●リプレイ本文
●過去の記憶
高速移動艇の出発まで、少しだけ時間があった。
それを利用して、瓜生 巴(
ga5119)は先行したという傭兵の情報をオペレーターに問い合わせる。
個人情報ゆえに少しだけ渋い顔をしたが、少しだけなら、と話し出す。
彼の登録名はカルロス。
キメラの襲撃により重傷を負い、その治療の過程で能力者であることが判明した。
「‥‥それだけですか?」
「すまんな」
守秘義務、とでも言うのだろうか。実に断片的な情報しかオペレーターは話さない。
そこへ、おずおずと一人の男が近付いてきた。
「なぁ、あんたたち例の山羊頭のキメラを退治に行くんだろう?」
巴がそうだと頷くと、その男はいきなり頭を下げた。
「頼む! あいつを、カルロスを助けてやってくれ!」
思わず、巴とオペレーターは顔を見合わせる。
出発まで、あまり時間は残されていない。
とりあえず、その男からカルロスについて知っていることを聞き出すことにした巴だった。
「カルロスさん、って言うんですね」
高速移動艇の中で巴の話を聞き、フィオナ・フレーバー(
gb0176)は頷いた。
名前も分からない傭兵を助けるというのは、少々やりにくい気がしていたのだ。
「親兄弟を山羊頭のキメラに殺された、ねぇ」
MIDOH(
ga0151)が呟く。
それが元でトラウマとなり、他の傭兵仲間から「弱虫」とあだ名されているとも言う。
彼女はそれが無性に腹立たしかった。
弱虫のどこがいけないのか。そう思う。
「敵が怖いってのは、普通の感覚だろうに‥‥」
「そうですね」
MIDOHの呟きに辰巳 空(
ga4698)が同意する。
「彼は、カルロスはトラウマを払拭するために単身で向かったのでしょうか?」
誰ともなしに、空は言う。
だとすれば。
だとすれば、人の心とは何と弱いものだろう。そう考えて、一つため息をつく。
「無謀な行動は、自分の死を近づけるだけだというのに‥‥」
鳴神 伊織(
ga0421)は、少しだけ同情したように言う。
透き通った眼差しでそうした会話を見つめていた巴は、ふと視線を窓の外へと移した。
「ま、ただのバカじゃないってのは救い‥‥かもね」
移動艇が旋回を始める。
目的地へと到着したのだ。
●黄昏の孤立、そして‥‥。
ガチガチと歯が鳴る。
手が震える。
ここに来るまでの間も、ずっとそうだ。
山羊頭のキメラ、バフォメットを目の前にして、それは一層激しくなった。
無理矢理奥歯を噛み締めて、震えを止める。
搾り出すような声を上げて走り出す。
バフォメットの無機質な瞳が細くなる。口元が醜く歪んだ気がした。
嘲笑っているのか?
「‥‥くそがぁっ!!」
ハンドガンを連射する。大して効いたようには見えない。
刀を振りかぶって、思いっきり切り付ける。手応えは、無い。
「上!?」
その背の翼を広げて、バフォメットは悠々と空を飛んでいた。
刀は届かない。ハンドガンを使わないと。
だが、俺がハンドガンを構えるより早く、キメラはその腕を振り上げていた。
空気を切り裂いて豪腕が迫る。
とっさに構えた刀の上から衝撃が貫き、吹き飛ばされる。
呼吸が止まる。目の前がチカチカする。
その間に、闇を凝縮したような塊と光の玉が相次いで飛んできた。
闇が体の力を奪い、光が皮膚を焼く。
「‥‥畜生」
地面に倒れ込む寸前、駆け込んでくる人影が見えた気がした。
「あれか!」
村に迫っていた能力者たちは、すぐにバフォメットの姿を認めた。
キメラが空へ浮かび上がっていたこと、そして光弾を使用したことが大きい。
八人は次々に覚醒し、一気に駆けた。
「作戦目標はバフォメットの撃破。先行した傭兵も救出する。各自、行動を開始してくれ」
走りながら緑川 安則(
ga0157)が言う。
その間にもSMGを取り出し、安則はキメラへと狙いを定めた。
強弾撃、狙撃眼、影撃ちの三つを同時に使用し、一気に弾丸を撃ち出す。
足元の傭兵に気を取られていたバフォメットは回避もままならず、その強力な一撃をまともに食らってしまう。
雄叫びを上げて姿勢を崩すバフォメット。
そして新たなる敵へと憎悪の眼差しを向けると、その巨躯を翻して飛んでくる。
「落とす!」
MIDOHが翼めがけてスコーピオンを連射する。
一発目こそ外れたが、残りはその羽根の付け根を抉った。
次いで巴のエネルギーガンが、キメラの身を焼く。皮膚の焦げる臭いが辺りに漂う。
「空を飛ばれては、目障りです」
伊織が大きく踏み込み、月詠を抜刀する。
自身を纏う光と共に空気が逆巻き、神速を超えた抜き打ちが衝撃となってバフォメットを切り裂く。
たまらず、地響きを立ててキメラは落下した。
「その羽根は、抉らせていただきます」
真紅の眼光を宿した空が瞬速縮地で一気に間合いを詰め、朱鳳を振るう。
羽根が根元から両断され、村の廃墟にキメラの絶叫が木霊した。
一方、その間に木花咲耶(
ga5139)、フィオナ、中岑 天下(
gb0369)の三人は傭兵、カルロスの元へとたどり着いていた。
「カルロスさん!」
フィオナが呼びかけるも、意識は無い。
慌てて脈と呼吸を見るが、そちらは正常だ。
どうやら、命に別状は無いらしい。ほっとフィオナは息をつく。
「ここでは危険です。建物の陰へ」
咲耶の言葉に、天下がカルロスを背負った。
物陰に横たえると、フィオナが練成治療を施す。外傷が癒えて、男の顔に若干生気が戻ってきた。
天下は練成治療で治癒しきれなかった部分を、てきぱきと止血している。
「う‥‥」
一声呻いて、カルロスがゆっくりと目を開ける。
「気が付いた?」
声をかける天下の方へ顔を向けると、小さく、君たちは? と呟いた。
「わたくしたちは、ラストホープから派遣された傭兵です」
咲耶が答えると、男は再び目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「‥‥俺なら、もう大丈夫だ。仲間の手助けに行ってやってくれ」
体を起こしながら、カルロスが言う。
その体を支えながら、天下が応えて言った。
「でも、あなたはそれでいいの?」
「そうです。あのキメラに、何か思い入れがあるのでは?」
フィオナも続けて問うた。
それらの言葉に、男は一瞬戸惑ったように表情を固まらせる。
だが、すぐに力無く笑って首を横に振った。
「わざわざ足手まといを連れて行くことは無いさ。‥‥思い入れだけでキメラを倒せれば、誰も苦労はしない」
自嘲気味に呟くカルロスに、天下とフィオナは顔を見合わせる。
そこへ、一人立ち上がって周囲を警戒していた咲耶が、背中越しに声をかけてきた。
「己の分を弁えるのは、大事なことです。‥‥カルロス様のお気持ちは、理解できないではありませんが」
生きてこそ、思いの立つ瀬もある。
言外ににじみ出たその意図を受け、カルロスは頷いた。
その時、バフォメットの絶叫が響く。
「行ってくれ。頼む」
男の言葉に三人は一瞬だけ視線を交わすと、走り出す。
戦いは佳境に差し掛かっていた。
●悪夢の果てに光を見た
「はっ!」
瞬天速で駆け込んできた天下が、地面でのたうつバフォメットの急所を突く。
ファングのSESが唸りを上げ、鮮やかな深紅の髪が黄昏に踊った。
「こんなものですか、偽りの悪魔よ!」
三メートルにも及ぶ巨大な刃が、咲耶の叫びと共にキメラに振り下ろされる。
その質量と勢いに、さしものバフォメットの巨体も吹き飛んだ。
苦し紛れに、キメラは光と闇の弾丸を四方にばら撒く。
当てずっぽうのそれは殆どが外れたが、一つが巴へと襲い掛かった。
「‥‥残念でした」
だが、巴は光を両手から発し、虚闇黒衣を発動させる。
暗黒のヴェールによって高められた彼女の抵抗は、バフォメットの最後の足掻きを無力化した。
「伊織さん!」
フィオナが叫んで練成強化を伊織へとかける。
「終わりです。この黒刀の一撃、身を以って知りなさい」
伊織の体が炎の如き闘気に包まれ、黒刃が赤い輝きを纏って煌めいた。
振り下ろされた刃は、断末魔すら刈り取ってキメラの命を消し去る。
どう、と音を立ててバフォメットは地に伏せ、そのまま動かなくなった。
キメラを倒した能力者たちは、カルロスの元へ集まった。
その頃には、男は自力で立ち上がれる程度には回復していた。
「無茶をするな、貴公は」
安則の呆れたような言葉に、カルロスは苦笑した。
「俺は‥‥能力者になっても、何も変っていない気がしていたんだ。結局、俺は誰一人、何一つ救えないままじゃないか、ってね」
「阿呆かお前は」
MIDOHが一喝する。
「だからって、キメラに特攻してどうなる? お前が倒すべき敵は、キメラを造るバグアだろうが。青臭いヒロイズム気取ってるんじゃないよ」
「まぁまぁ」
あまりの剣幕に、慌ててフィオナが仲裁に入る。
だが、当のカルロスは真剣に聞き入っていた。
「そうだな。俺は、どこかで覚悟の意味を履き違えていたのかもしれない」
「そうね」
男の呟きに、天下が応じた。
「でも、気付いたのなら変えられるわ。あなた自身のことなのだから」
「あのキメラに一人で突っ込む度胸はあるんだし、ね。それに、戦闘以外でも色々とできるわよ」
巴が後を引き継ぎ、機体開発のテストパイロットとかね、と付け加える。
それもいいな、と男は笑った。
「貴公は能力者だ。少なからず依頼もこなしたのだろう。ならば、誰かを守る一翼は既に担っているのだよ」
安則が言う。
「くれぐれも、今後は無茶はなさいませんように」
念を押すように咲耶が言った。
助けられた負い目か、カルロスは恥ずかしげに頬をかいた。
「何にせよ‥‥これであなたも、一歩先に進めたら良いですね」
伊織が微笑みかける。
「ああ、ありがとう」
カルロスは礼を言って、頭を下げた。
これで、カルロスのトラウマが払拭できたかはまだ分からない。
だが、八人の能力者たちによって、彼が絶対絶命のピンチを救われたことは確かだ。
それは、男にとっての光明となっただろう。
彼がそれを引き継ぎ、他の人々の光となれるかは‥‥時を待たねばならない。