●リプレイ本文
●紅と黒
ある種の予感と、それに伴う不安がメイプル・プラティナム(
gb1539)の胸中に渦巻いていた。
(チャールズさん、なのかな‥‥)
北米に現れた、機械化された、人型、の敵。
それらの言葉は、少女の脳裏にある青年を思い起こさせるのに十分だった。
(だったら、もう一度‥‥)
チャールズ・グロブナー。キメラと戦い続ける、数奇な宿命を負わされた強化人間。
「――キメラと決めてかかるのは、危険かもしれないな‥‥」
ぽつりと煉条トヲイ(
ga0236)が小さく呟く。
彼もまた、その可能性に気づいていた。そしてその声に、アレックス(
gb3735)は密かに臍を噛む。
(ちっ‥‥肝心な時に怪我とは笑えネェ)
胸騒ぎとは裏腹に、本調子とは程遠いコンディション。
身体に澱む鈍痛とは別の理由で、青年の表情がしかめられる。
何とはなしに見上げた空は、彼らの心中を表すようにどんよりと曇っていた。
現地に到着した能力者達の目に映ったのは、異形の2人の戦闘だった。
かたや黒のボディスーツに黒銀のアーマー、ヘルメットを纏った「黒い」戦士。
かたや灰銀のボディースーツに真紅のアーマー、ヘルメットを纏った「紅い」戦士。
「‥‥仲違い、か?」
通報の内容と違う様子に、湊 獅子鷹(
gc0233)は僅かに目を細めた。
彼としては好都合ではあるが、少々疑問符がつく。
「人型のキメラ、ではないな。あれは、強化人間の類だ」
ふん、と漸 王零(
ga2930)が鼻を鳴らした。
歴戦の兵である彼の目にかかれば、目の前で戦う両者の実力を見ぬくことは容易い。
(片方はチャールズ、なのか?)
ガトリングを緩々と携えながら、アレックスは両者を観察する。
双方のアーマーは初見だ。だが、見覚えがない訳ではない。
「鎧を纏った強化人間‥‥? まさか‥‥いえ、でも、この前のものとはデザインが‥‥」
九条院つばめ(
ga6530)の目に動揺が走る。
アーマーと強化人間。この組み合わせに、心当たりはある。
(つばめさんから聞いていた人‥‥)
紅と黒の目まぐるしい攻防を見据え、鐘依 透(
ga6282)は魔剣の柄を握る手に力を込めた。
「あのアーマーの雰囲気、そしてあの身のこなし。‥‥間違い、ない」
バスタード・ライダー、とトヲイが呻くように零す。
理由はよく分からない。
何故か、無性に悔しかった。
「チャールズ‥‥」
呆然と明神坂 アリス(
gc6119)が呟く。
予想外、と言えば嘘になるのだろう。
心のどこかで、そうあって欲しくないと願っていたのだ。
「‥‥チャールズさん!」
メイプルは思わず叫ぶ。
外見の違いなど、些細なことだ。その戦い方と、何よりその背中を、見間違うはずがない。
「‥‥我は黒い方を狙う。いけるな、湊?」
「任せろ」
王零の問いに、獅子鷹が不敵な笑みを返す。
魔剣と大太刀をそれぞれの腕に、2人はじりと踏み込みの機を計る。
「なら、号砲といこう」
強張った笑みを浮かべ、アレックスがガトリングを構え――弾丸が荒野に降り注いだ。
足元に突き立つ灼熱の弾雨に、紅と黒双方が咄嗟に距離を取る。
その瞬間、弾かれたように獅子鷹が駆けた。同時に、少年の腕から拳ほどの大きさの石塊が飛ぶ。
『あァ!?』
黒い戦士の顔面に飛んだそれは難なく迎撃されたが、十分に目眩ましとなった。
砕かれた石の破片と突っ込んでくる獅子鷹。自然、相手はそちらを向く。
当然、駆ける獅子鷹の背後から、王零が瞬天速で一気に踏み込んできたことに気づくのが遅れる。
「汝に力があるなら‥‥止めてみろ!」
『しゃらくせェッ!』
瞬天速の踏み込みに加え、疾風脚と円閃をも上乗せした斬撃はただでさえ驚異的な技だ。
そこに王零の腕と、電磁加速抜剣盾鞘という道具を加えた抜刀術は、まさに紫電一閃。
だが、それを腕甲で受け流した黒い戦士の能力も並ではなかった。
文字通りの火花が散り、遅れて硬質の激突音が響く。
「貴様の牙、叩き折らせてもらう!」
直後、獅子鷹が王零とは逆から斬りかかった。挟み撃ちの形だ。
電磁加速鞘の中から、輝く如来荒神の刀身が閃く。
『‥‥ハッ!』
黒い腕甲が踊り、大太刀を迎撃する。
派手な金属音と火花とが舞い、黒い戦士の口から感心とも嘲笑ともつかぬ笑い声が漏れた。
『味な真似して――』
「――貴方の相手は僕らです」
その台詞が結ばれる前に、透が迅雷の如き速さで間合いを詰めていた。
魔剣が閃き、黒の装甲に傷がつく。
『‥‥すげェナ、お前ラ』
予想外、と言った声に、獅子鷹はニヤリと口元を歪めた。
(SES搭載の武器で全力で、ぶっ叩いても耐えやがる。堅牢な装甲服かAU−KVかそれ以上だな‥‥楽しくなってきやがった)
●無垢な悪意
「よォ、チャールズ‥‥だよな?」
3人が黒い戦士を抑える間に、アレックスらが紅い戦士に接触していた。
『‥‥また会ったな』
フルフェイスのメット越しに聞こえた声は、確かにチャールズの声。
「話したいのは山々だろうが‥‥後にしよう」
トヲイが、くいと戦闘の様子を指し示す。
手練3人を向こうに回し、黒い戦士は互角に渡り合っていた。
油断できる状況ではなさそうだ。
「‥‥あの、チャールズさん、あの黒い、ライダー? 誰、ですか?」
メイプルがおずおずと問う。
チャールズは少しだけ考え、答える。
『誰かは、わからない。だが‥‥奴は、獣だ』
「獣‥‥?」
『ああ。本能のままに力を振るう‥‥ブラック・ライダー』
青いバイザーの下で青年の目が悲しげに歪んだ気がして、つばめは首を傾げた。
「チャールズ、さん?」
答えはない。
そのことに僅かな不安を覚えるも、それを飲み込んで少女は隼風を構える。
「黒い、ライダー」
アリスはそう呟くと、目を閉じて深呼吸をする。
「‥‥悪い奴か!」
少女の背に4枚の光の羽が広がり、軽やかにはためく。
再び開いた目に、迷いはない。
「そーゆー奴なら、余計なこと考えずにぶっ飛ばせるっ!」
言葉と同時にシャルトリューズが掲げられ、僅かに遅れて、戦う3人の武器が淡く輝いた。
『小細工ってかァ!?』
「手出しはさせません!」
苛立たしげな声に、透が立ちはだかる。
あからさまに舌打ちをして、黒い戦士は間合いを開けた。
それを逃さじと獅子鷹が踏み込む。
「その頭、カチ割ってやるぜ!」
大上段からの刃が、防御に掲げられた腕を装甲ごと叩き斬るように打ち下ろされる。
破裂音にも似た轟音が鳴り、装甲の破片が飛び散る。
『ってェなァおイ!』
怒号と共に、足刀が跳ねた。
受けた防御用義手の上から衝撃が身体の奥に伝わり、獅子鷹も舌打ちをして距離を取る。
単純な力比べでは、圧倒的に分が悪いらしい。
強化人間としては平均以上、なのだろう。そう察し、王零は笑う。
「得た力で欲求のまま暴れ回るか‥‥はっ! 存外純粋な奴なんだな、汝は」
『純粋だァ?』
「そうとも。‥‥我は漸王零。名を聞こう」
思わぬ展開だったのか、男は気怠そうに答える。
『はン、まァ‥‥いいカ。ジャン・バルドー』
「覚えておく。ついでだ‥‥顔も拝ませてもらう!」
会話から一転して踏み込む王零に、ジャンは再び舌打ちをした。
その斬撃を避けた先には、透の魔剣。
「貴方は、危険だ‥‥!」
『お前ラ‥‥ッ』
ジャンの目に映ったのは魔剣の軌跡と、透の背後から迫る更なる能力者達の姿。
マスクの下に壮絶な笑みを浮かべ、男は笑う。
『はァ! 傑作だゼ、これはァ!』
そして8人、いや、9人を相手に黒い旋風は勢いを弱めず――楽しげな笑い声を残して、唐突に去っていった。
「逃げたか‥‥いや」
やや不満気に獅子鷹が得物に目を落とす。
(これ以上やっても、刀身が潰れちまうか)
あの装甲の強度は予想以上だった。
硬く、粘り強く、軽い。理想的な鎧だろう。
(ま、そりゃこっちもか?)
少年の視線がチャールズを捉える。
戦いを終え、青年はメットを取り外すところだった。
「そう言えば、王零と透、獅子鷹は初見だったか。彼は――」
「チャールズ・グロブナー。‥‥ま、よろしくな」
トヲイの紹介をチャールズ自身が引き継ぐと、それに釣られるように皆が挨拶を返す。
一段落すると、トヲイがおもむろに口を開いた。
「‥‥そのアーマーは、マイヤーから?」
「ああ。完成品、だそうだ」
予想通りの答えに、トヲイの表情が曇る。
その完成品という言葉に、アリスは不安そうにチャールズを見上げた。
「新しいアーマー、確かに前より強そうだけど‥‥なんかヤダよ、それ。結局はドクターの思い通りみたいでさ‥‥」
「‥‥ありがとう。心配してくれるんだな」
「そんなの、当然‥‥っ!」
ぽん、と頭に置かれた手に、アリスは言葉を詰まらせる。
(ずるいよ、その反応‥‥!)
心中で叫び、少女はうつむいた。
「わかっているのか? 奴は、人の皮を被った悪魔だぞ?」
低い声で、トヲイが問う。
答えは、ない。
何かをこらえるように、トヲイは奥歯を噛み締める。
「えっと、完成品って、どういう性能なんですか‥‥?」
と、メイプル。
「簡単に言えば‥‥常に100%の力を出せるようになる、のだそうだ」
「力‥‥?」
少女はこめかみに指を当てる。
何かが、引っかかる言い方だ。
意図的に何かを隠すような、そんな印象。
「その開発者‥‥確か、マイヤー、だったか? どういう奴だ?」
王零が引き継ぐ。
少し考えるようにしてから、チャールズは頷いた。
「良くも悪くも、変人だな。‥‥自分の興味だけを追う、子供のような」
(子供、ね)
獅子鷹は密かに嘆息する。
ライダーなる装置を開発するのだ。それは、子供だろう。
手に負えぬ、悪童だ。
●想いは雨に
「‥‥アンタは、これから先どうする心算だ?」
不意に、アレックスが問うた。
「‥‥戦うよ」
少しの間の後、チャールズが答えた。
無表情のまま、アレックスは言葉を重ねる。
「何と? 何のために?」
「――俺は、無力だと思っていた」
返ってきたのは、直接の答えではない。
アレックスは、促すように瞑目する。
「誰も守れないと、守れなかったと、思っていた。‥‥だが、違ったんだ」
「違った‥‥?」
つばめの声に、チャールズは頷く。
「ああ。俺よりも、遥かに非力だったはずの妹が――トリスが、俺を守ってくれた」
気づくのが遅すぎたな、と青年は僅かに笑う。
その笑顔の色に、つばめは息を飲んだ。
「力の有無なんて、関係無かったんだ。俺は、ただ、無力を言い訳にしていた。視力が、エミタ適性が――とな」
「そんなこと――!」
ありません。
そう続けようとした言葉を、思わずメイプルは噛み殺した。
青年の肩が、微かに震えている。
「結局、俺のその弱さがトリスを‥‥殺した。だからこそ、俺は――」
「仇を討つ、か?」
アレックスの冷たい声が響く。
チャールズは改めて彼に向き直ると、違う、と首を振った。
「俺は‥‥トリスが守ってくれた、俺の命の意味を、探したい」
「命の、意味」
透が確かめるように呟く。
「そうだ。こんな俺に、トリスは命を与えてくれた。その意味を‥‥」
「だから、戦うの?」
聞いたのはアリスだ。
まん丸の瞳が、ゆらゆらと揺らめいている。
「‥‥ああ。俺が命を得て、そして――経緯はどうあれ、戦うための力を得た。そこには‥‥きっと意味があるはずだ」
自分に言い聞かせるような調子の言葉に、少女の表情がくしゃりと歪んだ。
と、王零が僅かに困ったような顔をしながら、言う。
「‥‥その力、そのせいで汝は人から外れかけている。今なら、元に戻れる可能性もある。‥‥そのまま死ぬことになっても、汝に悔いはないのか?」
「そうだ、チャールズ。完全に戻れなくなるのは、そう遠くないはずだ」
アレックスもまた、言葉を添える。
その声音に、先ほどの冷たさはない。
それどころか――
「‥‥それでも、戦い続けるのか?」
どこか、悲しみをこらえるような響きがある。
「それでも、戦うよ。‥‥やっと、見つけたんだ」
酷く透き通った声音と表情で、チャールズは答えた。
その姿に、つばめは思わず嗚咽を零しそうになる。
(あの達観した表情は‥‥遅かれ早かれ死地に向かう人のもの。それがわかっているのに‥‥手を伸ばせば届くのに‥‥)
熱い感触が目尻に溢れ、頬を伝った。
(止めなければ、ならないのに‥‥私は、また、何もできないの‥‥?)
そんなつばめの頬を、透が優しく拭う。
ハッと振り向いた少女の目に、大丈夫と頷く恋人の顔が映った。
「‥‥一緒に、来てはいただけませんか?」
透が、静かに尋ねる。
その視線が、青年の目を見据える。
「貴方は、独りではないんです」
「‥‥ね、チャールズ」
「チャールズさん‥‥」
アリスとメイプルも、懇願するような目で見つめている。
だが、それに対する返答も、否だった。
アリスは、弾かれたようにチャールズへ駆け寄り、その右腕を取る。
「‥‥わかってたけどさ‥‥。ね、せめて、一つだけ」
涙で震える声を気丈に抑え、少女は青年を見上げて小指同士を絡めた。
「チャールズだけでどうしようもなくなったら、僕たちを呼んでよ? 何があっても駆けつけるから‥‥いい? 絶対、約束だよ!?」
「――約束、です」
いつの間にか、メイプルも青年の左手に小指を絡めている。
「チャールズさんは一人じゃありません。お願いです、忘れないで‥‥!」
「‥‥ありがとう」
まるで、兄妹のゆびきりげんまん。
そこだけを切り取れば、心温まる情景。
(それを守れんのか? あんた)
獅子鷹の心の呟きは、アレックスの声に隠れる。
「なぁ、チャールズ。ドクターってのは、興味本位の子供、だったな?」
「‥‥ああ」
「なら、アンタは戯れで‥‥遊びで、改造された‥‥そう言うのか!?」
抑えていた感情の激発。
痛む身体も構わず、アレックスは声を張り上げた。
無言を肯定と取り、彼は青年を睨みつける。
「俺達がっ、本当に戦わなきゃいけないのは‥‥ッ! そういう、人を、命を踏みにじるようなヤツじゃないのか!?」
心の痛みが、彼を叫ばせる。
「答えろよ、ヒーローッ!!」
「‥‥そうだな」
チャールズが頷く。
「だからこそ‥‥アレックス。俺で、最後にしてくれ」
その言葉の真意がつかめず、つばめは不安気に眉をひそめる。
そして、ふと気づく。
彼は、自分を許していないのではないか。
(己に厳しすぎる‥‥他人に頼れない‥‥?)
ならばあれは達観ではなく、諦観、なのだろうか。
「――チャールズさん!」
「俺は、奴を追う。‥‥また、な」
つばめの手は、僅かにその背に届かない。
やがてバイクの音が遠ざかり‥‥冷たい雨が降り始めた。
(‥‥チャールズ、お前は)
トヲイは結局、ある疑問を聞けなかった。
チャールズと、かつての敵――アルゲディとアルドラとが重なる。
(死に場所を、探しているのか?)
命の意味。
生きている意味。
――死んでいく意味。
雨は、いつ止むともしれず、降り続いた。