タイトル:【NS】アンタレスtoBRマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/07 12:48

●オープニング本文



 North America Strikes Back。
 その最前線を担う都市の一つであるヒューストンに、転機が訪れていた。
 高効率発電施設の建設。
 軍が更なる防衛能の強化を図っていた、その矢先。一年の沈黙を経て、バグアはついに牙を剥いた。

 それは一人の軍人の死から始まった。
 籠められた毒は、滲むように波及していく。

 明らかになったスパイ行為。
 忽然と現れたテロリストによる、発電施設の占拠。
 紛糾する司令室。
 容疑者の失踪。
 調査と制圧を依頼された傭兵達の機転。
 確保されたテロリストの言葉。
 そして――暗殺者の存在。

 混沌を極めるヒューストン。だが、舞台は続く。

「面白くなってきたねぇ」
 ある者が嗤う。

「面白い。‥‥脳が腐らずにすみそうだ」
 黒幕が嗤う。

 毒は、深く、深く浸透していき‥‥そして、夜の帳に包み隠されていた、さらなる幕が上がる。
 ――基地を取り巻く、外敵達。

 ‥‥長い夜はまだ、終わらない。


 夏の早い朝焼けが大地を染め始める頃、照らし出されるべき地面は黒い雲に覆われていた。
 ヒューストン湖方面から押し寄せてきたと思われるそれは、無数のサソリキメラで構成されているとの報告が入ったのは、やや経ってからだ。
「内憂外患って奴か‥‥」
 東部の防衛線を固める兵士の一人が、ぼんやりと呟く。
 ヒューストン基地は現在、司令官であるルイス・バロウズ中佐を欠いている。これがどれだけの影響を及ぼすかは、これから明らかになるところだ。
 少なくとも、東部の防衛を担う主力部隊の動きは、遅々として進んでいない。
『もしも、このサソリキメラの群れが囮だったならば?』
『主力をぶつけた隙に、別方面からバグアが攻め寄せたならば?』
 この想定は、トップを欠いた現在の基地守備隊において、単なる防衛戦闘を行うことすら戸惑わせる理由足り得た。
 そんな中で、守備隊にとって幸運であったことを挙げるとすれば、東部の野良キメラは事実上無力化したことと、偶然にヒューストンに滞在していたラストホープの能力者が複数存在したことであろう。
「突然の、しかも夜も明けきらないうちの依頼ですまない」
 招集を受けた能力者たちに、守備隊所属のカミュ少尉が頭を下げた。この若き少尉も能力者であり、東部防衛を任とする能力者小隊の一つを率いているという。
「既に聞いていると思うが、現在、東部からサソリキメラの大群が接近中だ。数は、多いとしか形容できない。詳細は、簡単だが資料を用意したのでそちらを見てくれ」
 そこで言葉を切ると、少尉は申し訳なさそうに声を絞り出す。
「――情けないが、現在我々の基地の機能は、通常時の半分もない。君たちが頼りだ。もちろん、俺達も出来る限りのバックアップはするが‥‥君らの撃ち漏らしを処理するのが精一杯だろう」
 早い話が、数えきれないほどのサソリキメラの群れを、10人に満たぬ能力者だけで食い止めろ、とカミュ少尉は言っている。
 バックアップをするとはいえ、取りこぼしが多ければすぐにでも砕けるガラスの盾だ。
 つまるところ、それがヒューストン基地の現状だった。
 もし、東部の野良キメラがまだある程度の勢力を残していたならば、その希少なバックアップすら能力者たちは失っていただろう。その意味では、彼らの運はまだ尽きてはいない。
「これは俺の独断だが、プレアデスに応援を要請した。そのKV隊が到着するまで、およそ2時間だ」
 給料の前借りで払えればいいんだが、とカミュ少尉は力なく笑う。
「キメラどもが防衛線に到達するまで、あと1時間少々だろう。防衛線が突破されれば、市街地は、何より建設中の発電所は目と鼻の先だ。‥‥そう、君らと俺らで、1時間稼がないといけない」
 誰かが生唾を飲み込む。
 今は、可能不可能を論じている場合ではない。
 やらなければいけないのだ。
 能力者たちは、その責任の重さをにわかに実感し、背筋に冷たい汗を感じた。


 時はやや遡り、ヒューストン基地がスパイ騒動に揺れている頃。
 ほの暗い研究室の中で、アルフレッド=マイヤーがいそいそと動いていた。
 マイヤーは好奇心に忠実という意味で、もっともバグアらしいバグアの一人と言えるだろう。
 それがマイヤーをヨリシロとしたバグアの性質だったのか、それともマイヤー自身の性質であったかは、既に本人とブリジット=イーデン以外には知る由もない。
 その男は今、徹夜でとあるキメラの調整に余念がなかった。
「ふふふ、ある意味失敗作、ある意味最高傑作。遂にお披露目だ!」
 ニヤニヤと独り笑いをしながら白衣の男が見つめるのは、全長は1メートルもあろうかという大型のサソリキメラだ。
 それが『アンタレス』という名前であることは、まだマイヤーとブリジットしか知らない。
「アクラブとサルガスの準備が終わりました」
 マイヤーの背後から、ブリジットが声をかける。
 それにひらひらと手を振って返すと、男はコンソールのスイッチを押した。ごぼり、と音がして、アンタレスの浮かぶ試験官から培養液が抜けていく。その数は、軽く二桁に達する。
「さて」
 その様子を見ながら、マイヤーはぽんと手を打った。
「僕は出かけるよ」
「アンタレスは、私が放しておきます。半分程度でよろしいのですね?」
「その半分だっていいさ。本番は、明るくなってからってね」
 けらけらと笑う男に、ブリジットは深々とため息をつく。
「誰かさんのお陰で、ヒューストンは大混乱だってさ。絶好のチャンスだよ。やっぱり、普段の行いが良いと報われるんだねぇ」
「サルガスに発信器がついています。チャールズは、それで気づくでしょう」
 男の言は無視して、助手の女は淡々と告げた。
 その口調は、努めて感情を抑えようとしているようにも聞こえる。
「チャーリーにも、そろそろジャンを会わせる時期だね。『ティータ』?」
「‥‥私は、ジャン・バルドーは好きではありません」
 いつかの台詞を繰り返し、ブリジットはもう一度ため息をついた。
 それを楽しそうに眺めてから、マイヤーは出発する。
 彼の向かった先と目的は、やはり彼自身とブリジットしか知らない。
 異形が蠢き始めた暗い研究室で、三度悩ましげな嘆息が響いた。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
白神 空狐(gc7631
21歳・♂・SN

●リプレイ本文

●蠢く悪意
 薄明るい空と対照的に大地は暗く、その上を更に黒く染める河が流れていた。
 先日、ヒューストン東部で確認されたサソリキメラが、その陣容に特大のものを加えて群れを――いや、まさに雲霞の如き濁流を形成しているのだ。
「‥‥改めて見ると、圧倒されるわね」
 双眼鏡から目を離し、ロジー・ビィ(ga1031)が苦笑する。
 腕時計で時刻を確認すると、常ならばまだベッドで寝息を立てている時間だ。
「キメラの津波ね、これは」
 遠石 一千風(ga3970)は目を細める。
 薄闇の中、微かな光を反射するキメラの甲殻がちらちらと瞬いていた。これが本当にただの波であったなら、あるいは情緒もあったのかもしれない。
 もっとも、キメラ相手には詮ないことだが。
「ワタシたちの仕事は、その津波から防衛線を守ること。言うは易く‥‥ね」
 アサルトライフルの弾倉を確認しながら、アンジェラ・D.S.(gb3967)はその照星から黒い波を覗く。
 見たところ、情報通りに大半は小型のようだ。
 ならば、仕掛けが上手くいくかもしれない。
「‥‥護ってみせますわ、絶対に」
 ロジーが小さく、しかし力強く呟いた。

 時は少し遡る。
 依頼を受けて集合した傭兵たちは、提示された難題にどう対処すべきかを決めねばならなかった。
「‥‥現状では、プレアデスが到着するまで防衛線を維持するのは困難、か」
 煉条トヲイ(ga0236)が呟く。
 報告された敵の戦力とこちらを比較した場合、まともにぶつかり合えば30分持てば上出来、といったところだ。
「まったく、ヒューストンも受難続きだね‥‥。カミュ少尉、色々手配頼める?」
 やれやれ、と赤崎羽矢子(gb2140)は首を振り、依頼主である少尉へと視線を向けた。
 正攻法がダメならば、搦め手を用いるほかはない。
 そしてその搦め手には、UPC軍の協力が不可欠だった。
「できる限りは協力しよう。何、どうせ独断でプレアデスなんてのを呼んだしな。多少上乗せしたところで、関係ないさ」
 少尉は、羽矢子の申し出を快諾する。
 とはいえ、それがどの程度になるかは楽観できないのだが。
「起き抜けに団体さん相手ってのは辛いけど、時間稼ぎなら目はある‥‥多分ね」
 白神 空狐(gc7631)は、おどけたようにそう言った。
 トヲイも触れていたが、目的は敵の殲滅ではなく、時間稼ぎだ。であれば、やりよう次第でどうとでもなる、はずだ。
「少なくとも、命運は尽きていないでしょう。とはいえ、首の皮一枚‥‥何とか凌ぎませんと」
 懐中時計に目を落とし、鳴神 伊織(ga0421)は時間を確認する。
 キメラの防衛線到達まで残り一時間を切っている。十分な時間とは言えないが、何とかするしかない。
 真っ先に提案されたのは、バリケードの構築。
 次に落とし穴‥‥と言うよりも、規模を考えれば堀と表現するのが相応しいか。
 いずれにせよ、重機と建材、そして人員が必要だ。
「後、爆薬も使いたいんだが‥‥頼めるかい?」
 空狐の問いに、カミュ少尉は少しだけ思案する。
「――迂闊には動けないことは承知している。だが、今は目の前の危機に対処しなければならないはずだ」
 トヲイの言に、少尉はいやと手を振った。
「わかってるさ。軍の皆も、嫌とは言うまい。ただ‥‥爆薬は何トン必要かと思ってね」
「‥‥ハハッ! 話がわかるね、少尉!」
 ウインクを返したカミュ少尉に、思わずというように空狐は笑う。
 一時的に麻痺に陥っているUPCではあるが、それは戦意がないからではない。ヒューストンは彼らの護るべき土地であるからだ。
 思った以上に軍からの協力はスムーズに得られそうだ、と傭兵たちが光明を見出しはじめた時、それまで何かを紙にしたためていた北柴 航三郎(ga4410)が顔をあげた。
 どうやら周囲の話を聞きながら、それを簡単な計画図に起こしていたらしい。
 それがあれば、実際の作業も少なからずやりやすくなるはずだ。
「急いで準備を始めないとね」
 一千風の言葉を合図に、傭兵と軍人が動き始める。



 何としてでも防衛線を守る、という意識故に、8人の能力者たちの目は外へ向いていた。
 無理もない。東部から迫る黒い河は、それ程に脅威だった。――発電所へ悠然と向かう影を覆い隠す程に。
 誰の責任であるわけでもない。
 ただ、誰か一人でも内に、発電所に警戒の目を向けていれば。
 あるいは、それで変わる未来もあったのかもしれない。
「やっぱり、日頃の行いの賜だなー」
 バグアの科学者、アルフレッド=マイヤーは神妙に頷く。
 蠢く河のほとりで、けらけらと軽い笑い声が上がった。

●Black River
「そういえば、空港に防衛用のリッジウェイがなかったっけ?」
 羽矢子の問いに、カミュ少尉は一瞬戸惑い、言葉を選ぶようにして答える。
「‥‥あるにはあるが、今は動かせない。重機とKVでは、管理の厳しさがまるで違うんだ。今からマーク少佐を説き伏せる時間は取れない」
 現時点での責任者の名前を出されては、二の句は継げない。
 仮に、説き伏せることができれば、心強い装備となったことに疑いはないだろう。
 しかし、そのために必要とされる時間は、到底一時間で収まるものとは考えられなかった。
 だからこそ、少尉は処罰を覚悟で傭兵とプレアデスに連絡をつけたのだ。
「それと‥‥少佐と直接話すつもりなら、止めた方がいい。あの人なりに、今は必死だ。まともに取り合ってはくれないだろう」
 羽矢子の考えを見透かしたように、少尉は告げる。
 必死であるからこそ、現状を変える決断ができない。それは、単に立場の違いに過ぎない。
「でも、それじゃ」
「命令系統は混乱してるんだ。多少の齟齬はある。‥‥分かるな?」
 抗おうとした羽矢子に、少尉はやんわりと諭す。
 その意味は、つまり、少尉が泥を被る、ということ。
「‥‥いいの?」
「さっきも言ったろ? 俺の首は、プレアデスを呼んだ段階で掛かってるのさ」
 その覚悟に、羽矢子は無言で頷く。
 少尉は吹っ切れたような笑顔を見せると、伝令のために走り出す。それを見送り、羽矢子も前線での作業を手伝うべく駆け出した。

 実際、時間稼ぎという目的においては、バリケードというのは簡単ながら効果的だ。
 そこに一工夫があるならば、尚更である。
「ねずみ返し、のようなものですか」
 伊織は、壁の上部に打ち付けた板を、そう表現した。
 敵が情報通りに前へ進むしか能がないならば、単純な仕掛けでも十分に役に立つ。
「爆薬のセットは大体完了したみたいだ。バリケードは?」
 そこへ、航三郎と共にジーザリオであちこちを回っている空狐が声をかけた。
 バリケードの前方には、大雑把ではあるが地雷原のようなものが出来上がりつつある。
 キメラ相手に単なる発破が通じる例は少ないのだが、今回に限っては、『河』の殆どを構成する小型サソリに対しては大きな効果が見込める、はずだ。
「予定時間までもう少しですが、何とか落とし穴までは掘れそうです」
 運転手の航三郎も身を乗り出し、報告する。
 地雷原とバリケードの中間地点にも、もう一つの仕掛けが構築されている。それが落とし穴だ。
 防衛線までに敷くラインは、以上の三つである。
 まずは地雷原。次いで落とし穴。最後がバリケード。航三郎としては生コンの沼のようなラインも用意したかったらしいが、流石にそれは時間が足りない。
 そして、これら三つのラインの後ろに能力者が控えている。実質ここが最終防衛ラインだ。
 能力者たちの更に後方にも一般兵たちがいたが、彼らがもし死力を尽くさねばならない状況になったとすれば、それは瓦解と同義であるだろう。

 間もなく作業に当たっていた重機が後方に退避し、代わって無数の何かが蠢く気配が周囲を圧する。
 アンジェラは無言でアサルトライフルを構え、ロジーもその容姿に見合わぬごついガトリング砲を取り出した。
 ざわざわと音を立てる不気味な波濤が、じわりと第一の防衛線に染み出す。
 地雷原の上とは知らず――知っていたとしても歩みは止まらないだろうが――サソリの群れがそこを埋め尽くした瞬間、ドンピシャのタイミングで轟と炎が吹き上がり、遅れて能力者たちの耳に爆音が届いた。
「‥‥派手な開幕ね」
 ぼそりと呟いたアンジェラの声は、ビリビリと大地を揺らす衝撃に霧散する。
 爆発で生じた穴には、小型の残骸と思しき灰のようなものが山積し、そこを大型以上がもどかしげに掻き分けて進んでいる。
 やはり、大型以上には効果は薄いが、小型には絶大な威力であったようだ。余波で後続の小型も千々に乱れ、黒河の勢いは目に見えて止まった。
「よし、今のうちに大型以上を仕留めるぞ!」
 トヲイの声に合わせるように、伊織と一千風がそれぞれの得物を携えて爆心地へと駆け出す。
 目に付く大型の数はおよそ10。特大も、どこかにいるだろう。
『大型なら、煉条さんたちの実力なら問題ないはずです! 特大型にだけ注意してください!』
 無線から航三郎の声が響いた。彼の調査によれば、大型は小型よりは強いが、能力者の敵ではない。
 熱風の名残と共に三人が大型と切り結ぶ中、その他の目標に向けてロジーのガトリング、羽矢子のSMG、アンジェラのアサルトライフルが火を吹く。
 大型はそれで止まる。だが、止まらない影が一つ。
(――特大型! ガトリングで止まらないなんて!)
 ロジーの弾幕を正面から受けつつも、特大型は進軍速度を落とさない。小口径ならまだしも、彼女の得物は「砲」だ。
 内心で驚きつつエネルギーガンに持ち替える寸前で、最も近い伊織が動く。
「抜かせません」
 漆黒の刃が黒い甲殻に振り下ろされる。硬い手応えと同時に火花が散り、伊織は一旦下がった。
 刃こぼれは、ない。だがサソリの甲殻も、KVの装甲すら両断しかねない伊織の斬撃に、僅かに傷をつけたのみだ。恐ろしい硬度。
 同じ甲殻に覆われたそのハサミの威力も、推して知るべきか。
「‥‥継ぎ目を狙わねばなりませんか」
 キチキチと奇妙な鳴き声をあげるサソリに、伊織は鬼蛍を構え直す。
 アンタレス。サソリの心臓。
 名前は知らずとも、このキメラがサソリたちの王であることを、能力者たちは察した。
 だが、その王たる本当の意味を知るのは、まだ先のことになる。

●希望と絶望の天秤
 戦闘開始から、既に30分が経過しようとしている。
 防衛線は、第三ラインのバリケードにまで後退していた。もっとも、押されている、というわけではないのだが。
『左翼、大型4とカミュ少尉の隊が交戦開始! 援護に向かうぜ!』
 無線から空狐の声が聞こえる。
 落とし穴ラインまでサソリ群が到達した段階で、軍の能力者たちも行動を開始していた。
 そして、バリケードに達した時点から、一般兵による機銃掃射も始まる。小型は、大半がそれで対処可能だろう。
「うーむ‥‥」
 そんな中、羽矢子は一人唸る。
 伊織発案のねずみ返し付きバリケードは、予想以上に小型に対して効果的だ。しばらくは乗り越えられまい。
 音や光での誘導は効果がなかったが、それも想定内である。
 心配は、そういうものではなかった。
「‥‥この特大、変態チックな匂いがする」
 歴戦の者が持つ第六感、とでも言うべきものか。
 先に伊織とロジーが仕留めた特大は、周囲の小型と大型が一掃されていたために、それらへの影響は見れなかった。
 だが、大型と比しても明らかに強さの桁が違う特大型の能力が、単に「強い」だけで終わるとは思えない。
「サソリの王‥‥アンタレスとでも言うべきか?」
 大型をシュナイザーで貫き、トヲイが少しだけ冗談めかせて笑う。さそり座の主星の名を当てたのは彼の誕生日故だが、それが本来の名前であるとは思うはずもない。
「‥‥いた! 右前方!」
 その時、一千風が次なる特大型を見つけた。
 瞬天速で間合いを詰め、神斬を甲殻の継ぎ目に突き入れる。苦もなく滑り込んだ刃は、ハサミを根元から切り落とした。
 ギィと悲鳴をあげたサソリは、残ったハサミを振り回す。
 掠めただけで、一千風の耐熱ジャケットに穴が開く。やはり、攻撃力も高い。
「怖じけると思ったか!」
 そこへ、トヲイが飛び込んでくる。
 シュナイザーがサソリの肩関節に喰らい付き、最後のハサミをもぎ取った。
 苦悶の叫びをあげるサソリの首筋に、体勢を立て直した一千風の神斬がするりと潜りこむ。
「‥‥ん?」
 特大型の絶命とほぼ同時に、周囲のサソリの動きが鈍った気がして、羽矢子は目を細める。
 戦況は安定している。自分一人が抜けても、多少は持つだろう。
 それを確認すると、彼女はバイクのエンジンを吹かしてやや離れた場所へ向かい、軍用双眼鏡を構えた。
 折よく、更にもう一体の特大型をロジーの花鳥風月が切り伏せたところだ。
「――間違いない」
 明らかに、周囲の大型と小型の動きに動揺が見えた。
『特大型の撃破を優先しよう。そいつらが、この群れの頭脳だ』
 無線に羽矢子が告げる。
「チェックメイト、ですわね」
 その情報に、ロジーはぽつりと呟く。
 如何な大群といえど、統制を失えば脅威は半減する。
 最早、負ける道理はなかった。

 真っ先に気づいたのは、視野の広さ故か、アンジェラだった。
「アレは‥‥」
 空の彼方、けし粒ほどの光点が見る間に大きくなる。
「プレアデス!」
 航三郎の歓喜の声。
 合計で10の光点は、程なくその機種を鮮明とし始める。
「マリアンデール‥‥?」
 編隊の中に数機混じっている、一門の巨砲を持つKV。
 だが、双眼鏡を覗き込んだアンジェラの目に映ったのは、赤い薔薇ではなかった。
「‥‥何だありゃ」
 空狐も空を見上げ、唖然とする。
 X字のスラスターを持つ点では、雷電に似る。しかし、違う。
『MX−D、エリミナル』
 そこへ、通信が入る。ラウディ=ジョージ(gz0099)の声だ。
「エリミナル‥‥?」
 伊織の疑問符をかき消す兵士たちの歓声の中で、KV隊は黒い河の中に次々とフレア弾を投下していく。
 その爆発を背景に、エリミナルと呼ばれた機体が降下した。
「‥‥四脚!」
 誰かが思わずというように声をあげる。
 X字のスラスターが、そのまま脚部となって陸戦形態を支えている。
 何より特徴的なのは、戦闘機形態でも異様を放っていた巨砲だ。
『でかいのをぶっ放すよ! 離れな!』
 警告が飛んだ。慌てて周囲の味方が後退する。
 降下したエリミナル、計5機が砲門を揃え――落雷の如き閃光と轟音が周囲を圧した。
 地雷原の爆発を軽く上回る、破壊の奔流。
「‥‥凄まじいな」
 焼け爛れた大地を眺め、トヲイは放心したように呟いた。



 KV隊の到着と、新型の威力によって危機は除かれた。
 そこまで耐えた傭兵たちの手腕も、賞賛に値する。
 しかし。

「発電所が!?」
 テロリストによる、発電所の爆破。
 被害は――。
「‥‥もう少し力を尽くさないと、ダメなのね」
 一千風の呟きが、朝焼けに染まる大地に流れた。