タイトル:正義のヒーロー!マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/27 07:09

●オープニング本文


『変身‥‥!』
 ありがちな掛け声と共に、奴は姿を変貌させた。
 それは、パワードスーツとフルフェイスのマスクを被った、日本のある特撮ヒーローに似ていた。
 奴は、圧倒的な力で周囲のキメラをなぎ倒すと、何も言わずにバイクに乗って去っていった。

 UPCの偵察部隊が全滅の危機に瀕し、辛うじて助かった兵士はそう語ったという。
 その証言を裏付けるように、現場には無数のキメラの死骸が横たわっていた。無論、偵察部隊に能力者はいないし、生き残った兵士もエミタに適合していない。
 結論として、それはどこかの能力者――ヒーロー気取りの――によるものだ、とされた。
 これは地方の新聞の小さな記事となり、休憩中のメアリー=フィオール(gz0089)の目に留まった
「‥‥ドラグーンか、あるいはビーストマン、か?」
 その変身とやらが覚醒であるなら、そのどちらかだろう、と彼女は記事を読んで推測する。
 まぁ、手品の類の早着替えならクラスで限定はないのだろうが、そんな労力を払ってヒーローを気取るならば、名乗らないということはないだろう。
「物好きもいるものだ」
 メアリーはそう呟くと、新聞を畳んで休憩を終える。
 あるいは、ずいぶんと殊勝な能力者なのかもしれない、そう思いながら。

 ある寂れた町の、寂れた喫茶店に一人の男が入っていった。
「いらっしゃ‥‥おや、おかえり」
 店のマスターは男の顔を見ると、微笑んでコーヒーメーカーに近寄る。
「いつものでいいかい?」
「ああ‥‥」
 ぶ然と答えた男は、しばらくして出されたやけに濃いコーヒーを一口すすり、苦いとぼやいた。
「無事に倒せたようだね」
「ああ」
「感想は?」
「‥‥悪くない」
 何かを確かめるように、男は左拳を握りしめる。
「そうか。でも、忘れてはいけないよ、チャールズ・グロブナー君。君は、決してキメラ以外と戦ってはいけない」
「‥‥ああ、分かっているさ、ドクター・マイヤー」
「能力者でない君がキメラと戦えるのは、本来ありえないんだ。僕のアーマーシステムの恩恵でしかない。そして、そのアーマーシステムも、キメラに対してしか効果を発揮しない。‥‥理由は、現在解明中だけど」
 半ば苦笑するようにいいながら、マイヤーと呼ばれた店のマスターは自分にもコーヒーを入れ、あまりの苦さに顔をしかめた。
 と、その時何かの発信音のようなものが鳴る。
 それは、チャールズ・グロブナーと呼ばれた男の腕時計から鳴っていた。
「現れたか」
「キメラ探知機、正常に働いているようだね」
「ああ。行ってくる」
 チャールズはおもむろに立ち上がり、店の入口へ向かっていく。
 その途中でふと立ち止まると、彼は振り向きざまに、少しだけ冗談めかせて笑った。
「次は、もう少しまともなコーヒーを頼む」
「あはは。行ってらっしゃい、チャーリー」
 けらけらとマイヤーは笑い、男を見送ると、自身も店のキッチンへと入っていく。
 そこの冷蔵庫を開くと、そこには食材などは一切無く、階段が地下へと続いていた。
 その先は、どうやら研究室になっているらしい。
「名演技ですね」
「やぁ」
 研究室には、ブリジット=イーデンがいた。
 彼女は、少しだけ呆れているように見える。
「手はずどおり?」
「ええ。発振器付きのキメラを放ちました」
「ふふふ、喫茶店のマスターとは仮の姿‥‥その正体はバグアの科学者、アルフレッド=マイヤーだったのさ!」
「誰に仰っているのです?」
 唐突にポーズを決めたマイヤーに、ブリジットは冷たい視線を送った。
 それをさらりと受け流し、マイヤーはいつもの白衣に袖を通す。
「それにしても、彼はいい素材だね」
「はあ」
「何より、その性格がいい。根っこはお人好しなのに、ぶっきらぼうな一匹狼を装ってる」
 不器用な人なのですね、という感想は心中に秘め、ブリジットはモニターを見つめる。
「彼は、ヒーローになりたかったのでしょうか」
「どうかな? 案外、劣等感の裏返しだったりして」
「‥‥そう、でしょうか」
 チャールズ・グロブナー。
 父は、アルバート・グロブナー。UPC北中央軍所属の大佐であり、最終的にフーバーダムを陥落させた指揮官として一時期持て囃されていたこともある。
 能力者ではないが、老練で卓越した指揮官として一定以上の戦果を上げている、いわば歴戦の勇者だ。
 その息子であるチャールズは、将来を嘱望された空軍パイロットであったが、エミタ発見以前のバグアとの戦闘で目を負傷し、退役。その後はエミタの適性もなく、単なる一般人として鬱々とした日々を送っていたのだという。
「それにしても、グロブナーねぇ」
「‥‥何か?」
「欧米じゃ、割と有名な一族だよ。グロブナー財閥。金持ちなのに、優秀な人材が多い一族ってね」
 金持ちだから、なんだろうにねぇ、というマイヤーの言葉は聞きながら、ブリジットははたと思い至る。
「そういえば、ダムで動いていたラストホープ以外の能力者集団も‥‥」
「ああ、プレアデスだっけ? そういえば、そうだね。こりゃー劣等感説は現実的かな」
 ふふんと鼻を鳴らし、マイヤーはご機嫌に何かのデータをコンソールに打ち込んでいく。
 そんな男に、ブリジットは問うた。
「ひとまずそれは置きますが‥‥なぜ、普通の強化人間にしなかったのです? 能力者相手ではなく、キメラ限定など」
「彼に限っては改造人間といってほしいねェ! Bライダー、チャールズ・グロブナーは改造人間である!」
「び、Bライダー‥‥? また、何か日本のアニメを見たのですか?」
「ノー! 特撮だよ! と、く、さ、つ!」
「‥‥あの、まさか、キメラ以外とは戦えない、というのは」
「嘘に決まってるじゃないか。彼はただの強化、おっと、改造人間さ。洗脳がバレたら困るでしょ? 強化人間相手ならまだしも、うっかりヨリシロと対峙したら、頭がぽぽぽぽーんとなっちゃうよ。もったいない」
 それにね、とマイヤーは晴れやかな笑顔を浮かべる。
「本人は正義の味方をやってるつもりなのさ。だったら、その意志は汲んであげないと、ね?」
「‥‥時々、とても怖いことを仰りますね」
「そうかい?」
 マイヤーはけらけらと笑いながら、再びコンソールとのにらめっこを始めた。
(お遊びで人生を狂わされた男‥‥か)
 その姿を視界の端に収めつつ、ブリジットは深いため息をついた。



 その頃、キメラ掃討の依頼を受けたラストホープの能力者たちが現場に到着していた。
 だが、どうにも様子がおかしい。見れば、既に誰かが戦闘を開始しているのだ。
 UPCにしては戦闘規模が小さい。というよりも、キメラと戦闘を繰り広げているのは、明らかに個人だった。
「噂の、変身ヒーローか?」
 能力者の一人が呟く。
 ともあれ、放置して良いはずもない。キメラは多数だ。
 疑問をとりあえず先送りにし、能力者たちは加勢に走った。

●参加者一覧

北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
フェリア(ga9011
10歳・♀・AA
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
鐘依 飛鳥(gb5018
26歳・♂・FT
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST

●リプレイ本文

●ヒーロー? 
「あそこで戦ってるのって、もしかして最近噂のエルシャイダーにクリソツの謎のヒーロー?」
 明神坂 アリス(gc6119)が驚いたように声を上げた。
 戦場では、既に先客が戦端を開いていたのだ。なお、エルシャイダーとは一部で人気沸騰中のゲームで、同名の主人公は一番良い装備で全てを救うのだという。 
「おおっ、この荒んだ時勢にリアルヒーローを気取る傾奇者の噂は本当だった!」
 何かの特派員さながらの口調で、ファタ・モルガナ(gc0598)が実況を始める。
 傾奇者という人種には彼女も入っていそうだが、それはともかく二人のいうとおり、先客は噂の「ヒーロー」と見て間違いないかもしれない。
 その姿は、日本の特撮でいうところのライダーにそっくりだ。
「か‥‥かっこいいですっ!」
 感激したようにメイプル・プラティナム(gb1539)は目を輝かせた。
 ヒーローは少女の趣味にストライクの外見らしい。良い趣味をしている。
「ふむ、心躍る美しい姿だな」
 鐘依 飛鳥(gb5018)も感じるところがあったのか、うむうむと頷く。少年の頃の思い出が甦るのだろうか。
 同様に童心を思い出したか、北柴 航三郎(ga4410)も面映ゆそうな様子だ。
(‥‥正義のヒーローだァ?)
 先客に対して概ね好意的な面々の内で、アレックス(gb3735)は一人忸怩たる感慨の中にいた。
 ヒーロー。その言葉のもつ意味と自身の過去を重ね合わせると、どうしても暗い感情を抑えきれない。
「‥‥顔に出てるよ。なんてね」
 そういいながら、アレックスの肩をファタが軽く叩く。
 彼女なりの気遣いなのだろう。それを察したアレックスは目で礼をすると、パイドロスを身に纏った。
 いずれにせよ、今はキメラを叩くべき時だ。
 風羽・シン(ga8190)はいち早く駆け出している。そのやや後ろに、フェリア(ga9011)も続いていた。
(変身ヒーロー‥‥ねぇ? ま、そいつなりの矜持ってのもあるんだろうが)
 小太刀を抜きながら、シンは醒めた目でヒーローを観察する。
 徒手空拳で泥人形を相手取っているらしい彼は、戦い慣れはしているように見えた。
 ならば、とシンは素早くショットガン20を取り出し、放つ。
 飛び出した散弾がヒーローの脇に回ろうとしていた泥人形の腕を粉砕し、ほぼ同時にヒーローの視線が能力者たちを捉える。
「よォ、ヒーローさんよ。俺達も混ぜろよ」
 直後、アレックスが竜の翼で一気に切り込んできた。
 その腕のガトリングガンが轟音と共に弾丸をばら撒き、様子を伺うように上空に飛び上がっていたハーピーの翼を食い破る。
「とぅ! 正義の味方殿、助太刀に来ましたぞ! なぁに、お代はサインで結構!」
 フェリアも、小さい体に見合わぬ巨大な国士無双を振るい、ヒーローの背後から迫った泥人形を叩き割った。
 それらを契機に、他の能力者たちも次々と戦闘に加わってくる。
「空を飛んでる奴は任せろー!」
 アレックスに負けじと、ファタが大口径ガトリングを上空へぶっ放す。
「ジャバウォック、着装!」
 駆けながらバハムートを纏ったアリスが、装輪走行しながらSMGで甲虫を牽制する。
「ハンサム仮面だ。加勢するぞ、紅姫!」
 飛鳥は愛刀の名前を叫び、甲虫の群れに突貫する。
 そんなノリの良い仲間にメイプルは少しだけ呆気に取られるが、気を取り直すようにリンドヴルムを身につけた。
「と、とにかく援護します。一緒に戦いましょう! 行くよ、ライディカイザー!」
 一転して慌ただしくなった戦場で、ヒーローは少しだけ能力者たちを見つめると、改めて拳を構え、目前の泥人形の顔面を打ち抜いた。
「まとめてですいません!」
 その時、航三郎の拡張練成強化が行われた。
 能力者たちの得物がそれぞれに強化され、淡い光を持つ。
「‥‥あれ?」
 ふと、航三郎は首を傾げる。
 ヒーローの武器は、恐らくナックル系だろう。ならば、拳が光るはずだ。しかし、その様子は伺えなかった。
(乱戦だし、見えなかっただけかな?)
 そう自らを納得させると、彼はシャドウオーブをハーピーへと放つ。黒色のエネルギー弾がキメラの胴体に炸裂し、地面へと引きずり落とした。

●羨望と疑惑
 アリスとメイプルが、羨望の入り交じった視線をヒーローに向けていた。
「変身? ができるなら、必殺技とか使えたりするのかな?」
「どうでしょう。‥‥見た感じ、AU−KVじゃないみたいですね。何かの試作品とかでしょうか」
 甲虫は数こそ多かったが、固いだけで強敵ではない。自然、生まれた余裕は興味の対象へと向かっていた。
「さて、な」
 飛鳥は甲虫を捌きつつも、少女たちほどには純粋にヒーローを見られないでいた。
 SES兵器特有の排気音が、ヒーローからは聞こえてきていない。
(タイヤが見当たらないってことは、AU−KVってわけじゃなさそうだが‥‥つか、それ以前にSESらしいパーツが付いてない、か?)
 同様の疑問は、シンも抱くところだった。
 泥人形を適当にいなしながら、ヒーローを観察する。
(あの拳の速さと鋭さ。‥‥なぁんかグラップラーやペネトレーターというよりも‥‥あの人に近い、ような?)
 身のこなしからフェリアがヒーローに重ねあわせたのは、かつて刃を交えた強化人間の姿だった。
 理由は、少女自身にもよくわからない。既視感、あるいは直感とでもいうべきものだ。
「例えスピードで負けたとしても、パワーでだけは負けませんとです!」
 能力者ではないのかもしれない。
 そんな疑念ごと切り払うように、フェリアは国士無双を振り下ろす。
 残る泥人形は僅かだ。ハーピーも、アレックスとファタの弾幕の前に為す術がない。
「秒針を廻せ、舞台を逆すばに世界を逆すばにぃぃ!」
 ヒャッハー! とファタが大口径ガトリングをばらまき続けている。
「一人弾幕ここにあり! ウィズ隊長さん! 廻せ廻せ廻せぇぇぇ!!」
 文字通り嵐のような弾丸の渦に、アレックスもガトリングを合わせている。
 だが、その目は冷静にヒーローを捉えていた。
(‥‥あのパワードスーツ、未来科学研究所とは別のルートで作られたモノか?)
 ヒーローの纏うスーツには、妙な違和感がある。それが何に起因するものかは、まだ分からないが。
 考える間にもハーピーが減っていく。いっそ哀れになるほどだ。
「いきますよ! リボ‥‥機械剣!」
 布斬逆刃の手応えから知覚が有効と判断したメイプルは、イアリスからリボルケイン、もとい機械剣へと持ち替えていた。
 物理には強い甲虫の甲殻も、濃縮レーザーの前には単なる板切れと同義だ。
 それを見た飛鳥も攻撃のメインを音撃、いや機械棒「音戯」へと転換する。
 二人の知覚攻撃で次々と駆逐されていく中、残った甲虫二体は生存本能に任せて逃走を図った。
「おっと、逃がしませんよ」
 少し後ろから戦場を俯瞰していた航三郎が、呆気無くその意図を挫く。
 黒色のエネルギー弾が羽を広げたキメラの眼前で弾け、泡を食ったようにひっくり返り足をバタバタと動かす。
「てりゃあっ!」
 仰向けの甲虫へアリスは一気に駆け寄ると、AU−KV全体にスパークを巻き起こし、勢い良く蛇剋を突き出した。
 竜の咆哮。
 一体が土煙を上げて弾き飛ばされ、偶然かどうか、二挺のガトリングの弾幕の真っ只中に飛び込んだ。
「‥‥うへぇ」
 残った一体にも蛇剋を突き刺しつつ、アリスは思わず声を上げる。オーバーキルもいいところであった。
 そして、ヒーローと相対していた泥人形が最後に残る。
「――ライダーキック」
 その時、ぼそりと声がしたかと思うとヒーローの右足が赤く輝き、恐ろしい勢いで振り抜かれた。
 単なる上段回し蹴りの形だが、威力はそれまでとは段違いだ。
 一瞬で肩口から頭部を吹き飛ばされた泥人形は、身じろぐ暇さえ与えられずに崩れ落ちた。

「うう‥‥かっこいいですっ!」
 いわゆる必殺技であろう攻撃による決着。
 お約束ともいえる展開に、メイプルの目が再び輝いた。
「僕もああいうのやってみたい‥‥! あ、そ、そうだ! サインくださいっ!」
 アリスも拳を握り締めながら感慨に浸っていたが、思い出したように色紙を取り出し、ヒーローへと駆け寄っていく。
 ふしぎな事に、今回は数名が色紙を複数持ち合わせていたらしい。
 フェリアもその一人だ。
「後生です、後生ですからサイン色紙をォォ! 用意した十枚‥‥いやさ、せめて一枚! 一枚だけでいいから!」
 急に脚にしがみついてきた少女に、ヒーローは明らかに狼狽していた。
 そこへアリスも加わると、彼は困ったように軽く頭を振り、被っていたヘルメットに手をかける。
「‥‥おんやぁ? あっさり顔を晒すね?」
 意外だ、というようにファタが呟く。
 どさくさにまぎれて何かを聞き出そうと考えていた彼女だったが、小細工が必要ないとは思っていなかったようだ。
「‥‥助太刀の代金はサイン、だったな」
 涼やかな声が、ヘルメットの下から零れた。
 ため息のような音を立ててヘルメットとスーツの接合が解除され、ヒーローの素顔が現れる。
 年の頃は、二十五・六といったところだろうか。
 赤に近い茶髪はラフに刈り込まれ、身長と体格と相まって美丈夫といっていい容貌だ。
「流石に、本物は余裕がある」
(‥‥本物?)
 男の言葉に、アレックスは眉をひそめた。
 物腰自体は柔らかく、フェリアやアリスに向けられた視線は穏やかなものだ。
 だが、その声音には僅かな棘があった。
 恐らく、この場ではアレックスが最も感じ取れるだろう棘は、自身の立つ場所に対する、複雑な想い。
「サインついでに、名前も聞かせてくれ。あと、所属と目的だな」
 へらりと飛鳥が声を掛けた。
 その問いに、若干の沈黙が続く。しくじったか、と飛鳥が心中で嘆息した時、返答があった。
「‥‥チャールズ。チャーリーでも、チャックでもいい」
「チャールズ、さん?」
 メイプルが確認するように口に出す。
「さん、はいらな――君は?」
 ふと少女に視線を向けたチャールズは、一瞬だけ表情を強ばらせた。
 しかしそう見えたのもほんの刹那で、すぐに穏やかな笑みに戻る。その様子に気づけたのはシンとアレックスのみだ。
「あ、わ、私はメイプル、メイプル・プラティナムです!」
「私はフェリアですぞ!」
「明神坂アリス! カンパネラのドラグーンです!」
「ファタ・モルガナー。自分にゃ聞いてないって? がっでむ!」
 メイプルに続き、一気に自己紹介ラッシュが始まる。
 勢いのいい女性陣に釣られるように、男四人も自分の名前を告げた。
「――で、所属と目的は?」
 一段落したところで、シンが煙草に火をつけつつ確認する。
 チャールズは、少しだけ肩を落とした。何かを諦めたような、そんな表情だ。
「いずれ、本物の能力者に会う日が来るとは思っていた。‥‥察しのとおり、俺はULTにもUPCにも所属していない」
「本物の? じゃあ、あなたは?」
 僅かに驚きの色を見せながら、航三郎が問う。
「俺はバスタード‥‥まがいものだ」

●まがいもの
「まがいもの‥‥。つまり、チャールズ殿は能力者ではない、と?」
 フェリアの声に、男は頷く。
「で、でも、キメラと戦えてたじゃん!?」
 思わず大きな声を上げたのはアリスだ。
 能力者でなければ、キメラと戦えるはずがない。
「ドクターは、アーマーシステムといっていた。一般人でもキメラと戦える技術だ、と」
「‥‥そのスーツ、ドクターって人が作ったんですか?」
「ああ。名前はいえないが、エミタ適正なしでも戦える術を研究している人だ」
 メイプルの問いに、チャールズが答えた。
「納得しました。軍の物にしては趣味的だなって。私は好きですけどね?」
「確かに、このデザインはドクターの趣味だそうだ。この姿を、ドクターは『ライダー』とも呼んでいる」
「そりゃまた」
 趣味的だ、と飛鳥が笑った。
 と、和みかけた雰囲気を、アレックスの声音が再び引き締める。
「目的、聞こうか。ヒーローさん?」
 返答は、ない。
「聞き方を変えようか。これからも、一人で戦うつもりかね?」
 飛鳥の問いに返ってきたのは、やはり無言。
 やれやれと飛鳥は頭をかくと、もう一度口を開く。
「君の決心も、その鎧を纏う理由も俺はしらん。だが‥‥ヒーローのような孤高の強さというのは、すぐに限界が来るぞ」
 諭すような口調だったが、反応は芳しくない。
 チャールズは、青い瞳を虚空へと向けたまま黙っている。
「あの、私、子供の頃からヒーローに憧れてたんです」
 ぽつりとメイプルが話し始めた。
「単に特撮とか好きなのもあるんですけど、あんな風に人を守れる存在になりたいなって」
 だから、と少女は続ける。
「貴方もそうだったりするのかなーって‥‥」
 えへへ、と少女ははにかんだ。
 メイプルが照れたようにチャールズへ向ける視線は、純粋な憧れだ。
「――違う!」
 唐突に、悲痛な叫びが男の喉からほとばしった。
 掻き毟るように顔に当てられた左手が頬に喰い込み、朱の線が引かれる。
「俺は‥‥俺はヒーローなんかじゃない‥‥! 人を守れる存在などでは‥‥!」
 チャールズの急変に、八人は戸惑うばかりだ。
 男はぶつぶつと何かを呟きながら、足をひきずるようにして能力者たちに背を向ける。
 慌てて後を追おうとしたアリスの肩に、ファタの手が置かれる。
「え? で、でも追わないと!」
「まだ深入りする時じゃないよ。‥‥多分」
「まぁ、また会う機会もあるでしょう。一応、録画はしておきましたし」
 航三郎がそういって、自らの携帯電話を示した。中々、如才ない。
 と、エンジン音が響いた。
 見れば、やや離れた岩場の影から、バイクに乗ったチャールズが姿を現すところだった。その姿は、見る見る小さくなっていく。
「‥‥チャールズ」
 その背を、アレックスの目が追っていた。何かを考えるような、そんな目だ。
 ファタは隊長の様子に気づくと、ことさら気楽な声を上げる。
「しかし、ふしぎな事が起こった、にしちゃあ随分な幕切れだね」
「‥‥や、そういう『ふしぎな事』じゃありませんって」
 呆れたように、メイプルが突っ込む。
 ようやく穏やかな空気が戻る中、飛鳥は一人考え込んでいた。
「どうしました?」
 フェリアが、そんな男を気遣うように声をかける。
「おお、いや、また会う時にどういう登場をしたものかとな」
「むむ! それは重要ですな!」
 とっさに誤魔化した飛鳥の言葉を素直に受け取り、フェリアは色々とポーズを取り始めた。
 そんな少女に苦笑しつつ、男はチャールズの去った方向を見やる。
(ライダーの鉄板設定は、『悪の組織に改造された戦士』。‥‥まさか、な)
 悪い想像を打ち消すように、飛鳥は首を振る。
「バスタード、ライダー。‥‥Bライダー、か」
 シンはそう呟き、虚空へ紫煙を吐き出した。



 荒野の中、チャールズはバイクに背を預けて空を仰いでいた。
「‥‥トリス」
 男の小さな声は、砂塵とともに消えていった。