するのとほぼ同時に、ソードからの弾丸もその胸部へと叩きつけられた。
血飛沫が舞い、僅かに男の体が揺れる。
次の瞬間、アルゲディは竜巻の如く回転するとトヲイと伊織を弾き飛ばし、その勢いのまま空を裂くように蛮刀を振るった。
「何だ‥‥うわっ!?」
ソードは頬を風が撫でたかと感じた直後、猛烈な衝撃を受けて仰向けに倒れてしまう。
咲も同様で、狙撃の体勢のまま強かに打ち据えられ、腕を地面についてしまっている。
すぐに起き上がったソードだが、肩から首にかけて感じる激痛に、慌ててそこを手で押さえた。
「ソニックブーム‥‥なのか?」
ぬるりとした感触が、出血を告げている。
一撃。それだけでかなりの傷を受けたと理解した瞬間、ソードの背筋にぞくりと冷たいものが走った。
接近戦を挑んでいる者は、この脅威に間近で晒されているのだ。
今はまだ、誰も致命的な打撃は受けていない。だが、仮にあの攻撃をまともに受けてしまったなら。
(「皆、気をつけてくれ!」)
下手に声を上げれば、薄氷のような均衡を崩してしまうかもしれない。
そんな予感が、ソードに声を上げることを躊躇わせていた。
「おおおおおお!」
咆哮と共に、天魔が閃く。
大上段から叩きつけられた一刀が蛮刀を、逆胴の要領で振りぬかんとした一刀が鉤爪をそれぞれに拘束する。
「貰った!」
生じた隙に、羽矢子が目敏く突っ込んでくる。
ハミングバードの切っ先が無防備な脇腹を貫くかに見えた瞬間、アルゲディの脚が跳ね上がった。
膝から先が霞むほどの速度で振りぬかれたつま先が、羽矢子の脇下にめり込む。肩の関節が悲鳴をあげる。
腕の感覚が麻痺して、細剣を取り落としそうになるのを必死にこらえながら、彼女は下半身の踏み込みと腰の捻りで強引に切っ先を押し出す。
ぶつり、という微かな音がして、青年のスーツはじっとりと血に濡れた。
「あぐっ!?」
手応えを喜ぶよりも前に、羽矢子は乱暴に蹴り剥がされる。
衝撃と奇妙な浮遊感が体を突き抜け、吹き飛ばされた彼女が地面と強かに激突する寸前、楓が見事なスライディングキャッチを決めた。
「足癖の悪い奴にはおしおきだじぇ!」
流れるように体勢を立て直すと、楓は数本のアーミーナイフを投擲する。
それは伸びきったアルゲディの左腿に突き立ったが、傷としては浅いように見えた。
だが、それを煩わしげに振り払った青年の意識が一瞬下方に向いたとき、無月が跳ぶ。
察した剛がすかさず身を引いたところで、アルゲディも気づく。が、遅い。
落雷の如き勢いで降り注いだ明鏡止水の刀身が、迎撃の蛮刀をすり抜けて青年の肩口へと叩き下ろされた。
血が飛沫き、地響きと共にアスファルトに両足がめり込む。
「終わりです‥‥」
食い込んだ大剣を更に引き切らんと力を込めた無月は、そこでぞわりと背筋を震わせた。
即座に離れようとするも、今度はこちらが僅かに遅い。
「大技を使うには、まだ早かったようだなァ‥‥」
大剣の柄を握る拳ごと、アルゲディの鉤爪が掴んだ。
無月の手が、みしりと嫌な音を立てる。余りの握力に、腕を引くことさえできない。
そんな状態を嘲笑うように、青年はにたりと口元を歪め、力任せにその腕を振るう。
無月の体はそれだけで軽く浮き上がると、片腕のままパワーボムのようにアスファルトへと叩きつけられた。べきり、と骨がへし折れる鈍い音が響く。
「かはっ‥‥!」
叩きつけられた衝撃で肺から空気が搾り取られ、無月の視界は明滅する。周囲の音がこもったようにぼやけ、鼻腔の奥に鉄錆びた臭いが充満する。
それでも、無月は気力で立ち上がる。アルゲディの追撃を止めるべく咲とソードが銃撃を加えるが、その着弾を一顧だにせず青年は蛮刀を振りぬいた。
「お前の戦い方は、格下相手のそれだな。くく‥‥! それがズレている、というんだ」
「アルゲディぃぃいい!」
鮮血の中倒れ伏した仲間に、トヲイの感情が爆発した。
「次はお前か、トヲイ。‥‥くくく。くひひはははは!」
繰り出されたシュナイザーと鉤爪がぶつかり合い、スパークが弾けたような激しい激突音が連続する。
息もつかせぬ攻防の間にも、アルゲディはけたたましく笑っていた。
●二重星の最期
機械剣ウリエルが、火砲を背負った甲虫キメラから引き抜かれる。
「‥‥なんて戦いだ」
その天使の主、ユーリ・ヴェルトライゼンは既にキメラを見てはいなかった。視線の先には、彼の仲間とアルゲディとの激闘がある。
ユーリは、キメラを防ぐために影で奮闘を続けていた。その成果は、屠ったキメラの数が示している。
だが、目の前で繰り広げられる戦いは、そんな自らの尽力も霞んで見えてしまいそうだった。
遠石一千風もまた、ユーリと同様に戦いを支援していた。
両の手で携えた大鎌を振るってキメラを防ぐ間にも、アルゲディの放った言葉が頭から離れない。
まるで、わざわざ敵意を掻き立てるような物言いに心がざわめいてしまうのだ。
「絶望なんて‥‥!」
してやるものか。そう唇を噛んだ彼女の脳裏に、ふと閃くものがあった。
民衆は結果を求めるといった。
そして、このダムの作戦の結果では不満を持つだろう、と示唆までした。
「不満を抱く‥‥何故?」
「それは‥‥もっと早くしてくれ、ってことだろう」
一千風の呟きに、ユーリが答える。
そう、迅速な解決を人々は求めるのだ。では、それは何故?
「それは、不安だから」
一千風は自問自答する。
早くしなければ、バグアの恐怖が自分達に降りかかるかもしれない。その不安が、不満の元ではないか。
そして、不安が大きければ大きいほど、それが的中したとき、人は――。
「――っ!」
バネ仕掛けのように、一千風は戦場へと向き直った。
肩で息をしながらも、剛の双眸は輝きを失ってはいない。
それでも、自らの体力に限界が近いことを感じていた男は、一気に勝負に出ることを決める。
「吹き荒べ‥‥剛双刃『嵐』!」
二刀の天魔が、まさに嵐の如く唸りを上げた。
烈風さながらに閃く刃は、アルゲディの蛮刀とかみ合ってさながら雷鳴のように轟く。
しかし、真正面からの打ち合いではやはり分が悪い。徐々に切り返され、遂には一刀が腕から弾き飛ばされてしまう。
にやぁと笑った青年に、剛は不敵な笑みを返した。
「まだだ‥‥剛速刃!」
咄嗟にコートに腕を突き入れると、まるでそれを鞘として抜刀するように腕が振りぬかれる。
その軌跡に合わせて、光の筋が走った。
肉の焦げる独特な臭いが一瞬剛の鼻をつき、機械刀が見事に相手の体を焼き切ったことを告げた。
「くくく‥‥! 十分だ、合格点をやろう」
強がりを、と言い返そうとした時、剛は自らの左肩に違和感を覚える。すぐに、鉤爪が突き立てられたのだと悟った。
「おおおお!」
不思議と、痛みは感じない。
剛は敢えて肩に力を入れて、鉤爪を筋肉で絡めとらんと試みる。贅沢を言う気はなかった。1秒でも、コンマ5秒でも敵の動きを阻害できれば。
(「それで十分!」)
肩口に突き刺さった鉤爪が、そのまま骨を掴むように抉りこまれる。
何かが砕ける音がして、左腕には完全に力が入らなくなった。
「後は‥‥お任せしますよぉ‥‥」
寒気が全身を走り、剛は膝から崩れ落ちる。
その肩から鉤爪が抜き取られる、ほんの僅かな空隙をトヲイが突いた。
「幻想、と言ったな」
シュナイザーは、アルゲディの喉元に微かな切り傷をつけた所で、蛮刀によって防がれる。
「恐らく貴様の言う通りなのだろう。――だが、それでも俺はリリアの元へと辿り着く。‥‥例え、待っているのが絶望だとしても」
「再会の果ての絶望と狂気を選ぶ、か。リア王だな、お前は」
冷笑する青年に、トヲイは自嘲したような笑みを返す。
「‥‥故に、今度こそ――貴様を倒す!」
硬質の爪が閃き、蛮刀と激突して煌く。
首筋や心臓といった急所を素早い動きで突くトヲイの連撃は、さしもの強化人間も蛮刀のみでは受けきれない。
体勢を立て直さんとアルゲディは蛮刀を横薙ぎに振り払い、それを掻い潜ったトヲイが男の左脚にシュナイザーを突き立てる。
折からの左脇腹と腿の傷と相まり、ぐらりと青年の体が傾いだ。
「――これで終幕だ。アルドラの元へと送り届けよう‥‥」
そこへ踏み込んだトヲイは、至近距離から心臓を打ち貫くようにシュナイザーを抉りこむ。
必殺と見えたその一撃は、崩れた体勢から腕力のみで振るわれた蛮刀で軌道がずれ、致命打とはならない。逆に、その蛮刀はトヲイの右肩から袈裟切りにその体を引き裂いた。
「往生際、悪いんだよっ!」
羽矢子が一瞬にして間合いを詰め、アルゲディの蛮刀をもつ腕を切り落とさんばかりの勢いで細剣を閃かせる。
飛び込んだ速度と手首の返しの速度とが相乗して、その切っ先は深々と青年の二の腕を抉る。
乾いた銃声が響いたのは、ほぼ同時だ。
「‥‥お前が描いた【終わりの風景】など、実現させはしない」
咲の放った弾丸が、アルゲディの手から蛮刀を弾き飛ばす。
「これでトドメ‥‥のアシスト!」
楓が両手の超機械を起動し、電磁波が激しいスパークを巻き起こした。
その奔流を抜けて、伊織が迫る。
迎撃の鉤爪を彼女がプロテクトシールドで受けた瞬間、それまで幾たびも衝撃に耐え続けた盾が限界を迎えた。
呆気ない音で砕け散った盾の破片の一部がアルゲディの眉間へと飛び、刹那の間その視界を遮る。
「――灼雷、穿」
怜悧な呟きと共に、伊織の放つ燐光はまるで蒼炎のように膨れ上がった。
黒刃が紫電さながらの勢いで突き出され、それは過たずアルゲディの心臓の部分へと突き刺さり、貫通する。
「‥‥こほっ」
同時に、伊織は血塊を吐いた。
見れば、彼女の胸部にも深々と鉤爪が突き立っている。一部は、肺にまで達したのかもしれない。
ずるりと刃を引き抜くと、さしもの伊織も膝をつく。
「終わり、か」
ぽつりとそう呟いたかと思うと、アルゲディはゆっくりと道路の端へと歩き出した。
びしゃ、と液体が地面に落ちる音がする。
伊織の比ではないほどに、アルゲディが喀血していた。心臓を貫かれたのだ。こうして、まだ立っているだけでも信じ難いものだった。
道路の左右に立つコンクリート製の壁に背を預ける青年を、満身創痍の能力者たちが油断なく囲む。
「く‥‥くく‥‥安心しろ。最早、長くはないさ」
その様子に、青年は掠れた声でそう言った。
「持って、数分か‥‥呆気ない、ものだ‥‥」
「あんたの結果が、その姿なの?」
淡々と羽矢子が問う。
男は楽しげにくつくつと笑うと、答えた。
「まぁ‥‥そういうことだ。もっとも、本命は‥‥既に、達成したのだがな」
「どういうことです? ‥‥まさか!」
怪訝そうなソードが、ある可能性に行き当たって驚愕する。
ダムの爆破。仮にそうならば、ここにいる全ての者が危機に陥る。
だが、それは掠れた笑い声で否定された。
「‥‥っは、はは、その想像力は大したものだ。ダムには小細工など、ないさ‥‥。リリア様は、それを望まない、からな」
咲は、その言葉に奥歯を噛み締める。
「リリアの忠犬気取りも、大概にしろ! お前はただ‥‥身勝手なだけだ!」
「ふ‥‥。だが、そのお陰で‥‥俺は‥‥」
「その、リリアに、言い残すことがあれば‥‥聞きましょう」
気を抜けばへたり込みそうになる体を叱咤して、伊織が立ち上がっていた。
「最初で最後の‥‥あの方への我侭だった。‥‥くく、何も、ないさ」
か細くなる声で答えながらアルゲディは笑い、再び喀血する。
それだけで、男の足元には血溜まりが広がった。
「アルゲディ!」
そこへ駆け込んできたのは、一千風とユーリだ。
「貴方は‥‥っ! 貴方は、不安の種を蒔いたのね?」
「イチカ‥‥か。これはいい‥‥死に目だ‥‥」
その問いには応えず、アルゲディはゆっくりと崩れ落ちていく。
既に目も見えてはいないのだろう。その焦点は定かではなかった。
「闇だけが‥‥そうか、これが、死‥‥か。‥‥悪く、ないもの‥‥だ‥‥」
呟くように言い残し、それきり青年は動かなくなる。
トリプル・イーグル、アルゲディは、死んだ。
「‥‥静かに眠れ、アルゲディ‥‥いや、ウィリアム・マクスウェル‥‥」
「さようなら‥‥せめて安らかに‥‥」
楓の応急処置でようやく立ち上がれていたトヲイが、ユーリの肩を借りて起き上がっていた無月が、それぞれに言葉をかける。
と、伊織と一千風が改めてその得物を構え直した。
「悪意の欠片も、残さない」
「ええ‥‥禍根の芽は」
『そーはいかないんだなー、これが』
2人はヨリシロ化を阻止すべく、強化人間の首を刎ねようとしていた。
だが、唐突に響いたその声が一瞬その体を強張らせ、踏み込むタイミングを逃す。あるいは、万全であれば伊織は行動できたかもしれなかったが、その僅かな停滞の内に、周囲が白煙に包まれる。
そして、何かが水面を割る音が響いた。
「げほっ‥‥こ、これは‥‥?」
「煙幕弾、なのか!?」
濃密な白い闇の中で、ソードと咲が呻く。
「ご名答ー。いや、焦った焦った。正規軍でも湖の上に待機させられてたら、どーしよーかと思ってた」
場違いにのん気な声が響く。それがアルフレッド=マイヤーというバグアの科学者だと知る者は、この場にはいない。
「バグア! 回収に来たってわけね、させないっ!」
いち早く、羽矢子が反応する。白煙の中、直感だけで正確な方向を割り出すと、迷わず瞬速縮地で跳び出す。目指すは、ダムの下に駐機してある愛機だ。
「んー、こりゃー早く逃げないとダメか。やれやれ。本当に、厄介な人だ」
気だるげに呟いたマイヤーは、手早くアルゲディの遺体を回収するとHWへと積み込む。
下手に煙幕中で動けば同士討ちの危険もあり、能力者たちは動くに動けなかった。そして、羽矢子が愛機、シュテルンへと辿り着いても、起動してこちらに舞い戻るまでには少なくとも後20秒はかかる。
『そいじゃー、僕ぁこれで。ああ、次にこの人と会うときは、外見は一緒でもきっと凄く別人なんで、よろしくー』
忠告なのか何なのか、それだけを言い残すとHWは一気にマッハ6以上まで加速して離脱していく。
煙幕が晴れると同時に羽矢子のシュテルンも飛来したが、既にそこにアルゲディの遺体は残っていなかった。
「くそっ! 可能性はわかっていたのに‥‥!」
「まあ‥‥気にしすぎちゃ駄目にゃ〜」
咲が悔恨と共に拳を壁に打ち付け、その肩を楓がぽんぽんと叩いた。
「そう言えば、不安の種‥‥だって?」
シュテルンから降りた羽矢子は、素早く頭を切り替えると一千風にそう尋ねた。
少し、気になっていたらしい。
そしてその説明を受けると、なるほど、と羽矢子は頷いた。
「‥‥今後、あたし達がバグアに手こずれば手こずるほど、その種は強く根を張る。ちょっとやそっとじゃ、取り除けないかな」
その言葉に、咲はいつかの邂逅を思い出していた。
「勝利は敗北を引き立てる、逆もまた然り‥‥。最後の希望と、絶望、か」
「何にせよ」
涼やかな金属音が鳴り、ハミングバードが陽光を反射する。
「あたしは、戦う。それが答え。‥‥周りがどうだろうと、バグアが人を踏みつけるなら、戦い続けるさ」
「往生際は悪い方が勝つ! んだじぇ?」
にょほ、と胸を張る楓に、ようやく能力者たちに笑みが戻った。
『――わかりました。詳しいことは、着いてから』
「了解。では、オーバー」
通信を終えたところで、ようやくマイヤーは肩の力を抜いた。
「‥‥怖ー。無表情で、しかも通信越しで、すっごい怖かった」
やれやれ、とため息をつくと、男は特注のコンテナ内の様子を映す。
冷凍保存された親衛隊の遺体は、傷さえ見なければ、まるで生きているかのようだ。
「まぁ、あれだけの忠誠心とか能力とか、代えは利かないしねぇ。‥‥ヨリシロ、か。色々、大変になりそうだね」
愉快な1人笑いをしながら、マイヤーはHWを加速させた。
UPC北中央軍発表
4月13日をもって、ラスベガス及びフーバーダムでの作戦を完了を宣言する。
また、本作戦において敵エース、トリプル・イーグル「アルゲディ」を撃破。
その功績をもって、該当者8名にUPC銅菱勲章を授与する。
以上