●リプレイ本文
●不穏
南にメキシコ湾を望むヒューストン。
人類の拠点として整備されつつあるこの都市で、防備を固める必要があるのは東側――フロリダ半島方面である。
駐屯するルイス・バロウズ中佐率いるUPC守備隊も、戦力の多くをこちらに振り向けていた。
「つまり、東っ側を掃除すりゃ楽になんだろ?」
テト・シュタイナー(
gb5138)は、鳴神 伊織(
ga0421)が借りてきた地図を覗き込みながらそう言った。
「そういうことだな」
煉条トヲイ(
ga0236)が頷く。
依頼主、ラウディ=ジョージ(gz0099)の言を素直に受け取るならば、テトの指摘は必要十分だろう。ただ、彼の性格を知る者にとっては、事がそう簡単とは思えなかった。
トヲイはその類だ。
(キメラ掃討‥‥このタイミングで?)
高効率発電所の建設は重要とはいえ、そのためだけに、果たしてあの男は依頼を出すものだろうか。あるいは、何かを察知しているのかもしれない。
漠然とした懸念を覚えているのは、杠葉 凛生(
gb6638)も同様である。
「‥‥きな臭いな」
一人そう呟き、男はタバコをもみ消す。
バグアとの最前線に高効率発電所の建設計画。無事に済むとは、凛生には到底考えられないのだ。
彼の懸念は、この後のスパイ騒動にて現実となるが、それは少し先の話である。
「取り越し苦労ならいいんだけどね」
鷹代 由稀(
ga1601)もまた、奇妙な不安を感じている。
それを振り払うように髪をかき上げると、彼女は東の空を見やる。
「発電所が完成すれば、安定へと一歩前進ですね」
その隣で、アクセル・ランパード(
gc0052)が光明を口にした。
「そうだな」
テトが首肯する。
「だから、こういう地味な作戦が大事なんだ」
「‥‥これからが本番、ということですね」
かつての戦いを思い起こしたか、伊織は少しだけ目を細める。
数えきれない戦火を越え、復興という二文字に手をかけてからが本当の始まり。その嚆矢となるならば、確かに今回の依頼は単純だが大切だ。
「ラウディさんからの依頼‥‥チャールズさんに関係あるんでしょうか‥‥」
そんな中、メイプル・プラティナム(
gb1539)はぽつりと零す。
少女は今のところ、ラウディの依頼=チャールズ関連、という認識だ。だが、今回の内容はキメラ退治である。この二つは、どうかみ合うのだろう。
「‥‥その後、チャールズさん、どうしてらっしゃいますかね」
その声が聞こえたのか、北柴 航三郎(
ga4410)が応じた。
先の依頼で得たチャールズ・グロブナーという人物の情報は、彼にとって心配するに余りある。
それでも、目前の依頼に集中しなければならないのが、傭兵の辛いところだ。
航三郎は、事前に個人的に気になるデータをまとめておいたらしく、それらをメンバーに配る。以前に西海岸に現れた、サソリ型キメラの情報であるらしい。
ほぼ同時に、テトが後方の基地や発電所との通信を終えた。
「とりあえず平穏無事だそうだ。何かあったら連絡するってよ」
「では、手はずどおりに分かれますか」
渡された資料に手早く目を通すと、アクセルがぽんと手を打つ。
8人はA・Bの2班に分かれ、それぞれに散開してキメラを捜索しつつ東進。ある程度進んだところで折り返し、ヒューストン市街、つまり発電所へと戻る。
計画としては、こんな形である。
結論から言ってしまうと、彼らは発電所の場所を誤解し、少し心配しすぎていたのかもしれない。
発電所はヒューストン市街、つまり、UPCによる防衛網の内側で建設中であった。
それを確認していれば、もう少しキメラ捜索の手を広げられただろう。
ただし、これは結果論に過ぎない。「もっと上を目指せた」というだけの話である。
後の結果はともあれ、能力者たちは行動を開始した。
●順風
ヒューストン東部は、特に北東にかけて開けた部分が多い。戦火によって邸宅や構造物が滅失した現状では、森林の点在する草原、という表現が似合う地域となっている。
つまり、野生化したキメラの格好のねぐら、ということだ。
大規模な群れはUPC軍の働きで掃討されたが、未だに少数の群れがそこかしこに散っており、時々復興中の市街地にまで進出してくる。
これは期せずしてゲリラ攻撃となり、大所帯のUPC正規軍では逆に手を焼いてしまっていたのだが、能力者主体の少数精鋭ならば話は別だ。
まずB班、伊織、航三郎、メイプル、凛生の4人がキメラを見つける。
メイプルのGooDLuckと凛生の探査の眼が功を奏した形だ。
「いたぞ」
言うと同時に、凛生はケルベロスを抜き、撃つ。
背の高い草に覆われた瓦礫の合間に弾丸が吸い込まれ、甲虫3体とスライム2体が慌てたように這い出てくる。
航三郎が練成弱体を施すのとほぼ同時に伊織が、一瞬遅れてメイプルが踏み込む。
居合の要領で抜かれた伊織の黒刃は、周囲の草ごと甲虫を両断した。研ぎ澄まされた刃は、彼女の技量と相まって恐ろしいまでの切れ味だ。
3体の甲虫を流れるような太刀筋で一気に切り捨てた伊織がスライムに向き直ると、そこはちょうどメイプルが銀色の大剣を振るうところだった。
戦乙女の名を冠する麗刃が、陽光を閃かせて二度三度と宙を舞う。その度に、半透明のスライムが踊った。
死の舞踏を掻い潜り、何とか脇の草むらへ逃げ込もうとした最後のスライムに、凛生のケルベロスが撃ち込まれる。穴のあいた風船のように、スライムは地面に広がった。
「‥‥確かに、この程度の群れで散られては」
刀を納めながら、伊織が得心したように呟く。
「やっぱり、誘き寄せるなりした方が良いですね」
音を立てるとか、と航三郎が言えば、凛生も頷く。
「俺が準備したのは生肉程度だが、餌にはなるだろう」
「あ、私もレーションならあります」
と、メイプルが「レッドカレー」を取り出した時、唐突にやかましい音が鳴り響いた。
思わず耳をふさいだ少女が振り返ると、そこにはブブゼラを構える航三郎の姿がある。
「‥‥これじゃ、うるさすぎますかね」
予想外の大音量だったのか苦笑する彼に、いや、と伊織が首を振る。
「効果はあるようです。‥‥少なくとも、場所の割り出しには」
彼女が示した先では、音に驚いたらしいハーピーの群れが、茂みから次々に飛び出していた。
同じ頃、トヲイ、由稀、テト、アクセルのA班もハーピーを相手にしている。
宙を飛びまわるキメラは、都合6体。
由稀がその翼にジャッジメントで風穴を穿てば、テトはエネルギーキャノンで焼き尽くす。
身悶えするように高度を落としたハーピーへ、トヲイとアクセルが切り込む。
「援護するぜ、突っ込め!」
テトのエネルギーキャノンが再び空気を焦がし、二人を後押しする。
落下するハーピーとのすれ違いざま、トヲイのシュナイザーとアクセルのベオウルフが果物を刈り取るようにキメラの首を刎ね飛ばした。
それでも、1体が爪と斧で体を切り刻まれながらも二人をやり過ごし、まさに死力を振り絞ってボロボロの翼をはためかせると、後方の由稀へと飛びかかる。
「往生際の悪い!」
咄嗟にショートボウに持ち替えたトヲイが、振り向きざまに矢を放つも、突き立った矢を意にも介さずキメラは飛ぶ。あるいは、もはや痛覚も失せているのか。
狙われた由稀は欠片も慌てずに煙草を咥え直すと、ゆっくりとジャッジメントを構えた。
迫るハーピーの爪を銃把でいなし、そのまま殴りつけるように銃口を額に突き付ける。
「‥‥アンタ如きにやられるとでも思ってんの?」
乾いた銃声が響く。キメラは一瞬だけ痙攣すると、そのまま力を失った。
「とりあえず、これで全部ですかね」
周囲を見回しながら、アクセルが言う。
彼らもキメラを誘き寄せる計画を実行していたが、まだ効果が実感できる程には時間が経っていない。
「この辺りは、まだ潜んでいそうだが‥‥」
ガサガサと茂みをシュナイザーでかき回しながら、トヲイは、ただ、と続ける。
「かなり派手に戦ったからな。あるいは、それに引か――」
「おいでなすったぜ」
男が言い切る前に、テトが告げた。
彼女の示す方角を見れば、確かに複数の甲虫がまとまって飛来中だ。
角の短いカブトムシのような造形に、由稀は呆れたような疲れたような声を漏らす。
「蛍なら、まだ風情もありそうってもんなのにねぇ‥‥」
やれやれと首を振る彼女の隣で、違いない、とアクセルが笑った。
両班は共にキメラを誘き出し、あるいは炙り出す方法を用意していた。加えて、地道な痕跡を辿ることも怠らなかった。
その結果は、駆逐したキメラの数となって表れている。上々の成果だろう。
そこで、8人は一旦シェルドン貯水池に集合した。
ここは、ヒューストンの中心から約20キロ、UPCによる防衛線からは約10キロといった地点だ。この辺りまでを掃除すれば、市街はかなり安全になる。更にヒューストン湖を越えて北へ進むとクリーブランドだ。そこは、既に民間人も入植し始めているという。同様の地に、クリーブランドの西、コンローがある。
経過報告を兼ねた、束の間の休息。
復興の風が実感できるようで、能力者たちは貯水池の風景をしばし堪能した。
●暗雲
休憩中、最初に異変を見つけたのは航三郎だった。
双眼鏡で周囲を観察していた彼は、ヒューストン湖方面に黒い染みが広がっているのに気づいた。
「‥‥ん?」
初めは汚れかと思ったが、それが動いていることで間違いと悟る。
航三郎の様子から何かを察し、他の者も視線をそちらに移した。
「甲虫‥‥じゃねぇな。サソリか?」
ゴーグルの望遠機能を使ったテトが形容する。
と、メイプルは何かが聞こえた気がして耳を澄ます。
気のせいではない。徐々に大きくなるそれは、エンジン音だ。
それに聞き覚えがあると少女が気付いた瞬間、木々の切れ目から一台のバイクが現れ、サソリキメラの群れの眼前で停車した。
「チャールズさん‥‥!?」
思わず、メイプルが声をあげる。
その姿は間違いなくチャールズ・グロブナー――Bライダーだった。
「あれが噂のバスタード・ライダー‥‥」
アクセルが呟く。
その間にもライダー、チャールズはサソリの群れへと突っ込んでいく。
「私たちも行きましょう」
鬼蛍を抜き、伊織が駆け出す。
続けてトヲイ、アクセル、メイプルがそれぞれに得物を構えて走った。
「話どおり、大小がいるみたいね。うち、明らかに小型が多い、と」
スコーピオンのマガジンを確認しつつ、由稀が言う。
「まずは大型だ。小型はついででいい」
自身もサソリの調査をしたという凛生の言は正しい。
極論すれば、小型は放置しても問題なかった。
「何にしても、手早くやっちゃいましょう」
ザフィエルを手に、航三郎も射程まで近寄るべく駆け出した。
その後に続きながら、テトは一人呟く。
「‥‥いかにも何か背負ってますって感じの奴だな」
呟いてから、思わずというように彼女は笑った。
「変わり者ぞろいの傭兵が言うこっちゃねーな。‥‥んじゃ、いこうか!」
高らかに声を上げると同時に、テトのエネルギーキャノンが放たれる。
光弾は先行する面々を苦も無く追い越すと、サソリの群れのど真ん中に着弾した。直撃した大型が苦悶するように身を捩り、小型は余波だけで数体が黒焦げになる。
ニヤリと笑ったテトの隣で、航三郎は首を捻る。
前は、知覚攻撃は効かなかったように見えた。
(単に抵抗が高かっただけ‥‥?)
ともあれ、少なくとも一定以上の威力ならば通じるのは間違いない。
「懸念が減った、ということだ」
凛生の諭すような言葉に、航三郎は頷いた。
「それにしても、数が多いな」
減っている気がしない、とトヲイが苦笑する。
塵も積もれば、である。
「‥‥少々、本気を出しますか」
仕方ない、とばかりに伊織が周囲に目で下がるよう伝える。
それを察したメイプルが、チャールズへ声をかけた。
「チャールズさん、下がってください!」
ちらりと少女を見やったライダーは、微かに頷くと一息に飛び退る。
「諸共に吹き飛べ‥‥!」
直後、伊織の裂帛の気合と共にその黒刃が大地に突き立ち、凄まじい衝撃波が十字に走った。
十字撃。
群れる雑魚を散らすのに最適な技だ。ましてや使い手は伊織である。
大多数の小型はそれで文字通り消し飛び、大型も殆どが力尽きた。
勝負あり、だ。
戦いが終わると、チャールズはヘルメットを取って近寄ってきた。
「メイプルと、コーザブロー‥‥だったな」
「やっぱりチャールズさん‥‥。あの、どうしてこんな所に?」
気さくに話しかけてきた青年に、メイプルは素直に疑問をぶつけた。
彼は、野暮用でね、とだけ答える。
(‥‥随分と気安いな)
煙草を吹かしつつ、凛生はチャールズをそう評する。
と、由稀がふらりと離れだした。
「どこいくんだ?」
問うたテトに彼女はひらひらと手を振り、
「そっちは任せるわ‥‥見回りしてるよ」
とだけ告げると、振り返りもせずに歩き、紫煙を燻らせる。
背を向けた由稀とは逆に、近寄ったのはアクセルだ。
「お会いできて光栄ですよ、ミスター「バスタード・ライダー」」
「‥‥俺はそんなに偉くないさ。後、チャールズでいい」
差し出された手を握り返し、チャールズは困ったように笑う。
懸念はあったが、現時点では敵には見えない。
そう判じて笑みを返したアクセルの背後から、凛生が声をかける。
「君は一般人と聞いた。だが、戦えている。それを可能にした、ドクターについて聞きたい」
穏やかな声だが、男を知る人が聞けば、その奥の激情に気付いただろう。
アーマーシステムとはバグアの業ではないのか、という疑念。怒り。
チャールズは、少しだけ考えて答える。
「変人だ。コーヒーは不味いし、決して褒められた人ではない。だが‥‥恩人だ」
「恩人、か」
トヲイが繰り返す。まだ全てを語る気はない、ということだろう。
それは、単なる義理立てなのだろうか。
「あの」
メイプルが口を開く。
振り返ったチャールズを、少女はしっかりと見つめた。
「何で戦うのか、って‥‥聞いても、いいですか‥‥?」
その問いに青年は宙を仰ぎ、ぽつりと呟く。
「‥‥ないんだ」
「え?」
問い返したメイプルに、チャールズは視線を戻す。
「止める理由が、もう、ないんだ」
酷く、儚げな笑顔だった。
少女が次の句を継げないでいると、青年はそのまま歩み去る。
と、小石がチャールズの背に向かって飛ぶ。
当たるかと見えた刹那、青年は閃光のように身体を捻り、石を受け止めた。
「すまん。手遊びがすっぽ抜けた」
凛生が、淡々と謝する。
気にしていないとばかりにチャールズは首を振ると、再び歩き始める。今度は、それを止める者はいなかった。
その背を見送りながら、トヲイと伊織はそれぞれに密かに嘆息する。
(あの身のこなしは、決して一般人ではない)
――晴れていた空は、急速に暗くなり始めていた。