タイトル:【BR】レゾン・デートルマスター:瀬良はひふ

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/21 22:06

●オープニング本文


 チャールズ・グロブナーは、今日もスラムの薄暗い路地を歩いている。
 その手には、琥珀色の液体が入った瓶。
「‥‥何をやっているんだ、俺は」
 そう呟くのも、何度目だろうか。
 ここ数週間、脳裏に浮かぶのは変わらないヒューストンの光景。
 雲霞の如きサソリキメラの群れと、巨大なサソリの王。勇敢に戦う傭兵たち、そして、UPC。

 ――なぜ、自分はその場にいなかったのか?
 ――それは、UPCに見つかるわけにはいかないからだ。
 ――なぜ、UPCに見つかってはいけないのか?
 ――それは、ドクターに迷惑がかかるからだ。
 ――なぜ、ドクターに迷惑がかかるのか?
 ――それは‥‥。

 ガシャン、とガラスの砕ける音が響く。
 思わず力が入ってしまったのだろう。チャールズの手の中で、酒瓶が粉々になっていた。
 幸い、痛みはない。
 酔いのせいかと手を見れば、握りつぶしたガラスの破片は、チャールズの皮膚に傷ひとつ付けていなかった。
「‥‥」
 ぼんやりとした違和感が、青年の体の内側で焦点を結び始める。
「まがいもの」
 いつか、傭兵たちに語った言葉がふと浮き上がった。
 まがいもの、バスタード。『キメラと戦うことのできる、能力者の偽者』。バスタード・ライダー。
 その存在について、チャールズは疑問を持ってこなかったことに気づく。
 いや、持とうとしなかった、というべきか。
 ドクターの開発したアーマーシステムには、よく考えれば疑問点しかない。
「俺は‥‥」
 キメラと戦っていた時には、考えもしなかった。
 今にして思えば、面識を得た傭兵たちの幾人かは、チャールズを怪訝な目で見ていたではないか。
 あの時は、未知の技術を用いた自分を怪しむのは仕方がない、と思っていた。
 だが、その未知の技術について、チャールズはあまりにも知らなすぎる。
 ドクターは言っていた。アーマーシステムとは、エミタなしでもキメラと戦える技術だと。
 そして、こうも言っていた。「理由は不明だが、強化人間、ましてやバグアには効果を発揮しない」と。
 これは、おかしいのだ。
 キメラも含めて、一般人がバグアと戦えない理由は、そのフォースフィールドを突破できないからである。
 言い換えれば、フォースフィールドさえ突破できれば、キメラはおろかバグアとも戦える――勝負になるかはともかく――はずなのだ。
 元軍人のチャールズは、そのことを一番良く知っていた。
「俺は‥‥一体、何だ‥‥?」
 だというのに、今の今までその事実に気づかなかった。
 いや、気づけなかったのか。
 そして、もしもそれが、意図的に気づけないようにされていたのだとすれば‥‥?
「俺は‥‥人間なのか‥‥?」
 洗脳。
 その単語が、チャールズの脳内を駆け巡る。
 万が一それが事実だとすれば、自身は既に人間ではない。だが、そんな思考を受け入れられるはずもない。
 その時、ずいぶんと久しぶりに、男の腕時計からアラームのような音が鳴った。
 キメラ探知機、とドクターが称していたものだ。
 チャールズは青ざめた表情のまま、ゆっくりと反応のある方角へと歩き始める。
「俺は‥‥何のために‥‥」
 一歩進むたびに、自分の中の何かが崩れいくような感覚。
 今は、キメラを倒さねばならない、という強迫観念にも似た信念だけが、チャールズの心を支えていた。



「よォ、ドク」
「いらっしゃい、ジャン・バルドー」
 寂れた喫茶店で、ドクと呼ばれた男が、いかにも柄の悪そうな男を出迎えていた。
 ジャン・バルドーと呼ばれた男は、長身に浅黒い肌を纏わせた、ネコ科の猛獣を思わせる佇まいだ。
「出張は済んだんだってナ?」
「見ての通りさ。あ、ヒューストン土産があるよ」
「それ目当てサ」
「君らしいねぇ」
 けらけらと笑いながら、ドク、アルフレッド=マイヤーは、ある物を取り出す。
 それは、ややゴツいベルトに見える。
「ガキくせェ代物だよナ、相変わらズ」
「ロマンと言ってほしいな」
 心外だとばかりに胸を張るマイヤーに、ジャンは肩を竦めた。
「マ、これで俺もバグア・ライダーってわけダ」
「まさに力の2号さ。せいぜい暴れてくれていいよ」
「先輩はどうすル? ヤっちまうカ?」
「あー、相手にしなくていいよ。もしかち合っても、適当にやり過ごしといて」
「ふーン。マ、それが指示なら従うけどヨ」
「もう少しで、もっと面白くなるのさ。君も楽しめると思うよ」
 そう言うとマイヤーは子供のような笑顔を浮かべる。
 ジャンはそれを見て、もう一度肩を竦めた。
「おォ、怖ェ」

 ジャンが去ると、店の奥からブリジット=イーデンが入れ替わりに現れた。
「指示通り、発信器付きのキメラを放ちましたが‥‥」
 言外に非難の色を込めて、彼女は伝える。
「ごくろーさま。通報も?」
「はい」
 怪訝な顔のブリジットを気にするでもなく、マイヤーは満足気に頷く。
 耐え切れずに、白衣の女は口を開いた。
「理由を伺っても?」
「んー‥‥楽しそうだから」
「それは、わかっています」
「そう? 仕方ないなぁ」
 やれやれと男は首をふると、大儀そうにブリジットへと向き直る。
「チャーリーはね、ヒューストンで何もしなかったのさ」
「それが、何か」
「ダブルコントロールは、副作用があるって言ったでしょ。簡単に言うと、矛盾なんだ。二つの反する概念が脳に刷り込まれてるから、ちょっとした切っ掛けでそれが顕在化する」
「‥‥まさか」
「察しが早くて助かるよ」
 マイヤーはニッコリと笑う。
「壊れる寸前なのさ。だから、直してもらわないとね」
「精神崩壊‥‥ですか」
 対照的に、ブリジットは沈鬱な表情を浮かべる。
 放たれたキメラは、とても弱いものだ。恐らく、今のチャールズでも5分とかかるまい。
 とすれば、通報を受けて駆けつける能力者は、不安定なチャールズ一人に出会うこととなる。
 直す、とは、つまりそういうことなのだろう。
「下手に僕らに会えば、逆効果になりかねないからねぇ」
 そう言ってうんうんと頷いたマイヤーに、ブリジットは頭痛をこらえるように頭を抑え、ついでにもう一つだけ問いを重ねた。
「それはわかりましたが‥‥なぜ、兎のキメラなどを?」
 手元に兎のキメラなどないのに、わざわざそれを造ってまで放つ理由。しかも、「弱い」という条件まで付けて。
「ん、ちょっと、ね」
 案の定と言うべきか、その答えはブリジットの予想通りだった。
 とはいえ、送り込むキメラなどどうでも良いといえば、それまでではある。
 彼女は少しだけチャールズの心配をし、そんな自分に呆れたように二度目のため息をついた。

●参加者一覧

北柴 航三郎(ga4410
33歳・♂・ER
カルマ・シュタット(ga6302
24歳・♂・AA
九条院つばめ(ga6530
16歳・♀・AA
風羽・シン(ga8190
28歳・♂・PN
白銀 楓(gb1539
17歳・♀・HD
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
桑原将監(gb8070
32歳・♂・FT
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST

●リプレイ本文

●兎と彼
 天高く。
「依頼がなければ、ピクニックでもしたいよね」
 明神坂 アリス(gc6119)は冗談めかせ、てへ、と舌を出してみせた。
 その隣で、メイプル・プラティナム(gb1539)がクスクスと笑っている。
 爽やかな風に、澄み渡る空。ここだけを抜き取れば、今が戦時など御伽話のようだ。
(ピクニック、ねぇ)
 ふぅ、と風羽・シン(ga8190)が紫煙を燻らせる。
 歴戦の勘か、あるいは作家の感性故か、男は何か嫌な予感を抱いていた。
「えっと、そろそろのはずです」
 依頼書に付属の地図を確認して、北柴 航三郎(ga4410)が改めて辺りを見回す。
 微かな異変に気づいたのは、カルマ・シュタット(ga6302)だ。
「‥‥あれは?」
 カルマの声に、7人はそちらに視線を向ける。
 よく見れば、地面の一部がやけに荒れていた。
「例のキメラでしょうか?」
 愛槍に油断なく手をかけながら、九条院つばめ(ga6530)が言う。
「‥‥いや」
 答えたのはアレックス(gb3735)だ。
「小型の兎、にしちゃ荒れ方が大きい。人、だな」
「ねえ」
 その時、様子を見るため先行したアリスが声を上げる。
「あれ、チャールズ‥‥だよね?」
 続いたその名前に、能力者達は顔を見合わせた。

 チャールズ・グロブナー。
 特徴的なパワードスーツに身を包んだその姿は、フルフェイスのヘルメットと相まって見間違えようがない。
 しかし、理由はわからないが、酷く消沈しているように見える。
「あの、チャールズ‥‥さん?」
 メイプルが、様子を伺うようにおずおずと近寄ろうとし――思わず、ひっ、と悲鳴を上げる。
 チャールズの周囲に数体の兎キメラが、文字通り散らばっているのが見えたのだ。
 その声に、ようやくチャールズは気づいたらしい。
 空気の抜ける音がして、ヘルメットとスーツの接合が解除される。
 現れた男の顔は微かに微笑んでいるようにも見えたが、どこか仮面のようだ。
「‥‥また、会ったな」
 声も、硬い。
(兎、か)
 アレックスは、思わず目を背ける。
 以前に、チャールズの父親から聞いた話が脳裏をよぎる。彼は妹を、その目の前で兎キメラに殺されていた。
「ね‥‥大丈夫? すごく、辛そうだよ?」
 アリスも、その事実を知る一人だ。
 だが、それは今は秘め、ゆっくりと男に歩み寄る。
 そんな少女を、チャールズは静かに腕を上げ、制止した。
「ああ、大丈夫、大丈夫だ‥‥」
「んー、キメラは君が倒したのか?」
 カルマが問う。
 チャールズが頷いたのを確認すると、カルマは殊更に苦笑してみせる。
「俺たちはその退治を依頼されててね。や、仕事が無くなったのは予想外‥‥と、俺はカルマ・シュタット。よろしく、えーと、チャールズ?」
「‥‥私も、初対面ですね。九条院つばめといいます。よろしくお願いします、チャールズさん」
 その隣で、つばめも折り目正しく礼をする。
 彼女もチャールズの父親から話を聞いていたものの、直接見えるのは初めてとなる。
「ああ、よろしく。‥‥チャールズだ」
 やはり、感情の抜け落ちたような対応だった。
(チャールズさん‥‥どうして‥‥?)
 航三郎は困惑を隠し切れない。
 以前に見たのはヒューストンであったが、明らかに違う。
「よぉ大将、以前会った時に比べて湿気たツラしてんな?」
 そう声をかけたシンにしてみれば、およそ半年ぶりといったところか。台詞にはおどけた色が混じってはいるが、表情はそこからは遠い。
 チャールズの反応が薄いのを見て、シンは航三郎の肩を軽く叩いた。
 何かと伺う航三郎に、男は指で兎キメラの残骸を示す。
 その意図を理解して彼が頷くと、2人は静かにその場を離れ、躯の元へと向かった。
 そんな2人とは別に、カルマは救急セットを取り出し、努めて気さくにチャールズに話しかける。
「代わりに戦ってくれたんだ。せめて、手当位させてくれないか?」
「‥‥好意だけ、受け取るよ」
「いや、恩を受けてそのまま、というのもなぁ‥‥。ま、念のためさ」
「――近寄るな!」
 歩を進めたカルマにチャールズが叫ぶ。
 その鋭さに、アレックスは眉をひそめた。
「‥‥すまない。だが、本当に、本当に必要ないんだ‥‥」
 言いながら、チャールズは顔を抑える。
 それは今にも泣き出しそうな姿に見えたが、声はまた平板な調子に戻っている。
 チグハグなその様子に、つばめは酷く不安になる。
(‥‥やっぱり、『あの人』とダブって見える。嫌な予感が‥‥上手く言えないけど‥‥このままだと、破滅的な結果を迎えてしまいそうで‥‥)
 つばめの脳裏に浮かんだのはあの人――かつて、少女が対峙した一人の剣士。
 何より強くあろうとし、敢えて師を斬ったあの人と、目の前のチャールズに共通点はあるのだろうか?
 あるとすれば、それは何だろうか?

●告白
「‥‥ここは、ちょっと空気が悪い。場所、移さないか?」
 居心地の悪い沈黙を、カルマが破った。
 戦闘の痕が生々しく残るここでは、確かに落ち着けない。
「そ、そうですね。それがいいです」
「うんうん。そう言えば、あっちに花が咲いてたよー」
 メイプルとアリスがそれぞれに頷き合う。
 そこで、メイプルはAU−KVを纏ったままなのに気づいた。
 やや頬を染めながらそれを解除すると、美しい栗色の髪が解放され、風に踊る。
「あの‥‥少しお話、しませんか?」
「うん。よければ、でいいんだけど‥‥」
 改めて、おずおずと提案する2人に、チャールズはぎこちなく頷いた。
 少女たちはホッとしたように顔を見合わせ、男を先導するように歩き出す。
 カルマとつばめも、移動するようだ。
 アレックスもまた歩き出す前に、この場を離れた航三郎とシンに視線を向ける。何かを調べているらしい。
 ひとまず合図を送ると、少年は傍らのパイドロスを押し始めた。

「コスモスと‥‥これ、何ですかね?」
「うー、わかんない。‥‥何だろ」
 メイプルとアリスが、桃色の花をつんつんとつつく。
 その後ろから覗き込んだつばめが、うーん、と首を傾げてから口を開いた。
「それは確か、孔雀アスター、かな?」
 おお、と2人がつばめに感嘆の視線を送り、つばめは、知り合いが詳しいんです、と面映ゆそうに答える。
 そんな様子を、チャールズはぼんやりと見つめていた。
「いい日だよな、今日は」
「そう‥‥だな」
 カルマの声に、男は頷く。少しだけ、落ち着いてきたようだ。
(GooDLuckの効果、かな)
 ふと思うカルマの隣で、チャールズは空を見上げる。
「本当に、いい日だ」
 その声は僅かに震えていた気がしたが、カルマはそれに気づかぬ振りをする。
「チャールズさーん! 花が綺麗ですよー!」
「コスモスと、えーと‥‥アスターだってさー!」
 恐らく、意識して明るくしているのだろう。メイプルとアリスが、分かりやすくはしゃいでいる。
 そんな姿に、チャールズは小さく微笑んだ。
「よ。待たせたな」
「どうも」
 そこへ、シンと航三郎が戻ってくる。
 シンは手には何かを持っているようだ。
「‥‥あの、チャールズさん、ここへ来たのはドクターの指示、ですか?」
 航三郎が問うも、答えはない。
 残念そうに目を落とす航三郎を横目に、それまで黙っていたアレックスが口を開いた。
「迷っているのか?」
 沈黙。
「‥‥妹さんの事、親父さんに聞いたよ」
 続いた言葉に、ピクリとチャールズが反応する。その拳が、ぎりと握られた。
 感情が揺れている。
「そう、か」
 ぽつり、と男は呟く。
「チャールズさん‥‥」
 いつの間にかメイプルとアリス、つばめも戻ってきていた。
「‥‥あのね、チャールズの事、色々聞いたんだ」
 アリスが、少しだけ申し訳なさそうに告げる。
 本当は、父親からというのは黙っておきたかったが、仕方ない。
「私が口を出せることじゃないのは、分かってます。でも‥‥」
 メイプルが言葉を継ぐ。
「自分を責めても、過去は戻ってこないです。‥‥チャールズさんが、辛い思いをしながら戦い続けるなんて、妹さんも望んでない‥‥と思います‥‥」
 出過ぎた事を言っている、という自覚があるのだろう。
 萎んでいく声と共に、メイプルは瞳を潤ませた。
「トリス‥‥ベアトリスは」
 静かに、チャールズの口から言葉が紡がれる。
「俺を、守ろうとしたんだ」
「守る‥‥?」
 つばめの声に、男は頷く。
「キメラが襲ってきた時、最初に狙われたのは俺だった」

●ヒーロー?
「逃げろ、と叫んだ。死ぬと思った。それでいい、とも。‥‥なのに」
 チャールズの頬を涙が伝う。
「トリスは‥‥俺の前に飛び出して‥‥」
 低い嗚咽。
 しばらく、誰も、何も話さなかった。
「――何の因果か、近くに軍の小隊がいて、俺は助かった。‥‥トリスは、笑っていた。『兄さんが無事でよかった』‥‥最期の言葉だ」
 自嘲するような笑いが、一瞬だけ響く。
「その後は、親父から聞いただろうが‥‥」
「チャールズは悪くないっ! 悪くないよ‥‥!」
 改めて耳にする事実に、アリスは目を真っ赤にする。
「そうです。そうですよ‥‥」
 メイプルもまた、目尻を押さえていた。
 だが、チャールズは力なく笑い、首を振る。
「違う。違うんだ。‥‥結局、俺はトリスが守った俺自身を」
 男は握りしめた拳を目の前に掲げ、自らの額へと打ち下ろす。
 鈍い音と、赤い輝きが散った。
 紅い雫が、額から流れる。
「――人間を、辞めてしまっていた」
「アーマー、システム」
 つばめが呟く。
 やはり、人の業ではなかった。
 納得できる、と言えばそうだ。だが、これは余りにも――
(‥‥悲しい話だ)
 カルマは静かに息を吐く。人間としての意識がある分、余計だ。
「つまり、ドクターというのは」
 航三郎の震えた声に、チャールズは頷く。
「バグアだろう」
 不思議と、透き通った声だ。
「どこで、間違えたのかな。最初は、ただトリスの仇を‥‥いや、俺は、俺を許せなかったのか‥‥?」
「まだ、やり直せます」
 つばめが、しっかりとした口調で言う。
「お前さん次第だがね」
 と、シン。
「悪いが、気になって調べた。色々、な」
「‥‥」
「偶然にしちゃ、出来過ぎだ。ヒューストン以来、キメラと戦ったか? 因縁の『兎』が、何故今出てくる?」
 黙ったままのチャールズに、シンは小さな機械部品を取り出し、見せる。
「発信器、です。あのキメラに、入ってました」
 航三郎が説明した。
 少しだけ、皆がざわめく。
「ま、居場所の特定と、誰かさんを確実に呼ぶため、か。‥‥まだ、利用価値はあるってこった」
「本人の意思に関係なく、か」
 やれやれ、とカルマが首を振る。
 と、意を決したように航三郎が口を開く。
「あの、ドクターの事、聞いてもいいですか?」
「‥‥すまない。答えられないんだ」
 悲しげに、チャールズは目を伏せる。
「義理‥‥ですか?」
「‥‥洗脳、だろう」
 メイプルの問いに、男は呟くように答えた。
「答えない、ではなく、答えられない。‥‥この違いにも、この間気づいた」
「名前も、知らないの?」
 と、アリス。
「いや、それは‥‥答えられる。マイヤー。ドクター・マイヤーだ」
「マイヤー!?」
 その名前に、航三郎は絶句する。最悪の予想が、当たっていた。

「これから、どうするんだ?」
「そうだな‥‥」
 アレックスの問いに、チャールズは少しだけ考えこむ。
「‥‥戦うよ。俺には、それしかできない」
「復讐、か?」
「どうかな。‥‥不思議と、ドクターを憎めないんだ」
 それも洗脳か、と男は笑い、続ける。
「結果論だが、俺は戦えるようになった。‥‥戦えた」
「諸刃の剣だがな」
 シンが釘を刺す。
「知ってるだろ? 強化人間は治せる。だが、程度による」
「‥‥ね、僕らと一緒に来ない?」
 引き継いだのはアリスだ。
「やっぱり、しっかり調べてさ‥‥ちゃんと結論を出した方がいいと思うんだ。それで、もし戦う手段をなくすことになっても‥‥」
 そこで一旦トーンが落ちるが、少女はしっかりとチャールズの目を見つめ直し、続ける。
「間違った力で、このまま戦い続けて取り返しのつかないことになるよりは、ずっといいはずだよっ」
「そう、です!」
 メイプルも同調する。
「そのアーマーシステムも、本当はどんな影響があるかわからないじゃないですか‥‥!」
 単なる飾り、と片付けられるものではないのは、確かだろう。
「それでチャールズさんにもしもの事があったりしたら、そんなの絶対妹さんだって嫌だと思います!」
 少女はそこで、チャールズの腕を抱え込む。
「私だって、そんなの嫌です‥‥」
 そんな2人の少女を、ぽんぽんとチャールズが撫でる。
 わかってくれたか、と見上げた少女らの目に映ったのは、酷く優しい笑顔。
「来ては、くれませんか?」
 言葉を失う2人に代わり、つばめが悲しげに問う。
「ケジメを、つけたいんだ」
「まさか‥‥」
 カルマの声に、男は小さく頷く。
 止めねばと思うが、その表情から伝わる覚悟に言葉が出ない。
 それでも、つばめは引き止めようと言葉を重ねた。
「今のままでは、いずれ壊れてしまいます。だから」
「‥‥ありがとう」
 背を向けるチャールズに、つばめの目尻に涙が浮かぶ。
 いけない。これは、この背中は、余りにもあの人に――葦原光義に似ている。
(まだ、戻れるのに!)
 声にならない悲鳴が、少女の心に響く。 
「‥‥こんな事になる気はしてた」
 アレックスがチャールズに言う。
 その言葉に、男は一旦立ち止まった。
「アンタを否定する気はない。俺も、前は家族の復讐の為だけに戦っていた。でも‥‥今は違う」
 背中越しにチャールズの存在を感じながら、アレックスは空を見上げる。
「過去に囚われても、何も戻りはしないんだ。‥‥未来まで、殺さないでやってくれ」
「‥‥そうだな」
「‥‥俺たちは、似てるのかもな。ヒーローに憧れてる所とか、さ。力の有無や、本物か偽者かなんて関係ない。なりたいって気持ちに、蓋なんか出来ない」
 そこで、アレックスはチャールズに向き直った。
「本当は力づくでも連れて帰りたい所だが、今回はしない。アンタが悩んで答えを出して、その時は。‥‥一緒に来てくれよな、ヒーロー」
「ヒーロー、か」
 男は、少しだけ照れたように頭をかき、そのまま肩越しに手を振る。
 今は、これでいい。
 寂しげに笑うアレックスの後ろから、航三郎が声を張り上げた。
「あの! ご自分を『紛い物』と仰ってましたけど、そんな事ありません! ずっと戦ってきたその意志、心は、絶対に本物ですから!」
 むしろ、僕の方が。そう言いかけて、航三郎は首を振る。
「バスタードじゃない、僕は貴方の事、『Brave Rider』って呼びますから!」
「――光栄だ」
 そう言い残し、チャールズは去って行く。
 遠ざかるバイクのエンジン音と後姿に、シンは少しだけ不機嫌そうに煙草を噛む。
(どこまで筋書き通りなんだ? 『ドクター』さんよ)
「結局‥‥止められませんでした」
 つばめの悄然とした呟きが、秋風に揺れた。