●リプレイ本文
●海からサソリ
サンディエゴの浜辺に向かっているというそのキメラは、大小2種のサソリだという。
「ウミサソリ‥‥というやつか?」
「かもしれないわね」
イレイズ・バークライド(
gc4038)が怪訝な表情で、太古の海に生きたという生物の名を挙げる。
その声に応じたのは鬼非鬼 ふー(
gb3760)だが、その声音にはどちらかといえば呆れ、あるいは嘲弄の色が見えた。
「それを復活させようというのなら、作ったヤツは骨の髄まで、サソリ愛に溢れているのでしょうね」
「嫌な愛だな」
くつくつと笑うふーに、月城 紗夜(
gb6417)もまた笑う。
「それにしても、どこから泳いできたんですかね」
ぽつりと疑問を呟いたのはエメルト・ヴェンツェル(
gc4185)だ。
キメラが無から沸いて出た、などという御伽噺があるはずがない。
「さて。常識で考えれば、潜水艦のような母艦から放出したか‥‥」
「あるいは、海底に基地があるか」
ネオ・グランデ(
gc2626)と守原有希(
ga8582)が、可能性を述べる。
後者の可能性は極めて低いのだが、制海権が不透明である以上――特に、KVの到達できない深々度はバグアの領域だ――否定することもできなかった。
「も、目的は何なのでしょう‥‥」
良く分からない敵が、良く分からない場所から侵攻中である。
それは御鑑 藍(
gc1485)にとっても、多少の不安を覚える事態だ。
せめて目的がわかれば、少なくとも、この得体の知れない戦闘に説明をつけることはできる。
「意図が掴みづらいねぇ‥‥なぜわざわざサソリを泳がした」
うーん、とファタ・モルガナ(
gc0598)が唸る。
釣られて他の者も考え込むが、その黙考を破ったのもまたファタであった。
「――んーーヤメた! メンドクセェ! そういうのは、頭いい人に任す!」
「‥‥それがいいかも知れんな」
肩の力を抜くように、イレイズが息をつく。
そんな彼をズビシと指差しながら、ファタは息巻いた。
「分かってるのは1つ! 海を泳ぐサソリ‥‥シュールすぎる。修正が必要だ」
「まぁ、これも慈善事業ね。海岸を汚すゴミをお掃除しましょう」
ニヤリとしたふーが大口径ガトリング砲を取り出すのと、装甲車がブレーキをかけるのとは、ほぼ同時だった。
素早く浜辺に展開した能力者たちは、その視界に今回の目標を捉える。
総計で凡そ60匹ほどのサソリが、UPCのフリゲート艦によって追い立てられるように波打ち際に姿を現していた。
それらを左右から囲むように、能力者たちは二手に分かれる。
「モルガナの、タイミングを合わせるわよ」
「合点!」
ふーがガトリングを構えると、僅かに遅れてファタも銃口をキメラ群へと向ける。
直後、爆炎の如きマズルフラッシュが瞬き、KVでもいるのかと錯覚するほどの弾幕がキメラへと降り注ぐ。
サソリの周囲に着弾し続ける弾丸は、砂浜をスポンジか何かのように穿ち、砂の散弾を周囲にばら撒く。赤い光が方々で生じてダメージこそ与えてはいないが、キメラの動きは確実に妨害されていた。
「やることが派手だねェ」
「制圧射撃、か。群れには効果絶大だな」
軽く口笛を吹くネオに、イレイズが苦笑して肩を竦めた。
「我からも、ついでにおまけを進呈だ」
その脇で、紗夜が超機械「ザフィエル」を起動する。同時に、青白いスパークが手近な大サソリへと飛んだ。
(「‥‥効果なし、か?」)
影響を見極めんと紗夜は目を細めるが、大サソリ自体に変わった様子は見えない。
別段、強化されているというわけでもないようだ。
「キメラそのものに、何かある‥‥」
「戦ってみなければ分からんさ。――あちらさん、もう動いてるぜ」
イレイズが示した先では、有希がスコールを構えてキメラの群れに突撃していた。
その後にぴったりと藍が追随し、エメルトもまた大剣を携えて駆け出している。
負けじと、3人はそれぞれの得物を手にキメラへと疾駆した。
●不明
はっきり言ってしまえば、キメラの戦闘能力自体は実にお粗末なものだった。
小型のものはキメラと言えるかすらも怪しい。手応えからみれば、一般の兵士でも十分に倒せるだろうと思われた。
それと比べれば、やや大型のもう1種はかなり強化されていたようだったが、それでも能力者にかかれば危なげもなく駆逐できる程度なのだ。
「ウジャウジャと沸いて来やがって」
個々が余りにも弱すぎる事実が、その数と相まってネオを若干イラつかせていた。
こんなキメラに、何の意味があるというのだろうか。いや、意味は本当にあるのだろうか。
純白の爪が翻るたびに、小型のサソリは紙を裂くように分割されていく。
「もう少し頑張って欲しいとこだな」
ネオの心中を見透かしたように、イレイズがため息混じりにそう言った。
その傍らには、袈裟切りにされた大型のサソリが倒れている。
戦闘自体は、敵の弱さもあって至極順調だ。既に、半数は片付いただろうか。
もっとも、数だけは多い敵がこれだけ封殺されているのは、ふーとファタの制圧射撃によるところが大きいことも事実だった。
「遅か! 何本足つけよいとか!?」
ファタの射撃から漏れた敵を、有希の蝉時雨が両断する。
その刀身についたサソリの体液を振り払いながら、彼もやはり疑念を感じていた。
(「何が目的なんだ‥‥?」)
このキメラの製作者に、有希は心当たりがある。
もう1年以上前だが、妙なバグアの科学者と遭遇したことがあるのだ。
「あ、あの、守原さん」
そこへ、藍が少々困惑したように話しかけてきた。
何事かと有希が視線を送ると、彼女は何かを恐る恐るつまんで差し出す。見れば、それはキメラの尻尾のようだ。
「これが何か?」
「その、毒があるかと思って気をつけてたんですけど‥‥持ってないみたいなんです」
そう言って、藍は機械爪「ラサータ」の先端でちょんちょんと切り口をつつく。
毒を有していれば、切断面からは当然それが滴るはずなのだが、その様子はなかった。
「針も、と、尖っているだけで、注射みたいにはなってないんです」
「‥‥」
毒があるなら、もしや、と有希は考えていたことがあった。
撃破されることを前提に、土壌や水などを汚染することが目的では、という仮説だ。
あるいは、サソリの体液自体がその役割を果たすのかもしれない。
だが、現状で自身にも周囲の様子にも何も異変が生じていない以上、例えそれが事実としても即効性のものではないはずだ。
つまり、現時点で確かめる術はない。
「‥‥今は、キメラの駆逐に専念しましょう」
「は、はい」
少しだけ考えてから、有希は自分にも言い聞かせるようにそう告げる。
残った敵は、多くはない。
全てを片付けてからでも、考える時間は十分に残っているはずだ。
(「そう、思いたいがな」)
ペイント弾でマーキングされたサソリの最後の1匹を、紗夜が拾い上げる。
「後顧の憂いを断つ‥‥つもりだったのだがな」
やれやれ、と彼女は疲れたように首を振った。
敢えて数匹を泳がすことで何か目的がわかるのではと考え、ペイント弾を使用してそれらの動きを追ったまでは良かったのだ。
しかし、分かったことは「脇目も振らず直進すること」のみ。
その先に何があるかといえば、何もない。サンディエゴの旧市街地だ。
しかも、その辺りの野良キメラはかなり前にUPCによって駆逐されており、今更入り込めたところで何ができるというわけでもない。
「‥‥まぁ、サンプルが手に入っただけ、よしとするか」
深く考えるのはよそう、と彼女はUPCから借り受けた鉄製の籠――即席で整備班が作ったらしい――にサソリを放り込む。
籠の中でサソリがハサミを振り上げるが、鉄を両断するどころか自身のハサミが折れそうな程に弱々しい。
この予想外の脆弱さのせいで、最後でようやく成功したのだ。それも、手で掴んでやっとである。
無論竜の鱗で強化はしてあったのだが、今にして思えばそれすら必要だったかどうか。
やれやれと紗夜が浜辺を振り返ると、キメラの残りは20を切っているようだった。
ラストスパートとばかりに、能力者たちは攻撃の手を強める。
「ほらほら最後だ! 弾丸の雨をばら撒く! 無様に踊りたくなけりゃ、私の前に立つんじゃないよ!」
ガトリングの反動で、長くなった金髪をたなびかせながらファタが叫ぶ。
ブリットストーム。
広範囲にばら撒かれる弾丸は、威力こそ低下するが、今回のようなザコの群れには極めて効果的だ。
まとめて弾け飛んだのは、6匹か7匹か。健気にも数匹が生き残るが、ふーの弾丸と有希の刃が、藍の爪とエメルトの大剣がそれぞれに屠っていく。
「残りは、アレか」
「とっとと片付けよう」
ネオとイレイズが最後の群れに飛び込んでいく。
戦闘終了まで、それから20秒にも満たなかった。
●違和感は消えず
「小さい方が、まだ可愛げがあるな」
浜辺を歩きながら、イレイズはそんなことを呟いて死骸の1つを摘み上げる。
が、その瞬間にぼろっと胴体が崩れ落ち、彼は小さくため息をつく。
能力者たちは今、サンプルとして回収するために、状態の良いものを手分けして探している最中だった。
「それに比べ、こっちは‥‥」
「ぐ、グロテスクですよね‥‥」
手をはたきながらちらりと脇を見て肩を竦めるイレイズに、藍が多少びくつきながら話しかける。
戦っているときは気にならなかったが、巨大なサソリというのは、まじまじと眺めるようなものではないと気づいてしまったのだ。
特に、撃破されてバラバラになった絵となれば尚のこと。流れ出る体液がアクセントを添えている。
「ったく、厄介なもん作りやがって‥‥」
ネオも呆れたように額に手を当てていた。
敵が弱いのは歓迎すべきことなのかもしれないが、数が多ければ鬱陶しい。
目的を察するためにサンプルを得ようにも、弱すぎて原型を留めているものが少なすぎるとなれば、厄介、といいたくなる気持ちも分からないではない。
「そういえば‥‥」
エメルトが何かを思い出したように、足元のサソリを拾い上げる。
「何か分かったかぃ?」
近くにいたファタがとてとてと近づいてくるのを見て、元軍人という彼は淡々と答えた。
「いえ、サソリって食べると案外美味しいんですよ。軍にいた頃、非常食とかで食べました」
「‥‥へぇ」
う、とファタの歩が止まる。
その会話が聞こえていたらしく、ふーがさもおかしそうに笑った。
「てことは、こいつら、蟹か海老の仲間なのかしら?」
「ああ、確かに海老の唐揚みたいな味でした。試してみますか?」
恐らく、本気で提案しているのだろうエメルトの言に、ふーは少しだけ考えるふりをした。
そのリアクションに焦ったのはファタだ。
「え? マジ? 冗談でしょ?」
「‥‥くくっ、止めとくよ。本物ならともかく、こいつらにゃ何が混じってるかわかったもんじゃない」
そこまでの覚悟はない。笑いをかみ殺してそう答える少女に、確かに、と元軍人は真面目に頷いた。
対照的に、ファタはどっと疲れたように頭を垂れながら、うんざりしたように呟く。
「‥‥まったく酔狂な変人が多いね。キメラ作る連中は」
彼女の足元には、ぴくりとも動かないサソリの死骸があった。
それをつんつんと突付いていると、UPC部隊と報告しに行っていた有希と紗夜が戻ってきた。
「さっき回収できた分は渡してきた。‥‥ま、ないよりはマシだろう」
多少憮然とした表情ながら、紗夜が言う。
どうやら、反応は芳しくなかったらしい。軍にしてみれば、生け捕りは想定外だったと見える。持て余されたのだろうか。
「この辺の砂浜や海についてですが、簡単な検査ではありますが、異常はないそうです」
次いで、有希がそう報告する。
詳しい検査は後日行うが、環境汚染の心配もどうやらなさそうだという。
また、エメルトが心配していた、この攻撃が陽動では、ということについても問題はなかったようである。
「で、毒もなかった、と」
「見た限りでは‥‥ですけど」
ふーの問いに、藍が頷いた。
「人体実験できれば一番早いのだけれど」
ぼそり、とふーが恐ろしいことを零す。
示し合わせたように、7人は明後日の方向を向いた。聞かなかったことにするつもりだ。
「結局、目的は分からずじまいか」
「数だけいて強くもない、毒もない、行く当てもない‥‥ただの嫌がらせか?」
イレイズのため息交じりの言葉に、ネオがやはり呆れたように応じる。
「‥‥嫌がらせ、か‥‥そうであればいいのだが‥‥」
適切な表現にも思える、その言葉どおりであって欲しい。
そうは願いつつも、イレイズは奇妙な胸騒ぎを抑えることはできなかった。
北米某所。
「よろしかったのですか?」
ブリジット=イーデンが、そう問いかけた。
「大丈夫さ。何も分かりゃしないよ」
のんびりと答えたのは、アルフレッド=マイヤーだ。
何か一仕事を終えたような顔をして、軟体生物の如くソファーに伸びている。
「アクラブとサルガスは、それだけじゃ単なるサソリキメラさ。大事なのは」
そこで言葉を区切ると、男は視線を研究室の奥に向ける。
視線の先にはキメラ調整用の水槽があり、その中にはサルガスよりも更に巨大なサソリキメラの姿があった。
「アンタレスだよ。極論すればね」
「それはわかりますが‥‥」
言い淀むブリジットを宥めるように、マイヤーは続ける。
「耐水試験も、アンタレスによる遠隔指示も完璧だった。アクラブとサルガスの予備は十分過ぎるほどあるし、後は計画の実行だけ。それまでに向こうがアクラブを調べたって、何も分からないことが分かるだけさ」
「いえ、ですから」
白衣の女は、首を振った。
「何も分からないことすら、分からせる必要はありませんでした」
その言葉にマイヤーは一瞬きょとんとし、すぐにけらけらと笑い出す。
アンタレスと呼ばれたキメラが、ごぼりと気泡を上げた。