タイトル:【NS】蠍の王マスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/03 17:43

●オープニング本文


 ヒューストンは平穏を取り戻していた。
 外患であるサソリキメラは、傭兵たちと軍人の尽力で防がれ、内憂であったらしい――今となっては、らしい、としか言えないが――ヒルデ大尉も行方をくらました。
 後は、ルイス中佐さえ目を覚ませば、基地は機能を取り戻すだろう。
 そうすれば、全てとは言わないまでも、日常が戻るはずだ。
 だが、それが希望的観測に過ぎないことは、その場の誰もが感じていた。

「MX−D、エリミナル。こいつは、いわゆる実験機だった」
 傭兵を前に説明しているのは、前回KV隊を率いてきたラウディ=ジョージ(gz0099)、ではなく、彼のフェニックスに同乗していたフィリップ=アベル(gz0093)である。
「だった?」
「MX−Dの売りである、『セイス・プラーガ』。固定武装の、簡単に言えば斥力レールガンだ。こいつは威力はあるが、通常のKVでは運用できないほど癖があってな。専用の機体が必要になった。それが、MX−Dだ。おあつらえ向きに、多脚による地上・空中を問わない姿勢制御、というテストモジュールもある計画で必要になっていてな。ならば、とゴーサインが出た」
 それはいいんだが、とフィリップは鼻をかく。
「このセイス・プラーガ、予想以上に難物でな。威力が高すぎて、6発撃つと砲身がダメになるんだ。6つの呪い、という名前はまぁ、皮肉と思ってもらっていい。MC−01のMG60のように、砲身交換が手軽にできる設計でもない。つまり、採算が取れないのさ」
 だから傭兵向けの販売はできないのだ、と男は言う。
 しかし、現物がこうしてある以上、幾人かは納得がいかないという表情を見せている。
 と、ラウディが説明を引き継いだ。
「見たとおり、性能は折り紙つきだ。斥力技術も使用されている。そこに目をつけたのが、ドロームなのさ。『マージンは払い、整備も引き受けるから、北中央軍向けに輸出してくれ』とな。ドロームにしてみれば、多少の出費でメルス・メスの斥力技術を吸収できるチャンス、というわけだ。軍にとっても、高性能機が卸されるのは悪い話ではない。結果として、重要拠点の防備用、という形で少数が量産され、メルス・メスの北米向け輸出品になったのさ。‥‥タイミングとしては、ギリギリだったようだがな」
 ふん、とラウディは鼻を鳴らす。
 ドローム社長、ミユ・ベルナール(gz0022)の失踪とモントリオールの陥落。
 確かに、もう少し遅れていたら、ヒューストンに送られるはずの新鋭機もまた、弐番艦同様に身動きが取れない状況となっていたに違いない。
「俺たちにエリミナルを預けたドロームの役員も、今は連絡が取れん。状況は、恐らく君らが思っているより悪いぞ」
 珍しく真面目な顔をしたまま、ラウディは傭兵たちを見渡す。
 彼を知る何人かは、事態の深刻さをそれで察した。



「まっまっま、マグネシウム。まっまっま、スコルピオ、呼ぶ」
 妙な節をつけて鼻歌を歌っているのは、アルフレッド=マイヤーである。
 その傍らには、いつものようにブリジット=イーデンが控えていた。
「これだけあれば、お釣りが来るねー」
「ヒューストンにもう価値はないと思いますが‥‥スコルピオは、別の場所に向かわせては?」
「ノンノン。リリア様は言っている、ここで止めるべき運命ではないと」
「はぁ」
 総司令の名前を出しつつも、マイヤーは結局のところ早く試したいだけなのだ、ということを察しているブリジットは生返事をするのみだ。
 この刹那的な思考が、あるいは彼の立場を支えているのかもしれない。そう考えてから、女は首を振る。
 気まぐれに、多少の幸運が付随しているに過ぎない。
 だからこそ、ブリジットのサポートが必要となっているのだ。
「やるなら徹底的に叩くのが礼儀だよね。多分。まぁ、撃退されるなら、それはそれで楽しいし」
「‥‥フレッド」
「おや、珍しいね。君が僕を名前で呼ぶなんて」
「貴方は、フレッドなのでしょう? なら、不思議なことではありません」
「あはは。君、やっぱり科学者は向いていないよ」
 けらけらと笑うマイヤーに、ブリジットは悩ましげなため息をついた。
「‥‥チャールズには、伝えますか?」
「んー、今回はいいんじゃない? ほら、軍がいるところだと、やっぱり出づらかったみたいだし。混乱してれば別だったんだろうけどね」
「そういうことは、察せるのですね」
「もちろん。いつもは、しないだけさ」
 得意げに胸を張るマイヤーに、白衣の女は珍しく微笑を返す。
 その笑顔は、どこか儚げだった。



『こちらアルファ1。ヒューストン東部を哨戒中。異常な――な、何だあれは!?』
『アルファ1、どうした! 報告は明瞭にしろ!』
『こ、こちらアルファ1! 巨大なサソリが接近中! 大きさは、大きさは、推定で200m!』
『なん‥‥だと‥‥!?』
 ヒューストン司令部は、偵察機からの報告でまたも混乱に陥った。
 一難去ってまた一難、というには、今回の一難は巨大すぎる。
 この巨大さはワームなのか、それとも、一連のサソリキメラの親玉であるのか。
 マーク少佐は、すかさず軍のKV隊に指令を下した。
 不幸中の幸いというべきか、エリミナルへの転換訓練は済んでいる。
 あのセイス・プラーガなる砲ならば、いかな巨大な敵だろうとも有効打になりえる、はずだった。
『全弾命中も、効果なし!』
「バカな‥‥」
 悲鳴のような報告に、マーク少佐は呆けたように呟くしかできない。
 ディスプレイでも戦闘は視認していた。確かに、エリミナルの攻撃は全弾が命中していた。だが、爆炎を抜けて現れたのは、ほぼ無傷の巨大キメラ。
「‥‥最早なりふり構っておれんか。傭兵を連れて来い!」
 そして、傭兵に命運が託される。



 戦闘をモニターしながら、マイヤーは上機嫌だった。
「んふふ、あの程度じゃースコルピオは落ちないよ。アクラブ、サルガス、アンタレス! 3つのキメラがひとつになれば、ひとつのキメラはふふんふーん」
 その傍らで、ブリジットがデータを取り続けている。
「‥‥先ほどの攻撃で、表層のアクラブ10%が消失。しかし、問題なく補充されました。サルガス、アンタレスが無事なら、最低でも2%毎秒で補充されます」
「へー、あれだけの攻撃で10%? なるほど、生体リアクティブ・アーマーってとこかな。ま、能力者のお手並み拝見ってとこかな」
 今気づいた、とばかりに手を打つマイヤーに、ブリジットはおずおずと話しかける。
「‥‥やはり、勿体無いと思うのですが」
「あはは。どれだけ最高傑作だろうと、結局は失敗作なんだよ。出し惜しみしたって意味ないのさ」
 最高傑作で、失敗作。
 矛盾するその評価を、マイヤーはアンタレスにも与えていた。
 ――何故?
 理由を考えそうになり、ブリジットは首を振る。
 それは、マイヤーのみぞ知るものでしかない。入り込む余地など、ないのだ。

●参加者一覧

煉条トヲイ(ga0236
21歳・♂・AA
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
アンジェラ・D.S.(gb3967
39歳・♀・JG
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
BEATRICE(gc6758
28歳・♀・ER

●リプレイ本文

●超キメラ群体
 迫り来る超巨大キメラ。
 改めて目にすると、それは圧巻と言って良かった。
「全長200m、だと? ‥‥そんなデカブツ、いったいどこに隠れていたというんだ?」
 双眼鏡から目を離し、煉条トヲイ(ga0236)は誰にともなく呟く。
 その隣で、鳴神 伊織(ga0421)が小さく息をついた。
「サソリの大群の次は、巨大サソリ‥‥ですか」
『ドロームの内憂もだけど、こっちもどんどんスケールがでかくなってきたね』
 伊織に答えて苦笑したのは、シュテルン・Gに乗る赤崎羽矢子(gb2140)だ。
 KV戦でも、あれだけの巨体を相手にする機会は多くない。その敵に、トヲイと伊織は生身で挑もうとしている。
 もちろん、二人だけで向かうわけではない。プレアデスから五人が協力者として、既に先行している。メンバーはアトラス、アステローペ、アルキオネ、ケラエノ、メローペ。
 MX−D、エリミナルによる砲撃が効果をなさなかった以上、あるいはKVではなく生身での対処が必要かもしれない。
『セイス・プラーガでも損傷が確認できない‥‥ほど、頑丈?』
『いくら何でも、無傷というのはおかしいな』
 シラヌイS2『シリウス』のコックピットで御鑑 藍(gc1485)が首を傾げ、シュテルン・G『ウシンディ』に乗るカルマ・シュタット(ga6302)は疑問を返した。
 無論、いくら強力な攻撃であっても、敵がシェイドやゼオン・ジハイド専用機などであれば、無傷という可能性は十分にありえる。
 だが、あの巨大なサソリがそこまでの強敵であるとは考えにくいのだ。
 そもそも、そうであれば、既にヒューストンは壊滅していてもおかしくない。
『伏せカードがあるとしても‥‥まずは目に映る物を何とかするしかありませんか‥‥』
 ロングボウII『ミサイルキャリア』からBEATRICE(gc6758)が応えた。
 いずれにせよ、動かなければ始まらない。
『あれだけの巨体が気づかれずに接近してきたこと自体、不自然ですしね。湧いて出たわけでも‥‥』
 そこまで言ったところで、北柴 航三郎(ga4410)はふと口を噤む。
 湧いた。自らのその言葉が、何か引っかかる。
 が、ウーフー2『第三勝鴉』のカメラには、今のところ不審な点は見えていない。
『こちらコールサイン『Dame Angel』。巨大サソリの正体暴きも含めて、速やかに殲滅しましょう』
 アンジェラ・D.S.(gb3967)の声に、傭兵たちが動き始める。
 六機のKVのうち、カルマ機、羽矢子機、藍機の三機は空から、残る航三郎機、アンジェラ機、BEATRICE機の三機は地上からだ。
『まずあたし達が仕掛けるから、ラウディ達はしばらく周囲の警戒をお願い』
 羽矢子の通信に、ラウディ=ジョージ(gz0099)から了解の声が返る。
 これで敵に集中できる、と羽矢子の視線が改めて巨大サソリに向けられた。
(あれだけの砲撃で無傷のはずがない。何か仕掛けがあるはずなんだ)
 そのカラクリを見破らなければ、恐らく勝ち目はない。
 眼下で土煙を上げて進む巨大サソリの表面は、細かいタイルか鱗を貼ったようにざらついているように見えた。
 と、カルマのウシンディがふわりと上昇し始める。
 上昇気流を掴んだのか、さながら鳥の如く高度を上げていく機体の中で、カルマはご機嫌だ。
「竜鳥飛び、なんてな。さて‥‥」
 一人呟きながら、下方を見下ろす。
 やや高空から全体を見渡せば、何かしらが見つかるかとも思ったが、そう甘い敵ではないらしい。
 少なくとも、周囲に敵以外の「怪しい何か」は見当たらない。
(とすれば、仕掛けがあるなら敵自体‥‥?)
 エリミナルの砲撃を、実質的に無効化した何か。
 強力なフォースフィールドか、あるいはそれに類するものか。
 カルマがそこまで考えた時、BEATRICE機からペイント弾が巨大サソリに撃ち込まれた。
 数発のペイント弾は、サソリの表面に一定の間隔で付着する。
 それを合図に、羽矢子のシュテルン・Gが高分子レーザーライフルを発射。
 セイス・プラーガの一斉射ほどではないにせよ、単機としては群を抜く威力のレーザーが巨大サソリを次々に穿つ。
『どう?』
 羽矢子の問いに、その様子を観察していた航三郎とBEATRICEは一瞬答えることができなかった。
 HWやゴーレム程度なら軽く撃破できそうな程の火力を叩きこまれた敵の装甲は、見る間にその傷を復元させていたからだ。
『効果‥‥ありません』
『自己再生、のようですね‥‥いえ、自己増殖、でしょうか‥‥』
 呻くように伝えた航三郎に次いで、BEATRICEは努めて冷静に観測結果を述べる。
 彼女の見た光景は、レーザーの着弾痕を埋め尽くすように「増える」、小型のサソリキメラだった。
『増殖‥‥!? まさか、これ、超巨大サソリじゃなくて、無数のサソリの群体‥‥なわけ?』
 うげ、と実に嫌そうな顔をして、羽矢子は巨大サソリを振り返った。
 言われて見れば、表面の鱗の一枚一枚は、以前に戦った小型サソリが丸まったように見えなくもない。
「超キメラ群体、とでも言うべきか」
 KV隊の通信を聞き、トヲイは呆れたように呟く。
「群体による高速再生‥‥ペイント弾の位置に変化はなし‥‥その場で増殖して、装甲を再生させている?」
 上空を旋回するシリウスのコックピットで、藍もまた考えをまとめていた。
 その再生も、生易しいものではないだろう。
 エリミナルの砲撃を凌ぎ、羽矢子の射撃も物ともせず、平気な様子の巨大サソリ。
(‥‥手応えがなさすぎる、わね)
 手持ちの兵装で、果たして倒し切れるのか。
 アンジェラは僅かな不安を覚え、首を振った。

●スコルピオ
『レーザーがダメなら!』
 カルマは機体を降下させつつ、ツングースカの照準を巨大サソリに合わせた。
 47mmの砲弾が雨のように着弾していくが、そのそばから傷が塞がっていく。
 ならばと切り替えた高分子レーザーも、やはり効果は薄い。というよりも、どちらも効果は無い、と言っていい。
『群体、だから? 当たっても、表層が剥がれるだけで、効果が奥まで浸透していません』
 第三勝鴉でデータを分析する航三郎の声は、極めて事務的だ。
 そうしないと、嫌な予感で頭の中が埋め尽くされそうだった。
『嫌らしい敵だけど‥‥無限に再生、なんてはずはない。何か、止める方法があるはず‥‥!』
 羽矢子は自らに言い聞かせるように言った。
『脚を‥‥狙いましょう。あそこなら、胴体よりは層も薄い‥‥はずです』
『確かに。やるだけやりましょうか』
 藍の提案にアンジェラが頷いた。
 直後、彼女のリンクス『アルテミス』が放った30mm重機関砲とLPM−1の弾丸が、サソリの右前脚に着弾。
 脚といっても、一本一本はKV程もある。狙って当たらない大きさではない。
 当たったそばから再生、というのは変わらないにしろ、上手くいけば脚への攻撃で動きを止められるかもしれない。
 だが、命中させたにも関わらずアンジェラは不満気だ。
 彼女の狙いは、「同じ箇所」に弾丸を集中させることであった。
 しかし、目標は動いているのだ。ただでさえ難しいその狙いは、当然、より不確定となる。
 高い狙撃能力を持つリンクスでさえ、となれば、他の機体での「狙撃」もまた現実的ではない。
『‥‥とにかく、足を止めよう』
 機体をUターンさせたカルマが、今度は脚を目掛けてツングースカとレーザーを掃射する。
 決定打には成り得ないにせよ、少なくとも時間稼ぎにはなる。ならば、続けるべきだ。

 KV班が攻撃を続ける一方で、生身のトヲイと伊織、そしてプレアデスの五人は巨大サソリの至近にまで迫っていた。
「‥‥改めて近づくと、呆れますね」
 伊織がぽつりと零す。
 サイズの差は歴然だ。まさに、アリと象と言える。
 しかし、だからこそと言うべきか、巨大サソリの意識は彼女たちにはほとんど向いていないようだった。
『聞こえるか。メローペだ』
 その時、先行していたプレアデス、メローペから通信が入る。
 彼は探査の眼を駆使して、巨大サソリを探っていた。
『ひと通り全身を観察したが、十と少しの箇所が、他と比べて密度が高いようだ』
「密度が‥‥? 急所、でしょうか」
『恐らく』
 伊織の問いを、メローペは肯定する。
 と、別の声が入った。ケラエノだ。
『ケラエノでーす。メローペの言う点を、軽く図に起こしたんだけどね、どうもアレ、星座みたい。さそり座』
『さそり座? ――アンタレスか!』
 その情報に、トヲイが反応する。アンタレス、つまり以前の特大型だ。
『なるほど‥‥。この前の変態チックな匂いの理由は、これか。単なるキメラの司令塔とか、普通すぎると思ったんだ』
 羽矢子は、何か納得したように頷いた。
『アンタレス、さそり座‥‥ロマンチスト、なのでしょうか‥‥』
『あ、悪趣味に‥‥思えます』
 BEATRICEと藍の感想は対照的に聞こえるが、ある意味ではどちらも正しい。
 悪趣味なロマンチスト。
「妙な点が多すぎると思った‥‥」
 そこから連想される敵に思い当たる節があり、航三郎は頭を抱えて思わず呟いた。
『例の特大が司令塔、急所とすると、恐らく再生もそこで司っているわね?』
『まー、多分そうでしょ。原理や仕組みはともかく』
 アンジェラの推測に、ケラエノは頷く。
『なら、決まりだな。‥‥俺たちじゃ、多分無理だ。苦労をかけるけど、頼むよ』
 と、カルマ。
 再生をどうにかしない限り、打つ手はない。
 だが、KVでの「狙撃」は無理があった。であれば、残るのは生身による至近距離からの一点集中、となる。
 サイズ差は、この場合は好都合だ。一度取り付いてしまえば、象がいくら動こうとアリに影響はない。
「‥‥思わぬ大仕事、だな。応援を頼んで良かった」
 トヲイが僅かに苦笑する。
 戦闘前は、生身の自分たちはサポートだと思っていたのだ。
 それが、蓋を開ければ生身こそが最重要となってしまっている。
 伊織もまた、予期せぬ修羅場に不敵な笑みを浮かべていた。

●失敗作
「結局、アレは工芸品なんだ」
 どこかで、マイヤーが言った。
「確かに、スコルピオは凄い。でも、ワンオフだ。量産できなきゃ、失敗作だよ。キメラは、兵器だからね」
「そこまでお考えとは、思いませんでした」
 ブリジットが珍しく感心した声を上げる。
「アンタレスも、そうだね。単体でもそりゃ強いけど、単体だと結局意味がない。アレなら、ミルザムのがマシだよ。兵器としては」
「‥‥では、チャールズはどうなのです?」
「ん? アレは趣味だからねぇ。キメラは仕事。強化人間は趣味」
「はぁ‥‥」
 一転して、女は深々とため息をついた。

 意を決してしまいさえすれば、巨大サソリに取り付くことは難しいことではない。
 人でも、羽虫を捉えるのには苦労するのだ。ましてや、鈍重なこのサソリにとって、四方から迫る能力者を迎撃するなど不可能に近い。加えて、KV班による牽制攻撃もある。
「まずは‥‥!」
 取り付いたトヲイは、小さい地震が続いているような足元にもよろめくことなく、頭部へと走る。
 巨大サソリの武器は、そのハサミと尻尾だ。いずれも、自身の体表に向けて振り下ろすようにはできていない。阻むものは何もなかった。
 辿り着いたそこは、確かに他と比べて鱗の密度が高い。もっとも、言われなければわからなかっただろうが。
「ここだ!」
 その中心へと、トヲイは猛撃を使用してシュナイザーを叩きつけた。
 甲高い排気音が響き、紙を裂くように表層が抉れるも、すぐさま増殖が始まる。
 うぞうぞと小型のサソリが湧き出る――文字通り――光景は見ていて気持ちの良いものではないが、トヲイは気にせず、二度三度とシュナイザーを振るう。
 まるで土木工事のようだ。あっという間に、自らの身体よりも深くなる。
 六度目で、爪先に硬い感触があった。迷うより先に、剣劇を発動する。
 深々と抉れた傷跡の中で、一際大きな手応えと共に体液のようなものが勢い良く吹き出し、その周囲の生気が若干失われた。
 一体だけでは、やはりそこまで大きな影響はないようだ。だが、それも長くはあるまい。
 伊織が達した場所は、星座でいうとちょうど心臓、星のアンタレスの位置である。
 彼女の身体から放たれる淡い蒼光が強くなり、その手の鬼蛍、そしてスノードロップから響く排気音が高くなる。
「遠慮はしません」
 呟きと同時に、小銃が真下に向けられ、立て続けに発砲された。
 五連続で響いた銃声と共に伊織の足元に深い弾痕が穿たれ、その痕が塞がれるよりも早く鬼蛍が差し込まれる。
 柄元まで刺さった黒刃が抉るように捻られ、更に深々とその刀身を沈めていく。
 弾痕に伊織の腕の半ばまでが飲み込まれた頃、痕と刃の隙間からごぼりと体液が染み出してきた。
 素早く刃を抜き取ると、勢い良く振り払う。ピッと音を立てて、一文字に液が散った。
 同じ頃、プレアデスの五人もそれぞれに急所を穿つことに成功している。
 ここだけを取り上げれば、実にあっさりと事態は推移しているように見えるだろう。 
 しかし、上級職の身体能力と、生身ゆえに可能だった一点集中、この二つが合わさってこその成果であることを忘れてはいけない。
 事実、一箇所を攻撃するだけで、トヲイと伊織はかなりの体力と練力を消耗していた。
 プレアデスの助力がなければ、恐らくは急所を潰しきれなかったはずだ。
 そんなことをチラと考え、伊織は別の急所へと向かった。

 それから間もなく、最後の急所を叩いたという連絡が入る。
『ワタシが確かめよう』
 アンジェラが、改めてアルテミスのLPM−1の照準を巨大サソリの眉間に据える。
 銃声と共に弾けたサソリの眉間は、今までとは明らかに違う様相を呈した。
『再生、認められません!』
 航三郎の快哉が響く。
『煉条さん、鳴神さん、そしてプレアデスの皆さん、速やかに離脱してください‥‥』
 BEATRICEの警告に、巨大サソリから七人が全速力で離れていく。
 再生能力を失った以上、これはただのキメラの塊に過ぎない。
 であれば、
『まとめて焼き払うのが一番、だ』
『ふ、フレア弾‥‥投下します‥‥!』
 カルマのウシンディからGプラズマ弾が、藍のシリウスからフレア弾がそれぞれ投下される。
 司令塔を失った影響か、最早身動きすら取れていないサソリの中心部に吸い寄せられるように、二発の爆弾が落下していく。
『念のため、これが終わったらエリミナルでダメ押し、お願いします』
 巨大な爆光が上がるのと同時に、羽矢子は後方の正規軍へ無線を飛ばした。
 直後、彼女の機体からもフレア弾が投下される。
 轟と吹き上がる炎を背景に、傭兵たちはヒューストンへと帰還していく。
 それと入れ替わるようにエリミナルが前進し、セイス・プラーガの斉射が巨大キメラの残滓すら吹き飛ばした。

 その内にいくつもの傷跡を残したものの、ヒューストンはようやく平穏を取り戻したのである。