●リプレイ本文
●父と従兄
アルバート・グロブナー大佐。
彼に話を聞く、という依頼とその話の内容で、能力者たちは概ねその素性を察している。
バスタード・ライダー、チャールズの関係者――恐らく、父親であろう、と。
ならば、この依頼は能力者たちにとっても、チャールズのことを知るためのまたとない機会である。
(変身ヒーローの素性調査って普通は敵側がやるものなんだけど‥‥まぁ、仕方ないか)
道すがら、明神坂 アリス(
gc6119)はそんなことを思う。
先日、少女が見た『ヒーロー』の表情は、真相を知りたいという気持ちをかき立てるには十分だった。
それは、アリスだけの思いではない。
「軍の大佐さん‥‥チャールズさんの、お父さん。それなら聞けるでしょうか‥‥彼の言葉の意味も‥‥苦しみも」
メイプル・プラティナム(
gb1539)が呟く。
その声を聞きながら、アレックス(
gb3735)は少しだけ空を見上げた。
(‥‥チャールズ、アンタは何を背負っている?)
彼の心を反映するように空の色は鈍く、重い。
ヒーロー。
その言葉の持つ意味と、抗いがたい現実。
(もしもヒーローに、なれるモンならなりたいよな。なぁ、チャールズ)
僅かに瞑目し、アレックスは心中で呼びかける。
憐れみとも共感ともつかぬ、奇妙な連帯感があった。
奇妙な、という点では九条院つばめ(
ga6530)もまた同様である。彼女の場合は、奇妙な既視感、であるが。
(‥‥戦い方とか、全然違うのに‥‥あの人の姿が一瞬ダブって見えたのは、何故‥‥?)
つばめは、依頼に先立って先日の映像を見ている。
その中に映っていたチャールズの姿は、かつて彼女が命をかけて対峙した、ある男の姿に通じるものがあった。
同じことは、フェリア(
ga9011)が前回直に感じたことでもある。
「むー、能力者じゃないだけで、騒がれる‥‥。そんな世の中に、ぽいずん」
そのフェリアはといえば、ぽてぽてと歩きながらムムムと唸っている。
チャールズにエミタ適性がない、ということによるULTや未来研の反応が、納得いかないのかもしれない。
「地図ではそろそろ見えるはずだが‥‥アレか?」
先頭を歩いていた煉条トヲイ(
ga0236)が、目的地を見つけた。
場所に指定されたのは、説明によればアルバートの私邸であるとのことだったが、
「おお、こりゃ広いねぇ」
雨霧 零(
ga4508)が思わずというように口笛を吹く。
「グロブナー財閥‥‥か」
トヲイもまた、どこか呆れたように呟いた。
その豪邸といっていい佇まいに、北柴 航三郎(
ga4410)はしくしくと重くなる胃を感じている。
(アルバート・グロブナー大佐‥‥立場が立場な方だけに、うーん、どう切り出せば、いいのかな‥‥)
かつての記憶を思い出し、何か悩むところがあるらしい。
ともあれ、八人はそれぞれに想いを秘め、館の門をくぐった。
能力者たちが広めの応接室に通されると、そこには既にアルバートとラウディ=ジョージ(gz0099)が控えていた。
「ご足労をおかけしましたな」
初老の大佐はそういって微笑むと、八人に席を進める。
皆が着席するのを見計らったように、執事が紅茶をそれぞれの前に静かに給仕した。
それが一段落すると、零が早速口火を切る。
「さて‥‥今回の件の元となっているチャールズが、私たちの味方なのか否かの判断ができない。調べようにも、人となりがわからなくては難しい。そこで、我々はここまで来たのです。――っと、話が先行して申し訳ない」
零はそこで立ち上がり、仰々しく一礼した。
「お初にお目にかかります、私の名は雨霧零。本日は貴重な時間を割いていただき感謝します、アルバート・グロブナー大佐」
「こちらこそ」
堂に入った返礼をすると、大佐は言葉を続ける。
「おおよそのことは、坊や――ジョージからも聞いております。‥‥ここならば、内密の話もできましょう」
暗に、踏み入った質問も良い、とアルバートはいう。
フェリアとアリスはちらと顔を見合わせると、頷き合ってそれぞれにサイン色紙を取り出した。
「これ、チャールズに書いてもらったサインなんです」
「‥‥なるほど」
アリスの声に大佐はサインを見つめ、何かを納得したように首肯する。
「このサイン貰った時、チャールズ殿、とても穏やかな笑顔、してましたとです!」
励ますようなフェリアの言葉に、アルバートは少しだけ嬉しそうに笑った。
どうやら、筆跡は本人のもので間違いはないようだ。
それを確定とするため、航三郎は一枚のディスクを取り出す。先日、彼が録画した映像だ。
「続けてですが、こちらがチャールズさんが戦っている時の映像です」
執事がディスクを受け取り、まもなく部屋のモニターに映像が映し出される。
鮮明とは流石にいえないが、顔を確認するには十分の画質だった。
●失われたもの
「‥‥私の息子、チャールズ・グロブナーで間違いありません」
上映が終了し、しばらくの沈黙を経て、アルバートはそう告げた。
その様子がどこか辛そうに見え、つばめは少し遠慮がちに問う。
「あの、最近のチャールズさんの様子は、何かいつもと違っていたりしませんでしたか‥‥?」
「お恥ずかしい話ですが‥‥チャールズとは、しばらく会っておりません。もう、何年になるでしょうか」
「どういうことだ?」
アレックスが怪訝な顔をする。
それには、ラウディが答えた。
「分かりやすくいえば、家出だ」
「家出‥‥?」
その言葉に、メイプルは首を傾げた。
何故か、チャールズらしくない、と思ったのだ。深い理由があるのかもしれない。
フェリアもそう思ったか、ぴしっと挙手をして発言する。
「チャールズ殿、目を怪我して退役したと聞いたとです。そのことと関係があるので?」
「ああ、それは俺も聞きたい。空軍時代のチャールズのこと、その友人のこと」
アレックスもその辺りは気になっていたようだ。
アルバートは僅かに考えるような素振りを見せ、ゆっくりと口を開く。
「‥‥親の私がいうのも何ですが、優秀なパイロットだったようです。しかし、ある時のバグアとの交戦で‥‥所属していた部隊は、あの子一人を残して文字通り全滅した、と。そして、あの子もパイロットの命である目を負傷し、退役となったのです」
重々しい空気が漂う。
まだ、能力者のいない時代だった。生死の境目は、今とは比較にならないほど簡単にひっくり返る。
チャールズが助かったのは、むしろ僥倖であった。親しい戦友を失ったことを幸運と思えるならば、だが。
「ひ、一人も残らず?」
「そう、聞いています」
アリスの声には、若干の震えが混じっていた。
「生き残ったにも関わらず、退役を強いられる。‥‥復讐の機会すら、与えられなかったのか」
やり切れない、とトヲイは首を振る。
仮に自分が同じ立場だとすれば、それはどれほどの苦痛だろうか。
「しかし、映像のチャールズは随分と戦いに、陸の戦い方に慣れてるけど‥‥これは、大佐が?」
「はい‥‥軍隊格闘は、ひと通り教授しました」
ふむふむ、と零は頷いた。
航三郎はそれを聞き、ふと疑問を抱く。
「それなら、陸軍に再入隊もできたのでは?」
「‥‥面倒なんだ、組織って奴は」
それにはラウディが答えた。アルバートは困ったように笑うのみ。
何か申し訳なくなり、航三郎は頭をかく。
場が沈鬱となりかけた時、メイプルが努めて明るく別のことを問うた。
「あの、チャールズさんって昔はどんな人だったんですか?」
アルバートは想いを馳せるように少しだけ目を閉じると、穏やかに答える。
「元気で、奔放な子でした。他の子とは対照的で、微笑ましい情景でしたね」
「あ、兄弟がいたんですね」
「はい。兄はエドワード、今はイギリスで本家筋の仕事をしています。そして、少し離れた妹のベアトリス‥‥生きていれば、ちょうど貴女ぐらいの年でしょうか。トリスの髪も、綺麗なブラウンでした」
生きていれば。
その言葉にメイプルは息を飲み、零が問いを継ぐ。
「本物は余裕がある‥‥か。大佐、チャールズは、能力者になるのを希望していた時期が?」
「‥‥いわゆる能力者が生まれたのは、あの子の退役後です。もちろん希望し、検査も受けました」
ですが、とアルバートは小さく首を振る。
「もしかして、それがトラウマに‥‥?」
アリスがふと呟く。
(仲間を失い、戦う術を失い‥‥チャールズさんも、目の前を塞がれてしまった‥‥?)
思いつめた末に、自らの師に刃を振るった男。つばめは、その姿を思い起こす。
だが、事実は更に酷だった。
「確かに、一時期は目に見えて落ち込んでおりました。ですが、トリスのおかげで、何とか立ち直れていたのです」
話し始めたアルバートに、一瞬ラウディが気遣うような視線を向けるも、大佐は続ける。
「トリスは年の離れた兄二人によく懐いていました。特に、チャールズは‥‥あの子にとっての、ヒーロー、だったのでしょうね」
若き空軍のエース。
そう呼ばれた兄は、幼心にも誇りであり、憧れであったのだろう。
(‥‥いいお兄さん、だったんだな)
優しい兄とそれを慕う妹、という図を航三郎は思い浮かべる。
「そんなある日のことでした。トリスとチャールズはピクニックに出かけ‥‥キメラに、襲われました」
そこで、一度話が途切れる。
しばらく沈黙が流れた後、アルバートはゆっくりと、感情を抑えるように口を開く。
「‥‥二十センチにも満たぬ、兎のキメラでした。それも、たったの一頭‥‥」
誰もが言葉を失った。
そんな非力なキメラにさえ、一般人は為す術がないのだ。
「‥‥チャールズは拳銃を携帯していました。それが、余計にあの子を苦しめてしまったのです」
「目、か」
アレックスがいう。
アルバートは小さく頷いた。
SES非搭載の拳銃では、恐らく行動の阻害にもならなかっただろう。だが、それは問題ではないのだ。
「目がマトモだったなら、と、あの子はうわ言のように繰り返していました。‥‥エミタ適性さえあったなら、とも」
万全を尽くせなかった。
妹を、守るべき存在を、愛する家族を、自らの力不足で死なせてしまったという悔恨。
それが、自分が妹を殺した、と変化するのに時間はかからなかった。
「ベアトリスの葬儀が終わった翌日、チャールズは姿を消した」
ラウディが補うように続ける。
「そして‥‥バスタード・ライダーとして現れた、というわけだ」
●人間か、それとも
悲劇、というと陳腐に過ぎるかもしれない。
だが、それ以外の形容も見つからなかった。
「‥‥チャールズさんは悪くありませんよ‥‥!」
メイプルが悲痛な声を漏らす。
その目には、涙が浮かんでいた。
見れば、つばめもそっと目尻を拭っている。
(バグアへの憎しみと、それ以上の自己嫌悪‥‥)
アレックスは天井を仰ぐ。
(‥‥似たような、匂いを感じた。やっぱりアイツも、守れなかったのか)
無意識にドッグタグを握りしめる。
「ヒーローっていわれた時、すごい辛そうな顔してたです‥‥」
ふと、独り言のようにフェリアがいった。
理由がわかった今、その表情が少女の心に影を落とす。
「アーマーシステム、一般人でも戦える技術‥‥。チャールズさんは、それで」
つばめは窓の外へと視線を向ける。
雨が、降り出していた。
「でも、そんなことが本当にできるのでしょうか?」
「奴には戦う理由があり、手段が見つかった、ということだ」
珍しく、気遣うような声音でラウディがいった。
そのことに、トヲイが反応する。
「そういえば‥‥ラウディはチャールズとは?」
「奴は従弟だ。昔は付き合いもあった‥‥それだけだ」
「ジョージは、チャールズの目標だったそうです。空軍時代、そんなことをいっていました」
アルバートが言葉を添えると、ラウディは不貞腐れたように横を向く。
頭が上がらないのは本当か、と、トヲイは妙な感心をした。
(しかし)
同時に、疑念がよぎる。
(ラウディとチャールズが同じ一族であることは、果たして偶然なのか?)
トヲイの脳裏に、ある懸念が浮かぶ。
例えば、アーマーシステムとはバグアの技術であり、チャールズはそうとは知らずに利用されているだけとすれば。
つまり‥‥チャールズが、既に強化人間であったならば。
「アーマーシステムですが、製作者の手がかりが殆どありません。‥‥チャールズさんの身辺から、探るしかない状態です」
申し訳なさそうに、航三郎が下を向く。
アルバートが黙って頷くと、アレックスがおもむろにラウディへと体を向ける。
「なあ、チャールズの足取りはつかめてるのか?」
「‥‥概ね、といったところだ。行動範囲は絞れている」
やはり、とアレックスは首肯する。プレアデス宛ての人探しの依頼とは、そのことだったのだ。
「そういえば、チャールズ殿、バイクに乗ってたです。カッコいい奴。趣味だったとですか?」
首を傾げてフェリアが問うと、アルバートは少し考えるように顎に指を当てる。
「‥‥私の知る限り、そういう趣味はなかったと思いますよ」
ほほう、と少女は頷く。
となれば、あのバイクはシステムの製作者が造った、と見るべきだろうか。
「守れなかった自分は、紛い物‥‥か」
零が小さく呟く。
冷め切った紅茶を思い出したように口に含むと、小さく舌を出した。早めに味わうべきだった。
「本物に、なりたかったんだろうね」
「‥‥あの時のチャールズは、ちゃんと『ヒーロー』してたよ」
アリスが応じる。
「うまくいえないけど‥‥僕は、チャールズが彼なりの信念に従ってるんだって、信じてる」
(信念‥‥)
その言葉に、つばめは思う。
目指す先は同じはずなのに、なぜ道が分かれるのだろう。――あの人のように。
「妹さんのために、ライダーになったのでしょうか‥‥?」
メイプルが、誰にともなくいった。
そうだとすれば。
チャールズは、悲しいまでに人間なのだろう。
(‥‥形はどうあれ、か)
トヲイは最悪の可能性に表情を曇らせた。
この悪趣味な感覚には、覚えがある。
かつての敵――アルドラもまた、滑稽なほどに人間だった。
「ありがとうございました!」
ひと通りの質問が終わると、フェリアは元気よく礼をいう。
重かった室内の空気が、多少和らいだようだ。アルバートは微笑を浮かべ、少女の頭を撫でる。
「なぁ‥‥大佐」
アレックスが、意を決して話しかけた。
「もし、もしもの話だが‥‥チャールズの身に何かあったら、力を貸してくれないか」
「――ええ、もちろん」
静かに応じたアルバートの顔は、父親のそれだ。
「頼む。俺達ではできないことも、きっとあるから」
改めて頭を下げ、アレックスは踵を返す。
「チャールズさん‥‥」
「‥‥今度会ったら、話せるといいね」
メイプルとアリスは、並んで窓の外を眺めている。
雨足は、いよいよ強くなってきたようだ。
嵐になるな。
誰かが、そう呟いた。