●リプレイ本文
●南米の初夏
チリのメルス・メス本社。
南半球のここは、既に夏の色が見え始めている。
照りつける太陽の下から社屋に入ったことで、訪れた能力者達はほっと一息をついた。
「前は‥‥秋でしたね‥‥」
明るい、というよりは眩しい風景に目を細め、ラナ・ヴェクサー(
gc1748)がぽつりと呟く。
季節の移ろいが自分の身にも重なるようで、彼女は少しだけ口元に笑みを浮かべる。前に来た時より、確実に良化している。それがほんの僅かだとしても。
「季節は変わっても、博士は相変わらずかしら?」
くすりと笑ったのは、メティス・ステンノー(
ga8243)。
博士――フィリップ=アベル(gz0093)は、どうにも能力者達の到着よりも遅れて現れるきらいがあった。
もっとも、それは彼に言わせれば「能力者達が早い」のだそうだが。
「もう結構暑いし、多少だらける気持ちはわからんでもないかなぁ」
桐生 水面(
gb0679)が悪戯っぽく相槌を打つ。
常連とも言える二人の会話から、フィリップは遅刻癖の持ち主、という認識が密かに天小路桜子(
gb1928)や佐渡川 歩(
gb4026)、逆代楓(
gb5803)の初訪問組に広まった頃、フィリップがアラン=ハイゼンベルグとキャサリン=ペレーの2人を連れて研究室に現れた。
「相変わらず、早いな」
苦笑しつつ、男は2人の弟子に手早く準備をさせる。
と、楓が立ち上がった。
「お初どす。今回は宜しゅう頼んますえ。こちら、詰まらんものですけど、お茶請けにでも」
丁寧に礼をしつつ手渡したのは、どうやら有名店のカステラらしい。
期せずして手に入ったお茶菓子に、キャサリンは素早く紅茶を用意する。
楓に触発され、他の者もひと通り挨拶を終えた頃、準備が整った。
紅茶のカップを静かに手遊びながら、クラリッサ・メディスン(
ga0853)が話し始める。
「戦場が宇宙へも広がっていく以上、強力なKVが必要とされることは間違いありませんわ。ここで高性能機を出す意味は大きいですし、協力させて頂きますわね」
「宇宙専用を出したのは、今のところドロームとプチロフ、銀河の3社‥‥あ、奉天もそうね。メルスもとうとう‥‥か」
どこか感慨深げに、メティスが追従した。
「せやね。どんな機体になるか、楽しみやな」
まだ見ぬ機体を想像したか、水面が笑みを浮かべる。
「ああ、かなりの意欲を感じるぜ」
同様に、知らされた機体コンセプトにかなりの興味を引かれたようで、テト・シュタイナー(
gb5138)も不敵に笑う。
初の宇宙用機体が高級機、というチャレンジ精神が琴線に触れたのかもしれない。
「今回は‥‥サイファーをメインに、扱っている者として‥‥意見させて頂きますね」
ラナは、現在の愛機の後継、という部分に引かれているようだ。
この観点では、桜子も似通っている。
「サイファーの正当な後継機‥‥興味津々です。試作機ができたら、是非テストにも参加したいですね」
「それは気が早いが‥‥光栄だ。期待に添えるよう、努力しよう」
少女の言に、フィリップが苦笑する。
それを合図としたように、アランが口を開いた。
「では、まずは機体の性能について伺いましょう」
「そうどすなぁ‥‥固定武装の使用を考えるなら、知覚を上げた方がよろしいかと」
まず、楓が言う。
その意見に、クラリッサと歩の2人が頷いた。
「可能な限り引き上げた方が、機体の持ち味として活かせると思いますわ」
「僕も同意見です。ただ、そのために攻撃が下がる、というのは避けたいです。宇宙用の知覚兵装は、現状まだまだ少ないですし」
「自分は、逆に攻撃は多少引き下げてもいい思いますなぁ。固定武装に合わせた方が、分かりやすいかと」
攻撃との兼ね合いで、歩と楓の意見には相違があるようだ。
と、そこへアランが手を上げる。
「知覚と攻撃ですが、こちらは現状の性能から考えると、上昇幅はほとんど取れません。目立って差をつけるなら、相対的に攻撃がかなり下がるでしょう」
「実際の目安はどんなもんなん?」
水面の問いに、アランは少しだけ考え、答える。
「そうですね、現状、最低でもMX−0と同等のラインは確保する予定です」
「‥‥十分じゃねーか? 宇宙用で考えてもS−02と同等以上ってんなら、少なくとも見劣りはしねーだろ」
ふむ、とテトがリヴァティーを引き合いに出す。
「ハヤテには負けますが‥‥そこは、コンセプトの違い‥‥かと」
応じたのはラナだ。
攻撃能力で勝負する機体ではない以上、確かにそこまで重視する必要はあるまい。
とはいえ、高級機という土俵では見劣りするのも事実だろう。
「私としては、装備を重視して欲しいけどね。もう少し頑張れない?」
話題を変えつつ、メティスがアランへ妖艶な流し目を送る。
「え、ええと、MC−01以上は確実ですが‥‥」
「何赤くなってんのよ」
女性に耐性がないらしいアランを、キャサリンが肘で小突く。
初心な反応にくすくすと笑うと、メティスは応じる。
「足りないと思うわ。‥‥ソルダードの人工筋肉、応用できないの?」
「‥‥宇宙用の人工筋肉は、メルス・メスのとは出自が違うんだ。ノウハウで通じる部分も無いことはないが、な」
フィリップが横から口を挟んだ。
その説明に、水面がしたり顔で頷く。
「つまり、難しいんやな」
「‥‥有り体に言えば」
答えて、フィリップは肩をすくめた。
「わたくしは‥‥防御は回避でカバーできますから、命中をより重視すべきでは、と考えます。攻撃にも活かせますし」
おずおずと桜子が切り出す。
当たらなければ云々、ということか。
「命中は、防御性能に比べて特に低くはありません。正直、仮にバランスを変更しても誤差の範囲かと‥‥」
「なるほど‥‥」
アランの説明に、桜子は一応は納得したようだ。
「私は‥‥サイファーベースの、バランスであれば‥‥異論はありません」
「うん、同じく、だ。強いて言えば、価格上げてベースを上げる、くらいか?」
ラナの言にテトが賛同する。
元の機体に実績があるだけに、といったところだろう。
「せやねぇ‥‥うちも文句はないねんけど、練力は多めに欲しいかな」
「ええ。宇宙では、練力消費は地上と比較になりませんから‥‥可能な限り底上げをするべき、と思いますわ」
んー、と考える水面に、クラリッサがおっとりと頷いてみせる。
「確固たる保証はできませんが‥‥現時点での最高値を望めるはずです」
「‥‥大台を超える、ってことですか?」
少し驚いたような歩の声に、アランは小さく頷いた。
●盾と矛
議題は、固定武装も含めた特殊能力へと移っている。
エミオンスラスター「プロミネンス」(以下ETP)については、「練力効率重視」の一点で意見は共通しているようだ。
「性能的に回避重視だから、頻繁に使うのはETPだ。連続使用ですぐ息切れ、ってのは避けてぇ」
とはテトの弁である。
命中の上昇は度外視しても、回避性能を上げるべきだとも少女は主張する。
(ふむ‥‥)
フィリップは、その意見に少しだけ考えこむ。
「命中と回避に+、いうのは他の企業にも多いし、差別化が重要な気がするわ。うちは、効率重視がええなぁ」
水面の言葉に賛同の声が多く上がる。
(MX−0の後継、ならば‥‥敢えて命中上昇を取り入れないのも手、か?)
効率を重視するならば、上昇させる能力を絞った方が得策なのは道理だ。
だが、とフィリップはこめかみを指でトントンと叩く。今すぐに結論を出すべきではない。
「ETPに関しては了解した。次は、ディメンジョン・コーティング(以下DC)について聞かせてくれ」
「DCは‥‥ある種の切り札になりますね。具体的な上昇値は、どの程度でしょう」
桜子の問いに、フィリップは、確定ではないが、と前置きした上で答える。
「+30%、を目指している」
「‥‥やはり、それくらいは欲しいどすなぁ」
ふむ、と楓が顎に指を当てた。
「DCは、ETPとは逆に性能重視‥‥消費を度外視とまでは言わねえが、ある程度は増えても仕方ないかもな」
くるくると金髪を弄びながら、テトが呟く。
「ん、んー‥‥割合上昇は望む所なんやけど‥‥いっそ斥力制御スラスターみたいに、本当の切り札的な感じまで負荷と効果を上げてみても‥‥?」
水面が唸る。
それに賛同を示したのはラナだ。
「ですね‥‥「次元の違う」防御であるなら、効果の大きい切り札として‥‥+100%、は高望みかもしれませんが」
「2倍、は残念ながら無理だ。放熱が追いつかないし‥‥何より、そこまで消費を大きくすると、特に宇宙では、死に直結する危険性が高すぎる」
首を振るフィリップに、水面はがくりと首を落とす。
練力の切れたKVは、宇宙では鉄の棺桶に等しいのだ。
その想像に、ラナの手が微かに震える。
(大丈夫‥‥そうならないための、話し合い‥‥)
気付かれぬよう手をテーブルの下にしまい、目を閉じて小さく深呼吸。
再び開いた彼女の目には、初夏の明るい日差し。
震えは、止まっていた。
「固定武装の「コロナ」についてですが」
クラリッサの発言で、話題は光輪「コロナ」へと移ったようだ。
「先ほども申しましたが、練力消費が宇宙では桁違いです。なので、極力練力消費は抑えたい‥‥回数制限型の導入が望ましいのは間違いありませんわ」
「わたくしもそう思います。3回、程度は使いたいでしょうか?」
桜子は指を頬に当てて考えている。
回数はともかくとして、練力消費に否定的な見解が多いのは事実らしい。
「3回‥‥妥当ちゃいますか?」
楓もまた、回数制限に賛成のようだ。
「まぁ回数はその位として、いざって時の矛だろ? 性能面は頑張って欲しいな」
「うん。重要なんは、スロットを1つ潰す価値があるかどうか、やからね」
テトの言葉を水面が継ぐ。
「サイファー準拠やったら、副兵装は3つまでやろ? つまり、実質2つになる訳や。だから、選択肢を狭める価値が「コロナ」にあるなら問題ないねん」
逆に言えば、と少女の目が告げている。
「最善を尽くします」
その目をしっかりと見返し、キャサリンが答えた。
水面はにっこりと笑うと、紅茶に口をつける。
そんなやり取りを見ながら、ラナは愛機との戦歴を振り返り、言った。
「これが‥‥サイファーに載っていれば、と思える程の‥‥力があれば」
盾だけでは、敵を倒せない。
少なくとも、一矢報いられるだけの矛を。
その願いを、機体のコンセプトと違う、と一蹴できる人間などいないだろう。
(どこまで、応えられるかしら‥‥?)
盾と矛を兼ね備える「ハイロウ」の設計者として、キャサリンは静かにその想いを受け止めていた。
●『彼女』
「そうそう、外見なんだけど」
メティスが切り出す。
「やっぱサイファーの後継機なら、女性型がいいわね」
「その方がらしいなー」
頷き、水面はもむもむとカステラを頬張る。
「私も‥‥女性型を希望します‥‥。長く乗って‥‥あの形に愛着も、ありますから‥‥ね」
苦楽を共にした相棒の面影を脳裏に浮かべ、ラナが僅かに微笑んだ。
ふむ、とテトも腕を組む。
「んー、女性型でいいと思うぜ。放熱フィンもいいけど‥‥そうだな、いっそスカートアーマーを放熱フィンで、ってどうだ?」
「スカート部分に放熱フィン、ですか。それは‥‥悪くない、ですね」
アランが興味深そうにメモを取る。どうやら、女性型か放熱フィンか、という二者択一に囚われすぎていたらしい。
もっとも、その発想が性能に直結する訳ではないのだろうが。
「宇宙に女神が舞う、というシチュエーションになればいいですね」
桜子がふんわりと笑う。
幻想的なイメージだ。
そんな中、楓は不満気な表情を浮かべている。
「自分は、あまり女性型は‥‥ああ、失礼。ドロームのいい噂を聞きませんし、どうにも‥‥」
「MX−0の二の舞になる、と心配してくれているんだな」
楓の言葉に、フィリップは少しだけ複雑な声音で応えた。
「ベルナール社長は、技術者としての誇りを持つ人だ。それは、他の技術者を尊敬する、ということでもある。‥‥今すぐに、とは言わない。少しだけ、新しいドロームの様子を見てやってくれないか」
「‥‥他人には優しいのね、博士」
メティスが意味深な台詞を呟く。
それに気づかなかった振りをして、フィリップは、他には、と意見を促した。
と、歩が手を上げる。
「個人的に女性型は好みですし、他の方も支持しているようですが‥‥コロナのターゲットはどの層なんですか? いえ、広く売るなら、好みの分かれる外見は避けるべきでは、と」
「仰ることはわかります。コロナのターゲット層は、軍で言えばエース格、傭兵の皆さんで言えば性能を重視する方々、となるでしょう」
アランが答える。
「ですので、あくまでも求められるのは性能であると考えます。外見で売上に差が出るとしても、誤差の範囲でしょう」
「なるほど。あ、ついでと言いますか、こちらが実は本命ですが‥‥強化変形機構、搭載できませんか?」
「あら、それは私も興味がありますわ」
歩の次の問いに、クラリッサが反応する。
皆の反応を見るかぎり、テトも興味を持っているようだ。
アランはキャサリンと小声で幾許か話し合い、能力者達に向き直る。
「不可能‥‥ではありませんが‥‥」
「‥‥ハイロウのエネルギーを、バイパスする必要があります。武器としての使用は、不可能になるでしょう」
キャサリンの声に、少しだけ場がざわつく。
ダメ押しとばかりに、アランが付け足した。
「加えて、変形に練力を消費します。具体的な量は計算の必要がありますが‥‥効率は‥‥」
「あー‥‥そりゃ、微妙かも‥‥」
テトが残念そうにテーブルに突っ伏す。
反面、クラリッサは半ば予想していたようだ。
「次の課題‥‥ですわね?」
「‥‥そうだな」
次があればだが、という心の声を押し隠し、フィリップが答える。
「そや、機体の推奨装備どすけど、月光の宇宙版みたいなのは欲しいどすな」
楓が提案したのは、現状の【SP】BCナイフの上位互換、といった感じだろうか。
ふむと頷くフィリップに、メティスがならばと声をあげる。
「サイファーの時も言ったけど、ショップで一般販売できる兵装がいいわね。ML−3の改良型とか、いいんじゃない?」
「それ、よさそうですね」
頷いたのは桜子。
でしょう、と笑いながらメティスが続けた。
「特別品なら、ゼロ・ディフェンダーの改良版とか、増加装甲‥‥鎧型推進装甲? アレをドレス型にしたようなのとか、似合いそうよね」
女性型の特権ね、と彼女はおどける。
「とにかく」
と、テトが起き上がった。
「400万以上っつー価格に相応しい機体にしてくれれば、俺様は文句ないさ」
「微力を尽くします」
「期待は裏切りません」
アランとキャサリンが力強く答えると、少女は満足気に笑う。
2人の弟子の成長を頼もしく思いながら、フィリップは考えていた。
(‥‥ジェーンに会う必要がある、な)