タイトル:【S】サルガスマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/11 14:03

●オープニング本文


「本当みたいだね」
「は?」
 北米某所。
 雑然とした研究室で、アルフレッド=マイヤーは唐突に呟いた。
 助手のブリジット=イーデンが、作業を止めて怪訝な声を上げる。
「弐番艦、まだ帰ってこないって話」
「ああ、確かアフリカのギガワームと刺し違えた‥‥とか」
 先日の北アフリカでの戦闘で、ユニヴァースナイト弐番艦は大きな戦果と引き換えに並みならぬ損傷を負っていた。
 北米への帰還は、早くても8月と見込まれている。
 それはバグアも把握していることだが、北米バグア軍でもトリプル・イーグルが2人落ちるなど戦力低下が著しく、戦況は均衡している状態だ。
 もっとも、それを補うべくシェアト(gz0325)が投入されたのだが、司令官であるリリア・ベルナール(gz0203)との折り合いはお世辞にも良いとは言えず、その影響は今のところ局地的なものに過ぎなかった。
「それが、何か?」
 マイヤーの考えが読めず、ブリジットは首を傾げる。
「んー、弐番艦がいる時は手が出しづらかったんだけど、今ならテストできそうな気がしてるんだ」
「テスト‥‥ですか」
 返答は、やや物騒なものだった。
 現在、彼らが抱えている研究成果のうち、試験が必要なものは限られている。
「アクラブは放っといたっていいんだけど、サルガスはそーもいかないからね。実戦で調整するのが一番だよ」
「‥‥アンタレスを使って、ですか」
 ご明察、と言わんばかりに男は笑った。
 ブリジットは少しだけ息をつき、作業を再開する。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか」
「どーぞ」
「何故あんな能力を?」
 意味のある答えは返ってこないだろう、とはわかっていても、彼女は問わずにいられなかった。
 キメラの調整を手伝ううちに、ブリジットはある結論に達していた。
 あの能力さえなければ、燃費に問題を抱えることはなかったのだ。
 そしてそんなリスクを負ってまで付与された能力は、贔屓目に見ても実用的とは言い難いのだ。
「その方が、面白そうでしょ?」
 案の定の返答に、彼女は沈痛な面持ちで額に手を当てるしかなかった。



 サソリが海を泳いでいる。
 そんな情報がロサンゼルスのUPCに届いたのは、つい先ほどだ。
「海にサソリ‥‥? キメラにしては、妙だな」
 報告を受けた将校は少しだけ首を傾げるが、すぐに軍人の表情を取り戻す。
「どこに向かっている」
「針路が変わらなければ、サンディエゴの海岸だと思われます」
「よし、近辺の哨戒部隊を海岸沿いに待機させろ。波打ち際で撃滅する」
 伝令の兵士はその指令を復唱すると、敬礼を残して駆け去っていく。
 それを見送ると、将校は背後へと振り返った。
「――と、言うわけだ。君らも協力してくれると助かる。追加で報酬は出そう」
 そこには、ラストホープからやってきた能力者たちが控えていた。
 サンディエゴの偵察兼キメラ掃討という依頼を終えて、丁度ここに報告のために訪れていたのである。
「一応、偵察からの情報をまとめた資料がある。引き受けてもらえるなら、それを読んだ上で外の装甲車まで来てくれ」
 では、と言い残して、将校はその場を辞す。
 能力者たちはお互いに顔を見合わせると、やれやれと苦笑しながら資料へと手を伸ばした。

●参加者一覧

守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
鬼非鬼 ふー(gb3760
14歳・♀・JG
月城 紗夜(gb6417
19歳・♀・HD
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
ネオ・グランデ(gc2626
24歳・♂・PN
イレイズ・バークライド(gc4038
24歳・♂・GD
エメルト・ヴェンツェル(gc4185
25歳・♂・DF

●リプレイ本文

●海からサソリ
 サンディエゴの浜辺に向かっているというそのキメラは、大小2種のサソリだという。
「ウミサソリ‥‥というやつか?」
「かもしれないわね」
 イレイズ・バークライド(gc4038)が怪訝な表情で、太古の海に生きたという生物の名を挙げる。
 その声に応じたのは鬼非鬼 ふー(gb3760)だが、その声音にはどちらかといえば呆れ、あるいは嘲弄の色が見えた。
「それを復活させようというのなら、作ったヤツは骨の髄まで、サソリ愛に溢れているのでしょうね」
「嫌な愛だな」
 くつくつと笑うふーに、月城 紗夜(gb6417)もまた笑う。
「それにしても、どこから泳いできたんですかね」
 ぽつりと疑問を呟いたのはエメルト・ヴェンツェル(gc4185)だ。
 キメラが無から沸いて出た、などという御伽噺があるはずがない。
「さて。常識で考えれば、潜水艦のような母艦から放出したか‥‥」
「あるいは、海底に基地があるか」
 ネオ・グランデ(gc2626)と守原有希(ga8582)が、可能性を述べる。
 後者の可能性は極めて低いのだが、制海権が不透明である以上――特に、KVの到達できない深々度はバグアの領域だ――否定することもできなかった。
「も、目的は何なのでしょう‥‥」
 良く分からない敵が、良く分からない場所から侵攻中である。
 それは御鑑 藍(gc1485)にとっても、多少の不安を覚える事態だ。
 せめて目的がわかれば、少なくとも、この得体の知れない戦闘に説明をつけることはできる。
「意図が掴みづらいねぇ‥‥なぜわざわざサソリを泳がした」
 うーん、とファタ・モルガナ(gc0598)が唸る。
 釣られて他の者も考え込むが、その黙考を破ったのもまたファタであった。
「――んーーヤメた! メンドクセェ! そういうのは、頭いい人に任す!」
「‥‥それがいいかも知れんな」
 肩の力を抜くように、イレイズが息をつく。
 そんな彼をズビシと指差しながら、ファタは息巻いた。
「分かってるのは1つ! 海を泳ぐサソリ‥‥シュールすぎる。修正が必要だ」
「まぁ、これも慈善事業ね。海岸を汚すゴミをお掃除しましょう」
 ニヤリとしたふーが大口径ガトリング砲を取り出すのと、装甲車がブレーキをかけるのとは、ほぼ同時だった。


 素早く浜辺に展開した能力者たちは、その視界に今回の目標を捉える。
 総計で凡そ60匹ほどのサソリが、UPCのフリゲート艦によって追い立てられるように波打ち際に姿を現していた。
 それらを左右から囲むように、能力者たちは二手に分かれる。
「モルガナの、タイミングを合わせるわよ」
「合点!」
 ふーがガトリングを構えると、僅かに遅れてファタも銃口をキメラ群へと向ける。
 直後、爆炎の如きマズルフラッシュが瞬き、KVでもいるのかと錯覚するほどの弾幕がキメラへと降り注ぐ。
 サソリの周囲に着弾し続ける弾丸は、砂浜をスポンジか何かのように穿ち、砂の散弾を周囲にばら撒く。赤い光が方々で生じてダメージこそ与えてはいないが、キメラの動きは確実に妨害されていた。
「やることが派手だねェ」
「制圧射撃、か。群れには効果絶大だな」
 軽く口笛を吹くネオに、イレイズが苦笑して肩を竦めた。
「我からも、ついでにおまけを進呈だ」
 その脇で、紗夜が超機械「ザフィエル」を起動する。同時に、青白いスパークが手近な大サソリへと飛んだ。
(「‥‥効果なし、か?」) 
 影響を見極めんと紗夜は目を細めるが、大サソリ自体に変わった様子は見えない。
 別段、強化されているというわけでもないようだ。
「キメラそのものに、何かある‥‥」
「戦ってみなければ分からんさ。――あちらさん、もう動いてるぜ」
 イレイズが示した先では、有希がスコールを構えてキメラの群れに突撃していた。
 その後にぴったりと藍が追随し、エメルトもまた大剣を携えて駆け出している。
 負けじと、3人はそれぞれの得物を手にキメラへと疾駆した。

●不明
 はっきり言ってしまえば、キメラの戦闘能力自体は実にお粗末なものだった。
 小型のものはキメラと言えるかすらも怪しい。手応えからみれば、一般の兵士でも十分に倒せるだろうと思われた。
 それと比べれば、やや大型のもう1種はかなり強化されていたようだったが、それでも能力者にかかれば危なげもなく駆逐できる程度なのだ。
「ウジャウジャと沸いて来やがって」
 個々が余りにも弱すぎる事実が、その数と相まってネオを若干イラつかせていた。
 こんなキメラに、何の意味があるというのだろうか。いや、意味は本当にあるのだろうか。
 純白の爪が翻るたびに、小型のサソリは紙を裂くように分割されていく。
「もう少し頑張って欲しいとこだな」
 ネオの心中を見透かしたように、イレイズがため息混じりにそう言った。
 その傍らには、袈裟切りにされた大型のサソリが倒れている。
 戦闘自体は、敵の弱さもあって至極順調だ。既に、半数は片付いただろうか。
 もっとも、数だけは多い敵がこれだけ封殺されているのは、ふーとファタの制圧射撃によるところが大きいことも事実だった。
「遅か! 何本足つけよいとか!?」
 ファタの射撃から漏れた敵を、有希の蝉時雨が両断する。
 その刀身についたサソリの体液を振り払いながら、彼もやはり疑念を感じていた。
(「何が目的なんだ‥‥?」)
 このキメラの製作者に、有希は心当たりがある。
 もう1年以上前だが、妙なバグアの科学者と遭遇したことがあるのだ。
「あ、あの、守原さん」
 そこへ、藍が少々困惑したように話しかけてきた。
 何事かと有希が視線を送ると、彼女は何かを恐る恐るつまんで差し出す。見れば、それはキメラの尻尾のようだ。
「これが何か?」
「その、毒があるかと思って気をつけてたんですけど‥‥持ってないみたいなんです」
 そう言って、藍は機械爪「ラサータ」の先端でちょんちょんと切り口をつつく。
 毒を有していれば、切断面からは当然それが滴るはずなのだが、その様子はなかった。
「針も、と、尖っているだけで、注射みたいにはなってないんです」
「‥‥」
 毒があるなら、もしや、と有希は考えていたことがあった。
 撃破されることを前提に、土壌や水などを汚染することが目的では、という仮説だ。
 あるいは、サソリの体液自体がその役割を果たすのかもしれない。
 だが、現状で自身にも周囲の様子にも何も異変が生じていない以上、例えそれが事実としても即効性のものではないはずだ。
 つまり、現時点で確かめる術はない。
「‥‥今は、キメラの駆逐に専念しましょう」
「は、はい」
 少しだけ考えてから、有希は自分にも言い聞かせるようにそう告げる。
 残った敵は、多くはない。
 全てを片付けてからでも、考える時間は十分に残っているはずだ。
(「そう、思いたいがな」)
 ペイント弾でマーキングされたサソリの最後の1匹を、紗夜が拾い上げる。
「後顧の憂いを断つ‥‥つもりだったのだがな」
 やれやれ、と彼女は疲れたように首を振った。
 敢えて数匹を泳がすことで何か目的がわかるのではと考え、ペイント弾を使用してそれらの動きを追ったまでは良かったのだ。
 しかし、分かったことは「脇目も振らず直進すること」のみ。
 その先に何があるかといえば、何もない。サンディエゴの旧市街地だ。
 しかも、その辺りの野良キメラはかなり前にUPCによって駆逐されており、今更入り込めたところで何ができるというわけでもない。
「‥‥まぁ、サンプルが手に入っただけ、よしとするか」
 深く考えるのはよそう、と彼女はUPCから借り受けた鉄製の籠――即席で整備班が作ったらしい――にサソリを放り込む。
 籠の中でサソリがハサミを振り上げるが、鉄を両断するどころか自身のハサミが折れそうな程に弱々しい。
 この予想外の脆弱さのせいで、最後でようやく成功したのだ。それも、手で掴んでやっとである。
 無論竜の鱗で強化はしてあったのだが、今にして思えばそれすら必要だったかどうか。
 やれやれと紗夜が浜辺を振り返ると、キメラの残りは20を切っているようだった。
 ラストスパートとばかりに、能力者たちは攻撃の手を強める。
「ほらほら最後だ! 弾丸の雨をばら撒く! 無様に踊りたくなけりゃ、私の前に立つんじゃないよ!」
 ガトリングの反動で、長くなった金髪をたなびかせながらファタが叫ぶ。
 ブリットストーム。
 広範囲にばら撒かれる弾丸は、威力こそ低下するが、今回のようなザコの群れには極めて効果的だ。
 まとめて弾け飛んだのは、6匹か7匹か。健気にも数匹が生き残るが、ふーの弾丸と有希の刃が、藍の爪とエメルトの大剣がそれぞれに屠っていく。
「残りは、アレか」
「とっとと片付けよう」
 ネオとイレイズが最後の群れに飛び込んでいく。
 戦闘終了まで、それから20秒にも満たなかった。

●違和感は消えず
「小さい方が、まだ可愛げがあるな」
 浜辺を歩きながら、イレイズはそんなことを呟いて死骸の1つを摘み上げる。
 が、その瞬間にぼろっと胴体が崩れ落ち、彼は小さくため息をつく。
 能力者たちは今、サンプルとして回収するために、状態の良いものを手分けして探している最中だった。
「それに比べ、こっちは‥‥」
「ぐ、グロテスクですよね‥‥」
 手をはたきながらちらりと脇を見て肩を竦めるイレイズに、藍が多少びくつきながら話しかける。
 戦っているときは気にならなかったが、巨大なサソリというのは、まじまじと眺めるようなものではないと気づいてしまったのだ。
 特に、撃破されてバラバラになった絵となれば尚のこと。流れ出る体液がアクセントを添えている。
「ったく、厄介なもん作りやがって‥‥」
 ネオも呆れたように額に手を当てていた。
 敵が弱いのは歓迎すべきことなのかもしれないが、数が多ければ鬱陶しい。
 目的を察するためにサンプルを得ようにも、弱すぎて原型を留めているものが少なすぎるとなれば、厄介、といいたくなる気持ちも分からないではない。
「そういえば‥‥」
 エメルトが何かを思い出したように、足元のサソリを拾い上げる。
「何か分かったかぃ?」
 近くにいたファタがとてとてと近づいてくるのを見て、元軍人という彼は淡々と答えた。
「いえ、サソリって食べると案外美味しいんですよ。軍にいた頃、非常食とかで食べました」
「‥‥へぇ」
 う、とファタの歩が止まる。
 その会話が聞こえていたらしく、ふーがさもおかしそうに笑った。
「てことは、こいつら、蟹か海老の仲間なのかしら?」
「ああ、確かに海老の唐揚みたいな味でした。試してみますか?」
 恐らく、本気で提案しているのだろうエメルトの言に、ふーは少しだけ考えるふりをした。
 そのリアクションに焦ったのはファタだ。
「え? マジ? 冗談でしょ?」
「‥‥くくっ、止めとくよ。本物ならともかく、こいつらにゃ何が混じってるかわかったもんじゃない」
 そこまでの覚悟はない。笑いをかみ殺してそう答える少女に、確かに、と元軍人は真面目に頷いた。
 対照的に、ファタはどっと疲れたように頭を垂れながら、うんざりしたように呟く。
「‥‥まったく酔狂な変人が多いね。キメラ作る連中は」
 彼女の足元には、ぴくりとも動かないサソリの死骸があった。 
 それをつんつんと突付いていると、UPC部隊と報告しに行っていた有希と紗夜が戻ってきた。
「さっき回収できた分は渡してきた。‥‥ま、ないよりはマシだろう」
 多少憮然とした表情ながら、紗夜が言う。
 どうやら、反応は芳しくなかったらしい。軍にしてみれば、生け捕りは想定外だったと見える。持て余されたのだろうか。
「この辺の砂浜や海についてですが、簡単な検査ではありますが、異常はないそうです」
 次いで、有希がそう報告する。
 詳しい検査は後日行うが、環境汚染の心配もどうやらなさそうだという。
 また、エメルトが心配していた、この攻撃が陽動では、ということについても問題はなかったようである。
「で、毒もなかった、と」
「見た限りでは‥‥ですけど」
 ふーの問いに、藍が頷いた。
「人体実験できれば一番早いのだけれど」
 ぼそり、とふーが恐ろしいことを零す。
 示し合わせたように、7人は明後日の方向を向いた。聞かなかったことにするつもりだ。
「結局、目的は分からずじまいか」
「数だけいて強くもない、毒もない、行く当てもない‥‥ただの嫌がらせか?」
 イレイズのため息交じりの言葉に、ネオがやはり呆れたように応じる。
「‥‥嫌がらせ、か‥‥そうであればいいのだが‥‥」
 適切な表現にも思える、その言葉どおりであって欲しい。
 そうは願いつつも、イレイズは奇妙な胸騒ぎを抑えることはできなかった。



 北米某所。
「よろしかったのですか?」
 ブリジット=イーデンが、そう問いかけた。
「大丈夫さ。何も分かりゃしないよ」
 のんびりと答えたのは、アルフレッド=マイヤーだ。
 何か一仕事を終えたような顔をして、軟体生物の如くソファーに伸びている。
「アクラブとサルガスは、それだけじゃ単なるサソリキメラさ。大事なのは」
 そこで言葉を区切ると、男は視線を研究室の奥に向ける。
 視線の先にはキメラ調整用の水槽があり、その中にはサルガスよりも更に巨大なサソリキメラの姿があった。
「アンタレスだよ。極論すればね」
「それはわかりますが‥‥」
 言い淀むブリジットを宥めるように、マイヤーは続ける。
「耐水試験も、アンタレスによる遠隔指示も完璧だった。アクラブとサルガスの予備は十分過ぎるほどあるし、後は計画の実行だけ。それまでに向こうがアクラブを調べたって、何も分からないことが分かるだけさ」
「いえ、ですから」
 白衣の女は、首を振った。
「何も分からないことすら、分からせる必要はありませんでした」
 その言葉にマイヤーは一瞬きょとんとし、すぐにけらけらと笑い出す。
 アンタレスと呼ばれたキメラが、ごぼりと気泡を上げた。