●リプレイ本文
●ヒーロー?
「あそこで戦ってるのって、もしかして最近噂のエルシャイダーにクリソツの謎のヒーロー?」
明神坂 アリス(
gc6119)が驚いたように声を上げた。
戦場では、既に先客が戦端を開いていたのだ。なお、エルシャイダーとは一部で人気沸騰中のゲームで、同名の主人公は一番良い装備で全てを救うのだという。
「おおっ、この荒んだ時勢にリアルヒーローを気取る傾奇者の噂は本当だった!」
何かの特派員さながらの口調で、ファタ・モルガナ(
gc0598)が実況を始める。
傾奇者という人種には彼女も入っていそうだが、それはともかく二人のいうとおり、先客は噂の「ヒーロー」と見て間違いないかもしれない。
その姿は、日本の特撮でいうところのライダーにそっくりだ。
「か‥‥かっこいいですっ!」
感激したようにメイプル・プラティナム(
gb1539)は目を輝かせた。
ヒーローは少女の趣味にストライクの外見らしい。良い趣味をしている。
「ふむ、心躍る美しい姿だな」
鐘依 飛鳥(
gb5018)も感じるところがあったのか、うむうむと頷く。少年の頃の思い出が甦るのだろうか。
同様に童心を思い出したか、北柴 航三郎(
ga4410)も面映ゆそうな様子だ。
(‥‥正義のヒーローだァ?)
先客に対して概ね好意的な面々の内で、アレックス(
gb3735)は一人忸怩たる感慨の中にいた。
ヒーロー。その言葉のもつ意味と自身の過去を重ね合わせると、どうしても暗い感情を抑えきれない。
「‥‥顔に出てるよ。なんてね」
そういいながら、アレックスの肩をファタが軽く叩く。
彼女なりの気遣いなのだろう。それを察したアレックスは目で礼をすると、パイドロスを身に纏った。
いずれにせよ、今はキメラを叩くべき時だ。
風羽・シン(
ga8190)はいち早く駆け出している。そのやや後ろに、フェリア(
ga9011)も続いていた。
(変身ヒーロー‥‥ねぇ? ま、そいつなりの矜持ってのもあるんだろうが)
小太刀を抜きながら、シンは醒めた目でヒーローを観察する。
徒手空拳で泥人形を相手取っているらしい彼は、戦い慣れはしているように見えた。
ならば、とシンは素早くショットガン20を取り出し、放つ。
飛び出した散弾がヒーローの脇に回ろうとしていた泥人形の腕を粉砕し、ほぼ同時にヒーローの視線が能力者たちを捉える。
「よォ、ヒーローさんよ。俺達も混ぜろよ」
直後、アレックスが竜の翼で一気に切り込んできた。
その腕のガトリングガンが轟音と共に弾丸をばら撒き、様子を伺うように上空に飛び上がっていたハーピーの翼を食い破る。
「とぅ! 正義の味方殿、助太刀に来ましたぞ! なぁに、お代はサインで結構!」
フェリアも、小さい体に見合わぬ巨大な国士無双を振るい、ヒーローの背後から迫った泥人形を叩き割った。
それらを契機に、他の能力者たちも次々と戦闘に加わってくる。
「空を飛んでる奴は任せろー!」
アレックスに負けじと、ファタが大口径ガトリングを上空へぶっ放す。
「ジャバウォック、着装!」
駆けながらバハムートを纏ったアリスが、装輪走行しながらSMGで甲虫を牽制する。
「ハンサム仮面だ。加勢するぞ、紅姫!」
飛鳥は愛刀の名前を叫び、甲虫の群れに突貫する。
そんなノリの良い仲間にメイプルは少しだけ呆気に取られるが、気を取り直すようにリンドヴルムを身につけた。
「と、とにかく援護します。一緒に戦いましょう! 行くよ、ライディカイザー!」
一転して慌ただしくなった戦場で、ヒーローは少しだけ能力者たちを見つめると、改めて拳を構え、目前の泥人形の顔面を打ち抜いた。
「まとめてですいません!」
その時、航三郎の拡張練成強化が行われた。
能力者たちの得物がそれぞれに強化され、淡い光を持つ。
「‥‥あれ?」
ふと、航三郎は首を傾げる。
ヒーローの武器は、恐らくナックル系だろう。ならば、拳が光るはずだ。しかし、その様子は伺えなかった。
(乱戦だし、見えなかっただけかな?)
そう自らを納得させると、彼はシャドウオーブをハーピーへと放つ。黒色のエネルギー弾がキメラの胴体に炸裂し、地面へと引きずり落とした。
●羨望と疑惑
アリスとメイプルが、羨望の入り交じった視線をヒーローに向けていた。
「変身? ができるなら、必殺技とか使えたりするのかな?」
「どうでしょう。‥‥見た感じ、AU−KVじゃないみたいですね。何かの試作品とかでしょうか」
甲虫は数こそ多かったが、固いだけで強敵ではない。自然、生まれた余裕は興味の対象へと向かっていた。
「さて、な」
飛鳥は甲虫を捌きつつも、少女たちほどには純粋にヒーローを見られないでいた。
SES兵器特有の排気音が、ヒーローからは聞こえてきていない。
(タイヤが見当たらないってことは、AU−KVってわけじゃなさそうだが‥‥つか、それ以前にSESらしいパーツが付いてない、か?)
同様の疑問は、シンも抱くところだった。
泥人形を適当にいなしながら、ヒーローを観察する。
(あの拳の速さと鋭さ。‥‥なぁんかグラップラーやペネトレーターというよりも‥‥あの人に近い、ような?)
身のこなしからフェリアがヒーローに重ねあわせたのは、かつて刃を交えた強化人間の姿だった。
理由は、少女自身にもよくわからない。既視感、あるいは直感とでもいうべきものだ。
「例えスピードで負けたとしても、パワーでだけは負けませんとです!」
能力者ではないのかもしれない。
そんな疑念ごと切り払うように、フェリアは国士無双を振り下ろす。
残る泥人形は僅かだ。ハーピーも、アレックスとファタの弾幕の前に為す術がない。
「秒針を廻せ、舞台を逆すばに世界を逆すばにぃぃ!」
ヒャッハー! とファタが大口径ガトリングをばらまき続けている。
「一人弾幕ここにあり! ウィズ隊長さん! 廻せ廻せ廻せぇぇぇ!!」
文字通り嵐のような弾丸の渦に、アレックスもガトリングを合わせている。
だが、その目は冷静にヒーローを捉えていた。
(‥‥あのパワードスーツ、未来科学研究所とは別のルートで作られたモノか?)
ヒーローの纏うスーツには、妙な違和感がある。それが何に起因するものかは、まだ分からないが。
考える間にもハーピーが減っていく。いっそ哀れになるほどだ。
「いきますよ! リボ‥‥機械剣!」
布斬逆刃の手応えから知覚が有効と判断したメイプルは、イアリスからリボルケイン、もとい機械剣へと持ち替えていた。
物理には強い甲虫の甲殻も、濃縮レーザーの前には単なる板切れと同義だ。
それを見た飛鳥も攻撃のメインを音撃、いや機械棒「音戯」へと転換する。
二人の知覚攻撃で次々と駆逐されていく中、残った甲虫二体は生存本能に任せて逃走を図った。
「おっと、逃がしませんよ」
少し後ろから戦場を俯瞰していた航三郎が、呆気無くその意図を挫く。
黒色のエネルギー弾が羽を広げたキメラの眼前で弾け、泡を食ったようにひっくり返り足をバタバタと動かす。
「てりゃあっ!」
仰向けの甲虫へアリスは一気に駆け寄ると、AU−KV全体にスパークを巻き起こし、勢い良く蛇剋を突き出した。
竜の咆哮。
一体が土煙を上げて弾き飛ばされ、偶然かどうか、二挺のガトリングの弾幕の真っ只中に飛び込んだ。
「‥‥うへぇ」
残った一体にも蛇剋を突き刺しつつ、アリスは思わず声を上げる。オーバーキルもいいところであった。
そして、ヒーローと相対していた泥人形が最後に残る。
「――ライダーキック」
その時、ぼそりと声がしたかと思うとヒーローの右足が赤く輝き、恐ろしい勢いで振り抜かれた。
単なる上段回し蹴りの形だが、威力はそれまでとは段違いだ。
一瞬で肩口から頭部を吹き飛ばされた泥人形は、身じろぐ暇さえ与えられずに崩れ落ちた。
「うう‥‥かっこいいですっ!」
いわゆる必殺技であろう攻撃による決着。
お約束ともいえる展開に、メイプルの目が再び輝いた。
「僕もああいうのやってみたい‥‥! あ、そ、そうだ! サインくださいっ!」
アリスも拳を握り締めながら感慨に浸っていたが、思い出したように色紙を取り出し、ヒーローへと駆け寄っていく。
ふしぎな事に、今回は数名が色紙を複数持ち合わせていたらしい。
フェリアもその一人だ。
「後生です、後生ですからサイン色紙をォォ! 用意した十枚‥‥いやさ、せめて一枚! 一枚だけでいいから!」
急に脚にしがみついてきた少女に、ヒーローは明らかに狼狽していた。
そこへアリスも加わると、彼は困ったように軽く頭を振り、被っていたヘルメットに手をかける。
「‥‥おんやぁ? あっさり顔を晒すね?」
意外だ、というようにファタが呟く。
どさくさにまぎれて何かを聞き出そうと考えていた彼女だったが、小細工が必要ないとは思っていなかったようだ。
「‥‥助太刀の代金はサイン、だったな」
涼やかな声が、ヘルメットの下から零れた。
ため息のような音を立ててヘルメットとスーツの接合が解除され、ヒーローの素顔が現れる。
年の頃は、二十五・六といったところだろうか。
赤に近い茶髪はラフに刈り込まれ、身長と体格と相まって美丈夫といっていい容貌だ。
「流石に、本物は余裕がある」
(‥‥本物?)
男の言葉に、アレックスは眉をひそめた。
物腰自体は柔らかく、フェリアやアリスに向けられた視線は穏やかなものだ。
だが、その声音には僅かな棘があった。
恐らく、この場ではアレックスが最も感じ取れるだろう棘は、自身の立つ場所に対する、複雑な想い。
「サインついでに、名前も聞かせてくれ。あと、所属と目的だな」
へらりと飛鳥が声を掛けた。
その問いに、若干の沈黙が続く。しくじったか、と飛鳥が心中で嘆息した時、返答があった。
「‥‥チャールズ。チャーリーでも、チャックでもいい」
「チャールズ、さん?」
メイプルが確認するように口に出す。
「さん、はいらな――君は?」
ふと少女に視線を向けたチャールズは、一瞬だけ表情を強ばらせた。
しかしそう見えたのもほんの刹那で、すぐに穏やかな笑みに戻る。その様子に気づけたのはシンとアレックスのみだ。
「あ、わ、私はメイプル、メイプル・プラティナムです!」
「私はフェリアですぞ!」
「明神坂アリス! カンパネラのドラグーンです!」
「ファタ・モルガナー。自分にゃ聞いてないって? がっでむ!」
メイプルに続き、一気に自己紹介ラッシュが始まる。
勢いのいい女性陣に釣られるように、男四人も自分の名前を告げた。
「――で、所属と目的は?」
一段落したところで、シンが煙草に火をつけつつ確認する。
チャールズは、少しだけ肩を落とした。何かを諦めたような、そんな表情だ。
「いずれ、本物の能力者に会う日が来るとは思っていた。‥‥察しのとおり、俺はULTにもUPCにも所属していない」
「本物の? じゃあ、あなたは?」
僅かに驚きの色を見せながら、航三郎が問う。
「俺はバスタード‥‥まがいものだ」
●まがいもの
「まがいもの‥‥。つまり、チャールズ殿は能力者ではない、と?」
フェリアの声に、男は頷く。
「で、でも、キメラと戦えてたじゃん!?」
思わず大きな声を上げたのはアリスだ。
能力者でなければ、キメラと戦えるはずがない。
「ドクターは、アーマーシステムといっていた。一般人でもキメラと戦える技術だ、と」
「‥‥そのスーツ、ドクターって人が作ったんですか?」
「ああ。名前はいえないが、エミタ適正なしでも戦える術を研究している人だ」
メイプルの問いに、チャールズが答えた。
「納得しました。軍の物にしては趣味的だなって。私は好きですけどね?」
「確かに、このデザインはドクターの趣味だそうだ。この姿を、ドクターは『ライダー』とも呼んでいる」
「そりゃまた」
趣味的だ、と飛鳥が笑った。
と、和みかけた雰囲気を、アレックスの声音が再び引き締める。
「目的、聞こうか。ヒーローさん?」
返答は、ない。
「聞き方を変えようか。これからも、一人で戦うつもりかね?」
飛鳥の問いに返ってきたのは、やはり無言。
やれやれと飛鳥は頭をかくと、もう一度口を開く。
「君の決心も、その鎧を纏う理由も俺はしらん。だが‥‥ヒーローのような孤高の強さというのは、すぐに限界が来るぞ」
諭すような口調だったが、反応は芳しくない。
チャールズは、青い瞳を虚空へと向けたまま黙っている。
「あの、私、子供の頃からヒーローに憧れてたんです」
ぽつりとメイプルが話し始めた。
「単に特撮とか好きなのもあるんですけど、あんな風に人を守れる存在になりたいなって」
だから、と少女は続ける。
「貴方もそうだったりするのかなーって‥‥」
えへへ、と少女ははにかんだ。
メイプルが照れたようにチャールズへ向ける視線は、純粋な憧れだ。
「――違う!」
唐突に、悲痛な叫びが男の喉からほとばしった。
掻き毟るように顔に当てられた左手が頬に喰い込み、朱の線が引かれる。
「俺は‥‥俺はヒーローなんかじゃない‥‥! 人を守れる存在などでは‥‥!」
チャールズの急変に、八人は戸惑うばかりだ。
男はぶつぶつと何かを呟きながら、足をひきずるようにして能力者たちに背を向ける。
慌てて後を追おうとしたアリスの肩に、ファタの手が置かれる。
「え? で、でも追わないと!」
「まだ深入りする時じゃないよ。‥‥多分」
「まぁ、また会う機会もあるでしょう。一応、録画はしておきましたし」
航三郎がそういって、自らの携帯電話を示した。中々、如才ない。
と、エンジン音が響いた。
見れば、やや離れた岩場の影から、バイクに乗ったチャールズが姿を現すところだった。その姿は、見る見る小さくなっていく。
「‥‥チャールズ」
その背を、アレックスの目が追っていた。何かを考えるような、そんな目だ。
ファタは隊長の様子に気づくと、ことさら気楽な声を上げる。
「しかし、ふしぎな事が起こった、にしちゃあ随分な幕切れだね」
「‥‥や、そういう『ふしぎな事』じゃありませんって」
呆れたように、メイプルが突っ込む。
ようやく穏やかな空気が戻る中、飛鳥は一人考え込んでいた。
「どうしました?」
フェリアが、そんな男を気遣うように声をかける。
「おお、いや、また会う時にどういう登場をしたものかとな」
「むむ! それは重要ですな!」
とっさに誤魔化した飛鳥の言葉を素直に受け取り、フェリアは色々とポーズを取り始めた。
そんな少女に苦笑しつつ、男はチャールズの去った方向を見やる。
(ライダーの鉄板設定は、『悪の組織に改造された戦士』。‥‥まさか、な)
悪い想像を打ち消すように、飛鳥は首を振る。
「バスタード、ライダー。‥‥Bライダー、か」
シンはそう呟き、虚空へ紫煙を吐き出した。
荒野の中、チャールズはバイクに背を預けて空を仰いでいた。
「‥‥トリス」
男の小さな声は、砂塵とともに消えていった。